第70話「ケジャータラ会戦」 ファルケフェン

 ジャーヴァルとパシャンダの伝統では可能な限り民に負担をかけないように戦争が行われる。綺麗事であり、解釈次第だが実利的である。

 しかし既にジャーヴァル帝国は魔神代理領に倣って世界では常識的な戦争を行うようになった。例えば今、タタラルとケジャータラの間にあるバニトゥール村で起きた小競り合いは伝統に則るなら起こりえないはずだった。

 このバニトゥール村は川の両岸を跨いで存在し、その間に橋がかかっている。その地域ではそれなりに河川交通の要衝である。戦略的に重要な大河ナズ・ギサルトル川ではなく、その支流の支流程度のそこまで広くも長くも無い川に架かった橋で、重要性はわずかである。しかしバニトゥール村はタタラル領内の村であって無視は出来ない。

 小競り合いの結果、死傷者は若干名、北岸側をメルカプール軍の騎兵隊が占領して今に至る。

 村の南岸に先遣隊として到着。会社軍とザシンダル西部方面軍にわずかに残った騎兵を集めて結成した。その数二百騎。現状の悪化を防ぐ目的だ。

 村の橋は、自警団が車や樽に石から濡らした藁と山積みにして封鎖し、小銃を構えて守っている。

 対岸には駱駝に乗った騎兵がちらほらと見える。これ以上攻撃する気配は見られない。強行突破してくるほど興奮していないようだし、渡河攻撃をするための船も用意していない。

 北岸の住民は既に南岸に避難している今、無理に奪還しにいく意味も無い。

 村の者の世話になって交代で休んで見張りをし、二日遅れでザシンダル西部方面軍の後続部隊が到着。

 それまでに両岸とも防備が整ってしまい、規模の大きい戦いをせねば状況が動かなくなってしまっている。ザシンダルの士官は早々に橋の爆破を決定した。

 今は時間を稼ぐのが最善だ。

 またこのような奇襲攻撃騒ぎはあり得るので、即応部隊である我々騎兵はタタラルに帰還する。

 最近はこのような不完全燃焼で終わる事案ばかりだ。

 良い事では無い。川と村と橋の組み合わせのような、小さいが確実な要衝が少しずつ敵に奪われている。着実に侵略の足がかりが作られている。

 奪い返すには戦力が足りない。無理をすれば取り返せるが、損失が致命的になるだろう。

 歯痒い。会社軍に支援隊が合流したものの、戦闘員は二千五百名。騎兵も大砲も全損状態に近く、作戦能力はほぼ喪失。

 ザシンダル西部方面軍の生き残りも、多少の補充を入れても現在二万名。多くが新兵で、攻撃作戦には使えない錬度。彼等もロシエ製の大砲は全て喪失。タタラルに置いてある現地製の大砲では今のジャーヴァル帝国とやり合うには不足だ。城壁を叩くだけなら十分と言われているが。

 ようやく動き出したザシンダル本軍の先遣隊四万をタスーブ王子が率いてくるという話である。それまではこのような防戦一方であろう。

 前回の戦いで勝利の立役者となったメルカプール藩王国のナレザギー王子率いる軍、妖精達によるおかしなアウル軍、壊滅したと思われたが復活したナガド軍、水際ではおそろしい能力を保持しているビサイリ軍、そして陸戦も得意としているファスラ海賊艦隊、魔神代理領南大洋艦隊。少し前まで壊滅状態にあったジャーヴァル帝国軍が見事に息を吹き返してしまっている。今となっては取り返しのつかない事であるが、ラザム藩王国とナックデク藩王国は後回しにしてナガド藩王国とメルカプール藩王国を攻めるべきだった。ザシンダル本土での出血を恐れずにそうするべきだった……というのは後知恵だ。


■■■


 帰還したがタタラルの門は潜らない。

 ジャーヴァルには広まっているらしいが、パシャンダ側には兵舎という概念が無いか薄い。

 近衛兵用の住居はあるが、一般兵となると駐屯している場所の民家に泊まる。宿で賄える人数ではないし、恒久的に駐屯するのだから壁の外に野営地を築いたとしても兵士の不満が溜まりに溜まってしまう。

 ロシエでも兵士が泊まる場所は、五十年程前では民家が基本だった。その家の娘と仲良くなって結婚したなんて話もあれば、一家惨殺なんて話もある。同じ国の人間でもそんな衝突があるのだから、異国のロシエ人がタタラルの民家に同居したらどうなるか分からない。

 ザシンダル兵は城壁内側の民家で寝泊りしている。憲兵が出動するような騒ぎは時々起きている。

 タタラルの城壁の外に会社軍の野営地がある。憲兵が出動するような騒ぎを起こす元気は無い。何時ジャーヴァル帝国軍が攻め入ってくるか分からないというのに、旧式とはいえ城壁の外。アギンダ軍が周辺でちょこまかと略奪しているのに外。

 衛生環境は良くない。湿地程酷くは無いが、蚊の繁殖地になるような水溜りは始末出来ないほどある。熱病に罹る者は少なくない。何より戦いに負けたばかりで、二千名近くが虜囚状態であり、精神的な衛生状態も悪い。せめてもの救いが、捕虜の彼等が軍服も着て十分な食事が与えられているという最新情報だ。

 捕虜が手厚く扱われていると安堵しそうになる。しかし戦上手ながら、残酷と評判のグルツァラザツクというセレード人将校が軍事顧問団にいるという話が気になってしまう。遊牧帝国との戦いでは女子供まで兵士にして苛烈に戦い、捕らえた捕虜の目を抉って送り返したという噂がある。

 それから彼等を捕虜にしたナレザギー王子の軍が移動したという話が合わさると懸念が増える。どこに連れて行かれる? 捕虜返還交渉の使者は派遣されたばかり。分からないことばかりだ。考えてもダメか。

 会社が発行した新聞が届いているので読む。

 パシャンダ西南沖のベバラート藩王国がザシンダルとロシエ海軍の共同作戦で同盟に加わったという朗報だ。

 ベバラートではザシンダル派とジャーヴァル派で長い事内紛状態だった。ロシエ海軍が働いた見返りにこのベバラートでの権益が大きく会社に譲られた。島嶼拠点を得たことで魔族が握っていた制海権に揺らぎが生じ、物資人員が無事に届くだろう、と予測がされている。

 明るい話題が一つだけでもあれば笑うことも出来る。


■■■


 捕虜返還交渉の使者が帰還する前に、突然会社軍の仲間達二千名が帰ってきた。

 しかしベバラートでの勝利で俄かに明るくなった雰囲気はあっさりと消し飛んだ。あれは信じられない光景だった。捕虜になった仲間達が両目を抉られ、腕を潰され、背中に屈辱的な文字を刻まれて帰って来たのだ。

 そして意図は何なのか、ロシエとの混血である職員達だけは無傷で帰って来たのだ。不幸中の幸いと喜ぶには違和感があり過ぎた。

 個人的に不幸中の幸いと言い切れる事はあった。聖なる神に感謝するべきか? 心は迷っている。嬉しいのは確かである。

「ガンドラコ殿!? おお、ガンドラコ殿! ホントにガンドラコ殿? 会社で新しく飼った広報用の熊じゃないですよね?」

「レギャノン大尉!? 何て事だ!」

 思わず抱き上げる。

「何故あなたが!?」

「ぐぇ……ぃぬ……」

「あ、すいません」

 思わず締め上げていたレギャノン大尉を降ろす。

「うぇっへー……どうも混血と間違われたようです。こっちの生活が長いせいですかね?」

「不幸中の幸いです。あーそうだ、奥さんですね」

 腹が膨らんだと手を表す。

「ん? 食い過ぎで太ったんですか? 何、私の嫁はどうしたって可愛いですよ」

「違います。いえ、あ、可愛らしい方ですが、違います」

「腹が……まさか水腫ですか!? そんな馬鹿な! ああ、私が助かった代わりだとでも言うのか?」

「いえ」

 レギャノン大尉は地面を強く踏みつけ、拳が落ち着かないようなので手の平を出す。バシバシと手の平を殴ってくる。

「クソッタレめッ! 神なぞ呪われろッ! ナギダハラなんか焼けてしまえッ!」

「ちぃがいます! ご懐妊です、妊娠、赤ちゃん。お見事いえおめでとうございます」

 レギャノン大尉が突き出す右の拳を掴み、左の拳を掴む。

「あー!? あぁ、あれが、あー」

 レギャノン大尉は落ち着いた。

「帰りたいです」

「はい」

「私、兵隊向いてないです」

 何とも言い返せない。軍人でなければ、家族のために早く仕事を辞めろと言いたい。

「あの、ダルヴィーユ連隊長は?」

「傷の手当ては丁寧にされています。生きてはいます。お会いになるべきでしょう」

「向かいます」

「いってらっしゃい。あ! そうそう、弟? 妹?」

「私は産婆でも占い師でもないですよ」

「あ! そうでした。やっぱり二番目は男の子が良いですよね」

「そうですね」

 この人はこれで良い。一緒に不幸になる必要は無い。

 拷問を受けた人達がいる、急遽拡張された野戦病院へ行く。

 皆、生きてはいる。しかし一様に目と手に包帯を巻いている姿は家畜が並ん……近くの看護婦にダルヴィーユ連隊長の場所を聞き、尋ねる。

 ロセア司令が見回って一人一人に声を掛けて回っている。掛ける言葉などあるのか?

 あれは、包帯で分かり辛いがバチスト伍長か? 近寄ると、口から涎を垂らして見えない空を見ているようだ。看護婦が、彼が漏らした糞を始末するためにズボンを脱がし始めた。見ても信じられない。

 目の辺りが隠れていると誰が誰なのか直ぐに判別がつかない。

 その中、見つけた。他とは見た目が全く違う。髭で分かる。捕虜生活で伸びて荒れてしまっているかと思ったら、綺麗に整えられている。背筋を伸ばし、顎を張り、ムカつく程に気取っている。

 こんなになっても伊達男気取りだ。少し心配して哀れに思ったのが馬鹿らしい。

「ダルヴィーユ連隊長」

「その無駄に低い声はファルケン君かね、実に男らしい。では早めに出て行きたまえ。私は看護のご婦人方に人気なのだ」

 こんなになって良く言う。

「お元気そうですね。ファルケフェンです」

「気を付けたまえファルケン君、敵は強い以前に恐ろしい。グルツァラザツクという軍事顧問、あれは度し難い狂人だ。部下に人の目を抉らせている前で、友達と酒飲んで肉を食いながら談笑していやがった。しかも――信じられん――傍には歳若い自分の妹を置いていた! そんなもの見せるか普通? 奴が目を抉っているのを見て笑っているような変態野郎だったら大したものではない。奴は実の妹にそんなもの見せてる自覚も無い、犬が自分の尻尾追い掛け回していることよりも感心無く見ていた、いやまともに見てすらいない、異常と思っていないからだろう。それでこの有様、笑え、理性でやっているそうだ。あの口から聞いた。あれこそ悪魔、強く狡賢く残虐だ。奴個人だけが恐ろしいというのは浅い考えだ。あのような人物を許容している魔神代理領の今を恐れたまえ。人は人を模倣して学ぶぞ。今後の若き悪魔の将校達は真の悪魔になるぞ。奴が流した血で肥やされた畑からはそんな奴等が生えてくる。ロシエは昔から悪魔と戦ってきたが、未来も変わらぬだろう。悪い見本は消し去るべきだ。機会があれば……」

 ダルヴィーユ連隊長が手が動かない腕で――さして苦労せず――寝台に掛けられている赤マントを取り、差し出してきた。つまりこのアラック野郎を模倣しろと? 渡されてもこんな物格好が悪いだけなのだが。

「ファルケフェンですが、これは?」

「魂を燃やし、名誉に昇華しろ。騎兵はそれで十分だ。なあ、ファルケフェン・ガンドラコ卿」

 赤マントの端を掴む、これを渡してくるということは、代わりをしろということか。

「こんな役立たず共の墓場にはもう来るな。貧弱がうつるぞ、早く行け。私は看護のメティアンヌ婦人と仲良くなるのに忙しいのだ」

「受け取りました」

 悪魔を殺す時、命を忘れさせる象徴が必要ならばこの恥、甘んじよう。

 ダルヴィーユ連隊長の下を離れる。メティアンヌ婦人とやらが誰かは……まあいいか。

「む、この可憐な足音はメティアンヌ婦人かね? 目の辺りが痒いんだ、包帯を巻き直してくれないか?」

「はい中佐さん」

 思わず振り返ってそのメティアンヌ婦人を見た。ダルヴィーユ連隊長の頭を触っているのは、頭に白い物が混じった上品そうな女性だ。

「私の事はシャッツと呼びたまえ」

「はい、そうですね」

 アホか、アラック人め。


■■■


 タスーブ王子の先遣隊が到着した。到着時間の早さの割りには大砲の数が多い。牽引する象が大量に投入された模様。攻撃作戦をするに十分だ。

 ベバラート藩王国での勝利のお陰なのか、会社軍に入ったばかりではあるが直前までロシエ軍人であった者達が増援として到着。四百名だが、今は一人でも心強い。無傷で帰ってこられた混血の者達は七百名。これで会社軍の戦力は三千六百名だ。算数で考えれば一割の損害ということになる。

 しかし大砲は失ったし、何より以前の心には戻れなくなった。あの酷い姿が我々を変えるだろう。異郷の地で、あんな風になる恐怖を負ってまで真剣に戦える者が何人いるだろうか? そんな弱虫は排除しろと強気に言う者はいるだろう。しかし、あれに恐怖して逃れようとするのは普通のことだ。その普通の者まで排除したならば、一体何人残る? 混血の者達も、あえて無傷に活かされてしまった。純血との間の溝が確実に広がってしまった。自分が助かったと素直に喜べる者も少ないだろう。何でお前等だけ助かったと喧嘩を売る馬鹿も出てくるはず。兵士の喧嘩だ、手元に武器があり、使われるかもしれない。血の差異が殺意を止めないこともあるはずだ。

 暗い話ばかり。だが良い事は、ほんの少しだけあった。

 増援として到着した者から、近衛騎兵の房飾りの兜と対銃撃仕様の重胸甲を譲って貰った。我が同胞バルマンの近衛騎兵が増援の中にいて、装備の予備を持ってきたというのだ。自分の体に合わせるため、鍛冶職人には手間をかけて貰う。その元近衛騎兵も体は大きい方なので、無茶な調整ではない。

 それからこちらは良い事ではない。自分が死んだと故郷では噂になっていると再確認した。戦死を訂正する手紙はもう到着したはずだが、航海だけで年単位がかかる遠距離通信とはもどかしいものだ。些細な行き違いも大事にしてしまう。


■■■


 ケジャータラを南から攻める作戦をタスーブ王子が発動した。

 あの都市の要塞の強化は北に東西だけで、南からは攻め易いようにしてある。寝返り前提とは気持ちが良く無いが、今は望ましい。

 ザシンダル本軍からの第二次派遣隊、そして西部方面軍――タタラル寝返り防止に五千を残し――一万五千がニスパルシャーへ向けて動き、本気を見せるような陽動。それにベバラートを基地にしたロシエ海軍が艦砲射撃を行う予定である。これで敵軍の分散が叶うだろう。

 西部方面軍が痛手を負ったが、まだまだザシンダルは二十万近い兵力がある。兵の補充が困難なジャーヴァル帝国と違い、まだまだ徴兵で掻き集める余力がある。強気で良いのだ。

 ケジャータラ要塞の弱点を知ってか、勝利に乗ってか、敵軍が打って出て来て会戦になる。

 主力はメルカプール軍、後方にアウル軍、脱走を防ぐかのようにケジャータラ軍が中央に配置されている。およそ数は三万程度。そしてこちらはタスーブ王子の軍が四万、タタラル軍が五千、会社軍が三千六百。数は圧倒している。

 ナガド軍とビサイリ軍は姿を見せておらず、陽動が成功している。兵力に劣り、補充に余裕が無いのに要塞を利用せず戦う気らしい。

 メルカプール軍は第一継承者の王子が指揮をしていると聞く。ナレザギー王子との対比のためにここで一つ名誉が欲しいというところか?


■■■


 戦いはザシンダル軍お得意の攻撃から始まる。

 敵が陣形を整える前に火箭の大量一斉射撃を浴びせた。恐怖を煽る発射音、発射煙、発射体、デタラメな挙動、爆発、大量生産された死傷者、残り続ける鳴き声呻き声、一瞬の出来事だった。敵を誘導して、的確に砲兵を移動させ、予備砲兵を繰り出して、お膳立ての為の兵士達を危険に晒してようやっと実現出来るような大量の大砲による一斉射撃よりも大打撃を与えた。

 火箭の効果によって敵軍の陣展開が遅れている。士気は高いようで混乱はしていないが、損害を受けた分の調整で時間を食っている。

 タスーブ王子軍の砲兵が発射準備を終えて、メルカプール軍右翼に集中砲火を開始する。

 敵軍からは、立ち直った順に砲兵を狙った対砲兵射撃が返されてくる。十分に訓練されており、観測射からの着弾修正、効力射への展開が早い。会社軍の砲兵と同格と言って良いぐらい早い。いや、それより早いかもしれない。タスーブ王子軍の大砲が撃破されていく。冷静な対応だ。

 火箭での開幕の瞬発力には勝ったが、長い時間をかけた砲戦では分が悪い様子。

 タスーブ王子軍左翼がメルカプール軍右翼へ向けて前進。敵の砲撃に炙り出された形になる。その正面、メルカプール軍右翼は火箭で乱れた陣形を整理中。既に気を取り直した歩兵部隊が迎撃体勢を整えつつある。

 敵中央ケジャータラ軍が前進を始める。

 メルカプール軍最右翼側へも騎兵隊予備が集中して延翼を始めている。

 後方の予備として控えるアウル軍――卑猥な戦車で騒いでいる――の騒音が増し、位置を調整し始める。突撃準備をしているのか?

 タスーブ王子軍がこのまま前進すれば包囲されるのは明白だ。包囲部隊を撃破してもアウル軍が突撃してくる段取りか。

 非常に危険な状態、しかしタスーブ王子軍の前進は止らない。

 タスーブ王子軍の右翼も前進を開始する。その動きに対応してメルカプール軍左翼が方向転換しつつ前進。タスーブ王子軍へ戦力が集中する。

 膨大な後方の補充兵を頼りにしたような、敵にも味方に損害を強いるようなタスーブ王子軍の攻撃が開始される。包囲されたとは言えタスーブ王子軍だけでもメルカプール軍より兵数は上であるが、これは血みどろになる。

 タスーブ王子軍が包囲攻撃を受けつつ予定通りに大きな方陣を組み、そして敵全軍の予備さえ含めてほとんどを引き受ける。

 タタラル軍がメルカプール軍左翼へ向かって前進して圧力をかける。こいつらに真っ当な戦闘をさせてはいけない。直ぐに逃げ出して不利になる。

 こうして作られた間隙を突き、我々会社軍はメルカプール軍左翼側面に高速で移動、戦闘隊形を組んで攻撃する。敵に対応される前に行うには高い錬度が必要だ。

 ロセア司令が先導、移動を開始する。

「全たーい……前進! 我に続け! 早く、早くだ!」

 メルカプール軍左翼側面で警戒に当たっている敵軽歩兵隊へ前進。事前に散開前進していた猟兵隊が施条銃で力をその敵の抵抗力を削いでいる。大砲が無い今、これが我等の大砲か。

 我が騎兵隊は露払いの役である。格好悪いが派手で目立つ赤マントをつけ、自分は騎兵隊先駆けになって進む。何にせよダルヴィーユ中佐は元連隊長、騎兵隊の長。彼の意志を継いでいる事を分かりやすく見せればあの残虐な仕打ちがもたらした悪影響を、少なくとも騎兵隊の内輪だけでも和らげ、反転さえ可能だろう。

 元副長、現連隊長が馬を駆けさせながら剣を掲げる。

 彼が率いるのは自分を含めてわずか三百騎。しかし世界最精鋭を自負出来る。

「散かーい!」

 騎兵隊は幅を広げて密度を下げる。こうすると的にならずに済む。

 敵軽歩兵の迎撃射撃。我が隊は散開しているので射撃を集中させる点が無く、猟兵隊の数減らしも加わり、命中したのはわずか。

「集けーつ!」

 激突寸前に騎兵隊の幅を縮めて密度を上げる。確実に敵を真っ二つに切り裂く、奥深くまで殺して士気を破壊する。

「ギーダッロッシェー!」

『ギーダッロッシェー!』

 ロシエ万歳。

 隊列を組まぬ敵の軽歩兵の中へ騎兵隊が突入、槍で敵兵の胸を突き刺す。衝撃が直に手に伝わる。

 他の仲間達の槍が敵兵に突き立って、折れる。後は駆け抜けて剣で頭に肩を斬りつけつつ通る。

 こうして騎兵隊が混乱させた敵軽歩兵部隊を、縦隊隊形を取る歩兵隊が銃剣で持ち場を確保する。

 それから我等騎兵隊が散らばってその辺を右往左往している敵軽歩兵を掃除して歩兵隊の安全を確保する。

 一旦後退し、仲間達が槍を補充する。補充したならば、メルカプール軍左翼後方の予備、駱駝に乗った騎兵への攻撃を開始する。数はそこそこ、死を恐れぬのならば勝てる兵力差。

「散かーい!」

 騎兵隊の幅を広げて密度を下げる。

 敵騎兵、停止した状態で騎乗射撃、良い命中率。当たって転ぶ仲間の落馬音が連続する。自分も早速装備した胸甲に着弾、曲面を描く部位に当たって火花を上げて銃弾が滑る。何のことはない。

「構えー!」

 騎兵隊は拳銃を鞘から抜いて構える。構えたところで当たるものか。

「撃てぇー!」

 拳銃一斉射撃。所詮拳銃、もともと精度が悪いのに馬の揺れが加わってまるで当たらない。拳銃を捨てる。

「集けーつ!」

 激突寸前に騎兵隊の幅を縮めて密度を上げる。確実に敵部隊内部にまで切り込んで殺す。

「ギーダッロッシェー!」

『ギーダッロッシェー!』

 ロシエ万歳、異郷であろうともこれはロシエの為。

 槍を構えて突撃。敵は停止している。やっと動き出した騎兵もいるが、十分追尾可能。槍で騎手、駱駝を刺し殺していく。

 仲間の槍は長くて軽くて折れ易い。一つ刺し殺せば一本折れる。

 自分の槍は長くて重くて折れない。騎手を刺し殺して吹っ飛ばした直後、次の敵騎兵へ向かって槍を振る、斧部位で頭を粉砕。

 騎兵同士の乱戦に入る。

 馬と駱駝。馬は駱駝の臭いが苦手であるが、全て慣れさせてある。

 駱駝の方が背が高く、高所から攻撃出来る駱駝が有利。そこは、技術と剣と拳銃で頑張るしかない。

 敵指揮官らしい派手な騎兵を目掛けて進む。邪魔する騎兵は槍で殴り倒す。我が槍の穂先側面の斧は小さくて深く食い込まない構造であり、棍棒のように振るって敵の頭に打ち込んでも兜に頭蓋骨にも引っかからない。

 敵指揮官、兜の孔雀飾りが派手に過ぎる。槍で殴る、兜毎頭を粉砕、潰れて中身が出た果実のようになる。後は無駄に派手に槍を振り回して敵騎兵を殴っていく。派手さで恐怖を煽る。

 指揮官が討たれた後の敵は逃げ腰。いくつか殺せばもう逃げ出す。

 この不安要素は撃破した。部族集団はこんなものか?

 敵、軽歩兵部隊と駱駝騎兵隊を蹴散らして足場を固めた。

 そして歩兵縦隊、その足場に到達。左向け左。機動力に優れた縦隊が、火力に優れた横隊に変身する。

 メルカプール軍左翼はタスーブ王子軍を攻撃し、タタラル軍に側面を抑えられ、そして後方に会社軍歩兵横隊が整列し、小隊毎の交互射撃、交互前進で隙を最小源にして一挙に圧力を加える。

 ここで弱いが案山子ではないタタラル軍が攻撃を開始。

 消耗し切ったタスーブ王子軍が最後に搾り出せる予備兵力、近衛隊がメルカプール軍左翼へ突撃する。メルカプール軍左翼の撃破は時間の問題に見える。

 騎兵隊は槍を補充してから移動する。目標はメルカプール軍本陣。そこへ向かって前進。

 接触せずとも、もう喉元に刃が突き立っていると自覚させる。

 メルカプールの近衛隊が反応。突撃しても成果少なく討ち死にと分かるぐらいの勢いと兵力に装備。

「後たーい! 秩序を保って後たーい!」

 馬首を返して後退する。敵近衛隊も、消耗して二百騎強となったこちらにばかり構っていられないのだろう。あちらも後退した。

 そうしてから攻撃はしないが示威行動を敵後方で続けて敵の気を揉ます。

 消耗戦の末、メルカプール軍左翼が崩壊する頃、敵軍は接触している部隊を残して後退を始めた。取り残された敵部隊は当然、崩壊し始める。

 そこで殿部隊としてアウル軍が動いた。戦車を何十台も並べて防壁を築いた。あの規模の木の防壁を歩兵や騎兵で崩すことは至難。大砲でならば崩せるが、砲兵の射程距離外にいる。砲兵が鈍い足で位置につく頃には逃げられているだろう。

 追撃は困難である。木の防壁以前に、囮になったタスーブ王子軍の損害が甚大と傍目で確認できる。

 完全とは言い難いが、しかし勝利。悪い流れを断ち切る勝利だ。準備に時間はかかるだろうが、ケジャータラ攻城作戦へ移行するだろう。

 西部方面軍二万は健在、第二次派遣隊も間も無く到着し、第三次本隊到着も遠くない。第四次補充隊の準備も整っていると聞く。

 あとは間違いさえなければ。

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