第123話「強盗街道」 フィルエリカ

 貴族、聖職者、農民の三者の区別はつく。服も髪型も喋り方も、土地によっては言葉も違う。貴族はロシエ語を話し、聖職者はフラル語を話し、都市住民はエグセン語、農民はククラナ語を話す土地なんてのもある。

 傭兵、盗賊の両者の区別はあまりない。契約期間中は傭兵で、契約が切れると盗賊になるような有象無象が大半。先の大戦前はバルリー傭兵のように正規軍より信頼されている団体が主流であってその有象無象共には居場所が無かったが、戦後混乱期にそういった連中が増えてしまった。食うや食わずが食うか食われるかになったのだ。自然の摂理と言えばしょうがないが。

 さて何と貴族、聖職者、農民、傭兵、盗賊の五つが混ざり合うとまた区別が無くなるのだ。一枚剥けば皆同じ人間だ。自然の摂理なのだろう。

 傭兵伯もしくは借金伯のあだ名で有名なハイベルト・ホルストベックが五百の軍を率いて、農村略奪行の末に追い込まれて砦に篭るグネルデン兄弟団二百を包囲中。

 ハイベルト・ホルストベックは領内の税収権を売りまくったせいで領地収入が絶望的。だから傭兵働きをしている貴族だ。貧乏人だが信頼出来る人間だという評判がある。

 グネルデン兄弟団は戦災孤児が固まって出来た盗賊集団が始まりで、盗賊稼業から傭兵稼業に移ってそこそこに成功した連中だ。指導者は貴族の子弟と自称している。

「フィル、三十人預けるから陽動攻撃を頼めないか。その隙に城壁に爆薬を仕掛ける」

「叔父上、通りがけに旗が見えたからちょっと挨拶しに来ただけです」

 男装を解いて話す相手、ハイベルト・ホルストベックは叔父だ。髪は黒いが髭が白い。それか貧乏ジジイだ。

「頼む、このまま包囲なんて続けてたら赤字だ。女房……売れんな、娘ぐらいしか売るもんが無くなる」

「この貧乏ジジイめ」

「うぐっ」

「意地なんか張らないで親戚に金借りて回ればこんな小遣い稼ぎなんかしなくて良かったんだ。低利か無いかの借金で債務整理して、税収権買い戻して、事業で返せば良い。この老いぼれ歩兵大隊に精神的にも肉体的にも物理的にも足りていない大砲を新調したりしてな」

 自分がこんな風に言う前に親戚回りからしつこく言われていたはずなんだが。

「ぬぅっ」

「何がぬぅっだ。意地を張るな。もう馬鹿な強情張る程歳を食ったのか」

「意地を捨てたホルストベックに何が残る!」

「はいはい」

「くぅっ」

「根性のある別働隊指揮官くらいいるだろう。エスティアン爺さん、ガレム爺さん、ウオルバン爺さん。やっぱりジジイばっかりだな」

「収獲があるから領地から連れて来た兵士は帰したんだ。その辺から集めてきた兵士が多いから指揮官は多めにして統制を強くしているが、突撃にビビって逃げそうだ。フィルが入ればもう少し腰が入る」

「また中途半端な事を」

「地図に無いあんな砦があるなんて思わなかったんだ! 廃砦だからボロいと思って偵察したら造りがしっかりしてやがる。今のままじゃ大砲が無きゃダメだ」

「大砲は雇用主から借りられないのか?」

「赤字になる」

「攻略出来なきゃ赤字だ。包囲を止めて略奪して逃げれば黒字だ」

 自然の摂理っていうのはそういうものだ。人間性から獣性に乗り換えたらの話だが。

「馬鹿者、出来るわけがないだろ」

 貧乏ジジイは貧乏な爺様だが、貧乏出来るのは人間様の特権だ。盗賊に対して、この貧乏人め! と罵っている姿は見たことが無い。今度言ってみるか。

「それは知っている。その上でどうするか。自力で出来なきゃ他力に頼るしかないな」

「金がかかるぞ」

「我々が払う必要はない」

「うん? ほう?」

 ほう? なんか言える頭しているかよ。

「その辺にどさくさに紛れて略奪してる頭の良い糞共がいるだろ。見逃すから手伝えって言ってこい」

「うむむ、義にもとる」

「腹に物詰めてから考えろ貧乏ジジイ。部下に糞でも食わせる気か?」

「う……ええい!」

 叔父が机を叩いて立ち上がる。

「そうしよう!」

「それでは叔父上、急ぎの仕事がありますので。ご武運を」

「そうか、ではな」

 男装してから叔父の天幕を出て南へ向かう。

 少し進めば武装した近くの、どこぞの修道士達が畑を勝手に刈り込んでいる姿が見られる。

 奴等はどこから引っ張り出したのか継ぎ接ぎだらけの聖戦軍旗を掲げている。寄付や自営農場ではやっていけなくなり”聖戦”を始める話は聞く。

 叔父は彼等と話し合うと良い。

 馬に乗っている、年老いているが筋骨に恵まれた修道士がいるので一声掛ける。

「ここより北にはハイベルト・ホルストベック卿の軍がいる! この地の領主に雇われている。もしかしたら協力し合えるかもしれないぞ! 飢えても頭まで鈍っているわけではないだろう!?」

 老修道士は緩やかに一礼をした。


■■■


 また南に進めば、今日の宿にしようと思っていた宿場町を、近くの村からやってきたような農具装備の盗賊が襲撃している。

 町の門を破ろうと荷車に丸太をつけて突撃を行う盗賊が十名くらい。

 防壁の上から守備隊による一斉射撃の三回で荷車の押し手が倒れ、逃げて失敗。それからなんだかダラダラと包囲が行われる。

 町のおっさんと賊のおっさんが罵り合う。

「金払えやこのド腐れが!」

「小便酒に金払うかこのカスが!」

「なら食いもん寄越せやコラァ!」

「糞でも食ってろやボケェ!」

 というやり取りが続く。関わるのは馬鹿らしい。迂回路を行く。


■■■


 平らな街道ではない、昔この辺りが開墾される前から使われていた森を行く道を進む。

 待ち伏せがしやすい道……何時封鎖が解けるか分からない街道で野晒しに待ちぼうけをくらうよりは安全だと判断する。町の奴も賊の奴もロクデナシ揃いだろうし。

 森に入る。木こりや狩人あたりが良く使っているのかそこまで道は悪くない。

 風に吹かれて擦れ合う木々、草花の音を聞く。静かに聴きながら進み、馬から降りて歩いて進む。

 刺剣の柄に仕込んだ銃を発射、散弾が左の草むらから出かけた強盗の顔面に良く当たって倒れてもがいて苦しむ。

 待ち伏せだ。

 刺剣を抜きながら右の草むらで状況の変化に対応出来ずに立つ強盗の喉に切っ先を入れて滑らせながら振り向く。喉を押さえて血を溢れさせて倒れるのは音で分かる。

 強盗は四人、二人は潰した。吹き溜まりには下に下に溜まる連中が集まるものだな。

「どうだ私は耳がいいだろう」

 背後の方から現れる心算だった右の強盗へ指でクイクイっと挑発する。そして思い出したように刀で袈裟切りを仕掛けて来た。下から刺剣を振って受け止め、止めた衝撃に流れるまま切っ先の角度を変え、そのまま切っ先を突き出し、目を貫いて脳を十分なだけ傷つけ、得物を相手の頭骨に押さえられる前に素早く抜く。相手は倒れて痙攣する。

「大分襤褸になっているが君の服はそこそこ良い物だね。顔も洗えば綺麗になりそうだ」

「まだだ」

「……この貧乏人め!」

「うぐ……うるさい!」

 最後の強盗、一番若そうな奴が刺剣を抜いて掛かってくる。

 突き、早い、刺剣で軽く受けて切っ先の行方を制限しつつやや半端に身を引いて避ける。避けながら中途半端に斬りつけ、避けられる。

 最後の強盗の狙い澄ました――こちらの狙い通り――突きを左肩のマントで隠した左手に持った短剣で剣身を跳ね、踏み込んで――刺す切るには近過ぎる――刺剣の護拳で殴って鼻を潰す。

 これで戦意を喪失したらしく蹲った。

 押さえる鼻から血ボタボタと垂れている姿が、うん? 敵じゃなかったら可愛らしい。敵でも可愛らしい。鼻血拭いてあげながらお腹撫でてあげたい。

「剣が使えるということは貴族ではあったのだろう。名前だけでも聞いておこう」

「ナウシャルベン子爵ヴィグレド・ブンタファルクの息子ヴィグレド……二世」

「ヴァッカルデン伯に滅ぼされた一族か。それも長男でその有様とは苦労したな」

「はい。ご存知で?」

「都には良く出入りするからな、半分役人の子爵の方々の話は聞く。君は知らないがお父上は知っているよ。実直な方だが、疑う事を知らなかったな」

 子爵は非世襲制で、中央から代官として任地へ派遣される貴族だ。最近では勝手に世襲したり、勝手に独立して伯爵位を名乗ったりする状況でもあるが。

「彼方は?」

 作った男声から女の地声に切り替える。

「キトリン男爵フィルエリカ・リルツォグト。わけあって男装している」

「女に負けたのか」

「恥じる事はないぞ。今年で三五歳だが戦場を省いても百人以上は正面から殺している。不意打ちを入れればもっとだ」

「そうですか。無礼を謝罪します」

「言い残す事はあるか」

「はい。ヴァッカルデン伯が討たれましたら、出来るならば一族の墓にお報せ下さい」

「中々厳しいな。だが覚えておこう」

 心臓を一突き。その後散弾を浴びせた強盗にもトドメを刺す。

 中央が、ご老公が保護すべき子爵階級ですらただの食い物になっている。中部を一つにする聖王は望まれるべきなのだが。

 再び進むべく馬に乗ろうとしたが、重たい足音で走って近づいてくる誰かがいる。自分が来た道の方角からだ。

「何をしているか!?」

 怒声に止められる。聞き耳立てるのを忘れていたな。

 体格より不自然に盛り上がった修道服を着た大男が両手剣を構えてやってくる。

 手甲も見えるので服の下は胸甲であろう。聖職者であろうと見境なしに襲撃する盗賊が大戦後増えている。自衛のためにあのような格好をしているのは珍しくはない。

 大男の修道士は半身になり、切っ先を前へ突き出すように顔の前で構えている。足捌きも剣身にもブレが無く、まともにやり会ったら勝てない手合いに見える。拳銃には弾薬を装填したままなので使えるが。

 修道士は若くて正直そうな顔で、およそ悪徳とは無縁そうな奴だ。それだけに勘違いしたら手に負えない。

「如何に乱れた世とは言え、往来にて殺傷に至るとは聖なる神の僕として看過出来ません」

「おい坊主、見て分からないか? 一人で武装した男四人に挑む路上強盗が何処にいる? 寺に篭ってるせいで世間を知らないんだろ」

「手錬が不意打ちをすれば無理な話ではない」

「まあそうなんだけど……いいか、格好を見ろ。私はどう見ても金持ち、こいつ等はどう見ても貧乏人だ」

「善悪と富の有る無しは関係ありません」

「本当に世間知らずだな。金持ちがわざわざ貧乏人から追い剥ぎなんかするわけないだろ。割りに合わない」

「悪に道徳を期待してはおりません」

「じゃあ何だ、斬るか? どっちが悪だ」

「少なくとも四人殺してのける悪は滅び、その分だけ平和が早く訪れます」

 若い頃ならともかく、流石にこの手合いを手に掛けるのは気が引ける。

 しょうがないので付け髭を取る。声も地声に戻す。

「改めて、女が一人で武装した男四人に挑む路上強盗が何処にいる? お前等の聖女ヴァルキリカじゃないんだぞ」

 噂には聖女ヴァルキリカは敵の首ではなく腰を素手でねじ切るらしい。どんな噂だよ。

 その修道士、顔を急に真っ赤にして俯いてから土下座。地面に落ちた両手剣がガランと鳴る。

「申し訳ありません! 私の、私の目が曇っておりました!」

「極端な奴だな。まあ分かればいい。そんなに善がしたいならこいつらでも埋葬してやれ」

「はい! このご無礼は必ず償わせて頂きます!」

「要らない。先急ぐから関わらないでくれ」

「はい! 申し訳ありませんでした!」

 善良過ぎるのも考え物だ。馬に乗って道を進む。


■■■


 森道を抜けた。道中、あのヴィグレド二世が手をつけた後のような死体がいくつか転がっていた。警戒されないように死体を隠すこともしていないから決まった狩猟場ではなかったか?

 仮にも貴族だった彼、そしておそらくその従者だった他の三人。没落しなかったらこんな事をするなんて考えもせず、賊は憎んでいたはずだ。自然の摂理に逆らうのは容易ではないな。

 板が渡された、応急措置程度で再建されていない橋を渡る。川には車軸が壊れた馬車が捨ててあった。無理して渡るからだ。

 回転を止めた風車が侘しい廃村が目につく。

 そして荒い息と重い足音が耳につく。

 別れてからそこそこ時間が経ったはずだが、馬の歩く速度に追いついてきたあの修道士が後ろに見えて来た。

 何となく土汚れた感じがあるので真面目に埋葬してきたんだろう。その調子なら道中にあった別の死体も埋めてきたか? 手懐ければ犬みたいに言う事を聞いてくれそうな素質がありそうだ。どうしようかな?

 馬を止める。止めたら修道士が足を速めて追いついてきた。肩で息をして汗まみれだ。鼻を寄せて嗅いでみたら凄く男臭そうだ。

「お前の兄弟ならあっちで収獲していただろ。勝手にな」

「私は違います!」

「じゃあなんだ。女のケツでも追いに来たのか」

「いえ……」

 言い淀む。善良そうな若い男をからかうのは楽しい。

 謝罪の言葉以外に何かしたいとか、その当たりだろう。まったく純情である。神の僕から自分の僕にしてやろうか。

「では何か用か」

「女性の一人旅は危険です! 道中までならばお供します!」

「その息遣いで良く言うな」

「まだ走れます!」

「無理だな」

「走れます!」

 くそ、何だこいつ可愛いな。

「お前はどこに向かっているんだ。道が違うのならどうしようもないだろう」

「私はアンブレン修道院の修道士アブゾル・パンタグリュエンです。傭兵として出稼ぎに行き、戻る最中です」

 アンブレン修道院? 聞かない名前だ。このご時勢で新設する余裕がある連中がいるのか? 盗賊化した修道士が建てたんじゃないだろうな。

 このアブゾルくんも中々、傭兵帰りだとかおかしな事を言っている。それにパンタグリュエン家か。かなり末端の騎士爵家だったと記憶するが。

「場所は?」

「真っ直ぐ南、ウルロン山脈の縦断街道沿いにあります。ツトゥルレー伯領内になります」

「行く道は同じだな。しかしあそこにアンブレン修道院なんかあったか?」

「院長様が特定会派に所属しないで運営するという方針なんです。寄付に頼らず自給自足なので名前も広まっていないはずです」

「そうか。自給自足の傭兵か」

「いえ、これはその、どうしてもお金が必要な事がありますので」

 それはまた胡散臭さが凄まじい。ただこんな馬鹿正直そうな可愛い子ちゃんがいるという事は……どうかな?

 一人より二人の方が面倒な襲撃に遭い辛いのは確かだ。場合によっては囮にして逃げられるし、最悪馬に乗る自分だけは余程の事態でもなければ逃げられる。それに勘ではこのアブゾルくんに邪念は無いと感じている。

「で、稼ぎはいくらになった?」

「三クリン百ラニです」

 街なら女子供でも十日で稼げる額だ。傭兵の薄給と食事や装備代金の天引き、ぼったくり飲み屋に娼婦を考えれば黒字なだけ良い方だが、この真面目くんが……盗られたか。

「負け戦だったか」

「いえ、勝ちましたけど?」

「略奪したか?」

「まさか!? そんな事は絶対にしてません。絶対です!」

 間抜けと言ったのに罪を咎められたと思っているアブゾルくん。穢れを知らぬ善良なる馬鹿正直者なのか。

「傭兵仕事は初めてだな」

「何で分かるんですか?」

「お前は向いていない。違う仕事にしろ」

「戦って勝ちました!」

「それは正規兵の仕事だ。傭兵の仕事は生き残って稼ぐ事、それか性病で死ぬ前に安酒飲んでくたばる事だ。その違いが分からない内は止めとけ」

「それくらい分かります!」

 分かってないだろうな。

 馬に、進め、と脇腹を軽く蹴る。

「来るなら来い。面倒は見ないぞ」

「はい!」

 デカいワンコが「ハッハッ!」と息を吐いて後をついてくる。背中撫でるフリして尻の隙間に指を入れたい。今なら尻汗が凄そうじゃないか。

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