第133話「中央同盟結成」 フィルエリカ

 旅に横笛を持っていったが吹く暇も無かった。いつもの観光がてらという雰囲気ではなかったからだが……余裕が足りないからか。歳かな。

 オルメンから真っ直ぐカラドス=ファイルヴァインへ戻って宮殿へ入る。アブゾルは出迎えの従者に預けて屋敷に置いてきた。

 中に入って間も無く、目の端に入って来やがったのは糞宮中伯。何の因果か妹の旦那。名前を思い浮かべることすら忌々しい。

 待ち構えていたのか腕を組んでしかめっ面で、待ちすぎたのか足腰が痛くなっていたのかちょっとフラっとしている。

「遅いぞ何をしていた。一人か? ちゃんと連れて来たんだろうな。お使いぐら……」

 皆まで言わせず返事代わりに殴り倒す。

「うるさい、分かってる、わざわざ言うな、見れば分かるだろ、殴るぞ」

「殴ったじゃないか!」

「もう一発殴るって意味だ」

「この糞女め!」

 衛兵が糞宮中伯を抱き起こすが足元が更にフラフラ。

「貧弱野郎」

「淫売糞婆」

「糞雑魚」

「加齢臭」

「馬鹿」

「阿呆」

「蝿」

「婆」

「キトリン卿、お待ちです」

 糞の方が肥料になるだけ役に立つ糞未満宮中伯の脛を蹴って「ンゴワァ……!」と悶絶させてから、迎えに来た若い執事に案内されてご老公の部屋へ向かう。

「若いの、年寄りの方はどうした?」

「この前階段で転びまして……」

「引退か」

「いえ、頭を打ちました」

「歳だな」

 あの執事の爺さんが死ぬような年代になったか。それは娘も外国に置いておけるだけデカくなっている訳だ。

 墓参りをしている余裕があるかな?

 執事に部屋の扉を開け貰って入室。

「キトリン男爵フィルエリカ・リルツォグト、只今戻りました」

 ご老公こと、グランデン大公アルドレド・コッフブリンデが封筒に融けた蝋を垂らし、指輪で印をつけて封印する。

「占領地域の様子は?」

 ご老公は老眼鏡を外しながら大きく溜息を吐く。机には封がされた手紙が山になっている。代筆も頼めない重要案件が山程か。

「敵は跳ねっ返りの一人も出さないように気を張っています。基本は降伏すれば安泰、抵抗すれば虐殺、そして空になった土地は報酬として出されます。そして折角生き残って土地が増えた幸福な状態から、丸焼き皆殺しの不幸な状態に落ちたい者は余程でも無い限りいません。それに素朴で敬虔な農民が物語に聞く聖戦軍に逆らうわけはありません」

「やはりそうか。我々に神はいないな」

「天罰でしょう。いっそ世をお救い下さる神にでもお祈りしましょうか」

「耳が痛いな」

「その天罰の一つクロストナ・フェンベルですが……」

「天罰の一つ?」

「はい。彼女には帰還の意志はありません。もう一つの天罰、ヴァルキリカ・アルギヴェンの保護下で現在の立場を得て、強い怨恨を持ってカラドスの征服業を再現するように聖戦軍旗下で占領地の虐殺指揮、先程の占領地政策の指揮を執っています。更にもう一つの天罰、魔神代理領から来た傭兵将軍グルツァラザツクの近くに今のところはいるようです」

「数える程の天罰か。フェンベルにアルギヴェンは心当たりが多いがグルツァラザツク? あれは……」

「セレードのベラスコイの傍系だったはずです」

「ベラスコイ、あまり今まで縁が無かった手合いだな。セレード人ということはアルギヴェンの導きで引き合うことになったわけか」

「かもしれません」

「……ロシエ系カラドス家傍系のメイレンベル伯マリシア=ヤーナ・カラドス=ケスカリイェンが我々の盟主、今日公式に結成される中央同盟の盟主となる。決して聖王ではない。またロシエ王家の第四王子アシェル=レレラ。まだ十三歳だが、彼との婚約が成っている。近々式を挙げる」

 倍以上歳が離れるわけだ。男が三十過ぎで女が十三ならまだ分かるが、逆はキツいな。これでヤーナが可愛らしくて良い体をしていなかったらご愁傷様だ。

「ロシエのカラドスもどきに千年以上守ってきた玉座を渡す程にもうお話が随分と進んでいるようですが」

 ケスカリイェン家には別に恨みも無いが、ロシエのカラドスが濃縮された者が聖王の玉座に座るのは気に入らない。ヤーナは親友だがそれとはまた別の話だ。

「敵の侵攻が早過ぎた。君の帰りを待っていられる状況ではなかった。ただ、連れ帰ってくれていたならまた別のやり方もあったから対応は出来た」

「なるほど」

 ご老公は手垢がついているわけでもない眼鏡を絹で拭きながらボソボソと喋り始める。

「ロシエ王国の軍事介入がこれで決定している。そして聖王に、これで聖王と同格になるのはあくまでロシエ王だ。クロストナ・フェンベルを君が連れて来られたならばロシエのやる気はもっと熱狂的になったはずだ。カラドスの”もう一つ”の傍系と繋がった等とな。そうなれば第一王子を離婚させてまでこちらに送ってくる手筈であったし、我々の盟主クロストナが一応の聖王になれた。少なくともロシエが対等な同盟国になったはずだった。諸侯達もカラドスの帰還だと熱狂出来た。聖戦軍に参加した諸侯の気分を変えるぐらいの衝撃が与えられたはずだった。メイレンベル卿を立てるのでは、仮に我々が勝ってもロシエの属国となる。それも勝てればの話だ。負ければ属国どころか亡国だ。ロシエとは対等ではない。諸侯の連携は脆弱なままだ。だから勝つのではない。ロシエ軍と聖戦軍を潰し合わせる。勝者を全て損なうことが我々の戦略だ。既に西部国境へ聖戦軍を誘導し、ロシエ軍と磨り潰させるようにはしてある。下手な手出しをしなければそうなる運命ではあったが存外、この失敗続きの中では上手く行っている。ロシエ軍が攻勢に出て隙を作るそれまでに同盟軍を集結、編制しなければならない。指揮系統の構築も必要だ。それから軍事演習も必要だろう。補充兵の徴兵、訓練もまだ不十分。中央同盟に参加したのは中部諸侯の全てではない。中立宣言、宣言すらせず回答を遅らせている日和見、神聖公安軍への協力者も多い。素早く動いて事態に対処せねば中途半端に終わってしまう。だがまだ終わっていない」

 ご老公は眼鏡をかけ直して手紙の執筆を再開した。

「まだ勝てるぞ。昼過ぎに謁見の間へ集合、今言ったことを世間に公表する。出来ることをしよう。聖なるか魔なるか、救いの蒼いの、色々神はいるが、何もしない者に天恵をくれる神はいない」

「その通りかと」

「ではその通りに……いつも通りに」

「はい」

 成功失敗の結果は何れにしても経過の先にある。前は失敗した。今回はどうか?


■■■


 屋敷に戻ると、置いて来たアブゾルが娘に絡まれて壁際にまで追い込まれている。全く女に弱いとは、らしいと言えばらしいが。

「あら格好良いお兄さん、どこから迷い込んで来たの?」

 娘は逃がさないように壁に手を突き、アブゾルの耳元に口を寄せて声とも息とも取れる囁き。

「案内してあげましょうか?」

 アブゾルは顔を真っ赤にして縮こまっている。手も足も、勿論三本目も出ないようだ。

「アルヴィカ、そいつは私が拾って来たんだ。手を出すな」

「まあお母様! とんでもありませんわ。お話をしていただけですの」

 壁から手を離しつつ、さっと身を翻す長女のアルヴィカ。自分の若い頃よりかなり艶っぽく仕上がっている。こいつの親だけは育った姿で分かる、ユルグストだ。

「召集は?」

「してあります。像の広場で整列を?」

「そうだ。我々がこれから派手に動く事を知らしめろ。忘れっぽい奴等に歴史の授業だ」

「ではそのように」

 アルヴィカが自身の揃えた人差し指と中指に口付けし、アブゾルに向けて吐息で呪術的な何かを飛ばしてから屋敷を出る。あんな仕草が様になる子だ。

 娘がもう一人、水を入れた水筒をアブゾルに手渡す。アブゾルは渡された物が何か気付いてからゴクゴク喉を鳴らして水を飲む。

「フェンリア」

「お母様」

 次女のフェンリア。理想的な兵隊みたいに堅物な雰囲気である。あのアルヴィカに教育を任せてしばらく経っているとは思えぬ様相、気の細かい子だ。

「旗を揚げろ」

「はい」

 旗は聖王カラドスの時代より受け継がれた、黒地に青き稲妻一閃に双頭の犬の親衛隊旗。この屋敷、都中央の監視塔、宮殿の門に揚げる。

 親衛隊が行うべき主な仕事は、従わない諸侯の首を取り、息子や娘を誘拐して人質に取り、同盟に参加させる。そして抜けさせない。聖王失われし後もその帰還を待ち続けた王無き宰相グランデン大公の秘密警察が伊達ではない事を教えてやる。

 親衛隊の先人の方々が我々の姿を見たら時代が変わったと嘆くのだろうか? やってる事は今も昔も変わらないと言ってくれるだろうか?

「ハウラから報せは」

 控える、田舎から戻ってきた従者から手紙を受け取って読む。

 ”徴兵拒否暴動あり、脱走兵が日中出歩ける程。食糧事情悪化の一途、共和革命派の勢い日に日に増す。戦争の余裕見受けられず、動員令に守旧派からも反発大”

 三女ハウラ・リルツォグト=ロシュロウ。ロシエに派遣中で、現地の情報をこのように報告させている。ロシュロウ姓はロシエで作った下級貴族の旦那のものだ。

 ロシエ軍の介入はあっても息は短そうだ。良い知らせなのか悪い知らせなのか、なんとも言えない。

 神聖教会に滅ぼされるのもロシエの属国になるのも死ぬ程嫌なのが我々だ。

 娘は五人いる。年長のアルヴィカが二十二歳、年少のポルジアが八歳。

 若い頃から仕事に支障が出ないように暇を見つけ、愛人を使って産んではみたがついぞ直接の後継者には恵まれなかった。

 長男は死んでしまったし、家としての後継は妹で、将来的に甥っ子だ。自分が死ぬ前にあの糞野郎は殺す心算だ。それに引き渡すのは資産価値がカス程にしかないキトリン。こいつは保養地とか別荘とかその類だ。

 双頭の犬の小屋はカラドス=ファイルヴァインだ。そもそもリルツォグト家に領地は不要。領地が無くても家名と小屋があればいい。

 名誉より忠誠。名誉を重んじる家に娘達は悪名で嫁ごうとしても無理だ。それに他の家にくれてやるなど、余程の話でもない限りは人的資源の浪費にしかならない。女しかいなくてもそんなもの婿か愛人を使って産めばいい。だから家の者は鉄砲玉に使って差し支えない。娘がそうなのだから使用人から何から全てそうだ。

「アブゾルくん、ここまでハッキリ言わなかったのは悪かった」

「はい?」

「私の家と旗で戦え。必要なら死ね。ただし一人では死なせん」

「はい」

 純朴そうなその男前の顔を掴んでその口に自分の舌を押し込んだ。

 アブゾルは腰が抜けた。


■■■


 昼食は軽い物にし、旗の意匠に合わせた親衛隊の制服に着替え、宮殿の謁見の間に入る。

 正式には――悪戯を除き――千年以上誰も座ることの無かった玉座には少し疲れた顔を見せるヤーナが座り、その隣にはロシエ王家の第四王子アシェル=レレラが可愛らしく白い頬を紅潮させて座っている。仲良く手を握り合い、顔を寄せ合って小声で話し合っている。

 親衛隊長として盟主閣下の右隣に立つと、ヤーナが文字通りに跳ね上がって抱き付こうとしてくるので手で抑える。

「キャー! アー! ヤー! フィルフィル! キャーアー!」

 糞、力が強い。ヤーナの豪華な衣装が崩れないように肩に首に、ええい、口に手を突っ込んでやって玉座に抑え付ける。王子殿下は吃驚して固まっている。

「オヴォエッハ! フィルフィル! 何時戻って来たの!? もう、ねぇ!? ねっね!」

 太股をバシバシ叩いてきて痛い。

「昨日の深夜だ。後で相手してやるから大人しくしてろ」

「はーい! そだそだ、見てフィル! アシェル=レレラ様だよ! ロシエの王子様だよ!」

「あーはいはい。初めまして殿下。親衛隊長のキトリン男爵フィルエリカ・リルツォグトです。お見知りおきを」

 制服を着ているので男の一礼をする。

 王子は少し目をパチクリしてから声変わりも怪しい高い声で、

「大義である」

 と一言。まあ無難だな。

 ご老公とブリェヘム王、それから王子のお付きというよりは後見人、操り人形の上で手先を動かしている類に見えるロシエ貴族が謁見の間に入ってくる。

 三人は盟主と王子にご挨拶、等をしている状況ではないようであれをしようこれはダメだと相談をしている。

 ヤーナが太股を指先でちょんちょんと突いてくる。

「どうした?」

「ねえフィル、私お嫁さんになっちゃうよ!」

「二回目だろ」

「きゃあん、どうしよ!」

 何やらジタバタし始める。王子はそんな年増のヤーナの手を握ったりしている。良かったじゃないか。

 落ち着きの無い子供みたいにはしゃいだり何だりするヤーナを制御しながら、並べられた机と椅子を眺める。

 座席表を見て、隣席同士で殺し合いが始まらないように工夫されていることを確認する。また欠席者の席には花の鉢が置かれている。アルヴィカの悪い冗談だ。

 留守中の代理であるアルヴィカが手配した我が親衛隊からの、宮殿内の警備状況や、何か仕掛けられていないかの調査報告を聞いて次の指示を確認し、修正すべき点があれば指摘していく。宮殿に最近入ってきた使用人を始めとする、ほんの少しでも怪しい者の一時的な追い出しに手間取っているそうなので拘束、強制排除を許可した。

 フェンリアからの、宮殿周辺と都内に宿泊している諸侯等がここまで来る道路の交通規制と護送、規制区域内からの民間人追い出し、警備員の配置報告を受けて一段落する。

 アルヴィカからの今日までの興味深い尋問調書を見て時間を潰す。


■■■


 来客までの時間は調書を読み、ヤーナと片手間に遊んだり、王子様との熱愛振りを見たり、お三方と今後の警備業務について話し合って時間が過ぎた。

 ロシエ貴族の方はロシエ王国東部軍のエルズライント辺境伯ヴィスタルム・ガンドラコ元帥であった。有名人だが何かと機会が無くて顔を知らなかった。随分と良い顔をしたバルマン男である。彼のような人物がこの場にいて、更にご老公にブリェヘム王と突っ込んだ協議をしているということは、もうお膳立ては何もかも済んでしまっているということだ。

 留守中の無知は早い内に埋め合わせて置かないといけない。アルヴィカが把握してはいるだろうが。

 若い執事が謁見の間をやってくる。

「皆様ご到着です」

 話し込んでいたご老公とブリェヘム王、ガンドラコ元帥が席を移動する。

 宰相たるご老公は玉座の左隣、一歩前に立つ。今日は応急的に王子の席があるのでそこの隣。

 ブリェヘム王は諸侯の席の中では一番玉座に近い席。

 ガンドラコ元帥はご老公の隣、少し距離を離して机無しに椅子へ座る。

 そして少ししてから中部諸侯と東部諸侯、北部諸侯使節が名を呼び上げられながら謁見の間に入って席順通りに座っていく。

 皆が着席したところでご老公が大きな声を出す。

「皆、良く集まってくれた。ここに中央同盟結成を宣言する」

 静かな結成宣言ではある。

「メイレンベル伯マリシア=ヤーナ・カラドス=ケスカリイェン殿を盟主とし……婚約者であるロシエ王国はカラドス家の第四王子アシェル=レレラ殿下を共同の盟主とする」

 反発の声が上がると思ったが上がらない。既に根回しを完璧に終えた上での宣言だ。熱気が欠けて見えるのはそこだな。

「我々が窮地に立たされているのは我々の責任だ。聖女の野望を見抜けなかった。彼女はエデルト人だ。エデルト人は北部諸侯を併呑しようとした北領戦争での敗戦を悔やんでいる。戦争当時、彼女は幼少であったであろうが、今の権勢振りを見れば分かる通りに才女だ。良く記憶しているだろう。親も話を聞かせていただろう。少女時代には対オルフ塩戦争、セレード継承戦争において前線にて活躍をした程に血の気が多い。力があれば何かを手に入れる事が出来ると身を持って知っている。先の大戦にてベルシアに上陸し、聖皇領にまで迫った魔神代理領軍を撃退する事により、頭と体と生まれに加えて聖なる権力までをも手に入れた。彼女はあらゆる”道具”をその時手に入れたのだ。この時点で我々は、彼女が巨大な野望を持ってこの聖王が冠する我々の地方を手に入れようとしていたと気付くべきだった。この時に動機と実力を揃えた」

 間抜けぶりを公言しても非難の声は上がらない。よほど根回しを強く行ったらしい。

「エデルト軍が北部国境地帯に集結していた時点で、北部諸侯のように、北部諸侯も南部諸侯も巻き込んで中部諸侯も連合すべきだった。目前に刃を突きつけられていたのに、皆目を閉じていたのだ。北部、南部諸侯という巨大な壁があると信じてしまっていたのだ。聖戦軍の皮を被った悪魔の軍が南部に侵入した時点でこの中央同盟が最低でも結成されていなければならなかった。かの軍の動向は確かに掴めるものではない。だが侵入されてから対処は出来たはずだ。少なくとも、オルメンに我々の連合軍が十万と集まっていればまだ状況は違ったはずだ。オルメンに軍は集められた。惜しくも撃破されてしまったフュルストラヴ公の軍だが、悪魔の軍のウルロン山脈越えには間に合っていたのだ」

 皆で責任の擦り付け合いでも始める展開だがちゃんと皆大人しい。

「オルメンが落ちた。西部諸侯も殺されるか寝返った。敵の主力は尽く中部入りを果たした。これ以上失敗を続けるわけにはいかない。我々にはまだ手段が幸いにして残っている! これは幸運だ。この窮地に至って希望が残っているのだ。本日を持って、ロシエ王国軍が西部、ガートルゲン並びにナスランデン地方への攻撃を開始する。その保証はここにいらっしゃるアシェル=レレラ王子、ガンドラコ東部軍元帥で十分認識して貰えるだろう。ロシエ王国と、我々中央同盟軍は手を取り合って敵に立ち向かう」

 軍事同盟の宣言でもあるがやはり熱狂は無い。燃えカスの集まりか?

「盟主マリシア=ヤーナ・カラドス=ケスカリイェンを補佐するのは私グランデン大公アルドレド・コッフブリンデ」

 補佐、陰の盟主。

「親衛隊隊長はキトリン男爵フィルエリカ・リルツォグト」

 この場で二番目に名を出して貰った。

「同盟軍総指揮を執るのはブリェヘム王ヴェージル・アプスロルヴェ」

 この場で王号を持つのは彼だけで順当。

「筆頭指揮官はメンフルク伯ハイベルト・ホルストベック」

 仁義に厚くて、何故だか分からないが不思議な魅力で兵から将まで妙に人気があるのがこの親戚のおっさん。

 それから細かい役職の紹介と人物の紹介が続く。

 ロシエ義勇軍指揮官、バルリー傭兵軍指揮官などの、傭兵という域を超越した者達も紹介された。

 今日攻撃開始だというのに東部軍にガンドラコ元帥がいないのは大丈夫かとも思ったが、それも策略の内か? 元帥不在で攻勢に出るとはあまり想像はつかないものだから、案外と奇襲効果はあるかもしれないが。


■■■


 集会が終り、宮殿を出る中央同盟に参加した諸侯達を見送るために正門まで移動する。

 宮殿の玄関から正門まで、黒い制服を着た親衛隊が、士官は剣を佩き、下士官は斧槍、兵士は着剣した小銃を担いで徒列して迎える。

 宮殿に入る時にはいなかった親衛隊を見てギョっとした顔を見せる者は多い。護送の時とは違って何時でも殺しに掛かれるようにしている。これに不思議そうな顔をしているのは無知な馬鹿だ。

 我々親衛隊は裏切り者を許さないのが第一義。この牙はお前等に噛み付くためにいる。

 正門から出ると視認出来るように、宮殿内壁の外側にはこの集会に参加することを渋った者が家族揃った首吊り状態で追加されている。集会前には吊るされていなかったので諸侯等からは大きな声が上がって、そして沈黙へ。

 ファイルヴァインには既に親衛隊旗が翻っている。この意味を知らない奴は聖王を知らない程の無知だ。


■■■


 中央同盟結成宣言の後、警備と狩猟の合間に時間を見つけて調べ物をする。

 クロストナが言ったペンツェルク、アンベル、シュライゼンビュール三家だ。中部の歴史を見れば非常に目立たない男爵、騎士爵に留まり、没落して吸収されてと家格だけで見れば不遇の貴族達だ。

 三家と我等が親衛隊との関わりはあって、あるのだが隊員として少しずつ登録がされたのみで繋がりは希薄と言えば希薄。

 三家の送金記録を当たった。何かをするなら金が動く。ご老公に許可を貰って中央同盟銀行の記録を見せて貰った。何分古く、千年に渡る昔の記録の写しもあったので読むにも手こずった。

 その三家を筆頭にグランデン大公に関連するところから不自然な融資記録が連なる。そして融資に対して土地を抵当に返済している。そしてその土地保有者を思い出してみれば中部の宮中伯、方伯、子爵の面々が思い出される。その三つの爵位は国王に強く権限を制約される立場。良く言えば直接の忠臣達。

 クロストナ、あのジルマリアがやっていることはこのことの模倣。我々もこの位はやってみせなくては後の世に笑われるか。

 日和見の中立気取りと裏切り者を猟犬の牙で狩らねばならない。

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