第69話「宇宙の大救世主」 ツェンリー

 宇宙開闢史にて、制覇上帝は周辺蛮族を制定するに当たってこのように述べている。


 創色幾代 染色一瞬 半征死戦 全征政戦


 ダガンドゥ市を統制下に入れるまでに掛かった時間と、そして今の状況を、畏れ多くも比べれば前半部が当てはまる。

 降臨上帝は天より降りた後、地上の人々と家族を作り、広げて季節で移動する放浪集団を率いていた。百人単位で、千人台までもいなかったと思われる。この時代、集団を滅ぼさず、安定して食糧を得ていただけでも偉業である。集団の統率と維持という、偉大なる発明をした方だ。

 開地上帝は季節で移動する先々に拠点を築き、点と線で繋ぐ領域を手に入れた。東南西北に一つずつ主要集落があったらしい。せいぜいが獣道しかなかった時代に、車が素早く移動できる道路が誕生したのもこの時代である。

 公武上帝は軍組織を作り上げた。徳に惹かれた部族が帰順し、敵対する蛮族を打ち倒して取り込み、増えた人口と分業制で土地を開発する余力を生み出し、国家の土台を築いた。当代では領域が先代までとは考えられないくらいに広がり、既に多民族国家の様相を呈していた。

 立法上帝は国家に法をもたらし、為政者の目の届かぬ土地も治めることに成功した。本格的な官僚組織の誕生もこの時代だ。各地方を血縁に頼った貴族へ独裁的に任せていた時代が過ぎて、中央の意向を汲んで法に則って働く官僚が統治するようになる。貴族の後継者問題で騒動が起こっても、官僚が粛々と業務に励めば政治に影響が起こりにくくなった。無論影響が無いわけはないが、麻痺することはほぼ無くなった。そして貴賎に囚われぬ能力主義時代の幕開けでもあり、貴族の具体的な役目は官僚が代わりに務めることになり、理論上はどこまでも統制出来る領域を安定して拡大することが可能になった。貴族という人的資源に致命的な問題を抱える階層に頼る必要が無くなり、能力に問題がある人物を仕方なく差配する必要も無くなったのだ。法と法に基づく官僚組織の発明こそ文明の光であろう。

 太平上帝は法と軍組織、官僚組織を更に練り上げてほぼ現代に通じるものに昇華させた。国境防衛、水利工事、社会福祉などを充実させ、蛮族を寄せ付けず、川を制御して食糧を安定して作らせ、余剰食糧で貧民を救済し、仕事を与えて土地を開拓していった。記録によれば、人口が五百万人から五千万人にまで太平上帝の時代に増加している。創色幾代、染色一瞬とはまさにこのこと。

 豊都上帝は対外貿易を成功させた。先代までの天政は内陸で自己完結していたのだが、この時代には異人や海外産品が多く流入した。貴族でもなければ官僚でもない新たな上層階級として商人が台頭した。原始的な税の物納、商品の物々交換が廃れていき、貨幣制度が整備された。本格的な銀行の稼動により、金融市場が登場。成功失敗は勿論あるが、全体としてみれば遥かに天政下が豊かになった。地元で作った物を地元で消費するだけだった時代が終焉。ほぼ現代並みの基本的な生活水準はこの時代から変わっていない。

 文化上帝は上層階級から下層階級にまで娯楽を広めた。地方の素朴な歌や踊りはそれまでにあったが、天政下に共通するものは無かった。この時代には歌や演劇や小説が各方言に翻訳されて流行し、中央で流行った衣服が地方で真似られる現象も見られた。蹴鞠、兵棋盤など一部上層階級しか遊んでこなかったものが農民にまで広まった。高級料理が、庶民料理風に改められて世間に広まり人気を博す。逆も然り。ただ体を動かす栄養という以外に、美味しい物を食べるという喜びも流行った。働いて食べて寝る以外に遊ぶという概念が明確に広まった時代だ。そしてこの天政文化に魅せられて、争う気力を無くし、自ら天政へと帰順していった蛮人は数多い。武力を使うことなく他者を、名誉を傷つけず屈服せしめたのだ。意見は様々だが、文化上帝の業績こそ至高とする人物は大きな説得力を持って、居る。

 代を下る度に天政が治める地は広がっていった。広がってその内も密なるものに変化していった。

 制覇上帝の時代は、まるで熟れた果実となった天政を貪らんと蛮族が攻め入って来た時代である。半征死戦、全征政戦とは制覇上帝が蛮族を討伐した際の感想である。半ばまで征するのは死に物狂いの戦いであり、全てを征するのは政治の段階にある、と。

 辺境の統制と蛮族の制定とは似て非なるが、根本は同じであろう。人民が生きる為に人民を死なす準備が必要だ。


■■■


 ハイロウ諸都市がダガンドゥ市の好況を聞きつけ、続々と下った。その度に丞相閣下に支援要請の手紙を書くのも憚られる。

 統制下に入る意思があるかどうか確認の手紙を各都市へ送る。意思があれば支援物資を送ることも約束。丞相閣下には事前確認を取ってある。

 素晴らしきは奉文号。ダガンドゥからヤンルーまで、駅を使って人も馬も取り替えた最速の早馬でさえも片道で一月は要する日程を、半月で往復してみせた。ヤンルーまでの道程、全景、丞相閣下の人相描きと禁城の間取りを奉文号に教えて送り出した。そして手紙の交換もなったのだ。

 下る意思の無い反抗的な都市には軍事圧力を掛けた。具体的には、統制下へ下った都市へ鎮守将軍が藩鎮軍を連れて回り、その都市から兵を加えてまた次の都市へと回る。各都市一つ一つでは小規模でも、それらが合わされば規模は馬鹿にならない。大規模になった藩鎮軍の威容を見ては、敵わぬと下ってくる都市が増える。

 更には水源を握っている都市も下り、その水を外交札にまだ下っていない都市を統制下に加えていく。

 ハイロウ外の小規模な町村も帰順してきた。町村も統一してある程度大きい区割りの”郡”にまとめる必要がある。

 そうして過半数を取ればもう他の都市も下らざるを得なくなる。

 ハイロウ二十六都市はいずれも市議会を有し、それが最高意思決定機関である。議員の過半数をビジャン藩鎮派にすることが出来ればその都市は下る。都市の半分を染めれば、わずかな時間を待って全てが染まる。そのようにハイロウの半分を染めれば、わずかな時間を待って全てが染まる。

 宇宙太平団の教主バフル・ラサドと対面することになった。第二十七の都市の長と見ても良い。

 会う場所は、ダガンドゥ市長より譲り受けたビジャン藩鎮行政庁舎の執務室。こちらが迎え、教主自ら相手の本拠に乗り込んで来るということになる。真意は?

 執務室で食糧配分に関する命令書の推敲をしながら待つ。流石に広い造りとはいえ、一般住宅では手狭になってきている。広い文書倉庫と会議室が欲しいものだ。

 ここで交わされる言葉一つで万の人が命を落とすかもしれない。しかしそれに覚悟をするために心を整える時間すら惜しい。各都市が下って以降仕事、人への仕事の割り振りと、その適役探し、そのための書類作成、手紙のやり取りで脳も手も休ませる暇などありはしない。一日で体重より重い墨汁を使っている自信がある。最後に何時寝たかも思い出せない。手足となる官僚の雇用もまだ十分ではないせいだ。

 仕事に集中して存在を忘れかけた時に、衛兵が宇宙太平団の教主、白い長髪の、絵物語の老師のような白衣の老人を連れて来た。命令書を机に置く。

 教主が勢い良く平伏する。しかし、下から上を支配するという手口は古来よりある手段である。油断ならぬ。社会底辺層を飲み込み膨れ、龍の如く強大になるのが宗教組織である。下手に飲み込めば土台から崩される。飲み込まねばその濁流を正面から受け止めねばならぬ。

 平伏する教主の姿が恐ろしい。喉を掻き切る機会を伺っているようにすら見えるではないか。人生浅い小娘の肝め、動揺している場合か?

「顔を上げて下さい。会話も出来ないではないですか」

 しかし教主は顔を上げない。

「お待ちしておりました。この地に降り立った時にこちらからお迎えに上がるが道理であったのに、大変申し訳なく思います」

 何やら言葉の節々に違和感を覚える。話が通じる相手であろうか?

「こちらに下る意思はあり、でよろしいでしょうか」

「宇宙大救世主様に従うのは当然のことです。宇宙太平団、ようやくお仕えすることが叶います。我等一門、身命を賭して宇宙大救世主様と共に宇宙を太平へ導く所存にございます」

 さてこれは? 真に恐ろしいことは分かる。

「仰る意図が理解しかねます。論理の立った説明をして下さい」

「はは。サウ・ツェンリー様こそ我等がお待ちしておりました宇宙大救世主であります。名の通り、宇宙を救う大いなる者ということ。それはこの宇宙においてあなた様以外おられません」

「何故そのような考えに至ったか不明でなりません。もし私の思考行動が分かった上で判断したというのならば、私に対して密偵を放っていたという事になります。説明を求めます」

「私が宇宙太平団一門を率いているのは人民を救うためであります。しかし我等が凡骨の才では限界があります。天賦の才を持って救済の心意気を持ち、救いという理想に手が届く人物はあなた様を置いて今この世におりません。そして密偵の件でありますが、真に宇宙大救世主となる方は誰かと調査のために方々に放っております。お気を煩わせたのであれば謝罪を。如何様な罰も受けましょう」

「まだ私を選んだ理由が不明です。その程度ならばこの広い宇宙、どこにでも適格者はおります。宇宙大救世主という者が幾人もいるというのならばまだ納得のしようがあります」

「サウ・ツェンリー様、尋常ならざる者こそが天に選ばれし者なのです。ご自分の異様にまさかお気づきではないということはありますまい」

「異様? 寝ないで働いているぐらいですが、それならば能吏でも三人集めれば十分に私を越えるでしょう。その程度で世を救えるのならば誰も苦労はしません」

「ご謙遜が過ぎます。その崇高な徳、人ならざる行動力、神々しいお姿、具体的な持ち得る力、常人にございません。もし人であるのならば、幽地の際にいると幽地思想で言うでしょう。失礼ながら魔神教の思想であれば、強靭なる者であり、”魔なる者”という呼び方さえ許されるでしょう」

 この話は終りが見えないように思える。切り上げるのが正解だ、何の益も無い。趣味で哲学する以上の価値は見出せない。

「空論はこの位にしましょう。宇宙太平団並びに関連施設、ビジャン藩鎮の統制下に入るということでよろしいですか?」

「はは、その通りにございます。宇宙の人民が為、存分にお使い潰し下さい。我等一門、救われるべき者達の肥やしとなる覚悟にあります」

「それは心強いお言葉、感謝します。しかしそちらの持つ宗教的権威を尊重しての特別扱いはしない事を覚えておいて下さい。勿論有力者としては従来通りに扱わさせて頂きます。私的に公平的な観点からも、その宇宙大救世主という存在に祭り上げられようとも信心する気はありませんのでご了承下さい。あくまで他の都市と同じような、一勢力という扱いです。念を押しますよ」

「むしろ同等と言わず下に、下に見て頂いて結構でございます」

 教主は平伏したまま微動だにしない。人ではないと散々こちらに言っておきながら、そちらこそ人を捨てているではないかと思う。

「ビジャン藩鎮節度使である私は、天子様の名の下に言葉を発して行動を取っております。そちらの信仰とは違う価値観の下で動きますが、それは納得して頂いていますか?」

「宇宙太平団の信仰において重要なのは、救済をする事実にあります。その実行者がどこから現れ、どのような社会背景を背負うかは関係ありません。言ってしまえば、ネズミが獲れれば黒い猫でも白い猫でも良いのです」

「宗教哲学に関しては論じないことにします。そしてその宇宙を救うという期待には、ビジャン藩鎮を救うという答え以外に応えることは出来ません。節度使の権限を越える事は行いません。権限が拡大されれば類似した事態にはなるでしょうが、あくまでも藩鎮の節度使です。過大な期待はしないように。出来ることは出来るが、出来ぬ事は出来ぬのです。お分かりですか?」

「心得ております。まずはビジャン藩鎮を救いましょう」

「よろしい。人民を救いたいという心意気を信じる。こちらも全力を尽くす故、そちらも尽くされよ。立って良し」

 教主がようやっと立ち上がる。その顔はとても理性的で、狂気など欠片も感じさせぬ誠実な瞳であった。

 由縁も不明瞭な神へ盲目的に縋る集団ではないようなので、極端に警戒する必要は無い……か?


■■■


 ショウは引き続き宇宙太平団に潜伏させている。定時報告では怪しい活動は見られないと聞いているが、口を見て腹の中が分かるのなら誰も苦労はしない。引き続き腹の中に居て貰う。

 護衛つきの馬車で移動中、ダガンドゥ市市議会周辺。警備をしている兵士の列の近くでショウが老いた信者と会話をしているの見かける。

「宇宙大救世主様のテンシ? っちゅーんは何なのかのぅ? あの方より偉いのは蒼天の神様くらいじゃろ」

「天子というのは、あの方がお仕えするお方ですね」

「おおー! やはり神の使いか!」

 教義が混在している老いた信者が天を拝んでいる。正しくはないが間違ってもいない、と言い切るには言葉が正しくない。

 宇宙太平団を傘下に収めることにより、ビジャン藩鎮はマシシャー朝を除いて統一を完了した。マシシャー朝へは統制下に入るように手紙は送ったが、黙殺である。黙殺は状況にもよるが、この場合は敵意有りと見做されるものである。そして、公安号が日没前に腕を潰しながらも生け捕りにした暗殺者はマシシャー朝の手の者であると、我がサウ氏に連なる方術使いが心の境を捻子って判明させた。敵意は明らかとなった。

 ヘラコム山脈の水源、灌漑の復活、そのためのマシシャー朝の打倒。

 未だ半征すらならず。面積だけで考えればビジャン藩鎮のほぼ全域を治めたと言って良い。しかし内実が伴っていない。”深み”がまるで足りない。そこが足りず、半分に至っていない。空の桶を満たすには、深い桶を満たすには、まずもって水だ。水が注がれ、乾いたビジャン藩鎮が濡れて息を吹き返す。そこからの政戦も油断ならぬ。

 新しいビジャン藩鎮行政庁舎の建設は始まったばかりなので、ダガンドゥ市の市議会議場を借りて式を執り行う。式とは、州知事、市長、郡長、郷長を召喚して爵位を与える儀式だ。既に多くの関係者が集まっており、会議場周辺は混雑している。軍が関係者以外の接近を禁じるよう警備をしている。

 警備の兵士達が徒列して道を作り、そこを堂々と進んで入場する。そして議場に着席している者達が立って拍手をして迎えてくれる。

 議場の議員全ての視線を受け、南側中央の市長席に行く。手を上げて、着席を促して拍手を止めさせる。着席はしない。

「我は天より降りし、宇宙を開闢し、夷敵を滅ぼし、法を整備し、太平をもたらし、中原を肥やし、文化を咲かし、四方を征服した偉大なる八大上帝より後代、宇宙を司りし天子の名において、丞相ハン・ジュカンよりビジャン藩鎮節度使に任ぜられたサウ・ツェンリーである。これより各自へ、節度使権限において許される範囲で爵位を授与する。爵位を授与されることにより天政下において、許された権限で政治を執り行う資格を正式に得るものである。領地領民の為にそれら爵位はあり、爵位は天子の威光にて保証される。では爵位を授与する者の名を呼ぶ」

 まずは一番上位の爵位から。

「ハイロウ州伯爵に任命する。ヤンダル・チャプト」

 昔の制度では爵位と官職は分離されていたが、今では統合されている。州伯爵は州知事を兼ねる。

 ヤンダル・チャプトが起立し、一礼してから着席。

 次は市男爵、市長を兼ねる。読み上げる順は、ビジャン藩鎮に下った順番。ほぼ同時に下った都市の場合は、旧ハイロウ二十六都市間連絡調整会議の名簿順である。

 ダガンドゥ市とキャラギク以外の市長はそのまま留任だ。藩鎮の権限とハイロウの都市議会権限を照らし合わせれば、何か大事でも無い限りは市長の任命、解任は節度使が決める事ではない。市長の任命と解任はあくまでも、市民による投票で選ばれた議員達の投票である。ただし”強力な助言”は議会へ出せる。

「ダガンドゥ市男爵に任命する。マンダブ・クマル」

 マンダブ・クマルが起立し、一礼してから着席。

 後任は副市長マンダブが繰り上げで市長になった。無論議会でも投票がされ、可決された。

「カカラ市男爵に任命する。ムクフ・アイルティン」

 ムクフ・アイルティンが起立し、一礼してから着席。以下、同じように続く。

「デランパー市男爵に任命するペジョー・サンチル」

「レトワール市男爵に任命するシイラトゥカ・ビシュク」

「ガイギリ市男爵に任命するエイゼズ・シンレ」

「エナドゥク市男爵に任命するジャハドゥン・ルル」

「アタナッガル市男爵に任命するプラ・チャンデル」

「エンザ市男爵に任命するアワヴァベク・ヤンゾン」

「ムド市男爵に任命するマトリサド・イララ」

「イラモ市男爵に任命するゲシャブッダ・ルバーシク」

「ユーティダル市男爵に任命するシェル・デウバ」

「リヤン市男爵に任命するノルブナ・ツァグ」

「チェブン市男爵に任命するクンハン・ディオリ」

「コムアンガ市男爵に任命するコチャル・メゲン」

「シードラ市男爵に任命するハッジ・プラダーン」

「マルラーリ市男爵に任命するコーペン・マディ・フルル」

「オチョン市男爵に任命するマリチマン・シシュ・レスタ」

「カサチシ市男爵に任命するビシュウェシュプ・アンバシャブ」

「イェルラ市男爵に任命するアディシャヤ・メトヒト」

「サンシャリグ市男爵に任命するルティ=ニディ・ビスタ」

「タレトツ市男爵に任命するハイ・シンル・クシン」

「ナイリャン市男爵に任命するリシュナプラ・タライ」

「ダリンハチャイ市男爵に任命するスリタウプ」

「ハンナヘル市男爵に任命するギリヤ・ナサド」

「モンラン市男爵に任命するヌルダン・ドート」

「シテンタン市男爵に任命するブラトー・ジャナバリト」

「キャラギク市男爵に任命するバフル・ラサド」

 教主はキャラギク市男爵に任命した。キャラギクが都市であったのは遥か昔、千三百年前の話である。戦火に滅ぼされ、盗掘され、風と陽射しに瓦礫が削られるばかりの遺跡であった。そこを大勢の人が住めるようにしたのが宇宙太平団。忘れ去られていたキャラギクの水脈を掘り当ててからは住居に適した場所になったとのこと。

 教主は教主としての役目があるので、市男爵には宇宙太平団の実務担当の責任者当たりが適当だと思ったが、教主がその実務担当であった。その教主バフル、以前は魔神代理領で地方官僚片手間に人脈を活かして会社経営もしていたという、完全に俗世の人間であったそうだ。何故それがかような宗教に目覚めてしまったのか、不思議なものだ。あこぎな商売に悔いて心を改めたのだろうか?

 宗教組織と行政組織は別であるが、影響力とそのキャラギクを発展させた人物は教主である。正直なところを言えば宗教人に政治権力は握らせたくはないのだが、ただその私的な心だけで意図的な介入をするのは天政に反するところである。

 郡長を兼ねる郡男爵の読み上げる順は、東を初めに南西北と位置する順に従う。

「バテイン郡男爵に任命するトイ・グイワ」

「ツァンシアン郡男爵に任命するリャン・ケイエイ」

「ボガーヴァリ郡男爵に任命するブラトー・バエンタラル」

「アカラカン郡男爵に任命するジャム=ハダル・ショルハグバ」

「ロロハラ郡男爵に任命するバテュクルク」

「ヤカグル郡男爵に任命するガズィ・トベイ」

 郡はまだ、ただ集めてまとめたと言って良い状態にある。範囲ばかり広くて人口はわずかで荒地に砂漠。金を生むような家畜も畑も鉱山も無い。

 藩鎮の経営面から見れば、無いものと考えて誤差範囲内だ。むしろ関与した方が人と金がかかり、損失でしかない。だからこそ長い歴史を通してもハイロウ二十六都市のいずれもこの六つの地域には関わってこなかった。関わるという発想すらなかったかもしれない。無人地帯と見なしていただろう。

 郡男爵はそれぞれの地域に縁のある、学があって最低でも言われたことが出来る人物を選んだ。その中でも郵便局勤めの者は適材に思えた。かの地域は連絡を取り合うことこそが最重要である。連絡が無ければ外界の事など知りようも無いほど孤立している。

 郷長を兼ねる郷子爵の読み上げる順も、東を初めに南西北と位置する順に従う。この四郷はビジャン藩鎮の東南西北の関門に位置する。

 独立性の高い市と、能力に不足する郡には任せない。ここは事実上の直轄とする。四名はいずれも藩鎮軍から出した。

「フタイ郷子爵に任命するカム・ツィリン」

「チャスク郷子爵に任命するサウ・ワンホウ」

「ムルファン郷子爵に任命するサウ・インシー」

「トルボジャ郷子爵に任命するサウ・サークオ」

 この四郷はほぼ無人の荒地、道路が通っているだけの土地である。良くても寂れた宿場がある程度で、地名も四郷を設置するにあたって名付けた。縁起担ぎなどはせず、歴史から名を掘り出した。

 ハイロウより、周辺勢力より外の地域にあったので自由に手を加えることが出来る。

 本来、郷は軍事拠点のためにあるのではなく、共通性のある複数の町村をまとめた区分なのだが、便利なので利用する。似たような運用も過去の他藩鎮で見られる。

 公武上帝の仰る所の一州辣腕の状態になったであろうか?

 任命以外に用事は無い。仕事は山積し、明日には改めてこの場で第一回のビジャン藩鎮議会を開催するのだ。年二回の貢納、藩鎮全体の物価安定、要請食糧支援量、飢餓問題解決、水源確保、藩鎮軍編制、西方交易路復活、対マシシャー朝と主要な議題の草案を提出するのに最後の推敲をせねばならないし、他に挙げねばならぬ議題の探求や、今任命した者達との個別面談も予定している。

 手短に終えよう。彼等も全く暇ではない。暇だと言う奴は職分を全うしていない、殺してやる。

「これにて爵位の授与を終える。今後の成功を祈願し、万歳を唱える、後に続いて唱和せよ。良いか?」

『応!』

 席についている者全てが起立する。兵士のように揃って立つわけではないので少々格好が悪い。揃うよう事前に練習させたとは聞いていたが。

「宇宙太平、天下招福、万民盛興、天政万歳!」

『万歳!』

「玉体無双、施政至当、龍声東光、天子万歳!」

『万歳!』

「方水存立、大乾有転、志向懸命、子々孫々、八上帝万々歳!」

『万々歳!』

 今回は現在序列二位、州伯爵ヤンダルが最後に唱える。

「ビジャン藩鎮節度使サウ・ツェンリー千歳!」

『千歳!』

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