第122話「フラル会社」 ベルリク
南部から中部へ進軍する経路は大きく分けて五つある。
ウルロン山脈越えの中央、北進する峡谷の街道。待ち伏せが容易で、谷にある事で規模が小さくても平野部の要塞とは比べ物にならない堅固さを誇る関所がある。激しい戦いが待っている。
同じく山脈越えで西回りの、ロシエ領をかすめるなだらかな丘陵の街道。道は良いが衰えても大国ロシエとの国境に沿いながらの進軍となり、中部において橋頭堡に後背地が確保が出来ていない状態では考えものである。
山脈を通らない東回り経路ではセナボンからの北進街道がある。だがこちらの行った焦土作戦で荒れていて大軍、重装備では踏破不能になっている。中部の軍に後背を突かれないようにするためにもこれは致し方が無い。マトラからの陸路補給線を維持するためにも必要だ。
バルリー領南部森林山岳地帯を抜けるという方法もある。マトラ山地より西側の地域だ。思い切ってマトラ山地から山岳兵を浸透させて確保する事は不可能ではない。ただ無用な参戦を招くのは確かである。それから道は余り良くない。
最後に山脈を通らない西回り経路だが、まだ攻略していないシェルヴェンタ辺境伯領からロシエ領を抜けて中部に入る街道だ。まあこれは現時点でありえない。
であるからウルロン山脈越えは必須である。
神聖公安軍が作戦開始前からウルロン山脈全域に非正規兵力を派遣しているので簡単に封鎖はされないが、動きが遅れればそうなる。そうなったら厄介だ。だから初日からここまで可能な限り最速で行動をした。”目が開く前に殴れ”とはエデルトの士官学校で初期に習う言葉だ。
作戦計画。ジルマリアの頭の中にしまってある詳細な地図を基に立てられた。
部族騎兵と山岳歩兵主力のカイウルク軍は先行してウルロン山脈に浸透し、強行偵察を行って敵の動きを把握しつつ、軽攻撃にて封じる。今頃になればもう敵もある程度は警戒しているはずなので損害を避けるように改めて指導。死ぬ時期は今じゃない。
ラシージ軍はセナボンより中部に至る北進街道の焦土作戦の徹底。そして参戦の可能性があるバルリー共和国経由からの侵攻を警戒。一番頼れる奴にこそケツを任せるものだ。
ゼクラグ軍は南部西側の制圧を引き続き行う。神聖公安軍の中でも治安維持だけではなく攻撃作戦に使える部隊や敬虔な諸侯の軍が支援に当たる。行動規範がお互いに違い過ぎるので合流しての行動は控えさせる。聖女猊下が太い首輪に鎖で操っているとはいえ所詮は寄せ集めの連中であり、画一され完成されたマトラ人民義勇軍の人間より早い行軍速度、加えて攻撃力に裏打ちされた進撃速度に合わせられないので尚更だ。
そして自分ベルリクが指揮する本軍はカイウルク軍の後に続いてウルロン山脈の強固な拠点や集結した敵野戦軍を攻略する。
加えて小数部隊による虱潰し的な小領主や自治体への硬軟合わせた攻略が加わる。いちいち大軍を回してはいられない田舎、辺境の奴等への対応だ。
例えば水利権で争っている二つの村がある。片方に加勢し、もう片方を滅ぼして土地も生き残りも奴隷として与える。新しい畑の管理、そして恨むべき奴隷達への嗜虐に忙しくさせて反乱を企てるところではなくするという手法だ。口減らしにもなって略奪でも出来てお腹一杯、賊化もしにくい。
主要街道はともかく、普通の地図に乗っているかもあやふやな田舎道すら頭に入れているジルマリアは事細かに計画を立ててくれている。地味な地理案内よりも小物の処理、正に”虱”潰しにジルマリアが才能を見せた。「将軍、天職を見つけた気分です。ンククキキキ……」と笑っていた。もっと好きになった。
我々が前線を広げ、広がった勢力圏をそれらの手法等で臨機応変に整え、後から進駐してくる神聖公安軍に統治を託すという作業は順調だ。
現在はジルマリアから計画書が上がって、一旦こちらの司令部で処理し、そこから動ける部隊を見繕って派遣するという手間がかかっている。指揮系統上仕方が無いが進めていく内に正直手間であると感じた。
余裕が出てきたらジルマリア直下の保安部隊を編制したいところだ。保安旅団から人員を充当して部隊を新設するか、そのまま指揮させるかはラシージと協議したい。開戦当初は神聖公安軍の初動が出遅れていたから保安旅団は活躍したが、今は正常に活動して占領統治をしてくれるので仕事が重複している。何か見落としがなければ彼女に指揮させる。
前線で武力を振るう人材には恵まれているが、後方で見えない敵を始末する人材は不足している。妖精達に人間の機微は理解出来ないので対処するとしても後手に回り、誰が敵か絞り込めずに周辺丸ごと殲滅するような治安維持の仕方しか出来ないという欠点がある。部族兵も文化も言葉も違うので似たようなもの。
聖女猊下は素晴らしい人材を与えてくれたものだ。そのところはあまり意図していなかったようなので手紙にして報せよう。彼女を俺にくれ、と。
さてその様々な作戦計画を実現させるに必要なのは勿論後方連絡線だ。飯と弾薬が無ければ人も馬も動けず戦えない……妖精だけなら忌避無く人間を食いながら進撃も可能だが、これは最後の手だ。
海路より船団が南部の主要港に入り、そこから陸路で配分する。協力を申し出たペシュチュリアには十分な港湾使用料を、聖女猊下が払う。
予定では間も無くナレザギーの商船団の先遣隊はペシュチュリアに入港する。
少しの間だけ本軍を留守にしてペシュチュリアに向かう。指揮の代理はゾルブが行うので問題ない。
ゾルブはスラーギィでの部族軍との合同軍事演習で何度もマトラ人民義勇軍代表として指揮を執って来た将軍なので、今更部族の者達に「お前は誰だ?」とは言われない奴である。
第一師団のゾルブに第二師団のゼクラグ、それから第三師団のボレスに第四師団のジュレンカは、ラシージからは長期的に複数の政治的問題を抱える事案に取り掛かる事が避けられれば一方面を任せて問題は無いと聞いている。何れもランマルカ留学経験者であったり、実戦での指揮経験もイスタメル公国との非正規戦時代から積んでいて、あるいは独立組織の元指導者だったというのだからマトラにおいてはこれ以上望めない人材であった。
■■■
左手の具合を見るのに握ったり開いたりをする。まだ痛いが動かすには問題ない。
ペシュチュリアの連中を威嚇する為に頭領直下の親衛千人隊を護衛として引き連れ、隊列を整えて入城。田舎者みたいにキョロキョロするなと言ってから、だ。
先導そして中間にいくつか、そして最後尾には聖戦軍旗を掲げた聖職者に僧兵をつける。これから彼等ペシュチュリア人にしてみれば異形の悪魔共がこの都市を補給拠点として使用し、闊歩する事になる。明らかに人外の獣人を迎え入れる前に慣れさせるという意味合いもある。それからやはり聖戦軍という皮を被っている事を教えて抵抗感を薄める意味合いもある。下手な事をしやがったら皆殺しにするぞという意味もある。
港へ行く。既に入港しているそうで、荷捌きの最中だと共和国の外務次官に説明を受ける。またペシュチュリアの司祭からは我々は聖なる兵士達であると集会を開いて市民に説明してあるとのこと。
港までの道は共和国の兵士に混じって神聖公安軍の僧兵がびっしりと脇を固めて市民を外に出さないようにしている。石に卵一つでも投げようとしたら偵察隊が撃ち殺す事は間違いないので正しい。
市民、彼等にとっては伝説に近い遊牧騎兵を間近に見てどう思っただろうか?
兵士の列の奥にいる市民達は大人しくしている。良く見ると手を組んで祈っている人もいるので、一応聖なる兵士としては見られているようだ。
遊牧帝国が魔神代理領と敵対し、結果的に神聖教会圏諸国への支援になった歴史も過去にはあるのでそこまで心配したものではなかったかもしれない。
魔神代理領軍みたいな格好をしていればまた反応は別だったろうが、部族軍もマトラ人民義勇軍も意図してそのように見せない軍装で揃えてある。とにかく名声は我々のものにならなければならないから間違われては困るのだ。政治的にも困る。魔なる法の腕が首に来ては困るのだ。
港に到着し、親衛隊は整列待機。規律を保った軍隊であることを見せる必要があると事前説明しているので皆静かに隊列を整えている。
馬を降り、こっちに歩いてくる狐野郎と抱き合う。
「ナレザギー! これでお前の”フラル会社”が立ったな」
「ベルリク=カラバザル! そうとも。戦争のお陰でここはまるで未開拓市場だね」
体を離す。やっぱりもう一回抱きついて狐の口に唇を付ける。毛が口に入ったのぶ「ブゥ」と吐き出す。お返しに顔を掴まれてベロっと舐められた。
ビサイリ藩王国で別れて以来だ。船旅に休む間も無く始めた戦争準備で感覚が狂っていたがもう一年は経つ。
「お前の運ぶ絹を着た奴等が香辛料を食って捻り出した黄金の糞を回収するわけだ」
「ジャーヴァル料理を出す飲食店を出す準備は整えてあるんだよ。店舗も買ってある。まさにその通りにもする」
「海路はどうだ」
「極東からここまでギーリス兄弟姉妹が面倒を見てくれるんだ。これ以上何か必要かい?」
「馬鹿みたいに儲かるにおいがしているな。賢明なるペシュチュリアに良い目見せてもいいな」
「今夜は商人達との社交を兼ねた物産展を開く。僻地の蛮族に文明の彩りを見せに来た」
「おっとそれだがナレザギー、こっちの工業製品は中々見くびれないぞ。硝子と鉄鋼は侮れない。鉄はランマルカとマトラに比べたら世代が下ったように見えるけどな。硝子は上だ」
「勿論、一部は認めてるさ。そうそう、君に会わせたい人がいる」
ナレザギーが使用人に人を呼ばせる。
「誰だ?」
「見たら驚く」
少し待つと、陸揚げされた荷物の山から黒毛の犬頭が現れた。服こそ砂漠系遊牧民のようであるが間違いない。
「イシュタム=ギーレイ!?」
「先代、な」
先代イシュタム=ギーレイ、元ルサレヤ館長の高級奴隷で、今はギーレイ族のハレベの息子ニクールとしてギーレイ族や繋がりのある部族から獣人奴隷候補を集め、教育しているとは聞いていたが、ここで出会うか。
ニクールと握手を交わす。
「引退するガラじゃないとは思っていたがそうか!」
「ルサレヤ様の引退に重なったのは偶然だがな」
「タンタン」
アクファルがボソリと悪戯っぽく言った。何それ可愛いと二重に思った。彼がイシュタムと名乗っていた時は一部の妖精からタンタンと呼ばれていたものだ。
「もうその名ではないぞアクファル。む? 大分変わったな」
ニクールが目を細め、成長した子供を見る爺の面になった。魔都で一時期とはいえ目をかけていたのだ。
「我々の武術、ちゃんと磨いているか?」
ニクールは獣人奴隷騎兵が得意にする、抜刀状態で右手に刀を保持して刃を前腕に寝かせつつ、弓を構えて矢を番えて射る技だ。
「単独の戦果ならばお兄様の軍で一番と自負しております」
アクファルだけではなくジャーヴァル戦役時の少年達皆が習った技だ。戦役後彼等はスラーギィに戻って後進の育成に寄与している。カイウルクに至っては将軍になっている。
「そうか。少しでも役に立ったならそれでいい」
「少しではありません。我がレスリャジン部族の主流です。相撲も毒の調合も、馬の品種に馬具に携帯食糧の改良、細かな手法、工夫数え切れないほど取り入れています。ウラグマ州総督のギーレイ族出身の奴隷からも指導員を招いております。少しではありません」
アクファルが熱っぽく喋る姿は珍しい。初めてかもしれない。
「そうか! あの短い期間だったが、そうか、指導員をあとから……それはいい、それはいい」
歳のせいか何かか、ニクールが大分感動したように見える。自分が親から受け継いで育てたものを継承してくれているという感動は代え難いものだろう。
「イシュタム……じゃあないニクール、ナレザギーに雇われてるみたいだが、後方担当だぞ? 奴隷の育成止めて傭兵に鞍替えか?」
「育成ついでに傭兵だ。南大陸での猛獣狩りに部族間抗争程度の活躍じゃ買い叩かれるからな」
「フラル相手に戦ったって売りは高値になりそうだけどよ、前線出ないと安くならないか?」
「我々獣人奴隷騎兵が得意にしているのは?」
「夜間行動。人外の夜間視力、光が無くても働く鼻、弄りたくなる耳」
「良く聞える耳」
「とも言うな。昼夜ぶっ通しで補給部隊動かすなら確かに助かるな」
「馬を取り替えながら馬車を走らせ、昼番と夜番がつくという構想だ。全線でそんな事は無理だから重点地域限定になるし、丸一日ではなく夜明け前から動いたり、日が沈んでもしばらく動く等工夫はある。ナレザギー殿とは話を詰めてある」
「そりゃ俺には良い話だが、そっちに良い話じゃないだろ。その実績で高値で買う奴は……連続した人と馬の大規模運用知識があって経験もある奴に価値を見出す奴か。州総督級の大金持ちしか興味を示しそうに無いが、まとめ買いなら一箇所にまとまって一族離れずにやっていけるな。後は人と馬を潰さずに機能させる工夫、距離と交代制の兼ね合いに車輪寿命とか駅の間隔の調整が並の補給と違うから苦労するな。ニクールの爺様は総督代理やるくらいだから兵站業務は頭の中でまとまっているよな?」
「誰が爺様だ。それが出来ないで州総督の代わりが出来るものか」
「え、爺さんじゃないの?」
ニクールが横面で睨んでくる。正直犬頭の歳は見ても分からない。でも前見た時より確実にその黒毛には白いものが混ざっているんだが。
「お兄ちゃん?」
「止めろバカが」
「獣人奴隷と言えば騎兵で、悪夢みたいな昼夜問わずの強行偵察と軽攻撃をしてくるのが印象だったけど、そっちもありか。ありだなぁ」
「人と馬は疲れるが荷物は疲れない。車輪は別だが替えがあればいい」
「全くだ。言われなきゃ案外気付かない」
「机上演習はやった。小規模運用も実際に行った。だが大規模運用となれば実戦でしか出来ない。この戦争を実験場にさせてもらう」
「思う通りにやってくれ。略奪してる場合じゃないぞ攻撃前進だ、って言わせてくれ」
「その段階になると河川交通網の掌握が必要だろうな。山を迂回する運河がいるだろう」
「その段階になったらもう講和してるな」
「効率良く奪え。焼くべき場所とそうでない場所は現地の識者が答えを出してくれるはずだ。神聖教会の聖職者連中は為政者のように詳しい。締め上げて有効活用したから分かる」
「先の大戦か」
「奴等がいなかったらセレードまで突入する食糧は無かった」
「異端審問官が喜びそうな話だ。もしかしたら脅迫に使うかもしれないから覚えている名前教えてくれ。有効活用しそうなアテがある」
「恐ろしい奴だ。ルサレヤ様もお前みたいな狂人を拾って驚いていたものだ」
「え!? ババアが驚いてたって?」
「誰がババアだ馬鹿者」
「お姉ちゃん?」
「……うるさい馬鹿」
■■■
夜になって物産展が大規模な催し物に使われる社交場にて開催された。大きな硝子細工を使った照明器具が多く仕掛けられているので相当に室内は明るい。
ナレザギーが持ってきた展示品はどれも、バシィール城で勤務について以来見てきたような物、そして故郷ではほとんど見る機会が無かった物が並んでいる。自分が珍しいとはあまり思わなくてもここに集まって来た人々はまた別だ。いくら南部商人とは言え、海上封鎖や禁輸で東方、南方物産を扱う機会はここしばらく少なかったはずだ。
ペシュチュリアの貴族は漏れなく商人である。名声は武力より財力に宿る土地柄だ。別に馬鹿にしているわけではなく、財力は海軍力に直結するので馬鹿にしたものではない。陸軍力だけなら極端な話、人口さえあれば貧乏でもそこそこ揃えられる。
ナレザギーそして社員の狐頭達が会社が取り扱える物産を流暢なフラル語で説明する。
「香辛料、こちらは非常にお安くなっております。なぜならば我が社が所有しているジャーヴァルの農場で作ったものだからです。中間手数料など無いのだから高いはずがない。どうぞお試しに香りを楽しんでみてください。よろしかったら直接齧っても構いませんよ」
赤い辛子を大胆に一本そのまま齧った男が咽て苦しんで笑いを誘っている。
「こちら同じ重さの金よりも高く希少な大粒、これほどの大粒の物はこの世に無いリュウトウの真珠です。ご覧下さい、この世の物とは思えないでしょう? そこのお美しいお嬢さん、買わなくても結構ですからこの首飾り、付けるだけ付けてみてはいかがでしょう?」
付けるだけ付けてみて、腰が抜けそうな程に喜んでいるお嬢さんと、笑いながら冷や汗をかいている風に見えるその父親。
「さあさあ見てくださいこの美しい筋肉。魔神代理領の汗血馬ですよ。その足の速さは天下一でございます。少々、ご本人様達の前で言うのは辛いところでありますが、遊牧帝国の馬には決して負けぬ脚があります。乗って走ればその速さに惚れる! 皆様は商人もいらっしゃいますね。では伝令の速度がいかに重要であるかはご承知の通りであります。さあ、誰よりも早く情報戦に勝ち抜きたい方はどうでしょうか!」
速い事には速いが持久力は我々の馬以下だ。粗食に耐えないし脚も折りやすい。この野郎、とナレザギーを睨んだらお辞儀してきやがった。まあ商売人の売り文句にケチつけてもしょうがないが。
「さて鑑定眼に自信がある方はご覧ください。こちら、一見単なる材木でございます。しかし触って、持って、香りをどうぞお確かめ下さい。栴檀、黒檀、紫檀、鉄刀木、胡桃と銘木揃いです。楽器、家具、内装、一段階他人と差がつきますよ」
手に持って振り、においを嗅いで唸っている商人がいる。
「こちらは非常に希少な美術品となっております。魔神代理領から東大洋の不思議な品々をご覧下さい。そしてお勧めはマトラの妖精が作った彫刻となっております。名のある彫刻家ではありませんが一度その作品をご覧になって下さい。素人の目でも分かる程にまるで生きているように作られています。私共としましてもこのような逸品、お安く大量に売りたいところではありますが、作り手が限られておりますのでそのようには参りません。普通の彫刻よりお高くなっておりますが、是非一度見てください。人間が作った物とは明らかに違う作品だと分かっていただけるはずです」
物産展は盛況で、各地の銘酒の試飲等も行っているのでちょっとした宴のようにもなってくる。そうすれば口が軽くなり、海賊セリンに対する恨み言も出てくる。「船があれば自分で買いに行ける」というのは良く聞える。その話の流れから我々も東への貿易拡大に乗り出そうという話が広がり始める。それを聞き逃さずにナレザギーが口上。
「東大洋はアマナ直輸入の絹です。染色して模様が付けてあるもの、染色していない無地もあります。絹の製法は門外不出、仮に教えられたとしてもこの地で技術が根付くかは正直疑問ですね。まさかあんな風に絹を作っていたとは、私は初めて見た時に驚きました。その絹はレン朝でも生産しておりますが今やかの大国は激しい内戦中でまともに輸出する余裕も有りません。陸路での輸出も危うくなる事でしょう、実際にその量は大幅に減少しております。しかし我々は安全な海路での輸入を実現しております。海路には海賊が出るから安全ではない? そのように思われるのは当然です。しかし我々の荷を運ぶのがその海賊、それも大海賊ギーリスの子供達ならばどうでしょうか。その海を知り尽くした最強の海賊が運ぶのですよ? 誰が横から奪えるのでしょうか。我々は魔神代理領にて会社を構えます。その為関税は無く、そして航路は開拓済み、中継港も知り尽くしていますので非常に速やかに輸送が出来ます。今日、我々の早さで商品を運べる船団はおりませんよ。自信があるというのであればよろしい。ダッスアルバールから魔都へ、南大洋を出てジャーヴァルの各都市へ寄港しつつ南洋諸島を横断して東大洋に出る船旅をご想像下さい。現実的ですか? 北大陸と南大陸の間の海峡を通りますか? あそこは海軍に封鎖されていますね。南大陸を南に回りますか? 氷土大陸からこぼれ落ちた氷山が漂うあの死の海域を? ロシエの船は熟知しているようですが、それは多大な犠牲を払った上で開拓した航路です。北大陸を北に! これこそ冗談でしょう。新大陸の北と南ですが、発見した冒険航海家はご存知ですか? もし現れたとしてその航路が公開されるのは何時でしょうか? その航路は実用的なのでしょうか? そういう事です」
船があるのと経験のある船員と航路に輸入元を確保しているのはまた別の話だ。現実に引き戻された商人達が諦め顔を見せる。またこの反応からロシエが南大陸の南回り航路を外国へ秘匿している事も分かる。秘密の中継港もありそうだな。
展示品に夢中でこっちに構ってくるような暇人はいなかった。草原の馬の商談や、軍需物資の売り込みはあったが、それもナレザギーに一本化していると話して終りだ。
後はフラル語が分からないシゲが恐い顔で睨みを利かせていたのでそんなに人も寄って来なかった。
アクファルの着ている旧セレード部系の遊牧衣装は彩り鮮やかで刺繍が細かいのでご夫人方からちょこちょこ質問があったが、フラル語はまだ勉強中だったので会話にならず。ただ手習い程度に刺繍が出来る相手には針布を使って縫い方を見せ合っていたのは微笑ましい。
夕食会はペシュチュリア総督官邸で行われた。料理はナレザギーが開店する予定の飲食店の料理人が調理する。
料理はナシュカには及ばないが美味い。たぶん他の人が食べれば同じくらいと言うだろう。そんな程度だ。
ペシュチュリア貴族には異国の料理はご好評で、ただ香辛料の大量投入に慣れていないので好き嫌いは散見された。開店したら現地の人の舌に合わせて料理を調整するとも説明がされていた。
■■■
神聖教会の助力で大きな騒動も起こらず、ペシュチュリアから本軍へ戻る。道中雨だったがイスタメルの寒くて病気になりそうな降雨に比べれば冷たさも量も大したことは無かった。
戻って早々だがジルマリアたんが不機嫌である。しばらく構ってあげてないから拗ねてるのかな? アクファルが何時の間にか偵察隊から貰った翡翠と瑪瑙だけで組まれた首飾りをしているのに嫉妬か? どっちも違うだろうな。
「あの身辺警護要員を外して頂けませんか? 気が休まらないのですが」
「ルドゥ、男をつけてないだろうな」
ジルマリアには偵察隊の女性隊員を警護につけておいてある。至宝であるからして厳重にだ。暗殺されると困る人材なので相手もそう考えると想定している。
「大将、あれは女だ。おい」
「はい」
何の躊躇いもなくジルマリアの警護についていた女性隊員はズボンを脱ぎ、一本ついていない事を示した。
「そういう事ではありません。その不気味な格好で近くにいられるのが嫌なんです」
「格好を見せろ」
「はい」
女性隊員はズボンを履き直し、ルドゥの前で気をつけ。右向け右を、間を空けて四回繰り返して一回転。それから帽子を脱いではっきり顔を見せ、頭右、左、上向いて、正面、被り直す。外套を脱いで裏表見せ、羽織り直す。
「奥方、何がおかしいんだ?」
「奥方ではありません」
女性隊員の前に行って屈んで両の頬を摘まむ。
「こんな可愛いのにどうしてだろね?」
女性隊員がニコっと笑ったので、抱き上げてジルマリアにその顔を見せる。
「どうだ参ったか?」
「まいったかー」
ジルマリアがしかめっ面になって、そっぽを向いた。勝ったな。
「で、何が気に入らないんだよ。こうやって抱っこしたり。お菓子あげたりしてもいいんだぞ」
女性隊員を降ろす。
ジルマリアはしばらく沈黙を貫き、息をフゥーと吐いてから喋り出す。
「言わなくても分かるかと思いましたが勘違いだったようです。その服装、人体を加工してますね。それです」
「服装ねぇ」
帽子。人間の歯と干し首が交互に並んだ飾りつき。
外套。綿製だが要所を人の手の平の革で補強してある。
上着。人面革を重ねた胸当てで補強されている。
手袋。人の前腕革を重ねたもの。
小銃。硝子玉に眼球の外側を貼り付けたお守り付き。
短剣。鞘は完全な骨細工。
「この目玉良くできたな。綺麗な形で作るの難しいだろ」
「十個潰してやっと出来ました!」
上手上手と頭を撫でる。
「もういいです」
「お、そうだこれお土産」
ニクールに作って貰った異端者候補表と、白地のアマナ絹に黒で植物紋様が刺繍されたスカーフだ。派手なものは嫌いだろう。
「先の大戦で当時魔人代理領軍に協力していた者達だ。脅されて、ではあるけどな」
「誰から入手しましたか?」
「当時セレードまで侵攻してきた軍の指揮官直属の獣人奴隷の証言だ。食糧確保に協力的してくれたそうだぞ」
「なるほど、とっかかりの道具にはなりそうですね。ありがとうございます」
それからジルマリアは修道服の頭巾を外し、代わりに丸めた白い頭から首にかけてスカーフを巻いた。
「良いだろ」
「どうも」
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