第77話「北部転戦」 ベルリク

「ジャーヴァル同胞諸君おはよう! ケテラレイト皇帝陛下も御機嫌良う。朕はアウル藩王チェカミザルである! 朕の、陛下の、我等のザガンラジャード! 朕に良く、陛下に良く、皆によろしい全てを砕く大、男、根! 敵を強く打ち据えるもの也!」

 朝っぱらから象に乗って、各軍に挨拶して回るチェカミザル王は開戦前に皆を盛り上げている。得がたい存在だ。笑い過ぎて腹が痛い。

 こちらは第十五王子義勇軍、ガダンラシュ侵攻で消耗した分の補充を受けて元の二万名に復活。ジャーヴァル帝国本土に引き返して後方要員への負担がかなり減ったので実数は増したようなもの。ただ二万程度じゃ補充が足りない。メルカプール藩王軍に補充分に取られている。その分がこちらに回っていれば予備にして、軍が半壊する程酷使した後に予備で補充して直ぐに行動に移れるというのに、悔しい。

 その藩王軍だが、西方のケジャータラで休戦地帯を警戒中だ。遊兵のクセに生意気な。

 敵のレン朝軍は未知なる敵だ。あちらと戦った経験のある者が魔神代理領内に――魔族の種になった者を除き――一人としていない。交戦記録も古く、千年以上前で参考にし難い。仮想敵として研究する根拠も薄く、資料も少ない。アッジャール朝侵攻時にレン朝の軍事技術を用いた部隊がいた可能性はあるが、ジャーヴァル領内にある資料では確認出来ない。スラーギィでも確認はしていない。

 ではケテラレイト帝の密偵が敵の情報を持っているかと言えば、敵の西部方面軍の大まかな配置程度。表面程度にしか浸透出来ていないということだ。一朝一夕に潜入調査など出来ないので、敵の兵数は外に出てくるまでは不明だった。

 武器や戦法については槍、刀に弓、鉄砲と大砲というような品目が装備されていると分かっただけ。どんな質の物がどんな割合で、飛び道具の有効射程距離とか平均的な発射速度とかは分からないらしい。もうちょっと何とかならないか? 今更文句をつけても始まらないが。

 戦闘前なので消化に良い物が中心になっている朝飯を食いながら戦闘準備の完了を待った。


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 ジャーヴァル産葉巻、の中でも葉を熟成させて香辛料を混ぜて燻すとか、色々手の込んだ工程を加えた物を咥える。一般販売用の規格ではない試作品なので、香りがキツい。気をつけないと咽る。過ぎたるは何とやらだ。

「臭ぇよアホ」

 隣には通訳のナシュカ。ナガドでの戦いと同じく、号令をジャーヴァルの連中に伝えるために一緒に並んでいる。右手には刀を下げ、左手に拳銃を持って、腰帯に靴にも拳銃を突っ込んで戦う気満々である。

 葉巻を捨てて火を足でにじって消す。これはダメだ、マズい、辛いとも言える。

 他人を当てにしてもしょうがないので偵察隊と竜跨兵の集めた情報と、ガジートが威力偵察で集めた情報を合わせて、こちらの軍も行軍経路も会敵場所も軍の配置も作戦も全て調整した。作戦前に分散した各部隊を各個撃破されないように移動させた作業が一番難しかった。戦力の分散、敵地浸透、戦力の再集結。その時初めて竜に乗り、航空移動司令部? のような真似事をしたが、仕事量が多くてぶっ倒れるかと思った。尚、皇帝陛下の情報は糞の役にも立たなかった。対アッジャール残党に絞って情報収集していたので、その点はしょうがないが。

 それから会戦前までに宿営をある程度供にして感じた事は、ジャーヴァル帝国軍は突然のレン朝軍乱入に慌てふためき、情報収集どころの騒ぎではなかったようだ。陣地防衛か撤退か寝返り? か、外交工作でその場凌ぎ、一時的に北東部を割譲して魔神代理領の援軍を待つか検討等々、それはそれは酷かったらしい。ラーマーウィジャ教団軍の間抜けは脱走兵を撒き散らして自領まで一度、完全に引き返した程。ハザーサイール帝国の軍事顧問が何とか事態収拾に当たったが、大変苦労したと溜息の数で知れた。

 自分は徒歩、勿論中央最前列。ナレザギー王子は騎乗して隣。指揮官は先頭に立つ。指揮官が先頭に立つのも、そろそろ今か次の世代で最後になりそうだ。こうも大規模戦闘が続く世になってくるとそうなってしまうだろう。死傷率が半端ではなく上がっている。

 ”俺の悪い女”、刀を横、上斜めに突き出す。やっぱりただ上に突き出すよりカッコいい。

「整列!」

 横に並ぶナシュカが叫んで通訳。それに合わせてナレザギー王子も同じく号令。

 もうナシャタン語を喋るのに不自由は無いが、これは形式である。あくまもでも指揮官はナレザギー王子なのだ。

 刀を前、刃の腹を上向きにし、上斜めに突き出す。今日は曇りなので光があまり刃に反射しないな。

「全たーい……前へ! ……進めぃ!」

 ナシュカが叫んで通訳。それに合わせてナレザギー王子も同じく号令。

 チェカミザル王の指揮で、山車の楽団がザガンラジャード行進曲の演奏を始める。前回より単純に人数が多く、太鼓も大型の物が導入されて派手に騒がしくなっている。

「ヨイショ!」

『ヨイショ!』

「ヨイショ!」

『ヨイショ!』

「ヨイショ!」

『ヨイショ!』

 見た目も着色も飾りも派手になった山車の大きさも以前とは比べ物にならなくなっている。掛け声を出して綱を引く人数も倍以上だ。

 ザガンラジャードの神像も大きく! なり、中には二つ積んでいる山車も、両脇から角のように生えている山車もある。そしてまるで本物であるかのように細かく色が塗られ、皺やら盛り上がりやら何やらが彫られている。

 山車の前面には巨大な鎌や鋸、篝火が取り付けられており、山車を引っ張ったり押す妖精を傷つけないように配置されている。衝突時の威力を増すというよりは、恐怖を煽るために効果を発揮するだろう。

 山車の上には銃手のみならず、旋回砲を操る砲手もいる。それから兵士達の装備も少し良くなっていて、以前は短剣だけだった者は拳銃も合わせて持っている。白兵戦能力はこれで相当上がる。屋根の上で扇を持って踊る要員も一台に一人ずつだ。

 一歩踏み出す、二歩踏み出す、前進開始。

 新兵の訓練時間も確保出来たし、部隊錬度も上がったので隊形は前より少し複雑にした。

 前方に歩兵縦隊が十二本。突撃準備射撃用に弾火薬を多く持たせず、象に大砲を引かせた砲兵隊が四つ。両端とそれぞれの隊の間にアウルの山車が配置される。

 後方には錬度の高い兵士で固めた督戦を兼ねる予備隊が四つ。それから転戦しても追いついて来られるように牛車馬車を集めた補給隊、と護衛に散兵。錬度低めの騎兵は両側面の援護。高い騎兵はすでにかく乱攻撃に向かわせた。偵察隊は別行動中。

 偵察情報では、こちらの正面、相手は敵軍の最左翼。民兵に毛が生えたような連中だ。望遠鏡でもそれが確認出来た。敵の精鋭は南方攻撃にあて、弱兵は西方防御に使っていると情報の総合判断で下している。

 エデルトの士官学校で、新兵でも壁の内側ならば勇者になれる、と防御戦術に関して説いていた教官がいた事を思い出す。そんな感じの、壁の外に出た勇者が凡そ三万。引きずり出してやった。

 ルサレヤ総督が訓練と称して奴隷騎兵の教官や若い連中を送ってくれた。実戦訓練の機会を逃さぬ手も無い。質こそ文句のつけようが無いが、如何せん少数精鋭。小細工が上手くいくようになった程度である。

 その奴隷騎兵と、既に成人した者も多くいる我がレスリャジンの青少年騎兵、メルカプール騎兵からは錬度の高い者を選抜して旋回砲搭載の駱駝騎兵を直衛させつつ、かく乱攻撃を行わせている。小銃の有効射程圏外からの弓による曲射、旋回砲の砲撃、射程距離重視の大型小銃の狙撃を敢行中。敵の砲兵が威嚇射撃程度の砲撃を行っているが、完全に散開して動き回っている相手に当たるものではない。

 ルサレヤ総督より竜跨兵も大幅に増員された。上空から、アクファルを含んだ竜跨兵が当たる当たらないを別にして弓矢による射撃、擲弾の投擲を加え、威嚇に竜が咆える。竜を知らぬ人間、騎兵の馬、荷物を運ぶ馬、牛、ロバに駱駝が怯えて暴れ出す。

 一見派手だが、地上からの対空射撃の危険性を考えると高高度からの攻撃になるので大して敵は殺せていない。それから竜の体力と、滑空するのに適した足場が無いせいで何度も攻撃は出来ない。ガンダラシュ高原では縦横無尽に飛んでいた竜だが、こんな平原ともなると急に自由が利かなくなる。

 敵民兵は落ちた士気を回復させるように、青黄赤の三色旗と白黄一色の旗を一斉に掲げて振り、何事か合言葉を大合唱し始めた。必死に頑張っている感じが可愛い。突撃準備に移る。

「全たーい……止れ!」

 ナシュカが叫んで通訳。それに合わせてナレザギー王子も同じく号令。

 ガジートの威力偵察情報を基にして、凡そ敵射撃武器の有効射程圏外より少し外で全隊を一時停止させる。綱を引くアウル妖精の掛け声が止まる。

 青少年騎兵と奴隷騎兵は縦隊に加わるように、駱駝旋回砲は直衛の騎兵を伴って後退するように伝令を出す。

 ラシージが砲兵に砲撃を開始するよう指示を出す。大砲は一門につき四頭から六頭の馬で引いているので足は早い。

 マトラから良い物が届いている。対アッジャール戦争で活躍した榴弾だ。要塞攻撃には効き目は薄いが、対人攻撃には最高。

 敵方も大砲を前面に出して並べている。数は少なく、こちらの行進停止を見て砲撃してきたが、狙いが甘いのでちょっとしか味方の兵士は潰れていない。おまけに発射速度はお世辞にも早くないし、砲身冷却に大分時間が掛かっているようだ。骨董品でも引きずり出してきたか?

 こちらも反撃、榴弾による対砲兵射撃が開始された。

 大砲の発射角度の調整からの、観測射での大まかな砲撃。敵砲兵の手前に着弾したり、直撃したり、奥の歩兵に直撃したりとバラバラであるが、初期段階から良く敵を捉えている。大砲と火薬量調整の技術が違う。

 この榴弾の凄いところは着発して爆音で脅し、弾殻を撒き散らして敵を引き裂くので直撃しなくても相手を殺傷出来る。旗を掲げての大合唱も更に可愛く見える。

 最初の観測射での弾着位置を元に弾着の修正が始まる。まずは敵の手前に着弾することはほぼ無くなり、敵砲兵か敵歩兵のどちらかの位置に着弾し始める。榴弾の炸裂で敵が倒れ、同時に旗も倒れるので遠くからでも効果が確認し易い。ラシージと工兵が指導した砲兵はもう、世界中どこに出しても恥ずかしくない技量を獲得した。

 弾着位置の修正が終わって効力射に移る。土嚢等で大砲を守る工事を敵はしていない――させる暇無く攻撃した――ので、何からも守られる事も無く敵砲兵に命中し始める。破片が飛び散るので直撃しなくても砲兵が殺せる。直撃すれば勿論、一撃で砲兵は全滅同然。血肉がベットリ付いた大砲と死傷者を残して砲兵が逃げ始めた。これで敵の大合唱の声が明らかに小さくなった。

 敵砲兵が片付いたので敵歩兵に対する砲撃が開始される。敵の大砲に勝るとはいえ、こちらの大砲も射程距離ギリギリ。ラシージの指示でそのギリギリの射程で砲撃を続行して敵前面の歩兵を砲撃する砲兵と、前進して敵後方の歩兵も射程に収める砲兵に分かれる。そして観測射からの、弾着修正、効力射に移って敵歩兵の塊の、真ん中に榴弾を撃ち込み続け、爆圧と破片効果で挽肉汁の製造中。敵の大合唱も消えて兵士の逃走が散見される。

「凄いね旦那ぁ、良い榴弾だ。どんな手品か知らねぇが、早発も遅発も暴発も無ぇみてぇだな。空中炸裂じゃねぇのがちょいと残念だが、ウチの船にも売ってくれよ」

 何故かファスラが、何時の間にか隣に現れた。呼んだ覚えも、こっちに来るという報せも無かった。酒も飲んでいる。戦闘前に恐怖を紛らわせるために兵士に酒を飲ませることはあるが、こいつの場合はベロベロになる勢いで飲んでいる。左手に酒瓶、右手に刀。ふざけた奴だ。

「あれは限定製造だ、売るだけ無ぇんだよ」

「設計図だとお幾らかな?」

「俺の管轄外だな。あっても内部機構は簡単に真似出来ないらしいぞ」

 安全な榴弾という、何だか変な感じのあの榴弾を作ろうと魔神代理領でも真似して頑張っているらしいが、失敗の連続らしい。まずあの榴弾、普通の球型じゃなくて円筒型だ。この時点で門外漢には何がどうなっているのか分からない。

「そんな感じだなぁ。普通の榴弾と違って導火線弄って炸裂時間調整して起爆じゃないんだろ? ふっ思議だよなぁー。衝撃で起爆? これで暴発が無いとか、魔術だよな」

「専門家に聞いてくれ……海はいいのか?」

「獲物がいねぇのに海なんか漂ってられるかよ。海の男の陸への恋慕がどれだけ強いか分からんだろ? 洋上じゃ陸に上がって土食う事考え始めるぜ、マジで」

 まあ、アクファルが居ない代わりと思えば……何だかなぁ。

 ファスラとちょっと喋っている間に敵陣が崩れ始めた。榴弾で雑な隊列が歯抜け櫛になり、血塗れの死体、負傷者がそこら中に転がっている。旗の数も激減だ。

「間も無く予備を除き、携行砲弾、終了です」

 ラシージが報告に来る。速度重視で、重たい砲弾はこの最前線では多くは持ってきていない。追従している後方の補給隊にある。

「良し分かった。砲撃停止」

「砲撃停止、了解」

 機は今である。ラシージが各砲兵へ砲撃を停止するように指示。

「気をつけぇぃ! 全たーい……前へ! ……進めぃ!」

 ナシュカが叫んで通訳。それに合わせてナレザギー王子も同じく号令。

 再度歩いて距離を詰める。アウル妖精が山車の綱を引いて掛け声を上げる。

 散々に打ちのめしたので、近付くこちらに対する敵の反応は薄い。

「早足!」

 ナシュカが叫んで通訳。それに合わせてナレザギー王子も同じく号令。

 歩く速度を少し上げる。まだこちら以外の軍は散兵戦や砲戦をしている程度で、積極果敢に動く気配は無い。戦場の主導権はこちらが取った。

「全隊突撃用意ッ!」

 ナシュカが叫んで通訳。それに合わせてナレザギー王子も同じく号令。

「突撃ラッパを吹けぇ!」

 ナシュカが叫んで号令。ナレザギー王子も同じく号令。ラッパ手に突撃ラッパを吹かせ、間髪入れず、

「突撃に進めぇ!」

 刀の切っ先を前方に向ける。ナシュカが叫んで号令。ナレザギー王子も同じく号令。

 先頭に立って突撃、走る。

 アウルの山車も、妖精達が綱を外し、押し棒へ回って押して走り出す。

「ソイヤ!」

『サァ!』

「ソイヤ!」

『サァ!』

「ソイヤ!」

『サァ!』

 山車の旋回砲の砲手、銃手が敵を撃ち始める。あまり当たっている感じではない。

 敵の応射。一斉射撃ではなく、各兵士が好き好き、任意に射撃している。榴弾砲撃のおかげでその発砲数も少ない。

 敵の銃弾を歩兵が受け止めて数十人が倒れたところで、奴隷騎兵と青少年騎兵と選抜した騎兵が縦隊の間から前方へ走り出て、突撃前射撃に移る。

 敵方の指揮官の装備に装飾が派手でとても分かりやすい。毒矢と銃弾の的になる。競技を見ているみたいに面白いくらい死ぬ。

 以前はなんとはなしにやらせてみて成功したこの戦法だが、かなり騎手と馬の質が高くないと難しい。何度か訓練でやらせたが、歩兵と騎兵の衝突事故は一回や二回ではない。

 歩兵縦隊の間を縫って動くのも、周りは興奮した兵士にあの山車であり、馬を良く御せないと難しい。それからちゃんと敵に矢や銃弾を当てないといけないのだが、縦に進む歩兵とぶつからないように、その正面を横に全速力で疾走しなくてはならない。歩兵も歩いているのではなく、突撃に走っている。そうでないと衝突する。

 敵は目前、今まであまり見たことの無いような顔付きの連中ばかりだ。異様に目が細いのが何となく気になる。逃げ腰、背中を向け始めている兵士も見える。女兵士もちょろちょろと見える。

 やっぱり最初に刃を入れたい。直前にもっと足を速めて皆より十歩は前に出て、手に持っている小銃を取り落とした髭面のおっさんの頭を刀でカチ割る。綺麗にスルっと刃が抜ける。良く切れる。次の敵もスルっと切る。

 歩兵縦隊の、銃兵が小銃を発砲しながら突撃して銃剣を敵に突っ込む。槍兵が槍で敵をぶっ叩く。

 山車が敵を跳ね飛ばし、車輪で轢き潰しながら突っ込む。神像の先端部に顔面を粉砕された敵が見えた時には笑えた。

 衝突の衝撃で演奏が一瞬乱れるが、王の山車の屋根で盛り上げているチェカミザル王が扇を振って「ハーイハーイハイハイハイ!」と音頭を取って演奏を再開させる。

 山車を押していた妖精達が短剣を抜いて、拳銃を撃ちまくりながら敵に襲い掛かる。ほぼ完全に逃げ腰になっている

「ワッショイ!」

『ワッショイ!』

「ワッショイ!」

『ワッショイ!』

「ワッショイ!」

『ワッショイ!』

 目を閉じて怯えながら小銃を発砲した敵に馬を撃たれ、死ぬ直前に棹立ちになった馬からナレザギー王子が落ちて、その死体の下敷きになる。いきなりマズいと思ったが、場の雰囲気に飲まれている敵はそれ以上前に出ない。ナシュカが敵の方へ何丁も拳銃を撃ちまくりながら援護し、ナレザギー王子の従者が救助に掛かる。ちょっとビックリ。

 敵の小銃を刀で跳ね上げて、返す刀で腹に刃を突き入れる。

 酔っ払いファスラは酒瓶をグイっと煽ってゲップ。

「良いかぁ旦那よぉ」

 ファスラが刀を振れば、敵の体も装具も武器も一緒に文字通りに一刀両断だ。

「この酔っ払い殺法を」

 ちょこん、と突っつくように敵の頭に刀を差し入れてスルっと抜く。

「やっていいのは」

 流れるような素早い横の大振りで、敵二人の首がころんと落ちる。

「なぁー」

 刀を地面に刺して、無造作に見える動きで短刀を立て続けに三本投げる。全て別々の敵の首に命中。

「俺みたいな」

 地面から刀を抜く動作で切り上げ、敵が股下から頭まで真っ二つ。

「達人じゃあ」

 高く上げた爪先蹴りが敵の喉に当たる。下げた爪先には何時の間にか刃が出ていた。

「なきゃあ」

 敵の首を刀で撥ねて、走ってその首無し死体を足場に、敵の真っ只中に飛び込む。

「ダメなんだよ!」

 クルっと一回転、五人の敵の腕と腰が斬れて落ちて内臓が零れ落ちる。

「なぁー、分かる?」

 マッチを擦って火を点け、異様なファスラから逃げようとする敵に燃える酒を吹きかけてゲラゲラ笑う。

 逃げる敵の背中を刀で斬る。傷が浅くてまだ動くので背中を蹴って倒す。刀を背中に刺してトドメを入れる。

「凄過ぎて逆に羨ましくない」

「だろ?」

 それから少し状況を見る。我々が相手取った敵最左翼の民兵軍三万は完全に壊走状態にある。敵が予備兵力をこちらに回したり、壊走する民兵を再びまとめあげるといった行動には、とりあえず即座には出ていない。榴弾による素早い敵陣崩壊のお陰だろう。

 落下と馬の圧し掛かりの衝撃で朝飯を吐いているナレザギー王子を見て笑いつつ、追撃もそこそこに停止させる。代わりに今蹴散らした敵の追撃は、温存しておいた騎兵に任せる事にした。そこそこで戻って来いと命令もしておく。これでアホみたいに突っ込む馬鹿は我が軍には、流石に現時点ではもういない、はず。


■■■


 拠点防御を決め込んでいる敵を野っ原に引きずり出すのは色々と小面倒な作業であった。この戦いの前に大仕事が大きく分けて三つあった。

 一つ目は、とりあえず敵の小拠点、ちょっと防備を固めた程度の防壁に砦付きの村を大砲で撃ちまくって、ラシージ得意の即製地下坑道からの地雷爆破で一日、早ければ四半日内で崩壊させ、降伏させていった。こうして篭城しても各個撃破されると教えた。

 そんな調子で一つずつ、確実に複数の拠点を破壊。目玉抉りとか敵に負担を強いる残虐行為は許可が下りなかったのでやっていない。外国人もダメだという。

 ケテラレイト帝は徳の高いお方だ。感謝状をくれたぐらいだが、ダルマフートラの話は勿論聞いているらしく、こちらを見た時からあからさまに目の色が違った。反乱軍でほぼ名目上とはいえ、臣民虐殺を気に入るわけもない。

 二つ目は、敵補給線の切断、妨害。騎兵や竜跨兵での、敵の食糧運搬車への焼き討ちは良く成果を出したと思う。

 しかしこれでも不足なのでまだまだ手を加える必要があったが、許可が下りなかった。畑の刈り取り、家の焼き討ち、農民の拉致、井戸潰し、川の流れを変えて水を断つ工事、焦土作戦に関するもの全てが不許可。腐った死体を各拠点に投下するのも不許可。

 三つ目は、時間が経ってようやく働きを見せたケテラレイト帝お抱えの情報員に、敵の西部主要拠点アブラチャクの元々の食糧庫と、敵軍が別に使っている食糧庫の場所を教えて貰い、ラシージに地下坑道を掘らせてその食糧庫に、毒性もある石油を撒いて燃やさせた。坑道伝いなので大した量は撒いていないが、燃やすと出る黒煙と悪臭に、食糧が酷く汚されたと心理的に動揺したことだろう。

 こうして夏季に入る前の現在には、レン朝ビジャン藩鎮西部方面軍をこうして野戦に引き摺り出せた。奴等は飢えた大軍勢、荒れた北東部、ハイロウからの長い補給線、燃やされてわずかになった備蓄食糧、堪えるのは時間の問題だった。

 しかし西部方面軍がもう少し辛抱強かったらどうする心算だったのかと思う。南部に向かった敵主力はパシャンダ帝国軍を撃破して大勝している。その主力の一部が転進して来ている現在、焦土作戦は必要だ。ジャーヴァル北東部の一部でも焦土にすれば、ちょっと下がって防御作戦を実行するだけで敵が自滅していくのだが、アッジャール侵攻で懲りてないのか?

 ナガド軍は西部防衛に兵力を割いて一万である。ただしガジートがいるので、正直雑兵が引き抜かれてもそれほど能力に劣る気はしない。

「休んでいる暇は無いぞ! 攻撃だ、次の攻撃だ。ナガド軍が正面に捉える敵軍の側面を取るぞ!」

 先に撃破した敵軍より一つ中央へ隣の敵軍も、見るからに壁の内側の勇者三万だ。敵の精鋭、主力は右翼側に集中している。

 休まず、全隊を左へ方向転換させる。縦隊突撃隊形から、横隊に整列させる。これは少し時間が掛かる。

 その間に弾薬を補給した砲兵、駱駝旋回砲も隊列に加わる。

 ナガド軍には、前方の敵を撃破する支援を行うと伝令を出す。

 戻ってきた竜跨兵には待機命令と、待機解除までは、待機ではあるが自己判断で動くようにと自由裁量権を与える。陸と空では連絡が取り辛いので完全に放置していても機能するようにしてはあるが、念押しだ。

 青少年騎兵と奴隷騎兵をかく乱攻撃に出す。

 新しい馬に取り替えたナレザギー王子が、軍医に調子を診て貰ってから戻ってきた。先ほどの戦いで結構疲れたご様子が見て分かる。

「殿下、骨は無事でしたか?」

 思わず笑ってしまう。あんな間抜けな敵に落馬させられて、バッカみたいじゃん!

「胸甲をつけてなかったら馬に肋骨を折られてました。落ちた時は受身を取れてましたので、頭は打ってません」

 ナレザギー王子の胸を軽く叩く。金属丸出しの衣装ではないので分かり辛いが、手応えは金属。

「当たらなきゃいいんですよ」

「馬鹿言うんじゃありません」

『ハハハハ!』

 そろそろ動く。

 自分は勿論中央最前列。ナレザギー王子は騎乗して隣。落馬なぞ何の事、指揮官は先頭に立つ。

 ”俺の悪い女”、刀を横、上斜めに突き出す。絶対カッコいい。

「整列!」

 横に並ぶナシュカが叫んで通訳。それに合わせてナレザギー王子も同じく号令。

 刀を前、刃の腹を上向きにし、上斜めに突き出す。

「全たーい……前へ! ……進めぃ!」

 横に並ぶナシュカが叫んで通訳。それに合わせてナレザギー王子も同じく号令。

 チェカミザル王の指揮で、山車の楽団が再び演奏を始める。山車は各横隊の間に配置。

「ヨイショ!」

『ヨイショ!』

「ヨイショ!」

『ヨイショ!』

「ヨイショ!」

『ヨイショ!』

 前進する。ナガド軍も前進を開始している。敵軍はというと、またあの旗を揚げて大合唱で士気を高揚しようとしているが、お隣が撃破されたせいか勢いが感じられない。

 青少年騎兵、奴隷騎兵が民兵らしくない、おそらく予備兵力の敵騎兵の追撃を受けながら戻ってくる。しかし悲壮感は無く、背面騎射で敵騎兵を射殺しながら戻ってくる有様。移動して彼等を出迎える駱駝旋回砲とその直衛部隊が、追い縋る敵騎兵に砲撃と銃撃を加えて撃退する。

 敵の予備兵力がこちらに回され始めたようだ。追撃に当たっていた騎兵へ呼び戻し、補給隊の護衛につくよう伝令を出す。今あの補給隊は第十五王子義勇軍の動く拠点として使っているのだ。何があるか分からないので注意は怠らないようにしよう。

 そろそろ砲撃の間合いだ。

「全たーい……止れ!」

 ナシュカが叫んで通訳。それに合わせてナレザギー王子も同じく号令。

 ナガド軍の攻撃を支援するため、敵側面へ砲撃をしたい。奴等にマトラ製の榴弾をブチ込みたい。

 砲兵がラシージの指揮で展開する。

 敵の大砲は予めナガド軍側に配置されており、側面からやってきた我々には向けられていない。対砲兵射撃の手間は省けている。一方的に殴れるというのは気分が良いものだ。

 砲兵は観測射からの弾着修正を行い、数値、諸元が揃ってから効力射を開始する。

 照準が定まった大砲から榴弾が次々に発射され、敵の足下に着弾、着発して炸裂。爆発で焼け、衝撃波で四肢が千切れ飛んで、骨が砕けて内臓が潰れ、破片が散って肉も骨も切り裂く。勿論地面以外に、敵の体に直接命中して木っ端微塵に砕くこともある。

 密集隊形を組むのが基本の戦場でこの榴弾は恐ろしい威力を発揮する。これが世界的に流行する頃には戦列歩兵なんぞいなくなるだろう。

 我々が敵軍の脇腹をごっそり内臓が文字通り見える程抉って成果を発揮している頃、ナガド軍による敵正面への砲撃が始まった。こちらは普通の球形鉄製鋳造弾だ。目に見える速度で飛んで、敵に当たればグシャっと体を粉砕する。転がれば足をもいでいく。

 このようにして、もうこの敵軍は逃げ腰だ。準備不足の弱兵なんぞちょっとした足止めにしかならない。ならないようにした。

 今はこちらが戦場の主導権を握っているが、敵軍の動きが消極的過ぎる気がする。これは釣り餌なのかと訝しがってしまう。

 榴弾には限りがあるので、砲撃を停止させる。頃合だ、敵軍は組織力を喪失したと見える。

「全たーい……前へ! ……進めぃ!」

 ナシュカが叫んで通訳。それに合わせてナレザギー王子も同じく号令。

 望む間合い、小銃の有効射程に敵軍を捉えるまで前進させる。敵の抵抗ほぼ無し。そして全隊停止。

「全たーい……止れ!」

 ナシュカが叫んで通訳。それに合わせてナレザギー王子も同じく号令。

 いきなり突撃はしない。我々が主攻ではなく助攻なのだからこれくらいでいいだろう。あくまでもこの敵軍に正対しているナガド軍、ガジートくんに食わせるのだ。楽しいことは皆で。

「全隊射撃用意! 構え!」

 ナシュカが叫んで通訳。それに合わせてナレザギー王子も同じく号令。

 魔神代理領式では、最前列がしゃがんで、二列目は立ったままで、上下二段で一斉射撃を行う。そのように訓練された第十五王子義勇軍銃兵はそのようにして小銃を構える。

「撃ち方用意! 狙え!」

 ナシュカが叫んで通訳。それに合わせてナレザギー王子も同じく号令。自分の正面の敵を良く狙うのが魔神代理領式。命中率を重視している。

「撃て!」

 刀を振り下ろす。ナシュカが叫んで通訳。それに合わせてナレザギー王子も同じく号令しつつ刀を振る。

 上下二段、計五千の銃口から一斉に煙と銃弾が噴き出し、重なった銃声が派手に鳴り響く。

 良い間合いに近寄るまで妨害が無かったお陰で、この一斉射撃で敵が一斉に何百人も倒れる。

「任意に撃て!」

 ナシュカが叫んで通訳。それに合わせてナレザギー王子も同じく号令。

 次に、初めの一斉射撃の後は最前列は立ち上がり、次からは個々の判断で発射する。二列目は最前列の味方の肩越しに射撃する。

 一斉射撃をした銃兵達はそれぞれ自分の早さで弾薬の装填作業に入り、自分の早さで敵を狙い、自分の意思で引き金を引いて射殺。銃声が途切れなくなる。

 一斉射撃の継続は高い錬度が必要であるし、士官が死んだり、大きな被害を受けて混乱すると発射装填間隔が乱れてまともに撃てなくなる。単純に錬度が足りなくて、射撃に手間取って士官の号令に追いつけずに何発分も小銃に装填したり、とりあえず撃つ素振りだけをするという珍事もある話だ。だからこその任意射撃。一斉射撃の方が敵に与える衝撃は強いが、魔神代理領式では質の悪さも計算に入れる。

 魔神代理領式の戦列歩兵は命中率を重視している。一斉射撃後の任意射撃は、迫力こそ少々規模に比べて見劣りするかもしれないが、確実に敵を撃ち倒している。割りとただ素早く撃てば良いと教える国は多い。中には、構え狙え撃て、ではなく、前に向けて撃て、という指示をする所もある。魔神代理領は発砲音で相手をビビらせるという発想ではない。狙っても当たらない銃しかない国と、狙えば当たる銃がある国の違いだろうか?

 とにかく銃兵達は撃ちまくる。前列横隊の疲労が見えてきたら、後列横隊と列を交代させて、更に前へ進ませてから射撃を継続させる。有効射程圏内の敵は軒並み撃ち殺した、新たな目標への距離まで近付くのだ。下がった横隊は小銃の掃除と弾薬配給受け取りの時間だ。

 小銃に加えて、前進した砲兵による砲撃も加える。小銃の有効射程距離からの、榴弾ではなく球形鉄製鋳造弾による水平射撃。銃弾の矮小さが良く分かる威力、近距離故一発で十人近い敵の胴体を引き千切ってバラバラに肉骨血を散らかす。

 ガジートが刀を振り上げてナガド軍が前進中。間も無く突撃行動に入るように見える。

「全隊射撃停止!」

 ナシュカが叫んで通訳。それに合わせてナレザギー王子も同じく号令。

 ガジートが咆哮を上げ、雷の魔術を閃光と轟音――目と耳が変になりそう――とともに敵軍に放って、電撃で敵の体を粉砕! して焼いて焦がして火薬を誘爆させ、散々にして突撃していく。

 ナガド軍がガジートを先頭に敵軍へ激突。突撃準備射撃は嫌という程ブチ込んだ後なので、あっさりと蹴散らし、壊走へ至らしめた。あっさりし過ぎるほどだった。射撃で敵の民兵達が逃げ出さなかったのが不思議なくらいだ。

「勝鬨を上げろ!」

 ナシュカが叫んで通訳。それに合わせてナレザギー王子も同じく号令。兵士達が武器を振り上げて喚声を上げる。


■■■


 叫んだところで、まだ昼にはなっていないが、連続した戦闘で皆、息が上がっている。食事休憩とする。頭の中では日暮れ前まで行動する予定なので、軍を酷使するにも小細工をする。

 食事は消化に良いお粥に多めの塩、と水。何時でも食べられるように補給隊に用意させていた。しかも、お粥は焼いた石炭で保温してあるから湯気が立っている! 戦場、しかも戦闘中に湯気が立つ飯が食えるなんてとんでもない贅沢だ。マトラから送られてきた、ランマルカ式野外炊事車という車のお陰である。石炭加熱が出来て、冬季の野外では食事が凍りつくというランマルカの知恵を感じる。同じく凍りつくセレードにも欲しい。

 敵方は防御体制のようなのでとっとと攻撃するべき、と進言してこの結果、いや過程である。

 パシャンダに向けて突っ込んだ敵の主力が取って返して来たら兵力差でどうにもならなくなりますよ、と言ったらケテラレイト帝は渋々了承された。これまでの戦いで弱りきっている連中からの文句は来たが、負け続けの弱将が何をか言わんやである。防御のための防御など自殺以外の何ものでもない。

 相手の兵力は、直前での偵察の結果ではアッジャール系とは少し違う遊牧軍が四万と、レン朝軍が正規兵が四万、先ほど迅速に撃破した民兵が六万で、十四万だ。尚且つ魔族が率いているというのだから油断はならない。こちら側にも魔族は一人いるが、それはケテラレイト帝だけだ。皇帝御自ら前線に出張る方かは不明。

 遠方からの銃声、砲声も聞きながらお粥を啜る。環境が味を変えるというが、この味は中々、何とも言えない。

「グルツァラザツク将軍! 見事なご支援ありがとうございます!」

 強面の黒獅子面のガジートが、焦げ臭い返り血塗れの姿で颯爽と現れた。雷の魔術は良く人が焼けるようだ。

「なんのなんの。我々はこれ食ったら皇帝陛下の支援に向かいますので、追撃はお任せします」

「ははは、心得ております!」

「我々の分は残さなくて良いですよ」

「おや、それはありがたい。敵の首を一万揃えてご覧に入れましょう。では!」

 敬礼して、ガジートは走り去った。若さ漲るといった風で眩しい。

 食後、偵察隊の移動用に働いている竜が単独で伝令に戻ってきた。

 ルドゥからのランマルカ語の手紙で、ラシージが読むところ”敵将魔族、狙撃により負傷、後送”だという。魔族の除去が叶った!

 あまり浮かれ過ぎると良くない。連勝で士気は高いが、気が大きくなって緩んでいるのは間違いない。そして、その事実を隠しているらしく、敵を撃退した以外には大きな変化は見られない。

 その点を注意書きした手紙をケテラレイト帝に伝令で送る。余計な言葉だと言う奴はいるだろうが、気になった点を黙ってて足元を掬われましたでは冗談にもならない。


■■■


 中央の皇帝軍が先行して確保した村を拠点に戦闘中である。若干押され気味だ。その敵の側面目掛けて前進すべく隊列を整える。追撃に進むナガド軍が道を開けたら出発だ。

 ジャーヴァル帝国軍は八万。アッジャールの大侵攻以来の連戦続きで古株は疲れ切っていて、新兵は兵士として適格かも怪しい連中ばかりだというのが、友軍視察の感想。

 ケテラレイト帝が魔族というのだから肉壁以上の働きは期待したいが、どうか?

 先に粉砕した弱兵とは大分違う連中だ、正規兵の威風がある四万程度の敵軍。村を拠点に防御中の帝国軍を、半数程度で攻撃して圧倒している。

 風下が不利というのは、海軍だけの話ではない。やりようによっては風下の方が有利らしいが、良く分からない。陸軍は大体にして不利。小銃や大砲を発砲した時の煙を被って視界が利かなくなるという不利があり、今日新たに不利を発見した。

 毒煙を食らったらマズい。非常にマズい。並べられた巻藁に薬品がかけられ、火が点けられる。噴き上がる煙が風に乗り、風下の皇帝軍に流れていく。その煙に覆われた者は咳き込んで、目を押さえ、顔を洗うように必死に撫で、掻き毟るに至り、倒れ込むか走って逃げる。遠くまで流れると煙は薄くなって大したものではなくなるが、最前線が全く維持出来ていない。素直に一歩下がれば、敵が巻藁を一歩前へ出すだろう。押し出されれば拠点を失って押し込まれて圧倒的不利ということか。いやらしい。側面攻撃を仕掛けるしかない。

 突撃縦隊に隊形を変更させる。少し時間が掛かるが仕方がない。皇帝軍は八万もいて予備がたくさんだ、命で時間を稼いでくれればいい。

 敵の騎兵、散兵がこちらの状態を察して迎撃に出てくる。青少年騎兵、奴隷騎兵、竜跨兵に攻撃命令。

 縦隊は停止させずに突っ込ませよう。

「全たーい、前へ! 早足! 進めぃ! 直進継続しろ、踏み潰せ! とにかく突撃!」

 ナシュカが叫んで通訳。それに合わせてナレザギー王子も同じく号令。

 敵は応射をしてくる。進む程に数人、十数人、数十人と敵の銃弾に倒れる。今更この程度なんのことはない。こちらが撃たれている内に青少年騎兵、奴隷騎兵が敵を騎射で撃ち減らし、竜跨兵が威嚇行動に出て、特に敵騎兵、馬を驚かせて制御不能、落馬させて完全に麻痺させる。

 敵の迎撃部隊は突撃を受け止めるような隊形ではない。縦隊の突撃が敵兵を銃剣と走りながらの銃撃で踏み潰していく。

 前方の縦隊が敵の迎撃部隊を粗方殺して潰した後は、後方の予備隊に残敵処理を任せる。

「全たーい、並足!」

 突撃速度を緩めて歩く。そして敵正規兵軍を砲撃によろしい距離に収めるまで前進し、停止。

「全たーい……止れ!」

 ナシュカが叫んで通訳。それに合わせてナレザギー王子も同じく号令。

 歩兵の早足程度なら問題無く、馬に大砲を引かせる砲兵は追随し、ラシージの指揮で展開する。敵も流石に錬度が高いらしく、予備砲兵をこちら側へ展開し始めた。しかし、ちょっと一感覚遅い。これが命取りとなる。

 一足先に射撃準備を終えたこちらの砲兵が、対砲兵射撃を開始。観測射から着弾修正、やっとこちらへ砲門を向けようとした敵砲兵の動作が榴弾の炸裂で鈍る。初弾命中とはいかなかったが、心理的には命中している。そうして効力射に移る頃になってようやく敵砲兵がこちらへの観測射を始めるといった感じ。そうなってはもう榴弾で敵の砲兵も大砲も撃破され、相手から撃ち出される砲弾の命中率も量も大したものでなくなっていた。せいぜい二十人くらいが砲弾で潰れ、山車の神像が砕けて飛び散った木片が妖精を十数人死傷させた程度だ。相手はもうその十倍以上が確実に死んでいる。しかし動揺は薄い。

 敵は皇帝軍の拠点に回していた砲兵をこちらに、諦めずに展開を始める。粘り強い指揮官がいるのだろう。

 ここで無理に突っ込めば勝てる自信はあるが、間違いなく被害甚大。次の戦いに大いに差し支える様子が想像に易い。馬鹿な突撃はしない。

 ここにメルカプール藩王へ回した兵力がこちらにあれば後顧の憂い無く突っ込めた。地道に時間をかけて砲撃で突っ込んでも良い状況に持っていくしかないか?

 ここでケテラレイト帝が敵将の魔族、テイセン・ファイユンが負傷ないしは戦死して戦場を離脱したと喧伝し始めた。雰囲気は少し良くなったか?

 こちらの砲撃、側面を取っての権勢で余裕が出来た皇帝軍が軍を分けて動き始める。

 一つは左翼側への増援。今、その左翼が少々危機であると伝令が来たところ。

 二つはこちらの軍の後方を大きく迂回して、時間は掛かるが敵正規兵の後背を突く動きだ。数で勝ると色んな事が出来る一例だ。


■■■


 こちらの左翼を受け持つのはラーマーウィジャ教団軍二万。戦う前にそのお姿は拝見させて貰ったが、久し振りにキレるかと思った。

 一番大きな集団は宗教的な戦士団で、兵士に男も女も混じっている。赤い染料で戦化粧をし、それぞれ刀や斧に槍に盾を好き勝手に持っている。そして皆が一様に短刀を複数本下げていて、本物かどうか知らないが、人間の両腕を繋げた首飾りをしている。これが戦神ムンリヴァの信徒。

 それから全身を呪文? が縫われた布で巻いていて、腕に付けた小盾と、身長の三倍はある槍を持っているのが守護神イノンダルの信徒。

 冗談と思いたかったが、全身を黄色の染料で塗りたくった全裸の筋骨隆々の男達が陽光神オルダガーの信徒。徒手空拳で戦うらしい。

 全裸ではあるがここまでくれば地味な見た目の、人工物が禁忌の投石兵である無名の原初神の信徒。

 何という事か豊穣神イガーサリの人食い妊婦巫女までいやがる。妊娠していないような者もいるが、大体が女性。男もいるようだが……手足が無くて、旗代わりに掲げられている。

 ラーマーウィジャ教団はハザーサイール帝国と同じ魔なる教えでは法典派であって、ハザーサイール軍事顧問に指導されているはずだったが、一体何を間違えたらこうなるのだろうか? 傭兵であるか。

 軍事顧問団が連れ戻したはずの正規兵はどうした?  もしかして攻撃作戦に反対する意思表示?

 戦争において絶対に許せない事が三つある。補給の途絶、悪質な裏切り、給料の未払いだ。これは悪質な裏切りに思える。かと言って教団の連中を殴ったり殺したりできる立場にない。

 ラシージにこの場は預け、行動に移る。馬に乗って青少年騎兵、奴隷騎兵、竜跨兵、駱駝旋回砲に直衛隊、騎兵隊、一部補給隊と、とにかく機動力の高い騎乗兵力と軽量火器を集め、皇帝軍後方回りで左翼方向へ向かう。

 左翼へ派遣された皇帝軍分隊へ、強力に支援する旨を伝える伝令を出す。それから障害物を利用すれば騎兵の足は必ず鈍る、あんな奴等のために必死になることはない、と。

 やや高台、なだらかな丘の上に陣取り、騎兵突撃準備をする。敵騎兵が奴等、教団軍を踏み潰すまで準備して待つ。

 人も馬も竜も携帯食糧を食って水を飲ませる。

「ねえ親父様、あのイスハシルに突撃したみたいな事するの?」

 青年と少年の中間くらいのカイウルクが、声変わりした声で可愛く首を傾げて聞いてきた。こいつ年取ってもこのままな気がするな。

「あんな楽しいのは早々無いな。こっちがやろうとしても相手の具合が大事だ。今日は違うな」

「えー? 何でー?」

「何でも糞も無いの」

 教団軍の方を見る。一応隊列を組んでいるが、あの酷い傭兵達だ。何とも言えない。

 旋回砲と火箭を竜跨兵に積載させて飛ばせる。今ここで動いている竜は五十人だ。影響力は十分と考える。

 教団軍の危機とは、こちらの左翼側面に攻撃を仕掛けてきた敵の遊牧騎兵軍だ。パっと見て三万を優に越える数で攻撃を仕掛けている。

「カイウルク見ろ、敵の足はあの障害物で鈍る」

「あの雑魚の塊が足止めなんだね」

「ある意味傭兵の正しい使い方だ。死んで良い兵と死なせたら駄目な兵を見極められるようになれ」

「うん!」

 そして、大したやり取りも無く、騎兵の威容と馬蹄の音と地揺れで逃げ散り始めた教団軍を踏み潰した敵遊牧騎兵軍の足が鈍った。そして皇帝軍分隊が鈍った所へ突撃を仕掛けた。逃げる悲鳴と突っ込む喚声が混じって賑やかになる。

 敵遊牧騎兵軍へかく乱攻撃が開始される。

 まずは竜跨兵の低空飛行、航空射撃、竜の咆哮で敵の馬が暴れる。落馬に暴走、暴れた馬にビックリしてまた暴れる馬と、酷い混乱が発生する。

 皇帝軍分隊の突撃が、敵遊牧騎兵軍の奥へと入り込み始める。戦果拡大に移る流れとなった。早くも敵遊牧騎兵の一部が逃走を始める。

 竜跨兵が地上に降りて敵の後背を取り、旋回砲と歩兵を展開する。これが本業だ。小規模だが、火箭と旋回砲と、竜が扱う携帯砲による砲撃が敵遊牧騎兵軍の混乱に拍車を掛ける。それからアクファルが弓を絶え間なく射ている。これだけ敵が多くて、加えて混乱しているとどれだけ当たっているか良く見えない。

 こちらの馬は事前に竜へ慣れさせている。駱駝や象よりも、ちょっとやそっとじゃ慣れてくれないのだから敵の馬は推して知るべし。

「レスリャジンの同胞達! ルサレヤの息子達! ナレザギーの兵士達! 楽しい突撃の時間だ。敵をひたすら殺せ!」

『オォー!』

「続け!」

 馬を早足で進ませる。こちらに合わせて竜も携帯砲を棍棒に見立てて前進。跨兵も、アクファルもだ。

 早足で良い距離まで近付く。そして、トクバザルの遺品である角笛を吹きながら馬の脚を更に早める。竜跨兵の方も馬鹿デカい咆哮を上げて駆け出した。

 抜刀して刀を肩に担ぎ、全速力、襲歩に加速。

「ホゥファー! とー……つげぇーき!」

『ホゥファー!』『魔よ力を!』『藩王万歳!』

 一斉に全騎兵が好き好きに喚声を上げ、グチャグチャに柔らかくなっている敵遊牧騎兵軍に突撃。

 青少年騎兵と奴隷騎兵が突撃前に弓で騎射を加える。こちらの突撃に反応した顔を向けた連中のいくらかは矢に倒れた。

 レスリャジン騎兵の槍は拳銃に変わった。自分と青少年騎兵、敵に接触する直前に拳銃射撃。人に当てるのは難しいが、人と馬と狙った相手の隣か後ろには良く当たる。ほどほどに敵が倒れる。

 刀を振り上げる。あっという間に敵に近付き、落馬した敵を踏みつけながら、勢いを借りて刀で撫でるように斬る。力はほとんど入れていないが、スルっと敵の刀と首が斬れた。勢いが残っている内は”俺の悪い女”で撫でるように敵を切っていく。スルスル切れてしまって逆に気持ち悪い。

 何時の間にか体も大きくなったカイウルクは大人の敵と刀で斬り合っても膂力で負けない。馬上相撲で素早く相手を組み寄せ、短刀で止めを刺した。

 刀の勢いが無くなったので、拳銃で敵を撃って殺しながら刀で敵を斬る機会を伺い、見るからに子供の敵の頭を斜めに両断。

 青少年騎兵達も刀だけで殺すのではなく、拳銃を有効活用。拳銃は射撃武器というより、使い捨ての凄い槍と考えた方がやり易い。

 奴隷騎兵達は素晴らしく、接近戦でも刀と槍と弓を持つ者が担当で分かれていて、相互に攻撃、防御、牽制を行って、人と馬を狙うのも臨機応変、着実に素早く敵を殺していく。魔術を使う者もいて、何人も敵を貫通する矢を放ったり、手から火炎を発射して敵を怯ませつつ重態に追い込んだりする。凄い!

 メルカプール騎兵も、散々に混乱している遊牧騎兵相手だと劣るものではない。中でも駱駝騎兵は、馬より背が高いこともあって、中々一方的に敵を殺している。この状況に加えて馬の苦手な駱駝が近付いたせいで、今まで冷静だった敵の馬も混乱を始める。

 優位に敵を我々は殺し続けている。もっと優位になった。突撃してきた竜が携帯砲で敵を殴り潰しているのだ! 大振り一発で人馬数人数頭を潰して殺す。振る度に咆哮、馬どころか人まで恐怖にかられて逃げて、仲間同士で衝突して転ぶ。

 跨兵達は体が大きくて懐に入り込まれ易い竜の足元にいて、敵の接近を警戒している。役目は竜の護衛と割り切っていて、積極的には攻撃しないが、間断無く弓での射撃を行っている。近寄る敵には槍や刀、拳銃で応戦。

 アクファルも跨兵の一人として、クセルヤータの足元で戦っている。ここは他の竜と違い、クセルヤータが敵を近付かせないようにして、その下にいるアクファルが弓での射撃を、とんでもない速度で行っている。二つ数える間に一射一殺。後ろに控える跨兵から矢筒、壊れたら予備の弓まで受け取って猛烈に射撃。そして矢を番える右手には、腕に刃を寝かせたあの柄頭の大きい刀だ。たまに近寄る敵を刀で斬り捨てつつ次の矢を射る。個人の武勇で史上最高の殺害数を誇る日も近いだろう。

 皇帝軍分隊も頑張っている。いかにもな雑兵達だが、曲りなりにも正規兵達である。無難に殺したり殺されたりしている。

 崩壊したと思いきや、生き残っていた教団軍の一部もこの戦闘に続々と戻り始めている。ムンリヴァの信徒は奇声を上げながら捨て身に襲い掛かる。隊列を組んで、長槍を揃った動作で振り下ろして突き出す。イノンダルの信徒は敵遊牧騎兵の攻撃で崩れたのが嘘みたいに働く。オルダガーの信徒は、相手の刀や槍を防ぐ手立てが無いのであっという間に殺されてまた逃げた。たまに敵を一撃で殴り倒してはいる。イガーサリの人食い巫女は特に戦意旺盛で、敵に短剣を突き立てつつ喉に噛み付いて……どうやら食っている。

 これで持ち応えられるわけもなく、敵遊牧騎兵は逃走を始めた。敵の中でもいくつか部族毎に集団が分けられているが、被害を受けていない集団は割と冷静に逃げているように見える。流石は遊牧民。

 残敵の処理は皇帝軍分隊に任せ、全員を集結させてから第十五王子義勇軍の所へ戻る。


■■■


 敵の正規兵軍の後背に回ろうとした皇帝軍分隊は、敵が隠していた予備兵力に足止めをされていた。しかし絶望する必要は全くない。

 ベリュデイン総督の私兵、グラスト魔術戦団が一万、敵軍、主に正規兵軍側の後方に現れた。この衝撃は強烈で、正規兵は殿部隊を複数残して撤退に移った。

 敵地後方へ浸透し、作戦開始直前に敵予備兵力候補にかく乱攻撃を行って足止め、作戦開始直後にこちらへ戻る足で敵軍の背後を攻撃する……というような、そんな事出来たら誰も苦労しないような作戦を実行してみせると大言壮語し、今目の前に現れた。奇襲性を持たせるためか、こちらへ連絡を飛ばしていなかった。

 一万規模なんて私兵としちゃ当然大きい。こいつ政権転覆でも考えているだろ、と魔神代理領じゃなきゃ疑われるぐらい。しかも名前通りに集団魔術が使える錬度という触れ込みで、それでいて一万というのだからとんでもない。質的には史上最強の一角と直感的に思う。ベリュデインの目指す量産型魔族? の雛型?

 こんなの寄越してくるなんて、農家の純情娘に白馬の王子が自分の睾丸ぐらいの宝石がついた指輪を渡すぐらい強烈。見ただけで下着が裂ける。まるでベリュデインの魔族増加案が正しく見えてくる程だ。ルサレヤ総督が一瞬褪せて見えてしまう。この部隊さえあれば絶対に優位が保てると確信できるこの連中、怖い怖い。ゾワゾワ来る。


■■■


 ナガド軍に続き、グラスト魔術戦団も、我々第十五王子義勇軍も本格的に追撃へ移った。

 逃げる騎兵を追うなんてのは相当難しいので一工夫。竜跨兵が羊を追うように囲んで飛び、馬を驚かせて転がせ、機動力を奪いつつ動きを止めていくのだ。その止った敵を狩る。

 そのように追撃しまくって、敵が抑えている拠点を脇目に追う。途中からは遊牧騎兵以外に、別種の敵も追撃圏内に入ってくる。拠点を放棄して逃げる敵兵が混じっている。

 追撃で追い散らしている流れの中なので、敵が残存兵を集めて再組織する暇は無いようだ。そのように素早く突っ込む事に成功。追撃の波の中に敵拠点を孤立させる。

 足の遅い皇帝軍にはその孤立した拠点を包囲して、勢いのままに、敵が衝撃で頭がイカれている内に降伏させるよう伝令を出す。教養深い魔族ならば理解しているだろう。

 我々は拠点など放っておいて柔らかい目標、人と馬だけを殺したり捕らえたりしていく。戦闘で思い切り敵を殺しまくったように思えても、何時だって逃げる敵の数の方が多い。

 逃げる敵を追って背中に刀をぶち込む事数十を越え、日が傾いてきた。敵は勿論だが、こちらも大分疲れてきている。朝方から動き通しだったのだ。日が暮れる前に追撃は終え、明日に持ち越すことにした。獣人奴隷達なら夜目が利くので夜間追撃も可能だが、人間様はまず無理だ。本日の追撃を中止する命令を伝令に出させる。

 追撃が終わったら各軍は捕虜をまとめ、敵の夜襲に備えて集結して野営する。降伏した拠点は全て村程度なので豪華宿泊施設は無い。

 一旦指揮官級は皇帝の天幕に集結し、明日の予定を決める。

 ラーマーウィジャ教団の一応の軍事責任者が、結果は出したので一旦撤退するべきとか言っているが、傭兵を繰り出しただけのボケに正論だったとしても何か言われる筋合いは無い。ハザーサイールの軍事顧問は明後日の方向を向いている。

 明日も追撃を続行して敵が軍を再編成する前に、敵大将が篭るアブラチャクを包囲するよう提案した。指揮系統を麻痺させれば今日壊走させた敵軍の再編成も延び延びになって長い間無力化出来る。

 地図上で、皆でどこをどういう手順でどの部隊が進んで、この拠点は攻略してと話し合いをした上で、全会一致で採択され、ケテラレイト帝が最終的に了承した。

 明日は明朝から行動を開始するので早めに飯を食って寝る。また何時の間にか姿を消したファスラみたいに飲んだくれている場合ではない。明日の出撃は早く、こういう時こそ寝るのも仕事と実感する。


■■■


 陽が昇る前に、作戦を言い出した我々第十五王子義勇軍は出発。

 強行軍に近い速度で進行。竜跨兵に周辺警戒をさせ、足の早い騎兵に先導させ、時折遭遇する撃破した敵軍の生き残りは騎兵に掃除させる程度で無視して二日が経過。アブラチャクに到着、包囲する。ここで潜伏していた偵察隊と合流。

 次の日にガジート率いるナガド軍と合流。交渉用の捕虜や、脅迫用の一万と三百八の敵首も、本当にご覧に入れてくれやがった。かなり良い顔で自慢してきた。

 アブラチャク城門前に、捕らえた捕虜、大量の首を並べて、降伏しないとどうなるか分からないぞ、と脅す。ケテラレイト帝が総指揮官なので目玉抉りは出来ないけど。

 反応が薄いので、アウル妖精達にアブラチャクを取り囲んで演奏させてみた。演奏に大砲や銃声を入れるという、軍隊らしい演奏をアウル妖精は既に習得している。多才な連中だ。

 そうして演奏すること小一時間。ラシージの膝を枕に仮眠を取っていたら、ナシュカに腹を蹴られて起こされた。

 何事かと起き上がってみれば、下半身が蛇の大女、見紛う事なき魔族がアブラチャク正門から出てきた。動きは緩慢というか、腹の痛みを堪えている感じでぎこちなかった。腸に銃弾をブチ込まれたらしい。

 代表としてナレザギー王子、通訳にナシュカ、おまけとして自分ベルリクとガジートが付く。

「ビジャン藩鎮軍マシシャー軍将軍テイセン・ファイユンです。降伏します。ビジャン藩鎮の将兵のみならず、民間人もおります。どうか寛大なご処置を賜りたく存じます」

 魔族は魔神代理領共通語が喋れるようだ。

 降伏の証としての、アブラチャクの門の鍵をナレザギー王子が受け取る。

「メルカプール藩王国第十五王子義勇軍指揮官ナレザギーです。ジャーヴァルの伝統に則り、そのように致します」

「感謝申し上げます」

「皮肉ではなく、お加減の程はどうなのですか? こちらの狙撃手に重傷を負わされたと聞いておりますが」

「ご心配下さりありがとうございます。弾丸は摘出しておりますので、この体ですから後十日もあれば不自由は無くなります」

「そうでしたか。責任者がいなくては困りますからね。安心です」

「ご迷惑おかけします」

 大きな体を小さくして頭を下げるテイセンが痛ましい。まるでこっちが悪役みたいじゃないか。

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