第139話「ファイルヴァイン篭城」 フィルエリカ

 ロシエにいるハウラから新たな報告が上がって来た。ロシエ各地で暴動が頻発しているという。

 政界でも閣僚会議が解散され、再度人事がされるか不明。代わりに復活して実権を握った議員議会が国王を罷免するという噂。ロシエの第一王子でもある継承権第一位の名目アレオン王が戴冠するらしいが、戴冠式もマトモにやれるか不明。

 とにかくあちらは大混乱に陥った。ロシエの軍事介入がここで完全に止ったと断定された。もう対外戦争をしている場合じゃないのだ。

 ハウラは無事だろうか? 娘の中では一番器用な奴だからのらりくらりと危機は回避しそうであるが。

 悲報は続くもので、中央同盟軍の主力であるブリェヘム王軍がベイナーフォンバットでの戦いで敗北した。おまけにかの王は戦闘で行方不明だという。

 雨が強い時に夜襲を受けたとのことで、狂王などと恐れられた彼ですらグチャグチャの死体にでもなって雑兵と判別出来なくなっているんだろう。個人的に似合いの死に様であると思う。

 既にブリェヘムの王子が国王代理として動いている。体制は王が亡くなったことを前提にしたものであるとご老公が言っていたのでその通りだろう。

 ベイナーフォンバットに関わるその一連の戦いで中央同盟軍は十五万以上の兵力を失った。降伏せずに撤退出来た兵士の復帰でまたある程度数は揺り戻るが、一時的にせよそれ程までに失った。

 それでも中央同盟軍は今でも三十万近い兵力を保持している。徴兵できる余剰人口はまだまだいる。

 だが士気は三十万分を保持していない。だから反乱軍がファイルヴァインに包囲戦を仕掛けている。

 反逆者マインベルト辺境伯軍がグランデン軍加勢の折に、道を変えてファイルヴァインに到着。そして奇襲的に包囲だ。

 独立した軍権を持つ指揮官一人だけがそのようなことを腹の内に抱えていたら、流石の我々でも察知は不可能だ。道を変えるという怪しい動きを察知した時に、何とか人を集めて、必要だけ人に指示を出して外に放出するのが精一杯だった。

 ファイルヴァインは中部における中心都市。街道が集結していて、反乱軍かもしれないから近くを通らず遠回りをしろ、等とは指導も出来ないから予防は不可能。

 これは強烈。確実に突ける意表というのもあるわけだ。

 この反逆者マインベルト辺境伯の行動を目にし、諸侯の軍も何やら怪しく動き始めているだろう。負けるわけにはいかない。どの戦いでもそうだがここでの戦いは何よりだ。撤退する先が無いのだ。包囲されたら棺桶である。棺桶の蓋を閉められないように中で踏ん張るしかない。

 さて黙って守りを固めている必要はないので援軍を要請しなくてはならない。

 メイレンベル大公軍のヤーナの従弟殿は、泣いて身内の背中を刺せる程度には従姉と仲良しだ。必要があれば身内殺しがやれる程度に良識ある貴族だ。反乱軍に組みする可能性がある以上は頼れない。

 ブリェヘム王軍は敗戦からの後退と再編で身動きが取れないし、国王代理が全権を把握するには時間が足りない。それに何と言ってもヤガロ人だ。エグセン、ロシエの盟主をどこまで尊重するかは分からない。

 だから後詰はグランデン大公軍を率いるホルストベック将軍に頼んだ。

 ホルストベックを動かすのは名誉や忠誠や仁義といった、形ではないものだ。そんな叔父は破滅しても裏切る者ではない。そうでなかったら皮肉混じりに傭兵伯、嘲笑されて借金伯などと呼ばれておらず、そうでありながら中央同盟三正面の一つを任せられるほどに人気は無い。

 何よりあのジジイは私が良く知っている。身内の頼みなら破滅的な借金まで理由も聞かずに肩代わりする馬鹿だ。分かってて二度、三度とする本物の馬鹿だ。桁が上がり過ぎて逆に強気になっているらしいけども。

 叔父へは伝書鳩、伝令、両方出した。ハイベルト・ホルストベックの救援軍到着まで篭城だ。

 反乱軍は、その首魁は狙撃も恐れずにマインベルト辺境伯自らが姿を現して口上を述べる

「我々は、中央同盟盟主にしてメイレンベル大公マリシア=ヤーナ・カラドス=ケスカリイェンと、ロシエ王国第四王子アシェル=レレラ・カラドス夫妻の身柄を要求する! 要求に応えたならば一滴の血も流さないと我が名誉に懸けて約束しよう!」

 城壁の上から直接返答してやる。

「カラドス=ファイルヴァインの防衛責任者、親衛隊隊長フィルエリカ・リルツォグトである! 聖王とそれに匹敵する方の御身をお守りする親衛隊の見解をお伝えする。拒否、以上である!」

 大声を上げると喉が痛い。拡声器を隊員から受け取る。

「あーあー、こっちが楽だな。それから個人的見解だ。聖王とそれに相応しい人物は神聖教会も必要としているのはご存知でしょう。そして今は我々の盟主殿が最も、引け目無しに適格。マインベルト卿、貴殿のやっていることは徒労である。神聖教会がこの広い中部全てを直接統治出来るわけがなく、それを念頭に入れて考えれば自明。こちらの玉座に座っていてもそちらの便所に、無事にと仮定した上で座っていても何も変わらない。変わるのは誰が評価されるか、死ぬか、である。評価されるのは貴殿か? 本当に貴殿か? 無用な騒動を引き起こしているお前が? 死ぬのは誰だろうか。少なくとも南から来た連中ではない。まあマインなんちゃらとかいうような匙一杯の糞と等価のド田舎辺境のシラミ部落出身の騎馬蛮族のおとし子共の酋長閣下には分からないかもしれないがな!」

 マインベルト辺境伯領はククラナ南縁の国境地帯。あのあたりは昔から遊牧民の侵入を受けて略奪に破壊をされている。

 定住民と遊牧民の生活領域の境目の地方というのはそういうものだが、これを言うと大体の東北側のエグセン人は怒る。

 そうすると辺境伯が怒りに顔を歪めて引き返し、間も無くファイルヴァインの城壁に対して砲撃が開始された。


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 城壁がマインベルト辺境伯軍の大砲に叩かれ、崩れたら補修をし、備え付けの大砲で撃ち返す激しい、しかし単調な作業を繰り返すこと数日。

 初日の砲撃は激しかったが、狙いはいい加減、花火を上げてるのと同じだった。二日目からは真っ当に狙いを絞り、弱点を探って撃っていた。

 都内に潜伏していた敵が暴動を開始した。そろそろ敵兵の城壁への突撃が近いということか。

 暴徒の排除に回る。捜査や密告で暴動の開始場所はある程度特定している。ただ今回、今日のために用意されたとは把握が全く出来ていないので後手後手である。

 鎮圧部隊は旗信号、ラッパや太鼓の信号で指揮されつつ、戦闘馬車で素早く駆けつけて暴徒を攻撃。

 傘下の暴力団共に小遣いを渡して鎮圧の補助に当たらせる。

 都民へは暴徒の首を届けたら報奨金を出すと宣伝して、幻であっても敵の背後に更なる増援を派遣して揺さぶる。機会に乗じて暴徒じゃない市民も殺されそうだが、だから何だ?。

 市内の戦闘は日の明るい内に終了。家に何とか隠した武器で立ち上がった貧弱な暴徒と、市街戦訓練を重ねた重武装の鎮圧部隊にその補助部隊込みでは比較にもならない。

 それから夜になって城門が破られたと報告が上がる。

 ファイルヴァインの外城壁は非常に円周が長くて守り辛く、水濠も掘っていない。区画整理程度に計画された壁で形も歪で要塞として良くない。そんな隙だらけの防御体制では対処が出来ない攻撃がされた。

 夜間に騎馬砲兵を一挙に前進させ、全周合わせて十六ある城門の一つへの直接射撃で破壊を行ったのだ。

 夜襲はともかく想定されていたことだ。内城壁への後退命令を出す。外城壁と内城壁の間、この新市街地の都民は無視して後退だ。

 外城壁の内側は元々、勝手に貧民が集まって出来たような場所、新市街地だ。本来のファイルヴァインにおける防御計画の範疇ではない。

 内城壁は水濠に囲まれ、城壁そのものも頑丈で厚くて城門も一つ。防御火器も豊富だ。


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 翌早朝、妹のハルメリーと甥のディタバルトが人質になっているという情報が入る。真っ先に警備計画にマズい点があったのならば改善せねば、と思ったのは職業病か。家族の危機だというのに、この期に及んでは瑣末なことだとしか思えていない。重要なのは敵の意図を見抜けず防げなかったという事実。

 誘拐に今まで気付かなかったとは少々間抜けだ。内城壁、旧市街地への撤退で配慮が足りなかった。屋敷も旧市街地にあったので油断していたかもしれない。一つの門から外に出たのも、外から来る者には警戒するが、内から出る者にはあまり注意を払わないという盲点を突かれた気がする。

 さて、内城壁の正門前に二人が並んで立たされているそうだ。何か交渉でもしたいのか?

「アブゾル来い。お勉強だ」

「勉強? 今ですか?」

 暴徒が騒ぎ出している内に誘拐されたそうだ。稚拙な暴動ではあったが、あれは陽動だったか? 馬鹿に紛れて有能なのが紛れていたようだ。

 だが親衛隊にそんなものは通用しない。人質に価値はなく、家の存続より精神の継承が重要視される親衛隊には全く通用しない。昔からそのようにしているというのに学習していないということは、有能ではなくやはり馬鹿か。

 狙うのならもっと価値のある者を狙えば良かったものを。

「宮中伯、ナルバネスク財務卿の妻子をこちらで預かっている! 交渉に応じなさい!」

 間抜けな敵め。怒りも沸いてこないな。

 正門側の内城壁の上に立つ。フェンリアも連れて来た。

 フェンリアは鉄砲が得意だから施条銃で狙撃させる。装填済みの空気銃を二丁用意させた。たぶん装填している暇は無い。

「この距離は出来そうか?」

「はいお母様。頭も狙えます」

「確実に胸、腹を狙え。楽に死なせてやる必要はない。それに頭蓋骨は滑るらしいじゃないか」

「はい、確かに、ではそのように」

「待て何を考えている!」

 狙撃の用意をしているとクソ宮中伯が息を切らせて走ってここまでやってきたが、殴り倒して腹を蹴って止める。

 城壁の上から三人を見る。距離はそこそこあるが、表情は判別出来る程度だ。

 もうどうなるか分かっていて笑っているハルメリーと、膨らんでいる腹の子。

 状況は理解出来ていなさそうだが、怖くて泣いている甥のディタバルト。頭から腹まで撫でてやりたい。

 今度は辺境伯ではなかったが、連隊長程度には偉そうな貴族士官が出てくる。前に会った時と服装が違うが、あれは代闘士として名高い準男爵ライヘルム・ペンゼルコーヘン卿か。

「既にカラドス=ファイルヴァインは陥落したも同然です! 無駄な抵抗は諦めて降伏しなさい! 降伏すれば身の安全は保証します! 剣に誓います!」

 盟主ヤーナとアシェル王子の身柄を聖女に引き渡すという一点を除けばおそらくその通りになる。引き渡したとしても傀儡聖王にされ、現在と特に待遇に変わりも無いという結末も容易に想像出来る。処刑される可能性もあるが、親友とその可愛い夫の二人の首が落ちるだけで、片方だけかもしれないし、どっちでも合理的に考えれば降伏しても良さそうだ。

 娘のようなハルメリーに孫のようなディタバルトともう一人。身内だからこその命の軽さ。

 フェンリアが狙い、撃つ、圧縮空気の銃声は小さい。ディタバルトの軽い体が衝撃で跳ね飛ばされたので銃創はハッキリと確認出来ないが、子供の体力で生きてはいまい。

 敵はまだ何が起こったか理解していない。火薬の銃声なら分かってしまっただろう。

 フェンリアは小銃を手早く替え、次を狙い、腹を撃たれたハルメリーが崩れ落ちる。そして膨れた腹から大量に出血しながら「聖王万歳! 親衛隊に勝利を! 反逆者に死を!」と叫んで失神。奇跡でも無ければ時期に、早い内に死ぬだろう。

 事態を理解した敵とアブゾルは驚いている。

 万が一にでも盟主、実質の聖王の身に危険があるのであれば受け入れるわけにはいかない。それが親衛隊だ。

 人質に取ってるくせに動揺している敵が、しばらく固まってから反応して死体を引いて下げる。

 反逆者その一のくせに、ペンゼルコーヘン卿が怒りと蔑み混じりに睨んで来る。そこの処刑台に三人を連れて来た奴が何て目付きだ。

 クソ宮中伯が立ち上がって、壁の下の三人の姿を見て、胸壁にすがり付いて泣く。崩れ落ちて、猫みたいに丸まっている。これは醜い。やはりリルツォグトの女と結婚するタマじゃなかった。

 こいつが嫌いだ。貴族のくせに初恋の成就なんか頑張ってしてからに。ちゃんと愛の無い政略結婚をすべきだったのだ。

 何より一番可愛いかったあのユルグストと同じ名前なのが気に入らない。別に珍しい名前じゃないが、それはそれはだ。

 クソ宮中伯はゲロを吐き出した。これは酷い、見ていられない。

「アブゾル。これが我々がやって、やられることだ」

 アブゾルは何も言えないで口を手で抑えている。

「この外道め!」

 誰か知らないが、敵の兵士の一人が言ったみたいだ。壁の下に返す。

「今更分かったのか!? はははははは!」

 今更過ぎて笑えた。

 生まれてこの方こういうやり方だった。あの兵士がこういうものだと知っているわけはないが、やはり指摘されるとおかしい。

 親衛隊は聖王を守るのだ。それ以外は取捨の選択結果に準じる。

 それにしても敵は新市街地に良く浸透しているようだ。

 その日の夜に街へ火を点けさせた。区画毎に延焼範囲が管理されたこのファイルヴァイン新市街地を段階的に、敵が屋根の下で寝ている時に焼かせた。勿論だが暴力団等の手下の建物は――露骨に焼かないと怪しいので――協議した部分しか焼いていない。またそこから這い出て後方を攻撃して貰うこともある。所詮はチンピラだから数には数えないようにしているが。

 敵地の屋根の下で寝るという危険を教えよう。

 火事で騒いでいる敵の声を聞きながらその日は寝た。


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 翌朝の焼けた新市街地跡に隠れる場所も無く的となって体を晒す敵が見えた。外を破ったら後は強引に攻め上げれば良いと思っただろうか?

 新市街地は元々は壁の外。旧市街地の内城壁からは全体が良く見える成型された丘の上で、上る最中に矢弾から身を隠して小休憩を取れるような隠れる場所は無いのだ。

 内城壁には塗料で敵に見えるように”聖王万歳、親衛隊に勝利を、反逆者に死を”と書いてある。ハルメリーめ、標語みたいな遺言だったな。早速誰かが書いてみたらしい。

 新市街地は放棄する前提で設置されている。内城壁の大砲は、新市街地に侵入した敵を良く狙える配置になっており、その性能を遺憾なく発揮して家屋に敵兵に逃げ遅れの都民諸共砲弾で粉砕する。

 野戦用の軽い小銃だけではなく、城壁の胸壁や銃眼から撃つための大砲のような銃での狙撃で敵を寄せ付けない。

 ロシエ兵や悪魔の軍勢の妖精兵を見習ったわけではないが我々にも施条銃はある。装填に時間は倍以上かかるが飛距離と命中率が段違いだ。防御戦闘にこそ輝いてくれる。

 雨でも良く働くのが弩だ。もちろん晴れの日でも働く。導火線に火を点けた小さい木筒爆弾を矢に付けて発射すれば、敵兵に当たらなくても爆発して、筒内に入った小石が散弾になってちらばる。死者は出なくても後方送りにされれば良い。戦闘不能者は戦闘が出来ないのだ。

 近寄って来る敵に、民兵は投石。石は家を崩して剥がしたレンガを使う。

 それから桶に糞尿を混ぜ入れた汚泥。これが利く。嫌がって敵は逃げるのだ。誰だって嫌だこんなもの。

 焚き火を壁の上でやり、そこら中から集めてきた物をとにかく焼いて投げる。鍋で炒った砂はかなり良かった。

 敵の突撃部隊は梯子を揃えて坂道を駆け上がり、大砲や小銃の列交代射撃で壁に牽制射撃が加えられ、突撃を何度か敢行しようとした。

 城壁底部に専用の角度をつけた設置された大砲で砲撃。巨大な攻城梯子を抱える必死の何十人もの敵を一度に、縦に膝下を何十本も引き千切って坂道を砲弾が転げ落ちる。膝下の足一本もげたところで直ぐに死にはしないから一斉にそいつらが物凄い声で泣き喚くのだ。何が悲しくてあんな突撃をしなくちゃいけないと、撃ってるこっちが思えて来るぐらいに派手。

 何度か敵の突撃が試みられた後、篭城戦は小康状態に入った。


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 その後も、何度もしつこく降伏勧告がされたが、隊員達が「聖王万歳、親衛隊に勝利を、反逆者に死を!」と返す。

 ご老公は静かに残務整理中で、経過報告をしたら「片付いたら報告しなさい」と一言。

 見捨てるように設計しているとはいえ、新市街地を制圧されてもまだ親衛隊の士気が高いのは三人を殺した影響もある。篭城戦は気合だ。冗談ではなく、心が折れたら負けだ。

 防衛責任者の親衛隊長が率先して足手まといになるはずの身内を殺して不退転の決意を示し、隊員達に覚悟をさせた。無駄死にではない。

 焼けた廃屋に、そして殺されてから回収されなかった敵の死体が目立つ。

 使者を一人出して死体の回収の為の一時休戦を申し出て、了承。これはしきたり、儀礼であり、今までの経緯と関係の無いことだ。

 休戦しながら敵は距離を取って包囲網の調整を行っている様子だ。次の作戦の準備中であるか。

 宮殿にいる人質は厳戒体制で監禁するが殺していない。あのマインベルト辺境伯に縁があるような人質も含めてである。

 無意味に殺すのは我々親衛隊の役目ではない。殺しても意味が無いのならしない。

 ヤーナは余裕だ。歌劇みたいに城壁の上に立って、宮殿で摘んだ花を壁の下に歌って踊りながら振り撒いていた。撒き終わってから敵が盟主と気付いて騒ぎ立っていたぐらい。

 アシェルは平気な面だけは維持しているが、食べてもすぐに吐くらしい。痩せこけるのが目に見え始めている。

 食糧の残りは問題無い。篭城したら敵が先に餓えるだけある。内城壁には避難を求める者を一人も入れていない。食べる口は少ないまま。

 宮殿内の井戸も問題無い。警備も厳重で、瓶や桶に飲み水を入れて各所へ分散保存。それに雨が久しくなる時期ではないし、枯れ死ぬことは当面無い。

 敵はどうやって勝つ気だ?


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 死体が片付けられた休戦の翌日。

 内城壁全周を囲むように敵部隊が並ぶ。単純一列ではなく、交代用の二列目や督戦用の三列目までいる。全方位同時攻撃とは単純にして凶悪である。

 まずは北の下水道が、排水口を塞ぐ太い鉄格子を爆薬で吹っ飛ばされた突破された。そして敵をある程度引きこんだ後、爆薬で潰した。そして退路を断たれた敵は皆殺し。

 今度から便所は桶に変えて窓から中身を投げるようにしないといけないか。包囲後に掃除する人は大変だ。

 南の正門への突撃が同時に行われた。撃退用の坂転がしの砲弾で大量の足をもがれながらも敵は迫った。

 遂に古いが現役の、槍を十本同時打ち出す大弩が扉の内側から、銃眼を通して発射される。一本で四、五人を貫く威力はまだあった。

 壁の上から煮えた油に糞尿を投下。これが混じったものを燃やすと酷く咽返えるとんでもない臭気を放った。当然敵は攻めあぐねた。そこまで熱烈に士気が高い軍隊でもない。

 しかしとんでもなく臭いな。終わった後の掃除はどうするんだ? 清掃記録まで宮殿の日誌にあったか?

 次に東のゴミ出しに使われる通用門が破られる。応急的に石や家具を積んでいてたが爆薬で吹っ飛ばされた。

 即座に予備兵力を投入して対応させる。

 あそこは手狭で大量に人は侵入出来ないし、門を潜れば即座に高所から集中砲火を浴びせられるようにちょっとだけ膨らんだ広間になっている。その広間を抜けるには狭い一本道だけで、石で封鎖しているので行き止まり。

 そんな中。西側の壁を敵が梯子で登ってくる。

 反乱軍に協力していると今判明した貴族の、新市街地側で水濠沿いの屋敷を足場にしている。

 屋敷は部品を組み立てれば攻城塔と化すように作られている。屋根は滑りづらく、平らで歩きやすい。天窓は大きく、窓を外せば階段で、城壁に架けられた攻城梯子は手摺り付きで大きく頑丈、屋根に固定する土台があって人力で引き剥がせるものではなく、長さは測られていて水濠を越えて届く。屋根の装飾に見えた飾りつけは全て銃弾にも耐えうる胸壁である。

 良く考えて今日この日まで準備したものだ。本当に感心する。してやられた。見事過ぎて気が抜けそうだ。

 その西の壁が一番マズいので増援に向かう。

 鉄砲玉としての役割を果たすアブゾルが両手剣を構え、真っ先に切り込む。その強烈な切り下ろしは、帯に拳銃を突っ込んで剣片手に城壁へ乗り込んできた勇ましい敵兵の胴を縦に真っ二つにする。ただ一人殺した以上に、その盛大に内臓をこぼして死ぬ様に敵は士気を落とす。逆に士気を上げる隊員達も拳銃や剣を持って突っ込む。

 城壁の上では剣と槍と銃で殺し合い、狭い足場が死体で埋まっていき、足を取られて互いに転ぶ程になってきている。

 屋敷の屋根から伸びる梯子の本数が多く、そして思った以上に士気が高く、死ぬのが分かって乗り込んでくる敵兵士が多い。手榴弾で屋敷の屋根を攻撃していても追いつかない程だ。

 見下ろせば破壊された梯子がいくつも見える。予備の梯子が多く、投入されている兵士も多いようだ。本命はここ?

 元を断つには? 屋敷を燃やせば良い。

「屋根に松明を投げ込め、燃やすぞ。邪魔者は私が相手をする」

 後方側の隊員に焼き討ちを任せ、隊員達の肩を踏み台に走り、壁に上がった敵を減らす。

 刺剣で敵の首や鎖骨の内側を小突いて致命傷を与えながら、頭や肩を蹴って跳んで、時々首を折り、文字通りに敵の群れを乗り越え、驚いて対処が出来ていない内に跳んで、攻城塔となった屋敷の屋根へ受身をして転がりながら着地。失職したら軽業師でもやるか? 客寄せはヤーナにやらせよう。流しの演奏も良いな。

 敵が驚いている内に屋根の上の敵を減らす。

 自慢だが自分は耳が良い。他人に金取って聞かせられるぐらいに楽器演奏が出来るぐらいに良い。

 足音に踏まれた瓦、銃の撃鉄に引金、剣の鍔に鞘、服と肌の擦れ、鼻と口の呼吸を聞き取れる。

 目と耳で敵全体の動きを捉え、銃の射線から我が身を反らし、敵自体を障害物にしながら一人一人、最低限死ぬだけの深さまで刺して殺す。これは踊りが上手いと滑らかに出来る。自分は踊りも上手い。舞踏指導で食っていける自信があるし、小銭稼ぎもしたことがある。

 支援射撃が、自分を避けるように遠くの敵を狙って行われる。良い具合じゃないか。

 松明がいくつか屋根に投げ込まれ始める。屋根瓦で燃えない。

 手榴弾の爆発で瓦が剥げた部分に松明が当たってもなかなか燃え広がりはしない。もう一押し。

 デカい塊が敵の一人の体形をボキボキに踏み潰した。アブゾルが上から跳んで来た。曲芸の真似までしてついてくるとはやはりワンコだな。

「無茶な奴だ」

「誰が言うんですか!?」

「そうかもな」

 真似して飛び降りる隊員が出てくる。屋根の上で敵をある程度抑えたのでその余裕も出てきたか。

 足を折って動けなくなる間抜けもいるが、銃は座っても人殺しに使えるのだ。しかし凄い発明だな銃は。

 屋敷の天窓の階段からペンゼルコーヘン卿が現れる。

 刺剣の切っ先を向けると、ペンゼルコーヘン卿が同様に刺剣の切っ先を向けてくる。そして拳銃の早撃ちで階段の下へ転がす。

「私は男も首も撃鉄も稲妻のように早く落とすんだ。知らなかったか?」

 首を落とすは比喩だが、気付いたら死んでいた、くらいに剣捌きは早い。

 名手、そして士官のペンゼルコーヘン卿の無様な姿に敵は動揺しているのが感じられる。屋敷の中からも慌てる声、生死確認、衛生兵は、と愉快になっている。

 アブゾルや飛び降りた隊員が敵を押し返した隙に、天窓へ落とされた松明を投げ込む。

 焼くならやっぱり室内だろう。戦城ではないのだから内部は木製、木製品に紙の本や絵に布がたくさんだ。生死不明のペンゼルコーヘン卿にも追撃をしてやる。

 そうして屋敷に火が回り始め、黒煙が吹き上がり、上って来る敵がいなくなった。

 梯子を上って城壁に戻る。足を折った奴は担いで上った。迷惑な奴等だ。

 男一人を担いで梯子を上るというのは重くて足腰に来る。

「隊長すみません」

「全くだ間抜けめ」

「隊長の髪、良い匂いです」

「当たり前だ、夜まで覚えておいてもいいぞ」

 手間の掛かる可愛いのばっかりだ。


■■■


 内城壁への全方位突撃が終わってから緊張が緩む日を待った。

 待って、遂にやって来た良い天気だ、雨が降っている。

 夏になれば雨も珍しくなる。今の、春の内に訪れる好機は利用しよう。

 反撃に移る。一人一人殺しても埒が開かない。大将首を狙って少なくとも指揮官級を殺す。

 都内に一般人のフリをして潜伏している親衛隊の陽動攻撃と合わせる。

 潜伏しているのはそれこそ老若男女の親衛隊員達だ。市街地に紛れればまず見分けがつかない。間違って自分が殺す可能性があるくらい紛れている。

 夜になってから隠し地下通路を通り、新市街地に出る。

 変装して単独。余計なお供は要らない。

 雨の夜は良い。月と星の明かりはなくて視界は最悪で、水中用松明は準備が面倒で、見回りが持つ本数も少なく普通の夜より暗い。飛び道具が普段より役に立たない。水気で火器も容易に使えない。白兵戦訓練を良く積んでいる親衛隊の方が有利。

 陰に潜めば屋外に積んであるガラクタか何かにしか見えないように分厚い布を被り、槍を持った旧グラーベ家の妖怪婆さんが「ヒッヒッヒ」と笑っている。

 足元には敵兵が三人、痙攣しながら転がっている。毒塗りか?

 子供の頃からこの婆さんは婆さんだったが今も元気だ。

 変装は敵兵の軍服である。堂々と歩いて指揮官級を探す。

 自分は耳が良い。暗闇の中でも、勝手知ったる新旧市街地を歩いて回る。敵の会話を耳で拾い、最新の情報を仕入れながら歩く。

 何人か巡回している兵士に堂々と挨拶し、通りすがる。狙うのは指揮官級、高級士官、出来るなら……。

「……雨止まねぇかな……」

「……俺のとこ穴空いて雨漏り……」

「……炙って乾くか……」

「……飯腐って……」

「……シラミだらけ……」

「……貧民が食糧庫にうろついて……」

「……閣下は良く火事の後に中で寝れる……」

 ほう? その位置の声が気になる。

「前線指揮所に酒あるって本当か?」

「閣下がいるんだとよ」

「いいなぁ。死ぬ前に一滴くらい欲しいなぁ」

「禁酒令って正気かよ。正門で吐いたのが最後だぞ俺」

「正門? 油と糞焼いたあれか!? やっぱり親衛隊は気違いばっかりだぜ。悪魔軍の妖精共と良い勝負だぜ。あの淫売隊長、身内あんなにあっさり殺すかよ」

 辺境伯の寝床の情報を耳が拾う。しかし前線指揮所か?

 前線指揮所に使えそうな焼け残っている建物となると数は限られて来るが、しかし広いファイルヴァインではどうにも。

「……おい襲撃……」

「……へ集まれ……」

「……あっちで八人……」

「……親衛隊……」

「……糞してぇ、何で今……」

 うーん。もうちょっと位置を変えるか。

「……警備……」

「……引け、待ち伏せで終り……」

「……援軍出せ、閣下の指示……」

 お? そこか。

「おい前線指揮所ってどこだよ!?」

「プラムレン通りだ!」

「どこそれ!?」

「えー、いや、知らねぇよ!」

「看板!」

「はあ!? 字ぃ読めねぇよ!」

 プラムレン通りのそういう建物ならギルスナー商会の若頭のところだ。あそこの塀は高かったな。砲弾は抜ける薄さだが、まあ良い場所だ。敷地内に井戸もあったな。

 さて新市街地のその屋敷へ入る方法は?

 この辺りに地下通路は繋げていない。火事からの復興に便乗して繋げるべきだな。

 早速、目的の屋敷へ目指して進む。親衛隊の襲撃騒ぎに慌てているように走って。

 目的の塀を見つけた。剣帯を外し、鞘に入れたままの刺剣を足場に助走をつけて塀の上へよじ登る。それから鞘につけた紐を引っ張って回収。

 所詮、その程度の屋敷だ。中途半端にするからこうなる。金があるだけの民間人に言ってもしょうがないが。

 焦った風に屋敷の警備兵に敬礼をしながら中に入る。

 二階で警備している辺境伯にごく近いと思われる兵士、いや貴族士官が二人がいる。一番の難関、最後の難関。

 グランデン大公の印が押された書類封筒を見せると、勝手に合点がいった顔を見せて、一人がそれを受け取って背中を見せる。

 もう一人の、責任者らしき中年の口に手を入れて塞ぎながら心臓を短剣で刺して抉る。もう一周回してから突き上げ直し、ドっと音を鳴らして倒れないように支えてやって倒す。

 背中を見せた方に足音を殺して追い縋り、後ろから口を塞ぎ、腎臓を刺し、肝臓を刺し、しっかりと心臓を刺して抉る。こちらも静かに床へ、支えて倒す。

 寝室へ向かう。寝息が聞える部屋の方へ。

 こんな殺しやすい場所にノコノコとやってくるとは迂闊な奴め。寒い壁外の天幕の方が暖かいこともあるというのに。

 寝室に入ると空の酒瓶が二つ。寝酒に飲んだ様子。

 包囲は長丁場が相場だ。良く寝ない指揮官は悪い指揮官だ。

 そんなマインベルト辺境伯が寝ている寝台の、その枕元で囁く。

「おやすみ」

 薄っすら目を開け、そして驚いて目を剥いて声を上げようとするその口を手で塞いで、心臓を短剣で突き刺して抉る。三周回す。驚き絶叫しようとして引ん剥いたその恨めしそうな目が死んで硝子のようになり、胸から血が大量に抜けて寒そうだ。

 放火でもしようかと思ったがここはファイルヴァインの一角であるし、別に葬式をマトモに挙げさせてやらない程に憎いわけでもない。死体は故郷へ帰ると良い。

 窓を開け、屋敷の外へ飛び降りる。

 塀の中で巡回警備をする兵士に敬礼をして、勝手口の閂を外して外に出る。

 今日は良い天気だ。歩いて帰る。


■■■


 その後、辺境伯の死亡は伏せられているようだが宮殿の包囲は続行された。しかし明らかに精彩を欠いており、戦うのやら戦わないのやらハッキリせず、意味の無い小競り合いが行われた程度。

 こちらから辺境伯の暗殺を宣伝した後は静寂が訪れた。小競り合いも停止。

 そしてホルストベックの騎兵が二千だけだが、まず到着。その時点で包囲軍と停戦交渉に望んだ。

 条件は、この件を水に流して終了だ。マインベルト辺境伯軍は当初の予定通りに前線送りである。

 馬鹿な殺し合いであったがもう講和時期なのだ。無駄に殺す必要はない。

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