第118話「神の鞭」 ベルリク

 侵略初日。

「頭領報告! イスルツの封鎖完了。天気は良いから一人も逃がさないよ! 入ってこようとした奴に逃げようとした奴は捕縛、抵抗した奴は殺したよ!」

「よし」

「将軍閣下、先行した第五騎馬軽砲兵連隊四十門が砲撃準備を完了しました。何時でも撃てます」

「よし」

「それでは私が降伏勧告へ向かいます」

「よし」

 レスリャジン部族旗、マトラ自治共和国旗、聖戦軍旗の三つが本陣に翻る。聖戦軍旗が掲げられている事が今作戦において重要である。武力行使が誰の意思で行われているかを明確にさせておかないと各所からお叱りどころの話では済まなくなるのだ。

 修道司祭であり、聖女猊下の手先でもあるセデロと聖戦軍旗手を務める助手の修道士がイスルツ市の正門前へ騎馬で行く。我々は傭兵。主役はあちらだ。

「ねー頭領、見せしめにあの街ダルマフートラみたいにやっちゃわないの?」

 喋り方は変わらず可愛い少年の如きだが、結構な男前に成長した我が親戚カイウルクが言う。

 カイウルク初め、我が部族の兵士達はただの”騎馬蛮族”と見られないように遊牧民衣装を軍服風に調整した制服を着ている。自分の服もそれである。

「それはまだ先だ。今はまだ敵の目が開いて立ち上がる前に一気に拠点を取って骨抜きにする時期だ」

 過去にセレードと連合前のエデルト軍がオルフ諸国と行った塩戦争ではそれが効いた。常時ほぼ戦時体制に近いオルフ諸国相手でもだ。

「うん分かった」

 それからカイウルクはえへへーと笑う。何て可愛いんだこんにゃろめ。指で顔を突っついた。

 セデロが降伏勧告の口上を述べる。

「聖領ウステアイデンに属しているにもかかわらず自治という名の占領を続けるイスルツ市長セベスハルト・ギューネンビュルゲンに告ぐ。我等は聖なる神と聖皇聖下の名の下、第十六聖女ヴァルキリカ猊下の聖戦軍である。イスルツを包囲する軍の指揮官は名高きベルリク=カラバザル・グルツァラザツク・レスリャジン将軍。アッジャール朝、ジャーヴァルの反乱帝国、レン朝の軍勢を相手に無敗を続け、百万に届く兵士と民衆を血の海に沈め、街を焼き滅ぼしてきた恐るべき神の鞭である。この鞭を一度浴びたならば、このイスルツとその民は地上より消え去るであろう。死と破壊から逃れたくば降伏せよ。降伏こそが神が汝等に与えた救いであり、それ以外は無い。これは聖なる神の代理人たる聖皇聖下の発言であると心得よ!」

 即答ならず。

 しかしセデロの兄ちゃんは敬虔な面してノリノリだな。”神の鞭”だってよ。滅茶苦茶カッコ良いじゃないか。異教徒よりも異端者に厳しいのが宗教だが、異教徒使って異端者を滅ぼそうとは中々、有り難いことだ。

 空を見る。今日は天気が良く、流れる少ない雲は若干早めだ。魔神代理領イスタメル州との国境に近いこの辺りの地域は雨量がそこそこにあるので近い内に雨が来そうだ。もう少し西に北へ進めばもう少し乾いてくる。

 殺し合い付きの観光にやってきたとも言えるアマナ武士でセリンの親戚のヒナオキ・シゲヒロこと――もう身内でいいだろう――シゲが、望遠鏡でイスルツ市を眺めて「ほぉ!」だの「うんー」だの唸っている。イスルツ市は魔神代理領との最前線にある都市だ。街は台地にあって城壁は星型要塞の形を取る。イスタメル側には軍事利用のみに特化した外塁が突き出ていて、侵入を阻むように水濠が掘られている。それと郊外には要塞が二つもある。まともに攻城戦をやったら相当に時間が掛かるが、そこはそうしなければいいだけだ。

「ラシージ」

「はい」

 ラシージは今までの魔神代理領の軍服から改め、マトラ人民義勇軍の灰色の軍帽軍服姿になっている。前までの布巻き頭も可愛いが、こっちの姿も親父の服を着せられた子供みたいで可愛い。

「催促」

「はい。第五騎馬軽砲兵連隊、目標外塁向こう側の城壁、弾種榴弾、一斉射撃開始」

「目標外塁向こう側の城壁、弾種榴弾、一斉射撃開始」

 妖精の砲兵指揮官が復唱。ラシージがマトラ人民義勇軍の指揮官で、この砲兵指揮官は各師団に所属している八個砲兵連隊の指揮官である。作戦に応じて砲兵連隊の指揮権を各師団長から受け取る権利があるそうだ。砲火力の集中運用の為に必要であるという。

 砲兵達、マトラ人民義勇軍兵士何れも魔神代理領の軍服ではなく濃淡ある斑な灰色紋様の軍帽軍服である。砲兵指揮官並の高級士官はラシージのような紋様無しの灰色の服になっている。

 決別ではないが、我々は魔神代理領の為だけに働く兵隊ではなくなったのだ。行動もそうであるが服装、見た目でも示している。

「目標外塁向こう側の城壁、弾種榴弾、一斉射撃開始!」

 第五騎馬軽砲兵連隊各砲が砲弾と火薬を手早く装填し、照準を定め、一斉射撃の合図を出す旗手へ準備を完了した事を、手旗を揚げて報せる。

 展開している全大砲の手旗を指差し確認した旗手の旗上げを合図に一斉射撃、城壁を叩いた直後に榴弾が炸裂して表面を崩した。外塁を越えられずに当たった砲弾は三発、城壁を通り越して市街地に飛び込んだのが二発だ。四十発も撃って弾着修正無しにこれだからたまらない。

 静かな空へ一つに重なった砲声が良く響く。

「ラシージ、市街地中心部まで届くか?」

「装薬量と射角の調整だけで可能な間合いに展開しております」

 そして勿論、我が砲兵隊は射程距離に勝る施条砲なので敵の外塁に設置してある大砲の射程距離外にいる。

 出来る限り大声を出す。

「降伏しろ! 次は市街地だ!」

 セデロが合わせる。

「その身に死が降りかかる前に降伏しなさいイスルツ市長セベスハルト・ギューネンビュルゲン! 神が救いの手を差し伸べる事は早々無いのですよ!? そうでなければ不幸な信徒等おりません。さあ、一言言いなさい! それで救われるのです!」

 この責任者である市長の名前を呼んで責任を突きつける喋り方が中々に巧妙ではないかと考える。こんな状況に陥ったのはお前のせいだと明確にされるのだ。

「お兄様」

「おう」

 アクファルが伝令から受け取った手紙の中から優先順位が高い物を持ってくる。我が妹には久し振りに秘書業務をさせている。

 我等が、と言いたいが、部下に神聖教徒は数えるだけしかたぶんいないので、俺の聖女ヴァルキリカからのイスルツへの神聖公安軍派遣了承の手紙、それから聖皇領で管理している銀行に新設された自分の口座への入金証明書。侵攻予定日を送って返しの時差とエデルト人の用意周到さと迅速さから考えれば既にこちらへ部隊は進んでいるだろう。包囲中に合流するのはちょっとカッコ悪いな。到着したら陥落してましたの方がカッコ良い。当たり前だ。

 次にナレザギーからの輸送船の航路予定表。第一陣は夏の始め、本格的に大量の物資を運んでくる第二陣は秋にシェレヴィンツァ入港予定とある。冬前に南部諸侯から港を奪えば良いということだ。

 今は春の泥濘が過ぎた初夏だ。第一陣は現地で受け入れ体制を整える程度なので秋前までなら余裕はあるが、だが時の出血は遅いようで早いのでのんびりもしてられない。ナレザギーには是非我々の旗が立っている”フラル”の港にサクっと入港して貰いたい。こっちの方が格好良い。

 口座の入金金額は我が指揮下のレスリャジン部族軍とマトラ人民義勇軍を、例えイスタメルからの流通が切れても現地で略奪無しでも、在庫があれば来年までは食い繫げるだけある。流石は聖女猊下、どこから毟り取った金かは知らないが気前が良い。

 手紙からの現状整理が完了した。

「ラシージ」

「はい」

「お喋りしたくなるようにしろ」

「はい。第五騎馬軽砲兵連隊、目標市街中心部、弾種榴散弾、一斉射撃開始」

「目標市街中心部、弾種榴散弾、一斉射撃開始」

 妖精の砲兵指揮官が復唱。

「目標市街中心部、弾種榴散弾、一斉射撃開始!」

 騎馬砲兵隊各砲が砲弾と火薬を手早く装填し、照準を定め、一斉射撃の合図を出す旗手へ準備を完了した事を、手旗を揚げて報せる。

 展開している全大砲の手旗を指差し確認した旗手の旗上げを合図に一斉射撃、中心部には届かずとも全弾が市街地へ飛び込んだ。時限信管なので誤作動を起こしていない砲弾は全て空中で炸裂。鉛玉が市街地に降り注いで愉快な事になっているだろう。

 ラシージの下へ砲兵の伝令がやってきて報告。

「第一砲兵連隊です。砲撃準備完了」

「将軍閣下、第一砲兵連隊四十門が砲撃準備を完了しました。何時でも撃てます」

「よし」

 今回はレン朝相手みたいに海は渡らずに陸路でしかもお隣さんに攻め込む状況だ。第一から第三の砲兵連隊合わせて百二十門、第四から第五の騎馬軽砲兵連隊で八十門、第六の臼砲兵連隊で三十門、第七の重砲兵連隊の二十門で二百五十門の大砲が揃っている。それから第八噴進砲兵連隊にはジャーヴァル式の火箭も用意させている。全く、二百五十門もの大砲を良くもあのマトラだけで作ったものだ。そしてそれが使える砲兵も一体どこから生み出したものか? まあ股からなのは確かだが教育出来ているのが驚きだ。演習場ならマトラにもスラーギィにいくらでもあるけども。

 望遠鏡でイスルツ市を見る。外塁の砲兵達が慌てるを通り越してうな垂れているのは見える……ん? お、白旗が立ったな。

「ラシージ」

「はい」

「降伏の事実が確認されるまで市街地を目標に射撃準備待機。主力四個師団はそのまま次の目標フェレツーナまで前進だ。独立第一保安旅団は降伏確認後神聖公安軍と合流まで市内待機」

「はい」

「カイウルク」

「うん」

「ラシージと相談してフェレツーナまでの街道を先行して確保しろ。橋道路の要整備箇所の確認を忘れるな。斥候狩りは徹底的にしろ。軍服着てれば生け捕りか出来なきゃ無理しないで殺せ。そうではなくても胡散臭いのは見逃すな。外れも当たりもあるがとにかくやらないと当たらないからな。ただ神聖公安軍には手は出すなよ。旗は分かっているな」

「大丈夫」

 開戦初期の衝撃力は敵の耳の遠さにある。それから同士討ちを避ける為に神聖公安軍には分かり易い格好で常に集団でいるように要請してあり、聖女猊下も斥候狩りの重要性と同士討ちの可能性については了解してくれている。

「アクファル、シゲ来い」

「はい」

「応、大将!」

 馬を早足で進ませる。そして何も言わずともルドゥに斥候隊が続く。

 セデロの隣まで行く前にイスルツの方から身形の良いおっさんと護衛の騎兵と白旗とイスルツ市の旗を持った旗手がやってくる。

「イスルツ市市長セベスハルト・ギューネンビュルゲンです」

 市長は脂汗をかいて息を弾ませている。顔色も悪い。

「聖戦軍にて使者を務めております修道司祭セデロです。こちらはグルツァラザツク将軍です」

「初めまして」

 帽子を脱いで胸に当てて礼をする。市長が返礼。

「初めまして。これは、魔神代理領軍ではないのですか?」

「魔神代理領出身ではありますが我々は傭兵です。聖女ヴァルキリカよりお金を頂いて動いております」

「では大戦ではないのですか」

「その通りです」

「はぁ……」

 力なく市長は俯いて、鼻をすすりつつ少し泣き始める。

「失礼、この世の終りかと思いまして。これを、門の鍵です」

 イスルツ市の門の鍵がセデロへ、市長自らの手で渡された。

「確かに。イスルツ市は聖戦軍の管理下に移ります。後で神聖公安軍の者が出向きますのでご協力を願います」

「はい。神聖公安軍も聖女ヴァルキリカの軍でありますか?」

「そうです。各騎士修道会を中心にして聖職者や神学生そして有志民兵によって構成されております。敬虔な方々ですので乱暴狼藉は働かないとお約束します」

「そうですか、良かった? いやいや、そうですか」

「彼らが到着するまではこちらグルツァラザツク将軍の兵が監視をさせて頂きます」

「まさかあの騎馬蛮族、あーいや、申し訳ない、彼等ですか、まさか?」

 騎馬蛮族と呼ばれても今更ではある。

「いえ。マトラ人民義勇軍より妖精の兵士達です。彼等は極めて厳正な規律を持って行動しますのでそちらから手を出さない限りは問題ありません」

「妖精? ああ、妖精使いのお噂は聞いております。ああ、そうですか。はい、徹底するようにします」

「私が言うのも何ですが妖精達は厳正な規律で動きますので下手な融通は利きません。それに女子供老人に赤子でも容赦無く迷いもせずに殺しますので徹底は絶対にして下さい」

「赤子……赤子まで、はい。妖精ですからね、はい。分かりました」

「細かい注意事項は担当とお話下さい。ではこれにて」

 馬を走らせる。イスルツ市にもう用は無い。次の目的地まで休んでいる暇は無い。

「聖なる神に栄光あれ!」

 セデロが叫んだ。聖戦軍旗が振られる。

「勝鬨を上げろ、我が軍の勝利だ!」

 刀を抜いて振り上げつつ馬で走る。皆も応じて刀に旗を振り上げ、銃で空を撃ち、笛を鳴らしまくって喚声を上げた。

『ホゥファー!』

『ウォー!』

「新しいレスリャジン万歳!」

「古きセレード万歳!」

「俺等の頭領は最強だ!」

「マトラ万歳!」

「革命万歳!」

「国家名誉大元帥よ永遠なれ!」


  敵は何処か、知るのだ同胞よ

  奴らはいる、隣にいる、我らを吸血する奴ら

  その汚らわしい手に噛み付き、食い千切れ

  剣を持て! 吸われた血を大地に還せ

  その大地を耕し、豊穣とせよ


  敵は何処か、見つけた同胞よ

  奴らはいる、そこにいる、我らを滅ぼす奴ら

  あの汚らわしい首を落とし、穴に放れ

  銃を持て! 戦列を組んで勝利せよ

  革命の火を広げ、世界を創れ


 旧セレード王国属のアベタル氏族旗、スタルヴィイ氏族旗、シトプカ氏族旗、フダウェイ氏族旗の四旗と、スラーギィ氏族旗、カラチゲイ氏族旗、ムンガル氏族旗、プラヌール氏族旗の四旗を合わせて八旗の騎兵隊が喜ぶようにイスルツ市外周を駆け回り、地響きを鳴らして土埃を盛大に上げる。

 スラーギィ氏族とは亡命アッジャール人やオルフ人を合わせたもので、くっつけて命名した。

 レスリャジン氏族旗は部族旗に昇格したのでもう無い。細かい民族で言うと九つの旗には全く収まらないが、大別するとこの九つとなった。一つの氏族旗で千人隊になっており、レスリャジン部族旗も含めて九千。そして各氏族から集めた頭領たる自分直属の親衛千人隊を合わせて一万人隊である。多少の誤差に数合わせはあるが概ね遊牧民伝統の十進法による部隊編制にしてある。

 カイウルクが自分の留守中に両オルフとの交渉で旧セレードの同類氏族達を招き入れたのだ。それからジャーヴァルでスラーギィへ誘った氏族の噂が飛び火して遠路遥々やって来た者達もいる。全くカイウルクの奴め”親父代理”をしてやがった。既に正式に頭領代理としている。

「一日で落としたぞ!」

「一日じゃねぇ、昼飯前に落ちた!」

「誰か死んだか!?」

「誰も死んでねぇ!」

「やっぱりカラバザルの頭領は最強だ! 俺は最初から知ってたぞ!」

「おい俺達の親父が信用ならねぇって言った奴いたろ! 出てきやがれ!」

 ”息子達”が大騒ぎだ。

 一挙に南部へ橋頭堡を築く。

 ナレザギーを迎え入れる港が必要だ。中部に海から一直線に補給線を繋げるのだ。

 歩兵八個連隊、騎兵三個連隊、砲兵二個連隊、工兵一個大隊、補給一個大隊による一万四千名の主力の師団が四つ。師団からは独立した山岳歩兵二個大隊、工兵一個旅団、補給一個旅団、保安二個旅団、工作一個大隊も追加して六万五千名。マトラ人民義勇軍の現兵力だ。魔神代理領各地やオルフから買取った者達も含めるとはいえ、まるでアッジャールの大侵攻で人口が激減したのが嘘のようだ。

 レスリャジン部族一万とマトラ人民義勇軍六万五千の七万五千で侵略する。

 刀を鞘に収めて本陣に戻る。

「あの将軍、出番まだですか、ね?」

 癖なのか痒くもなさそうな頭を掻きながらアリファマが不満を、言いたくなさそうに言ってくる。彼女筆頭のグラスト魔術戦団から引き抜かれてきた分遣隊は実戦を肌身で感じて身につける為にきているのだ。そんな代表としては言わざるを得ないだろう。

「もうちょっと待って下さい。降伏勧告に応じない連中は絶対出てきますから。今は気力を攻撃する動きが功を成します。実際的な攻撃はもう少し先です」

「はあ」

 アリファマ分遣隊は五百だ。数は少ないが総合火力は五万人分くらいあるだろう。

 正直、合わせて十万級の軍を率いている自信がある。勝つべく戦えば勝てる兵力だ。油断と容赦さえしなければ絶対にこの戦争はいける。

 絶対だ!

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