第66話「統一への一歩」 ツェンリー
宇宙開闢史にて、公武上帝が”古”中原より拡大した”外”中原を統治するに当たり、各地へ京王、東王、南王、西王、北王を遣わす際に訓戒した言葉がある。
一人多難 一群快進 一州辣腕 一国至難 天政天命
一人で何かするのは難しいが、集団で行えばそこまで難しくない。そこに権力と権威が加われば更に物事を推し進めることが出来るが、余りに巨大な組織になってしまえば難事が増えて解決力が逆に減ってしまう。そして天政ともなれば広大に過ぎて天命に縋るより他に無いと、お笑いになりながら語ったと宇宙開闢史に記されている。
二人と二匹のほぼ、一人多難の期間が続いた。しかし続いたと言う程に時間は経過していない上、多難という程の危機にも瀕していない。先人の知恵、威光、遺産を拝借出来たお陰でこのように苦労知らずでいられることへ平に感謝申し上げるのみである。偉大なり先代、恵まれし後代、後代のために尽くし、偉大なる先代になるべし。
遂に待ち望んだ日が来た。しかしこれもまた通過点。道具が揃って物が出来たと安堵する者もいまい。
ダガンドゥ市の北門前にて、馬上で待つ。お供は公安号に、肩に乗った奉文号。ダガンドゥ市長と守備隊長も同様に馬上で待つ。守備隊も整列して控える。
儀式的にもなるので門前の使用許可を得ており、現在は関係者以外立ち入り禁止。北門を使おうとした者達は迂回して別の門を目指している。
隊列を組んだ軍の行進が見える。ハイロウの乾いた道路を人馬と車が埋め尽くしている。荷車の列の割合が多く、兵士の列は比較すると少ない。
大叔父のサウ・バンス鎮守将軍と――事前に交わした手紙では――サウ氏に連なる縁者にその私兵。そこから更に縁のある引退した老兵や、更に更にそれと縁のある者など、縁者を頼って自力でなんとか揃えたのが千名余り。実質中央が出した兵は連絡要員ぐらいで、それすらサウ氏に関わりがある者達で、やはり皆無に等しい。ほぼ引退したも同然の大叔父が名乗りを上げなければそれさえ無かった程。最後に頼れるのは血縁か。
先頭の鎮守将軍の号令でその列が正方形に整列し直し、皆跪く。市長と守備隊長は状況を察して遠くへ移動した。
「サウ・バンス鎮守将軍以下ビジャン藩鎮軍一千、只今参上しました! 節度使様、この遅き参上どうかご容赦下され」
「鎮守将軍サウ・バンス、それに皆の者、大儀である。侠気ある者千の加勢とは心強い限りである。古参兵には通常任務以外にも後進の育成にも励んで貰う。そしてこの地まで来た若者達よ、何も持たぬのならこの地で得よ。ビジャン藩鎮はまだ始動したばかりである。功を上げ、名を上げて出世するは今である」
馬を降りる。奉文号が肩から離れ、公安号の頭に乗る。
「今後の成功を祈願し、万歳を唱える、後に続いて唱和せよ。良いか?」
「応!」
そう言ってから鎮守将軍は後ろを向く。
「皆の者はワシの言葉を唱和するように」
兵達が『応!』と返す。
「宇宙太平、天下招福、万民盛興、天政万歳!」
「万歳!」
『万歳!』
「玉体無双、施政至当、龍声東光、天子万歳!」
「万歳!」
『万歳!』
「方水存立、大乾有転、志向懸命、子々孫々、八上帝万々歳!」
「万々歳!」
『万々歳!』
そして鎮守将軍が最後に唱える。
「ビジャン藩鎮節度使サウ・ツェンリー千歳!」
『千歳!』
と同時に公安号が遠吠え、奉文号も長く鳴く。
これより一群快進の状態になる。
着任した者達を眺めるが、鎮守将軍サウ・バンス以外には高位の者が見られない。観察使と按察使は派遣されずとのことだったが、本当にいないとは事実確認後でも信じ難い。こちらに絶大の信頼を寄せてその二役を任せるというのなら分かるが、絶大の信頼を頂くような実績は無い。選挙で好成績を収めた事は実績とは言うまい。つまり放置されているのだ。決して喜ばしくはない。
「直ってよろしい」
「全隊起立!」
兵一千が一斉に立ち上がる。動きに統一感があるので錬度は高いと安心して良いか。
「鎮守将軍、市外に野営する許可は得てある。そのようにせよ」
「分かりました」
千の兵は市外に野営させる。鎮守将軍の指示で兵達が野営地の設営にかかる。野営地は旧北砦の廃墟を利用することになっていて、砂嵐を防ぐに十分な壁は残っている。屋根は少し時間がかかるようだが、守備隊側である程度の工事は済ませてある。
今の状況で市内に兵士を流入させれば混乱を招く。市内に入るのは交代制にして規律を保ちながら遊ばせる。このことに関して鎮守将軍とダガンドゥ市の守備隊長が調整を行うと到着前に相談してある。
「市長殿、こちらへ」
「はい」
支援物資を市長に引き渡すのだ。車列の所まで行く。
「荷を見せよ」
「はい節度使様!」
兵士に荷の一部を見せてもらう。麦の荷馬車、米も豆も、そして塩だ。市長の息を呑む音が聞こえる。
市長の感情は上気しているようだが、この量はハイロウ全体にはとてもではないが届かない。ダガンドゥ市分で精一杯だろう。それでも莫大な量であるが。
「有難く受け取らせて頂きます。可能な限り公平に分配出来るよう心がけます」
「そうして頂きたい」
「近々臨時で市議会を開きます。結果が出次第、ご報告に上がります」
「分かりました」
市長の指示で守備隊長が、守備隊長の指示で守備隊が支援物資を運び込む作業に入る。鎮守将軍も兵士に運ぶのを手伝わせる。
支援物資の引渡しを見送り、設営状況を視察してから行政庁舎に戻る。
鎮守将軍が携えた丞相からの返書を読む。何故このようになっているのか?
”観察使と按察使の派遣見送りについては、九元大挙人ならば今しばらくは単独で役職を兼任した方が効率的であると判断するに至る”
下手な無能官僚を送られて混乱するよりは確かに良いが、やはり腑に落ちぬ。
”軍の派兵については、ダガンドゥ市が統制下に入るならば大軍は無用であると考える。受け入れ体制が整わなければ砂に貪られよう”
統制下に入らぬならばそもそも大軍を養うことすら不可能であるか。餓えた兵をハイロウに解き放っても仕方の無い話であるが、大軍を持ってすれば統制下に入る市も増えるとも考える……否、浅慮はこちらであった。猛省せねばなるまい。
二度目の派兵要請をするにはやはり宇宙太平団やマシシャー朝を打倒することになって、大軍が必要になる状況が生まれねばならないか? そもそもその両者と争う必要なく、統制下に入れば何も問題は無いのだ。戦争は最終手段である。しかし圧力を加えなければそもそもの交渉も難しいのである。手札で何とかするしかないか? ヘラコム山脈の水源確保は急務である。悠長に時間で解決させるわけにはいかない。
”支援物資についてはダガンドゥ市の分のみである。逆賊ともつかぬ者に援助する物は無い”
理由は然りである。残り二十五都市分は我が不徳の成すところだ。早くこちらの統制下に諸都市を加えなければ人民が餓えてしまう。都市支配層の思惑、名誉等よりも、人民の救済をせねばならないのだ。
”造幣局の設置は許可する。兌換紙幣の印刷は認められない”
兌換紙幣を濫発すれば金銀の取引に悪影響を及ぼすのは確かである。加減して発行する旨は伝えたが、その程度では説得力に欠けるものか。無くても運用できるとのご判断であろう。
後は鋳造用の工房の確保、金属の仕入れだ。ハイロウの鋳物技師に話をつける段取りが必要だ。
行政庁舎に運び込まれた貨幣の金型と大量の紙幣を確認した。硬貨ではあまりに嵩張るので一つも無い。ハイロウで用いるので兌換紙幣が望ましかったが、不換紙幣しか発行して貰えなかったそうだ。なのでそれらを可能な限り中原、旅中で兌換紙幣と塩手形に交換してきたとのこと。鎮守将軍の采配には感謝するのみである。
”不徳な値上げについては是正勧告は要望どおりに出す。ハイロウからの正確な報告は初であり、預かり知らぬところであった。浅ましきは商人なり、特に悪しき者は公開にて処罰する”
即時に効果は出ないであろうが、徐々にこちらへも影響が波及してくるはずだ。これだけでも大分状況は良くなるはずだ。
次に鎮守将軍と打ち合わせを行う。奉文号を使って手紙だけでも事前に協議はしておいたが。
「今の所こちらの統制下に入った都市はありません。このダガンドゥ市は現在協力的ですので、波風を立てない方向で進行します。問題はありますか?」
「軍としては少数とは言え、千人の兵を養うのは現状では長く続きません。ハイロウ自体が餓えていることから、焦りは禁物なれど、悠長に構えている暇が無いのは明白。避けるべき最終手段の手筈は整えておきます」
いざとなればダガンドゥ市の乗っ取りを行うということ。これは避けねばならないが。
「いえ、なりません。一寸足りとも邪心を見せることは認めません。最終手段は、一時的な軍の中原への引き上げです。ビジャン藩鎮行政府の運営に必要な最低限の人材のみ残し、問題解決後に呼び戻します。一年で叶わぬならば十年でも次の世代にでも継がせます。肝に命じて下さい」
「差し出がましいことを、お許し下さい」
「どの壁に耳があるやも分かりません。心に思ったならば何れ口に出ます。気をつけるように」
「はい、心得ました」
暴力を振るうからこその武人というのも言葉では分かるのだが。
「仮にダガンドゥ市が今日を足がかりに統制下に入ったならば、他二十五都市へは食料支援の実績で懐柔にかかります。そして軍に無職の者などを受け入れ、教練して規模を拡大させ、支援策だけでは靡かぬ都市へ威圧をします。問題はありますか?」
「食料と資金の残高によります。兵練のための人材は問題ありませんが、武具は予備も含めど大量の新兵に渡すほどはございません。威圧するほどの軍勢に育てるには、中央からの支援がほぼ望めぬ以上は都市からの支援が不可欠でしょう」
就労対策も兼ねて、硬軟両策でハイロウを統一する良策と思ったが、簡単ではないか。
「分かりました。急ぐことだけは避けます。その件に続いて、宇宙太平団の存在です。実力は未知数ですが、難民や貧民を吸い上げて拡大している最中です。宗教組織ということもあり、錬度は低くくても大量の民兵を動員出来る可能性があります。次にマシシャー朝は騎馬蛮族一派程度の捨て置けぬ軍事力を持つことは明らかです。両勢力には現時点で攻撃的な動きはほぼありませんが、戦となれば数万規模以上の衝突は覚悟せねばならないことは調べがついています。見解をお聞かせ下さい」
「対抗出来る軍が揃わぬ限りは嵐が過ぎるのを待つようにするしかありません。統制下に都市が入らずとも軍事同盟か、最低でも連絡組織だけでも作らねばならないでしょう。二勢力に脅威を覚えるのは都市も同じはずです」
「その通りですね。馬術に卓越した者を選んで各都市間の道を覚えさせて、何時でも伝令が出せるようにして下さい。各市長には既にこちらの存在を認知させてあります。改めて連絡手段に関して手紙を出しておきますのでそちらも対応出来るようにお願いします」
「その様に致します」
「ハイロウ外のビジャン藩鎮内の勢力で、独立した農村、鉱山町、小規模オアシス集落等がありますが、そちらまで手を回すことは軍事的に可能ですか? 外堀を埋めるという方策も取らねばならない事態も考えています」
「ハイロウ自体が広大で、またその周辺となれば更に広大。そしてハイロウ内ならば道は整備されておりますが、外なればまた話は別です。悪戯に兵を疲弊させて貴重な食料と資金も浪費し、見返り分だけの収獲は無いでしょう。仮に派遣先を統制下に置いたとしても維持のために兵を割くのは、現有兵力では愚策。そこから食料や税を徴集出来たとしても豊かな量はとても望めず、今拠点にしているダガンドゥ市まで運ぶのもこれまた遠路。ハイロウ全体を統一した段階にならねばとてもではありませんが推奨出来ません。豊かな金鉱でもあれば別ですが、そのような場所は既に大きな勢力の手がついているのが道理でしょう。こちらが手を出せば武力衝突は必須です」
「なるほど、分かりました。ハイロウ統一に伴って布告を行うように考えておきます。ビジャン藩鎮を区切る関所の建設もその段階になるまで手出しは出来ませんね。関税収入を見込みましたが、不可能ですね」
「ごもっともにございます」
サウ氏は方術の大家でもある。であるからこそ代々高名な武人でもあった。サウ氏に縁のある者と聞いていたので気になることがある。
「鎮守将軍。率直に、今の一千の軍の能力はどの程度ですか?」
「はい。連れて来た者達は確かに千名と少数でありますが、中核となる者達は集団方術の訓練を受けた精鋭であります。未だ新参で高度な技術を持たぬ者も多いですが、それは時間で解決が可能です。そして皆は志願者、無理矢理に集められた者ではありません。方術を扱えぬ者は多数です。しかし蛮地にて骨を晒す覚悟がある者達ばかりです。そこは信頼して頂きたい。このサウ・バンス、生涯最後の大業と思い支度して参りました」
老いた様子が顔の皺に、髭の白さにまで表れている鎮守将軍であるが、その目に宿る炎だけはどんな若者よりも熱いように見える。
「力量を疑うような発言、謝罪します。申し訳ありません」
「とんでもありません節度使様。当然の疑問であります」
大叔父とは言え、立場が違うとこのような話し方になってしまうか。
「バンス大叔父様、家の者の様子が知りたいのですが、よろしいですか?」
鎮守将軍ではなく、大叔父として話を再開する。大叔父は鼻息を吹いてから微笑む。
「そうよの、若い者は皆壮健、年寄りは年寄りなりに不健康と言ったところだ。母殿も元気で、召使いに衛兵までする仕事が無いと嘆いているぐらいだ」
「お母様は相変わらずそうで何よりです。兄弟達はどうですか?」
「ツァンは未だに総校尉止まりだ。将軍になれなくても参将になれれば良い等とおかしな事を言っている内はどうにもならん」
「参将の肩書きは努力でなるものではないと聞いておりますが」
「ワシでもなれんわ」
総校尉は一千名の連隊を率いる役職である。参将は将軍の補佐のみならず、それより上位の鎮守将軍から禁衛将軍、場合によっては天子様に直接軍事的助言を行う総把軍監の補佐に回ることもある重職である。直接部隊を率いることはないが、将軍の資格はあっても参将の資格は無いとされてきた武人が数多いる、別格の階級だ。
「エルゥは参尉試験に首席合格しおった。カン州旅団護校尉の下について勉強中だ」
「カン州旅団ですか、亡き父も喜んでおられましょう」
「弟と父に似たのはお前とエルゥだな」
参尉は参将の低級とも言える。下校尉よりは上級でそこの補佐には当たらないが、中校尉、上校尉、総校尉、護校尉の補佐に回る役職である。参将と同じく、他の階級の資格はあって参尉の資格は無い武人も数多いる。
「ハレンは杖を突いて歩けるようにはなったが、金を賭けての兵棋盤遊びばかりしておる。寝所で根性まで腐らせるよりはマシだがな」
「そうですか」
弟のハレンは乗馬訓練中に落馬して、折れた足の骨が皮膚を破って突き出る程の骨折をし、傷口に泥が入って痛んでしまい、一命は取りとめたが切断することになった。二度とは歩けないと言われたものだ。最後に姿を見たのは、短くなった足に痛々しく包帯を巻いていた姿だった。
「私の事は家族へどのように伝わっているでしょうか?」
「発表を聞いた時は栄転と思ったものだが、調べがつけば直ぐに左遷と分かったものよ。他所の輩はあれやこれや根も葉もない噂を立てては小馬鹿にしている。だがな、このぐらいの危機は宇宙開闢史を見れば危機でも何でもない。遊牧蛮族の王が部族をまとめて大軍で襲撃して来た時、フォル江の河口が道二つ分も南下した氾濫の時、アマナが内戦後に錬度の高い大軍で上陸して来た時、黒龍神道の乱で民衆が略奪者の津波と化した時、それに比べたら何てことはない。それらの四大凶事も、犠牲は払ったが解決してきたのだ。その時代の当事者達の辛苦を思い起こせば何てことはない。手さえ緩めねば何てことはないのだ。だからこそ集められるだけの一千を連れて来た。道中、やれるだけのことはやった。これからもやれるだけのことはやろう」
「その心算です。ビジャン藩鎮の人民救済のために、残る命を投げ打って頂きたい」
「父親に似てきたな」
「そうですか?」
「可愛い気が無い」
そんなものは不要だ。
■■■
翌日、市内視察へ出向く。この度の件で混乱が起きていないか見ておきたい。
市中に食料が行き渡っている様子が伺える。炊き出しと配給だ。市民から、事情を知る者が礼をしてくる。
気になる宇宙太平団だが、彼等の表情からは好印象しか受けない。宗教組織らしく末端は純真純情であるのだろう。
宇宙太平団と活動しているショウを見かける。市とは別に行っている炊き出しの、人の列の整理に当たっている。
「レン朝の偉い人が食べ物を持ってきてくれたんだぞ! あの人だ!」
こちらに好意的な視線が集まる。良い噂を広めている様子だ。レン朝とは聞き捨てならぬ発言だが、役割を演じている以上は目を瞑ろう。次に戻ってきた時には褒美をくれてやらねばなるまい。その時になったら希望でも聞いてみるか。
兵士達は規律を持って市内で飲食をしており、金を落とすので概ねダガンドゥ市では歓迎されている。
給料に関しては不換紙幣で払うのが法だが、兌換紙幣と、可能ならハイロウでは大いに歓迎される塩手形も混ぜて払っている。
不換紙幣の処理だが、中原から来る商人からの買い付け、転売、両替で対応することになった。
これが万の大軍であればそのようにはいかなかったであろう。全て鎮守将軍が掌握できる者達、人数であったからこその規律だ。己が無能を恥じるばかりである。丞相閣下の深謀なるご配慮に感謝するのみである。
視察を終えて行政庁舎に戻る。
郵便局を開設する事にした。行政庁舎としばらくは建物を一緒にする。配達員はしばらく馬術巧みな兵士に任せるしかない。事務仕事をする職員の育成は不足しており、兵士の中から机仕事の出来る者を使ってはいるが、節度使と郵便局員を兼務せねばならない状況だ。また故郷に送金したい兵士のために郵便局に銀行機能を付与させる準備を行っている。少人数ならば自らの手でその業務も行えるが、それは節度使のすることではない。しかしそれでは兵士が可哀想なので臨時に、日に人数を限って銀行業務を行う。兵達はおっかな吃驚、無用に低姿勢で頼んできている。分からなくはない。
兵士が市内を動き回るようになって知名度が増し、職員に志願してくる者は早くも現れたが、まだ高度な業務を行える人物はいない。単純労働者ばかりで、ほとんどを兵員へ回している。
馬術巧みな者は遊牧地域に近いせいか思ったより多くいるが、学のある者はいずこへ? 今欲しいのは文人である。武人も足りぬが、圧倒的に文人が足りぬ。ダガンドゥ市から引き抜けぬか? それでは不興を買ってしまうか。
物価は順調に下落中。早くも食料物価が半値以下になっている。それでも相当に割高だ。値下げが鈍いようであれば直接指導もしなくてはならない。指導する商人をまとめ、ダガンドゥ市長と協議せねば。
ビジャン藩鎮行政庁舎へ商人達が手土産を持って挨拶に来た。ハイロウ商人からの単純な感謝もあれば、あわよくば便宜を図って貰えるか探りにくる者もいる。脅しに来るような見の程知らずは流石にいない。賄賂になりかねないので手土産は受け取らない。便宜など図るわけがない。サウに縁のある商人でも、である。ただその商人は手間賃を与えて、賄賂も便宜も無いと周知させるようには頼んだ。
■■■
支援物資が到着してから数日、市議が参集してからは連日、ダガンドゥ市では臨時議会が開催されている。当然ビジャン藩鎮について議論がされているだろう。
傍聴席からは人が溢れ、議事堂を市民が包囲しているそうだ。この行政庁舎も軍を展開して人を近づけさせないようにしているが、遠巻きに市民が包囲している。大きな騒ぎではあるが、暴動が起きているわけではない。宇宙太平団の活動も穏やかなもので、妨害するために活動している様子は無い。
行政庁舎でいつも通りに仕事をする。
割高ながら、物価が平常値に近くなってきた。反応の速さは、改善に向かう時だけは具合が良いものだ。指導しなければならない商人はいない。要監視対象はいるので、現地採用した職員に追跡させる。
兵士達の給料を送金するための手形を書く。間違った書式だと無効になるので注意を払う。そして書いた分と帳簿を合わせる。郵便の本局と調整の為の手紙の内容も考えねばならない。
……書類仕事をしていると、開けてある窓から奉文号が入ってやってくる。足に巻かれた紙を取って広げて見れば、”全会一致でダガンドゥ市ビジャン藩鎮統制下へ。市長、行政庁舎へ直接報告に”と書かれている。一喜一憂している場合ではない、この程度。筆は止めぬ。
騒ぐ声が段々と近づいてくる。知っている足音が玄関先で止り、公安号が「ワフ」と合図をしてくる。市長が尋ねて来てようだ。
「節度使様、ご在宅でしょうか? ダガンドゥ市市長ヤンダル・チャプトです」
節度使様と呼んだか。
玄関まで出向いて戸を開ける。観衆が遠望し、鎮守将軍、兵士達が行政庁舎を警備する中、市長は正装で、埃をつけるのも躊躇わずに平伏した。
「御見逸れしました。ダガンドゥ市全権代表として、市長ヤンダル・チャプトはダガンドゥ市とともに、ビジャン藩鎮の統制下に入らせて頂きたく存じます」
一喜一憂している場合ではない、この程度。道具が一つ手に入っただけだ。
「あい分かった。こちらも全力を尽くす故、そちらも尽くされよ。立って良し」
手を差し伸べ、その手を掴んでダガンドゥ市長が立ち上がる。覚悟を決めた顔をしている。
これからが本番だ。まだ一歩踏み出しただけ。難問はいくらでも山積している。
鎮守将軍が諸手を上げて叫ぶ
「ビジャン藩鎮千歳!」
『千歳!』
兵士達が唱和。ショウの声もかすかに混じっている
「千歳!」
『千歳!』
今度は市民の声も混じる。
「千々歳!」
『千々歳!』
拍手と爆竹、誰が用意したか花火が打ち上げられる。そして誰が仕込んだか、鳩の群れが放たれて地上から青空へ舞う。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます