第83話「魔神代理領流」 ベルリク

 気の抜ける降伏宣言を受け入れる事になった。パシャンダ皇帝の首級を挙げたタスーブ皇太子が、無賠償和平の対価に、帝国の解体と、”不当”拡張した領域の放棄、そしてザシンダル藩王国としてジャーヴァル帝権と再契約を申し出たのだ。

 ケテラレイト帝から見れば文句無しの満額解答。外の人間から見れば無賠償に関しては少々生意気と思ってしまうが、これは内戦である。身内から搾り取る気は無いのだろう。賠償以外の名目で復興費の捻出はさせられるとは思うが、復讐に至る事は無いはずだ。

 パシャンダ帝国解体につき、レン朝軍は占領地を放棄してジャーヴァル帝国内から撤退。レン朝地方政権ビジャン藩鎮はジャーヴァルとの交易が悲願であったそうで、折角手に入れたその窓口をまた何か事件で失わないために、引き続きジャーヴァル北東部には治安維持部隊が、情勢の安定が確認するまでしばらく駐留する事になっている。治安維持の代行、土地の復興、減少した人口復活にまでその治安維持部隊――植民組織――は買って出てくれているそうで、両者に取って利益があるそうだ。随分と幸せな”お付き合い”が出来るものだと感心してしまう。

 旧パシャンダ帝国、分裂した各藩王国には武装解除の為に軍が派遣される事になった。悪名高い我々第十五王子義勇軍は、脅迫のように当事国であるザシンダル藩王国の武装解除に向かった。タスーブ王子による臨時政権はまだまだ土台が不安定であるし、アギンダ軍”残党”も青色ながら息はまだあるので、交戦経験があり大活躍をした我々が適当である。

 グナサルーンの城門前に到着した時は、降伏の印である門の鍵を渡すように、タスーブ王子手ずから最初で最後のパシャンダ皇帝の塩漬けの首をナレザギー王子へ渡した。受け取った首はケテラレイト帝に送る。

 一時的な占領統治の軍と官僚団がジャーヴァル帝国中央から来るまで、我々がタスーブ王子の行政を監督し、残党から守る。

 グナサルーン滞在中の仕事は、王の首を取っただけに積極的なタスーブ王子の協力で楽だった。

 一部王子と将校が武装蜂起を行ったが、不満分子を誘き出すために全容は把握しており、罠にはめて包囲殲滅を行った。ラシージ等工兵が決起集会場に地雷を仕掛けてふっ飛ばし、歩兵を投入して死傷者拾い。

 設立を許可したらすぐさま効率的に活動し始めた秘密警察が王子に王女に軍人貴族を次々と逮捕、粛清していくので軍として出番はその後完全に奪われたと言って良い。

 事前に用意されていた帝国軍解体計画を、協議して現状に沿うよう微調整してから承認、実行させた。ザシンダル藩王国も旧パシャンダ帝国構成藩王国でも軍の解散と帰農が効率的に行われた。元々の職業軍人は全体に比べてわずかで、ほとんどが徴兵された農民であった。故郷から引き離されてバラバラになった彼らだが、予め用意されていた退職金代わりの旅費や食糧を持たされて帰る事が出来た。

 治安維持の軍、警察だけは武装解除中も必要なので一部は武装解除はせず、暇になって悪さをしないように職業軍人を積極採用。反乱を起こさないように故郷からは離れるように配置し、武器保有量は最小限にした。

 主要都市のみ我々の第十五王子義勇軍が駐留して睨みを利かせている。都市部程人も物も集まって、隠れ易くて反乱気運は高いものだが、ダルマフートラ虐殺の話は当然広まっていて、市民の暴動のような話は一つも無かった。我々が通りがかれば皆恐れて家に隠れてしまう程。軍規は保っており、兵士達はほとんど悪さはせず、した者は広場で市民を呼んで公開処刑を行った。

 主要都市の一つ、グナサルーン南の港湾都市ナギダハラの、遥かに弱体化してしまったロシエのジャーヴァル会社も、兵数もほんの僅かだが簡単に武装解除に応じた。しかし業務に支障があるのでまもなく警備部門は復活させることになった。

 ジャーヴァル会社の領域であるロシエ人街の生活状況も観察させて貰ったが、彼らは現地人より教養があって正規軍の経験がある者が多いだけに、今やその辺の物乞いより脅威は低いと見做せる状態だった。古代の戦記でも、野蛮人の統治は困難を極めるが、文明人の統治は拍子抜けする程容易であったりする。ロシエ人街に関しては彼らに自治をさせた方が楽な上に治安を保てると判断。タスーブ王が彼らを治安維持部隊に組み込みたいと言うので許可した。

 懸念されたアギンダ軍残党であるが、ガダンラシュ藩王国の攻勢の前に壊滅寸前で、ダルマフートラの次に臨時首都となったヤザハも陥落したらしく、統領の生死が確認されていないという件を除けば、ほぼ手中に収めたに等しいらしい。それ以降は流民になった一部アギンダ人をタスーブ王の要請で、最初からそのままの状態にある国境警備隊が追い返すという報告が、天気の話並みに常態化した程度。

 タスーブ王の戴冠式に列席する機会もあった。関係者――旧パシャンダ帝国構成国の外交官が中心――にお披露目するだけといった程度で、宮中内の有り合わせの物で仕上げた簡素な式典だった。パシャンダ帝国という一夜の夢の総決算であろう。

 葬式のように式典は静かで、ネフティという幸薄そうな面をしている美人の王女が忙しげに動いて回っているのが印象に残った程度である。

 ナレザギー王子が個人的に知り合いなようで、何かと互いにあれが出来ないかこれはどうかと話し合っていた。あれがあの人の役目か、と思いながら見ていたら「私達のザシンダル藩王国の治安維持の為に身を削って働いて頂き、真にありがとうございます」と話しかけられた。表に裏に色々含んでしまう言葉ではあったが、何故か不思議と好印象。声色と口調と表情が恐らくそんな風に思わせるのだろう。生まれの才能だ。

 そのように、気が抜ける程順調なザシンダル駐留生活を過ごした。ナレザギー王子を通じ、あのネフティ王女の手配で中々快適であった。とても細かい気配りでいて嫌味が無く、有能であると感心してしまった。こういう陰の人物も重要だと想う。


■■■


 反乱ではなく犯罪の話が時折流れてくる程度に暇になったある日、軍務省からの指令で次の作戦の準備が必要になった。決定事項ではないと、との前置きで、何やらあのレン朝軍の傭兵になって働く準備をしろというのだ。

 実際に動くとなるとナギダハラの港から海路を進み、陸戦部隊として艦隊に同乗してレン朝の反乱勢力討伐を支援する事になるらしい。

 何でそんなところにまで頭を突っ込むのやら不思議である。和平条約を結ぶときに仕掛けられたと思うが、誰がどの程度の軍を、どの程度の艦隊でもって動くかはまだ不明であるが、何にしても流石に故郷へ帰らないといけない連中がいる。

 青少年騎兵とはもう呼べぬ、立派な妻帯者、大人達のレスリャジン騎兵達と取り込んだ氏族達をスラーギィに戻す。いつまでも不安定なところに置いていては子作りもままならないだろう。親にも、妻や道中で膨らんだ腹に生まれた子供を見せてやるべきだ。

 スラーギィ西部の草原にはまだまだ余裕がある。貧しい東部も良い土地は押さえてある。マトラ県の森以南だって余裕がある。あの辺は人が死にまくって、人口の復活等まだまだ先の話なのだ。遊牧民が欲しいのだ。そして大きな実戦を経験した彼らをスラーギィに戻し、新たなレスリャジンの兵士達を強く訓練して貰いたい。

 オルフで行われている未亡人戦争がどう転ぶかは分からない。スラーギィには既には影響が及んでいる。信頼できる人手は必要だ。軍務省の指令等より、我が一族の繁栄の方が大事だ。何を言われようが戻す。

 スラーギィまでの道程は、もはや頼れる男となったカイウルクに任せた。血筋の求心力から見ても、一番適当である。実力主義の中でもやはり権威的な序列というのはある。それも含めて実力ではある。

「任せたぞ。ナメられるなよ。道中はお前が”親父”だ」

「はい親父様!」

 声は大人、笑顔はまだ子供かなぁ。

 奴隷騎兵も竜跨兵も故郷スライフィールでは暇では無い。彼らはルサレヤ総督の私兵であるし、警備や伝令の任務に動いたり忙しい中この戦いに身を投じてくれたのだ。仕事以外にも故郷に帰って休養を取るという大事な案件もある。休まず働けば何れ倒れてしまうものだ。だからいくら有能でも引き止める訳にはいかないのだ。だがしかしだ。

「離れたくありません」

 申し訳なさそうに頭を下げて、翼の手を腹の前で組むクセルヤータの指を逆手に握って引っ張ってきた、アクファルが言う。男として一回は女に言われてみたい台詞だとは思うが。

「こちらとしてはクセルヤータに一時と言わず何時までも居て貰えれば何かと助かるんだが、自分で判断するわけにはいかないんだろ?」

「はい、その通りです。これ以上里を離れるのならばルサレヤ総督だけでなく、長老に話を通さなければなりません。竜跨隊以前に、竜種族としてもあまり遠征し過ぎるのは個体数を守る原則から憚られますので」

「一旦スライフィールに帰って、それからまたどうするか連絡をくれ。出来れば返事は体で見せてくれれば助かるが、こちらの事を考慮しないで判断してくれ。無理に呼ぶ訳にはいかない」

「はい、そのように致します」

 物分りの良いアクファルは何も言わずに掴んだ指を離した。一番の回答を引き出した心算だが、お兄様ありがとう、と抱きついて来ない。


■■■


 武装解除開始から一月も経ち、グナサルーンの占領統治も、帝国中央からやってきた連中への引継ぎも終わった。

 中央から来た連中の中にはケテラレイト帝が魔族になる前に出来た息子の子供、孫がいてネフティ王女と結婚するらしい。良く分かる政略結婚だが、印象は強いものになるだろう。その結婚式が行われれば完全に平和になったと宣言を出したって良いぐらいだ。

 引継ぎと同時に第十五王子義勇軍は解散となり、将兵はメルカプール藩王の軍にそのまま再編される事になった。つまりナレザギー王子は免職である。

「あとの名誉は長兄に譲らねばなりません」

「殿下はお役目御免ですか? お疲れ様でした」

「殿下だって?」

 急に口調を変えてきた。そういうことらしい。

「ナレザギー」

 握手、抱き合う、頬に口付け。

「ぺぇっ! 口に毛ぇ入った」

『フワッハハハハ!』

 こうなっては身内はアクファルとラシージにナシュカ、新たにナレザギー王子とその個人的な側近を加えて妖精達だけとなった。

 ナシュカはアウル藩王国は帰らない。帰らないのかと聞けば「あ? 用済みか」と悲しくなりそうな返事が出たので、抱きしめてチューして「何処にも行くな」と言ったら膝蹴りを腹にくらった。全く照れ屋なんだから。

 イスタメルに帰るにせよ、レン朝の支援とやらに出るにせよ、どちらにしても海路を使うのでグナサルーンからナギダハラに移る。あちらには今ファスラ海賊が寄港している。やっぱりお友達の近くが良い。

 ナギダハラに到着すると、ファスラが武装した部下連れで出迎えてくれた。若干物々しい。

「ようそこナギダハラへ。殿下、ベルリク、妹ちゃんにおっぱいちゃんにチビっ子諸君。別に俺の持ち物じゃねぇけどな。船で祝勝会をしようじゃあないか。用意は直ぐに済むぜ」

「船? どっか適当な店とか無いのか。嫌だって言ってるわけじゃねぇけどよ」

「陸じゃ無理だな、無理というか面倒だ。気分良く飲める場所なんか無ぇよ。この通り」

 ファスラが部下の一人の首を脇で抱えて股間を執拗に触る。その部下は嬉しそうに嫌々ワーワーと騒ぐ。

「護衛無しじゃ雑魚が勘違いして襲ってくるかもしれねぇような街だぜここは。現地人の店は汚ねぇし狭いし、良い店はロシエ人街だ。ロシエ人はお前さん方に殺意剥き出しに恨む理由があるし、ナギダハラ市自体も俺の大鉄砲に焼き討ちにされたから恨む理由があんだよ」

 前に訪れた時は第十五王子義勇軍としてだったから、万を越す暴力が背景にあった。今はそれがもう無い。人の理性を失わせるには十分である。

「敢えてそこは陸で」

「まあ別に乱痴気騒ぎついでに殺し合いしたっていいが、お上に叱られちまうぜ。流石によ」

 部下を解放したファスラに肩を組まれ、既に酒臭い息を吐きかけられながら港へ向かう。

 グナサルーンでも見たがアバブ像がある。像の釜戸ではアバブの息子達の面をつけた神官が石油でゴミや人、動物死体をせっせと焼いている。グナサルーンではアバブ像は完全に飾り物であったが、こちらは稼動しているようだ。前に来た時はお客向けの態度だったのか、火は入っていなかったはずだ。黒煙が酷く、像の近くは煤だらけだ。

「良く皆我慢できるなあれ。郊外で焼きゃいいのによ」

「誰が運ぶんだよ」

 道中は、ちょっとした武装集団である我々を避けて住民達が逃げて、家に隠れているような感じ。逃げ遅れた子供を母親が抱えて逃げる。露天商が慌てて売上金を袋に詰め込んで逃げる。槍を持った自警団が槍を捨てて逃げる。逃げないのは人外の領域に達しようかという良く分からない修行僧に、事故か戦争か自己判断か知らぬが足の無い乞食ぐらいだ。後は腰が抜けて立てず、地に伏して命乞いをする者、道の真ん中で昼寝をする牛。

「流石に過剰反応だろ、これ」

「お前さんよ、自分がしたこと忘れてないか?」

「あん?」

「目ん玉抉れたロシエ兵の本拠があるのがここナギダハラだぜ?」

「ここの連中のは抉ってないぞ」

「ここの連中と結婚してた連中はいるんだよ」

「あー、現地妻くらいはそりゃいるか」

 港に近づき、蝿の集る魚市場が近くに迫る。相変わらず住民は逃げ惑うが、ファスラ等海賊には若干慣れているのか逃げない者は少々。

 内陸者にはこの魚の臭いがどうにも強烈で、鼻でも摘まもうかと思っていたら一騎が駆けて前方に現れ、馬を棹立ちさせて停止。前時代的な伊達振りに一瞬呆ける。あれは神聖教会圏では見かけても、こちらでは見かける格好ではない。ジャーヴァル会社の兵を除けば。

「我が名はロシエ王国はエルズライント辺境伯ヴィスタルム・ガンドラコの弟、ファルケフェンである! ベルリク・グルツァラザツクよ、義によって成敗致す!」

 そのファルケフェンという男、飾り付き兜に胸甲を装備して手には槍と、模範的な胸甲騎兵の出で立ち。何故か左肩には赤いマントをつけている。

 そうして名乗りを上げ、槍を構えて突撃して来た。

 偵察隊が一斉に小銃で集中射撃、ファルケフェンの兜にも胸甲にも腕に足に馬にも銃弾が命中したのが見て分かる。

 一瞬で決着かと思いそうになったがしかし、ファルケフェンという化物は馬が死んで落馬寸前に飛び降り、体勢も崩さずに突っ込んで来た。信じられん!

 アクファルとナシュカにラシージ、自分も、妖精工兵達、ナレザギーの側近、ファスラの部下達も一緒に小銃、拳銃で一斉射撃、それでも構わず突っ込んでくる。これでもう血塗れ、兜も胸甲も穴だらけ。骨も内臓も、脳でさえグチャグチャになったであろうにまだ動く!? 生物の常識を超えたか!

 やはりここで頼りになるのはラシージ。土弄りの魔術で突進するファルケフェンがつんのめるように膝下まで地面に埋まる。

 やっとナレザギー王子が抜刀し、びっくりしたような顔は継続中。

 銃声がいくつも鳴ったので、状況が飲み込めた住民から逃げ出す。突然の事ではあった。

 尚も死体の様相でファルケフェンは、見えているのか分からぬ顔、目でこちらを捉えて槍を投擲――自分へ直撃――ファスラが刀で受け流して明後日の方向へ弾く。今のは死ねた。

 常人では抜け出せないような状態であるが、ファルケフェンは強引に地面から足を抜き出し、脇を閉めて拳闘流に構えて迫ってくる。

 偵察隊が突撃して銃剣で一斉に突き刺すが、刺さった銃剣にも構わず突っ込んで来て銃剣が折れる。

 アクファルが素早く馬を駆けさせ、刀でファルケフェンの首を切り裂き、動脈が切れて鮮血が噴出すが、反撃の腕の一払いでアクファルが馬上から吹っ飛ぶ。

 ファスラの部下達が刀で刺し、切りかかる。風でも切るかのようにそれを無視してファルケフェンは進んで来る。ナレザギーの側近は、我が主君を守るのに専念するもよう。正しい判断と思う。

 弾薬を再装填する暇は無い。ナシュカにラシージ、自分と、妖精工兵達、ナレザギーの側近、ファスラの部下達の中でもう一つ予備の拳銃を持っている者が順次射撃。何故止らない!? 奴はもう全身血塗れ、兜も胸甲も穴が空いて割けて、衣服もボロボロ、肉も骨も脳も内臓も見えているというのに!

 自分の前には、庇うようにファスラ。

「全員下がってろ!」

 徒手で立ち向かう心算らしい。邪魔せぬように皆が自分、ファスラから離れる。自分は本命であり囮だ、動く訳にはいかない。何、老竜タルーマヒラに比べれば大した事は無い。

 ファルケフェンがファスラに拳を繰り出したような気がしたら、ファルケフェンは巨体を一回転しながらドっと地面に投げ出された。ファスラは少し体捌きをしたようにしか見えなかったが、魔術のような武術か?

 倒れた隙に”悪い女”を抜いて、接近は危険、フェルケフェンの頭部目掛けて刀を投擲。それでも腕で防いだようだが、その太い腕を無いように刃がすり抜けて頭に刺さる。

 それでも立とうとするファルケフェン。アソリウス島騎士団のガランドのような不死身に近い奇跡か魔術の使い手としか思えない。あんなのがそうそう居てたまるかと思うが、戦争の連続でそんなのが選別されて生き残ってくるという論理もある。

 であるから、更に予備の拳銃を持つ者がファルケフェンに銃撃を浴びせる中、ガランドの例に倣ってラシージが魔術で、ボゴンという音と共に地中へ完全に埋めた。”悪い女”の柄が地面から出ているの引き抜く。

 しかしまだ浅いせいか、地面にひび割れが出来て、モゴモゴと動き出す。死体を動かす魔術とか、そういう類じゃないのかこれ?

「もっと深くに埋めます」

 ラシージが地面に手を当てて集中。地面の下で派手に蠢く音がし、しばらくすると地面が動く事は無くなった。

 アクファルはどうなったかと思えば、服についた土埃を払いながら戻ってきた。

「怪我はあるか?」

「殴るというよりは押して払う感じです。問題ありません」

 ファルケフェン、名乗りが事実ならば騎士と断言して良いか? あの状態で女だからと手加減でもしたのか。大した肝だ。

 突然の襲撃、それが終わって息を吐く。偵察隊に工兵達は油断無く弾薬の装填を行い、埋めたファルケフェンと新たな刺客に備えて警戒態勢を取る。

「後の処理は我々がしますので先に船へ行って下さい」

「ラシージ、任せた」

 妖精達に後は任せて船に向かう。流石にあのような化物に突然襲われたあっては、皆一気に疲れた顔になっている。ナレザギー王子なんか、声を掛けるまで刀を握ったまま体が固まっていた。

 港へ行き、馬や荷物を預ける。予定通りに祝勝会はするので準備が終わるまで待つ。

「旦那よ、奴はファルケフェン・ガンドラコって言う、あの名乗り通りの奴だ。一応、ジャーヴァル=パシャンダ……もうジャーヴァルか。その会社の兵隊だ。退職したかは知らん」

 どうやら知り合いらしく、ファスラが語ってくれる。

「初めて会ったのはな、嵐を避けるのに外洋側から暗礁の多い諸島部に入った間抜けなロシエの艦隊を襲った時だ。奴の面前で提督の首を撥ねてやってな、顔面に血ぃぶっ掛けたんだ」

 出会い頭に血塗れ、別れ際も血塗れか。

「それから奴の乗った船は暗礁に突っ込んで着底、浸水、沈没だ。その時は奴の事なんて気にしてなかったが、その艦隊の生き残りを追撃次いでにナギダハラも焼こうとしたらなんと、別の船に乗って沖にいやがった。悪運の強い奴だと思ったよ。武芸の方もそこそこでな、からかってやったんだ。まあ、それ以来だな。決死となりゃここまで化物になるとは思ってなかったがよ」

「でも俺を名指しで成敗だって言ってたな」

「ジャーヴァル会社の純血ロシエ人だぜ。友達の目玉でも抉られたんだろ」

 ジャーヴァル会社への抗議を考えるが……あそこまで堂々と名乗りを上げて単騎で向かってきたのだ。そんな事は止めよう。

「そんなこともあるか」

「早々あるかよ!」

 ファスラがまた股間を触ってきたので触り返す。それから相撲に移行、あっさり負ける。

 どうやら先ほどのファルケフェンの決死の突撃が戦場以上に衝撃的だったらしく、ナレザギーは甲板の隅で座り込んでいる。ナレザギー膝の上に頭を置いて寝転がる。狐顔を見上げる。

「強烈だったな」

「うーん、そう、うん、凄かった」

 落ち込んだナレザギーの顔を眺めていると、アクファルの顔が見えた。どうしたかと思っていたら、ナレザギーの両耳をちょんと摘まんで引っ張って、何事も無かったように去った……腹を抱えて甲板を足で叩いて笑った。ナレザギーの顔にも明るさが、毛むくじゃらだが、戻った。

 ファスラがナシュカのおっぱいを触ろうとして、飛んで来る拳をさっと避けて、また触ろうとして、刀で切られそうになってまた避けてとを繰り返しているのを、緊張の反動でかそこそこ強い眠気に襲われつつ見ていると、妖精達が船にやってきた。ラシージが報告に来る。

「慎重に生死確認をしつつ、街で手に入れた宗教儀式用の石油で確実に焼いて、体を細切れにして再度焼いて川に流してきました」

「ご苦労」

 起き上がってラシージを抱っこする。

 そのファルケフェンが遺した? 槍をルドゥが持ってきた。ファスラがその槍を受け取って、ナシュカにケツを蹴られ、笑いながら槍を手で回して演武をするが、素人目にも動きが変にぎこちない。

「うおぉー! クソ重てぇ、何じゃこりゃ!?」

 ファスラから槍を借りて持ってみると、持ち上げるだけならともかく、振るとなれば恐ろしく重たい。こんなものを振っていたのか。掠っただけで腕なら千切れそうだ。

 槍はジャーヴァル会社に送ってやろうか?

 槍を何とか振ってみて、甲板に傷をつけそうになってファスラに止められる。

 そろそろ酒と食い物の準備が出来てきたようだ。

 ファスラはセリンのようなハチャメチャな乱痴気騒ぎをする奴ではなかった。しかし愛馬ならぬ愛シャチ? の芸を見せてくれて楽しかった。

 ファスラがシャチに乗って泳いで回って見せてくれたので、アクファルが乗りたいと言い出すのではないかと思っていたが、言い出さなかった。シャチと船の下、海底を何度も見比べていたので、海を気味悪がっていると察しはついた。草原生活で底無しで蠢く、変な臭いがして変な虫がいる巨大な水溜りなんか見る機会も無い遊牧民には底知れぬものがあるだろう。もう何度も船に乗って慣れてはいるだろうが、海中は別問題だ。

 とりあえず服を脱いで飛び込む。


■■■


 ナギダハラの港で飲み食いして遊んで過ごしていたら、レン朝支援の命令書が軍務省から届いた。

 海軍主力としてファスラ海賊を筆頭に、南大洋東部や東大洋で活動中のギーリスの子供達の艦隊がつく事になった。ナサルカヒラ州の両棲、水棲種族兵を誇る海軍も来るというのだから水際は無敵の予感だ。

 陸戦部隊にグラスト魔術戦団が丸ごとつき、ナガド軍から離れたガジートの軍事顧問団もそれにつく。彼らはナガドや西部方面で戦時状態のままにいるので、そっくりそのまま戦場へ送る。準備万端の彼らが第一陣となるだろう。

 ベリュデイン総督の積極介入姿勢が体現されていると言える。ルサレヤ総督に喧嘩を売るのは伊達ではないのだ。子飼いの私兵を遥か遠い異郷の、可能ならばしなくても良い戦争に送るというのは簡単な覚悟で出来る事では無い。手塩にかけて育てた可愛い連中を誰が簡単に墓場に送りたいと考えるものか。敵ながら尊敬できる。

 ハザーサイール帝国軍の方はと言えば、ジャーヴァル帝国以北には、損耗したと言えどまだまだアッジャール朝の残党がうようよしている。引き続き警備の手伝いをするらしい。

 直ぐに出立は出来ないこちらは、船便速達でマトラの妖精共を運ぶしかない。第五師団は動かせなくても、マトラ県にはいくらでも予備役がいる。そこから見繕わせよう。人数と砲兵の割合は海軍との話し合いで決めなければいけない。準備を整えるには時間がかかる。一度イスタメル州に戻って、編成して出直す必要がある。ナサルカヒラ州の後になるだろうから、我々は第三陣になるだろう。

 ナレザギーには資金繰りで支援して貰う事になるだろう。軍務省からも金は出るが、そういうのは大抵後で足りなくなるし、足りないから寄越せと申請しても時間が掛かる。また現場で突発的に金が現物で必要になったりすると、官庁からのお小遣いでは書類上では足りていても、現場で足りないという状況はある。そういう時にこそ金持ちが重要。

 ナレザギーが損するばかりではない。出した分は規定により貸付金扱いになるので、利息がついて返ってくるのだ。利率の良い短期国債のようなものだ。

 しかしまあ、イスタメル州なんて魔神代理領の西の端にあるような所から、わざわざ北大陸の東の端にあるレン朝まで軍を出すというのだから今の魔神代理領、それから被害を受けた各国各州の余裕の無さが分かるというものだ。

 魔神代理領の将軍や総督が万単位で私兵を公に持てるのはこのような状況でも、腰の重い正規軍と違って簡単に軍を動かせるからである。現在親衛軍が外征機能を喪失していても、私兵軍がこの通りに持っているのが証明。

 大帝国となるほど地方分権にならざるを得ないが、魔神代理領程大きくなると個人に軍権すら与えなければやっていけない。ただ私兵を抱えさせるだけなら他所でも出来るが、それを国益に正しく向けさせる事が出来ているのが、他国に真似できない魔神代理領流。

 何にしても次の冒険が待っている。敵はほぼ完全に未知なる相手だ。

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