第95話「ユンハル征伐」 フンエ

 強行軍時の早目の間隔で打たれる太鼓に急かされて歩く。音に合わせて歩くと気分的にはかなり楽になるが、足裏の肉が千切れそう、膝の骨が滑りそう、股関節が外れそう。キツい! キツい! 辛い死にたい、歩きたくない!

 ウラマトイは通過したが、まだまだ先は長い。無限にあるように思える。地の果てまで行かせる気か?

 掌班を長とする十人隊、今は長を含めて六人。銃兵が四名、槍兵である自分、同じく槍兵である班長という構成になっている。我が班は他の班に比べて相当に損耗率が高い。脱走、刑罰、猛獣、病気、理由はそれぞれだが、評判は不運では片付けられそうに無い。

 そんな事より足が痛い。

 北方の遊牧勢力のユンハル部と、何ともいけ好かないベイランが同盟を組んで天政に仇なした。我等がビジャン藩鎮と奴等の間にいるカチャがどのように対応しているかは分からない。ハイロウにはハイロウ軍が残り、ウラマトイにはハイロウと中原を繋ぐ北回り街道の抑えとしてマシシャー軍が残留しているので完全に隙を突かれたというわけではないはずだが。

 天政北部の北王領にその、北東にシム藩鎮、北にガルハフト藩鎮、北東にマドルハイ藩鎮が、記憶にある地図上では大勢力であったはずだが、我々の助勢が必要となっている状況。賊軍討伐に大分兵力を割いて南下させてしまっているのか、領域ばかり大きくて兵力が伴っていないのか、地図がいい加減だったのか、我等がビジャン藩鎮が例外的に強大なのかは分からない。

 死にたくなる程のこの強行軍を強いているは勿論、将軍達であるが、何よりもその憎い敵達である。奴等が俺達を苦しめて、虐めて、惨めにしている。

 槍兵から銃兵に転向して、訓練時の手つきが危なっかしいエイ・シュンが、子犬ぐらいはある地ネズミを二匹捕まえて来た。親が食堂を経営していたということで、そこそこ小慣れた手つきで皮を剥いで解体、焼肉にして皆で食べた。

 寝起きや休憩の終りは体中、節々が痛い。だが動かしている内にそれが解れてきて痛みが無くなるが、身体が何か、濡れた分厚い布団にでもなった気分だ。

 草原の、砂漠かも知れぬ夜は寒過ぎる。時期に合わない寒さだ。寒波か何かか知らないが、夜は抱き合って寝ないと凍え死んでしまう。班長が顔を潰すくらいに引っ付いて来るので窒息しそう。朝起きると体に霜が降りているぐらいで、凍死した者もいる。冷夏どころの話ではない。

 知らない間に大分、寒さの厳しい高原に上っているのだろう。標高の上がり方が緩やかで、空気の薄さに気付けなかったのかもしれない。

 槍兵に狩りは難しい。銃兵に狩りは、弾薬の私用等認められないので不可能。遊牧民出身の騎兵に金を掴ませて余分に兎でも狐でも獲ってきて貰っている。遊牧民の連中は野蛮だというが、約束は守るし、狩りが不調なら金を返しに来る。ハイロウ出身の騎兵に頼むと、そのまま消える事があった。クトゥルナムに頼むのが一番良いが、彼だって仕事があるのだ。どこ行った?

 続く強行軍の辛さに頭がボケていたから気付くのが遅れたが、金玉の裏が酷く痒くてたまらない。寝ている時に掻き過ぎて小さい傷が出来て、手なんて勿論汚いから腫れて痛い。遊牧民の騎兵に金を渡して彼らの強い酒を分けてもらい、金玉を洗う。強烈に染みる、燃えるように痛い!

 クトゥルナムの顔が見たい。

 ある日、エイ・シュンが行軍中に倒れた。酷く汗をかいていて、高熱を出している。それぞれ自分の体調すら危うい強行軍で気付かなかったが、エイ・シュンのズボンは下痢塗れで、呼吸が荒くておかしかったのが今になって思い出される。

 医者の見立てで黒死病に感染していると診断された。助けられる状態ではないし、感染拡大の恐れがある。小銃で胸を撃って殺し、墓穴に入れてから焼いて、それから埋葬する事になった。どこで感染したのか?

 感染拡大を防ぐ為に他の部隊からは離された。内心これで休めると喜んだが、新しい服と石鹸が特別に支給されただけで、監視役の騎兵に背中を見られながら強行軍は続行。数日で感染の兆候無しと直ぐに判断されて元に戻った。

 噂でも聞いたのか、こちらの様子を見に来た久し振りにクトゥルナムと再会! エイ・シュンの話をすると、地ネズミがその感染源だと教えてくれた。素人が簡単に捕まえられる程度に弱っている地ネズミなら、おそらく既に発症しているヤツで、知っている人間なら近づきもしない、らしい。


■■■


 ある時、道中から合流して合同して動いていたビジャン藩鎮軍が三つに――サウ・バンス鎮守将軍の本軍、ゲチク将軍のジャーヴァル軍、サウ・コーエン将軍のハイロウ第二軍――分割された後、草原のド真ん中、見晴らしが良い事以外に空しかないような場所で我が軍に待機命令が下された。

 中原に到着した時に部隊の組み換えがあって、我々はサウ・コーエン将軍の配下に今はある。その前まではサウ・バンス鎮守将軍――節度使様の――の下にあった。フタイ、チャスク、ムルファン、トルボジャの主力四師団ではなく、予備兵力扱いの旅団に所属していたので、そのようになってもおかしくないのだが……本の少し、いや正直かなり意気が下がる。

 強行軍も、ここで一旦終りかと思うと足腰が無くなったみたいに倒れてしまった。配給される食事には、干し肉だが特別な配給がつく。酒まで、一口程度だが配られた。何かあるという事である。

 そしてある程度の警戒態勢は取りつつも、その場に留まって野営を続けた。

 遮る物が何も無い草原なので風が強く、篝火が倒れて天幕が焼けて死人が出る事もあったが基本的に数日は平穏であった。


■■■


 数日が過ぎて待機命令が迎撃命令に変わった。敵がやってくる。長い事歩き通しだったが、ここでようやく兵士の本領を発揮する時が来たのだ。心臓が高鳴る。

 小隊の荷車から薄い鉄板が何枚も入ってその部分がズレないように縫われ、格子模様になった革鎧を降ろして着る。これでも大分軽くなるように工夫されていると言うが、普段着に比べればおそろしく重い。房飾り付きの、革を被せた鉄兜を被る。視界を妨げない構造なのでそこはまあまあ良いと思う。しかし首のすわりが悪い。これで矛槍を持って白兵戦と督戦に備える……これらを着用して行軍するなんて死ぬ以上に嫌だ。

 銃兵達は揃いの帽子を被って、矢弾に効果がある――本当か?――粗絹の上衣を一枚羽織るだけ。小銃自体が重たいのでそこまで羨ましくはない。

 我が班は銃兵が三名、槍兵が二名という構成に今やなった。

 俄かに伝令が忙しく動き回り、後方の方で騒がしくなって来た頃、整列のラッパが鳴った。

 地鳴りが聞こえて、土煙が上がってからしばらく……ユンハル騎兵が地面を揺らして猛烈に、正面から迫ってくるのが見えた。あれを撃つのが銃兵で、あれを矛槍で受け止めるのが槍兵。

 我々の小隊は敵の攻撃を和らげるような、薄い、最前に立つ戦列に組み込まれた。背後に控える本隊の完全なる盾として期待されている。素人目にも間違い無い。

 戦列を組んだ以上、正面を向いて敵を迎え討つ以外の行動を取りようが無い。肩を寄せ合っているので動けないし、前後に詰め合っているので更に動けないし、集団の一塊となった、なった気分のせいで身体が自由に動かない。あえて、ちょっと他の兵士とは違う動き、手で鼻でも掻いてみようかと動かそうとしたが、神経でも抜かれたように動かない、動かす気が起きない。人間の頭はおかしな風に出来ている。

 更には準備はしているが発砲をしていない大砲が背後に並べられているし、一番の火力を持つ重火器部隊もそのようにして背後の方で戦列を組んで待機中。状況によっては我々毎敵を粉砕するだろう。我々は網で、後ろの連中が銛である。密度の高い網じゃないか。

 騎兵相手には引き付けた上で火力を集中して撃退するのが良いと、ダガンドゥで読んだそこそこ新しい兵法書には記載があったが、あんな騎馬の群れ、猛烈な突進をしてくる塊に通用するのものかと疑問しか沸かない。あれを矛槍で受け止めるなんて出来るのか? 敵と馬に突き刺さって、仮に殺したとしよう。そのとてつもない肉の塊がぶつかる衝撃はどこに? 自分の身体だ。生きているわけが無い。刺し違えろということか?

「槍を掲げろ!」

 指揮官の号令に従い、矛槍を高く掲げる。

「銃兵、構え!」

 の号令で、銃兵達が一斉に銃口をユンハル騎兵に向ける。

「狙え!」

 それぞれの銃口が揺れ動いて、少しずつ揺れが緩くなる。停止はしない、立った姿勢では無理だ。

「撃て!」

 の号令で、一斉に発砲音が重なる、少し遅れた銃声も続いて、吹き出た発砲煙が膨らんで風に流れる。パラついた感じにユンハル騎兵が落馬、馬が転倒、それに躓いてまた転倒。勢いを殺す程ではない。

 突っ込んでくるユンハル騎兵が弓で騎射。矢が飛んで来る。高い弾道の矢のいくつかは掲げた矛槍に当たって勢いを無くす。

 矛槍の林を潜った矢、そして低い弾道の矢は兵士達に突き刺さる。刺さって倒れる者もいれば、矢が刺さったまま痛がるだけで立っている者、しゃがんで痛がって戦意を無くしたように見える者、色々いる。

 同じ班の銃兵、目の前で小銃に弾薬を装填していた背中を見せるシャオン・エンブラムは突然暴れだした……見事と感心してしまった。目玉に矢が突き刺さっているのだ。小銃を振り回し、当たり構わず殴り出した。正気も取られたようだ。督戦をする槍兵として、班長と一緒にエンブラムの襟首を掴んで引き摺り倒す。

 そうしている間に「槍兵、前へ!」の号令に従い、班長と一緒に銃兵達より前に進み出る。

「槍、構え!」

 の号令に従い、石突を地面に当て、矛先を前へ突き出す。馬の衝撃を身体で止める事は出来ないが、矛槍の柄と地面ならば、少なくとも人間の方は死に辛いと思いたい。

「銃兵、各個射撃!」

 今度はこちらの後ろに回った銃兵達が、我々槍兵の肩に銃身を置き、銃架として銃口の揺れを抑える。

「フンエ、動くなよ」

 同じ班の銃兵、ベシャヌ・オイコンナップが静かに言う。

 ベシャヌは息を大きく吸い、少しずつ吐きながら良く狙って銃撃。耳が馬鹿になりそうだ。

 先ほどより、距離が詰まったのもあるが、遥かに多くのユンハル騎兵が落馬、転倒。馬上で受けた銃撃を堪えたはいいが、手綱を悪く引いて馬を方向転換させてしまい、隣の無事な騎兵に衝突して転倒するお粗末を見せる敵も。

 それでも騎射、第二矢が放たれる。矢が顔に迫ってくる!? でも動けない?

 耳がチクっとしたと同時に恐ろしげな風切り音が聞こえて、「ガェ」と変な声が聞こえて、肩に乗っていた銃身が離れた。後ろを見たいが出来ない。

 ユンハル騎兵が我々の目前、矛槍の襖の前で掻き分けるように二手に、左右に分かれて撤退する。

 そして分かれ目からは、馬も人も全身を覆う、鉄板と布を合わせたような黒い鎧姿に見える重装槍騎兵が現れた。撤退する騎兵は上体を背後に捻った体勢で尚、矢を射る。

 重装槍騎兵の出現と、駄目押しの矢掛けで、我々最前線の戦列が、歯が所々抜けた口のようにガタガタになった。

「前列、伏せろ!」

 良く訓練を行った者達は伏せる事が出来た。出来ない者、耳と聞き入れる頭が駄目になった者は立ったままだった。

 自分は伏せた。矛槍の柄に口をぶつけて前歯が折れた。痛くはない。班長も伏せた。弾薬を小銃に再装填中だった班の仲間、銃兵カマンダルは、背後から受けた砲弾で身体を真っ二つに裂かれた。あふれ出て飛び散った血と内臓を班長が丸被りする。

 良くも悪くも、良く良く引き付けられたユンハルの重装槍騎兵達は大砲の一斉射撃で人も馬毎、砲弾で肉も骨も内臓も引き千切られて粉砕された。直撃でそうなって、突き抜けた砲弾で馬の脚が無残に折れて千切れて、死骸と死に損ないに躓いて後続の重装槍騎兵が転ぶ。

 ユンハル騎兵の突撃は破砕されて、生き残りは撤退を始めた。

 敵、そして背後の味方に散々にされた我々最前列の再整列が命じられ、そして直ぐに、ユンハル騎兵をこちらの騎兵が追撃する指示が出された。少し余裕? が出たので身の回りを確認する。前歯は一本無くなっている。どこに落ちたか分からない。草と土に紛れただろう。

 目に矢が突き立ったエンブラムは、捩れた体に変な顔で動かなくなっている。胸に矢が突き立ったベシャヌは、口から血の泡を少し出して痙攣中。カマンダルは、横目でその最期を見たので分かっている。班長は体にかかった血に、首に巻きついた腸もそのままに立っている。

 それからまた待機。戦闘体勢の解除は指示されていない。

「おいフンエちゃんよ」

「班長?」

「俺が死んだら女房に伝えてくれ。男ダンバは死ぬまで格好良かったってな」

「自分で言って下さいよ」

 ダンバって名前だったのか。知らなかった。


■■■


 思い出したように鼻が血の臭いを嗅ぎ分け始めた頃、同じく嗅ぎ分けた鳥が空高く旋回するのが目立ち始めた頃、追撃をしに行った騎兵が返り討ちに遭ったか、数を減らして、体に矢を立てて、主のいない馬も引いて逃げ帰ってきた。寒気か熱気か知らないが、骨にそんな感覚が走った。

 そんな事をしている内に、左右、後方からも? とにかくユンハル軍に我が軍は包囲されていった。今度は何か、背が低くて重たげな敵影なので騎兵だけではない様子。

 陣形転換が指示されるが、日頃の訓練で出されるような明快なものではなかった。指示自体は合理的なものだったかもしれないが、この状況ではそうではなかった。難しくて何とも、各隊が鈍く慎重に、他の隊と衝突しながらもぞもぞ動き始めた。とりあえず我々は、遠いが目線の先にある敵に矛槍を向けて待機する事になっているらしいので、動かない。

 そんな事をしている内に、左右と後方から迫るユンハル軍が迫って、矢弾が届く距離まで近づいてくる。敵の前進を促す太鼓の音が響く。

 砲声、そして砲弾が我々の軍に撃ち込まれる。敵は大砲も持って来ているのか! 崩壊したアッジャール朝のイディル王は多数の馬で大量に大砲を、かなりの早さで曳いたとダガンドゥで読んだ新しい兵法論文にあった。それか。

 一方的に大砲から撃たれないようにとするためか射程距離外へ後退する指示が出る。聞いて従った時点ではそれが正しいと思ったが、そのように後退するとまた包囲の輪が狭められるようである。後退する他の部隊との間隔が狭まる。一つ塊、団子になって、良い的になってきた。

 班長ダンバが「巻き狩りだ」と漏らす。大勢で巨大な輪を作って徐々に範囲を狭め、最終的に小さな輪にして、その一点に溢れる程の獲物を集める遊牧民の大掛かりな狩猟法だ。正にそうなのだろう。

 節度使様への不満を言う輩がいる。誰かは分からないが、背後から、やや遠い。

 節度使様は仕事に厳格なお方だ。戦うのが仕事の兵士が、戦って傷つく事に心を痛める方ではない。敵を引きつけるのが仕事だ。我々はその仕事を全うしているではないか。何が不満か?

 ユンハル騎兵、銃兵に徒歩弓兵との撃ち合いが始まる。既に督戦する銃兵はいないので、ユンハル兵が飛ばす矢を見て、銃弾が放たれたと分かる発砲煙を見て、矛槍兵は黙って立っている。

 バタっと、この銃声と砲声と悪態と悲鳴と怒号になんだか命乞いかお祈りかお母ちゃんかの合唱の中で良くその小さい音が聞こえた。出来るだけ体勢を崩さないで横を見たら、班長が立っていない。元から血塗れで良く分からないが、矢が立っていないので銃弾でも受けたのだろう。自分で言えよ、あんたの女房なんか知らないって。

 しばらく膠着するようでいて確実にお互いに殺し合う撃ち合いが続いたが、遂に応射するこちらの軍の銃兵が弾切れを起こし始めた。荷車には十分にまだ弾薬はあるのだろうが、手持ち分が無いのだ。そして部隊が団子になってしまたせいか何かか、補充の指示が出されていないのだ。

 銃撃の激しさが鈍ったのを敵が察したか、敵の槍兵、騎兵が最初は並足であるが、突撃に移行した。敵の太鼓の連弾の間隔が分かりやすく狭まっている。

 敵の突撃部隊の並足が早足に変わって来た。あれを本来迎撃して粉砕するべき銃弾はもう少ない。砲弾は隊列が乱れて使い物にならない。

「前列、間隔開け!」

 の号令に従い……中央から左側に位置する自分の班、一人で左へ規定歩数進んで間隔を開く。

 その隙間から、後方から重火器部隊が前に出て来て、手火箭、空圧連弩、火炎放射器を構える。それらは扱いが難しい兵器なので我々のような雑兵が触って良い火器ではない。

 噴射炎を浴びても大丈夫なように対火服と手袋をつけた手火箭兵が、手火箭を地面に、敵へ向かって斜めに突きたてて導火線へ火縄で点火、発射。煙と炎を吐いて、突撃してくる帝の突撃部隊に直撃したり、周辺に着弾したりといい加減な具合に飛んで、小さいながらもそれぞれの弾頭が――不発もしているようだが――炸裂。発射間隔が小銃よりも遥かに素早いので発射数が多く、良く敵を倒している。

 次に、背中に大きな金属容器を一つ背負った空圧連弩兵が、その容器についた金具を捻る。そして捻った後に膨らんだ管がついた、重そうな空圧連弩を構え、引金を引くと引き絞られた弦が解放されて矢が発射される。発射された矢は、どこか敵の矢より弱々しいが、敵に命中して突き刺さる程には飛んだ。そして、矢が放たれた時に聞きなれない、空気の抜ける音? が聞こえて、直ぐに第二矢が放たれ、またその音が鳴って、また第三矢が放たれた。仕組みは不明だが、空圧連弩自体が勝手に矢を装填して弦を引き絞っているらしい。

 そして最後、目前に迫りつつある敵突撃部隊へ、背中に大きな金属容器を二つ背負った火炎放射器兵が、その容器についた金具を捻る。そして捻った後に膨らんだ管がついた、火炎放射器の銃口の先にある太めの火縄の先に息を吹きかけて火種を確認、銃口を向けて引金を引けば、筋になって火炎が火の飛沫を散らして放射された。

 敵突撃部隊は火炎に、止められぬ勢いのまま飛び込んで包まれて、流石に勢いを止めて悲鳴を上げて暴れて転がって、何とか生き残った者は一目散に逃げた。松明のようになった、こうなっては哀れに見える敵兵に馬が目の前に転がっている。転がっている場所も草が焼けて、まさしく焼け野原になっている。

 そうこうしている内に草に延焼して炎の竜巻! すら上がり、敵どころかこちらも隊列の維持も忘れて逃げなくてはならなくなった。草は燃える。草原か砂漠か、この土地はとても乾燥している。そうなって当たり前なのだ。

 隊形の崩壊は恐ろしい事態だが、延焼中の草原に敵も恐れをなしてか、この間隙を突いての突撃等は行われなかった。運良くあった、草の生えない砂地まで我々もほうぼうの体で逃げる羽目になった。

 この時にこちらの大砲が放置され、残された弾薬に引火し、大爆発を起こした。その衝撃波だけで倒れる者もいて、木や金属片が空気を切って飛んでそこら中、人間も含めて突き刺さって切り裂いて、火炎放射器兵は背中の容器が大爆発を起こして、欠片が飛び散って大惨事になる。

 一目散に走って逃げていなければこうして惨事を観察する暇も無かった。突撃は凌いだが、とんでもない事故が起こった。

 それでも我々の指揮官は敵の攻撃に備えて陣形を作れと号令をかけて回る。それに正気を取り戻して陣形を、全周囲からの攻撃に備えて方陣に立て直すが、依然としてユンハル軍の大砲が轟く。

 一方的に大砲に撃たれるような状況が続き、今度は自分に当たるか? 当たらないと思ったり、頭が麻痺してきて砲声が何だか遠くに聞こえてきた頃、敵ではない騎兵が一騎――矢が幾つか刺さった我が軍の旗を掲げて――敵方の陣中を突破してこちらにやって来た。

 何だろうかと思っていると、援軍にジャーヴァル軍がやって来たと大騒ぎになる。

 体の力が抜けて、しゃがみこんでしまった。誰かが肩を叩いて「立て! 立て!」と怒鳴っているが、聞く耳が無くなっていた。

 それから少しもしない内にこちらを包囲していたユンハル軍は引き上げた。


■■■


 戦いが終わって汗が冷えてくると凄まじく寒い。一旦服を脱いで裸になって乾かした方が温かいくらいだ。

 死んだ騎手の横で馬が呑気に草を食んでいるのを横目に、負傷した小隊の仲間達の手当てを手伝う。班の仲間は皆死んだ。医者の手は足りない。

 自分の服を仲間の血で染めながら、傷口を洗って、切り裂いてから煮て消毒した服の切れ端で抑える。包帯が足りない。

 自分が手を出せる範囲の仕事が終わった後、服についた血が乾いてガチガチに固まっているのに気付く。固まったところが擦れて、皮が剥けて血が出ている。自分の服をどうこうする事を忘れていた。

 服は捨てて、銃弾で穴は開いて血もついているが死んだ仲間から貰った服に着替える。

 自分は読み書きが出来るので小隊長の補佐役に任ぜられた。小隊と言っても、生き残りはもう四人で、一人は怪我で復帰は絶望的だ。近く部隊の再編成が行われるだろうと小隊長が言っていたが。

 ダガンドゥで読んだ古い兵法書では、自由に草原を動き回る遊牧軍との決戦に持ち込むのは難しいという。湖に追い詰めるか、野営地を襲うか、待ち伏せか……そして囮を使うか、そのような手段に出なければこちらから決戦に持ち込むのは難しい、らしい。

 兵士は死ぬ事を前提にして戦うのが仕事だ。死んでもおかしくない、おかしくないが、半日もしないで班の仲間が皆死んでしまった。

 囮になるのは構わないが、それに見合った成果がなければ無駄死にじゃないか。


■■■


 ウラマトイに――ベイランを征伐するため――戻った時に、塩漬けにされてそこそこ保存状態の良いユンハル王の首が槍先に掲げられ、皆に披露された。

 援軍として現れたジャーヴァル軍がユンハル軍を追撃して追い立て、待ち伏せをしていた本軍が迎え撃って撃滅したそうだ。あいつが、あの首になった野郎が馬鹿な真似さえしなければ皆死ななかったのだ。

 夜中に、隠れて密かにユンハル兵の捕虜の食事に糞を混ぜた。その後彼らは腹を壊し、治療するのも気分的に放置され、大半が死んでしまった。

 警備の兵士がいなければ直接殺していたところだが、自分のような下っ端が出来る復讐なんてこれがせいぜいだ。逆に被害は拡大したが、手応えを欲しているこの腕がまだ、燻っている。墓堀りついでに死体を殴った。埋める前に小便をかけた。糞野郎。

 次はハイロウとこちらの連絡を寸断したベイランを征伐しに行く。それにマシシャー軍が分断された危機的状況にあると言う。

 どちらが先にこの戦いに誘ったかは知らないが、天政の人民でも無いかの野蛮人共など、根こそぎ殺してしまえば良いのだ。移民ぐらい、募ればいるだろう。大丈夫だ。

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