第134話「西部戦線開戦」 ベルリク

 秋も中頃になった。冬が近づいた今になってロシエ軍が、早朝に越境して来て本格攻勢を開始した。

 聖女猊下の情報員の話では攻撃開始はまだまだ、最低でも来年の春ということであったが、もう始まった。

 情報員が何を判断材料にしていたかまでは知らないし、今に至っては意味はない。こちらとしてはいつでも迎撃できるようにしていたので別に、大した影響は無い。防御施設の完成度だが、基礎工事は現地征服直後から始めていたので慌てることも無い。

 ご利益ある呪いのようにやけにカラドスを頭に付ける名前――カラドス王朝、カラドス=ケスカリイェン、カラドス=ファイルヴァインだとか――が連なる中部諸侯達による中央同盟結成宣言以来、ロシエ軍はケチ臭く威力偵察部隊で我が西部防衛線を突っついて来ていた。それで時間を稼いで中央同盟軍の反撃態勢が整うまで我々を釘付けにする心算というのは分かる。

 そして本格攻勢をかけると軍事費を馬鹿食いしては財政破綻してしまうので、少ない金をやりくりするためにケチ臭い戦術を使うのも分かる。

 ロシエ軍、ユバール軍、土地は失っても兵は失っていないアレオン軍、それから南大陸の植民地軍を合わせて総勢二十万がこの西部戦線に張り付いている。

 大軍を駐留させていてケチ臭い戦術とは矛盾しているが、こちらから攻勢に出られる兵数ではないので合理的と思っても良い。

 ただ釘付けには確かにされたが、防御陣地の工事はおかげで着々と進んだ。工事を妨害するような攻撃は行われず順調であった。本当に慌てることも無かった。

 中央同盟との軍事同盟締結という体面を繕うためだけの作戦行動にしては何やら消極的過ぎて”おかしな戦争”のにおいが強かった。

 それも秋の終りになってようやく堪えきれなくなって大攻勢を開始である。戦争より政争を優先していたのではないかと疑いたくなる中途半端な日取りだ。開戦初日に強烈な一撃を見舞うのが普通ではないか?

 中央同盟への軍事介入という名目で内戦用の軍隊を無理に召集していたのではないかと疑っていたが、どうにも分からなくなった。策謀というよりは行き当たりばったりの雰囲気は濃厚である。

 我々の反対側で繰り広げられている聖なる諸侯軍と中央同盟軍の攻防は現状一進一退。中央同盟軍は同盟の結束崩壊を恐れないような焦土戦術を用いており、まともな攻撃を許していない。離反を招く行為も辞さないとは随分と恐ろしい督戦係を抱えている様子だ。即座に同盟諸侯の金玉でも食い千切れるような輩の存在を感じる。

 焦土戦術だけではなく、常備軍の錬度も意外と高くて手強く、そして徴兵した雑兵の使い捨て攻撃が圧倒的で重要な会戦は今のところ負け無しである。

 もう一つの反対側では、相変わらずエデルト=セレード軍は北部諸侯連合軍と小突き合っている。シアドレク獅子公がどれほど天才的だろうと何とも情けない気分だ。

 味方を嘆いても始まらないのでとりあえず、ロシエの攻勢を跳ね除けるまでだ。

 財政難でやせ衰えても陸軍大国ロシエだ。一度二度の財政破綻でへこたれないわけでは流石にないが、這い蹲ってでも足掻ける根性を持っている。

 だから一切の容赦は無用だ。全力でお迎えしなくてはいけない。

 絶対に侮らない。奴等が何と戦っているのか気付く前にその体力を根こそぎ奪ってやる。


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 西部戦線総指揮は自分ベルリクである。

 念頭にあるのはオルフ王イスハシルがスラーギィを越えてマトラにまで侵攻して来た時の雰囲気。あの時出来て、今は出来ないこと、そしてその逆を思い浮かべれば色々と見えてくる。

 彼の攻撃で縦深防御の大切さを学んだものだ。死んだのが悔やまれる。

 戦線は大きく三つ、小さく六つに分割にして管理する。そこへ六正面同時攻撃が仕掛けられている。

 数的優位の敵にこれをやられると辛い。全戦線の戦力を拘束されて身動きが取れなくなって、右に左にと戦力を割いて局所的な劣勢の挽回も難しくなる。その局所的劣勢が各所に発生すると後方に待機させた予備兵力の分配も難しくなり、どこか一箇所でも突破されてしまったら、全線にて戦力を拘束されているから援軍の派遣も出来ずに戦線崩壊、大敗北となるというような論理。

 北ナスランデン方面軍、指揮はシレム王。兵力四万。ナスランデン地方の北部湖沼地帯、エヤルデン湿地の南部に当たる地域を担当。

 シレム王との指揮連携は困難と判断したし、互いの嫁の猥談――新婚初夜に足を持って逆さにして股座を観察したとか、セリンが加減知らなくてチンコもげそうになったとか――を交えた飲み会で感じた爺さんの気性から察するに、こちらの指揮下に置いても言う事は聞かない。無理に指示しても混乱するだけと判断した。

 とにかく現地死守で合意。障害物とか山とか湖とか、そんな扱いだ。

 ザーンの河賊の雇用は成功しているので大きな不安は少ない。金の力は偉大である。

 良く耐えてくれるとは思うが、適宜陽動攻撃を行って王の軍へ敵戦力が集中しないように工夫するべきであろう。信頼出来る軍かどうかの判断は出来ていない。

 南ナスランデン方面軍。指揮はラシージ。

 ラシージ直下の予備兵力は、アリファマ指揮のグラスト分遣隊と補強の二個山岳歩兵大隊で兵力千五百。

 ゾルブの第一師団。ナスランデン地方の中部湿地帯を担当。兵力一万八千。

 入り組んだ川を利用した防衛線を複雑に構築している。海兵隊運用が得意なランマルカへ留学しただけあってか水陸両用作戦を心得ているゾルブが適任。

 開戦後にマトラから到着した二個補充旅団四千で増強してある。補充旅団からは各師団へは定数一万四千を満たすように損失分の人員は補充した後である。

 ボレスの第三師団。ナスランデン地方の南部平原地帯を担当。兵力一万九千。

 ここの直接背後にカイウルク軍が千人隊五旗、レスリャジン、スラーギィ、プラヌール、ムンガル、カラチゲイ五千を率いて予備待機。

 ここが一番敵軍の戦力が集中し易い地形だ。被害担当地方でもある。

 ガートルゲン方面軍。指揮はゼクラグ。

 ジュレンカの第四師団。ガートルゲン地方の北部森林地帯を担当。兵力一万五千。

 森林地帯と言っても街道は多く、見晴らしの良い場所は多い。ここは南北の関節部、臨機応変に素早く動けるジュレンカが相応しい。あらゆる状況が想定されるが、とにかくここの動きが命運を分ける。

 ニクールの獣人奴隷候補隊とナレザギーの武装商社員が混ざった一千がここで機動の、主に砲兵などの足の遅い部隊の補助に当たる。

 シルヴのアソリウス軍。ガートルゲン地方の中部、西武戦線の中核である、虐殺後に要塞化して工廠を抱えるヘレンデン市を担当。兵力一万九千五百。

 万全の状態のシルヴがいる要塞なんてどうやって陥落させればいいんだろうね?

 ここにはナレザギーの聖戦士団六千と、少し増強されたジルマリアの二個保安旅団四千、工廠担当の工作大隊が五百いる。

 そしてここの東側、背後に自分が直接指揮する、親衛隊と旧セレード千人隊四旗のアベタル、スタルヴィイ、シトプカ、フダウェイ五千が予備待機。

 ここも快適な道路事情により敵戦力が集中し易い。既存の、そして新設した街道も含めて各所への移動も不都合無いように可能な限り整備してある。

 ゼクラグの第二師団。ガートルゲン地方の南部丘陵地帯を担当。兵力一万四千。

 ここが一番守り易い。西部戦線が崩壊した場合、ウルロン山脈を南に行く退路を確保して貰わなくてはならない。

 我々は所詮は傭兵、皆殺しになるまで戦う義務がある国軍ではない。

 工兵旅団と補給旅団の計三千は各所に分散。

 西部戦線は合計十三万の兵力で守る。弱い者虐め担当の神聖公安軍と補助警察、当てにはならない各地の民兵は頭数に入れていない。

 まずは敵の頭が沸騰するまで戦うのが基本だ。

 ここに来て本格的な兵士の損耗を我々は受け入れることになるだろう。しかし恐れることはない。全て死んで問題の無い者達だ。感情はともかくとして、数学、統計的にはそうなっている。


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 ロシエ軍が各戦線と戦闘に入ったと報告がされた。オーボル川であるが、浅瀬は全て把握されており、早急に船を繋げて橋を作る段取りも整っており、そして集団魔術――ロシエならば集団奇跡? 大奇跡だったか?――による川の凍結や川底の隆起による迅速な渡河地点の確保もあって続々と渡河が成功しているとのこと。

 偵察と聖なる潜入工作員の情報ではナスランデン地方への投入兵力が多い。予想されたことではある。

 開始時点では、

 ナスランデン北部。ユバール軍主力で三万を確実に越える。

 ナスランデン中部。ロシエ北部軍主力で推定三万。

 ナスランデン南部。ロシエ東部軍主力でほぼ四万。

 ガートルゲン北部。ロシエ東部軍はバルマン人部隊を主力に三万。

 ガートルゲン中部ヘレンデン市。アレオン、南大陸植民地軍主力で二万強。

 ガートルゲン南部。ウルロン軍の山岳師団主力で二万弱。

 である。敵がおよそ二十万であるから、差し引けば予備兵力は三万程度。情報は到着した時点で少し過去の物であるので三万強、四から五万程度に増員されていてもおかしくない。

 基本的に全正面においてこちらは数的劣勢だ。だが防御施設分と、橋が全て破壊されたオーボル川を渡河しなければならないという負担分を考えればそこまで劣勢には思えない。


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 各所から伝令が経過報告を持ってくる。

 全面的には敵にオーボル川を渡らせつつ、散兵による銃撃を加えながら敵の進撃に合わせて徐々に第一次防衛線に後退したとのこと。

 ナスランデン北部のシレム王からは河川艦隊を中心に遅滞戦術を実行中とのこと。自信たっぷりにいつもの負けない戦い方だと連絡が来た。いつも通りだから負けないのか、対策されてしまうのかは多少不安だがそれ以上は望めない。

 ナスランデン中部のゾルブはシレム王の脱落阻止のためにも死守中。湿地帯に河川が入り組んでいる地形なので攻撃は遅々としたものになっているそうだ。短期集中的にだが湿地帯での戦闘訓練を行って現地に慣れさせた結果は良好とのこと。

 北部が開通してしまったら西部防衛線の価値は半減する。そのまま守って貰いたい。ナスランデン北、中部は動じないことが勝利条件である。

 ナスランデン南部のボレスも現場を死守中だ。動き易い平坦な地形のナスランデン南部は南北何れかの状況に対処する足場として確保しなければならないし、ここを取られたら我が軍は綺麗に分断される。

 ここの後背地は、荒廃させ、聖なる諸侯軍が部分的に陣取るとはいえメイレンベル伯領の南方、敵地だ。ゾルブの第一師団が孤立しないためにも死守だ。

 カイウルクの五旗はこの時点ではナスランデン南部の東、後方で予備待機中。必要ならば死守にラシージが用いるが、基本は大きく進出してきた敵への対処の為に待機。グラスト分遣隊に山岳歩兵がいるから大軍相手でも一方的な苦戦はしないだろう。

 ガートルゲン北部のジュレンカが一番器用に戦わなくてはならない。勇猛愚直で知られる”ロシエの拳骨”バルマン人部隊が主力の、今もっとも攻撃力の高い軍の攻撃を受けている。

 ここで予定計画の内の一つを発動することを各所へ連絡。ジュレンカには程良く戦ってから後退し、第一次防衛線を捨てて第二次防衛線へ移動するよう伝令を出した。

 それと同時に第四師団の一部、編成した分遣旅団を森に隠れさせながら北へ移動させて潜伏させる。それはニクールの部隊が支援して高速化。

 戦いで頭が熱くなっている奴等が、意図的に激戦地から兵力を引き抜いて脆弱化させたなどと想像がつくだろうか? 想像がついても数が減って圧されて後退している箇所への攻撃の誘惑に勝てるか?

 ガートルゲン中部のヘレンデン市のシルヴは孤立の危機にある。その危機的状況は故意である。

 血の気の多い南方系アレオン人に、頭の意識が半野生化したような植民地軍は武勇を示さんとばかりに猛烈に前進しているそうだ。

 即時後退をする部隊が挑発するように後退攻撃を行い、その程度の抵抗しかしないから敵は勿論前進、突出してくる。

 そしていかにも包囲攻撃してくれと誘惑するヘレンデン市に敵は到達して、戦術的にも無視できないし、攻撃を仕掛けた。これで敵の拘束が完了だ。

 シルヴなら持ち応える。弾着修正魔術に施条砲が組み合わさって無敵になるのだ。

 アソリウス軍には施条砲を供与した。生産設備と技師を供与したわけではないから政治的にも別に問題ない。

 ヘレンデン市は工廠、物資集積地点でもある。我が工作大隊が資源ある限り大砲と砲弾を提供できる。敵を皆殺しにして余りあるだけ作れる在庫がある。攻撃側には出来ない防御側の利点だ。

 ガートルゲン南部のゼクラグは磐石だ。山岳丘陵地帯で防衛線を固めている軍との戦いが平原での会戦のように速やかに決着するわけはない。

 マトラでもオルフ軍相手に効果を発揮した地雷による土砂崩れが効果を発揮しているとのこと。いくらロシエが投入している部隊が山岳行動に秀でていたとしても、山道を崩落させられては集団行動もままならない。

 兵力に余裕があるのでガートルゲン中部に第二師団から分遣旅団を編制して繰り出し、ヘレンデン市を迂回して浸透しようとするアレオン、植民地軍へ対応させる。

 各正面は――ジュレンカの第四師団だけは演出上どころか実際にも危機的だが――危なげなくオーボル川を渡河したロシエ軍を制御して受け止めている。

 ガートルゲン北部だけは第二次防衛線まで後退したがこれは計画通りである。

 第一段階の様子はこの程度。運の要素だけで引っ繰り返らないようにしっかりと準備したのだから当然の結果だ。

 敵が安心して足を止めることのないように軽攻撃を繰り返すように重ねて各戦線へ連絡。


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 何日が過ぎたが敵は今日も夜間も動き通しの大攻勢である。敵は前進しながら眠れたかな? 自分は寝た。

 第二段階に移る。

 各正面を最短距離で繋ぐ道路、駅によって非常に素早く伝令の行き来が出来るので情報の時差は短縮されている。それでも時差は発生する。その点を頭に入れて報告を頭で処理する。

 ナスランデン地方全域の戦線は膠着状態。

 北部のユバール軍だが、シレム王曰く「ケツの汚い女を前にしたぐらい」やる気が無いらしい。いい加減ロシエに愛想が尽き始めている様子だ。

 王が共同とはいえ別言語の別民族の別王国。セレード人が王を同じくするエデルト人をいつかはぶっ殺したいと思っているように、やはり意識の差というのはあるのだ。差が無かったら合邦している。

 ナスランデン中部のロシエ北部軍であるが、現地に不慣れな兵が多いようで思ったより動きが鈍いそうだ。

 ゾルブの第一師団は昼夜問わずに攻撃し、複雑な川と陸地を利用して、引き込んだり孤立させたりして各個撃破中とのこと。

 湿地帯に適した指揮官や部隊は意外にも抱えていないということか? そういう水気の多い場所は昔からユバール頼りだったということかもしれない。

 南部のロシエ東部軍とは、ラシージが総指揮を執って部隊を集中させて一度、相互に陣形を組んでの大規模会戦をしている。

 ボレスの第三師団が第一次防衛線から後退してから自らの戦場を選ぶことに成功して迎撃態勢を取り、前進してきた敵軍と対面。カイウルク軍が合流してかく乱攻撃を行って敵軍を牽制。

 そしていよいよ真っ向から決戦となった時に伏兵として地中から隠れた! アリファマのグラスト分遣隊が待ち伏せの集団魔術を打ち込んで、おまけの地雷攻撃も行い、敵軍が乱れたところに突撃をして撃退。その後第一次防衛線を奪還している。

 ラシージとボレスの組み合わせは何だか隙が無く感じる。

 重大情報。ガートルゲン北部の後退部には戦果拡大を狙う敵軍予備兵力が投入されたことが確認された。それはもう予備兵力を突っ込んで戦線を食い破って広げたくなるようにしたのだからそうなった。詳しい実数は不明だが間違いなく万単位だそうだ。

 第二次防衛線で粘るジュレンカの第四師団への被害が大きくなりつつある。バルマン人の死を恐れぬような愚直な攻撃は互いの死傷者も弾薬消費量も極大化させる。

 綱渡りの感じが強過ぎるので第二師団の分遣旅団を更に北上させて支援に向かわせた。それから工兵旅団と補給旅団も現地に集中させて支援を強化。工兵は火箭の運用も出来るので火力の向上が見込める。

 ロシエの強力なバルマン人部隊、そして予備兵力が投入された北部は危機的状況にある。計画通りだ。

 自分が率いる親衛隊と旧セレード四旗を従え、ヘレンデン市へ前進する。

 シルヴが守るヘレンデン市にはまだアレオン、植民地軍が張り付いている。既に張り付いているというよりは背中を見せられないから包囲を解くことも出来ない、が正しいように思える。

 一番防御が固くて磐石なゼクラグの第二師団は更に第二分遣旅団を編制しオーボル川とヘレンデン市の中間に差し向けた。アレオン、植民地軍はこれで半包囲だ。大包囲のための小包囲。

 アレオン、植民地軍はヘレンデン市から離れることも出来ずに親衛隊と四旗、アソリウス軍に聖戦士団に二個保安旅団、第二分遣旅団に三方を塞がれた。敵の位置がハッキリ分かっている包囲機動なんだから成功して当たり前だ。

 まずはヘレンデン市周辺に敷設された地雷の爆破から始まる。

 周辺の地下には坑道網が張り巡らされており、ある程度敵の設営地点に合わせて地雷は移動してある。

 既に消耗しているアレオン、植民地軍が地雷の爆破で大混乱に陥る。突然ケツが吹っ飛んで驚かない奴がいたら凄い。

 そして温存されていた、ナレザギー指揮下の聖戦士団による自殺的な突撃行われる。

 距離を置いてでも「ビギャー!」「バッギョラー!」「オベビョーン!」等と、どこの腹から出しているのか分からない奇声が響いてくる。

 彼等は銃を持たずに槍や剣に鈍器で、地雷攻撃による混乱覚め止まぬアレオン、植民地軍に激突した。元から銃砲弾を恐れぬ聖戦士なのだから、混乱してまともに迎撃射撃も出来ない敵なんて何を恐れようか。

 親衛隊と四旗による攻撃を開始する。前進して、小銃の射程距離外から矢を曲射に浴びせる。聖戦士ごとだが、わざと当てはしない。彼等と白兵戦を演じている集団とは別の集団を狙う。流れ矢までは配慮しないということ。

 聖戦士団の突撃で既に敵は大砲でこちら狙うような器用な手は取れない状況だ。直射出来る距離まで近寄っても良さそうだ。

 それに合わせてアソリウス軍と二個保安旅団がヘレンデン市から出撃して前進し、大砲を並べて砲撃を開始。

 勿論、シルヴが操る大砲の、弾速強化を兼ねる弾着修正魔術による砲撃で敵が薙ぎ倒される。施条砲を使っているせいかパっと見でも百人は砲弾で引き千切っている。途中で弾道が極端に反れて横薙ぎになったのが敵兵の死に具合で確認出来る。新たな砲魔術? を開眼したようだ。

 そして第二分遣旅団が到着して西への退路を断った。敵予備兵力は既にここより北方の第四師団の方へ吸い込まれている。

 アレオン、植民地軍は唯一の逃げ道であるガートルゲン北部へ撤退を開始する。撤退するその背中を騎射しながら程々に追って、足の遅い奴等を刀で切って馬で踏んで潰す。

 敗走してきてまとまりのない、言語も方言程度から完全に系統が違った言語まで混じり、民族も気性も違うアレオン人、植民地人を横腹に抱えることになってしまったバルマン人を中心にしたロシエ東部軍がどれほど混乱するか見物だ。

 アレオン人もそうだが、特に植民地人の黒人兵は軍服もロシエ兵と違って、魔神代理領こと悪魔の軍勢と間違われることだろう。混乱の巷では通訳なんて用意している暇も無いだろう。

 味方同士で殺し合ってくれ。


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 第三段階に移った。そろそろ体力と気力の限界が見えるような連戦続きだ。敵は野外に晒されて前進、攻撃、野営、冷えた携帯食、夜も眠れずに散兵の攻撃を受ける、である。こっちは防御陣地に引っ込んで寝て、湯気の立つ飯を食ってだ。当然、敵が利用出来るような建物や井戸は残していない。お疲れでしょう。

 ガートルゲン北部にて、ジュレンカの第四師団の偽装後退が三次防衛線にまで到達した。バルマン人部隊主力のロシエ東部軍、そして予備兵力はそこへ十分に誘引がされた。

 これはマトラの森に縦長く食い込んでしまったオルフ軍の再現だ。あの時出来て、今は出来ないこと、そしてその逆を思い浮かべれば色々と滾ってくる。

 ゾルブ、ボレスの第一、三師団が敵軍に余計な行動をさせないために本格反攻のような陽動攻撃を開始する。更に敵の予備兵力がいたならこれを無視はし辛いだろう。第三師団が一度会戦に勝利している時点で無視など到底出来まい。

 この時点で岩等を積んで重くなって、衝角もつけた破砕船や、火薬を積んで火がついた焼討船がオーボル川を下り、ロシエ軍が渡河のために渡した船橋を破壊する。敵軍を渡らせてから後方連絡線を一時的に、部分的にでも断ち切った。こういった嫌がらせの一つ一つに敵指揮官が思考を巡らせ、あれやこれやと悩んでいる内に決定打を入れる。

 ナスランデン南部から、一時的に潜伏した第四師団の分遣旅団をニクールの部隊が機動支援しつつ、カイウルク軍、グラスト分遣隊に山岳歩兵が合流し、ガートルゲン北部の敵突出部に北から攻撃を仕掛ける。

 中部のヘレンデン市の防衛は保安旅団に任せた。

 自分が率いる親衛隊と旧セレード四旗、第二師団の二個分遣旅団、聖戦士団、アソリウス軍が、ガートルゲン北部の敵突出部に南から攻撃を仕掛ける。

 そして三次防衛線まで後退した第四師団が東から逆襲を仕掛ける。


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 その合図に、第三次防衛線まで引きこまれた敵軍直下で最大規模に地雷を連続爆破。

 この激しい戦いの中で、敵が地下に設けられた地雷管制基地を発見出来てはいまい。

 このように準備を整えてからオーボル川を渡河して、船橋を破壊されて混乱気味の敵予備兵力の後衛へ攻撃を開始する。

 勿論、この地点にいる敵も地雷の餌食になっている。大きな工夫でもない。街道沿いに敷設すれば良いし、個別の発破時期は地下から工兵が偽装した覗き窓から観測している。

 地雷の爆破に合わせて前進、敵が見え次第矢を射掛ける。

「突撃隊形!」

 抜いた刀”俺の悪い女”の切っ先をクルクルと回す。親衛隊ラッパ手が突撃隊形整列のラッパを吹く。親衛隊が二列横隊に近い雁行隊形に並ぶ。四旗もそれに倣い、突撃隊形整列のラッパを吹いた。

 五千騎が更に大きな雁行隊形を整えた。中央は親衛隊、左翼はフダウェイにシトプカ、右翼はアベタルにスタルヴィイ。

 爆破の混乱で右往左往する敵に曲射で矢の雨を浴びせ、近寄っては威嚇の鏑矢混じりに直射で殺して近寄る。

 相変わらずアクファルの速射は凄まじい。負けじと奇声を上げて矢を射るシゲも前より早い気がするし、親衛隊各自も携行する矢の量を増やして対抗心を燃やしている雰囲気。

 その雰囲気に流され、刀を鞘に一旦収めてから新しいアッジャール式騎兵小銃で自分も射撃してみる。新しい銃は施条式で、有効射程距離なら部族騎兵達の使う合成弓の直射距離より長い。曲射には負ける。

 撃つ。当たったかどうかは敵が混乱中なので良く分からない。弾薬の装填だが、今まで通りの前装式なら馬上で移動しながらやれる感じではない。アッジャール式は銃身が長いし、その上で施条式ならば装填に手間がかかる。だがこれは後装式だ。

 後装式なら銃身の後ろから弾薬が装填出来るので馬上でも何とかなる。機構が複雑で生産性が悪い上に脆くて通常の火薬量で撃つと故障暴発もあるのだが、そこは最高の技師が細心の注意を払って一品物として作ったので問題解決。機構部を頑丈にするために重く出来ているが、そこは筋力で解決。

 取っ手を回して銃身の尾栓を捻って開け、弾薬を装填、取っ手を逆回しにして尾栓を閉じる。撃鉄を起こして構え、狙って引金を引いて撃つ。

 銃身が長く、銃把や銃床が湾曲いていて引金が銃把下部についているという特徴的なアッジャール式騎兵小銃の外見だけは受け継いでいる銃だが、完全に別物だ。

「銃撃用意!」

 騎兵小銃を鞘に収め、刀を抜いて。左に拳銃に持ってから号令をする。

 各隊、弓を鞘に収めて拳銃や騎兵小銃など得意な銃で構える。虚仮脅しの銃声付きと、そうではない時ではやはり敵に与える心理的な衝撃力は違う。

 アクファルは変わらずに刀を抜きつつも、刀を肘の方に寝かせてまだ矢を放つ。

 シゲは弓の先の鞘を外してまたあの歪な槍、弭槍に変える。拳銃を抜いて構えているのでこちらもちゃんと使う。

「前進!」

 早歩き。地雷と射撃で敵の混乱はまだ止んでいない。散発的な銃撃は返ってきているが、ほとんど当たらないし発射数も少ない。

「構え!」

 ”俺の悪い女”を天に突き上げる。

 雁行隊形は縦二列で、前後が重ならないように交互に整列している。馬に慣れていない奴ならともかく、馬を己の足とする遊牧民である。五千の銃口は全て敵に向けられる。

「狙え!」

 拳銃で射撃するには敵との距離が離れ過ぎてはいるが、抜刀突撃を成功させるためには少し距離を持って撃たせる。

「撃て!」

 ”俺の悪い女”を振り下ろし、拳銃も撃つ。その時の格好はちょっと間抜けである。

 アクファル以外一斉射撃。一斉に銃弾と煙が噴出。距離があるのであまり当たらないが、重なった五千の銃声は漏れなく敵の耳に当たった。

 間髪入れず、

「突撃ラッパを吹け!」

 親衛隊ラッパ手が突撃ラッパを鳴らす。馬を走らせる。

 突撃用意を知らせる為に”俺の悪い女”を前へ突き出す。親衛隊も刀を抜いて同じように前へ突き出す。他四旗も突き出す。

「突撃! ホゥファー!」

 馬を襲歩に加速させる。

『ホオゥファアーアー!』

 今日は旧セレード四旗が加わっている。伝統の気勢にアッジャールのウォーが掻き消えた。

 遠くからもラッパ、銃声そして『ホゥファーウォー!』『ララララララ!』と気勢が聞えてくる。

 北からカイウルク軍が突撃を開始したのだ。

 混乱し、そこから立ち直ろうと敵士官達が頑張っているところへ突っ込んだ。

 前列が、馬が敵兵に激突して跳ね飛ばし、抜き様にもう一人の敵兵の頭や肩を刀でぶった斬って、転んだもう一人の敵兵を踏み潰して、逃げる更にもう一人の敵兵の頭や背中を切りまくる。

 前列が斬らず飛ばさずに漏らした敵兵は、続く後列が仕留める。また馬が跳ね飛ばし、死体や死に損ないを踏みつけながら駆け抜け、まだ立っている敵兵を刀で叩き殺す。

 地雷、矢の雨、一斉射撃に続いた騎兵突撃で敵軍、ガートルゲン北部に投入された予備兵力の後衛部隊は壊走を始めた。逃げ始めた敵兵を殺しながら我々は敵を東へ追い立てる。

 ガートルゲン北部の第一次防衛線があった地点を奪還した。

 後衛部隊を東へ追い立てつつ、敵予備兵力の前衛部隊への攻撃に移る。前衛には敗走した後衛が雪崩れ込んでいる状況。

 これを上手く捌けたら我々に大損害を与えられるが、まあ出来ないだろう。そんな風になった敵予備兵力が混雑して固まったところへ西から攻撃を開始する。

 各自は銃への弾薬装填や、武器の簡易点検をする。負傷が重大なら下がらせたり、馬が傷付いているなら替え馬に乗り換えさせたりして万全の体制で臨む。後方要員に矢を回収させ、新しい矢を補充させる。

「突撃隊形!」

 ほぼ誤差範囲内の損害で済んだ我々五千騎が大きな雁行隊形を整えた。お隣のカイウルク軍の五千騎も隊形を整えている。

 そして悠々と前進。鈍く逃げている敵を兎狩り程の熱さも無く矢で淡々と射殺しながら進む。

 前方、東の方からは銃声、砲声が響いている。そして、一斉にそれすらも掻き消すような爆音が連続して鳴る。地雷だ。

 こちらとカイウルク合同の一万騎は馬の足を早めて前進し、見える敵兵へ片っ端から矢を射る。壊走する敵兵の姿に煽られてか、今まで奮戦していたような敵も逃げ始める。

 南北からは敵が”脇道”に逸れないように牽制していた第四師団の分遣旅団とニクールの部隊、第二師団の二個分遣旅団が攻勢に出る。

 西と南北から圧迫され、更に壊走した後衛に前衛が押されるという事態も重なり、敵予備兵力は混乱しながら唯一の逃げ道である東へ逃げる。

 追い立てるように突撃隊形のまま前進したが、襲歩で持って敵の隊形を破壊する必要は無くなった。無理をしないで馬の足で進み、悠々と弓矢で狩る程度で十分な追撃になったのである。

 その逃げる敵の中には壊走して支離滅裂になったアレオン、植民地軍も混ざっているのが見られる。旗も無く、組織立っていない姿で服も顔も命乞いの言語も違うのが混ざっていて分かった。

 続いて第二次防衛線があった地点を奪還。

 更に東へ、壊走した敵予備兵力を抱き込んでしまったバルマン人部隊主力のロシエ東部軍へ攻撃を開始する。ここでも勿論、地雷の爆破を合図にする。

 聖戦士団がまずもって南から突撃した。こいつらに食い込まれた時点で敵の迎撃体制は疎かになる。文字通りに死を恐れずに突っ込んできて奇声を上げる、比喩ではなく頭のイカれた連中相手との白兵戦で冷静になれという方が無茶だろう。

 それからグラスト分遣隊と山岳歩兵が北から攻撃を開始する。

 二個山岳歩兵大隊が銃撃で敵を牽制しつつ、その隙に集団魔術が盛大に叩き込まれる。”炎の竜巻”だ。

 リャンワンで見た時のように燃え盛る火炎の渦が空高く上がって、人を捲り上げている。風と炎が地響き鳴らす轟音で前へ前へと進んでいる。

 街区画ごと吹き飛ばす凶悪な魔術だが、火の粉が猛吹雪のように舞って美しい。火薬が誘爆する炸裂音も混じるが、祭の賑やかし程度に聞えなくもない。

 第三次防衛線に張り付くように敵は隊列を広げていたので、この一撃で敵が全て焼かれたわけではないが、北側の敵左翼はほぼ焼失した。

 さしものグラスト分遣隊も”炎の竜巻”を規模の集団魔術を短期間に二つ三つと放てないことは聞いている。これが終わったら特別休暇だな。

 炎が消え、一足早い雪のように灰が降り始めてから第四師団が第三次防衛線から出て、”炎の竜巻”の衝撃で失神状態の敵軍へ東から攻撃を開始する。

 三個の分遣旅団がそれに合わせて西から攻撃を開始する。

 アソリウス軍が聖戦士団の敵中埋没を確認して南から、聖戦士諸共攻撃を開始。

 部族軍は各千人隊に分かれて包囲の隙間を埋める。北側が火力はともかく、人数的には兵数が少ないので多めに向かわせる。

 こうして完全包囲して、遠巻きに聖戦士ごと敵を撃ち殺す。バルマン人部隊主力のロシエ東部軍、アレオン軍に植民地軍、予備兵力の滅茶苦茶になった塊をだ。平時でもまとまれないような輩を今まとめられる指揮官がここにいたら賞賛する。

 包囲の輪の隙間から逃げようとする敵は騎兵で狩る。包囲範囲が広すぎて鉄の輪のようにはいかない。

 そうして射的遊戯のように殺す。施条されて射程の長い小銃と大砲、それから矢の曲射撃ち。火箭に爆破し残した地雷も合わさる。

 これ以上は無弾と判断したところで降伏勧告を出す。名誉ある扱いはするなどと言わずに勧告する。慈悲は期待するな、とも言う。嘘は吐かない。

 この絶望的な状況に敵軍は降伏した。何やら敵の指揮官代表は勘違いをして「名誉ある扱いを」等と言っていたが。

 オルフ軍はスラーギィに逃げられた。こいつらはオーボル川西岸に逃げられなかった。


■■■


 ガートルゲン北部での包囲殲滅後は敵は不利を悟ってオーボル川西岸へ撤退した。勿論追撃して川へ多数の敵を流してやった。

 撃退出来た。誘引して包囲殲滅もした。だが川を渡ってまでは追撃しない。

 オーボル川東岸側ならばこちらの勢力範囲なのでこの後も補助警察なり神聖公安軍も動員して敗残兵狩りで殺しまくれるが、流石に渡河して西岸に渡るのは難しい話だ。ロシエ側には無傷の要塞線も残っている。

 こちら側の死傷者数は一万五千と計上されている。肉弾突撃でほぼ全滅した聖戦士六千名が含まれているので実質は一万程度。

 シレム王の方はほとんど遊んでた程度で損害は無視できる程度で四万の軍は健在。

 九万いた我が軍が一万五千の損害を受けた。六分の一の損失と中々大きい。ただ聖戦士分を差し引けば八万四千から一万の損害ということで八分の一以下の損失。

 補充兵の数を考えればまた定数に復帰するのは時間の問題である。使い捨ての聖戦士も続々と仕上がっている。アソリウス軍だけは補充が利かないが、あそこはシルヴがいれば十分の一以下まで磨り減っても大体問題無い。

 許容範囲の損害であるが、損害は損害、可愛い部下を敵は殺してくれたのだ。

 そんな中で追撃もままならないのだが、それでも戦果を拡大するいつもの方法がある。

 大半をガートルゲン北部の包囲殲滅で手に入れた、負傷者含んだ四万名の捕虜を全て、案内人を除いて目を抉って腕を潰してロシエ領に送り返す。

 捕虜交換だとか何だとか手紙が来ていた気がするが知ったことか。お前等の捕らえた捕虜なんて百人いるのか? やり返したければやり返せ。

 万単位の不具者を財政破綻寸前の状態で温かく扱って見せろ。それでもう一度攻撃して来てみせろロシエ王。あちらでどのように数えているかは知らないが、捕虜の損害を抜いてもこちらの二倍三倍の死傷者は出しているはずだ。

 合計で十万近い損失を出しているはずだ。それでもう一度攻撃して来てみせろ。

 そうだ、そういう内容で手紙を出そう。ロシエ王宛てに出して届くかな?

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