第65話「釣ったら網で」 ベルリク

 予定通りにナレザギー軍を海岸沿いに撤退させている。

 そろそろ正式な部隊名もつけたいな。ナレザギー近衛師団? まあ、後で奴さんに聞いてみるか。王族ならではの洒落た名前が絞り出て来るだろう。

 ザシンダル軍は目論見通りに追撃して来ており、誘引することに成功した。

 予定地点に到着。撤退行動を止めさせ、戦闘陣形を取らせる。そして遅れて来たザシンダル軍はこちらに合わせて陣形を展開する。そしてそれをじっくり待ってやる。食ったか食わないかで釣り針を上げるのは馬鹿のすることだ。

 少年騎兵には頃合まで斥候狩りに当たって貰っている。相手が盲であればあるほど良い。これに警戒して逃げるような慎重さを持ち合わせるのならここまで誘引は出来なかっただろう。逃げたら逃げたで従来の目標は達成できるが、またいつも通りに引き分けにして撤退などしない。そろそろ誰に喧嘩を売ったのか教えてやらねばなるまい。

 伝令より、ナガド藩王国軍が北方より接近中。良く食うまで待つ。

 ザシンダル軍がほぼ陣形を展開し終える。望遠鏡で細部まで見ても、撤退、後退、陣形転換の兆しは見えない。大砲も並べて弾薬車も準備して前進の用意も完了。車から物資も降ろして広げて、何時でも何処にでも供給出来るようにしてある。完全に食いやがった。

 伝令より、模範部隊が東方より到着。次いで、ビサイリ海軍海兵隊と海軍歩兵が西方海岸へ上陸作業を開始。

 これで半包囲が完了した。ここまで予定通りに決まってしまうと、己の有能ではなく敵の不注意が成功要因であると言えてしまう。

 事前にこの包囲作戦時における指揮権を自分が握ることは各軍に了承済みである。”三角頭””妖精使い””国家名誉大元帥””鉄火雷鳴将軍”のような名声はこういう時に使うものだ。

 折角ザシンダル軍に陣形を敷いて貰ったところを悪いが、包囲機動と砲撃と散兵で崩させて貰う。

 正面のこちらナレザギー軍。散兵と砲兵に攻撃させて陣形の変更を邪魔させる。

 使い捨ての砲兵と割り切れば危険を伴う前進をさせてからの砲撃も容易い。突撃砲兵の名誉称号でもくれてやろう。

 散兵は使いようによっては優秀な狩猟民と、泣きっ面で帰って来た貴族と士族連中。契約上戦線離脱は出来無い連中なので、また死ぬまで戦ってもらう。砲兵の防衛を重点に置き、敵へ射撃殺傷を命令しておいた。どのあたりまで忠実かは不明だが、怪我して仲間が死んで疲れたせいで以前のような元気は無い。上流階級の嗜みである弓術で頑張って貰おう。

 正面、こちらの左翼側にナガド軍が駆けつける。予定日時に合わせて貰っている。時間調整に失敗しての強行軍をしてバテてなければいいが、杞憂だろうか。

 東方内陸側からはラシージ率いる模範部隊が牽制攻撃を開始。ラシージ得意の高速野戦築城からの砲撃と、その簡易要塞を基点にした一撃離脱戦法。やはり頭数を補うのは土である。

 西方海岸側からはビサイリ海軍海兵隊と海軍歩兵が上陸して陽動攻撃の準備を整えている。両棲類のナサルカヒラ州の者達が先導し、艦隊が支援するので上陸は滞りなく成功した。

 敵が三方向への対処するため、折角組んだ陣形を乱し始める。こちらへ指向を向けた陣形だから組み直しているのだ。その作業は容易ではない。敵がいなくても陣形転換など大仕事であるというのに、敵に手出しされながらではまともに行えるものではない。

 哀れなザシンダル軍、安い餌に釣られて迂闊に濃い戦場の霧がかかっている敵勢力内に踏み込むからこうなるのだ。

 敵陣の二次展開作業の妨害の効果を確認。こちらの砲兵と散兵は鈍足ながら役割を果たしてくれている。やっと言う事を聞くようになったか。疲れた方が余計な事考えなくていいな。

 ビサイリ軍五千が敵左翼への陽動攻撃開始した。艦隊からの艦砲支援を受けているので滑り出しは快調であろう。砲射程外からが本番だ、よし頑張れ。

 敵の砲兵は陣形転換のせいで砲撃が遅れているようだ。大砲並べというのは難事である。大重量物である大砲を効率的に砲撃できるよう仲間との位置関係を、無論仲間の背中を砲弾で粉砕しないよう配慮して整列させなければならない。戦場の目まぐるしい展開に対応するために何時でもどこでも動かせる予備砲兵を配置しなければその展開には対応が困難であるほどだ。ザシンダル軍の予備砲兵は……侮っていたのかほんのわずかか、全く無いかというところ。

 直ぐに展開して使えると思われる火箭も出番が無いようだが、どこに集中投入するか迷っているのか? 悠長な奴等だ。案外東部戦線で使いすぎて生産が追いつかず、在庫が切れているのかもしれないが。

 模範部隊は数が二千と少ないので右翼への牽制攻撃を継続中。ラシージなら状況の変化も掴んで臨機応変に行動するだろうから心配は無い。あるとすれば、模範部隊の方向を突破口にザシンダル軍が撤退することぐらいか。ただ乱れた陣形でそれは中々出来るものではない。

 ビサイリ軍五千が敵左翼へ撃破も辞さない強い陽動攻撃を継続中。戦列は組まないで動きやすい散兵陣を組んで、艦砲の射程内から出たり入ったりしながらザシンダル軍を焦らしている。神経が焼きつけを起こしそうな動きが出来るとは優秀な奴等だ。

 そしてこれらお膳立てが済んだら、ナレザギー軍主力一万が損害を無視して、無視の出来ないビサイリ軍の陽動攻撃を受けている敵左翼に突撃して大出血を狙う予定。

 そうしてからナガド軍二万が模範部隊に気を取られ、左翼の援護に回ろうと動く――動かなくても――敵右翼に突撃する予定。これで敵に撤退を決意させればそれで良し。

 玉砕覚悟で踏ん張る程この戦いには戦略的価値は無い。ただこの誘引に引っかかる程度の馬鹿ならどうするか? 引っかかったのを他の将校に怒られて、反省して賢く動くかもしれない。とにかくブチかましてみなければ分からないということだ。

 ナガド軍の進行具合を確認。まだ持つ……。


■■■


 ジャーヴァル産葉巻を咥える。一般販売用の規格ではないのでとんでもなくデカい。ポケットに突っ込んでもはみ出る。手で支えないと口が疲れる重さ。煙の量も凄い、気をつけないと咽る。過ぎたるは何とやらだ。

「臭ぇよボケ」

 隣には通訳のナシュカ。号令をジャーヴァルの連中に伝えるから一緒に並べとは言ったが、本当にこいつが戦場に出るとは若干驚きだ。右手には刀を下げ、左手に拳銃を持って戦う気満々である。

 葉巻を捨てて火を足でにじって消す。イスタメルで買えばとてつもない金額、セレードで買えば家が建つ逸品だが、ジャーヴァルだとまあ安いこと安いこと。

 ナガド軍の進行具合を確認する……期は来た。

 こちらは千名で組んだ縦隊が横に十列。

 自分は徒歩、勿論中央最前列。もう一人隣にはアクファル、こちらは騎乗している。更にナレザギー王子も騎乗して隣。前線に出張って命を晒すにはまだ早いなどとは言わない、指揮官は先頭に立つ。運悪く銃弾に当たればそれまでの運命だっただけ。前線で武功を立てるための必須条件は第一に幸運、第二に悪運。

 ”俺の悪い女”、刀を横、上斜めに突き出す。ただ上に突き出すよりカッコいい気がする

「覚悟を決めて命を捨てろ。整列!」

 横に並ぶナシュカが叫んで通訳。それに合わせてナレザギー王子も同じく号令。

 刀を前、刃の腹を上向きにし、上斜めに突き出す。こっちの方が光が反射した刃が目立つ。

「全たーい……前へ! ……進めぃ!」

 横に並ぶナシュカが叫んで通訳。それに合わせてナレザギー王子も同じく号令。

 一歩踏み出す、二歩踏み出す、前進開始。

「ベルリク将軍よ、これぞザガンラジャートの化身! 全てを砕く大、男、根! 突撃に合わせるぞ」

 歩調はアウルの妖精が取る、ド派手に。

 チェカミザル王が山車の屋根に乗り、孔雀羽の扇を両手に持って音頭を取って、楽団が演奏を始める。太鼓に横笛に鉦鼓がやかましく鳴らされて、祭囃子そのもの。

 山車は象戦車へ部品を追加して組み立てた物で、下層に楽団が乗っている。中層には女性の胸の間から突き出る勃起した男性器ザガンラジャード像。アウルの藩都ムバサラサで見た時よりも見た目が凄くなっており、先端部位に黄金に輝く金属板が張ってある。そして輝きを維持するために専属の妖精が張り付いて磨いている。これには笑わずにいられない。上層には銃手が複数乗っている。

 戦車を曳いていた象だが、混乱されると山車がぶっ壊れるので外してあるようだ。

「ヨイショ!」

『ヨイショ!』

「ヨイショ!」

『ヨイショ!』

「ヨイショ!」

『ヨイショ!』

 掛け声というのは言語が分からなくても大体分かる。アウル妖精が綱を引いて山車を前進させる。

 巨大な王の山車と、他にも楽団と銃手が少し乗った程度の山車も十台ばかり揃っている。勿論、それぞれにはザガンラジャード像が御座している。

 この山車は音楽で兵士達の士気を盛り上げると同時に、敵の戦列に向けて体当たり攻撃を敢行する。王の山車は勿論、他の山車だって大重量であり、速度がつけば人の身体で止められるものではなくなる。ザガンラジャードには芸術と享楽以外にも、止められぬ前進のご利益があるそうだ。胸と男根と二種類あるのでそんなところなのだろう。

 名高いロシエ式戦列歩兵と撃ち合って勝てるものではない。単純な戦列歩兵同士の撃ち合いでは未だ負け知らずだ。つまり、他の要因を加えれば勝てる。砲兵と散兵と包囲機動で敵陣を乱さなければ手も足も出なかっただろうが、出せるようにした。

 前進する。陣形を乱したと言っても、それでも何千とこちらへ銃口が向けられている。だから面は狭いが分厚い縦隊突撃で粉砕してやる。撃ち合いなんてお上品なことはしない。火力には衝撃。槍兵と銃兵で白兵戦を挑む。射撃は至近距離で各自好きに行って、後は銃剣で殺させる。そのように今回は教育してある。ちゃんと実行出来るかは不明だが、そこは人殺しの才能が物を言うので心配してもしょうがない。

 良い距離まで前進した。突き上げた刀を振る。

「全隊突撃用意ッ!」

 横に並ぶナシュカが叫んで通訳。それに合わせてナレザギー王子も同じく号令。

「突撃ラッパを吹けぇ!」

 またナシュカが叫んで号令。ナレザギー王子も同じく号令。ラッパ手に突撃ラッパを吹かせ、間髪入れず、

「突撃に進めぇ!」

 刀の切っ先を前方に向ける。ナシュカが叫んで号令。ナレザギー王子も同じく号令。

 先頭に立って突撃、走る。

 チェカミザル王が乗る山車も他の山車も、妖精達が綱を外し、今度は押し棒へ回って押して走り出す。綱を曳く妖精が先に突っ込んでその背中を山車がひき潰すことはこれで無い。

「ソイヤ!」

『サァ!』

「ソイヤ!」

『サァ!』

「ソイヤ!」

『サァ!』

 クソ、山車の速度が早い。抜かれてたまるか!

 もっと早く走る。こっちがそう走れば、味方もそう走る。

 今必要なのは勢いだ。装填速度よりも速く、騎兵のように、火力より衝撃。

 敵のロシエ式戦列歩兵が一斉射撃を開始。チカチカ銃炎が光って敵戦列が白煙に包まれる。

 敵戦列一列目、第一列がしゃがんで、第二、三列が立って一斉射撃。

 かなり遠距離、命中弾ほぼ無し。数人倒れたようだが誤差範囲内。痛がっているが走りを止めない者もいる。

 敵の指揮官は焦ったか? それと相対距離の目測中?

 敵戦列一列目が下がって、敵戦列二列目が前に出て交代。ロシエ式戦列歩兵は高めの士気と錬度を前提にしており、肩を寄せ合う程歩兵を密着させないので割りと簡単に列の間を縫って列交代が出来る。

 また第一列がしゃがんで、第二、三列が立って一斉射撃。残留した白煙が風に流され切る前にまたチカチカ銃炎が光って敵戦列が更に白煙に包まれる。

 まだ遠距離、命中弾わずか。数十人規模で当たった様子。地面を抉った銃弾も見える

 目前に迫って改めて感じるが、連中の錬度は思った以上に高い。包囲されてかく乱攻撃を受けて尚この隊列に号令を乱さぬ冷静さ。当たり前のようでいて難しい。

 どっちが根性があるか比べる時だ。

 敵戦列二列目が下がって、敵戦列一列目が前に出て交代。弾薬装填中の兵と、装填完了済みの兵が混じって見える。交代号令を早く出してしまったようだ。褒めた矢先である。指揮官は斬首ものだ。お陰で敵兵から冷静さが欠けて見える。装填の手順を間違えている兵士も見えた。何があろうとも兵士に責任は無い、全て士官が負う。

 歩きながらの装填作業は難しいし、指揮官の号令に絶対服従と教えられた兵達は悩んでしまっている。装填するべきか動くべきかどちらを優先? 両方やるしかないか? でもどうしよう? などと疑問を持たせた時点でダメなのだ。複雑な操典の欠点だ。

 また第一列がしゃがんで、第二、三列が立って一斉射撃。しかし発砲音、銃炎の煌きの数は前回よりパっと見て分かるほど少ない。

 まだ有効射程と言い難い。命中弾は増えてきたが、数十人程度に当たった程度。山車の楽団の方がまだやかましい。

 間隔を空けて縦隊を並べているので部隊間に馬を走らせる隙間がある。アクファルに少年騎兵達が動き出し、弓で敵指揮官を狙撃、これが良く当たる。戦列歩兵は立って止っている上に指揮官は原則先頭である。怪我した兎より殺しやすい。

 敵部隊には、号令とは関係無しに射撃するロシエ式で云うところの”選抜射手”がいるようだが、少年騎兵達は指揮官を狙撃する役と護衛する役に分かれていて、護衛役が選抜射手を狙撃している。矢には即効の神経毒が塗られているので射殺せなくても毒で倒れて泡を吹いて痙攣する。

 一しきり狙撃したところで少年騎兵は撤収。銃弾を受け止めるのは安い歩兵の仕事だ。アクファルが戻ってくる。

 まだ有効射程には遠いか、そろそろ到達かという距離。体力の無い兵の一部が息を大分切らしているように感じる。これでも大分マシになったのだが。

 少年騎兵達が敵の各隊指揮官を狩ったおかげで各敵部隊の交代と射撃の号令がバラバラ、交代指揮官が見つかっていない部隊は発射すらしていない。交代式の連射でそれは致命的だ。複雑な号令と動きが必要なロシエ式戦列歩兵の弱点はそこにある。

 敵の散発的な射撃を受ける。発射数はまたもや少ないが、しかし近づいた分だけ当たるので百名近く味方が倒れる。一部に足並みの乱れが生じる。楽器に当たったか演奏が一瞬乱れた。

 山車に乗っている銃兵達が射撃を始める。当たっているのかどうかは不明。

 アクファルは絶えず矢を放っている。山盛りに入った矢筒がもう一つ空になりそうだ。それだけこちらの正面の敵兵は矢を受けて倒れて、毒に痙攣している。

 もう明らかな程に有効射程圏内。教範にもある”相手の白目が確認出来る距離”だ。

 指揮が回復している部隊も出てきたが、交代と射撃の号令はバラバラである。しかし大量の銃口から火と煙と弾丸が噴出す事実は変わらない。

 二百人規模で味方が倒れる。弾丸が耳元をかすめて後ろの兵士に当たった音が聞こえた。これはかなりなものだ。足並みの崩れた部隊も、倒れた味方に蹴躓く兵も続出。楽団の演奏も乱れてしまうほどだが、直ぐにチェカミザル王が「ハイソレ! ハイハイハイハイ!」と掛け声を出して楽団を統率し、演奏を元に戻す。

 しかしこの縦隊突撃の素晴らしいところは、とにかく前に進んで突っ込んでぶん殴るという馬鹿でも出来る戦法であることだ。単純こそ強固である。錬度の低い兵にはこれが最適。混乱する余地を削ぎ落とせば崩壊することは難しい。

 チェカミザル王はまだ「ソイヤ!」と叫んで妖精が『サァ!』と叫んでいる。勢いは復活した。

 事前に乱したとはいえ、戦列歩兵の一斉射撃が待ち受ける敵陣への突撃を成功させたのはアウル軍楽隊のお陰だろう。弱兵はビビって逃げ出すからこそ弱兵。派手な音楽は脳を麻痺させて疲れも恐怖も鈍らせる。それにおそらくだが、自然と兵より目立つ山車へ銃口を向けた敵もいたはずだ。ザガンラジャード像の先端部にいくつ着弾したか後で見物だ。

 帽子を銃弾に吹っ飛ばされ、馬を殺されながらも跳んで着地して一向に射る手を止めぬアクファルは二つ目の矢筒を消費中。今日一日で殺した数は百人を突破するだろう。大体、戦列歩兵なんて人の塊相手だ。ただ素早く前へ射るだけで当たるんだから、それはもう簡単なお仕事だろう。ちょっと急所を外れたって毒矢だし……後で帽子を買ってやろう。

 そして白目に鼻の穴、南部ジャーヴァル人の茶色い肌、肌荒れ、髭の形、歯並び、喉仏、手の甲の皺、指先に爪、ズボンの裾への泥はねまで良く見えるまさしく至近距離。

 敵が時計の歯車みたいに精巧に動いて小銃に装填して射撃が出来るのならば我々はとてつもない大打撃を受けただろう。いくら運が良くても悪運尽きて撃ち殺される距離だ。しかし人間はそんな器用に出来てはいない。指揮官を矢で殺されまくれ、足下には毒で痙攣している仲間が転がっていて、やかましい祭囃子に目を血走らせ、ソイヤ、サァと叫んで、ワーと喚声を上げて、突っ込んでくる山車、槍と銃剣に銃口を向けて突っ込んでくる人の塊に恐怖するなとは土台無理な話。

 完成度が高いが故に混乱すると役立たずになる、時計のように精密な運用が前提にされているロシエ式戦列歩兵術が仇になった。混乱時向けの号令をかければ良かったのだ。全体での一斉射撃は中止して、小隊号令での一斉射撃、各員任意での乱れ撃ち、いっそ思い切って銃剣突撃で真っ向から迎え打つなど、対処法は当然あったはずだ。ただそれは少年騎兵の毒矢掛けで封殺させてもらったが。

 拳銃で正面の、アクファルが指揮官級は殺しまくったので、年寄りの頼りがいのありそうな古参下士官を撃ち殺す。

 山車が敵の戦列を跳ね飛ばして、踏み潰して突っ込んで両断して後方まで食い込む。演奏は音が外れて滅茶苦茶になるが、また「ホーイ! ソレソレソレソレ!」と、激突の衝撃なんのその、落下もせずに屋根で踊っているチェカミザル王が掛け声で演奏を再開させる。

 山車を押していた妖精達が短剣を抜いて、衝撃で混乱している敵兵へ飛びかかっていく。チェカミザル王も煽る。

「ワッショイ!」

『ワッショイ!』

「ワッショイ!」

『ワッショイ!』

「ワッショイ!」

『ワッショイ!』

 何がマトラの妖精みたいに戦争は知らないだ。「ワッショイ」と叫びながら短剣で刺し殺していく姿はマトラの妖精も勢いでは負ける。

 セリンに買って貰った新しい刀、”悪い女”で敵が突き出す銃剣を、銃身を払って反らし……たと思ったら切り落とした。首を振って勢いそのままの銃剣を避ける。驚いたその敵の顔を斬る。斜めに入って、左頬から右耳にほぼ抵抗無く抜けた。骨を斬り抜いたとは思えないほど切り口が綺麗。スゲェ斬れるよこれ。

 山車に遅れて縦隊が激突する。

 他の小銃を持たない指揮官級も拳銃射撃、刀や斧に鎚などそれぞれ使い慣れている武器で突撃。

 銃撃戦をやらなかったので、景気づけとばかりに銃兵が至近距離から外さない銃撃を加えて銃剣突撃。

 そして時代遅れなようで白兵戦ではまだ強い槍兵が槍でぶっ叩いて刺しまくる。銃剣がついた小銃より槍の方が長くて頑丈で取回しやすいのだから、肉薄したら槍が強い。

 次の敵、振り下ろす刀を小銃で防ごうとして、そのまま小銃毎肩から胸から腹まで切り裂いて腸がはみ出た。この”悪い女”には銘が必要だな。

 アクファルの、刀の曲がった柄頭を手に引っ掛けて刃を腕に寝かせたままで矢を番えて弓で射て、近寄る敵はその刀を持ち直して斬るという組み合わせが華麗に繰り出される。そうしながらも敵を殺す最適な位置を見極めて移動している。イシュタムが褒めてたぐらいに凄まじく、魔術より魔術のような手捌きだ。

 次の敵、槍を持った下士官。同じように槍毎切り抜けてやろうと思ったら、槍の柄に半ば食い込んだ所で捻りが加わったようで、刀が止まる。新しい鎧通しでその下士官の心臓へスルっと刺し込む。やはり腕が悪いとダメだ。

 ナシュカは左の拳銃は温存しておいて、刀で敵を牽制中。危ういと思ったら、その拳銃で対応する。そして次の敵の膝を蹴って折り、体勢が崩れたところで喉に爪先蹴りを入れて倒し、刀で背中を刺してトドメ。妖精を蹴っ飛ばしてきたのは伊達ではない。でもアクファルに比べると危ういか?

「隣にいろよ」

 拳銃で、叫びながら銃剣を向けて突っ込んでくる髭も無い少年兵の顔を弾き散らす。

「守ってやる」

「そうかい」

 ナレザギー王子は流石王族と言うべきか、華麗な刀捌きで敵をいなして……あまり直接戦闘は得意ではないご様子。その敵を拳銃で始末する。

「殿下は敵を引き寄せる囮にでもなっててください。後はこっちで殺しますんで」

「余裕ですね!」

 鎧通しで、先に銃剣を突き出すように誘ったら乗ってきた敵の刺突を反らし、首を刀で撥ねる。綺麗な断面から血が噴く。良く斬れるから簡単に殺せて自分が強くなった気にさせて、でも手応えが足りなくて、欲しくてまた次の敵を斬りたくなってくる。マズいぞ、この刀は誘いやがる! 何だクソ、この刀がセリンに見えてきた。良く”キレる”ところがそっくりだ。

 我が方の弱兵達だが、単純な命令に加え、王の奴隷という立場と、今までに無い飯の量などのお陰か士気が低くないように見える。果敢に戦っているのが感じられる。敵が混乱していて優位を感じているのもあるだろう。これで勝利の味も知れば弱兵と馬鹿には出来なくなる。

 刀に酔ってて視野がやや狭くなっていたが、改めて見直せば敵軍左翼は崩壊状態。射撃を行っていた前列は既に食い破って殺し尽くし、その後方に控えていた敵の予備戦列にまで山車は突っ込んで、縦隊も突っ込んでいる。そして、ビサイリ軍はこの期を逃さずに攻勢に出ている。

 戦況を見て少年騎兵達がこちらに集ってきて、周囲の残敵を矢で一掃。

 斥候に動かしていた少年騎兵の報告と、今ここから見えるものから状況をまとめる。

 敵軍右翼は模範部隊からの砲撃で無視出来ない打撃を受けた。左翼を支援しようにもナガド軍が目前に迫っているので迎撃態勢を解かないでいる。

 敵右翼の後方予備が直前まで模範部隊へ攻撃を行っていたが、逐次投入気味の間抜けな攻撃だったので簡易要塞は持ち応えたそうだ。

 ナガド軍に向けて今更ながら火箭での集中射撃が加えられる。十分に引きつけてからの発射で損害は大きかったが前進は止まらない、激突する。

 そして後方に控えていたロシエのジャーヴァル=パシャンダ会社軍とザシンダル軍中核部隊は撤退を開始。両部隊は大砲を殿部隊に託した模様。増援を確認した時点で撤退するべきだったが、ナレザギー軍の弱体ぶりを味わっていたならさもありなんと言ったところか。

 ナレザギー軍、ビサイリ軍が敵左翼を攻め上げてほぼ潰し切った。壊走する敵兵の流れを受けて、撤退組の置き土産である敵殿部隊は身動きを思うように取れていない。

 ビサイリ軍にはこのまま壊走する敵を追って、流れに任せて殿部隊を攻撃して貰おう。ナレザギー王子にも同様に伝える。この両軍は敵左翼を潰した勢いそのままに敵殿部隊に襲い掛かる。

 少年騎兵には、一斉射撃を受けながらも果敢に敵右翼に激突して侵食して殺しまくっているナガド軍の側面支援に回す。敵は右翼を厚くして片翼突破を狙っていたらしく、ナガド軍が相手をしなければいけない兵数は中々である。長い刀に魔術で目を焼く雷光を纏わせ、絵になるような剣舞でバッタバッタと敵を薙ぎ倒していくガジートがいようとも手こずるだろう。時折、目が眩むほど発光して大砲すら豆鉄砲に思えるような轟音を響かせて敵を文字通りに粉砕して大いに恐れられていようともだ。魔術使いは凶悪なれど、持続力に劣る。余程の才覚があるか魔族でも無い限りはほぼ”使い切り”である。ただ獣人奴隷ってのは大抵は才覚が溢れている。

 ラシージが期を見たか、敵右翼へ模範部隊で攻撃を仕掛ける。まだ失いたくない兵士達なので割りと消極的な勢いだが、無駄無く誤射無く砲撃を敵右翼の中枢に撃ち込んでいる成果が出ている。

 流れに乗ったナレザギー王子とその軍、まだまだ元気なアウル妖精、そしてビサイリ軍は敵殿部隊もそのままの勢いで撃破。後はどれだけ被害を抑えつつ戦果を拡大させるかという段階か。

 包囲網の完成は、ファスラの海賊艦隊の上陸、牽制を持って完了する。

 海上の彼等には馬で今すぐに伝令を飛ばす、なんて事はことは叶わないので、どこで”網”を閉じるのかはファスラにお任せだ。ジャーヴァル=パシャンダ会社軍とザシンダル軍中核部隊で”閉じる”のは流石に無謀。壊走する敵両翼に殿部隊で”閉じる”のが普通。しかし、馬鹿をやるのが好きなファスラはどっちでやるのか? 全てを平らげる心算は無いが、どうしてくれるのか期待してしまう。


■■■


 戦争は人と物を馬鹿みたいに消費するものである。戦場にはその消費された人と物が馬鹿みたいに散乱している。その片付けを命じている。無事な人と物も集めてまとめている。急な陣形転換のせいで砲兵が役立たずになってしまい、砲弾薬がたくさん手に入った。ロシエ製の大砲はありがたく使わせてもらおう。精度の高い大砲は不足している。

 ジャーヴァルの伝統ではジャーヴァル人の捕虜は厚遇することになっている。この戦いで大量に発生した捕虜もまとめなければいけない。この伝統があるお陰か、兵士達は安心して潔く捕虜に下った。捕虜に下ったらもう安心なのであれこれ抵抗しないので管理が楽。どうやら縄に繋ぐ必要すらない様子で、この中から志願兵を募ることも当たり前らしい。徴兵業務の負担が減って素晴らしい。

 しかし中でも縄を繋ぐ必要がある連中はいる。ジャーヴァル=パシャンダ会社軍の連中だ。思わぬ収獲、奴等を捕らえた。

 やったのは流石のファスラ、馬鹿をやる酔っ払い長髪髭のお兄ちゃん。網を、ジャーヴァル=パシャンダ会社軍とザシンダル軍中核部隊の中間地点で”閉じた”のだ。三百の少数で、挟み撃ちにされて即時粉砕されかねない位置、局所的に見れば敵中孤立の瀕死状態へ自ら突入した。およそ正気の沙汰ではなかったが、あまりに大胆な行動で相手はビビってしまったらしく、ザシンダル軍中核部隊はジャーヴァル=パシャンダ会社軍を見捨てて逃走。可哀想なジャーヴァル=パシャンダ会社軍は殿部隊を放出して撤退。

 馬鹿はするが馬鹿ではないファスラはそこで積極果敢に攻撃はせず、こちらの援軍をゆったりと待ち、戦わずしてその殿部隊を降伏させた。ジャーヴァル=パシャンダ会社軍も”ジャーヴァルの伝統”に多少は甘えたらしい。

 しかしファスラめ、カッコつけやがって羨ましい。一応はこちらの指揮下とは言え、奴の状況判断での最小被害の大戦果を挙げた。石ころの中の玉石並みに目立つ。海戦も出来れば陸戦も出来るだなんて多才な奴め。

 しかしさてはて、どうするかな? ファスラよりは目立ちたい。

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