第59話「ベルリクの軍隊再編」 ベルリク

 まず手がけるのは既存部隊の再編。あまり手をかける時間も無いが、せめて効率化せねばならない。ナレザギー王子の急ごしらえ編制はとにかく掻き集めな状態でいい加減だった。ザシンダル軍に攻め立てられながらだったのだから仕方がないが。

 平民と士族が混じる歩兵部隊の分離がまず先。これが今まで部隊分けもせずに混在していたのは、それぞれの貴族や士族が自領から引っ張ってきた者達をそのまま直卒するか、ただ連れて来て知り合いに任せて放置していたからだ。近代的軍編成とは水と油の私兵集団である。

 自領とは大切な物だ。良き領民は良く多くの税を産む。だから貴族に士族は税を産まないロクデナシを連れて来ている。ということでそいつ等は手放したくないような人材ではない。そうならばいっその事とナレザギー王子に全員を奴隷として買い取らせた。あっさりそんなことが出来てしまうところが何とも、世界の果てを感じる。

 そのロクデナシ達も、近しいが故に怨恨積み重なっている木っ端貴族や士族に使われるよりも、縁遠い存在なので逆に親しみを感じる王族の直下に入ったので喜んでいる。田舎の田舎者より、王族奴隷の方が単純に聞こえは良い。地元にいても働き口もあるか怪しいような連中なので、衣食住が保障される奴隷身分の方がありがたいだろう。そんな奴隷の中から、模範部隊に不適格な連中を既存部隊にする。

 不適格な連中とは、餓えて体力の無い者、文盲なんて生ぬるいほどに馬鹿、各種障害者、信仰が戦争に適さない者、ひどい年寄り、ちっこいガキ、体力不足の女、集団行動に問題がある性格、飲んだくれ、麻薬中毒、前歯が無い、話語不明、皮膚病に肺病などとにかく病人。まだまだいる。マジで酷い。歩いているだけマシな輩も多く、特には病人に関してはひっそりと処分することになった。

 その後は部族や氏族、信仰に言語ごとに隊を編制してまとめる。そうじゃないと仲違いを始めてしまう。

 既存部隊に残留する士族の歩兵と彼等の従士は白兵戦部隊にする。彼等は銃などより刀や槍など、自分の家で学んだ武術に誇りを持ち、幼少から学んでいるだけあってそれは中々に上等である。敵に張り付いた時の白兵戦能力は馬鹿に出来ない。

 シルヴから聞いたアソリウス島騎士団の例を思い出す。シルヴのように畏敬を抱かせるのは流石に無理だが、ならばその誇りをそのままに利用、誇りを煽って使ってやる。ロシエ式の戦列歩兵の的にするような運用をしなければいいはずだ。下手に隊列は組ませず――組めと言っても組まないだろうが――散兵のように自由に戦わせた方が良さそうだ。

 狩猟民族の扱いも別にする。彼等は家族単位で行動するのでそのままの家族単位を部隊として導入。正規部隊には組み込めない思想を持っているので自由に動き回る散兵にする。女子供老人も戦闘員だが、今更その程度で驚かない。銃も弓も得意としている連中だ。個々の能力は間違いなく優秀であろう。

 ナレザギー王子は彼等狩猟民を、隊列を組む部隊に組み込んでいたから能力を活かせていなかった。隊列を組むのが得意な奴等と苦手な奴等は分離すべき。本当なら訓練して両方出来るようにするべきだが、そんな時間は無い。

 重要なのは彼等狩猟民族を軍に繋ぎとめる方法だ。金は勿論、狩猟権の要求なのだが、それが中々領主達の反発を産むような土地なのだ。戦後の面倒まで知らないが、全滅するぐらいに扱き使って支払いを軽くするのが良いだろう。まあ、そこはこちらが考えるところではない

 既存部隊に残留する騎兵には規律の厳格化が必要である。勝手に騎兵突撃をするようなボケは邪魔でしかない。しかし罰則規定を厳格化しようにも政治問題に発展するような貴族や士族のボンボンばかりでそれは難しい。勝手に動いたから、はい縛り首、では内戦になるような状況。それが今の藩王との力関係だ。

 いっそ命令を聞かない連中は家に帰し、代わりに金やら物資を供出して貰った方がいいのだが、いても邪魔だからと家から戦場に出されたような次男坊三男坊どもだからそれも期待できない。ならば家と離れて王権とではなく、ナレザギー王子に個人的な主従関係を結んで貰いたいものだ。模範部隊の騎兵隊に入れた貴族に士族はそのようにした者達だ。

 契約を替えて貰いたい理由は、王権との契約では交戦相手を同じとする条項や指定した戦場に集結する条項はあるが、どのようにして戦うかまでの条項が無い。どのような訓練を受けるかまでの条項など当然無い。条項が無いから強制力が無い。強制力が無い以上に、触れていない条項には干渉しないという意味もある。以前ナレザギー王子が戦争に勝つためと指示に従うように指導したが、契約に無いと跳ねつけられたそうだ。そして指揮――指揮者というより先導役?――は誰が執るかは貴族の同士の話し合いになり、中で一番武勇に優れるだの有名だの最年長だのと言い争いになり、戦闘が開始されても決まらず、勝手に行動をして撃たれまくってくたばったというのが前回のナガド藩王国での戦いの結果。

 これを踏まえて、自分も加わっての再度の説得でも、戦争は専門家に任せろとの口ぶりだった。武芸を披露するのが戦争と思っているらしく、ナレザギー王子の消極戦術の凄さを説いてみたが、理解する脳は持っていなかった。契約通りに戦うのが彼等の戦争であるので価値観が違う。

 契約内容を更新するのは容易ではなく、個別に煩雑な手続きを踏んで行わなければならない。その契約というのが何百年も変わらないというものが多く、多少不条理な内容だったとしても伝統化したものを変えたがる者は少ない。

 それに彼等の家は王権と契約を結んでいる状態であり、王権との契約というのは彼等にとっての名誉で安定である。藩王との契約ではなく王権であるのが肝心なところで、藩王が、王朝が代替わりしても主従が変わらない。どんな大戦でも――ジャーヴァル内に限るが――勝敗に関係なく所領が安堵されるのが常識になっている。これで個人契約するとなれば勝敗によって己の処遇が大きく左右される。王権が消滅することは相当な大事が無い限り有り得ないが、個人の命が消えることも、個人の力が消えることも些細なことであり得る。王権との契約は簡単に取れるようなものでは当然無く、それを手放すなんてのはとんでもない話だ。

 家から離れるというのも彼等にとって辛いもの。これは絶縁宣言とまではいかないが、自立宣言になる。今後家長の保護は得られない。要するに、飯を食わせてもらえない状態になる。

 これではいくらナレザギー王子から好条件を出されても契約の変更は受けたがらない。契約の件に関してはちょっとやそっと手をつけたところでどうにもならんというのが結論だ……士族の方は契約を替えなくても多少言うことは聞いてくれるのだが。

 まだ別種の困った連中がいる。ルサレヤ総督が教えてくれた連中だ。

 文明を拒絶するような全裸で、火が触れた物を触れない、名無しの原初神の信仰者達だ。素手での石投げは大丈夫だが、投石紐はダメ。勿論弓はダメで銃は問題外。槍は棒を尖らせた物ですらダメで、折れた木の枝なら大丈夫とか。

 とんでもないのが豊穣神イガーサリの巫女がいる。全て月経の止まった妊婦で、鎌で命を刈り取り、摂取した命を神の子に注ぐ、らしい。おぞましい刺青を入れた、何れも揃ってガタイの良い女達。死を恐れぬ獰猛な人食いとして恐れられている。最低にイカれてやがる。こんなの正規部隊に組み込んでたのかよ。

 かといってこの巫女の好戦性は勿体無い。なので、夜襲などで敵を恐怖させるために使う。今更、身重だからと後方に引っ込めることはしない。一人死んだら二人分なだけだ。何を気を使う必要があるのかその程度の事。

 既存部隊は何というか、隊列を組んで決戦をするより、不正規戦で戦わせるのが良さそうだ。

 ザシンダル側はロシエ式兵に絶対の自信があるだろう。だがあれは大規模な正規軍同士のぶつかり合いで威力を発揮する種類の兵だ。だから決戦は避けつつ、チクチクと嫌がらせをして対抗するのがいい。


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 輸送隊第一陣がシッカに到着し、武器受け取る。そして既存部隊への銃配備は後回しにする、せざるを得ない。模範部隊の訓練向けに回す以上は無い。

 武器以外にも手紙も届けてくれた。借りている部屋に戻って自分へ差し出された物を読む。

 まずはなんと言ってもシルヴ。彼女の手が触れた物が手元にあると思うだけで元気が出てくる。

”アソリウス島内は平穏そのものだけど、海洋は物騒になっている。魔神代理領内の海運業が活発になって、ロシエ系に南部諸侯系の私掠船がそれを狙って動いている。時には海軍自体も動いていて、エデルト船舶もその煽りを受けて少なからず被害を受けている。海上ではエデルト・魔神同盟と神聖同盟の戦争に発展しているも同然の状態で既に有事。

 沿岸警備隊を中心に、軍の増員には苦労している。島民は従順そのものなので苦労はないけど、島での戦いで適齢の男が大分死んだので徴兵は少々苦しい。その点を気にしないで良い移住者は色々と我が強いし、問題も起こしてくれる。本国にいられないで飛び出してきたような連中が多い。そこで問題を起こした者を強制徴募して人格が変わるぐらい訓練して兵に回すことにしている。まだアソリウス島自体に襲撃をかけるような船はいないが、警戒は怠れない。

 セレードのお隣オルフでの未亡人戦争への対応で本国は大忙しみたい。少なくとも共和革命思想のオルフ人民共和国側への一方的な加担は有り得えないと思うけど、長引かせるとしたら援助もあり得る。この戦争に軍事介入をするかまでは議論の最中。あの幼いオルフ王との縁談話も議論中みたい。アルギヴェンの家系には同い年くらいの女の子もいるし、どうなるか?

 今までの本国の軍縮路線は消滅し、軍拡に進んでいる。陸は国境警備隊の増員、海は船舶護衛用に足の早い軍艦の建造が優先されている。それと遠回しな表現だけど、こっちの軍へ復職しないかって話があったけどどうする?”

 復職するならレスリャジン氏族に妖精も連れて万単位で帰国してやろうとも考える……夢想が過ぎるな。今更木っ端士官もどうかなぁと思う。将軍待遇は無さそうだし。でもシルヴの下ならとりあえず文句は無いが……とりあえず今は魔神代理領の方が楽しいからと返事をしておくか。再就職するときはよろしく、だな

 ジャーヴァルの話もしよう。アッジャールが踏み荒らしてグチャグチャ。宗教、部族に種族がゴチャゴチャ。中央集権が確立していなくて政治的にメチャクチャ。

 飽きそうにない土地で、しかし永住はしたくない感じだ。乞食の強気さがとんでもなかった。牛の糞がその辺に、異常にあった。宗教関係者の儀式が派手でうるさくてお香や生贄で臭い。時期やら葬式の多さが重なっているのか毎日どこかで祭り騒ぎをしている。観光には丁度良い。仕事だと疲れる。暮らすのは嫌だ。アソリウス島より内陸な分、今いるところは暑い。

 お次はセリン。シルヴの手紙の内容から推測すれば大分忙しいと思うが。

”よう旦那。魔神代理領全軍の再編成に伴う海運の仕事が増えて海賊も海賊稼業をしている暇が無いぐらい仕事があるよ。わざわざ船を襲って略奪するより、海運の仕事をしているほうが安定して稼げる状態で、魔なる信仰を持つ海賊達はほとんどが真っ当な仕事をしている有様。海軍に帰参したり、集まって海運会社を作る動きもあるね。ウチにも入った連中がいるよ。

 そこで邪魔しに来ているのが、神聖教会系のヘボい泥舟。積荷目当てで、沈めて殺して奴等の港周辺にその残骸を捨てて警告してやってもフナムシみたいに沸いてくる。

 この前ファランキア共和国の軍港を燃やして、奴等が良く中継港に使っているネルシッタ島の連中を皆殺しにしてそこら中に吊るして、艤装取っ払った船に目と手を潰した捕虜の市民水兵を二千詰めて送り返した。他の麗しの中大洋にゲリを垂れ流してるクソ教会のカス国家どもにも同じようなことをしても、その程度の見せしめだけでは止らない。もっと殺す。

 先の大戦で英雄だとか言われているペシュチュリア共和国のクアラジモ提督をタルガリス岬の大灯台に吊るしてやった。こいつの船は私が貰って、いまやイスタメル海域海軍の旗艦。あちらの最新型の大型戦列艦で、無駄に金がかかってて、並みの砲弾ぐらいなら弾き返す装甲がある。こんなもの、単独で夜襲して捕ってやった。航海訓練中であの馬鹿ども油断してやがった、ヘボ魔術使いもほとんど配備していなくて超楽勝だった。全員殺した。

 それでもイスタメル海域はクソどもとこちら側の境界線で、いくら船を沈めても奪っても水兵をぶっ殺して吊るしても基地があるかぎりフジツボみたいにいくらでも生えてくる。奴等め、アッジャールのカマ堀り馬野郎どもとの戦いで弱っていると勘違いしやがっている。その妄想を船体頭部ごと粉砕してやる。してやってる。

 だから旦那はとっとと東の豚どもをぶっ殺してこっちに戻って来なよ。一緒に上陸攻撃やるぞ。街が焼き放題なんだから、早く戻って来なさいよ。潮風嗅いだだけで小便チビりだすように沿岸部を無人地帯にしよう”

 何だか、平時の海賊合戦から激戦に発展したのはお前のせいじゃないのか? と返事したくなる。

 ただ虐殺だけじゃなく、人を不具にして送り返すとは、あれだ、人に自分の行動が見られていると改めて思い知らされる。まあ、シルヴ繋がりで亡者シェンヴィクの真似をしただけなので自分起源を主張する気はないが。

 海軍さんは忙しいねとでも返事しておくか……しかしこいつホントに血の気が多いな。

 三通目はルサレヤ総督。御前会議は時間をかけて行うので、この手紙が到着している時点でもまだ魔都に滞在していることだろう。

”御前会議の進捗で君に伝える事がある。親衛軍の派遣は未だ決まらず、反対派の派遣容認状態まで復活するには時間がかかる。何とか耐えろ。

 次に、魔族が増える可能性がある。お前に関係がない話ではない。魔導評議会は善処するだろうが、質の低い者が選ばれる可能性は否めない。そういった出来損ない魔族がお前の上官として派遣される可能性がある。これは厄介事だ。

 魔術に身体が恐ろしく強大でも、精神に知能は変わるものではないのだ。長い年月が解決することもあるが、君が若い内には無い話だ。君ならその恐ろしさが分かるはずだ。有能な敵より恐ろしいのは無能な味方だ。その味方は生物として無駄に頑強で、背中に穴を開けても生きている可能性がある。

 今まで通りならそのようなことは、魔族が派遣されたとしても有り得なかったが、今後はあり得る。魔族至上主義の時代が来たかもしれない。魔族というだけで大きな権力を持つ時代だ。

 人々は疲れている。疲れた身には辛い重労働を肩代わりしてくれる強靭なる者の登場は必然望まれてしまうものだ。その風を今感じる。私の言葉も時代遅れの年寄りの繰言と始末されるのも時間の問題だろう”

 何を弱気な! と返事が出来るほど魔神代理領については知らない。

 ルサレヤ総督が弱音とはちょっと、これは困ったな。こちらの努力でどうにかなる問題でもないし。

 ならばいっそ私と駆け落ちしましょうか? 返事を送っておくか。これ以上は思いつかない。

 俺の可愛いババアを困らせやがって。いくらあのガジートの猫ちゃんの飼い主とはいえ、青面ベリュデインのクソッタレめ。ケツから血抜いてもっと青くしてやる。

 四通目は第五師団長代理から。

 師団長代理はラシージが推薦した妖精だ。勿論意志は強い方。マトラ妖精の名声は以前とは比較にならないほど高まっているので人間からも不平も無いだろう。

 スラーギィにおけるオルフから南進してくる難民の問題は引き続き人権の無視を持って適宜解決中。東部の荒野の状態は、水源地を巡って開拓民同士で衝突しているらしい。正直あそこはゴミ捨て場なので、まあいいだろう。

 比較的豊かな西部にとどまろうとしている難民はレスリャジン氏族が駆逐している。

 そのレスリャジン氏族は亡命アッジャール人を吸収して拡大中だ。生活様式も、そして遊牧諸語に連なる互いの言葉も似通っているので大きな問題も起こっていない。難民掃除にも人手が十分足りているそうだ。

 マトラの復興状態は順調で、オルフにいた元奴隷妖精も既に馴染んだそうだ。

 街道も戦時の迷路状態から平時の直進路への修復も完了し、無茶な使い方をした水路の補修も完了して水周りに不備は無くなった。

 今は武器製造に力点をいれており、工房の拡張を行っている。マトラ製の武器を送りたいところだが、直接送ると時間がかかりすぎるので、イスタメル中心に他所からの武器供給の負担を抑えることによって間接的にこちらへ武器を送る、とのこと。現実的だ。

 それとバシィール城の状態だが、いつ戻ってきても以前通りに生活できるようにそのままにしてあるそうだ。

 最後に親父からの手紙……シルヴの手紙に同封されていた物だ。読みたくないので後回しにしていたが、やはり読まざるを得ないか。

 読んだが何というか、親父はベラスコイ家からの紹介があって再婚したそうだ。

 シルヴの実家が勢いを取り戻しつつあるのはまあ、同郷人としては嬉しい話である。嫁を取れるということは多少なりとも財政状況に余裕が出てきたということだ。親父にも株式配当がそれなりの額で降りてきたというわけだ。親が儲かって嬉しくないわけもない。

 ただなぁ、再婚相手がなんとも、息子である自分より年下だ。これは実家に帰りたくねぇな。かと言ってずっとずっと先延ばしにして、背丈が同じぐらいになった弟か妹に会うのも気が引ける。

 同封された、少なからず金がかかったであろう新妻の細密画を見れば”余りもの”を押し付けられたわけではなさそうだ。

 一応アクファルにこのことを伝えたが、血の繋がりが全く無い話なので「はい、おめでとうございます」といつもの何か奥底にありそうな無表情からでもあっさり分かるほどに無感動だった。返事が出てきただけマシか。


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 ラシージを中心に工兵と偵察隊が有望な連中、模範部隊の練兵に勤しんでいる。場所はシッカ郊外の平原を借りている。整備された練兵場は第一王子とその軍が使っているのでダメ。

 ナレザギーに買わせた奴隷からは質の良い者を選別して模範部隊に入れた。ロクデナシばかりとはいえ、戦場に適応するような奴はいる。

 これでは数が足りないので、御用の奴隷商人からの買い付けや、ナレザギー王子と交流のある有力者から人の紹介をしてもらう。待遇の良い精鋭部隊という話で集めたのでそこそこは質の良い者達が集まった。ただこの集め方では人が足りない。あっという間にその経路からの人的資源が払底する。奴隷商人の招致を行うことと、領主達との摩擦を覚悟しての徴兵組織の設立が急務だ。

 ちなみにナレザギー王子はかなりの金持ちだ。個人資産額ではメルカプール一で、王よりも確実にある。少ない小遣いを使っての投資で稼いだそうな。銀鉱を当てたとか、とんでもない話もしてくれた。魔都圏にも資産があるらしい。そこにジャーヴァル料理を出している店も展開しているとか……これぞお貴族様である。

 模範部隊の下士官用に両手で扱う大刀を配備した。エデルトでは槍だが、歴史背景は重要である。

 ジャーヴァルでは大刀は結構広く使われている。主に生贄の儀式や処刑で使い、豚や牛や人の首を一撃で両断する。味方のみならず、敵への威圧感も抜群だ。白兵突撃時にも威力を発揮してくれるだろう。

 ナレザギー王子と契約した士族の中から模範部隊の突撃隊を編制する。

 彼等の白兵戦能力は重要だ。敵に縦隊で接近、小銃で一斉射撃。前列から順次しゃがんで連続射撃してこれを突撃準備射撃とし、抜刀突撃をする。

 または前列から順次一斉射撃して、撃ったら最後列に移動してそれから前進を繰り返す前進射撃。

 これの突破力は相当な物になる。突撃要員として期待している。忠実で軍事に対して意識の高い職業軍人の士族達ならモノになってくれよう。契約内容は、これらの行為をすることに全く問題が無いようにしてある。

 ナレザギー王子と契約した貴族は主に士官にする。優秀さはともかく、貴族という生まれは重要だ。アホでもそこそこマシに見えるのだから人の認識は面白い。士官は兵を率いて、下士官は兵のケツを叩く。下士官は平民でもいいが、士官となると良くない。いかに実力があっても所詮畑から生まれた奴、俺等と同等などと農民出どもに思われナメられてはいけない。親しみやすいなどと長所を上げる者もいるが、士官とは兵を殺すのが仕事だ。階級意識はあった方が分別がつくのだ。

 それと単純なところ、識字率の問題がある。読み書き出来ないようじゃマジで困る。数字にも理解が無いと更に困る。貴族は大体が魔神代理領の共通語を話して書ける。一見は貴族のようでいて所詮は職業軍人である士族となるとそうはいかない。所領運営をする貴族とはわけが違う。

 模範部隊での騎兵隊の編成は非常に難しい状況だ。ナレザギー王子と主従契約した貴族に、馬が使える士族となると数が少なく、それから士官要員に差っ引くと更に少ない。

 馬に乗れる技術のある者を身分に関係なく高給取りで急募してはいるが、そんなことは対アッジャール戦争で行った後なのでまるで集まらない。王権との契約に従う貴族や士族ではなく、個人的にナレザギー王子に従う騎兵隊は絶対に必要だ。

 しかし馬や駱駝はあるのに乗り手が不足している状況だけはいくら頭を捻っても変わらない。まずは適格な騎兵が少ないので当面は伝令、斥候の訓練に狙い絞ることにする。

 それから馬を知らない奴を一から騎馬訓練をさせてもいるが、いつ使い物になるか? 乗れるだけではなく、任務に使えるようにならないといけないのだ。メルカプール内の人材で編成するという考えは捨てた方が良さそうだ。

 いっそ暇をしているか不遇に甘んじている分裂アッジャールの一部を引き入れるのも手ではないかと考えてしまう。ジャーヴァル内でも好き好んでか仕方なくか、馬賊として放浪している連中がいると聞く。選択肢としてとっておこう。案外、話が合うかもしれない。

 砲兵、工兵の近代化は重要である。職人階級の器用な連中、大工や鍛冶屋は歓迎。学者も採用する。

 工房関連の生産力は落ちるが、所詮は質の低い武器しか作らないのだから輸入頼りにした方がいい。弾の製造ぐらいならそこまで質の高い人員もいらない。型に鉛を流す程度だ。

 この場合は良い意味で頭が空の奴隷、被差別階級も採用。大荷物を運ぶのもそういう輩も必要だ。

 ラシージに任せれば何も問題は無い……のであるが、訓練相手が相手だ。


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 鞍に小型砲とも大型銃とも言える大きさの旋回砲を載せた駱駝兵がお披露目中。

 駱駝を伏せさせ、そのまま発射が出来る。勿論取り外してもいい。騎馬砲兵の簡易型だ。駱駝は馬より重い物を運べるので一頭でも中々融通が利く。

 ラシージが採用するか見ている。隣に座る。

「どうだ連中、良い子にしてるか?」

「通訳を複数挟むので手間がかかるのを初め、国という概念が理解出来ておらず、従って国防という戦争目的が理解出来ず士気が低いです。待遇の良さが繋ぎとめています。ですので、この待遇の良さが忘れられなくなってからが本番です。軍用の簡易共通語教育も成果が見え始めています」

「後は時間稼ぎか、弱小陸軍で」

「はい」

 駱駝の騎手自らが旋回砲に弾薬の装填作業を行い、鞍につけたまま発射。口径はそこまで大きくないので、火薬慣れした駱駝がビックリすることも、反動で体を痛めることも無さそうだ。有効射程も普通の小銃よりははるかに長い。

 次に鞍から騎手が一人で外して旋回砲を発射する。砲を運ぶ駱駝と弾薬を運ぶ駱駝の二騎一組にしたら中々良さそうだ。騎手二人で装填と発射作業をやればもっと早くなるだろう。

「これ面白いな」

「騎兵不足との兼ね合いが問題です」

「両方訓練して状況に合わせて装備付け替えか?」

「そうなります」


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 今我々はシッカのナレザギー王子の別宅を借りている。召使い付きでそれはもう生活は楽で良い。

 中庭でレスリャジンの少年騎兵達の訓練しているのを見ながら食事。ナレザギーが展開しているジャーヴァル料理店の品と同じ物だそうで、そりゃあもう美味いったらない。こうやってさりげなく顧客を増やしているのかと思うと、分野違いだがその才能が羨ましくなる。

 訓練は素手だけでの相撲の稽古だけではなく、刀に短刀も拳銃も弓さえ使って総合白兵戦訓練だ。

 刀は切る物だが、しかし刺す物。鎧を身につけているような相手を切り殺すという行為は難しいものだ。だから訓練は鎧もつけた完全武装で行う。誰が裸で戦場に出るのだ?

 弓は距離を取って使うが、別に至近距離でも殺せる機会があればそのように使って良い。鏃の代わりに丸めた布を縛ってつけている。当たると痛い。

 柄頭が曲がった刀を持ちながらの至近弓射も流行のもの。アクファルが一人で五人相手にして勝ってしまった。あいつ女だっけ?

 拳銃は射撃武器の心算で使うと当たるものではない、嵩張らない槍である、とレスリャジンでは教えている。馬に乗って動きながら、縄と滑車を使って動く的への実戦的な射撃訓練を行う。槍であるから、そこそこ接近してから撃つ。動く的につけた、敵の槍に見立てた棒よりも遠くから当てるように撃つのだが、これが中々距離感を掴むことが難しい。近づき過ぎてその棒に突かれて笑われる者も出てしまう。

 自分が拳銃でそこそこの遠距離でも良く当てるところを見せると、他の武芸じゃ敵わないのに、途端にスゲぇスゲぇとガキどもがはしゃぎやがる。自分が撃ったところから皆が当てようとして、当たらなくて騒いでいる。あーくそ、可愛いな。日頃から練習していて良かった。昔より大分腕が向上している。

 メルカプールの武芸に自信がある者も時折参加する。主にナレザギーと新たに主従契約を結んだ貴族や士族の連中である。率先して結んでくれただけあって彼等は友好的である。

 それに他流の戦闘を体験するのは良いことだ。どんどん呼び込んで少年騎兵達と試合させる。相撲に刀剣に槍に縄に弓に馬。

 メルカプールの主流種族は狐頭の獣人だが、人間もいる。娘を連れて来た者もいた。それは気が早いぞ。


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 当然ながら志願兵頼りではメルカプール軍の再建など不可能。

 一先ずは目は確かだが前線にはもう立てないような退役軍人を雇用して、選考基準を教育し、各地に派遣して兵士に出来そうな者達を集めることにした。積極的に志願兵を集めるのにとどめる。多少の詐欺はしてもいいと言ってある。しかし今集められている分ではとても足りない。最低目標の十万人など届きもしない。

 徴兵が絶対に必要だ。優先して集めるのは宗教戒律と民族風習的に銃を使い、隊列を組み、命令に従うことに問題の無い連中を集めたい。

 しかし志願兵の募集とは違い、強制である徴兵を行うと領主達の反発が強く予想される。彼等からすれば王との契約さえ守れていれば不義理にはならない。ジャーヴァルにおいて徴兵という歴史は、わずかにあるものの、王の横暴として記憶されている。そのような行為は基本的に契約外である。

 そして致命的なのが、敗北しても、交渉如何によってはジャーヴァル皇帝からザシンダル藩王に頭が挿げ替わるだけで領主達の利権には影響が無いこともあるからだ。裏切ればもっと権利保障が固くなる。

 これは立場の違いからくる理論なので、領主が悪であるとは言い切れない。自領を守るのが領主の仕事だ。ということで、そんなことは知ったことでない我々は限界まで搾り取りたい。敵は内外にいる。

 これは徴兵組織立ち上げの前に貴族や士族取締り用の秘密警察を組織してしまった方が良い。ナレザギー王子に助言だけはしておこうか? しかし下手なところに話が漏れるとこっちが暗殺されかねない。内政干渉は任務外である。

 騎兵の徴集ということで注目するのは砂漠地帯の遊牧民。馬も駱駝もいる。しかしメルカプールの中で一番”我”が強い連中で、ほとんど独立勢力だ。王権との契約内容がそうさせている。

 正式な指揮統制下に入れようとすると反発するので模範部隊どころか既存の部隊に入れることも困難。今彼等は藩王から命令もされず、自由気ままに敵の領土に侵入して略奪をしている程度の活動しかしていない。一応、敵味方の分別がつく知能はある。

 戦闘力はある。最低でも家族単位に指揮統制があり、散らばって独自に行動するので群れなくても行動できる連中だ。軍組織的に見ると、士官や下士官が非常に豊富という状態で、死傷率が上がっても組織崩壊し辛い。これを騎兵隊に組み込めればと考えていたが、せいぜいが部族からのはみ出し者や冒険野郎を招き入れるに留まるしかないようだ。

 作戦の度に金を渡し、ある程度目標を告げて好き勝手に戦わせるという方法しか利用法はないが、そんな前時代な戦闘をしている余裕は無い。略奪の統制が出来ないという問題が起きる。敵を倒してそこの食料をアテにしていたら先にこいつらが奪っていて、欲しいのなら金を出せとか、渡さないとか、そういった騒動が目に見えている。使い辛いと言ったらない。

 いっそ皆殺しにして馬と駱駝を奪った方がいいと考えるが、有力貴族にも多くのその遊牧民がいるから手出しも難しい。いっそ馬産に注力して貰った方がいいかもしれない。

 そんな”我”の強い連中も押し退けて人狩りも出来るような強権的な徴兵組織の設立はナレザギー王子が政治的に働きかけているが、これには時間が必要だ。ナレザギー王子は末弟で、メルカプールには末子相続の伝統は無いので地位は低い。しかし金持ちだし、一番軍事に明るい。今前線で活躍しているナレザギー王子を次期の王に推挙しようと余計な動きをしている連中もいて、要らぬ反感を各所から買ってしまっている。しかもそれは決してナレザギー王子のために活動しているのではなく、のし上がるための踏み台にしたいと考えている、というのが大勢だそうだ。徴兵組織が――秘密警察も――設立できるか怪しくなってきている。

 それに加え、ジャーヴァル帝国では臨時皇帝ケテラレイトを正式皇帝にするか引きずり下ろすかという問題があって、メルカプール内でも皇帝支持、不支持の派閥に分かれているのが輪をかけてややこしい。こっちの宮殿でそんなこと騒がなくてもいいだろうにと思うが、王権を捨てて帝権と契約を結べるのではないかという話に発展するのだからそうもいかない。

 人が集まらない呪いでもかかっているのだろうか? イディルの犬野郎がかけた強烈なのが。

 模範部隊の演習ついでに貴族の大粛清でもして、後の地方統治は中央から内政顧問でも招致してはいかがと思うが、上からの革命を軍事顧問が教唆してもしょうがない。やはり内政干渉は仕事ではない。

 メルカプールで主に崇拝されているのは正義と力の神ダカーク。おそらくこの世のどの神よりつまらなくて辛気臭い教義を持っている。他人を認めないことが正義の始まりだ。この正義には国防という言葉は伝統的に含まれていない。契約の遵守のみである。


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 今日は少し遠出をする。向かう先はアウル藩王国。ジャーヴァルの妖精国家だ。

 同行者は、交渉に当たるナレザギー王子とその護衛、道案内と通訳のナシュカ、アクファルと少年騎兵達。ラシージ達は仕事がある。

 交通の便は悪く、往来が途絶えて久しい荒れ道を進んで、丘に橋の無い川に湿原を越えて、駅も宿場もほぼ無く過ごした。水牛と蛇が主食になった。旅程も終盤に差し掛かれば妖精の農村が見えて来るので寝泊りが出来たが。

 アウルの藩都、人間呼称ムバサラサの街並みは何と言うか、自由だった。好き勝手に屋根に壁に道路まで赤、青、黄、紫、水、黒、白に塗られ、統一性の無い落書きがし放題。何なのか不明な彫刻もその辺に立っていたり、転がっていたり。真横に噴出す噴水が突然往来にあって、びしょ濡れにならないと通行出来ないようになっている。ただ意味なく上り下りの階段が続いて、無駄に蛇行した道があって、中央通りだと思っていたら突然、樹木に囲まれた花畑になっていて袋小路。ナシュカは道でもない木々の間を縫って進む。上下水道はその野放図さと反比例するかのように完全と言っていいほど整備されているので街並みは清潔ではある。

 アウルの妖精達は若干肌が浅黒く、体格はマトラの妖精よりは大き目。しかしやっていることは同じか、それ以上にお子様。その辺で無邪気に遊んでいる。突然馬車が通りかかったと思ったら、食料の配給なのだと思うが、パンや作物をその辺に放り投げ始め、周辺の妖精がワーキャー騒いで取り来る。街中には遊具が設置されており、滑り台だとか鉄棒だとか編み縄の砦? がある。そこら中で絵を描いていたり、棒切れ持ってチャンバラしたりと、混沌としている。人間がここに住んだら三日で頭がおかしくなるだろう。

 そんな遊園地をナシュカは迷いも無く進む。道を塞ぐ妖精がいれば容赦なく蹴り飛ばしている。何時の間にか腰に抱きついて離れない子供を、振りほどいて川に捨てる。川には水遊びをしている者がわんさかといる。川に投げてほしがる妖精が集まってきやがった。逃げる。

 中央広場らしき場所に到着。そこには芸術と享楽の神ザガンラジャードの神像がある。その姿は何というか、とんでもなくて、女性の胸の間から勃起した男性器が突き出ているというもの。教義は明るく楽しく生きよう、というおそらくこの世のどの神よりも優れた教義を持っている。

 祭りなのか日常なのか知らないが、妖精が集る山車が中央広場を走り回っている。山車の一段目には木製のザガンラジャード像が積まれ、二段目には太鼓に笛に各種鳴り物を鳴らして奇声を上げて騒いでいる楽団がおり、屋根の上には極彩色の羽毛の扇を両手に持った派手な格好の妖精が踊っている。

 一本につき十人以上が曳く何本もの綱に引かれて山車が突っ走る。危険なので目の前を通過するの待って、通過したら道を渡る。山車は中央広場から出て他の通りに突っ込み、曲がりきれずに建物の屋根の角を崩して走り去る。

「殿下、何なんでしょうねここは」

「私もここまで奥に来たのは初めてですよ。前に訪れた時は道に迷って諦めて帰りましたから」

 魔都ではしゃいでいた少年騎兵達も、流石にここでは食中り気味に押し黙っている。何もかも異様だ。

 それからも陸橋を渡り、地下水道の脇道を通り、いくつかの民家を通り抜け、丘を抜ける隧道を抜けて麦畑の畦道を通って、牛牧場を二つ抜け、山道を登ってまた下って密林を進めば突如、金銀彩色の物語に出てきそうな夢の国の宮殿みたいな建造物が出現した。

 飾りの柱を見れば、恐らく本物の宝石に金や銀で飾られている。門も屋根も壁もおそらく同じ。柱毎に衛兵が一人、斧槍を持って立っているのだが、その鎧と武器も宝飾そのものだ。

「殿下、何なんでしょうねここは」

「噂にも聞いたことがないですよこれは」

 その装飾に見とれていると、ナシュカが門前で舌打ちを二回やって手招きしている。

「お前等は外で待ってろ。光り物に触るなよ」

 一応少年騎兵達には念を押し、ナシュカについて宮殿の中に入る。ナレザギー王子も護衛を外に置いて中へ進む。

 宮中も外に負けじと絢爛豪華で壁も天井も柱も床も金銀宝飾に無数の調度品、不思議な壁画に天井画に絵画もあって、複雑怪奇な模様と彩色の織物が敷かれ、垂れ下げられている。

 中にも衛兵に下女らしき妖精はいるが、我等三人は素通りしている。声をかけられることも、かけることも無い。ナシュカが通行手形になっているのだと思うが中々不気味だ。

 今度は直進、一つも角を曲がることなく進めば謁見場と思しき場所に出る。

 そこには水晶だろうか? 一体どれだけの大きさの物を削って組み合わせたのかも不明なほどの水晶玉座に寝そべる、これまた宝石だけで編んだのではないかと思える衣装を着た藩王がいた。

「朕がアウルの王チェカミザルであるぞ。汝等何ぞや?」

 魔神代理領の共通語だ。ナシュカの仕事は道案内だけになったかな?

 とりあえず跪いてから話をしようかと、ナレザギー王子とともに体を曲げようとしたら、ナシュカは跪くどころか、謁見場に入ってからの歩みも止めずにいきなり藩王チェカミザルの顔面に蹴りを入れる。周囲の衛兵は無反応。

「そこの人間が仕事くれてやるとよ。働け」

「痛いよもう」

 鼻を押さえて痛がっている藩王チェカミザルの前でナレザギーが跪き、倣ってこちらも跪く。

「お初にお目にかかりますアウルのチェカミザル王。私はメルカプールの第十五王子ナレザギーと申します。お見知りおきを」

「ほう、そちがメルカプール軍の指揮を執っているという王子か噂は」

 全て言い切る前に、ナシュカはチェカミザル王の首根っこを掴んで床に叩きつけて這わせる。

「回りくどい。とっと用件言え」

「分かったよもう、相変わらず乱暴なんだからぁ」

 腹を打った衝撃でえずきながらチェカミザル王はそのまま床に胡坐をかく。

「ナレザギー殿下にベルリク将軍、足崩していいよ。これごっこ遊びだから」

 妖精がこう言うのだからその通りと自分も胡坐をかく。ナレザギー王子は流石に戸惑ったようだっが、チェカミザル王が「まあまあ」と尻を床につけろと手を上下に振ったので胡坐をかく。

「さてさて。これでも外の情勢は把握しているから説明不要だよ。何をして欲しいのかは口で直接聞きたいね」

 ナレザギー王子が先に喋る。

「メルカプールそしてジャーヴァル帝国防衛のために軍の供出を要請したい。可能ならば今新しく編制している軍への兵員にする健康な者もです。こちらは兵士でなくても構いません、訓練をします」

「いいよと言いたいけど、アウルにはマトラの妖精みたいに戦争が出来る連中はいないよ。見たでしょ? 皆争いなんて知らないで幸せなの。ザガンラジャード信仰はかくありき、ね」

 ナレザギー王子が唸る。あの光景を見せられては納得せざるを得ない。

 今度はこちらが喋る。これは想定済みだ。

「欲しいのは軍楽隊です。広場の方で見ましたが、あの神像と楽団を載せた山車は戦争に使えます。あれはいいですよ」

 チェカミザル王は胸の前で腕を交差させる。バッテンだ。

「ダメっ! あれは祭りで使うの!」

「また作ればいいじゃないですか」

「まずは君に神性について説かねばならぬようだな。ではまず神話に遡ること」

「ナシュカ」

「あ?」

 ナシュカがチェカミザル王の側頭部を蹴飛ばす。王は横に倒れ、倒れたまま。表情を引き締める。

「ベルリク将軍、今何と言ったかね?」

「はい? 山車ぐらいまた作ればいいと」

「違うね」

 腕組んで相も変わらず――普段通り――不機嫌そうにしているナシュカを見上げる。アウル出身なんだよなこいつ。

「ナシュカ」

「それだ!」

 チェカミザル王が跳ね起きてナシュカに抱きつこうとして、首相撲からの膝蹴りを八発受けて涎を垂らして床に崩れ落ちる。

「いやあナシュカちゃんも旅に出て成長して帰って来たんだねぇ。朕は嬉しいよ」

 身内みたいに喜ぶな……親兄弟か? 外見はまあ、同種同族と分かる程度の似具合ではあるが。夫? シクルはナシュカのことは処女扱いしてた気がするが。

「ナシュカかーそうかー、自分でつけたのかい?」

「つけねぇよクソ野郎」

「名前は私の妹が彼女につけましたが」

「なんと!?」

 チェカミザル王が跳ね起きて自分に抱きついてきた。服に涎がべっとりつく。

「それは素晴らしい。あ、山車ね、使っていいよ。楽団も全部貸すよ」

 名付け親のアクファルを紹介しようか迷ったが、止めた。迷惑そうな顔が浮かぶ。

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