第78話「南部戦後」 ツェンリー

 パシャンダ軍に対して勝利を得た。双方合わせて四十万を越える兵力がぶつかった。歴史に残ると思うと誇らしい気にも、どうしてもなってしまうが、それは間違いである。不戦で利益を得て、恨みも買わぬが最上。

 とは言え将兵達は賞賛されるべきである。多くの者が、特にハイロウで集めた兵達のほとんどが実戦を知らぬとはいえ、問題無い働きを見せてくれた。訓練漬けにした成果が出ている。

 勝利後は、優位を得るために更に南部へ進出して複数都市を陥落させた。食糧に余裕が無く、素早く交渉を成功させるために多少の犠牲には目を瞑った。そうでなければ戦って死ぬより悲惨な事になりかねない。

 大敗の衝撃からかパシャンダでは無血降伏が目立った。そのように降伏するよう勧告した結果かもしれぬが、素晴らしいことである。

 一刻も早く目的を達したいが相手は懐深く、人も多い帝国だ。あの一度の勝利だけで交渉の席はつかなかったが、落とした都市が増える毎に席へ近付いた。もう既に、ナックデク藩王国という猥雑で退廃的な地方政権の都まで手中にある。これでご着席頂いた。

 条約とは断らせぬ状態にして申し出るのが極意であろう。交渉は優位に進められる見通しであるからして、将兵の死は無駄では決して無い。その死が望む条約の締結に繋がれば将来にはここで失った一の命で百の命が助かる。一、百等の数字は比喩だが、助かるのは現実だ。

 しかし此度は棍棒で説得するは蛮族の如しである。度々引き合いに出させてもらっている文化上帝よりどのようなお叱りが下るかと思うと自然と頭が下がってしまう。

 勝利の拡大目的は領域拡大にあらず、食糧提供と交易路の開通がなれば文句は無いのだ。占領地域にはこだわらない。和平条約交渉を進める。もし条約締結がならなければ、パシャンダの穀倉地帯を直に頂く心算だ。


■■■


 交渉を開始する。

 場所はナックデク藩王国領西境の野原である。日傘も敷物も用意せず、一つやや目立つ岩がある所が選ばれた。目印にも困る野原だ。

 ほぼ最上位者同士の交渉であり、どちらか勢力下の都市なり寺院なりで行うのは危険であるという相互の判断。それから天気が良くて風の緩い日が選ばれた。交渉は当事者と、補佐と護衛が一名ずつ。

 相手は、峻厳な顔付きのタスーブ皇太子。遥か西方風の軍服に王族衣装が合わさっている。フラルの軍事顧問に指導されたという話が目で見える。

 補佐には賢そうな美しい妙齢の女性。ややタスーブ皇太子に鼻と顎が似ているから、皇族であろう。自分で思うのもおかしいが、女が何故ここにいる?

 護衛には見上げる背丈の巨漢のフラル人。左肩に付けている赤い飾り外套が鮮烈で、何だか目にうるさい。

 こちらの補佐には事情通のバフル・ラサドが推した、現地語に聡い者。護衛には、流石に馬などの員数外扱いは厳しい公安号と、員数外で何かあったらすぐさまに軍を動かす命令書を持った奉文号である。

 自らも、折を見て方術の再確認をしているので、例えこの場で刃傷沙汰となってもむざむざやられはしない。

 交渉時の会話には中立性を持って魔神代理領共通語が使われる。

「我は天政地より、天より降りし、宇宙を開闢し、夷敵を滅ぼし、法を整備し、太平をもたらし、中原を肥やし、文化を咲かし、四方を征服した偉大なる八大上帝より後代、宇宙を司りし天子の名において、丞相ハン・ジュカンよりビジャン藩鎮節度使に任ぜられたサウ・ツェンリーである!」

 天政の者として名乗りに声を張り上げる。これは天政と天子様のご威光を軽んじられぬよう、軽んじぬようにし、何よりも宣言する者が最上位の者なのではなく、あくまでも天子様の名代としてこの蛮地まで赴いて天政の、畏れ多くも一翼を担わせて頂いていると宣言するのが伝統であり正統である。由縁も知らぬ蛮人が小馬鹿にする話は、蛮人の話で良く聞く。大袈裟ではない、これが適当。

「和平交渉に参りました。そちらもこの場に来て頂いたということは、その意志ありと見てよろしいですね」

「パシャンダ帝国皇太子タスーブです。条件さえ飲み込めるのならそのようになります」

 こちらは誠実に要求する。天政とは驕りも謙遜もしないのだ。

「こちらが望むのは四点。一つ目は勿論、完全に戦争を終える事です。アッジャール残党による貿易路の遮断が無ければ、本来ならば干戈を交えるような事はありませんでした」

「であれば何故北東部に侵入した直後、交渉の使者を出さなかったのですか?」

「我々が望むことを逸早く叶える為です。侮られ、言葉だけを重ねる気はありませんでした」

「急ぐご用事でもおありか?」

 商人が言うには弱みを見せてはいけないという。しかしそれは下の者が行う交渉で、天子様の名を借りる者がすることではない。

「我がビジャン藩鎮の人民と将兵は食糧不足で飢えております。必要とあらばそちらの帝国で蝗のように食い散らかさねばならなくなります。それは不幸でしょう、公人私人としてもそれは望みません」

 タスーブ皇太子が声を詰まらせるようにして何も言い返さない。言葉が通じている上で無言に見えるし、信じたい。

「続けます。二つ目は適正価格での食糧取引です。そちらも戦続きで常のように資金繰りに困る状態でしょう。そしてこちらは食糧が足りません。双方に利があります」

「硝石や馬は売ってくれますか? ハイロウは主要産地ですが」

「我々はジャーヴァルに土地を求めに来たわけではありません。昔のように貿易が出来れば何も言う事は無いのです。そちらの南北戦争に立ち入る気も無く、今回のような特別な事情が無ければ関わる道理もありません。それでいてジャーヴァル帝国とパシャンダ帝国双方と和平を求めながら、一方に武器を送る事は出来ません。何故出来ないかと言えば、武器を売ってまで金を作る必要が無いからです。我が天政において、そのような徳無き事、無用な干渉は戒められております。少なくとも節度使のすることではありません」

「交渉条件にそれがあってもですかな?」

「その通りです。戒めを破る事はその場凌ぎであって、何れ報いが訪れます。であるならば、今日を忍んで侵略を続けましょう。それでは双方に利がありません」

「それと聞き捨てなりませんが、ジャーヴァル帝国と和平と仰いましたか」

「当然模索しております。そちらの戦争に関与する気はありませんので、必要な事が済めば戦いなどしません。天政と同盟など出来ると思わないで下さい。服属はあっても同盟はありえませんのでご注意を。もしするのであれば中央までお伺いを立てて天子様に認証して頂く段取りがあります。天政と肩を並べる等という”有り得ない”話をどうにかして通す事となれば、とても時間が掛かります」

 この男、餌と見れば食いつこうとする、浅ましい。

「三つ目は状況が確定するまでジャーヴァル北東部を保持させて頂く事です」

「何だと!?」

 タスーブ皇太子が声を荒げる。これだから蛮族は、脳で無く肌で思考していると言われて反論出来るのか?

「事情が良ければ勿論譲渡してもよろしいですが、パシャンダ帝国にこの北東部が維持出来るかという問題があります。それからこの北東部は、そちらの伝統的解釈でもパシャンダではありませんので、天政の見識では返還する義務はありません。折角通商を開始しても、また北東部を他勢力に占領されて道が塞がれては意味がありません。またパシャンダ帝国という全く耳新しい国家が、責任を持って条約を遵守するかも歴史に証明がされておりません。もし条約反故となれば報復をさせて頂きます。その足がかりを、今渡す訳にはいかないことはこの説明で理解して頂けると思います」

 タスーブ皇太子が唸る。基本的に革命初代は鼻っ柱の強い跳ねっ返りなのである。そうでなければ革命などそもそも起こさない。目先の物に反射的に齧り付くような輩、少なくてもその傾向。

「四つ目はその北東部以外の占領地の即時返還、捕虜の相互返還です。捕虜の虐待虐殺、占領地の破壊略奪等は一切行っておりませんのでご安心下さい。以上です」

「占領地の即時返還、捕虜の相互返還は言うまでもありません。今後友好的に通商が行いたいというのであれば、我が帝国に侵略した時の損害を補填する賠償をして頂きたい。それから硝石と馬の輸入は食糧輸出の対価です。北東部も返還して頂きますが、ジャーヴァル帝国を屈服させるまではどうぞ駐留して頂いて結構です。不可能ではないでしょう」

 タスーブ皇太子が強気に出てくる。これだから蛮族は下劣だというのだ。無理に口の上手さで勝ち取ったとして、負かされた方の不満や恨みを考えていない。何れ反故にされてもいい、もしくはその思慮すらないという浅ましい態度には辟易する。

「勘違いをなさっておいでですが、ご存じないかもしれませんのでお教えします。天政において天子様の名で行う交渉とは、条約内容の交渉ではなく、交渉担当者を納得させる交渉であり、内容の変更はありません」

 タスーブ皇太子が訝しげな顔をして、そして彼の母国語で補佐の女性としばらく会話。

 こちらの補佐に会話内容を教えて貰うには、そのような交渉をしてくるものなのか? と事実確認をしている様子。

 そしてタスーブ皇太子は話を終えて「馬鹿にしてらっしゃるわけではないようですが」と、顔の皺を増やして言う。

 自分は本格的な条約”交渉”は初めてなので、色々不手際があったということだろう。制覇上帝ならば”交渉”で腹が捩れる程笑わせながら蛮族の王に自決をさせたことすらあるというのに。勉強がいくら出来ても、若く、人と話すという技には多くの年長者に劣る事は隠しようが無いということか。互いに利があって恨みも抱かないなど、若輩には困難であるか。しかし、やれることはやろう。

「四つの項目は、天政の法に従って定めた内容です。個人的な感情が介在せぬように法は定められており、それこそが法であります。立法上帝曰く、”和平初項 制欲望項 法定選項 堅守防項”まずは互いに和平を結び、相互利益を考えて復讐や強奪をせず、その上で法に定められた通りに項目を決め、項目は実行を伴って固く守る、というお言葉があります。法の一部でもあります。欲を制せなければ要求というのはどこまでも過剰に上がっていくものです。この四項目、これにご納得頂く事が無ければ今後も交渉も何も進みません。その硝石と馬も、和平後にまた考えればよろしいでしょう。まず一段階を踏むというところから始めませんか? 戸を開けなければ家の中にも入れません」

「……一度その話持ち帰らせて頂きます。それまでは一時停戦ではどうでしょうか?」

 タスーブ皇太子の表情は、苦しげながら、上がる熱を抑えつつの平静と見る。

「それがそちらの戸ならば私は開けましょう。ただし、早く招いて貰わねば堪える事は不可能です」

「分かりました」

 互いに一礼して分かれる。

 一旦交渉中断。頭を冷やす時間だ。それに彼は皇太子である。皇帝がいるのだ。この場で裁定出来る人物を求めていたが、そこまでは贅沢、欲と言うものだ。こちらも天子様を連れて来いと言われたら当然拒否するし、場合によっては懲罰戦争と名を替える事もある。


■■■


 それからタスーブ皇太子からの返事を待つ間に悪い報せがやってきた。ジャーヴァル帝国軍に対してジャーヴァル北東部の西部防衛に当たっていた軍が敗北したというのだ。

 アブラチャクは陥落し、方面軍司令官テイセン・ファイユンが捕虜になった。マシシャー軍は半壊で、ハイロウ軍分遣隊と太平軍分遣隊が壊滅状態。死者行方不明者や捕虜、手元に戻ってこなかったのが八万人を超える。

 小競り合いが続いていたと報告はあったが、このように打ち負けるとは想定外。

 パシャンダ軍主力を撃破して余剰戦力が生まれ、そして食糧補給が厳しくなってきたのでジャーヴァル軍と太平軍を北に戻していたのが幸い。敗戦直後になるが、直ぐに配置につける。一気に北東部を取られることは無い……はずだ。

 この事は間も無くタスーブ皇太子、パシャンダ皇帝に知れるだろう。おかしな要求を出してくるに違いない。これだから蛮族は度し難い。

 策を弄するしかない。もう片方、ジャーヴァル帝国に和平を提案する手紙を出すべきであろう。

 両帝国を相手に、流石にビジャン藩鎮一つでは荷が勝ちすぎている。今はまだ地方の紛争で済ませられるが、本格的な戦争となれば魔神代理領が出て来て、この段階となれば中央に判断を委ねるような大事となる。自分の責任で天政を戦争に引きずり込むのは、未だ法の範囲内ではあるが、責任問題。自分が責任を問われるのならば良いが、それで当事者ではない中原、各藩鎮の人々が苦しむのは認められない。

 今時点で決着をつけるべきである。

 まずジャーヴァル北東部の譲渡如何に関わらずに交易路の維持をしないといけないが、不誠実な二枚舌交渉にならないようにしないといけない。既にパシャンダ帝国と行った交渉を前提にした上で交渉となると、要求項目を法通りに作成出来ても、矛盾点や不誠実な点が現出しかねない。

 両者――宿敵同士――個別に交渉とあっては更に面倒事が予測される。こちらが法通りに項目を作成すると言っても、両者は北東部を巡って別の争いを始めて、こちらの欲しいものが手に入らなくなるおそれがある。それを待って飢え死になど有り得ない。そして交渉中に我慢できなくなったからと、正当な理由無く戦いを仕掛けるのは天政の常道に反する。それは蛮族のすることだ。

 これは悩ましい。天に唾吐く愚か者になれればどれ程気楽であろうかと邪心が勝りそうだ。であるならそうならぬよう――困難を極めるだろうが――三者揃えての交渉とするべきだ。仲介役、のような者になる。

 両皇帝にその旨を伝える手紙を書く事にする。

 天政外の蛮族とはいえ、王を越える帝号を持つ者達である。一つ文を書くだけでも形式というものがある。形式の復習をせなばならないか。

 例になる文を思い出し、まずその通りに書く。書いてから現状に沿った文に修正。それから天政の威容を損なわぬように修正。パシャンダ皇帝はそれでいいが、ジャーヴァル皇帝となるとその上へ更に魔神代理という存在がいる。少し言葉選びが難しくなる。

 中央が魔神代理領と交わした手紙の文面を思い出す。少し古いが、海洋を通じての朝貢をするしないのやり取りの文面だ。天政が譲歩して親、子ではなく兄、弟の関係では如何と提案し、文化の相違性に関する論文が返されと、時の天子様と魔神代理が、政治的な面で見れば争いを、個人的に見れば仲良く文通をしていた記録がある。そこから形式と言葉を借用しよう。

 三者交渉が上手くいく可能性は未知数、低い事だけは想像に易い。

 まとまらぬのならばまた蛮族の如き、徳の薄い手法が必要となる。ジャーヴァル北東部をジャーヴァル帝国に譲渡し和平を結び、通商条約を結ぶ。そして食糧輸入量が足りなければ、パシャンダ占領地の占領を継続して食糧を捻出し続ける事になるだろう。軍事通行権も必須。ただ占領地の維持という厳しい条件があるので先行きの不透明感が強い。ジャーヴァル帝国と手を結んでパシャンダ帝国を滅ぼすのもその先の選択の内だ。

 まず、皇帝ならずとも交渉役が揃う事を、簡易祭壇を作って八大上帝に線香を焚いて祈る。


■■■


 夏に入り、とても暑くなってきた。

 三者交渉の返事は両皇帝からは無い。タスーブ皇太子からすら返事は無い。

 パシャンダの占領地からは、徴税が緩くて、圧制者からの解放、等とおかしな歓迎を受けている。パシャンダの戦争税と徴兵は彼等の常識からは逸脱して酷かったらしい。

 こうなったのもフラルの軍事顧問が西のおぞましい悪魔の呪文を、処女を千人生贄に捧げて唱え、皇帝を呪ったと言う話だ。表現は大袈裟だが、事実無根では無いだろう。改革に伴う犠牲と言う。

 しかし歓迎の雰囲気もその内、占領に対する不満になって噴き上がるだろう。友好は一時的なものと考えるのが現実的だ。民衆暴動を武力鎮圧するような事態になったら引かねば危うい。長期間の占領は不可能だろう。

 官服の夏服、生地が薄くて風通しが良い物を仕立てた。中原でも南方では良く着られる。

 執務中、法執行の誤裁定の後始末に関して判断を仰ぐ文書に目を通していると、公安号が例によってにおいを嗅ぎに来る。

 背中を嗅いで、その後顎を肩に乗せてきた。顔に髭が当たって痒い。

 背中にも胸がぴったりくっついている。巨体の呼吸によってわずかに体が揺すられる。

 夏に入り、とても暑くなってきた。

 毛だらけで、大きくて、呼吸が――人と比較して――荒い。

「公安号、私が何を言いたいのか分かりますか?」

「ウォフ」

「ではどうしますか?」

「クゥン」

 今度は腕の下から膝の上へ頭を突っ込んできた。なるほど。

「あなたは私が慈悲深いと思っていますか?」

「ワフン?」

 公安号の鼻を筆で塗って、方術でその墨の粘性をやや上げると、咳き込むように頭を振りながら逃げ出す。

「ワフンじゃありません」

 部屋の外で苦しげに「キュウン」と鳴いた。方術で墨の粘性を下げる。

 官服についた毛を払って、公安号が逃げる時に崩した書類の山を戻そうと思ったが、一つも崩れていない。

 北東部の西部方面は敗戦以降、アブラチャクの陥落後は放棄した周辺拠点が占領され、戦線維持の為の小競り合いがある程度だったが、最近はその小競り合いも無くなった。

 三者交渉の手紙を送って返事は無かったが、おそらく手紙が届いた辺りで小競り合いも一時停止となったのだからそれだけでも良しとしたい。次の段階に進むのも遠くないはずだ。そこまで頭の巡りは遅くない、はずだ。


■■■


 良くも悪くも状況が固定化されて夏本番。パシャンダはおそろしく蒸し暑い。

 執務はジャーヴァル北東部で行っているのでそこまで辛くないが、北東部でも十分に、ハイロウより暑い。単純な気温はハイロウの方が高いが、湿度が違う、かなり高い。肌感が違う。

 ジャーヴァル軍の者など、遊牧民は馬が弱ると南部のパシャンダ占領地には行きたがらない、駄々をこねるのだ。実際に馬を病んで弱体化され、離心していなくなられては困るので配置に気を使わなければならない。

 しかし暑い寒いで配置変更が出来るならと、わがままを言い出す者もいた。法に基づいて行動するというのがどういうことかを説明し、脅迫したが、長引くとよろしくないのは確かだ。一個のビジャン藩鎮軍としてまとまるには寄せ集めに過ぎたし、集まってからの時間が短過ぎる。

 良くない事は続いた。

 ビジャン藩鎮にて変事である。予定されていた支援物資が来ないという手紙が来た。ジャーヴァル出兵とパシャンダで占領地を得て負担は減ったものの、まだまだ軍は支援物資が頼りだ。

 理由は明らかではないが、中原にて軍に警察に、禁軍までもが動いているという。文官商人にまでも不審な病死、毒殺の騒ぎが起こっているという噂だ。そして事態を探ろうとすると巻き込まれて殺された者がいるという噂すらあるというのが、最後の支援物資を運ぶ者や商人の話。彼等もビジャン藩鎮に向かう道中で聞いた話という、何とも、人伝えの人伝えの話である。であるから話が極端に大きくなっている気もするが、事実ならば内戦である。

 奉文号がいるせいで忘れがちだが、中原よりビジャン藩鎮、そこからジャーヴァルまでとなればとてつもなく遠大な距離。話が耳に入った時点で既に一昔前なのだ。

 何事であるのか? 支援の停止理由が主旨だが、確実な返事が頂けるであろう丞相閣下に手紙を奉文号で出す。

 場合によってはこちらからの三者交渉を捨ててまで行動する必要が、可能性として有り得る。しかしそうなれば無責任で不誠実である。だがそうしなければならない事もある。それが三者交渉が成って、その最中にそう判明する事も有り得る。

 全てが悩ましい。

 楽に判断が下せる状況になってくれないかと邪心が芽生える。例えそれが良くない方向であったとしても。

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