第67話「道中の小事用達」 ファルケフェン
ザシンダル西部方面軍はナガドの戦いで大損害を受けた。敵軍の追撃を受けつつも後退はしたが、ケジャータラ藩王国とニスパルシャー藩王国が入城を拒否した。タタラル藩王国も入城を拒否するが、短期の攻城戦で陥落させ、藩王も代替わりし、完全に西部を失落することは回避された。
その後正式にケジャータラ藩王国とニスパルシャー藩王国がジャーヴァル帝国に臣従したと宣言が出された。西部三藩は伝統的に寝返りが素早いとは聞いていたが、これほどとは思わなかった。
ジャーヴァル軍は今までとは違う、格段に高い組織力と作戦力を獲得してしまったことがこれで判明した。噂の軍事顧問団の成果が実っていたということだ。時間が経てば経つほどジャーヴァル軍は飛躍的に増強されていくだろう。少し前まで聞いていた瀕死のジャーヴァル軍は過去のものだ。
会社の方は先細りする一方だ。ナガドの戦いで殿部隊に志願した部隊は降伏して虜囚となった。騎兵隊は半数が志願、その指揮を執ったダルヴィーユ連隊長が戦死もしくは虜囚になった。副長がもう半数を連れて撤退はしたが、損害は甚大だ。
レギャノン大尉の部隊も殿部隊に参加、戦死もしくは虜囚。奥さんとジレットにどういう顔で会えばいいのか分からない。
大損害を受けた騎兵隊には余裕が無くなり、ようやく、嬉しさの無い原隊復帰が叶った。
会社軍は予備役を招集して警備隊を編制。今まで警備に当たっていた現役の兵士は遠征中の会社軍に組み込む事になった。
ロシエの血は流れる。本国からやってくるはずの船は魔族の海軍に深刻な程に撃沈され、拿捕されている。奴隷に売られたロシエ人の買い取りなんていう馬鹿げた事態も発生している。新たなロシエの血がパシャンダにはわずかにしか注がれていない。戦いが続けばいずれ枯れてしまう。
タタラル藩王国にいる会社軍への援軍として、支援隊の名でナギダハラから出発することになった。派遣する数は五百と少なく、全体の支度は早くに済んだ。
ザシンダル本軍も西部奪還に向けて移動の準備をしているが、しかし十二万の大軍故鈍足である。先発隊すらまだ整っていないとのことだ。西部方面軍が大敗するなどと完全に想定もしていなかったからだ。
ロシエ人街の門前内側、多くの人々が道沿いに並んでいる。ロシエ人街内の世間は狭い。捕らわれた、死んだ、タタラルにいる、出兵する兵士達の親類縁者ともなれば人口の半数以上に至る。
援軍に向かう兵士五百名の内、騎兵はわずか二十騎で何れも一線を退いた騎兵ばかり。長生きしている騎兵はロクデナシばかりとは良く言われる。”言われる”とは現実を示すわけではなく、そこまで悲観はしていない。
別れを惜しむようにゆっくりと我々はタタラルを目指して行進する。
自分に代わり、新しい護衛の近衛宦官兵を連れたネフティ女史も道沿いにいて、不安そうな顔をしている。目が合うと彼女の方から寄って来て、震える両手で手を握られる。手の中に握り込まされた物を見れば、股で赤い宝石を挟む姿のアバブ神像。お守りだろう。
「聖なる神のご加護と、アバブの神のご加護も」
「ありがとうございます」
「はい……」
次にジレットを抱き上げたレギャノン夫人が寄ってくる。殺気立った顔をしており、膨らみかけた腹が更に威圧感を増している。
「お願いします」
無用な言葉が無く、何を言っているか分かる。
ジレットは母親の顔色を伺う感じに不安そうである。
「ジレット、兄ちゃんがお土産持ってきてやるぞ。何がいい?」
「お父さん」
これは参ったな……一人でいいのか? などと冗談が言える雰囲気でもない。
他の兵士等も同じように行進しつつ友人家族との別れの挨拶も済ませ、タタラルへ向かう。
■■■
支援隊は五百名、大砲などの極端に重い荷は無く、道路は整備されているので進行は快調。
道路は十万以上のザシンダル軍が進むことを前提としているので広くてしっかりしている。雨が降っても泥濘にならないよう砂利が敷かれている。駅の数も十分。腹を下さない水も十分に確保出来る。
八日でタタラル藩王国の領域に入った。証拠に首無し亀の姿を取る、安寧と貪食の神ギサルトルの像が見えてきた。この辺りの道路整備工事はまだ終わっておらず、地均しは終えているが、砂利は途切れている。
作業員がいるはずだが、いない。撒かれる前の砂利が山と詰まれてはいるが休憩中か? とのんびり出来る時勢ではない。
三騎一組にして五方向を哨戒させることになった。
自分は支援隊指揮官隣。頭にかかった靄が晴れないから、何でもいいから動きたいのだが。
哨戒しながらしばらく進むと、先に作業員用野営地、資材集積所を確認した組が戻ってくる。
金目の物が奪われた風で、惨殺された死体が十余りと野営地規模に比べるとかなり少ない様子。残りは捕虜になったのだろう。一部は逃げたか? ともかく異常事態だ。
ジャーヴァル軍はタタラル後背地域にまで騒乱攻撃を仕掛けているというのか? 大胆な敵だ。しかし今は会社軍本隊に合流するのが先決、仇打ちに捕虜の解放も。哨戒を続けつつ目的地へ進む。
■■■
哨戒していた騎兵が戻ってくる。行く先、道から少し外れた先に略奪をされている村があって、そこには村人以外に道路作業員らしき捕虜を抱えたアギンダ軍の兵士が四十名近くいて宴会をしているそうだ。加えて一応は味方の領内というのに、堂々とアギンダ軍の、鳥の頭骨に蛇が絡んだ旗を掲げているというのだから……言葉にもならない。その上弱った隙を狙うとは、下劣極まる。しかもこちらを見て、問答無用で発砲してきたというからとんでもない話だ。会社軍の紺と黄色の制服は遠くから見てもそれと分かる。今日は晴天で陽射しも強く、見間違えは有り得ない。こちらの格好を知らなかったのにしてもその節操無さ、迂闊さ、無礼、馬鹿さ加減には我慢はならない。
この非常時に何を考えているのだろうか? 蛮族どころか獣以下の、本物の悪魔とは奴等の事じゃないか。魔神代理領とてそんな節操の無さは有り得ない。悪魔にも劣る!
目的を考えるのならば奴等は無視して行くのが良い。だが、奴等ならばこちらの荷車を狙って襲撃して来るかもしれない。正面から来ることは人数差からも無いだろうが、夜襲奇襲は基本だ。本部との連絡に出す伝令が遊び半分に殺されるかもしれない。
それよりも何よりも、奴等は撃ったのだ。
「指揮官殿、攻撃許可を願います」
「中尉、頭を冷やしたまえ。援軍が優先だ。連中の警戒はするが無視しなくてはならない。政治的問題でもある。我々が首を突っ込める事ではないのだよ」
ならば一人で行く。無視すれば、到着前に脳の血管が破れる。
馬は勿体無い、それに会社の馬だ。降りる。
制服も脱いで馬に括りつける。これは個人的な事だ。
「では指揮官殿、少し用を足して来ます」
「中尉、正気かね?」
「我慢出来ません。服が汚れるくらい漏れそうです」
村を見つけた騎兵に位置を聞いて、向かう。
■■■
到着した村の規模は小さい。木の柵に囲まれ、家屋が二十件ばかり。風が吹いているが、壊れているのか風車は動いていない。周囲の畑はそこそこに荒らされている。
遠くからでもアギンダ軍の旗が見える。警戒をしている者は一人として無く、馬鹿騒ぎの騒音が遠くからでも聞こえる。何がアギンダ”軍”だ、ただの賊ではないか。
武器の点検、拳銃四丁への装填を確認してから村に入る。身を潜めているわけじゃないが、気付かれていない。
拳銃を抜き、酒を飲み過ぎたのか、柵門あたりで嘔吐している敵の頭に銃口を擦り付けて撃つ。拳銃を捨てる。
しかし馬鹿騒ぎの内容には発砲も含まれているので、一人を射殺した所で襲撃が勘づかれた様子は無い。どれだけ飲んで騒いでいるのやら。
村の広場へ入る。そこら中でだらしなく、飲んで歌って踊って寝転んで、捕虜を拷問してと大騒ぎの最中だ。広場の隅には捕虜が縄で縛られて、まとめて転がされている。
槍を横振り、斧部位で、煙草で目が狂っている敵の頭を砕く。その振り返しで次の敵の頭を砕く。あまり気付かれた様子はない。視線は流石に注がれている。
走って一番身形の良い奴の腹を槍で刺す。酒で酔っ払い過ぎているらしく、刺されたのに何が何だか分かっていないように見える。
その取り巻きの頭を槍で殴って潰す。こいつはまだ手に杯を持っていた。
ようやく変な怒声を出して刀に手を伸ばした敵を槍で殴る。刀で防がれたが押し切って頭を割る。まだ息がありそうなのでもう一度殴る。
覚束ない手つきで小銃を手に取った敵を拳銃で撃つ、拳銃を捨てる。運良く当たって倒す。
ようやく混乱した反応から、まともな敵意を向けての反応になった。
向かってくる斧を持った敵の股間を蹴って潰す、浮いた。
突き出される槍を、こちらの槍でいなしつつ、挟み撃ちにしようと掛かってくる敵に拳銃で射撃、倒す。拳銃を捨てる。挟み撃ちを仕掛けてきたもう一人を片手で持つ槍で刺し、両手で持って突き持ち上げる。
無駄に大袈裟なこの行動に敵達が動揺。敵を刺したままの槍で、立ち止まった敵の頭を斧部位で叩き割る。勢いで刺した敵が穂先から抜ける。
背後から迫る敵を、槍の石突きで刺して倒す。
馬に乗った敵が並んで二騎、刀を振り上げて突撃してくる。左の敵を槍で刺し、直後に右に振って右の敵を斬る。馬はこちらを避けて過ぎ去り、二人とも落馬。
身軽そうな敵が屋根から小銃で狙いを付けている。槍を投げて倒す。
獲物が無くなって隙があったと見たか、及び腰だった敵が複数、一挙に襲ってくる。
脇を絞めて、鉄板入りの革手袋で固めた拳で一人目の頭を割る。
二人目の顔を殴り、まだ意識があるので、顔を掴んで近くの家の壁の角に叩きつける。
三人目は体が大きく、武術の心得がありそうな足捌き。膝を蹴って折って体勢を崩し、口に指を突っ込んで掴み、引いて肩に足をかけて引っ張る、千切る。狐頭の顎は人間より頑丈だ。
四人目には剣を抜きながら斬りつける。刀で防がれたが、押し切って頭を割る。
色々と動いて隙だらけに見えているかもしれないが、次の攻撃は常に準備している。五人目に回し蹴りを放って脇腹を蹴り砕く。
敵集団は逃げ腰になり始めた。おどおどしている敵、アギンダの良く分からない言葉で多分命乞い。
一人捕まえて、剣で頭の天辺を刺して割る。中身を穿って、投げ捨てる。
敵集団は逃げ出した。逃げる敵を捕まえて剣の柄で頭を殴って砕く。
走って、逃げる敵の背中を剣で刺す。深く刺し過ぎた、抜けない? 抉って隙間を空けてから蹴り飛ばして抜く。
逃げる敵の背中へ拳銃で射撃。当て易かった、倒す。拳銃を捨てる。
転んでもがいている敵の背を踏み潰して進む。
落ちている槍を拾って、逃げる敵の背中に投げる。刺さる、倒れた。
縛られて捕らわれている捕虜へ刀や槍、銃も向けて、逃げ残りの敵達が何やら騒いでいる。人質らしい。
あまりこれは騎士らしくないが、使う。子供の頃から得意だった。
落ちている石を拾い、振りかぶって投げる。一人目の顔を潰す。
また石を投げる。二人目の額を砕く。
手頃な石が無く、薪割りの斧が転がっていたので、柄から刃の部分を外して投げる。刃の部分は当たらなかったが、頭は潰した。
投げた、ロセア司令から頂いた槍を回収。残る敵は散り散りに逃げてしまったのでもう追える状態ではない。
捕らわれた人達を解放し、何を言っているか分からないがクドい程の礼を言われた後に、敵が残していた馬を集めて連れ、拳銃四丁を拾って部隊へ戻る。馬不足の現状で、四頭の獲得が叶った。
■■■
支援隊指揮官に帰還報告をする。
「戻りました」
「随分……漏らしたな」
血塗れの服はどうにかしないといけない。虫が寄ってくる。
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