第150話「盗賊将軍」 ゲチク

 ハイロウを脱出してから秋前に至る。一時は食糧に困窮しそうになったが、道の草を馬と家畜に食わせていた時に衝突した小さい部族を返り討ちに略奪したので問題無かった。

 奉文号の目撃情報が上がっている。それから身形は装っているが、喋り方と身振り手振りが宇宙太平団の奴と分かる情報員が、都市へ買い出し、売り出しに立ち寄った時にうろついていたという。

 我々の監視にあの貴重な霊鳥を使うのは大袈裟である。気になりはするが目的は違うだろう。何か、ビジャン藩鎮がヘラコム山脈以西で気になることが起こっているのか?

 アッジャール崩壊後、ヘラコム以西は旧アッジャール朝時代より遡り、旧ラグト朝時代の状態に戻ろうという意志が働くようになっている。イディル王と黄金の羊が上手に切り裂いたのでそう簡単にはいかないが。

 また都市で集めた情報をまとめると、我々が縄張りを作るような余剰の土地は限りなく少ない。各勢力が拡大と併合と連合を考え、出来るだけ優位に立とうと辺境まで隈なく勢力圏を伸ばしている。

 先に返り討ちに略奪出来た連中は貧乏臭い格好の年寄りに女子供ばかりで、どこかの敗残部族だったので運が良かったが、下手に手を出すと同盟部族から袋叩きに遭う可能性があった。

 略奪は厳禁となると我々の困窮は次第に強くなってしまう。盗賊になれば食えるが、そうすれば最初の一月は安穏としていられるかもしれないが、復讐の刃が一年以内には必ず振り上げられるだろう。大勢力の親玉というのは保護の見返りに臣従や従軍の義務を要求する。

 隙間の無い広大な草原を避けて、誰も目もつけないような辺境となると生きていられない。そもそも遊牧民の連中――自分も同じだが――よくそんな酷い場所に住んでいるな、と言いたくなるところに住んでいやがる。辺境探しは諦めた。

 だから未踏の草原探しをするより、どこか強力な王の配下に入って堅実に名をあげて土地を貰うのが確実だ。

 そうして総合的に各勢力の情報を集めた結果、ラグト朝の領域再現を目指すゾドル王の保護下に入った。

 ゾドル王は自らの勢力を”ゾドルとラグトの”と表現している。正式ではないが、もう少し年月が経てばラグト朝から派生したゾドル=ラグト朝と呼ばれることだろう。

 今、旧アッジャールは西からバルハギンを輩出したアルルガン族、旧都レーナカンド政権、そしてラグト再興を目指すゾドル王の三勢力が筆頭である。

 我々は保護をされ、土地を貰う代償にラグト再興の手先となった。

 土地は水場も有り、草の茂り辛い場所もあるが概ね、放浪者に与えられた土地にしては良好である。蒼天の神を祭る立石の列があっただけあり、人が住んでいた証がある場所なのだから悪いはずもない。分与用の土地を大目に確保していたようでそこまで条件が悪くなかった。問題はと言えばそう、目下の大敵との最前線にあることか。

 我々の宿営地の直ぐ南には大内海東岸部のザカルジン王国がある。

 アッジャール崩壊後は服属関係が解かれてザカルジン帝国と名乗っているとか何とか、呼称が入り乱れて使われているのでどっちが正しいかは分からない。このザカルジンのような草原の民ではない大内海周辺地域での王号はジャーヴァル帝国が基準になるので容易に名乗れないはずである。妥協して大王あたりか。

 ザカルジン大王国はジャーヴァル侵攻時の、この世の財宝の半分でも集めたような略奪品の集積地だったが、アッジャールが砕けたものだからレーナカンドには送られずに彼等の懐に入った。どうしても避けられぬ相手だ。

 完全に推測だが、ゾドル王は勢力を拡大しているが資金力や部下へ渡す褒賞に不足している。貧乏な遊牧民同士の競り合いだけをやってきた者がそんな金持ちなものか。やはり物だけは持っている定住民から毟り取ってこそである。

 ゾドル王の軍はザカルジン大王国への侵攻開始を決定した。時期は我々が土地を貰い、放浪から一旦落ち着いてから相手の居ない女、未亡人だとか年寄りだとか若過ぎるとか色々あるが、男達と重婚もさせる形で独り身を無くした時だった。余りにも年寄りだとかは、結婚はしないが自分が面倒を見る。見事に年増だらけの不細工共だが「余ったのは俺のところに後で連れて来い」と言ったおかげである。

 ノグルベイが可愛らしく「俺も兄貴の手伝うよ」と言ってくれたがババアばっかりなんだよな。夜の相手だけ頼めないか? 言い寄るババアをあしらうのは面倒なのだ。

 とにかく戦争だ。名声の稼ぎ時である。戦える男は全て動員し、少しでも上へ行く可能性を広げる。

 女子供老人だけに家畜を任せることになった。だが少しでも戦功で目立つためには一人でも多く必要だ。今後を考えればここで苦労をしておくべきだ。女と子供達もやる気を見せていた。


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 ゾドル王が陣頭に立って四万の軍勢で南下する。四万の内、将軍ゲチクとして統率しているのは四千。ようやく弓を引ける子供と老人を無理に組み込んでの数だ。

 新参ながらも我々だけで軍の十分の一を占める。また過去の戦績も合わせ、自称でも元でもなく、正式に将軍待遇だ。我がゲチク軍の副官は軍内第二派閥の長のクトゥルナムとなる。ノグルベイの奴も何か役職が欲しいと言ったので精鋭で固めた突撃隊の隊長にしてやった。

 ザカルジン大王国の西部、沿岸部は良い耕作地帯であり草どころか麦でも果樹でも根菜でも、新大陸伝来作物でも何でも生えている。略奪しながら侵攻すれば食糧には困らないから先制攻撃で仕掛ければ絶対優位だとゾドル王は自信満々であった。

 国境要塞は攻城重砲で粉砕し、ザカルジン兵は逃げるばかり。

 越境すれば豊饒の大地そのもので食い物には困らなかった。ただし焦土戦にて農民も何もかもが逃げ出していた。

 四万の軍勢、意気軒昂、敵などいないと沿岸の大都市、首都ではない経済的な中心地であるディリピスを目前にして足が止った。

 一体何が悪かったか、留守預かりのゾドルの王子が反乱を起こしたと急報である。ザカルジンから買収されたのではないかという噂が立って、レーナカンド政権に調略されたのだろうと推測が立てられ、反乱を起こした王子が他の王子を皆殺しにしたと情報が入って、その情報がザカルジンの謀略だとか疑念が沸いて、とにかく戦争どころではなくなった。

 快勝で自信もつけたし、腹も一杯、実入りは少ないがある程度略奪も出来たし人も家畜も少しは奪ったのだからここは一旦引くべきである。

 だがゾドル王は軍を分ける判断を下した。半数を反乱討伐、半数をディリピス包囲に。包囲中は消耗を抑制しつつも隙有らば攻略を目指すというものだ。本格侵攻は反乱討伐軍の往復を待つらしい。

 軍の分断は敗北の兆しである。軍議で進言した。

「軍を分けずにどちらか一方の撃破に専念すべきです。多正面作戦は危険です」

 そして「この一大事に新参者が意見する気か!」と古参の将軍に一喝され、他の将軍達も追従して叱り付けて来た。

 大失敗である。進言も出来ない下っ端から、残党を纏め上げて頂点に、そして頭が固いなりに意見具申に耳を貸すサウ・ツェンリーや、話がしやすいサウ・バンスの下にいてその感覚が無かった。

 今までは全体の勝ちが我が方の勝ちに直接繋がる戦争であったが、ここでは嫉妬し合う男達の足の引っ張り合いもしなくてはいけなかったのだ。勝っても負けることがある戦争だ。

 こいつら馬鹿で自尊心が高かった。いや、信頼出来るかも不明な外様の新参者の意見を聞くというのも序列を無視して和を乱す話なので有り得ないことか。見方を変えれば合理が不合理にひっくり返る面倒な話題だったのだ。

 マズい。これは昇進の頭打ちが見えてきた。

 王者の立場かゾドル王が「意見具申を蔑ろにするな。ゲチク将軍の言葉は一考に値する」と場を収めてくれたが「当初の方針通りに二つに分ける」とした。

 もしここで進言しなかったら、他に誰かが同じことを言って受け入れられた可能性がある。本格的にマズいな。

 信頼されている古参の将軍が反乱討伐に向かい、ゾドル王自らがディリピス包囲を指揮する。この侵略戦争は絶対に成功させるという意志を皆に示した形になる。


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 ディリピス包囲は続いた。周囲はすっかり秋になり、手入れをしなくても収獲出来るような作物で腹を満たし、毒の入れようもない川から水が飲めたので包囲だけは出来た。

 城壁は固かった。正確には防塁が固い。攻城重砲の砲弾で防塁は容易に破壊出来ず、防塁の中に隠れた敵の大砲の応射は比較的正確で、いくつもこちらの大砲が破壊された。

 ディリピスは大内海に面した沿岸都市なので当然港がある。包囲されても全く完全に補給が切れないのだ。冬になった時に引かざるを得ないのは我々だ。時間は敵を有利にする。こちらも今は栄養豊富だが、近い内に栄養失調気味になって病気が流行りだす。既に食糧調達任務には時間が掛かるようになり、敵の非正規部隊と小競り合いを繰り返しており、略奪も容易ならざる状況になっている。

 もう敵の土地の畑でたらふく食ったんだからいいじゃないかと思うのだが、ラグト再興の意志がそうさせるのかゾドル王は成果無くして撤退は出来ないと腹に決めている様子だ。勝利の影響で諸族を束ねないと瓦解しかねない内情ならば、ゾルド=ラグト朝がそうならば引けないか。


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 冬を目前にして遂にザカルジン軍がディリピス解囲のために首都シバリシ方面から現れた。随分と遅れてきたような印象であるが、我が軍の確実な分断を、どうあっても増援には追いつけないほどに引き離す目的があったのなら良く堪えたと言える。領民を殺され略奪されての数ヶ月を過ごして気分が良いわけがない。

 偵察任務を受けたので、それが得意なクトゥルナムに行かせて報告を受ける。

 ザカルジン軍は五万で歩兵は四万、騎兵は一万。大砲は魔神代理領製の物が八十門。数の上では全く勝ち目はない。

 そしてゾドル王の決断は決戦である。ここで勝たなければゾドル=ラグト朝は、そうその名が歴史に刻まれる前に崩壊すると判断したのだろう。逆にここで勝てば名声は急上昇であろう。

 確かに名は上がる。普通は勝てない戦いに勝つのだから上がるのだ。これがどれ程に危険で誘う香りなのかは分かるつもりだ。勝てなさそうに見えるけども勝算があってやるのなら良い。だがこれは……。

 我が軍は少々損耗して今は一万九千。騎兵は一万五千で、残る四千は歩兵に砲兵。

 ザカルジン軍は、正面を重装槍兵と弩兵におそらく魔術兵を混ぜて横隊を一列に分厚く配置。これが二万。

 正面横隊の両脇に、銃兵が五千ずつと、それを補佐するように銃騎兵が二千ずつ。

 後方には槍騎兵が四千、銃兵が五千、配置場所が決定していないと大砲が八十門。

 それから我が軍を大砲で撃ち下ろすのに丁度良い風車が列を成している丘に前進中の銃や槍に剣盾が混じった非正規兵が五千と、同じく武装にバラついている非正規騎兵が二千。

 風車の丘へ増援に向かうことにする。ゾドル王には伝令を出してお伺いを立て、承認を貰ってから行く。このわずかだがその時間が勿体無い。

 風車の丘にはディリピス砲撃を行う砲兵陣地があるのだが、歩兵と合わせて千名程しかいない。増援無くして持ち応えられない。

 砲兵陣地に到着したら下馬し、馬を安全な風車の陰等に隠して非正規兵を待ち受ける。既に風車や小屋を崩した瓦礫やレンガ、石に掘った土を合わせての防御体制は整っている。

 敵は五千人と二千騎、こちらは防御体制を整えての五千人。持ち応えるのは可能だが、持ち応えるだけではダメだ。敵は倍以上の五万である。こいつらを撃退し逆襲し、敵本隊を脅かすようでなければならない。

 鉄砲弓矢で物陰に隠れながら非正規兵へ迎撃射撃。隊列など無いように突っ走って向かって来るだけで良い的だ。歩騎の連携も無いようなもので、脚の早い騎兵がいち早く射程距離に入って撃たれて転ぶ。人馬が転んでそれにまた騎兵が転び、それに歩兵がつんのめり、勢いを殺して死体を迂回、迂回中に後続の味方と衝突して渋滞、踏み合って撃たれる前に死傷。ただ真っ直ぐ突撃するだけなのにこんなに難しい。

 走ったり転んだりして、向かって来る敵に矢弾を浴びせて牽制している内に、重ったるく攻城重砲がディリピスから敵非正規兵へ向きを変えて放たれる。大口径砲からの散弾射撃は見事の一言。横殴りの銃弾に釘に石の雨が非正規兵の突撃群の全面をほぼ血肉とボロ布の塊に変えた。砲身内部はズタボロになってしまうが、背に腹は変えられない。

 こちらが風車の丘で敵を迎撃している間にもゾドル王は一万人隊で敵の分厚い正面を撃破に掛かる。三倍以上の兵力へ向かって突撃するのは豪気なものだ。それくらいやって成功せねばバルハギンやイディルのような先人を乗り越えられないという辛さがある。

 正面の敵戦列の射撃は銃兵でも弓兵でもなく弩兵が担当している。銃より高価な武器を良く揃えているものだ。また、普通の弩と明らかに速度と威力――兵を二、三人貫通する――の矢が少数混じる。風の魔術の応用か。

 重装槍兵は頑丈だ。魔術で土を盛り上げたり、単純に持っていた土嚢を積んで胸壁を即製。矢弾をほぼ受け付けない。

 射撃で埒が開かないのならと騎兵突撃が行われるが重装槍兵が支える。雑兵なら突撃の圧力で崩壊するが、どうやら精兵のようだ。

 騎兵が突撃を仕掛ける時も至近距離から魔術兵が火炎の魔術を打ち込むのでその圧力も程々になってしまう。見た目の派手さほどに死傷者が出ていないと見えるが、死傷者は焼け爛れて恐ろしい程に悲痛な叫びでのた打ち回るので恐怖を煽っている。

 勇猛な騎兵が胸壁を乗り越えて横隊に突っ込んで暴れる姿も見られるが、分厚い横隊はその分だけ後ろに兵を配置している。程なく槍で突き落とされる。

 敵前で下馬し、馬を殺して盾にし、銃撃で正面を崩しに掛かる部隊もいるが、集団魔術か一挙に飛距離を伸ばした火炎に巻かれて焼け、火薬が誘爆して吹っ飛ぶ。

 重装槍兵と弩兵は火薬武器を持たず、薄い外套を被っている。外套はおそらく熱避けに水で濡らしているので涼しげにすら見える。

 イディル王の時代には魔術兵も集団化されていたが、崩壊後はまとまった人数も確保できず、戦争へ使えるほどに教育する者もわずかで、ラグト最強のゾドル王も組織化を諦めていたと聞いている。また魔神代理領がそういう才覚がある者を高額報酬で集めているからそもそも人材があちらへ流れている。

 風車の丘で敵の非正規兵をほぼ撃退し、遠くから睨み合う程度の小康状態にまで持ち込んだ。攻城重砲による対人射撃が功を奏した。

 だがそれで何もしない敵ではない。騎馬砲兵が素早く展開して、風車の丘、こちらを砲撃し始めた。非正規部隊を突っ切って騎兵を敵の砲兵へ突っ込ませることは可能だが、砲弾で大出血させられるから容易に出せない。死んでも突っ込めとゾドル王からの非情で合理な命令を届けに伝令が来ないように祈る。

 もう諦めざるを得ないのだ。

 騎馬砲兵による砲撃を受けている内に別の騎馬砲兵隊が正面のゾドル王の一万人隊に砲撃を開始した。

 銃騎兵の縦隊前進、前進後はそのまま一万人隊に対して横隊になり一斉射撃。

 銃騎兵が一斉射撃からの牽制射撃に移り、その隙に銃兵が前進して攻撃のために隊形を整えて一万人隊を半包囲して射撃を開始。銃弾がむら無く交差し、射的場でも有り得ない乱射が行われる。

 一万人隊は最早血塗れで死屍累々。撤退しないのは撤退出来ないからか。

 ザカルジン兵がここまで強いとは想定外過ぎる。ジャーヴァル侵攻時にこんな秩序立った精兵はおらず、非正規兵の塊が精々であった。だが今となっては有り余る資金で魔神代理領に渡りをつけて軍事顧問でも派遣して貰ったと見るのが妥当。訓練をする年月は十分過ぎる程あった。

 今、あの時の軍勢でもって魔神代理領に侵攻しても全く違う種類の軍に迎撃されて敗北するような気がしている。

 そして我々は馬鹿だった。ディリピスの城門から兵が溢れ出た。ディリピスに砲口を向ける攻城重砲が火を噴くが、あれは都市砲撃用であって精度は低い。

 門から出すだけでは足らず、海上から浜辺に船をつけた兵士も上陸し始めた。支援のための艦艇も水上に並ぶ。

 ディリピスからの援軍に対応するためゾドル王は予備の親衛隊一千と残る歩兵と共に突撃を始めた。戦力を分けたが故の余裕無さがこの悲劇だ。もう二万いればまだ色々出来たのに。

 我がゲチク軍の全隊長を集め、騎馬砲兵の照準を反らす陽動の騎兵隊と、直接突撃する騎兵隊を分ける指示を出し、この機会にクトゥルナムを戦死させてやろうと考えているとディリピス側の軍が大騒ぎして喚声を上げる。何事だろうか?

 遠目からでも嬉しそうにはしゃぐディリピスの騎兵が、ザカルジンの言葉はハッキリと分からないが「……ゾドル! ゾドル! ……」と叫びはしゃぐ。そしてそれが何であるかを証明するようにゾドル王が率いていた親衛隊と歩兵が壊走している。

 その様子を見て既に限界点に達していた一万人隊も、馬が残っている者は逃げ始めた。

 我々も撤退しようと馬に乗れば、来て欲しくない伝令がやって来る。

「ゲチク将軍、ゾドル王からの最後の命だ。これで名誉を回復されよ。我が軍の撤退まで殿を務めよ」

 先の失言もあってか殿を命じられたのだ。命じたのは何か、伝令のようで偉い将軍っぽいようで役職も分からない誰かだ。お前ホントに誰だよ。

 この混乱状態と余裕の無さ、殿救出の部隊なんて差し向けてくれるわけもない。そもそもゾドル王の最後の命といのが極めて怪しい。

 ああ、これはマズい。逃げなければ。

 ザカルジン大王国に寝返るのも考えたが、奴等の慈悲と理性に頼るのも危うい。怨恨に塗れているのが見なくても分かる。出会いが不幸だ。

「お前はゾドル王ではないだろう」

「何?」

 ノグルベイがその良く分からない誰かの頭を戦棍で叩き割った。

「偉そうにアホが。兄貴に命令するなんざ百年早ぇや」


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 殿任務を放棄して逃げた。敵味方構わずに略奪して最速で逃げた。

 そうして新しい宿営地に戻れば有りうる出来事が起きていた。

 我々の家族が襲撃され、老人は皆殺し、女は誘拐され、男の子供も誘拐か殺されたか。家畜は勿論残っていない。幕舎と荷物も持っていかれ、不要な物は燃やされた後。

 半狂乱に泣く子供がいる。子供の死体に抱きつく青年もいる。短刀で自殺しようとして止められる中年もいる。神経に障りすぎたか泡を吹いて死ぬ爺さんもいる。

 誰がやったか? 分裂した元友軍のどこか、ザカルジンの先遣隊、誰かか、それとも手薄になったところを見計らって横槍を入れてきた盗賊か。

 誰か逃げ延びた者はいないか? 馬はほとんど戦争のために持っていったので逃走用の馬も無かったか誰も戻って来る気配は無い。

 復讐するにも相手が全く分からない。もし顔を見たりしてもこの一帯の連中が一体誰で、どこに営地を構えているかも分からない。教えてくれる誰かがいるか?

 この周辺出身の仲間がいても、ジャーヴァル侵攻から大分年月が過ぎた。昔いた者がいなくなって新しい者がいてもおかしくない。

 蒼天の神でもなければ探し得ないのではないか。

「野郎共聞け、盗賊に鞍替えだ。奪われた物は奪い返すしかない」

 埋葬やまだ使える道具の掘り出しが終わった明朝、自分の指導力や先見性の無さに失望したか離反者はいた。

 追いかける気力はなかった。脱走兵は処罰? 盗賊ごときがか。


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 イラングリ王国はスラン川に支えられる肥沃な耕作地帯にある国だ。襲撃されるくらいならばと時の遊牧政権には進んで臣従して生き延びている賢い連中だ。レーナカンド以西にいるチェシュヴァン族も似たような方針で都市を綺麗なままに維持しているという。

 スラン側流域は人口が多く、比較的豊かだ。その分村々の警備が手厚く、壁も厚く高く、畑泥棒ぐらいが関の山だ。それで皆に食わせるには丁度良いが、警備隊との小競り合いをするほど餓えてはいない。

 狙うのは隊商である。ただしイラングリ王国が正規兵で護衛する隊商は大規模で、一つの軍隊の遠征のように長大で手が出せない。おそらく勝てたとしても割りに合わない損害が予想出来る。これは狙わない。

 遠征軍のような隊商が通り過ぎた後は勿論だが物資欠乏状態となる。その代わりに代金が山と積まれる。大口の商店だと為替手形で取引するので――警備も厳重で――盗めるものではないが、小さい商店ならば大体は現金取引だ。しかし小さい商店も大体はその地方の警備隊の保護下にある。

 狙うべきはイラングリ王国の隊商が通り過ぎた地域に集まって来る小さい隊商である。進路を予測し、警備隊に通報するどころではない場所で襲撃した。

 襲うのは夜間。星海と蒼天の混交信仰である玄天信者で、学が我が軍では一番あるタザイールが星を読めるので、焼けつく太陽を避けて移動する隊商がどの道を通るか推測してくれるので助かる。

 隊商の襲撃は一瞬で決まったようなもの。我々は数を減らしたがまだ三千もいる。包囲すれば獲物は降伏だ。

 早速だが牢付き馬車には誘拐された我々の女が一人いた。良く知らない連中に襲われ、良く分からない内に売られていたという。

 隊商襲撃の成功で自信もつけ、奪われたものを奪い返しているという自覚も生まれた。不幸中の幸いであろう。

 この襲撃で得た資金で都市を回って奴隷になった者達を買い戻すのにも使える。


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 ある名も無いオアシス集落を襲撃。宇宙太平団の分派らしき集団で、ハイロウにいる連中とは違う。

 宗派的に周囲から孤立しているようで格好の餌食である。何故こんな奴等が生き残っているのかは不思議だ。

 彼等から話を聞くと救い主を待っている状態らしい。オルフの救世神教混じりか? 救いようの無い連中だ、

 水を飲む次いでに襲って奪ったが、貧し過ぎて奪うどころではなかった。抵抗もせず、神に祈っているだけだったのでイラつく連中だ。自分でどうにかしようと思わないのか?

「俺達がお前等の救い主だ。生の苦しみから解放してやる」

 彼等を皆殺しにして目下の拠点を確保した。自分達の水場が無いと困るものだ。


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 我等が盗賊団の拠点となったオアシス集落で活動を開始してからは安定を見せてきた。盗賊団なのにだ。

 攫われた女と子供は徐々に取り返せた。死んだり病気になっていたり、既に要領良く新しい生活を見つけて合流を断ったり、それから妊娠したり幼子連れだったりと様々。

 彼等から税金を取っていたアラバク族という、一応この周辺の支配者とも決着をつけた。代わりに税金を払ってやると彼等の営地へ向かい、金を渡すと同時に族長を短刀で殺してから奇襲を仕掛けて撃破。

 新たな支配者としてアラバク族の土地を手に入れたのだ。


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 だが上には上がいて、そのアラバク族から税金を取っているというノルガ=チャグル族という部族がいる。一応は王を名乗る程に規模は大きい。アッジャール朝時代ならば子たる王も名乗れぬ部族長であるが。

 彼等は税金さえ取れれば誰でも良いという腹であり、正面からやり合えば大損害を被ると見てまずは恭順の姿勢で挑んだ。

 ノルガ=チャグル族の都はノルガ=オアシスという大規模なオアシスの畔にあって、灌漑農業もそこそこに発展している。

 ジャーヴァル的な異形の神を象った偶像崇拝が盛んで、都内は巨像に溢れていて異世界に迷い込んでしまったような趣きがある。

 魔神代理領基準の暦を使っているので冬の新年に合わせて彼等は宗教祭を執り行う。祭の準備で大忙しで、隠すような事でもないので道行く人に話しかければ内容から毎年どんな事をするかまで、無駄にべちゃくちゃと教えてくれた。


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 ノルガ=オアシスにて宗教祭が開催された。建物から巨像に人々も飾りに飾って大賑わいである。大量の酒に食べ物、生贄に土産品が大いに消費されている。祭に向けた商品を扱う隊商の護衛任務もやったその金で我々も賑わいに参加。

 更に賑わせるため、新年のお祝いを申し上げると同時に殺したノルガ=チャグル王の首を取って広場に晒してやった。

 既に都内に我々は潜伏しており、そのまま酔っ払っているところを襲撃してやったらあっさりと陥落した。

 陥落した新年の次の日には広場に都民を集めて宣言した。

「お前等は今日から我々ゲチクの軍に下る」

 ノルガ=チャグル王の髑髏杯に注いだ酒に指をつけ、宙に払って天に捧げてから呷った。

 死に、行方不明になり、去っていった者達がいる。それでも我々が高額に買い取るというので誘拐された者達も――余計なのが混じったり偽物がいたりしたが――当初の絶望感を拭い去る程度には取り戻している。ノルガ=オアシスという都市には大分世話になったものだ。

 ようやく……いやかなり素早く、ビジャン藩鎮を脱出してから一年経たずに自分は国を手に入れた。


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 手に入れてからが正念場だ。

 ノルガ=チャグル族軍の残党に加え、兄弟部族のファルジ=チャグルの軍も加わった三万の軍勢が復讐に、降雪の中現れる。ノルガ=オアシス内は何時暴動が起きてもおかしくない状況で、である。ノルガ=オアシス占領宣言から一月も経過していないのだから当然だ。

 まともにやり合おうというのは馬鹿な話だ。我が軍の兵力は依然として三千のままだ。

 だから我々は足が鈍らない程度に財宝を持ち、家畜を連れて冬の嵐に紛れて逃げた。維持の出来ないものは捨てる。農民には真似の出来ない判断だ。

 三万の軍勢は偵察が得意のクトゥルナムの隊が発見し、挑発してかなり無難に陽動。伝令が届いた我々は逃げ支度と同時に街を焼き払って住人を殺して逃げたのだ。

 当面の軍資金は確保した。不足していた物資も確保し、戦いに不向きな女子供向けに銃も行き渡り、人数より多い馬と駱駝も手に入った。通しで見た犠牲者数には存外割に合う結果だ。


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 逃走そのものは成功したが、復讐に取り付かれている両チャグル族の軍の追撃は、我々からは遅れながらも続いている。

 逃げ続ければその内どこぞの領域に入り、意図せぬ挑発行動になってくるし、永らく国を留守にすれば背中を狙う者もいるだろう。腹の内からかもしれない。これは逃げれる。

 人からは逃げられる。だが渇きからは逃げられない。

 水場がダメなのだ。やっと辿り着いたオアシスが干上がっていた。盗賊根性、逃走状態だったからか人のいない方向に逃げていたのが災いしたらしい。使えなくなった水場に一体誰が近寄るというのだ。

 オアシスだった場所は鱗のようにひび割れた地面がどこまでも続く。最近まで湖だった証拠か枯れ草朽木の残骸で縁取られている。一番深い場所を掘ってみるが土はほぼ湿っていない。水を飲みに来たが力尽きたような動物の骨が転がるのが分かりやすい。

 雪を火で溶かして飲んでいるが、馬の分も考えれば限界が近い。雪も風に飛ばされて積もらず、慎重に取らないと土砂が混じるので作業も面倒。

 中原では腐るほどあった水がここに無い。あちらはあちらで腐り水があってそれを飲めば腹を下して死んでしまうが。

 これよりの行き先は羊の骨を焼いて、割れ方で見る占いで道を決める。あの干上がったオアシスも昔のこの辺りで活動していた奴から聞いた話で辿り着いたのだ。まさか少し――十年に満たない――見なかった内に枯れ果てるとは、有りうるが予測の範疇外。幻の湖は砂漠で珍しくない。

 占いはタザイールにやらせる。こいつは玄天教徒であることに加えて祈祷師だ。

 解体して食った後の羊の骨を貴重な燃料で焼き、占いの結果が出る。

「どうだ?」

「不動の極星、山、悪いと出ました。北と山岳方面は不運が付き纏います。また極星は長期間存続している大勢力、山は父でありかつて”父と子”の関係にあった者達も指します。ですので南の大内海へ行くのがよろしいでしょう。ただし魔神代理領には触れないようにするべきです」

「南だな……本当にそんな答えが出るのか?」

「割れ方次第で解釈が決まってますので、読み方自体は文字と同じですよ」

「そうか」

「これに現状を重ねて答えを出します。ゲチク将軍は今まで占いに頼るような事態に陥ったことは少ないのでは?」

 ジャーヴァルでもビジャン藩鎮でも、困難だったり達成不能だったりしてもやるべき事は自ずと見えてきたので迷うことはなかった気がするな。


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 占いに従って南下すると早くも水場が見つかった。

 太陽の照り返しも素敵に眩しいその水場、近寄れば何やら悪寒がする程に周囲が白く、わずかな希望と現実を認めたくない思いが混じって近寄って確認した。

 塩湖だ。採掘場跡が水中にあるところを見れば、昔は水が無かったのかもしれない。

 腹いせにタザイールを若い奴が「詐欺野郎!」と殴って、喧嘩になって刃傷沙汰になりそうになって止めさせる。

 こんなことで祈祷師を殴るのは馬鹿なことだ。そもそも占いというのは判断を下す手掛かりに乏しく、迷った時に判断材料を増やすためにあるのだ。特別な魔術使いとかその類ではない。

 しかし水が無く、家畜の血に小便まで飲まざるを得ないような緊急時に我慢しろとだけ言うのは難しい。

 そこでラグト朝時代に流行った、穏便に済ませる紛争解決方法を行う。

 骨比べ。互いに、右前腕を重ね、それから自分の手と手を組んで引っ張り合う。先に戦意を喪失するまで続く。このため橈骨が折れるまでやることもあって、骨比べの名がついた。ラグトに伝わる”骨は嘘をつかない”の故事より発展したと云われる。

 しかし羊の骨で占った結果、人の骨で決めるというのだから馬鹿らしいと言えば馬鹿らしい。

 骨比べでタザイールの腕の橈骨が折れて勝負はあった。お咎めとしては背中への棒打ち五発である。ノグルベイに加減して打たせ、秘密にタザイールの背中に毛皮を入れておいた。

「一応これでも成果はあったんだ。お前等、これ以上は馬鹿にするな。乾いた大地じゃなかったじゃないか」

 後は、祈祷師であるせいか痛がる素振りが堂に入っているタザイールを皆に見せてとりあえず納得させる。しかしこいつ詐欺野郎だった。腕は折れてなかった。

 それに塩水だが、蒸留すればいくらか水は採れるし、塩が採れるじゃないか。塩の備蓄が乏しかったし、これから先出会う誰かに売ることも出来る。これはこれで良い。

 最後の燃料を使って水を作り、商品として塩を取って空箱に詰めて南下を再開した。


■■■


 南下して到達したのは大内海。かなり薄い汽水で、大鍋で大量に沸かしてやらないと分からないぐらいに塩が入る。ほぼ淡水でそのまま飲んでもとくに問題ないぐらいだ。農業用には塩害があるそうだが。

 略奪した資金と塩湖の塩を売った金で久方ぶりに皆で沿岸都市ヘロセンで文明の生活に触れて一息吐く。

 そこで集めた情報だと大内海北岸の部族はほとんどが魔神代理領の大内海連合州に服属したらしい。

 この一帯は警備部隊が他所より充実していそうだ。落ち着いて水は飲めるかもしれないが、行く道で確認した水場には全て耕作地帯が隣接され、人が居て兵士がいて防御施設がある。アテにならない幻の湖を求めるよりは確実に生活は出来る。

 しばらくあの名も無い塩湖から塩を持ってきてヘロセンで売る生活も良いかもしれない。盗賊から今度は商人に鞍替えも良いだろう。後は家畜に草を食わせられるような場所が近場にあれば良いが時間が掛かる。

 ヘロセンの文明の輝きに当てられたのか、離反者がまた出てきた。


■■■


 羊の骨占いの次はタザイールが占星術を披露してくれた。こればかりは本当に原理というか理屈が分からない。季節で少しずつ変わり、一年で元に戻る夜空から何か指針を見つけ出すのだ。

 占星術の結果、西に強い精力というか熱量というか、それを察知したという。

 本当かよ? とは皆が口に出したり思っていたことだが、良い土地を見つけた!

 水も草も十分にあり、川辺には果樹園のような群生地帯まで! 放棄されて大分経つ農園跡地のようだ。

 草原には石人像があり、タルメシャの祖猿信仰の名残か猿面である。今はいなくても昔は人が住んでいた形跡でもある。

 南に高い山がそびえる。あれは防壁代わりになるだろうか? 周辺調査がいるか。

 蒼天の神は見捨てなかった。ここを拠点に巻き返そうじゃないか。

 タザイールが山が不吉だと言っていたが黙らせた。ここを見つけた後で放棄するなんてことを言ったら完全にこの軍は瓦解する。不幸からの不幸には耐えられるかもしれないが、幸福を捨ててまでの不幸を今になって取りに行ける者はいない。それに占いだ。占いのみに頼った独裁者が玉座から転げ落ちる逸話は多い。

 ここが我々のレーナカンドでダガンドゥだ。

 ここを拠点に生活し、塩湖に行って塩を取り、金を集めて物も施設も揃える。

 女は少なく男ばかりだが、そんなものはどこからか盗んでくればいい。この辺りの常識だ。

 ヘロセンで位置関係を確認したが、ここからは魔神代理領の大内海に突き出るカクリマ半島の根元が狙える。あそこは豊かで農業も発達していて、草原の方へ穀物輸出がされている。時にはその輸出をするしないで周辺部族を操ったぐらいだ。

 穀物はただの食糧ではなく戦略物質となっている。当然警備も手強い。

 狙うのは穀物を買った後の、その周辺部族から割高の穀物を買わざるを得ない連中だ。帰りではなく行きを狙う。空の荷車に握り締めた現金。


■■■


 我々の拠点調査をする組と、出稼ぎ組に分かれて行動した。

 高い金で穀物を買いに来た哀れな隊商は見つけ、包囲して襲撃し、口封じに皆殺しにしては奪い、証拠は埋める。噂が広がる前に連続して一気に襲う。良い稼ぎである。

 奪った金で沿岸都市へ向かい、生活必需品を買い揃えて拠点へ戻る。

 戻る道中、正面に見える西日が赤くなって目が眩み始めた頃、黒い影が走ったと思ったら左目に違和感。見えない、熱い、そして誰かの「敵襲!」の怒鳴り声。

「散らばれ! 敵の位置を把握しろ、動け動け! 的になるな!」

 咄嗟に指示を出しながら馬を走らせ、左目を触る。生々とした違和感と、手についた大量の血。目を潰されたか。狙ってやったのならば神技、しかしこんな事をしなくても頭をやれば良いのだから外したか。

 急に片目にされたので周囲が上手く把握出来ない。

「サブドルタ! 馬頭が来やがったぞ!」

 馬頭の獣人サブドルタ族。馬には乗らないが馬並みに走り、その豪腕で放つ弓はおよそ人間の五人張りが通常。揃って弁髪に、たてがみを伸ばして三つ編みにしているのを見たことがある。

 奴等は人間社会にはあまり関わろうとせず、イディルの時代でも半服属の形で従軍しなかった。金を貰って領内の反乱分子の粛清を手伝っていたことは一時あるが、あまり好みの仕事ではなくて見逃して貰ったという噂はそこそこ聞く。

 好戦的な連中ではないが正義感に溢れるとも聞く。ということは盗賊狩りか!

「ノグルベイ!」

「おお!」

「主力を抑えろ、無理するな!」

「おおお!」

「クトゥルナム!」

「将軍!」

「端から削れ、休ませるな!」

「了解!」

 悪い視界の中、音を頼りに指示を出す。こうなっては単純な指示でどうにかするしかない。ただ絶対に沈黙は厳禁だ。将軍ゲチク健在でなければいけない。

「タザイール」

「傍にいます」

「目になれ。どうなってる?」

「はい。北の右手、低い丘のところに主力が五百未満。そこから加えて百の重装槍兵が西から包囲をするように迫っています。南の左手、灌木の茂みに隠れている別働隊が百未満、矢で射撃中です」

 待ち伏せ包囲か。今斥候を叱る時ではないが、何をやっていたのか? 報告に戻る前に殺されたか。

 霞む視界の中で仲間が一騎、矢を受けて、そのまま貫通して二騎、三騎と射殺された。鎧通しならぬ車通しと名高いサブドルタの豪弓だ。目が潰れただけで幸運だった。

 茂みに隠れている連中は障害物を利用出来るし、罠を張っている可能性が高いからこれは無視だ。

 やるなら主力撃破だ。

「残りは集まれ! 突撃だ! 集まれ!」

 刀を抜いて振り上げて指示を出し、タザイールの指差す方向へ向かって馬を走らせる。

「これで決まるぞ! ここで死ぬな! ウォー!」

『ウォー! ゲチクウォー!』

 ぼやけ気味の視界に少しずつ慣れ、敵が見えてくる。デカい体の、人間には重すぎる甲冑をつけた馬頭共。あれに矢は通るまい。こんな化物を相手にする日が来たか。

 弓でひたすらに矢を射掛けて迫る。甲冑の隙間を狙うのは距離があり過ぎる。狙うのは首か腕か脚か。即死はさせられないが戦線離脱程度の負傷は与えられる。

 一千騎を連れて来た。ノグルベイの隊から二百、クトゥルナムの隊からも二百。

 共に突撃する仲間が、前から後ろから飛んで来る特大の矢に易々と体を射抜かれ、馬の尻から入れば胸から突き出る。頭に当たれば木っ端微塵だ。

「怯むな! 引いたら負けるぞ!」

「ゲチクに続け! 兄貴に続け!」

 主力に先手を掛けていたノグルベイと合流して突撃続行。

 馬頭に放つ矢はほぼ甲冑に弾かれているようだ。ただし銃ならば打ち倒せている。胸甲のような分厚い部分は無理なようだが、手足に頭を打ち砕かれてる奴が見える。見えてきた。

 ノグルベイの矢だけがきちんと馬頭の甲冑を射抜いているのが見えてきた。片目も慣れたな。

 後ろから射られている分もあるが、八百騎で五百未満の馬頭と撃ち合っている。数では勝っている。

 クトゥルナムの隊は馬頭の重装槍兵を小馬鹿にするように牽制している。馬上でケツを出して叩いて馬の鳴き真似をしている奴に、小便をしている奴だっている。良くやる。

 こちらの騎兵突撃に対抗するように馬頭の主力が『ボヒェーン!』と馬でもない声で鳴いて弓を捨て、槍を持って突撃してきた。騎兵より遅いが人より速い。

 先頭に立つ馬頭に注視。分かりやすい兜飾りに、甲冑の上に着た派手な上衣。大将首か。

 矢を構えて接近。

 馬頭の大将が突き出す槍を寸で避け、その頭に矢を打ち込むが兜の曲面に滑った。

 弓を即座に手放し、刀を抜いて大将の後ろにいた敵兵の槍を打ち反らし、その口に刀をねじ込んで勢いのままに刃を折る。あんな巨体からこの勢いで刃なんて抜いていたら体を持っていかれる。

 続く仲間達が馬頭の槍に体や馬を貫かれながらも激突。馬頭とはいえ馬よりは体が比較的弱く、勢いのついた体当たりには甲冑も意味無く吹き飛ばされ、倒れて踏み殺される。

 とはいえ人より頑丈な馬頭。数に勝る騎兵突撃をマトモに食らってもまだ立っている者、立ち上がろうとしている者の数が多い。

 突撃の勢いが削がれ、馬首を返して戦いに。

 先ほどの大将がいかにも、俺と戦おう! という視線を投げてきている。

「見事な技よ! 盗賊に身をやつしているのが勿体無い奴だ」

 口振りからするにやはり盗賊狩りの警備隊かその類。目をつけられたか。

「これでも名のある将軍でな! 聞きたいなら教えてやる」

 古臭い型の奴らしい。馬から身を乗り出し、馬頭の死体から短刀を抜き取る。これでも十分、人にすれば刀のような物だ。

「名を聞こう!」

 名乗りかよ。何時の時代だ?

「ゲチク!」

「噂に聞く将軍ゲチクか! 英雄が堕ちたものよ」

「お前さんは誰だ! 大将首の名が知りたいな!」

 その大短刀を大将が名乗りを挙げようと開いた口に投げつけ、ビックリしている間に後ろからノグルベイが、馬の勢いも加えた戦棍で頭を粉砕した。

「大将討ち取った! 残党を狩り取れ!」


■■■


 仲間の死体は持ち帰った。今回は捨てない。捨てない余裕があった。

 因みにかなり金の掛かっている馬頭の武具は売れそうにない。出所が分かりに分かり過ぎる。鍛冶仕事が出来る環境が整ったら潰して新しい道具を作るしかないだろう。

 皆でこの武具で何か新しい物でも作るかと雑談しながら、拠点に戻った。

 戻ると留守と周辺調査に出していた連中が皆、女子供も全て内臓を出し、鳥と虫に食われた状態で晒されていた。

 またかと思い、そして皆殺しにはされているが略奪された様子が全くなかった。

 死体を検分したタザイールが答えを出した。

「これはエルバティア族の儀式殺人です。成人の儀式に人を殺し、その肝臓を食らいます。戦争が無ければこのように”狩り”に出かけると云われます」

 良く見れば死体に集る鷹やカラス等の鳥とは全く違う羽毛が地面に落ちている。

「あの山、分かりました。ガエンヌル山脈です。鷹頭共の領地ですよ」

 タザイールが不吉と言った山に目をやる。防壁は防壁でも山の住人の物か。

 鷹頭の獣人エルバティア族。一応は魔神代理領共同体に属し、縄張りはジュルサリ海と大内海の間のガエンヌル山脈一帯。身軽で乗馬も素早く、脚力が体重に比して強力で高い崖も登攀ではなく跳躍で登ることもある。そして何より猛禽の如く凶暴、残虐。

 こんな良い土地に誰もいないことを疑うべきだった。ここは追い込まれた連中が行き着く墓場だ。

 また黒い影、無数、勘で数え五百超。

「散開! 狙撃だ!」

 皆を散らせる、馬を走らせる。

「死体は捨てろ!」

 矢が降り注ぐ。どこから射っているか分からないぐらい遠いところから。

 流石に意気消沈しているところに奇襲されては反応出来ずに矢の雨を浴びて倒れる仲間、馬。そして意味は無いが悲惨に死体へ追い討ちのように。

 つくづく呪われる。

「散らばれ! 逃げろ! あの塩湖で合流するぞ! 振り返るな!」

 鷹頭共には足弓という武器がある。上下非対称の長さ、左右斜めに二つの弓が交差した形で、弓を保持するための足掛りがある。張った二本の弦は交差したところで結ばれている。番えた矢の柄は弓の交差部に据え置き、弦は両手で保持し、足掛りに足をかけて突っ張り引く。

 重い矢を使えば城門を破って且つ甲冑騎士の胴を貫き、軽い矢を使えば曲射に大砲の射程距離に匹敵すると云われる。また分解すればそのまま普通の弓になる。

 昔、足弓を引けるか遊んだことがあるが人間の筋力では不可能だった。弦を緩くしても命中させる射ち方が分からなかった。

「動けない奴は置き去りにしろ!」

 これじゃやはり中原と変わらないじゃないか。

「キェーキャー!」

『ギェキャキャキャ!』

 鷹頭の嘲笑に矢が混じって我々を殺し続ける。逃げても逃げても矢の射程圏内から逃げられない。

 背後を振り返り、どう逃げたかも分からなくなり始めた仲間がどの程度生き残っているかを確認する。死体に、動けぬ負傷者が地面を石のように多く乱雑に転がっている。尻に矢が刺さった馬が明後日の方角へ走り去る。

 仲間の他に奴等が見えた。

 鷹の足一本で鐙を掴んで馬上で踏ん張り、寝たような姿勢で足弓を引いて矢を放つ敵が小さく見える。

 馬を見るに馬格も大きい、短距離で速い汗血馬か。しかもあいつら自体筋力の割りに子供のように体が軽くて馬に負担を掛けず、そして目の良さは人間では太刀打ちが出来ない。

 鞭打たれた負け犬のように逃げる。

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