第138話「点数」 ベルリク

 一年も経たずに聖戦軍と中央同盟の間で講和の調整が行われている。

 もう戦うという空気は各所で失せてきているそうだ。講和会議の開催まで休戦でいいんじゃないか? という空気だ。そうなる気分は分かる。

 神聖教会における新年を迎え、もう戦わなくていいだろうと皆が思っている。皆とは我々を除く聖なる神を奉じる信者だが、それ以外は大体そうだ。セレード兵とハリキ兵の一部も違うかな?

 そんな感じで春がやってきた。雪が解けて道は泥だらけで、攻撃に出るのは気持ちが悪い季節だ。

 そして西部戦線で休戦を求める使者が、適度に洗ってはいるが泥が少しこびり付いた靴でやって来た。

 使者とはエルズライント辺境伯であり、ロシエ東部軍を統括するヴィスタルム・ガンドラコ元帥である。御大将自らとは恐れ入る。

「初めましてガンドラコ元帥」

 ヘレンデン市の司令部で、入室を認めてから席を立つ。

「初めましてグルツァラザツク将軍。頭領の方がよろしいでしょうか?」

「どちらでも。ああ、頭領と呼ぶのはウチの部族の者ぐらいですから、将軍ですかね」

「分かりました」

「どうぞ」

 ガンドラコ元帥が対面の席に座ってからこちらも座る。

「本題の前に一つ。ジャーヴァル会社、パシャンダ会社の方が分かりやすいですかね。そこにいたファルケフェン・ガンドラコという男をご存知ですか?」

「ファルケフェンは私の弟です」

「不死身のように頑丈な騎兵の?」

「まさしくその通りです。行方をご存知なのですか?」

 使者らしく、交渉担当らしく平静を保っているように見えるが、目と鼻の穴の動きは興奮状態そのものだ。

「当時、私はジャーヴァルにて帝国軍の軍事顧問をしておりました。ロシエとはご存知の通り戦闘状態にありましたね。それから停戦後にですね、一字一句は覚えておりませんが、義によって成敗、と言って、弟さんは一騎駆けで私と仲間の三十人ほど、私の首一つを狙って来まして、死に掛けましたが返り討ちにしました。ご遺体はかの地の下です。墓は立てておりません」

「停戦後……ですか」

「それでなんですが、形見の槍を友人が捨てていなければまだ持っているはずなんです。珍しい型の槍なので、たぶん、あれば配送するよう手紙を出しましょうか?」

「よろしければ」

「そうしましょう。では、本題を」

「はい」

 と言ったら、ガンドラコ元帥の興奮気味の様相は失せた。

「では本題を。もうこちらとそちら、講和の段階に入っております。そしてそちらの目標はほぼ達成され、これ以上の戦闘は無意味です」

「なるほど。しかし我々は傭兵ですよ。略奪分も懐に入ります」

「確かに前回の我々の攻撃は大いに失敗をしました。しかし防御をする分には十分に存在します。略奪出来る以上にそちらに被害を負わせることが出来ます」

「我々は命の一つ一つを被害額のような、数字では考えておりません。最悪、皆殺しになっても良いような、そんな具合になっているんです。分かります?」

「でも死なないに越したことはないでしょう」

「本当はもうちょっと死んだ方が面倒が少なくていいんですけどね。世代越しの土地問題とかありませんでずっと余剰人口は排出していたいんですよ」

「ご苦労が多いですね」

「金が大体の問題を解決するんですがね」

「なるほど」

「金が欲しい」

「はっきり仰いますね」

「話術師じゃないですから」

「城を取られたでしょう」

「懐かしい話ですねそれ。金くれたら停戦に応じます。現金じゃなくても貴金属類でも結構です。人は要りません。奴隷にしている妖精でもいいですよ。香辛料とか薬品系は自前で安く揃えられるのでいりません」

「金ですか。お幾らで?」

「五億ウラクラなら文句ありません」

 故イスハシルに賠償金として吹っかけた金額だ。数値がぶっ飛び過ぎて実感がわかないが、大体の中規模国家の年収の十五倍程度であり、その年収を生み出す物件の値段。とにかく国が買える金額。

 タリウス換算だと……六億ぐらいかな。金貨六億枚だ。うわ、スゲェ、貰っても困るわ。クソ重てぇ、運んでられねぇ。高額有価証券じゃないと困っちゃうよ。そもそもそれだけ通貨発行してる? してないよね。

「ロシエ王家の金庫を引っ繰り返しても出てきませんよ」

「財政破綻寸前でしたね。国家消滅の危機に比べたら、違う金庫を引っ繰り返すくらいすべきでは?」

「交渉は出来ます」

「信頼させて下さい」

「誓約書に署名して頂けるという前提であれば掻き集められるだけの前金、そして停戦合意後に後払い」

 その辺の蛮族、盗賊ならともかく、文明国相手との誓約を守らないというのはやってはいけないことだ。大国ならいくら信用が薄くても話し合いをしなければいけない圧力をかけられるからやってもいいんだけど、我々のような傭兵稼業をこれからしようという場合はよろしくない。残虐でも信用第一でなければ世渡りは難しい。

 ガンドラコ元帥は前金だけで停戦を守らせることが可能。もし当人にその気があっても、財政破綻寸前か、もうしてしまっているロシエが後払いをする保証は無い。

 ロシエでは政治的混乱が激化している。政界では現状維持の王族中心の守旧派と、王を退位させて王子を戴冠させると同時に閣僚を刷新して旧来の政策方針を一挙に転換させたい革新派。

 国全体では、専制君主を理想にする王党派、王族の権限を最低限にしたい貴族共和派、封建時代のように地方の自主独立を望む旧体制派、身分に関わらず識者が政治を執り行うべきという共和派、階級制度の打破を掲げる共和革命派。それから神聖教会派に、派閥かどうかすら不明な無政府主義者、各地方在地の貴族でもない勢力などなどいるようだ。

 そしてカラドス朝全体でもロシエ本土、ユバール王国、亡命アレオン、バルマン軍閥、アラック軍閥、南大陸植民地、新大陸植民地、ジャーヴァル利権と、性格も民族構成も違った土地を抱える。政情が安定していればこの多様性も武器になるだろうが、不安定の極みとなれば全て弱点となる。

 そりゃあ戦争したくないよな。ジルマリアにこの交渉前に色々ロシエについて教授して貰ったが酷いもんだ。

 ロシエで政権が転覆して新政府が樹立するとどうなるだろう。戦乱が収まるか? 激しくなるか?

 東部軍の拘束を解くとどうなる? 忠実なバルマン兵が王党派について現政権を支え、疲弊したロシエは安定に向かうと思われる。

 聖戦軍と中央同盟も講和の準備中で、やっぱり安定に向かう。世界が安定すると傭兵である我々の仕事が無くなってしまう。

 東部軍を西部戦線に拘束し続けるとどうなる? 現政権が倒れるかもしれない。

 反体制派の中でも一番過激なのは共和革命派。その共和革命派をあのランマルカが支援する以上は有力候補と見做しても間違いではない。マトラの情報部経由だが、武器に軍事顧問が上陸しているような段階であるらしい。

 もし共和革命派が勝てば、エデルトや聖皇、中央同盟にとって歓迎出来ない共和革命派政権の誕生だ。

 貴族は殺して畑に血を撒けという共和革命派である。神聖教会の聖職者も直接の世襲をしないがほぼ貴族と同等で畑に撒かれる存在だ。そもそも高位聖職者のほとんどは貴族出身である。

 ロシエでの共和革命が終わったら次は隣国、次はそのまた隣国と進むことは目に見えている。

 共和革命の芽は早期に潰すべきか否か? ランマルカの妖精だけでも世界に影響を与えているというのに、ロシエの人間が共和革命運動を広げていってしまえばとてつもない混乱が起きるだろう。

 ロシエは頭が少し弱くても巨人なのだ。ロシエの国力に追い風を受けた共和革命運動は絶対に各国で惨劇を起こす。

 我が部族的にはそう、戦乱が望ましい。

 魔神代理領に波及? 大いに結構。そっちでも働ける。

 そして何よりあれだ。攻撃したけど都合悪くなったから止めていいか? 等と、そんな話が通るか。

「ガンドラコ元帥」

「はい」

「今から攻撃を仕掛けますので早くお帰り下さい」

「真っ当には思えませんが」

「私の中では明快に筋が通っているんですよ」

「悪魔将軍とは冗談半分と思っていましたよ」

「その呼び名はちょっと好きじゃないですね。神の鞭や嵐がお気に入りです。それに私は傭兵ですよ」

「金は不要と? 確かに今、我々側は多くの現金を持ちませんが支払い方法は多数あります。それに魔神代理領での妖精奴隷の件はこちらでも聞いております。協力できます。自分で言うのも妙ですが、バルマン人の私が言います」

 バルマンの嘘、というロシエの言い回しがある。勘違いという意味だ。

「信用はある程度しています。でも思いませんか? そちらから熱烈に誘っておいて今更袖にするなんて酷い話はないでしょ」

「グルツァラザツク将軍は戦うことしか知りませんか?」

「いえいえ、それは酷い言い草ですよ。私は我がレスリャジン部族の子供達の腹を預かる頭領です。ちゃんとその身分に沿った政治をしています。他所の人に理解出来るかはともかく」

「その答えが?」

「国境から戦力を引き剥がしたら、その分進んであなたの領民を殺し尽くします。ですから踏みとどまって下さい。まさか我々に背中を見せて無事にいられるなどとは思っていませんね」

「……失礼する」

 ガンドラコ元帥が席を立つ。

 殺す? 殺す? と視線を送るルドゥには首を横に振って否定する。

 ガンドラコ元帥がいるからまだ、おそらくだが、東部軍は崩壊しないで組織を維持出来ていると推測する。

 殺したら拘束どころではなくなる……東部軍が組織崩壊して戦力として消滅するかもしれない。

 じゃあ殺すか? でもここで殺したら勿論、残虐なだけではなく話も通じない奴という悪評が立つ。流石に交渉も出来なくなるのは今後に差し支える。

「ラシージ」

 部屋の隅で静かにしていたラシージに声を掛ける。

「はい」

「奴等を国境から逃がすな」

「はい」

「被害は最小限。挑発だけでも構わん。次の戦争が見えてきた」

「はい」


■■■


 ロシエ東部軍はラシージの指揮でマトラ人民義勇軍が拘束した。攻撃するぞ、と嘘のような本当のような挑発のおかげでロシエ東部軍は防御を固め、攻撃、そしてもちろん後退をするどころではなくなっている。

 北部諸侯連合軍はシアドレク獅子公の寝返りで機能を停止した。エデルト念願の北領陥落は時間の問題だ。

 そして講和の気配濃厚な中での、ブリェヘム王率いる中央同盟軍主力十万以上がオルメン王領へ進軍開始。

 その膨大な兵力を養うのはモルル川の流れ、輸送船が助けており、更に遠慮無く略奪が行える敵領地が助ける。鈍行に補給物資を引きずって歩かなくて良い条件が揃っている。

 失点だらけの中での、講和会議前の得点稼ぎであるのは明白だ。そして戦争終結前に集めた傭兵共の処分であると考える。

 戦争が無ければ死んでくれないと困るのが傭兵だ。お互いに殺したいと考えるのは当然である。盗賊になったら困るし、死ねば給料を払わなくて良いので助かる。

 もしかしたら講和の調整の段階で聖戦軍と中央同盟軍でこの戦いをしようと示し合わせたのかもしれない。

 オルメンには七万の聖戦軍がいる。そして敵味方共に五万以上の援軍を差し向けている。

 オルメンに今、三十万近いの兵力が集中しているのだ。いやはや、これはあからさまではないか?

 傭兵共の中にも殺処分されるという気配を嗅ぎ付けた者もいるだろうが、これで逃亡したら逃亡罪で正当に殺せるし、どっちにしろ良い感じ。

 ちなみに我々はオルメンに呼ばれなかったが、来るなとは言われていない。

 ヘレンデン市には引き続きアソリウス軍が駐屯している。

 食堂でヤヌシュフと腕相撲をしているのだが、歳若いせいもあるがヤヌシュフが弱くて自分の腕が動かない。余裕で堪えられる。

「いいか、考えてやれよ。力押しだけじゃないぞ。自分で考えてみろ」

「でも……」

「勝ったら良いところに連れてってやるからな」

 ハっとしたようにヤヌシュフは組んだ手を放した。そして考え込み始めた。良し良し。

「おいシゲ」

「やんのか大将」

 シゲを呼んで手を組む。始まる直前に卓へ拳銃を置く。

「いいかお前、分かってんだろうな?」

「え、え? 分からん」

 開始と同時に左手で拳銃を掴んで顔を狙うと、伏せると同時にシゲが圧倒的な腕力で勝ってしまった。

「いいかお前、分かってんだろうな?」

「勝ったが……え?」

「お前、誰が誰と何したいって? あ?」

 シゲが握ったこちらの手を起こして、自ら反対に倒して負けた。

「そうか!」

 ヤヌシュフが閃いたのか走り去った。

「大将、何なんだよ」

「腕力一辺倒じゃなくても勝てるってことだ」

「あー」

 給仕の妖精が持ってきたお茶を飲んで待っていると、ヤヌシュフが薄手の半ズボン? を持ってくる。

「それは?」

「お母様の洗濯前の下着です」

 下着を受け取り、まず嗅ぐ。思った以上に臭いが薄い。

「ルドゥ、これ洗濯前か?」

 護衛に控えていたルドゥに汚れ具合を鼻で鑑定して貰う。

「大将の臭いの方が強いぐらいだ。便臭も怪しい。穿いたのかこれ?」

 とりあえず被る。うーん?

 ヤヌシュフとの腕相撲を再開。負けてやった。

「分かったかヤヌシュフ。力押しで解決出来ないなら搦め手だ」

「はい!」

 背後に忍び寄っていたシルヴに、拳骨を食らったヤヌシュフが悶絶して席から転げ落ちる。

 無言で挑んできたシルヴと腕相撲をする。

 まずは開始と同時に拳銃でシルヴの顔面を撃つ。シルヴの顔の肌が白くなって一瞬黒くなり、鉛玉が潰れて下に落ちる。恐ろしく頑丈になる魔術が発動したのだ。

 シルヴは、こちらの親指を重点に強く握る。指が千切れそうなくらい痛く、充血、それはもう赤黒い。

「俺のもっと赤黒いのが見たいって意思表示か?」

 パキっと鳴った。おお、指折りやがったぞこいつ。

 腕相撲は負けた。下着も持って行かれた。

 指どうしよう?

 割られた頭から血を流すヤヌシュフが立ち上がる。

「マルリカに診てもらいましょう」

「あ、誰だっけ。何か覚えてる」

「イルバシウス副長の娘さんです。怪我治す奇跡が使えます」

「おお! あのお嬢ちゃんか、思い出した。何だ従軍してんのか」

 ということで、フラつくヤヌシュフはシゲに背負わせてアソリウス軍の医療所へ行って、大きくなって健康的にむっちりな、マルリカに治療の奇跡で綺麗に治して貰った。

「下らないことで来ないでください」

 と、怪我の理由を話したら怒られた。

 それからどの程度の怪我まで大丈夫か聞いてみたが、放っておけば死ぬような怪我は無理だそうだ。

 とりあえず怒られてばかりなのは癪なのでそのむっちりな尻を触ってから走って逃げた。


■■■


 遊びながら頃合を見計り、早くもなく遅くもない頃合で、部族軍でオルメンで行われる予定の大戦に出張る。シルヴやヤヌシュフも連れて、ニクールの部隊もだ。事実上の最終決戦になりそうなのでジルマリアも見学につれてゆく。

 オルメン近郊にはナレザギーが冬の間に調整した聖戦士団の兵営もあるので使ってしまおう。

 ロシエ東部軍の拘束は仕事だが、これは趣味の範囲だ。

 次の戦争が見えてきた、なんて格好つけたが、そうならなかったらしばらく参加出来る戦争も無さそうなのだ。やれる内にやっておく。

 オルフでの戦争があるが、あそこに参加して活躍するとセレードへの自分の影響力が増大することは必須だ。エデルト議会は大層嫌がるだろうから雇われない可能性が高い。

 アッジャール朝から雇われることはあるかもしれないが、かもしれないという程度。金払いも悪そうに思える。流石に義理人情で命をかけてやれるだけの縁は無い。

 人民共和国からは誘いが来ているが信用がならない。ジェルダナ大統領が旦那のイスハシルを暗殺したという悪評は末代まで残る。ちゃんと自分も悪く評価する。

 だからこの最終決戦は逃せない。

 部族軍の騎兵の機動は隠匿されなければならない。

 単純に馬は人より早く動けるので、強行軍気味に移動すれば敵諜報員が我々を目撃しても遅れて伝われば意味が無い。伝書鳩はしょうがないが。

 とにかく早く動かす。家畜連れで、替え馬を利用する。

 いないはずの騎兵による奇襲を演出するつもりだ。

 部族軍は後からやって来るようにし、先発して少数だけで物見遊山。

 お弁当を持って酒飲んで、南側から戦場を眺められる見晴らしの良いところから付近の農民に混ざって観戦だ。名目は将校偵察ならぬ将軍偵察。

 今日の天気は良い。絶好の戦争日和だ。隣で観戦している地元農夫一家と酒を一瓶ずつ交換して飲む。

 オルメン王領東部の防御拠点ベイナーフォンバット市より東方で両軍が接触した。

 馬の上に立って、望遠鏡を使うと良く見える。農夫の子供達を抱き上げ、望遠鏡を貸してやって見させるとキャッキャと喜ぶ。

 聖戦軍は合計七万。南部から出兵して来た者達が多く、こっちを見に来た斥候は庶民臭い訛ったフラル語で挨拶をしていた。

 前衛には傭兵主体の軍が三万、街道を跨いで長大に横列隊形を保ち、塹壕も掘って防御の体制が出来ている。北側の大きい丘と、南側の風車が建った小さい丘が地形を門のようにしている。その後方に諸侯軍主体の本隊が四万。

 中央同盟軍は合計、おそらく十万を越える。隊形が伸びていて後方の確認が出来ない。

 前衛には傭兵主体の軍が四万で、聖戦軍の塹壕に沿う形で横隊形である。真正面からぶつけるようだ。その後方には有名なバルリー傭兵軍がいて、その前衛の傭兵四万を逃がすまいと背後に張り付いている。

 それより後方の伸びた隊形の軍は、掲げる旗を見ればブリェヘム王直轄の軍である。

 ざっと双方を見た感じではこのような内訳だ。両軍の傭兵はご愁傷様である。背後の敵、眼前の敵、眼前の敵を煽る敵と、三種類も敵がいる。

 聖戦軍は待ち構える。

 中央同盟軍の傭兵が前進し、その背後のバルリー傭兵軍はゆっくり前進。

 傭兵を捨て駒にして、弱ったところを粉砕しようというところだろう。単純明快だ。軍の規模がここまで膨れ上がれば単純な戦闘以外やり辛いが。

 中央同盟軍の傭兵は聖戦軍側の大砲の射程距離内に入り、砲弾を浴び始める。大軍なだけあって撃てば当たる状態。

 前進が終り、互いの傭兵が戦闘を開始した。銃声と煙が上がり始める。

 丘の上に配置された聖戦軍の砲兵が良く働いており、序盤は聖戦軍が優勢。

 中央同盟軍の砲兵も前進して砲撃を開始するが、移動して展開するという手間が掛かっている上に高所を取られている分だけ不利だ。

 バルリー傭兵軍から縦列隊形の分遣隊が出され、南北の丘の上に攻撃を仕掛ける。

 そうすると丘の上の聖戦軍の傭兵はあっさりと引き下がり始める。そして塹壕で持ち応えていた傭兵も後退を始める。

 見るからに罠ですよ、という感じの引き方である。怪し過ぎて中々、突っ込み辛いように思える。

 ただ攻める中央同盟軍の傭兵は捨て駒。罠の存在が疑われてもそのまま前進をする。させられている。

 聖戦軍本隊は後退した傭兵を適宜再配置しつつ、やや縦長の多重横隊で待ち受ける。

 戦闘して前進をして足並み、隊形が不揃いで疲れも多い傭兵を全面に出した中央同盟軍は、その堅固な聖戦軍を見て進撃を停止して隊形を整列し始めた。

 その隊形の整列を見て聖戦軍本隊は整然と後退を開始する。傭兵の方は殿部隊として残されてしまっている。

 しばらく隊形の整列に集中する中央同盟軍だが、この事態に遅れて気付いたのか、遥か後方のブリェヘム王軍から騎兵隊が多数派遣され始めた。

 傭兵達は大体が貧乏で騎兵なんか持っていないし、バルリー傭兵も貧乏なので騎兵なんて少数しか持っていない。

 十分に攻撃力を持った騎兵はブリェヘム王軍の方から出すしかなかった。数え方は少々いい加減だが、たぶん一万は出している。我々が言うのも何だが、かなりの規模だ。

 中央同盟軍が遅れた追撃を開始し、殿を務めるはずの聖戦軍の傭兵は撤退を始める。

 その頃には遥か北のモルル川の方からは砲声が響いている。陸戦と同時に水上戦闘も行われているようだ。流石に遠過ぎてハッキリ見えないが、中央同盟軍側が隻数でも勝っているようだ。

 その後のブリェヘム王の追撃騎兵は殿の傭兵を多数殺戮したようであるが、突っ込み過ぎた。

 集団魔術、神聖教会で言うところの大奇跡と思われる目を閉じても視界が焼けつくような閃光、電撃らしき砲声を遥かに凌駕する炸裂音の後、追撃騎兵が麻痺状態に陥った。隠蔽の為の塹壕に隠れていた奇跡使いの部隊がいたのだ。

 その後は待機していた銃兵がやってきて、追撃騎兵へ集中的な銃撃を浴びせて返り討ちにした。

 大奇跡の電撃が余程に効果的だったらしく、直撃を受けた様子も無く、光と音でやられて倒れ込んでいる人馬が目立つ。直撃だった地点の焼けた人馬に草木から煙が上がっている。

 そんな悲惨な状態で銃で撃たれまくり、無事に逃げられた追撃騎兵の数は三千くらいだと思う。一塊にならないで逃げたので数はあやふやだ。

 騎兵の出し方がマズかったのは見ての通りである。尻を見せているとはいえ、ほぼ支援無しに整然と動いている敵へ騎兵単独に、それも進路が馬鹿正直に直進的でとは、いやはや、我々みたいに射撃能力に優れているならまだしも、馬鹿だ。

 聖戦軍側の迎撃は良くやったもので大成功。集団魔術に大奇跡は発動に手間がかかり、効果的に発動するには複数の術者に冷静に集中出来る環境を用意してやらないといけないので野戦では相手を策にはめるぐらいでないと使い辛く、大砲以上に運用が難しい。当たりは今見たように大きく、外れは貴重な術使い達の大量損失の可能性があって大きい。あまり記録では目立たないが川を凍らせて渡河の補助したり、土を弄って即席要塞を造るような安全な後方での工兵働きが一番の活躍所と言われる。

 それでも我が軍にも集団魔術部隊が欲しい。選択肢が一つ増えるだけで戦術の幅が違う。超優秀なグラスト分遣隊は借り物なので別だ。

 魔術使いは扱いが難しい。殺気立った敵の面を拝みながらバチバチと魔術に合わせて拳もブチ込めるような奴等がそもそも異常で一万人に一人ぐらい。普通は敵と面と向かって使えない技術だ。今正に頭をカチ割られようとしている中で裁縫が出来るか? という程度と言われる。あんな理解不能の異常な力を操るのだからそうなのだろう。

 我が軍の集団魔術部隊の編制は遠い。ラシージが少しずつ術使いを集めているが、まだまだ工兵隊のおまけ程度の規模だ。

 聖戦軍が今やったぐらいはいつかやらせたい。


■■■


 昨日の追撃騎兵の撃退から休息は挟まずに両軍は移動を続け、ベイナーフォンバット市での戦いにもつれ込んだ。

 聖戦軍の方はまだ整然としているが、一応は中央同盟軍の追撃を受けて後退をしている形。

 聖戦軍の傭兵がベイナーフォンバット市郊外、東方にて水車を回せる程度の、橋は全て破壊された小川沿いに展開中。人数は半減しているようで、おそらく一万五千程度。

 ほぼ無傷の本隊四万はベイナーフォンバット市を陣形の中央部に組み込んで展開。攻撃は出来ないが無敵の巨人兵士を配置したような感じだ。

 これを攻撃するのならば相当な被害を覚悟しないといけない。そしてたぶん、その相当な被害を出すつもりであろう。

 中央同盟軍は分かりやすく単純な陣形を組んだ。前列の多重横隊が傭兵三万、中列の多重横隊がバルリー傭兵軍五万、後列の多重横隊が四万でその両翼に騎兵が五千程度ずつ。

 小川を挟んで傭兵同士が戦闘を開始。

 待ち構える形で既に大砲を備えていた聖戦軍側が緒戦は有利であったが、数に勝る中央同盟軍に圧迫され、ついに壊走する。

 前回と違って後方から傭兵達を逃がさないように睨みを利かせるように聖戦軍本隊が配置されていないのと、小川周辺は雑木林や茂みになっているので隠れて逃げられるだろうという心理が働いたせいだ。

 それから小川とは言え障害物である川を渡って、雑木林に茂みを山刀である程度切り開いて中央同盟軍の傭兵が渡る。その動きは勿論遅い。

 予備砲兵を含め、再配置された砲兵が川と雑木林に茂みを乗り越えてきた中央同盟軍の傭兵へ砲撃を浴びせる。砲弾を止められるような太い木は生えておらず、無数の細木とともに兵が千切られて、散弾と化した木っ端に切り裂かれる。

 海戦での船内もそうだが、砲弾を受けた木は破片になって周囲の人間を殺傷する。

 そんな最前列の状況は、あまり把握していないバルリー傭兵軍が傭兵達を急かして前進させるが、屠殺場になった川沿いで戦線は膠着。突破して突出する部隊はいくつか出るか、余裕を持って待ち構えた聖戦軍の部隊に撃退される。

 野戦部隊と違い、拠点と隣り合わせ、大きな弾薬庫がすぐ側にある聖戦軍である。大砲が故障しても替えがあるし、弾火薬は大砲全てが潰れる分まである。

 中央同盟軍の傭兵は大きな被害を受けて戦意喪失、撤退して戦いは一旦停止した。

 それからは散発的に、小川周辺の雑木林や茂みを燃やす中央同盟軍の兵士の姿が現れ、それを妨害するために聖戦軍の軽歩兵が銃撃を加え、反撃するために部隊が投入され、不利だと逃げる、など、小競り合いの段階に移った。


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 四日目。ベイナーフォンバット市での戦いは小競り合いを続けたままに膠着状態。

 ブリェヘム王軍側が大事な奇跡使い部隊を出し、大奇跡で雑木林に茂みを一斉に焼こうとしたが聖戦軍側の軽歩兵に狙撃され、小火を起こした程度で退散してしまった。

 ここで退散せずに粘り強く対抗部隊を繰り出し、大奇跡で障害物を焼き払い、そして小川を凍らせたら展開は大いに変わっただろう。だがそうしなかった。

 市東側の小川は有効な障害物となっている。ブリェヘム王軍の兵力なら奇跡使い部隊を投入しなくても強引に突破して占領まで行けそうだが、それは確実に大量出血を伴う。間も無く講和でもしようかという時に、死んで良い傭兵ならばともかく、正規兵を磨り潰すのはよろしくないだろう。用意出来ている兵力が講和会議での発言力に直結するのだ。

 このおそらく互いに話し合って用意したと思われる戦場へは、早くも増援が互いに派遣され、モルル川を越えた北方で接触。詳しい情報は日を跨いで遅れてやってくるので趨勢はまだ不明。

 およそ六万の聖戦軍側のガートルゲン王軍が南下して来るか、およそ五万の中央同盟軍側のグランデン大公軍が南下して来るか、決着はこの増援同士の戦いで決まりそう。


■■■


 六日目。モルル川以北で行われている両軍の増援同士の衝突であるが、お互いに兵力を矢継ぎ早に送り出しており、様子見を繰り返してなかなか決戦に移行しないらしい。主戦場が変わってしまったか?

 それでもやる事に変わりはない。聖女猊下とその近衛隊五千、カイウルクが指揮するこっちの部族軍一万一千、ナレザギーが連れて来た聖戦師団一万がベイナーフォンバットで合流した。観戦は終りだ。

 聖戦軍側の兵力はこれで七万にまで回復となった。損耗して指揮官級を多数失った傭兵部隊の統制が緩くて扱い辛いのでその分は差し引くべきかもしれない。

 敵軍はモルル川の交通を制しているので、遠征先でも素早い物資の補給、兵力の補充をしていると考えられる。腹の具合も良い状態で十二万の兵力を維持していると推測された。

 さて六日目の本日であるが、小川での小競り合いも雨で休戦状態だ。モルル川北の戦いも雨でお休みだろう。

 だから雨天夜襲を聖女猊下に提案した。

「夜になったらそっちで白兵戦に強い連中を先頭に西から突っ込んでください。聖戦士団を先頭につけます。こっちは事前に全速で南に移動しますので、時刻を合わせて同時攻撃を仕掛けましょう」

「奇遇だな、その心算だ」

 聖女猊下の部屋には、藁の代わりに鎖分胴が幾本も付けられた箒のような、聖女の巨躯に見合った武器が立てかけられている。自分なら肩に担ぐのがやっとの重量であろうか?

「掃除用具が見えますけど、出られます?」

「ようやく反対を押し切ったところだ」

 ”指揮官は先頭に”とは古代からの戦場の習いである。昨今では流石に火力の向上と規模の拡大と長期戦化の傾向で”指揮官は最前線に”程度にまで穏当になっている。

 最前線に出る程度なら旗竿か、もう少し攻撃的に槍を旗竿にする程度で十分に見栄えが良いはずだ。

 あの鎖箒は直接ぶん回す以上の使い方は無いだろう。旗を付けるような竿武器ではない。先頭に立つ以外にない。

「聖女様に諌言する者がいたんですか?」

「可愛い身内には弱いんだよ」

「ごもっとも」

 自分はアクファル、ラシージに止めろと言われたら突っ張れない。

「雨はもっと強くなる」

「天気、予測してました?」

「聖職者ってのは聖典を読んでるだけじゃない。精神、物質双方を満たすように神に仕えて民衆を守る。何百年も続けた観測記録に基づく気象予報もその範疇だ」

「兵は揃ってますか?」

「雨だから戦えないってのは間抜けな話だ」

 聖女猊下に案内して貰い、その間抜けではない兵を見に行く。

 彼等は兜に胸甲をつけ、斧槍や弩を扱う近衛兵だ。今は雨露を防ぐ兵舎内で、夜に備えて全員が暖房で温まりながら寝ている。

「火器の威力は確かに凄いが、やはり最後に頼れるのはこれだよ」

「ええ。こっちも弓が頼りです」

「弩もいいぞ。金は掛かるがその分、かなり飛ぶ」

「馬上じゃどうにも」

「そうだな。そうだった」

「時計、合わせましょう」

 互いに懐中時計を出し、時刻を合わせる。

 雨音が強くなってきた。窓から見える外はどんより暗く、雨と屋根からの雨垂れで遠くが霞む。

「なあベル坊。ジルマリア、連れて行く気か?」

 戦場に? いや、求婚した話の続きか。

「私のことは好きではないようで、どうだか」

「させてやってもいいぞ」

「必要な政略結婚ならお願いしましたけどね」

「そうか」

 別れて外に出れば、明らかに火器使用不可能な降雨である。

 夜を待つ。日が暮れてから迂回して進み、ブリェヘム王軍野営地の南へ部族軍を移動する。先行部隊が既に藪を取り払い、小川に仮設橋を設置し、道を間違えないように道路標識を立てている。

 指揮官級を召集し、最後の打ち合わせをして時計合わせをして解散する。

 夜戦に備えて昼寝をする。敵はある程度、一箇所に固まった十二万かそれ以上の大軍だ。撃退や降伏は望めそうにないから、大将首一本に絞るべきか?

 屁をこきながら寝台へ横になり、今は寝られないと思っていると、扉を叩く音。寝室に客人だ。

「お休みのところ失礼します。よろしいですか?」

「どうぞ」

 ジルマリアが尋ねてきた。

 眠れはしないが何となく眠たくはある。半開きの目で、わざわざ床に正座するジルマリアを確認。

 彼女は改まって、スカーフも眼鏡も外して白い坊主頭を見せる。灰色の目が何だか綺麗な硝子玉っぽくて、指で突っつきたくなる。

「どうした?」

「ブリェヘム王ヴェージル・アプスロルヴェを生け捕りにして下さい」

 いつもの無愛想面ではなく、腹を決めた顔だ。

「ほほう?」

「お願いです」

「お願いならしょうがないな。いいぞ。理由は?」

「個人的な恨みです」

「それは叶えないとな……」

 

■■■


 夜になった。雨脚は更に強まっている。

 ナレザギーからは聖戦士団一万の投入は問題無いと確認し、聖女猊下にも突撃部隊の準備は完了したと確認。

 そして部族軍を率いて作戦を開始した。

 部族軍一万、負傷者の帰還、そして新兵の補充で定数に満ちた。ニクールの部隊を合わせて一万一千、シアドレク獅子公の時のようにやれる。

 雪より体を冷やす降雨の中を進む。ジーゲンホルク市の戦いの時よりは移動距離が短いので負担は少ない。

 先行部隊が立てた道路標識を、獣人騎兵の先導で辿り、小川に架けられた橋というより足場に近い仮設橋を渡り、予定位置についた。

 横幅は野営地を覆うように。一旗毎に横間隔は以前より広めに二列横隊、これが十一段。

 吹雪の明け方に一度やったのだ。雨の夜にやってやれないことはない。

 野営地の見張りは緊張状態で良く見張っていると獣人が斥候に行って見てきた。強い雨で視界は最悪である。雨雲で月と星が隠れ、篝火はマトモに焚けない。

 懐中時計を、暗くて見えないのでニクールに確認して貰い、予定時刻。

 刀を鞘から抜き、”俺の悪い女”を振り上げる。

「全隊ぃ……前へ!」

 振り下ろして胸の高さで止める。切っ先は前に。

『全隊前へ進め!』

 雨で声が通り辛いので各部の長が復唱。

 分厚い横列の十一段一万一千騎が動く。

 馬の蹄が泥を穿り返す。あまり速度は出すと馬が転びそうだ。

 夜目が利く獣人は凄い。これはもう手放せなくなりそうだ。

「およそ四百歩、到達!」

 熟練の目を持つニクールが目測で測った曲射距離に到達。

「第一列より曲射開始!」

『第一列より曲射開始!』

 第一列、親衛隊から射角を上げて連続で矢を放ち始める。

 第二列から第十一列まで続く。

 雨で聞えるはずの敵の悲鳴や怒号は、何かの聞き間違い程度にしか聞えない。勘が言う手応えはあるのだが、どうにもまだまだ。

 闇夜の雨粒に矢が混じった雨は順調に注がれる。段々と敵の苦しむ声に暴れるて物を引っ繰り返す音が響いてきて、ようやく手応えをハッキリと感じる。

「およそ二百歩、到達!」

 ニクールが目測で測った直射距離に到達。

「親衛隊鏑矢用意!」

『親衛隊鏑矢用意!』

 直射距離に到達。およそ二百歩の距離。

「放て!」

 親衛隊は射角を下げて、万遍なく敵野営地の上を飛ぶように鏑矢を一斉に放つ。

 闇夜の掛け、突如響いた鏑矢の甲高い異音。マトモでいてみろ。

 続く親衛隊の直射、連射。後続の十段の曲射で矢の雨を野営地に降らせながら近寄る。命中率はかなり悪いだろう。

 雨と夜という状況もあって敵の指揮官が部下をまとめているような様子をほぼ見られない。統率されたような人の影、そしてその動きが無い。

 およそ五十歩の距離。暗がりでも見えてくる。降雨対策の水中用篝火がいくつか灯っているが全てが火を維持しておらず、近寄っても薄暗がりだ。薬品の混合比率でも間違ったかな。

「突撃ラッパを吹け!」

 親衛隊ラッパ手が突撃ラッパを鳴らす。馬を走らせる。

 突撃用意を知らせる為に”俺の悪い女”を大きめに振り回してから前へ突き出す。親衛隊も刀を抜いて同じように前へ突き出す。

 後続の十段も適宜矢掛けを止めて同じく。

「大地は母、山は父、風は祖先、天は見ている。突っ込むぞ!」

「突撃だ! 突撃だ! 頭領が先頭だ! 命が惜しくない奴は続け! 続け! 祖先に恥じるな! ぶっ殺せぇ!」

 カイウルクが煽る。

『ウォー、殺せ!』

『ぶっ殺せ! ぶっ殺せ! ホゥファー!』

『ハッラハラー! ヤッシャーラー! エーベレラー!』

 皆が応える。

 突撃号令が雨音に消えないようにちょっと声で前準備だ。

「突撃! ホゥファー!」

 馬を襲歩に加速させる。

『ウォー! ホゥファーウォー!』

『ララララララ!』

 野営地内に突入した。

 敵の顔の確認も難しい。

 影を切る。切った影には肉の手応え。

 敵兵を切って、撥ねて、踏む。何だか人間を相手にしていない気分すらわいてくる。

 後続に任せるように、敵兵を殺して進む。

 ヤヌシュフが「烈風剣!」を連呼して敵を切り裂きまくる。

 徒歩の方が足すら早いシルヴは、夜間につき下馬騎馬で大体の敵味方を判別するので下馬出来ず、居心地悪そうに騎乗から戦棍を振る。当たった敵は砲弾を受けたみたいに上半身をバラバラに散らす。

 敵兵はどうしようもなく転んで、起き上がって、泥で足を滑らせる。同士討ちも起こっているようだ。

 十一段の騎兵横隊による突撃は無停止に夜の野営地を横断する。

 一段目が衝突して勢いを失っても、二段目が、三段目が、十一段目まで続く。

「見えたぞ!」

 ニクールが、矢を放ちつつ叫ぶ。

「見えたか!?」

「ブリェヘム王旗の大天幕!」

 ニクールが、右手に保持したままの刀で近場の敵を切り殺しながら再度叫ぶ。

「俺に任せろ!」

 シゲがニクールに叫び、刀の切っ先で差す方の大天幕に騎馬のまま突っ込み、途中で飛んで下馬。

 大天幕の衛兵が繰り出す槍は肩で払い、刀で首を撥ねる。

 もう一人の衛兵はアクファルが矢を放って頭に突き刺す。

 大天幕周辺は流石に警備は厳重で、降雨対策済みの篝火は多くて明るい。

 銃を使うのがやっとの雑兵ではなく、槍兵に斧槍兵に、刺剣を優雅に隙無く構える士官さえも出てくる。これは良く訓練された兵隊どもだ。

「烈風剣! 烈風剣! アァー! 一つ! 二つ! 三つ! 四つ!」

 線になって降る雨粒を弾き散らしながら、烈風剣の連呼も面倒臭くなったヤヌシュフの飛ばした風がそんな兵を次々に切り刻んで血塗れにする。銃弾を防ぐような胸甲をつけていても金属板ごと骨肉はズタズタだ。

 もういいだろうと馬から降りたシルヴが、戦棍を振るって良く訓練された敵を雑魚のように、砲弾が直撃したかのように抉って肉骨片を散らす。徒手で殴って蹴っては切り裂くというか砕く。化物め。

 この親子に圧倒されて二の足踏んだら最後、的と化した敵はアクファルが速射で全滅させた。

 そうしている内に馬が突っ込んで混乱している大天幕にシゲが入り、ブリェヘム王と思しき妙に徳の高そうな聖職者風の男の首ねっこを掴んで出てきた。

「ブリェヘム王ヴェージル・アプスロルヴェですか?」

「どう思いますか?」

「人違いでしたらあなたの兵士の目玉を抉って送り返しますよ」

「なるほど」

「我々の方でジルマリアという女性が貴方をお待ちですが、心当たりは?」

「ジルマリア! おお、我が愛しのクロストナ・フェンベルだね? 聖女猊下の手の者の、賢い子だ! そう、グルツァラザツク将軍と一緒に虐殺指導をしているというその女性!?」

 雨に長髪も髭も濡らし、周囲では以前として部下の殺戮が行われているというのにこの王は、笑った子供のような顔になった。

「そうですね。私がそのグルツァラザツクですよ」

「これは素晴らしい! さあ、早く連れて行ってくれ。お、そうだ、降参しなくてはな!」

 おお何だか、こいつ変だな。

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