第107話「篭城」 フンエ

 サウ総校尉の編成した部隊は予備役の正規兵、技術官という名の街の職人を基軸に敗残兵と民兵を交えて編制され、南門より西側の城壁を担当する。敵が一番強力に攻撃して来る箇所、本正面の一翼だ。

 この部隊に配属されてまもなく秋。現在の状況を反映してはいるが扱いは良い。総校尉が大分苦心して多めに食糧を調達してくれるし、甘味や煙草等の嗜好品の配布……病気が流行っていない売春宿の紹介までしてくれる。対価として義務、命を要求しているのは明確ではある。

 秋と言えば実りの季節。収獲時期であり繁忙期で、収穫祭や豊穣祭では冬や春先に餓死するかもしれないので全力で騒ぐものだが。

 城壁からの眺めは酷い。一面、急いで雑に刈られた畑が黒と灰色に焼け、秋雨を浴び、賊軍に踏み荒らされて泥になっている。戦闘後は勝敗に関わらず死体は回収する約束になっているが、それでも確実にあの泥の中には血や肉片に糞小便が交じり合い、その上にヤンルーを取り囲む包囲陣がある。

 大騒ぎではあるが祭どころではない。歴史書によれば包囲が長期になると、意外と敵と地元住民の交流が始まって祭のようになるらしいが、今は凄惨な時期だ。

 賊軍による第一次攻撃は凌いだ後だ。しかしそれは時間稼ぎであり牽制の攻撃であった。既に塹壕や砲台に見張り台、家屋の基礎工事が進み、多くの資材が集結中で相手側を見直す度に作業が順調に進んでいる。その奥の方では既に敵が寝泊りする天幕が群れをなし、深紅の革新旗が並び、巨大な革新四方霊山大旗がそそり立つ。加えてその手前、こちら側には尖った杭で組まれた馬防柵が既に大きく無数に展開している。

 捨石となってあの作業を妨害する為の突撃作戦に参加する事が無くて良かった。敵の牽制攻撃に救われたかもしれない。あれが無かったらたぶん死んでいた。

 今はまだヤンルーの八方にある正門と繋がる巨大な跳ね橋は上がった状態だが、それが下ろされて突撃を行う事は今後あるかもしれない。

 状況によっては脱走しないといけない。まだ死ぬわけにはいかない。理由は……生きるのに理由は要らないじゃないか。

 今日も城壁が賊軍の砲撃によって、今すぐに崩落するような事は無いが、少しずつでも崩れていく。あの包囲陣完成のための牽制である。総攻撃前に少しでも城壁を脆くしておく為の準備期間だから手を抜くな、とサウ総校尉は少ししつこいくらいに毎日言っている。理屈はその通りだがうんざりするのも確か。

 砲弾が降る中での補修工事は撃ち返して反撃するでもないので一方的に被虐される気分を味わう。やり返せないというのは大分気分が悪い。

 一度着弾した箇所には二度と着弾しないという戦場伝説がある。初めてそんな事を聞いたが、砲撃中はそれでも城壁内部からの補修作業である。

 この状況で乗り籠を下げての外側城壁の修復はするのは罪人部隊の担当である。逃げようとすると槍で突っつかれる。今は、であるが。

 こちらはたった今城壁に着弾し、城壁内通路まで崩れた箇所を修復する。技術士官という名の大工のおっさんの指示に従って動き、用意してあるレンガの形に合わない場所があれば、石切鋸で合うように整形し、糊付けして積んで穴を塞ぐ。それから飛び散った土や石を集めて中身を詰める。折れた木材を外し、新しい物を付け直して骨組を作り直す。そして内側のレンガも積み直して糊付け。糊が乾く前にまた着弾するかもしれないが、そんな事を気にしていたら何も出来ない。

 城壁は下層部が一つ運ぶだけで牛が何百頭といる巨石で組まれ、中層が馬二頭くらいで運べる石で、我々が補修している上層は普通のレンガである。かなり分厚く組むが。

 大砲の砲弾は基本的に真っ直ぐ飛ぶのだが、やはりある程度飛ぶと弾道が下がってくる。

 少なくなってきたレンガと糊を取りにいこうと外へ出る。最近一緒に行動している仲間と取りに行く。ヤンルー出身で禁衛軍の消滅した部隊にいた奴だ。

「こちらにもあの巻上げ機を設置して欲しいですよね」

 名前はケン・カランという都会者で、身振り口振り全てが上品だ。新兵である。

「出来たらしてるんだろ」

 他所の補修現場ではわざわざ長い階段を上り下りして手運び等せず、手で歯車を回して綱を巻いて大きな籠を上げ下げしているのだ。手だけで回すのではなく、体で押して巻く型なので大分楽であろう。

 城壁内側の端を砲弾が掠って石が散る。ケン・カランの首が半ば切れ、裂けて横に折れ曲がって血を噴いて城壁内側の真下まで落ちる。

 直撃より破片が恐ろしいという戦場常識がある。

 長くて急な階段を下りて背負い籠にレンガを積み、縄で縛って固定して杖を突いて上る。腰が砕けそう。骨の中身が弾け飛ぶんじゃないかと思えてくる。

 先に桶で糊を運んでいた仲間が砲撃の揺れで階段から落ち、糊を被りながら落ちて来るので避ける。避けたらそのまま下へ落ちていった。大荷物を背負った状態で庇おうものならこっちが死ぬ。この階段には手すりなんて親切な物は無い……隣の階段にはあるが。

 レンガを運び込むこと何往復か、それから追加で砲撃で折れた光明旗の旗竿の代えの束、考えるのも嫌になった頃にどうやら賊軍の大砲が一門、暴発して火薬に誘爆し、周囲を吹っ飛ばしたようだ。

 砲撃が止む。本日の定期便は終了かな?

 有志の女性方が、砲撃が止んだ後も続く城壁の修復をしていると食事を運んでくる。野菜と豆と芋が入ったお粥と、お茶である。茶葉なんて高級品を兵士に配るとは、このヤンルーは包囲されている気があるのか?

 人が死ぬのは毎度の事であるので、それは食事を中断させる理由にはならない。サウ総校尉は食べながら部隊の死傷者の集計しているが、下に落ちた死体はそのまま。たぶん、下にいる協力している住民達が片付けているはず。

 他所では何やらこの砲撃が中断した頃合を狙ってか、大型機材が次々に城壁の上に揚げられている。どうやらバオン関で活躍したという集光機らしい。

 少々有名な連中で、軍人でもないサウ・ハレンという足の悪い奴が指揮を執っている。サウ総校尉の弟らしく、兄弟で何やら話し合っている。故郷の兄弟は飯が食えてるかな?

 食べ終わって補修作業の続きをし、時間になったので夜番を残して城壁を下りる。

 宿泊場所は城壁の近くにある民家だ。城壁で直接勤務する兵士は直近の民家や宿等に下宿する事になっている。現場と宿が非常に近いので緊急出動も容易であり、そしてこの城壁を守らないといけないという気力が沸いてくるようになっている。軍の上層部も良く考えるものだ。

「あの、ただいま」

「お帰りフンエ。怪我無かったかい?」

 家の婆さんが優しい。守ってやらないといけないと思えてくる。

「うん、大丈夫」

「今日、兵隊さんが落ちて来て死んじゃったけど、階段には気をつけるんだよ」

「うん」

 でも可能な限りだ。

 家は狭くて割り当ては自分一人。家と家の隙間に無理矢理建てたような所なので仕方が無い。

 家の裏にある、周辺の家が共同で使っている井戸で水浴び。しかし凄い、戦闘中なのに体が洗える!

 頭を洗って手を見れば白髪がついている。髪が白に生え変わってきている。爺さんみたいな白髪頭らしく、婆さんがその歳で苦労したねと、何ともいえない顔で初めて会った時に言っていた。

 洗い終わると婆さんが着替えを用意してくれていた。もうこの婆さんと結婚しようかと思えてくる。

 母ちゃん元気かな?


■■■


 牽制の砲撃が続いて一月が経った。城壁から見下ろす位置に不自然にへこんだ地面が三つ程ある。あれらは賊軍が掘った地下坑道を、我々官軍が対抗の坑道を掘って爆破して潰した跡だ。

 賊軍の包囲陣は良く建設された。空掘、馬防柵、低い石壁、盛り土、丸太柵、見張り台、砲台、木製だが砦すらある。もう少し経てば石作りの城すら建つのではないか? もう一つ城壁でヤンルーが囲まれているかのようだ。敵の防御が固まってしまっている。

 防御が固まった以上、する事がある。敵が総攻撃を開始した。

 どこから出てきたのかと思うほど、地面を埋め尽くすように賊軍の兵士達が並び、革新旗の深紅で覆われる。この南側だけではなく、八方から押し寄せていると聞く。ヤンルーは八角形の城壁を持ち、八つの正門を持つ。一体何万、何十万いる?

 バオン関で猛威を振るったと言われる集光機が何百枚もある鏡の角度調節している。つい四日前にようやく望む威力が出るように改良が終わった兵器だ。近距離なら焼き殺し、遠距離なら目を潰すという。

 脚が悪いというか無くて義足らしいが、そのサウ弟ハレンがサウ総校尉とその兵器を使おう手筈を話し合っている。適当に照らして焼いてとはいかないのだろうか?

 城壁上にいる砲兵の一人が点火用の導火竿を持って、集光機に近づく。何だ? と思ったら、懐から袋を出してそれに火を点け……仲間の陰へ行くように伏せる。裏切り者!? ここでか。

 爆発、鏡の砕ける高い音が混じって悲鳴が続く。起き上がれば、爆風に集光機の操作要員が吹き飛び、周囲の兵士達、仲間も含めて硝子の破片が刺さって血塗れになって苦しんでいる。

 サウ総校尉だが、弟ハレンを庇って背中を硝子にズタズタにされている。一応気にして様子を見るが、二人とも死んでいる。サウ総校尉は背中どころか頭から首にまで硝子に金属片も刺さって血塗れ、弟ハレンは城壁の床である石に頭を強烈にぶつけていて出血しており、触ってみたが骨が割れて押せばへこむぐらいになっている。

 指揮官の死体を運ぶ口実で逃げるかと考えたが、お互いに砲撃を始めており、手早く副官の奴が指揮を執り始めたのでそれは叶いそうになかった。死体と怪我人は放置して撃ち返せという命令だ。

 地面を覆っていた賊軍の兵士が前進を始める。攻城塔もその中に何十と混じっている。勇気を奮い立たせるためか大太鼓を鳴らし、頭に響くような高音を出す縦笛を鳴らしている。

 賊軍が前進してくる。迫ってくる。人なのにまるで水のようにうねっている。人の海か。

 迫撃砲での射撃が始まる。炸裂する榴弾。城壁を崩すには力は足りないかもしれないが、人を殺すには十分過ぎる。城壁正面に当たれば意味は無く、城壁の上に直撃すれば我々守備隊が死にまくり、城壁の向こう側に落ちれば民家や集積している軍事物資に当たる。

 こちらの迫撃砲は連射するようにとにかく発射。どこに着弾しても敵を殺せるぐらいに密集している。

 そして城壁裏にある遠投投石機。大砲と違って弧を描いて飛ぶので、調整次第では城壁の裏からでも発射出来るようだ。

 燃え盛る油を吸った布に覆われた石が飛ぶ。火の玉が飛ぶ様は目への攻撃だ。

 賊軍は更に近づく。実行中の大砲、迫撃砲による砲撃に加え、拠点防御用の大砲と小銃の中間のような携帯砲が使われる。城壁上の大砲の死角に潜り込んだ敵兵への射撃が中心だ。

 小銃や弩での射撃も始まる。とにかく大体の方角へ撃てば敵に当たる。そのくらいの人数だ、酷い。扱いが簡単なので自分も弩を使うが、何やら見た目に手の馴染みからえらい古臭い代物のようでそうそうに弦が切れてしまった。弦の張り直しのやり方は聞いていない。

 空圧連弩による連射も始まる。威力が普通の物より弱いので敵が良く接近してから使われる。

 そしてかなり近づいた、顔が少し認識出来る距離まで近づいて来た賊軍が城壁へ牽制射撃を開始する。前列の銃兵が小太鼓の音に合わせ、反転行進をしながら又杖で銃身を支えて使う型の大型小銃で牽制射撃、そして列交代を繰り返す。射撃の切れ間が少ない。そして同じように後列の弩兵が銃撃の間隙を埋める用に矢を一斉射撃で降らせてくる。二種揃って攻撃の切れ目が無くなる。

 そこへ近づいて来たのを見ればとてつもなく巨大な攻城梯子を持った、刀や拳銃を持った白兵戦装備の敵歩兵が無数に、城壁まで揺れるような走りで前進してくる。高所から見渡して隙間が無い程だ。一体ここに向かってきているだけで何万人いるんだ? 大砲の砲声に負けないような歩く音ってどんな規模だ?

 技術将校が風向きを確かめ、攻撃を実行するように指示する。攻撃とは、焼き切れぬよう鎖を巻いた巻き藁に硫黄と後何かいろいろ混ぜた薬品をかけて着火して城壁の上から吊るす事だ。

 作業をする時は防毒覆面をつけているがかなり臭いし、目が痛い。臭い酷い、恐ろしく臭い、目と鼻を潰すような白煙が賊軍の方へゆらりと流れ始める。こちらにも若干来る。近くで嗅ぐより効果は遥かに薄れるだろうが、まともな状態ではいられないだろう。

 そして賊軍が苦しみながらも、しかし突っ込んでくる。どうも先頭集団はこの毒煙攻撃を予期していたらしく、彼等も防毒覆面をつけている。

 城壁は水濠の内側から絶壁に立っているのではなく、土台があって壁外の――焼き払ったり撤去した後だが――貧民街や市場が立っていたような場所だ。ここは完全な戦城ではない。

 攻城梯子はまず斜め上に突き出されるように運ばれ、水濠を跨いで掛けられ、いくつも横に並び、板が敷き詰められて橋となる。

 吊るした白煙を出す藁束だが、敵兵が長い鉤竿で引っ掛けて落とし、水濠に投げ込んでしまうので効力は早々に失せた。

 石を中に抱かせた藁束に縄を付け、薬品をかけて火を点けて振り回して敵中に投げ込むという手法も取られたが、早々に担当する敵兵士が毛布で包んで水濠に捨てたり、水を掛けて消してしまうので効力は薄い。互いに手の内を知っているせいで対処が全てされるように思える。

 攻城梯子が下から持ち上げられてこの城壁の上に突き出されてくる。突き出される梯子を又杖で押し返してやるのだが、梯子は巨大で太くて重く、賊軍兵士もまた何十人掛かりで押し上げて来るし、梯子の先の方に付いた縄を引いて杖で押し返すのに抵抗してくる。梯子の下の方では手が届かなくても押せるようにと押し棒が付けられているので何十人もの力が合わさった強さは尋常ではない。

 また掛かってしまった梯子だが、城壁に噛むように歯が付いていて、下から鎖で引けば固定が出来てしまう”腕”が付いている。ガッチリと城壁に噛み付いてしまったその攻城梯子を外すのは容易ではなく、作りは木と鉄に加えて防火仕様で滑り止めになる薬品漬けの革まで張ってあるのだからたまらない。斧程度で叩き壊すのは困難で、大砲用の袋詰火薬で吹っ飛ばすぐらいの事をしないといけないが、自爆してやるしか無い。

 攻城塔の方だが、ヤンルーの水濠の幅と深さを相手は良く知っているのが災いしてか、水濠へそのまま真っ直ぐ倒れ込むと丁度良い大きさに収まった橋になってしまった。そしてその橋はなんと、その上を攻城塔がそのまま進めるように幅が調整されてすらいる。連日あった牽制砲撃の間にこんな物を作っていたのか。

 石や煮えた油を投げて敵を潰すがキリが無く梯子に取り付いて登ってくる。油塗れになったところに火矢を放って丸焼きにしても一部が一時怯むだけ。

 登ってくる敵を殺そうと弩や小銃を構え、石や油を投げようとすれば敵の牽制射撃の的になる。城壁直下からも矢や銃弾が飛んで来るので死ぬ確率は思っているよりも高い。

 遂には城壁に設置してある便所桶の中身を振り撒いても……大分怯んでいる。銃弾よりは恐ろしくないはずなのに。

 城壁下にいる敵に一番効き目があるのが手榴弾。在庫不足を解消するため、鉄製の正規品以外にも、小さい壺に小石や釘を詰めた即製の物もある。とにかく投げまくらないといけないので数が多いに越した事はない。死体の山が出来るぐらいに、死体に躓いて転ぶ奴が出るくらいに殺したがまだまだ向かってくる。

 そしてようやく火炎放射器の出番だ。こんな物は自殺したい奴が使う物だが、自分が使う事になっている。整備不良の物を使うと発射器が燃えて、燃料容器に引火して火達磨だ。

 二つある鉄製容器の片方は圧搾空気容器、もう片方は石油を蒸留した物に薬品を混ぜた猛火油が注入された燃料容器。圧搾空気容器の弁を解放すれば、押し出された空気がもう片方の容器の猛火油を圧迫、管を通して放射器に充填され続ける。そして放射器の引金を引き、安全装置の放射器内の弁が解放されると放射口から発射される。火種は銃身の先の金具、放射口からやや離れた位置の火が大きくなるよう調整された専用の火縄。猛火油の放射で火種を直接吹き付けないようにつけられる。

 梯子を上る敵に炎を浴びせる。燃えて苦しみもがいて落ちて、連鎖して燃えて落ちる。梯子には燃える燃料がこびりついて残って、また上るのはしばらく無理だ。

 城壁真下の敵に浴びせる。敵は燃えて、逃げようとしても敵同士が押し合い圧し合いしているので逃げられられない。燃えれば正気を失って暴れて火の無い方、まだ無事な味方がいる方へ行って燃え広がる。こいつは最高だ、もっと死ね。

 便所桶より効果がある。ただの炎ではない、燃える液体なのだ。液体とそれが染みこんだ服、人の脂がある限り燃え続ける。

 城壁に取り付いた攻城塔に放つのが一番である。砲撃で崩れた物も多いが全てではない。取り付けられた砂袋が防弾になって案外と持ち応える物もある位だ。

 攻城塔は防火対策に濡れた毛皮で覆っていたり、鉄板張りだったりもするが上部の突入口や射手が弩や小銃を構える銃眼に放てば内部で燃え盛って一時でも使用不可能になり、どうしても使われる木材が燃えて焼け落ちる。

 仲間の一人の火炎放射器が故障して液漏れ、火達磨になる。勇気ある奴が砂や毛布を掛けて鎮火する。

 鎮火はされたがそいつは重度の火傷で、黒焦げで目も潰れて皮膚がグチャグチャに、変に固まって泣き喚いている。仲間の一人が槍で突き殺し、城壁の内側の下へ落とした。戦闘中は死体や怪我人は放置し、そして邪魔なら城壁から落とす事になっている。

 そんな事に気を取られていると梯子から城壁の上に敵が躍り出て来た。

 火炎放射器を脱ぎ、慌てて槍を手に取って槍で突く、防がれる。しかしその隙に仲間が槍で突いて落とす。

 敵がまた上ってくるので槍で突いて落とす、寸前に槍を掴まれたので手放す。道連れはご免だ。落ちた敵が梯子を上る他の敵を巻き込んで落ちる。

 刺し殺すより押して落とすような感じでやった方が梯子を上る他の敵も巻き込めるようだ。

 武器を失った。そうこうしている内に凄まじい勢いで無数の攻城梯子と攻城塔で敵兵が乗り込んでくる。光明旗が降ろされ、革新旗が立てられる所すらある。

 余ってる武器か落ちている武器がないかと探して、焦って、逃げたら死刑だとも思って、乗り込んできた敵が目の前でこっちを向いて刀を振り上げる。

 腕が落ちても死ぬ可能性は低い? 腕で頭を庇うと……何も起きない?

「助けに来たぞ!」

 身形も武器も体も、顔付きまでもが立派な天子直属の近衛隊が救援に来てくれたのだ。

 彼等は武芸達者で、雑兵など相手にならぬと槍や刀で敵を片付けていく。矢玉の撃ち合いならともかく、このような白兵戦での達人集団は化物みたいに強い。

 死んだ仲間の槍を取って梯子を上ってくる敵を夢中になって突き落としていれば、何時しか敵の攻撃が下火となり、撤退の笛が鳴って敵が引き上げ始めた。勝利だ。

「勝鬨を挙げろ!」

 サウ総校尉から指揮を代わった副官ではなく、それからまた代わった上官が槍を振り上げる。

『応!』

「万歳!」

『万歳!』

「万歳!」

『万歳!』

「万々歳!」

『万々歳!』


■■■


 勝利を確信したあの一時の喜びは大きかった。それが消え失せる仕事を始める。

 死体の処理だ。今散々に殺して殺された兵士達を運んで、穴を掘って焼かねばならない。そしてまた埋める。

 変な病気を貰いたくないので穴掘りの仕事をしている。気持ち悪いのが嫌というより、汚いのが嫌なのだ。死にたくない。

 この時ばかりは休戦をし、双方とも人手を出し合って死体を拾う。互いに殺し合っているが、これは同じ文明人同士なのだ。

 一緒に穴を掘っている者達には賊軍兵士も混じっている。この前城壁の上で砲戦中に食ったお粥とお茶の話をしてやったら、俺もそんな飯を食いたいと溜息を吐いていた。

 朝に出発する時に婆さんから貰った香草入りの飴をあげたら、家に帰ればこんなのいくらでもあるのにと泣いていた。

 何とも馬鹿馬鹿しい。どちらが正当な天子になるのかと争っているらしいが、その争いを始めると決断した連中はこの落ち葉のように転がっている死体を見た事があるのか。

 鉛弾がめり込み、矢が突き刺さり、砲弾に潰され、炎に焼かれ、石に潰され、糞まで浴びたこの惨状を。

 禁城の奥座敷で寝転がっているその天子とやらにこの仕事をやらせてみたらいいんだ。

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