第124話「南麓突破」 ベルリク

 左手の具合を確かめる。痛みは和らいできている。

 ウルロン山脈南麓に我々本軍が到着した。

 ウルロンの諸侯が連合して軍をへアピランへ集結中という報告と、騎兵と山岳歩兵で各地より集まってきている敵部隊に襲撃を繰り返しているという報告が同時。

 敵が何かする前に阻止してバラバラにしろ、とは我が部族軍の基本方針である。高い機動力が前提になるが、それを持っているのだから出来てしまう。

 強行、威力偵察が出来るって素晴らしい。一方的に相手をぶん殴っているも同然だ。

 体があまり大きくない草原の馬は山にも向いている。単純に体重が軽いので足への負担が小さい。そして部族騎兵は軽装備だし、体重の軽い子供も乗っている。それから乗り換え用の馬も一人で何頭か持ち、戦いで減らしても敵から奪って補充もする。獣人奴隷騎兵ならばこれに夜戦能力がつくのだから堪らない。

 どうしようか、ニクールの獣人達全部まとめ買いするか? まだこの傭兵稼業で食えるか決まったわけじゃないから際どいところか? ナレザギーの方で買って補給業務を円滑にして貰う方が良いか?

 夜戦用の大規模部隊が何だか欲しくなってきたな。高級の獣人奴隷じゃない中級? くらいの奴隷を買って数を揃えるのも悪くないかな。後でニクールに手紙でも出して聞いてみようか。

 アリファマ率いるグラスト分遣隊だが、補助用の部隊を少しつけて主要街道とは少し外れたいくつかの拠点を滅ぼしに行って貰っている。何れも降伏勧告の手紙を無視したか拒否したようなところだ。

 アリファマとも話したが、あちらは五百という人数もあるが、通常装備の兵士との連携もやや難しいのでまずは火消し役として身軽に動き回らせる事にした。大砲という足手まとい無しに大火力を発揮出来るのだ。地味だが適役であろう。

 まずはその調子で山脈を越え、中部に行ってから発生するであろう大会戦でまた別の役をして貰う。戦列全面に出るよりも無視不可能な遊撃部隊として動き回ったり、森や地中――可能だそうだ――に潜んで奇襲等、雑兵には出来ない仕事をして貰うのが良さそうだ。

 アリファマも納得していた。元より本隊を合わせても通常戦力に比べれば頭数が少ないので、グラストで行ってきた訓練内容と比べてもその方が向いていると結論が出た。それから山岳地帯での行動も訓練で行っていたのでそちらに出ても良いとのこと。氷土大陸の高地で訓練をしたと胸を張っていたので安心だ。ウルロン山脈各地に散らばる防御が固い山城を虱潰しにするにはうってつけである。

 そして敵軍の主力が集結を完了する前に、我が軍がアピランに到着した。アピランはそこそこ大きな村で、主に平地が広がる牧草地で育てている羊の生産が盛んだとか。

 野戦陣形に隊列を整える。

 砲兵二個連隊が最前列、射線に被らないように散兵隊形を取った歩兵を二個連隊配置。その後ろに歩兵が横隊隊形で戦列を作った歩兵五個連隊を配置し、左翼を騎兵三個連隊で固める。そして右翼自分、アクファル、シゲに親衛隊一千。後方に歩兵一個連隊を配置する。

 あくまでもこの軍の指揮は第一師団長ゾルブが取る。第一師団を良く把握しているのは勿論師団長である彼だ。自分は設立から編制にまで関わっていない。指揮権の重複を防ぐ為、ゾルブに自分の騎兵隊が何時出るかどう動くかの指示は任せている。

 総司令官へ突撃命令を下す一軍の長。常識では考えられないな。

 山の諸侯連合は、数が揃ってはいないとは言え待ち受ける形なのであちらの整列の完了の方が早かった。

 数が少なくて早く済んでしまったと言うべきかもしれない。決戦前に勝敗は決するものだと思うがあちらさんはどう考えているものか。

 右翼にはまだ自分は行かず、部隊後方の本陣で敵を望遠鏡で眺める。多く見積もっても敵の頭数は一万そこそこだ。騎兵はおまけ程度にしかいない。大砲は持ち運び易い軽砲が少し、二十門以下だ。

 こちらは一個師団一万四千に加えて親衛隊一千の一万五千。数だけ見れば跳ね返せない数値ではないが、カイウルクの軍が既に千人隊五つと山岳歩兵が二個大隊先行して作戦行動中だ。今まさに敵の背後にその六千の部隊が出現してもおかしくないのである。

 本陣には騎馬したジルマリアがいる。ちゃんと鞍に跨り、両足を横に出す女乗りはしていない。歌劇鑑賞用の取っ手付きの双眼鏡で敵を見ている。

「ジルマリア、戦場見るのは初めてか?」

「小競り合いや包囲戦を見ることはありましたが、陣形を整えての会戦は初めてです」

「こいつはな、世界でもっとも洗練されている上に金が掛かって、馬鹿しか楽しめない遊びだ。一緒に突撃したくなったら言え、最前線で見せてやる」

「それは遠慮します」

「お、そうだ、欲しい首があったら早めに言うんだぞ。戦闘のどさくさに紛れれば融通利くぞ。中部に詳しいって事は切りたい首の一つ二つあるだろう」

「そうしたいと思ったら言います」

「任せろ。でも生け捕りは流石に注文されても難しいからな」

「でしょうね……一ついいですか」

「どうした?」

「妹さんも戦うんですか?」

 側に控える馬上のアクファルを見る。赤い普段着は遊牧民様式で戦に支障無し。弓術用の小手に胸当て、鞍に矢がぎっしり詰まった矢筒六つに合成弓と予備、腰にギーレイ式の刀に拳銃、矢を引く補助をする指輪、植物紋様の刺青?

「アクファル、手、どうした?」

「ナレザギー殿下の部下の方に描いて貰いました。垢と一緒に落ちるそうですよ」

 アクファルが右袖を捲くると指先、手の甲から肘の手前まで蔦に葉に花、そして太陽に鷹まで描かれている。毛の無い方の部下だな。魔都にジャーヴァルじゃ女共が良くやっていた記憶がある。

「綺麗だな!」

「はい」

 ジルマリアが溜息を吐く。女が堂々と戦場に立つお国柄ではないからな。

「セデロ枢機卿! 降伏勧告をお願いします」

「はい将軍」

 セデロが降伏勧告に向かう。聖戦軍旗を騎手が掲げ、セデロは緋色の僧衣、そして馬も緋色の馬衣で神聖教会の枢機卿と一目で分かる姿で敵陣へ向かう。

 口で戦うとはいえあれも先駆けの一つ。くそ、早く先頭に立って突っ込む頃合来ねぇかな。

 風に旗が揺られてパタパタと鳴る。それ以外は静かだ。人と馬が鼻を鳴らす程度。

 白い雲が目立つが晴れと呼べる程度の天気。少し気温は高く、湿度が低くて鼻が乾く。

「聖なる勅令に刃向かうファニット伯とその諸侯等に告ぐ。我等は聖なる神と聖皇聖下の名の下、第十六聖女ヴァルキリカの聖戦軍である。こちらの軍指揮官は名高きベルリク=カラバザル・グルツァラザツク・レスリャジン将軍。アッジャール朝、ジャーヴァルの反乱帝国、レン朝の軍勢を相手に無敗を続け、百万に届く兵士と民衆を血の海に沈め、街を焼き滅ぼしてきた恐るべき神の鞭であり、南の不遜なる諸侯達を藁のように刈り取りし者。そなた等もまたその藁の一束に過ぎない。絶望的な死、そして死よりも恐ろしき眼を失う生から逃れたくば降伏せよ。降伏こそが神が汝等に与えた救いであり、それ以外は無い。これは聖なる神の代理人たる聖皇聖下の発言であると心得よ!」

 セデロには事前にこれから敵野戦軍に勝利した場合は価値のある捕虜を除いて全て目を抉ると言っておいたのでそれに準じて言葉を修正してくれている。

 眼球抉りが神聖教会公認になった。ジャーヴァルからのロシエ帰還兵の眼球抉りは大きな噂になっているだろうから話は通じるだろう。

 相手の出方を待って入ると、敵兵の一部隊が連合軍の隊列に突撃するかのように逃げ込んでいる姿を確認。その向こう側には我が部族騎兵がいて、追い込んだところで反転、そして側面取りの配置に付く。

 逃げ込んだあの部隊は援軍ではない、指揮系統を混乱させる邪魔者だ。一個の指揮官の下に集まった軍ならともかく目の前の敵は連合軍だ。簡単に処理出来るものならしてみろ。

 降伏勧告に応じる様子は見られない。後詰に期待でも託すつもりだろうか? どっちにしろ死ぬぞ。

 敵の指揮官は先の大戦での英雄的な将軍ファニット伯だ。イスタメルでの戦いで全滅しかかった軍を立て直して撤退させた将軍だから馬鹿な考えは起こさないとは思うがどうだろう。

「将軍閣下、対砲兵射撃開始してもよろしいでしょうか」

 ゾルブが進言。そうしよう。

「セデロ枢機卿! 一旦引いて下さい! 砲撃用意。準備完了次第撃て」

「はっ」

 セデロ枢機卿が本陣へ戻って来る。その間に各大砲には砲弾、火薬が込められた。

「砲撃開始!」

 ゾルブの号令とラッパでの号令。それから連隊長の指示で観測射撃が行われ、着弾修正がされ、射程距離外から砲撃されて右往左往している砲兵への着弾、至近弾が見えてから効力射が実行される。

 圧倒的に射程が長い施条砲での対砲兵射撃は一方的だ。単純に普通の大砲と比べて倍は飛ぶ。この射程距離に革命を起こした兵器はとにかく素晴らしい。これをシルヴに渡したら一個連隊で二個師団とか撃破しちゃいそう。

 敵は陣形こそ形は作っていたがなんとも、浮いている。足元があれだ、精神的にフラフラだ。元からあの数だけならまだしっかりしていただろう。しかし集結するべき他の仲間が到着していないのだから不安だろう。

 人間、あるべきものが無い状態を割り切れる程器用じゃない。指揮官がそれを出来ても末端の雑兵までそれが出来るか? 無理だ。

 ファニット伯、そのまま大人しくしていたら何も出来ずに死ぬぞ。

 側面についた部族騎兵が敵の動揺を見てかく乱攻撃を開始した。近寄っては小銃の有効射程圏外から矢を射って離脱を繰り返す。

 部族騎兵の迎撃に差し向けられたロバみたいな敵騎兵は鈍くさ走って、届きもしない騎兵銃を構え、刀を振り回す暇も無く矢に射られて撃退される。

 次いで先行していた偵察隊がその部族騎兵の攻撃に合わせて狙撃を開始した様子。彼等を狩るために騎兵を出したくても部族騎兵が守ってくれる。

 敵軍はたまらずに前進を開始した。普通の軍隊より前進を促す太鼓の響きが大きいようだ。演奏の始まった行進曲も高音気味で興奮しやすそうに思える。良い軍楽隊を持っているか。

 確かにこちらを粉砕出来れば活路は見えてくるだろうが、判断が遅いな。こっちが大砲を並べる前に動いていればまだ違ったのに。

 敵軍は対砲兵射撃から歩兵への射撃に移った我が方の砲弾を受けて血肉手足に頭を散らし始める。対砲兵射撃くらいで降伏すれば身の安全はそこそこに保障したんだけどな。

「ゾルブ、俺は右翼に行く。後は思うようにしろ」

「はっ、お気をつけて」

 砲兵の射線上に出ないように配置された散兵隊形の歩兵二個連隊が前進して攻撃待機状態に入る。

 右翼の親衛隊に到着。

「シゲ、こっちじゃ初めてだな。その長いのは馬上でも使えるんだな」

 シゲの戦装束はアマナ式の甲冑。最新式で銃撃に対する防御能力もあるそうだ。髭の生えた総面と東大洋の一字が現された飾り付きの兜が格好良い。

「応、大将! 任せてくれ」

 シゲが持つ弓は遊牧民の短い合成弓とは違う、上下非対称の長い合成弓だ。

「殺せよ」

「任せろ!」

 敵軍の前進速度は中々に早い、連合軍とは思えないぐらいだ。事前に合同訓練くらいはしていたのだろうか? 我々を相手取るように意識はしていなくても、違う敵を想定していた可能性は無くはない。

 長距離狙撃用の重小銃を装備した狙撃兵が射撃を開始した。立って保持して撃てないぐらいに重く、反動が強い銃だ。砲に近い。

 砲弾で血塗れ、歯抜けになりつつも敵軍は迫って来る。友軍誤射を避けて砲撃は止み、代わりに重小銃での狙撃、そして敵が危険な距離まで迫ったら通常の小銃を持った銃兵が牽制射撃をし、散兵達は徐々に後退を始める。隣の部隊同士交互に行うので射撃と後退の隙が無い。

 こちらの施条式の小銃は普通の滑腔式の小銃より射程が長い。敵は何人も崩れ落ち、後続が仲間の死体を乗り越えて列の隙間を埋める。

 連合軍のくせに士気が高いな。他所との戦争が間近に迫っていたのかもしれない錬度に思える。

 散兵、そして砲兵が後退する。

 そしてこちらの戦列の有効射程距離に敵の戦列が入った。まだ敵の小銃は有効射程圏外だ。斜め上に撃ったら弾が届く事はあるだろうが。

 こちらの戦列が一斉射撃を開始。敵が発砲する距離までは冷静に一斉射撃の反復。撃ち合いになってから各個に射撃。

 こちら左翼の騎兵が迂回機動を開始した。敵軍の予備部隊が対応に動き出す。

 そして自分へ伝令がやってきた。

「将軍閣下! 師団長より、正面突撃に合わせて殴れ、以上です!」

「了解だ」

 手を前へ振り、親衛隊を先導する。

 良い具合に敵の戦列がヘタれて来ている。ようやっと自分達の小銃の有効射程距離内に到達したがその前にこれでもかと言う程銃弾を浴びて死体の絨毯を作っている。各諸侯の兵隊達の軍服は色鮮やかでちょっと出来栄えが良いんじゃないかと思ってしまう程だ。

 親衛隊は敵戦列の側面を取りにいく。もちろんそれを警戒して歩兵隊の一部や敵の少ない騎兵が差し向けられる。

 馬を走らせながら親衛隊は、甲高く鳴る鏑矢を合図に矢の雨を降らす。アクファルの猛烈な連続射撃、そして「ヌオォー!」と叫んで長弓を大物とは思わせぬ速度で操るシゲ。

 曲射に矢を飛ばし、銃の有効射程圏外から敵兵を矢達磨にする。銃弾よりも以前として矢の方が殺せる。施条銃には大きく劣って見えてきてはいるが連射速度では一切負けない。走る馬上では小銃を連射するなんてほぼ不可能だ。

 矢には毒が塗ってある。即効性の神経毒で、矢傷だけなら致命傷ではなくても致命に至らせる。

 歩兵の戦列、小銃を持っていた銃兵の前へ、胸の前へ拳銃を四丁鞘に入れて簡易な防具とする、棘付き棍棒を持った突撃兵が整列。敵兵が何とか生き残って吐き出した銃弾に時折倒れつつも混乱など微塵も無い。

 馬を走らせながら射撃し、安全距離を確保しながら良い背面を取りに行く。

 アクファルの矢だがギッシリ詰まった六つの矢筒が段々と空になっていく。弦が何度か切れたが馬上であっという間に張り替えているというのに他の者の三倍、四倍の速さだ。この前アクファルの腕を見たが左右非対称になっていた。指輪を使って弓を引いているが手の皮も一般的な女ではなくなっている。

 最初に敵の側面を取った部族騎兵と偵察隊は新たに現れて途方に暮れている敵部隊を牽制中。

 第一師団の突撃ラッパが高らかになる。

 突撃兵が銃兵による最後の、やや乱れ気味の一斉射撃を合図に突撃を開始した。両手に拳銃を持って射撃、拳銃を捨て、もう二つの拳銃を持って射撃、拳銃を捨て、棘付き棍棒を振りかぶった時には至近距離からの猛烈な銃撃で死屍累々に敵軍はなっていた。そこで止まるわけもなく棍棒で敵兵は滅多打ちにされて骨を砕かれて死んでいく。

 我々親衛隊が狙うのは敵本隊、ファニット伯の部隊の美味そうなケツだ。

「突撃隊形!」

 刀”俺の悪い女”の切っ先をクルクルと回す。親衛隊ラッパ手が突撃隊形整列のラッパを吹く。訓練通りに親衛隊が二列横隊に近い雁行隊形に並ぶ。

 ファニット伯の旗が見えるところへ陣取る。そろそろ矢も尽きて来た頃だ。しかしこいつらあっと言う間に撃ち尽くす速射っぷりだな。

「銃撃用意!」

 左手で拳銃を掴んで構える。親衛隊も弓を鞘に収め、拳銃や騎兵小銃など得意な銃で構える。

 アクファルは刀を抜きつつも、刀を肘の方に寝かせてまだ矢を放つ。こいつは別だ。

 シゲは弓の先の鞘を外して歪な槍に変える。面白い武器だ。それから拳銃を抜いて構えた。

「前進!」

 早歩きにファニット伯の後方へ迫る。突撃隊の猛攻への対処に大慌てだ。

「構え!」

 ”俺の悪い女”を天に突き上げる。

 隊形を整えたので各員の銃口は味方の背中に向くことなく構えられている。歩いたまま。

「狙え!」

 こちらへの迎撃の指揮を取っている感じの士官を狙う。この距離だと厳しいかな。

「撃て!」

 ”俺の悪い女”を振り下ろす。

 アクファル以外一斉射撃。一斉に銃弾と煙が噴出し、距離もあるせいかまばらだが、敵の後背に銃弾をブチ込んでそこそこ殺した。

 間髪入れず、

「突撃ラッパを吹け!」

 親衛隊ラッパ手が突撃ラッパを鳴らす。馬を走らせる。

 突撃用意を知らせる為に”俺の悪い女”を前へ突き出す。親衛隊も刀を抜いて同じように前へ突き出す。

「突撃! ホゥファー!」

 馬を襲歩に加速させる。

『ホゥファー!』

『ウォー!』

「キェエエイ!」

 騎乗からの一斉射撃を受けた混乱もほぼ冷め止まぬままのファニット伯軍の後方へ激突した。激突は前後列の二段。

 馬に怯えた敵兵を踏み潰させながら”俺の悪い女”で相変わらずのスルっとした手応えを感じながら敵の頭を削ぎ落とす。兜を被った重装備のものも混じるが鉄ごと頭蓋骨を削ぐ。

 弓による射殺数はアクファルが圧倒的だが、肉薄してからのシゲの歪な槍での刺殺数も相当なものだ。刺して引くその動作が凄まじく速い。銃剣付小銃よりも槍が長い事もあり、銃兵達が鎧をつけていない事もあり、サクサク突き殺す。あの異形のアマナ甲冑姿と「キェエエイ!」という奇声も要因だろうか。

 刀で切り殺しつつ、時々拳銃を抜いて指揮統制をしている人物を撃ち殺して敵軍の背中を抉る。親衛隊員も各氏族から選ばれた連中だ、衝突時からの衝撃に乗ったまま馬を良く操って敵を踏み潰しながら刀を振るって殺しまくって押しまくり、敵を押し合い圧し合いさせてまともに動かさせない。

 身形からして一番偉そうなファニット伯を見つける。指差す。

「シゲ行け!」

「応!」

 シゲが馬から飛び降り、弓を捨てて刀一本で敵兵の群れに突っ込む。

「アクファル!」

 アクファルは近寄る敵を刀で切りつつもシゲを支援するために残りわずかな矢を連射して道を開く。

 自分も拳銃で、敵兵の中から兵士を奮戦させようと声を上げる老兵を見つけて撃ち殺し、あのアッジャールの騎兵小銃を鞘から抜き、ファニット伯に一歩と迫るシゲと鍔競り合いに戦う名人らしき警護を狙って撃つ、射殺。

 シゲはもう一人の警護に刀を投げつけ、その隙に短刀で持って腹を切って腸を抉り出させ、周囲が気圧されたところでファニット伯を殴ってから襟首を掴んで頭を下げさせ、短刀を首に当てながら一気に捻じ切った。一瞬その場の敵兵達の時間が止ったように感じた。

 シゲが血が流れるファニット伯の頭を高く掲げる。

「敵将討ち取ったりぃ!」

 敵軍には余り理解されぬ魔神代理領共通語だったが、言葉を越えて意味は伝わったようだ。

 程なく敵軍の抵抗は終わった。


■■■


 人質についてはジルマリアの助言に基づいて判断する事になった。ウルロン山脈の田舎貴族如きはさほどに価値が無いと思ったが、内紛を起こすために色々と知恵があるそうなので彼女に全て預けた。

 貴族ではない要らない連中は目を抉って、先導役には目を残して解放した。降伏しなかった奴等に食わせる飯は無いし、そのおぞましい姿を曝け出して降伏の道具になってくれれば良い。勿論、死ぬ気で抵抗して激戦を招いてくれても問題ない。個人的に歓迎する。

 奴等の駄馬は補給部隊用に後送した。中には良馬もいるのでそれは馬を失った兵のために補充した。

 さて個人的に始末をつける事がもう一つある。

「おいシゲ」

「大将」

「良くやった。大将首を誇れ」

「応!」

 親衛隊の皆も手を叩いて、口笛を吹いて祝福。支援はしたが敵の真っ只中に突っ込んで大業遂げて生きて帰って来たというのは素晴らしい事だ。

「こういう時はあれだな。何か欲しい物があったら言え」

『おー?』

 親衛隊がノリノリに声を合わせて煽る。

 シゲが土下座をした。改まったな。

「であるならば! 妹様を俺に下さい!」

 そうきたか。

 親衛隊の方というと、反応は一様ではない。彼等は各氏族代表のようなもので、部族長の唯一の肉親のアクファルを娶ればどんな小氏族でも貧乏家族でも一躍上位に食い込めるとハッパを掛けられて来ている奴等だ。常に自分の側にアクファルがいるので余り目立った行動はしていないが、口説こうとしたり贈物をしたりと頑張っている若者は結構いる。だから押し黙ったり、憤ったり、泣きそうになったり色々だ。

「俺はなシゲ。アクファルにはお前が相手を自由に選べと言ってある。だから、おいアクファル、どうだ」

 敵の死体から回収した矢の点検解体作業をしていたアクファルに何百という視線がいく。

 アクファルは矢を一本手に取り、ユラユラ揺らす。

「これ」

 と一言喋り、矢の点検解体作業に戻った。

「だとよ」

 シゲは頭を上げて苦しそうに唸った。親衛隊も、うーん、と首を捻ったりしている。

 少なくともアクファル並みに弓が上手くなったらと解釈出来る。年々腕を上げているアクファルに追いつき追い越すというのは中々、厳しい事だ。本当に行き後れになってしまわないか?

 死んだトクバザルの叔父とも話したが、最悪こちらで嫁に取るか? いや、血が近過ぎるが。


■■■


 ウルロン山脈南麗を突破し、弱小諸侯を脅し焼き払って蹴散らし、遂にあの場所に到着した。

 後方連絡線は完全に確保され、ニクールの夜間物資輸送も現時点では順調らしく腹の減り具合は気にならない。

 ここは万年雪を被らない程度に高い場所にある関所だ。ファニット伯の連合軍撃破後に武装解除された関所。

 ここに来ると笑えてくる。結構な年月が経ったが、まだここにいた。出世していないのか出世しようもないのか。

「よう! 覚えてるか? 大戦終わったあたりで北からここを抜けた元エデルト軍士官だ。あんたが紹介してくれた貴族にファニット伯がいたな。俺の部下がその首を捻じ切ったぞ! 一人で北からここを通った俺が、今度は南から自前の軍隊連れて帰って来たぞ! 名前はベルリク=カラバザル・グルツァラザツク・レスリャジン! セレードそしてレスリャジンの男だ。ハッハー!」

 関所越えの時に世話になったハゲのおっさんにタリウス金貨詰めの袋を投げて渡したら、重過ぎたか手から滑り落ちた。

 馬に跨ったまま関所を通過。ここから先は中部。

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