第142話「処刑に結婚」 ベルリク

 おそらくきっと多分、歴史的に稀な感じになる晴れの舞台を皆に見せたいのは山々だが、兵隊共を故郷に帰さなくてはならないので人を割かねばならない。

 対策はあるので良いと言えば良いが、まあいいか。

 まずはラシージである。一年という期間ではあったが増派、後送の繰り返しでこちら側に終戦まで残った七万を越えるマトラ人民義勇軍を統率し、マトラの地まで遠路帰さなければいけないのだ。

 食糧と水以外にも、木材が車等の補修用や泥道の下敷きにいる。身近にあるからと安易に伐採も権利関係があるので出来ず、燃料確保も容易ではない。

 街に宿泊してばかりもいられず天幕を使うが、穴が空いて雨漏りはするから補修がいるし、何かあれば損失するから補充分がいる。予備が足りなければやはり調達する必要がある。

 一箇所ではなくて良いが、七万人分の野営地を用意しないといけない。雨が降ったら水溜りが出来るような場所を避け、街道から大きく離れた場所も避ける必要がある。

 道路の一時的占有を含んだ通行許可を地元有力者から、管理地域毎に得る必要がある。七万将兵とその馬、ロバに荷車に大砲の列は長大だ。特に大砲は馬鹿のように重く、橋や地面には気をつけないといけない。崩れる。そして壊したら補償、補修をしなくてはならない。

 許可には神聖教会の威光があれば否応も無しだが話し合って妥協だって出来る。無用な喧嘩をして歩く必要は全く無い。必要な悪名と不要な悪名は使い分ける心算だ。

 侵略した時のように欲しい物は全て分捕り、邪魔する奴は皆殺しと気楽にやれちゃう略奪行は出来ない。段取りを全て神聖教会に任せるわけにいかない。

 何が必要か知り、そして要求して対価を用意しなければいけないという大事業を行う。その辺の使い捨て傭兵なら現地解散さようならで良いが義勇軍の彼等はそうはいかない。いく訳に行かない。他所の評価は知らないが彼等は英雄である。誰が何と言おうと、そういうことになっている。

 それと英雄達の凱旋に親分ラシージがいないというのはありえないだろう。

「お前にだけは来て欲しいが、任せられるのはお前だけだ」

「お任せ下さい」

 ラシージの被っている制帽を取って、頭の天辺に額を当てる。


■■■


 次は当然カイウルク。一万の部族騎兵を率いてスラーギィまで帰って貰わなくてはいけない。

 一万の遊牧民。一万の、ぶっ殺して分捕ることに抵抗感の薄い凶暴で破壊的な蛮族だ。戦時中の敵地なら作戦に支障が無ければある程度好き放題でいいのだが、平時の友好地帯では大人しくして貰わないと評判に関わる……やっぱりどちらにせよ言うことを聞かないとダメだ。作戦開始時点で略奪に勤しんでどこにいるか分からない奴など死んだ方が良い。身内だろうが何だろうが死ぬべき、殺してやる。

 部族騎兵達は戦争で略奪した家畜の群れを連れて歩くが、やはり物資はどこかで調達しないといけない。飯の調達では頼りになるラシージがいるが、略奪に限らず好き勝手やってしまう奴等の暴走の抑制ともなればまた違う力が必要だ。

 ラシージは遊牧民でも無ければ部族の出身でもなく、そもそも人間ではない。彼だけでは部族の者達を御すことは不可能である。やはりカイウルクは帰還事業に必要だ。

「頭領代理、頼んだぞ。言う事聞かない悪い子は俺の許可で嬲り殺せ。誰であろうと、誰の息子でも殺せ。生かすな、スラーギィに持って帰って晒せ。それで誰かが反乱を起こすならそれでいい。そうしたら皆殺しだ。死なないで良い奴なんかいない。遠慮無く殺せ。ナメられるなよ。俺の代理のお前がナメられることを許すぐらいだったら今回連れて来た一万、皆殺しにしろ」

「うん分かった! 簡単だね」

「言うようになったな」

「へへへ」

 こいつ髭薄いなぁ。


■■■


 それから大事なニクール。皆大事だが、今後を考えると天秤の傾きだけで見れば彼だろう。思ってもみないほどに大事な存在になってしまった。

「一仕事終えたな。次はどうするんだ? こちらも気心知れた雇い主がありがたい。予定があったら聞きたい」

「まずはスラーギィの有効な土地面積を広げ、同時に食い扶持になる何かを増やし、量と質の両面で拡大する。人口許容量を増やしたい」

「人口許容量か。そんなに人が溢れていたか?」

「将来的なことも含めてだ。傭兵家業で上手に人口調節して放牧地争いの可能性を減らして反乱気運を低いままにしたい。今はまだ同族意識が希薄だから抑えられるとこは抑える。所詮は寄せ集めだ」

「間引きか。やるなら年寄りをどうにかする必要があるぞ。伝統、個性の保守は年寄りの役目だ」

「若い連中の心は今回で掴んだ。次は年寄りを先陣に立たせて死なせる心算だ」

「その拡大事業でか?」

「その通り。まずは西部はセレードないしククラナ、面倒だけど妥協してヤガロ人の土地か? とにかく西側との接続回廊が欲しい。交易路が繋がればその分食い扶持が増える。問題の土地は手の入ってない山森と湿地が入り組んで広がってるんだが、範囲がさっぱりだ。方言話す少数民族未満の木っ端所帯もいたらしいが、邪魔なら他所から口が出る前に根絶だ」

「地図で見た記憶だと国境競り合う狭い土地に見えたが、レスリャジンが広げる余地は紙面に無いが、あったのか」

「入植地にするには環境が厄介過ぎるようだが、道にするのならば一苦労で済む。環境が悪いから年寄りは体調を崩し易いからとっとと死ねる。国境警備隊との紛争もあるかもしれないから、その時はやっぱり先頭に立たせて突撃だな」

「東は?」

「東部は砂漠を越えて広げたい。こっちは確実にアッジャール残党勢力と衝突しながらの東進になる。本格的に動くのは西部事情が安定してからだな。州総督枠の一つ二つ増やしてやってもいい」

「枠をか。夢物語でも無いのが奇妙だな。どこまで進む心算だ?」

「ヘラコム山脈にぶつかればハイロウだ。ハイロウ攻撃なんてどう考えても準備から魔神代理領との調整から何から足りないから流石にしないが、大内海からメルナ=ビナウ川でも下って魔都のルサレヤ館長に会いに行ってみたい。連絡しないで図書館行ったらビックリするぞ」

「ビックリか、するな。だが大内海に行くのならレーナカンドを突破する必要がある。あそこは難攻不落の山岳要塞でアッジャール朝の聖地だ。攻撃するのも占領するのも領有するのも面倒事が多い」

「親みたいに心配してくれるタンタンだな」

「タンタン」

 アクファルがぼそっと一言追従。

「無理ならそこまでだ。だがアッジャールに攻略を諦めさせた地峡要塞も見たいじゃないか」

 大内海北岸には、旧アッジャール領から地続きに地峡、半島が伸びた魔神代理領の領土がある。海外領土というのか飛び地というのかはちょっと微妙だが、とにかく陸続きではない領土だ。

「お前の足はどこまでも伸びる。遠くから良い話を待ってるよ」

「何を言っているニクール、馬鹿を言うな。一緒に行くぞ。何人出せる? 買うぞ全員。移住希望者もいたら連れて来い」

「ギーレイを買うのか?」

「金はナレザギーが出す。これだけ夜襲を成功させてくれて手放すと思ってないだろう」

「殿下が? そういう約束か?」

「これから頼む」

 心得たアクファルが一旦場を離れ、そしてナレザギーを連れて来る。

 ちょっと遠くに、こちらの様子を伺う給仕の妖精もいる。手招きするとトコトコ走って来てニクールの足に抱きつく。

「おいナレザギー、俺の財布よ」

「どうしたかなベルリク=カラバザル、私の闘犬よ」

「ギーレイの獣人買って、全部、お願い。足りなかったらちょっと出すから」

「しょうがないね。儲けた分は回さないといけないし」

 あっさり承諾。元々そういう約束ではあった。

 アクファルがニクールの手を取って、自分に握手をさせてくる。

「タンタンと一緒」

 ニクールに聞いてみる。

「タンタンと一緒?」

 握手したところに給仕の妖精がぶら下がる。

「タンタンと一緒!」

 ニクールの答え。

「流石に話が大きい、即決は出来ない。どこをどこまでするかは調整させて貰うぞ。だが一緒だ」

 アクファルがニクールの毛むくじゃらの頬に唇を付けてから地面に唾を吐く。

「この毛玉野郎、俺だってアクファルにして貰ったことないのに」

「寝ている隙にしています」

「本当に!? マジで、ホントに!?」

「本当本当、私嘘吐かない」


■■■


 ベリュデイン総督より預かったアリファマとグラスト分遣隊。

 今回は大活躍だった。レン朝の方では戦略もくそみそに遊んでいた時とはわけが違う。

 また次の戦争で力を貸してくれるかは話し合い次第であるが、また一緒になりたい。叶うのなら丸ごと貰いたい。殺して奪えるのなら殺したい。

 手に入ればその辺の国が抱えている魔術使い部隊なぞ目ではない。お腹ふわふわの猫にゃんと、お頭ぶちぶちのガジートにゃんくらい違うのだ。

 どうにかなんねぇかなぁ。文通する仲にはなったが、秘術の私兵をくれないかと頼める程の仲ではない。

 そんな仲に発展出来る者がいるかも怪しいところである。お前の魂、半身、心血と信念の結晶を千切って寄越せなど言えるものか。舌が千切れる。敵相手なら冗談半分にいくらでも言えるが、どんな形であれ仲間に言えるわけがない。

「助かりました。また頼みたいものです」

「あー……次も、はい」

 相変わらず口下手で愛想も無いアリファマはそれだけ言って背を向けた。

 背を向けてから、思い出したように小さく、指に火を纏わりつかせながら手を上げて振った。何時の間にやら相当に好感度を上げてしまったようだ。


■■■


 ちょっとした、いやかなり、そして胸が重たくなりそうな個人的懸念がある。

「もしかしてアソリウスに真っ直ぐ帰るのか? ならせめて脱ぎたての下着は置いてけ」

 口に手を突っ込まれて下顎を掴まれる。口が閉じられなくなった。指を噛み千切る気で顎を閉じようとしてもビクともしない。顎関節が変になりそう。

 シルヴの目に鎧通しを突っ込もうとしたら避けられ、顎から手が離れた。

「引き上げはイルバシウスにやらせる」

「お、良かった」

 胸が一気に軽くなった。軽くなったついでにそのままにシルヴに飛びつこうとしたら顔を掴まれて防がれた。

「友人の晴れ舞台だしね。それにマルリカにはガランド爺さんの故郷を見せたいわ」

 股でシルヴの胴を挟もうとしたら宙に投げられ、同時に猛回転する戦棍が上がって来る。

 避けられる? 無理? 両手の二丁拳銃で戦棍を減速させつつ、足裏、いや、靴底を削って直撃を避ける。

 迫る地面、体を球のように、地面を転がって衝撃を受け流して着地。

 こっちに来て今のが一番死にそうだった。

「ふぅ、そりゃいい。どれだけ田舎か田舎者に見せてやれ。親戚くらいいなかったか?」

「聞かないと分からない」

 シルヴは背を向けて歩き出す。そして落ちてきた戦棍を掴んだ。

「大分これもヘタれてきたわね」

 鉄塊同然の武器がヘタれるとは愉快な戦歴があるな。

 おまけにカルタリゲン中佐へ一言。本国に報告へ戻って、それからまたジャーヴァルまで行くと聞いている。麗しのハリキへ戻るのは年寄りになってからか?

「お気をつけてお帰り下さい。エデルト人に死を!」

「短い間でしたが楽しかったです。エデルト人に死を!」

 エデルト人は死ね!


■■■


 エデルト人には常々死んで欲しいと思っている。どっちかと言えば殺したい。飯を食うたびにこれがエデルト人の動脈だったらと、糞を垂れるたびに便所穴がエデルト人の口だったらと、そこまでは思わない。飯が不味くなるしうんこも快適にしたい。でもとりあえず殺したい。

 敬愛するヴァルキリカ聖女猊下もエデルト人だ。恐らく今の時代では一番”らしい”エデルト人だ。

 セレード継承戦争ではベラスコイの一族に致命傷を与えた、ある種の張本人。決定的――逃がした魚は大きい俗論につき話半分にしても――と思われたセレード近衛驃騎兵の突撃を破砕し、当時のベラスコイ大公を打ち殺した。イスハシルに殺された伯父トクバザルも彼女に落馬させられて死に損なったと言っていた。

 あの大人物だから戦略的にも色々と干渉していたはずだ。我々からセレード人の王を奪った奴の一人だ。ベラスコイ本家派閥の我がグルツァラザツク家としては仇、怨敵、討伐目標と言って差し支えない。殺してあのデカい頭蓋骨で作った髑髏杯が欲しい。乾杯したい。

 相手にするなら難敵だ。あの重い鎖箒を目の前で振り回されたらどれだけ恐ろしいか想像が出来ない。想像出来ないからこそその目に遭いたい。

 きっと銃弾をブチ込んでも効かない。素手で射出された砲弾を掴めるということは、その衝撃でも傷が付かない手の皮と肉があるということ。腹の肉と皮、頭の皮と骨に通るか? 砲弾が効かないのに”俺の悪い女”の刃が通るか?

 殺すならセリンの強酸が良さそうだ。殺せるぞ。あれなら殺せる。無敵の化物じゃない。

 いや考え過ぎだ。魔術が使えなくなるまで集中砲火で大丈夫だ……魔術? 奇跡か? いや、エデルトでは魔術呼称だ。どうでもいいな。

「素晴らしい初仕事でした。機会があって具合が良ければまた頼みます」

「離反する時は言え、囲ってやる」

「愛人で、ですね」

 笑ってバン! と張り手でビダン! と打ち倒された。

 こういうことを言われ慣れていなくて、そこそこ照れている表情を隠せていないのが可愛い。


■■■


 諸々のお別れを済ませ、エデルト経由でセレードに入国。そしてイューフェ・シェルコツェークヴァル男爵領の街道に帰って来た。

 この長ったらしい名前は、イューフェ村と裏通りの関所、という意味になる。

 街道の、本通沿いから一本外れた通りに我が懐かしの領地がある。その一本外れた通り、裏通りの関所と、それに付随する形の村を管理するのがイューフェ・シェルコツェークヴァル男爵である。

 かつてシェルコツェークヴァル男爵領は純軍事目的に設置され、グルツァラザツク家が代理で管理をすることになった。

 グルツァラザツク家は平民から貴族、準男爵位に成り上がった初代スタミェシュがベラスコイの別家から嫁を貰って勃興する。その別家の当主が当時のシェルコツェークヴァル男爵。

 かつてイューフェはレスリャジン氏族の越冬地で、氏族の遊牧民達は当然ながら領主の管理から外れた存在だった。その後レスリャジン氏族の一部が半遊牧化、定住化していくようになってイューフェは村になり、領主の管理下に置かれてイューフェ・シェルコツェークヴァルと改称される。

 改称されたのが祖父、二代目サリシュフの時代。そしてサリシュフが成人した頃にその別家の当主が死に、イューフェ・シェルコツェークヴァル男爵領が新しい当主から贈与されて爵位も同時に相応の物に格上げされた。

 箔付けのためにも二代目サリシュフはレスリャジン氏族の仲でも遊牧貴族の血統であった祖母エレヴィカと結婚。

 そして二人の間に生まれたのが父、三代目ソルノク。ここに至ってようやくグルツァラザツク家は正当な貴族と周囲から認識されるようになった。

 そして更に正当性を上げるために三代目ソルノクは遊牧貴族の血統から嫁を貰うはずであったが、父ソルノクは何というか、地味で凡才で真面目なのが取柄みたいなもので、気に入られなかった。一番マズかったのは馬の乗り方が下手だったこと。子供の頃に落馬して以来、乗ると緊張するそうだ。

 遊牧貴族たる祖母エレヴィカが何とか取り持って貴族の血統ではないが、猛者として知られた母マリスラとの縁を取り持った。高貴さが足りなければ勇猛さで補おうという考えである。セレードでは通用する理屈だ。

 そして生まれたのが自分である。

 イューフェ村に立ち寄る。

 相変わらず小さい。新築した建物は離れて十年程度では一軒しか増えていない。

 ただ一軒増えている建物だが、それがなんと神聖教会の聖なる種を象徴に掲げている寺だ。小さい礼拝所に、一人の坊主が寝起きしたり炊事する場所がある程度の規模だが一軒は一軒だ。

 この蒼天の神のお膝元に堂々と建ってやがる。扉をブチ破ってやろうかと思ったが、父ソルノクが再婚する時に聖なる神の教えに改宗したと聖女猊下に教えて貰ったことを思い出す。

 十年振りに会った、道端で煙草を吹かしていた自警団時代の手下を引っ張ってきて説明させる。

「おい説明しろ」

「若様、これはご領主様がお金を出して作られたんです! 決して私達が宗旨替えしたのではありません!」

「異教の奴何人出た?」

「それが、その、奥様が、女達に、ちょっと」

「お前、俺が敵の数は何人だったと聞いたら数値ではなく感想を言うのか?」

「いえ違います若様! とりあえず、礼拝の呼びかけに出向いてるのは商人、職人とかの商売屋連中と、ククラナ人の医者一家、あとは奥様が連れて来た召使いの連中とか兵隊です」

「女達ってのは?」

「はい。村の女達を集めて相談に乗るとか、何とかで、助かってはいるんですが、改宗を勧められるらしいです。でももう、お子様が生まれてからはあまりそういうことはしてないようです。大分経ちますよ。一番上のお嬢様ももう七歳ですし、古い話です」

「よし、それでいい」

「あの若様?」

「どうした?」

「噂じゃ魔神代理領で国王みたいになってるって聞いてますよ」

「そこまで面倒な仕事じゃない」


■■■


 関所であるが、裏通りの道路幅一杯に門があるだけで壁も無く、境界線としては雨の少ないセレードに大雨が降った時だけここが小川だったのだと気付かされる程度の溝がある程度だった。門に付随して塔があったが、強風で崩れて以来補修されていなかった。門はそもそも扉が腐れて倒れ、撤去したままであった。

 というのが以前の記憶の通りである。

 巡回の騎兵が三人一組で道を進んでおり、この道を利用している農夫でもない商人が頭を下げている。商人がこの道を使う?

 その三人の騎兵もただ流して歩いているわけではなく、偵察隊を含む恐ろしげな武装集団である我々に対して堂々と誰何してきたのだから士気もしっかりしている。

 騎兵が敬礼、敬礼で返す。

「イューフェ・シェルコツェークヴァル男爵に仕えている者です。そちらの団体はいかなる用があってここを通過するかお教え下さい」

「ご苦労様です。そのイューフェ・シェルコツェークヴァル男爵ソルノクの息子、ベルリク=カラバザルです。十年ぶりに父と、それからまだ顔を知らない弟と妹を見に来ましたよ」

「ご子息様でいらっしゃいましたか。お連れ様を見れば証明をして頂く必要はありませんね。それではついてきて下さい。先導します」

「お願いします」

 悪戯にへりくだらない兵だ。教育もしっかりしている。

 久し振りに見た門はしっかりした鉄格子で錆一つ無い。以前より幅は遥かに広い。

 小川のような溝はしっかりと深く掘られて空掘になり、先を尖らせた丸太柵が遠くまで伸びている。

 崩れた塔は修復され、綺麗な国旗に男爵の旗も揚がり、なんと見張りの兵士まで二人体制でいる。

 門周辺は道というよりも広場に見えるほどに整地され、簡易宿泊所と駅まで備え付けられている。

 門番は三人体制で、内一人は役人のようだ。ちゃんと通行税をマトモに勘定して取るつもりらしい。

 交代要員も含めれば、ざっとで数えて二十人はこの門だけで雇っていることになるだろう。

 信じられない。暇な時に父が門周辺で、一人で草むしりしていた時とはエラい違いだ。

 門を騎兵の先導で通過する。門の者達が敬礼をしたので敬礼で返す。

 自警団時代の手下が門番をしていたので軽く馬で体当たりして転がす。

「お、間違った」

「間違ったじゃないですよ若様!」


■■■


 十年振りに帰った自宅、屋敷は綺麗に直されていた。

 無骨な木柵の囲いは生垣になって緑に茂っていて、粗末な見張り台がレンガ組みの見張り塔に変身している。

 木柵の周囲は本来荒地になっていたが、今では整地されて練兵場や厩舎に倉庫、家臣や兵士用と思われる宿舎も建っている。そしてこのように人が集まっているので更に民家や商店も少しあって、新しい井戸も掘られて汲み上げ場も整備されている。ちょっとした城下町になってしまった。

 これが我が家とは信じられない気分だ。

「おいシルヴ、なんだよこれ。知らない内に五十年くらい経ってないか?」

「私に聞かないでよ。配当金でしょ」

 海洋貿易投資で大金が手に入ったことは分かっていたが、どうにも納得がいかない。脳内の故郷は荒れた寂しい場所だった。

 騎兵が屋敷の門番に話をして開門をさせる。門も今のように立派ではなかった。

 連れは外に「適当に休憩」と待たせ、シルヴとアクファルだけを連れて門を通る。雑草が適当に生えていた庭が、なんと綺麗に花壇やら植木で飾られている。

 それから見た目が変わったので気付くのが遅れたが、囲いは大分拡張されたようでかなり中が広くなっている。錯覚か何かを起こしそうだ。

 自警団時代の手下が庭師をしているので蹴っ飛ばす。

「だっ!? 誰、おわ、若様!?」

「おう」

「噂は! ああ、新聞とかも、当主様が若様の記事全部取ってあるんですよ! 凄いご活躍ですね! でもやっぱりあの糞エデルトの王子ぶっ殺したのが一番ですけど、やーやーや、流石は若様です!」

「だろう?」

 庭師に「これお前がやったのか?」と聞きながら新しい庭の話をしていると、声を聞いたか父ソルノクが屋敷から出てきた。

 父はまず先にシルヴに対して礼をする。国内序列的にはその通りだ。

「これはアソリウス卿、お出迎えが遅れました。気付きませんで申し訳ありません」

「今日は個人的に来ましたのでお構いなく」

 それからこちらへ。部族頭領となれば場合によっては小国の王程度に扱われる。ただ、ここは当然親子だ。

「元気そうだなベルリク。肥えたな」

「ご壮健そうで何よりです父上。ただ、白いのが増えましたね」

 元より若い頃から、苦労したというよりは体質で白髪が多い人だったが、今は黒と白が混じって灰色になっている。

「まあな。お客人方は……」

「色々楽しいのがいますが、後でご紹介しましょう。アクファル」

「はい」

「父上、母マリスラの娘アクファルです。今一番、私の軍で敵を直接殺しているぐらいの腕前です」

「ご紹介に預かったアクファルです。弓が得意です」

「そうか……マリスラのか……弓で、か、そうだな、彼女の娘らしいと言えばそうだな」

 全く血の繋がりの無い、息子の妹だ。何というか、何か言うことがあるか?

「とりあえず、上がりなさい。息子と……弟と妹を紹介しよう。新しい母もだ。とにかく、アソリウス卿もどうぞ」

 久々の自宅へ帰る。内装は改装したらしく、間取りは同じだが見た目が全く違って小奇麗だ。増築くらいしてそうだ。

「お前の部屋は物だけはそのままだ。改装したから見た目は違うが」

「はい」

 そして新しい家族が家族を三人紹介された。

 後妻、義母。

「再婚したリュクリルヴだ」

「初めましてベルリク=カラバザル様」

「初めまして義母上」

 新しい母は同い年で、昔見たあの細密画の若々しさは流石に褪せている感じはするが、よくもこんな田舎に嫁に来たもんだと思えるぐらいには都会風の美人。首から聖なる種の飾りを下げているのを見せているのが何とも、やや喧嘩腰か? 違うか。

「長女のエレヴィカだ。七歳になる」

 アクファルはこちらと一切血縁関係に無いのでこっちも長女である。

「次男のサリシュフ。五歳になる」

 男なら祖父の名サリシュフから、女なら祖母の名からエレヴィカと手紙を送って寄越していた通りになっている。

 それから三人目は死産で、生きていたら今三歳。その三回目の出産では後妻が死に掛けたので四人目は控えているとは手紙で知るところは知っていた。

 三人に直接会うとやはり、手紙で知っていても色々と違うな。当たり前か。

「初めましてお兄様、エレヴィカと申します」

 妹が流暢なフラル語での挨拶をしてお辞儀をする。

「初めまして、お、お兄シャマ? サリシュフです」

 弟もちょっとだけ下手なフラル語で挨拶。どの程度教養があるかという表現でもある。

「初めまして、エレヴィカ、サリシュフ。兄のベルリク=カラバザルだ……帰郷した理由があります」

「うむ」

「ここで結婚式を挙げたいと思います」

「そうか! うん、素晴らしいぞ。お相手は?」

「私の相手は通称ジルマリア。本名クロストナ・フェンベル。現在、唯一聖王カラドスの血を受け継いでいるのが確実と判明している女性です」

「凄い人物のようだが、問題はないのか?」

「ありません。彼女の保護者である聖女ヴァルキリカから許可を頂いております」

「そうか、聖女猊下からか。ならば問題ないな。客を招待しないといけないが、そっちは魔神代理領から呼ぶのか? 大分掛かるが」

「披露宴は別にそちらに戻ってから行います。我が部族に、現地から遠くに離れられない者が大勢いますので」

「そうだな、そうか、その方法があるな」

 披露宴はセリンに取り仕切らせるのが良いだろう。いっそ懐に飛び込む銃剣突撃の方が活路を見出せるような感じだ。


■■■


 結婚式の準備というのも勿論、色々と手が掛かる。セレードでは仕度が出来ないような物は大体持ってきたが、それでも掛かる。

 特に人を呼ぶ招待状を書いて送るとなると掛かる。それでも準備にはあまり時間をかけないようには工夫している。あまり部族の方を放ってはおけないのだ。

 結婚式の準備中ということでか、シゲによる求婚のための勝負が行われた。急な話でもない。

 的を用意し、アクファルとシゲが弓で矢を次々と射って精確に当てた本数を競う、

 シゲが先に矢を射って当てる。そして抜刀術で素早く刀を抜いて矢を射る前のアクファルの弓を切り落とすと同時に、暗器の腕輪型銃で反撃を受けた。

 一瞬、目に見えても何が何だか理解不能だったが、なるほど、理解した。

「毒に耐え切った後に死なず、そして衰えぬ体力があるなら前向きに考えましょう。あなたに期待するのは生物としての強さ以外に何もありません。武術や筋力はよく見せて貰いました。それ以外に何かありましたか?」

「無い!」

 シゲは泡吐いて苦しみつつも、根性の入った目でアクファルを睨む。

 何でもありの頭を使う腕相撲を以前にやったから頭を使ってこうなったかと思った。

 それからシゲは傷口を抉って弾を抜き、洗う。傷を自分で縫う。湯を沸かして風呂に入り、そしてお湯を飲んだり、塩食ったりと毒抜きを頑張っていた。

 苦しそうにしているので何か作業を手伝おうと人がすると「お構いなく」と断る。

 解毒剤をナレザギーに勧められた時は猛烈に「貴様叩っ殺すぞ!」と怒鳴った。笑える。


■■■


 自宅は貧乏屋敷から小金持ち屋敷になっている。

 かつてのセレード部族の戦える女はほぼ全てが男達と共に戦場へ赴き、侮られぬようにと鉄の仮面兜を被っていた。

 レスリャジン氏族など、セレード継承戦争後にオルフ方向へ移った者達にとっては戦場に出るということは過去の話ではないが、仮面兜は流石に過去の話だ。伝統様式に則った仮面というのが結構、値段がするので数が揃えられないという事情も結構昔からあったらしい。

 火器が普及する頃には甲冑より早く廃れた。当時の鉄はそれほど良いものではなく、ほぼ全てが錆になって家宝としても残されていない。今では宝飾価値がある高価な仮面が、家に飾るお守りとして飾られる程度である。

 貧しくても売却されなかった仮面が我が家の壁には飾られている。銀製で手入れはされているが輝くほどではない。そして呪術的な彫金に紛れて明らかな刀傷に矢傷が刻み込まれている。古物商が結構良い値で譲ってくれと言われたことがある代物だ。傷物は普通安くなるものだが、この場合は歴史的価値が付与されている。

「アクファル、つけてみてくれ。良いことを思いつきそうだ」

「はい」

 アクファルが仮面をつける。わずかにも眉根も口も動かぬ鈍い銀の顔なのに、空いた目の部分だけが生きた人間の濡れた黒い瞳が蠢き、血管や肉が白目部分へ赤に映える。そして瞬きする度に仮面の目蓋のが動かないで目が閉じるので違和感を覚える。

 かなり不気味でカッコ良い。

「どうだ?」

 鏡で姿を確認してから、仮面で篭った声でアクファルが答える。

「視界が若干悪いです。長時間つけると疲れるでしょう。鼻は空いてますが口が閉じているので呼吸の調子が取り辛いですし、声も出し辛いです。それから頬で物を押さえる、肩と挟む動作がやり辛いでしょう。一番は物が噛めません。薬包を噛み切れないのは致命的。少なくとも私にとっては実用品じゃありません」

「私にとって、か」

「気弱な者でもこの仮面に人格を預けて戦えます。敵も異様な風体に怯えます」

「目の周りだけ隠して、なら色々考える余地があるな」

「あります」

 実用と伝統が重なれば、アクファルの言うとおり人格を武具に預けられる。

 女を兵士に動員すれば単純に考えて兵力が二倍以上。今まで計算外だったこともそうでなくなる。攻撃の部隊に使えないとしても、防御の部隊に使えると計算出来るだけでやれることがかなり違うのだ。


■■■


 式当日。野暮ったい僧服から花嫁衣裳に着替えたジルマリアの髪は女だけど職業柄短くしている、と言った程度までには伸びた。まだまだ尼さん頭ではあるが、女としては見られるだろう。流石に結婚した身になっても地肌丸見えの禿げ頭はよろしくないと思ったらしい。

 その短髪頭を触ると暖かいというより熱い感じがした。しかし「触らないで下さい」と振り払われる。それから拳で殴られる。

 全くねこにゃんにゃんだな。

 式当日ということで互い結婚誓約書の文面を事前に確認し合って間違いが無いか確かめる。

 誓約書に書かれた彼女の名前はクロストナ・フェンベル=グルツァラザツクである。

 由緒あると言えば神聖教会圏では究極系でもあるカラドスの系統のフェンベル姓に対して、ちょっと遡れば庶民のグルツァラザツク姓は格下なので、嫁入りであっても二番目に併記が妥当である。

「この名前で登記簿に載るぞ」

「ジルマリアは通名ですが、こちらが正しいです。その上であだ名で呼んでもおかしくないでしょう?」

 会場は自宅敷地内、そして一族の墓の前で、である。

 場所をここに選んだ時はちょっと変な顔はされたが、死産だった四番目の兄弟ヴァディリクにもお披露目するのだろうという意味合いと受け取られたので特に反対も無かった。

 グルツァラザツク家の縁戚関係は集められるだけ集めた。村からもある程度呼んだ。

 本家ベラスコイに関連の強い別家からも呼んだ。今や一番権威があるシルヴが取りまとめたので問題は発生せず。

 本来なら旧セレード系五氏族を束ねる立場の頭領ベルリク=カラバザルともなれば縁戚外の、もっとたくさんのセレード人を集めても良いのだがそこまで派手にやると今度は対エデルト反乱軍の筆頭に祭り上げられる可能性は無くも無い。

 勝てる戦ならやるが、今はセレード単独で何かしてどうにかなる時期ではない。だからベラスコイ系に限って呼んだ。

 それに準備は時間をかけてやったわけでもないし、綺麗になったとはいえこの男爵の屋敷は狭くて客室も満足ではない。

 偵察隊はいつも通りの服装で、弾薬装填済みの小銃を担いだまま各所へ配置されている。

 式場へ登場する前に、直接護衛についているルドゥが言う。

「奥方の警護は今まで通りでいいのか? 大将を誘惑して内部情報流して、聖女の指令が来れば殺せるように配置された工作員だぞ。結婚するというから今まで殺さないでおいたんだが」

 ジルマリアが息を飲んだ。まあ、あの何もかにもが豪腕の聖女ヴァルキリカ猊下が単純に”身内”に甘い人間ではないとは思っていた。

 しかし初めの誘惑の演出が暗器で殺しに掛かるとは良く分かっていらっしゃる。聖女猊下にはケツの穴まで丸見えなのかもしれないな。

「そうしてくれ。殺すのは行動を起こした時かな? 任せる。お前の目の方が信頼出来る」

 それにしても何の条件に引っ掛かれば殺しに来るか分からない嫁なんて凄く興奮する。ルドゥの目は間違いがないから、これは間違いないだろう。

「分かった大将」

 有志の楽団が演奏する結婚行進曲が演奏されて入場する。

 お祝いの言葉を投げかけられる。

 ジルマリアは無表情なりに動揺しているようだが、いつも通りの無愛想であるので不自然ではなかった。

 何だか顔も声も余り覚えていない連中からは型通りのものが多かったので耳を通り過ぎた。

 登場口にいた父ソルノクから最初に声を掛けられた。

「おめでとう。激戦続きで死ななかっただけでもめでたいのに、妻まで連れて来るとは、改めても……信じられん」

「名将は弾に当たらないと言われます」

「そうか、凄いな」

 次に後妻の義母リュクリルヴ。

「突然のことばかりで何と声をお掛けすれば良いか分かりませんが、お二人ともおめでとうございます。聖なる神の祝福があらんことを」

「ありがとうございます義母上」

「ありがとうございます」

 アクファルには言われてしまった。

「二回目、おめでとうございます」

「その言い方だと再婚みたいだな。重婚だからな」

「お義母様、おめでとうございます」

 一応、アクファルは自分の養子ではあるが違和感は勿論ある。

「義姉ですよ」

 ジルマリアが訂正する。

「お姉様と呼ぶ方は決まっております」

「そう……」

 シゲヒロは腹から声を絞り出していた。

「大将、おめでとうございます」

「まだ生きてるな」

「無様に死んだら葬式は要らん。腹掻っ捌いて臓物、犬に食わせる」

 滅茶苦茶なことを言っているが気合は伝わる。良く分からんがアマナ武士の覚悟か? 頭おかしいんじゃないかこいつ。

 ヤヌシュフが元気良く言う。

「将軍閣下おめでとうございます! 僕もジルマリアさんみたいな凄い女性と結婚したいです!」

「なあ凄いだろう。虐殺指揮官をやったことがある女なんて早々捕まえられないもんな!」

 おまけに命を狙っている暗殺者だぞ!

「はい! ホゥファーウォー!」

「ははは!」

 可愛いからヤヌシュフの首を脇に抱えて、逆さに持ち上げて走り回る。

 そしてヤヌシュフを抱えながらマルリカのところへ。

「マルリカちゃんは好きな男の子とかいるの? 結婚したいヤヌシュフとかいない?」

「……おめでとうございます」

 他人行儀である。ガランド爺さんの仇だからただの他人ではないのに。

「将軍閣下! 私は政略結婚をしないといけません! もっとアソリウスを繁栄させるんです!」

「おうそうか!」

「私だって相手は選びます! こんな物狂い!」

 物狂い!?

「褒め言葉だぞ! セレードの男はイカれてるんだ!」

「ホゥファーウォー!」

「ハハハハ!」

 どうやらマルリカは真っ当な人間に成長しているようだ。ヤヌシュフみたいな馬鹿ばっかりだったらアソリウスは滅ぶからな。

 妹エレヴィカが小さく「せーの」と言ってから、弟サリシュフと声を合わせた。

『お兄様、お義姉様、おめでとうございます!』

「ありがとう」

「二人共ありがとう」

 ジルマリアが少し気を取り直したようだ。流石の虐殺女も小さな子供の健気さには弱いらしい。

 次はシルヴお姉様だ。

「セリン提督にどう説明するか考えた?」

 開口一番にそれか。

「後先考えて突撃が出来るかよ。出来るけど」

「これでもう私に結婚しようとか頭の腐れたこと言わなくなるわね」

「別に今日は三人肩並べてもいいんだぞ」

 流石のジルマリアもこの発言には半目になる。

「私達はあれから変わったんだから止めなさい」

 あ、クソ、”変わった”の中身が多過ぎて返す言葉も思い浮かばない。確かに棍棒で頭叩き割られたあの頃ではないんだけど。

「うー」

「唸るんじゃない」

 シルヴの手の平が、自分の頭にポンと置かれた。

「クロストナさん。こいつは馬鹿でしぶとくて悪い奴だから適当にしてて下さい。どうにでもなります」

「はい」

 大体の参列者から言葉を貰ってから、ナシュカとその部下達が大きなお菓子を会場へ運び入れた。

 甘くてふわふわのパンに白と黄の凝乳が装飾的に塗られた上に、更に豪華に幾多の果物で装飾された一品だ。

 南国の果物は氷詰めの箱で、馬車で最速に送られてきており、通常ならセレードで見られる代物ではない。

 馬鹿みたいだが、これを支度する金だけで中堅貴族の結婚費用はぶっ飛ぶだろう。主に運賃で無くなる。

「凄ぇなナシュカ。お菓子の化物だな」

 焼くために偵察隊がわざわざ特注の窯を作ったのだ。それでも本体は分割して作られ、組み立て、積み上げ式である。食い物の話か?

「ここの蛮族共が砂糖すら食ったことないってな、毛玉がうるせぇんだよ」

「誰が蛮族だこの乳デカおっぱいが」

「お前等だよ。文明人気取りか馬糞野郎」

 その毛玉ことナレザギーもお菓子と一緒に登場だ。暗にこのお菓子は私の力で出来上がりました、と主張した歩き方、登場の仕方であった。

「どうもおめでとうございます。ナシュカさんに頼んだお菓子用の砂糖は私からの結婚祝いということで」

 この結婚式には数少ないとは、影響力を未だに保持するセレード貴族の非公式筆頭のベラスコイ家関係者が居並ぶ。

 砂糖の魅力を宣伝して広めるには良い機会である。人とは噂をするもので、あのお菓子の化物の話は絶対に広まる。

 参列者のお菓子を見る目が違う。驚愕に嫉妬が混じる。

 一地方のクソ田舎男爵の息子がそんなお菓子を結婚式で用意出来たんだから、それより高位の我々が用意できないわけがない、とセレードにエデルトに、もっと他所に広まる。

 その時に砂糖を大量に販売する道と農場を握っているのはこの毛むくじゃらのメルカプール狐、ナレザギー殿下にあらせられる。

 南国に生えてる草を煮た物が黄金に化けるのだ。アホくさい話だ。

「人の結婚式でも商売をするとはこの毛玉め。芥子だとか入ってないだろうな?」

「まさか、精製しないとただ風味が良くなって美味しいだけだよ。そっちが欲しい?」

「この砂糖売りの狐野郎」

「ま、猿野郎には高級過ぎるかな」

 それから、今日まで本当に大人しくしていた者の登場。仇じゃなかったら楽しい奴だったろう。

 ごく一部の者――つまりは夜襲組――にしか報せないで今日まで隠してきた。

 お披露目である。ブリェヘム王ヴェージル・アプスロルヴェその人の登場である。

「これより結婚宣誓を行います。新郎新婦は前へ」

 そう言ったのはかの王である。一番の適役であると我々の間では意見が一致した。

 初めはどこぞの聖職者だと思ったか特に皆の間では驚きは無かったが、シルヴが実家の人間と話し合っている時にブリェヘム王本人であると口に出して、名前が広がって会場が若干ざわつく。

 そのブリェヘム王が聖職者役を務める。中央同盟を結成した時に聖王とロシエ王子との婿入り婚の時も務めたぐらいなので問題無いどころか持て余すぐらいだ。元大司教で、還俗しなければ枢機卿を確実視されていたという逸材でもある。

「ベルリク=カラバザル・グルツァラザツク・レスリャジンはクロストナ・フェンベルを妻と認めますか?」

「はい」

「クロストナ・フェンベルはベルリク=カラバザル・グルツァラザツク・レスリャジンを夫と認めますか?」

「はい」

「異議ある者は?」

 沈黙の肯定。

「それでは各自異議無しということで、続けて新郎新婦の結婚宣誓の証に、新婦クロストナ・フェンベル=グルツァラザツクの父ビヨルトと母リュハンナの葬儀、並びにその仇であるわたくしブリェヘム王ヴェージル・アプスロルヴェの処刑を執行します!」

 こんなに晴れやかな笑顔は見たことがない、と言えるほどにブリェヘム王は良い笑顔で言い放った。

「わたくしヴェージル・アプスロルヴェはベイナーフォンバット近郊での戦いの折に新郎ベルリク=カラバザル・グルツァラザツク・レスリャジンに捕らえられ、この度の真に素晴らしい、聖なる神と蒼天の神に、真に奇跡のごとく祝福されたこの良き式における生贄に選ばれましたことをここに喜び、神と関係各者に感謝を申し上げます!」

 狂王のあだ名に相応しい口上である。

 処刑と葬儀の形式はスラーギィ先住民の伝統方式にある程度則る。

 墓場に置いてある仮の蓋を剥がし、予め掘っておいた長方形の墓穴を露出させる。

 その墓穴の前にブリェヘム王が立ち両手を広げて「さあ落とせ!」と言うと、ジルマリアが蹴りを入れて落とす。花嫁衣裳は蹴りが繰り出せるように足腰回りは調整済み。

「グハっ……いいぞ! 私に相応しい!」

 妖精達の手によって棺桶が運び込まれ、墓穴の横に置かれて蓋が開けられる。そしてジルマリアが棺桶に、両親の指の骨を、参列者の皆に見せてから入れる。

 その間に召使い達が皆に棺桶に入れるための花を配る。

 ジルマリアが口上。

「父ビヨルトと母リュハンナはブリェヘム王ヴェージル・アプスロルヴェと先に死したグランデン大公アルドレド・コッフブリンデに謀殺され掛け、致命傷を負いました。そこで当時の私は両親に止めを刺し、あの指だけを持って逃げ延びました。ここにその復讐を遂げます。ブリェヘム王ヴェージル・アプスロルヴェを生け捕りにしてくれた夫ベルリク=カラバザル並びにその優秀で勇敢なる仲間達に感謝、そして敬意を表明します」

 直接に両親を害したフィルエリカ・リルツォグトに関してはその死を諦めるということで話が決着した。殺せる状況に無く、また所詮は手先の一人で殺意の源ではないということであった。それから以前に殺せる機会があったがしなかったのもその気分に至った原因かもしれない。

 そして棺桶には参列者が一人ずつ花を入れていく。その間、墓穴にいるブリェヘム王が喋る。

「聖なる神は無から全てを創られて世界としました。創られし者フェンベルのビヨルトとリュハンナ夫妻は死んで無に還ったのではなく、この世界を巡っています。二人の葬儀は十年遅れてここに執り行われます。長く苦しい旅を終えた二人は、苦痛より解き放たれ、聖なる神の決して破られぬ誓約の下に永遠に守られながら魂となってこの喜ばしい式を見守っておられます。悲しむことは何もありません。二人の生きた証はここに刻まれ、遺された者達の拠り所となり、そして仇敵は同時に葬られるのです。古き死と新しき死を皆で受け入れ、そしてその新しき始まりを見送りましょう。この始まりは喜ばしいものです。そうであると長く語られることでしょう。そうしなければなりません。フェンベルのビヨルトとリュハンナ夫妻に課せられた負担が取り除かれ、あらゆる穢れが濯がれ、聖なる魂となったことを改めて皆で確認し、ここに喜びを分かち合いましょう」

 花を入れ終えた棺桶に蓋がされ、その上に結婚誓約書を広げて署名し、そして皆に見せる。

 そうしてから棺桶を墓穴で仰向けに寝そべるブリェヘム王の上に置く。

 墓の場所をイューフェ・シェルコツェークヴァルにすることはジルマリアが言い出したことだ。故郷は既に無く、第二の故郷であった下ウルロンの城は自らの指示で破壊した上に、世話になった城主一家は降伏を拒んだので皆殺しにしたそうだ。たまんねぇ女だな。

 そして初めての夫婦共同作業、円匙で土を掘り返しては棺桶に掛け、墓穴を埋めていく。

 仇を生きたまま墓穴にいれ、死んだ者の棺で蓋をして土を被せて殺すのはスラーギィ先住民の間では伝統な処刑方法。レスリャジン氏族がそれを導入し、部族となってもそのままである。

 土を掛けられながらもブリェヘム王は淀みなく言葉を出す。

「世界を創りし聖なる神よ、世界をより良くするための魔なる神よ、天より見下ろす蒼天の神よ、今結婚の誓約を交わしてその存在を確かに証明するこの夫婦に祝福を与えて下さい。二人の間に偽り無き愛が育まれ、健全な家庭が作られますように。これからの長い人生、お互いに喜びや悲しみが交互にそして同時にやってくるでしょう。如何なる時でも互いに心から愛し、尊敬し、信頼し、感謝を忘れずに聖なる神を、魔なる神を、蒼天の神を信じなさい。自らより切り離されたその至高の存在は何時でも二人の道標となってくれるでしょう。苦難を恐れずに飛び込む二人に降りかかる災難は多いことでしょう。二人ならば乗り越えられます。時には耐えられぬ苦痛もやってくるかもしれません。心に邪なものが過ぎるかもしれません。しかしいかなる時でも自らの欲するところに生きなさい。善悪というのは二人にとって何程の価値を持つものでしょう。二人に架せられた枷は常人の物とは異なります。聖なる神の枷、魔なる神の枷とも違います。また何者も縛らぬ蒼天の自由ともやはり異なるでしょう。であるからこそ油断せず、驕らず、自己を常に見極めていなければなりません。与えられる使命と義務は全うしなければなりません。混沌に生きる道を進んだのならばその義だけは通さなければ畜生にも劣ってしまいます。二人は二人以上に、家族は家族以上に、仲間は仲間以上に大切にしなければいけません。平和とは程遠い人生でも、どこかに平穏を見つけて休めるところを見出して下さい。いつまでも走り続けることは誰にも出来ないのですから……これでベルリク=カラバザル・グルツァラザツク・レスリャジンとクロストナ・フェンベル=グルツァラザツクの結婚式を終え、解散とします」

 それからは土のせいで良く聞き取れなかったが、頭の中で欠けた言葉を埋めて聞くとこう続いた。

「聖なる神に対し罪深きヴェージル・アプスロルヴェは王ではなく、一人の人間としてその御許に参ります。我が使命は終り、許されるならばこの穢れが拭いさられますように。決して破られぬ誓約を信じてここに一生を終えます。聖なる神よこの愚かなわたくし、ヴェージルを守り給え」

 埋め終わった。

 我が仲間達は盛大に祝福してくれている。

 セレードの親族達は酷い顔をしている。

 ジルマリアは初めて見る、憑き物が落ちた晴れやかな顔で自分の首に抱きついて、唇を押し付けてきた。

 偵察隊による祝砲が連射される。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る