第58話「ファルケフェンの名誉遂行」 ファルケフェン

 ラザム藩王国とその同盟国ナックデク藩王国は、どちらかと言えばザシンダル王国に対して友好的な国であったが、何時背中を刺してくるか分からない程度の友好関係であった。

 慈愛と寛容は今の時代に必要とされない。両国を撃破して後背を固めた後にジャーヴァル帝国へ全力を傾注して侵攻するのだ。

 我々ジャーヴァル=パシャンダ会社軍はザシンダル軍の支隊として対ラザム攻撃に参加している。参加する戦闘部隊は二個歩兵連隊で千六百、一個砲兵連隊で八百、一個騎兵連隊六百で計三千名に、後方支援部隊を入れて大よそ四千名前後。ロシエ本国軍より部隊単位の人数は少ない。ロシエ人か現地人との混血で構成されているのでそう多くは人が補充出来ないせいである。純血のパシャンダ人は基本的に採用していない理由は、忠誠心はまず血に宿るからだ。

 会社から装備が支給された。軍帽も軍服も熱帯向けに涼しいよう生地が工夫がされ、社章が肩に分かりやすく刺繍されている。左肩につけるマントは――あんなもの――つけていない。槍に剣、拳銃が四丁も、馬も支給された。

 我々が異国のために命をかける理由は、パシャンダの地に広く利権を拡大するためである。それも複数の藩王国別々に交渉して得るのではなく、強大なザシンダルの旗の下に一括交渉して得る。効率性の問題。

 我々は命をかけるのだからその交渉の結果は血の量を購えるものでなくてはならず、そうなるように契約が交わされている。

 ゆくゆくはパシャンダのみならず、ジャーヴァルまで利権を伸ばす。勿論、ザシンダルの旗の下で。

 北大陸西部とジャーヴァル、パシャンダを繋ぐ貿易路には莫大な富の流れがある。それを一手に独占する機会だ。

 北大陸西部、昔は神聖帝国連合と呼ばれ、中心地は古の大ロシエ。聖皇が権威を、聖王カラドスが権力を握り、悪魔共に勝利してきた栄光を取り戻すにはそれが必要だ。

 先の聖戦の敗北原因は、聖なる神を奉じる諸国家が連携を取れていなかったことにある。その問題の解決に必要なのは、絶大な軍事力を持つ国家を担保にする、求心力の強い指導者だ。そしてその軍事力を担保するのが資金力。

 神聖帝国連合を復活させる役目を負うに相応しいのは聖王カラドスの血を引くカラドス王朝のロシエ王国に他は無い。近年エデルトが伸張しているようだが、あれは所詮田舎者であって、北部地方の覇権を握るので精一杯だろう。西部は我にあり、南部は勢力圏、中部は影響圏、忌まわしいことに南大陸と東部は悪魔に占領されているが、やはり他の国は無い。

 次の勝利と繁栄のために、我々はここで戦い、勝利し、ロシエを繁栄へと導き、そして悪魔共をアレオン王国から駆逐し、それから反攻が始まる。

 王にはロシエの王冠、王妃にはユバールの王笏、王位第一継承者にはアレオンの王剣が受け継がれてきた。今、王剣を突き立てるべき地には悪魔が蔓延り、敬虔な信徒達が苦しめられている。

 これはパシャンダを救うための戦いではない。ロシエの息子アレオンを救うための戦いなのだ。ロシエの血が流れるべきである。

 我々はただの会社ではない。王の特許と国の出資金があって存在している会社だ。会社は王と国のために――投資家のためでも一部あるが――活動するのが規範。ならば更に命を捨てる価値がある。

 四頭立ての牛車で曳くような大太鼓が大砲並みの爆音を立て、複数の鼓手に連打される。

 大太鼓に合わせて王本隊六万が正面から、敵を広く拘束するように展開。ロシエ式に訓練されているが、まだ複雑な隊列変更は実戦で出来る段階に無い。しかし戦列を組んでの歩行は合格基準にあるようだ。

 ラザム軍は総勢で五万と報告されている。勝つのは当たり前で、いかにジャーヴァル帝国との戦いまでに兵士を温存できるかが大事だ。

 ジャーヴァル側は魔神代理領に下ってから思想転換したようだが、基本的にパシャンダもジャーヴァルも戦争は決闘思想に拠る。

 決戦場所は事前に決められたガルンウン村周辺。日時は取り決め通り、対峙する向こう側にラザム軍が並んでいる。

 村民は事前に合意の上で退去済み。建物や農地への損害費用は既に十分に支払われている。

 両軍司令官、ザシンダル王とラザム藩王が戦場中央で一対一に会って挨拶をし、分かれて戻って互いに開戦の角笛を、王自ら鳴らせる。この戦作法は古典的で美しく、素晴らしい。

 両軍、長射程の火箭――竿先に噴進装置と一体になった弾頭が付いた兵器――を発射台に載せ、弾着修正をしながら発射しつつ、部隊を展開する。

 これはパシャンダ風の戦いの定石で、命中率こそ低いが音と見た目と破壊力から非常に恐怖心を煽る火箭で陣形を整えるのを邪魔し、先に陣形を整えて攻撃を成功させた方が大体勝つという。こちらの方が発射する火箭の量が圧倒的に多い。

 ロシエ式の騎馬砲兵が素早く前面に出てラザム軍へ砲撃を始める。

 パシャンダの大砲は非常に大きく、攻城重砲のような巨大で鈍重なものばかり。これは小口径の大砲を作る技術が無いからだ。パシャンダでは馬が貴重なので、騎馬砲兵と言いながらその騎兵砲は牛が曳いている。馬より足が鈍いが、背に腹は変えられない。

 ラザム軍が大砲を用意する前に砲弾を送り込んでいる。遅れて大砲が出てきたが、冷静な対砲兵射撃によって敵砲兵を封じ込めている。

 ラザム軍の歩兵が前進。火箭と騎兵砲の砲撃でやや隊形は乱れている。

 ラザム軍は歩兵主体。前進してくるだけで四万を越える模様。戦列を組むような思想は無いようで、群衆が肩を寄せ合っているような光景である。ただし、砲撃で中々の損害を受けているのにもかかわらず怯えた様子はハッキリとは感じられない。士気は高いようだ。

 角笛による合図で王本隊の歩兵は相手を包むように、両翼を伸ばして端を突出させるように前進させる。広げた分、部隊が薄いので頑丈さに欠ける。しかし相対的ではあるが、こちらの歩兵は戦列を綺麗に整えて前進しているので数の少なさは十分補えるはずだ。戦列が整えられていないと横幅あたりの小銃による発射数は減ってしまうし、乱射戦になっても混乱しやすい。

 ラザム軍は歩兵が半包囲状態にならないよう、王本隊の歩兵の両翼に騎兵を差し向ける。分かりやすい妨害行為であり、それは当然、成功してしまっては痛手になる。しかし王本隊の騎兵は歩兵左翼の防衛のためのみに集中投入される様子。では?

「あー……全く手品使いの小うるさいジジイめ。言われんでも見れば分かるわ、アホ、ボケ、ジジイが」

 ダルヴィーユ連隊長がボヤく。会社軍司令は遠くにいる相手の耳に声を囁けるそうだ。奇跡とは奇天烈なものだ。

 ダルヴィーユ連隊長が剣を抜いて振り上げる。剣は指揮杖。

「予定変更だ!」

 右翼から会社軍が陽動攻撃し、ラザムの予備兵力を引き抜く予定だった。

「王本隊歩兵右翼の防衛に我等ナギダハラ騎兵連隊が、飛天騎士リデュエラ・バショーゼの如く進む! 足、揃えろ!」

 騎兵隊だけが予定外行動となった。歩兵と砲兵は予定通りに陽動攻撃のための機動を開始する。

 ダルヴィーユ連隊長を筆頭に、敵騎兵を迎撃するために我々は槍を立てて前進する。

 伝説ではアラックの飛天騎士リデュエラ・バショーゼは翼のある天馬に乗り、味方の危機に駆けつけては救ってきたと云われる。

 敵騎兵が目前に迫りつつある。こちらの騎兵より数は若干多いようだ。

「頃合見るぞー! 抑えろー!」

 ダルヴィーユ連隊長が馬の足並みを調整する。突撃号令はまだかと思うが。

 王本隊右翼の歩兵に敵騎兵が迫る。これはもう衝突を妨害できる距離ではない。つまり?

「連隊突撃ぃ! ラッパ吹けぇ!」

 ラッパ手が突撃ラッパを吹く。その号令に合わせてナギダハラ騎兵連隊は襲歩に馬を加速させ、ダルヴィーユ連隊長が剣を前に突き出すのに合わせ、皆槍先を前に突き出す。

「ギーダッロッシェー!」

『ギーダッロッシェー!』

 敵騎兵が迎撃射撃を受けながらも刀を振り上げ、王本隊右翼の歩兵に衝突する。そうして敵騎兵の足が止まったところで側面突撃が成功するようにダルヴィーユ連隊長は調整をしたのだ。

 ギーダロシエ、ロシエ万歳。ザシンダルではない。

 まさに飛天騎士リデュエラ・バショーゼの如く、味方の”危機”にかけつける。

 歩兵には銃剣という槍があるものの、騎馬の突撃力、圧迫感に迫力は激突前に理性を破壊するに十分である。迎撃を忘れてしまったザシンダル兵は馬の体当たりに吹っ飛ばされ、刀に切り伏せられ、蹄に潰されて死んでいる。隙だらけだ。

 ザシンダル兵に意識が向いている敵騎兵の脇腹に迫る。こちらの側面攻撃に気づいた敵の顔は驚愕と混乱。

 比喩ではなく、敵騎兵の脇腹を槍で刺す。激突の衝撃で柄が圧し折れ、相手は吹っ飛んで落馬。

 続々とナギダハラ騎兵連隊が馬の加速に乗って槍を敵騎兵に突き立てていく。長く軽く出来ている槍は使い捨てで、一撃で折れるように出来ている。折れないように作ると重過ぎて扱えない。

 この初撃で敵騎兵の勢いは崩壊した。折れた槍を捨て、剣と拳銃を手に残存兵を殺しに行く。

 前に進みながら拳銃で敵を狙って撃ち、狙っていなかった方の敵に命中。当たるものじゃない。拳銃を捨てる。

 次の敵兵に剣を突き出す。刀で払われるが、強引に突っ込んで首に刺す。しかし浅い、馬を前に進めて抉るように押し込む。相手は血を撒き散らして馬に倒れ込んだ。

 次に向かってきた敵の馬の鼻柱を剣の腹で叩いて牽制、制御に動揺している騎手の胸骨を砕きながら剣を刺す。馬は貴重、戦利品にする。

 胸に刺さった剣を抜くのに手間取る。筋肉で締まったか!? 手加減を間違えた。

 敵騎兵の殺意が複数自分に向いている。いつもの事とは言え、突出し過ぎたか?

 剣は捨て、拳銃を抜いて撃つ。当たらない、拳銃を捨てる。次の拳銃を抜いて撃つ。当たらない、拳銃を捨てる。四丁目、最後の拳銃を抜いて撃つ。当たらない、拳銃を捨てる。クソ、ガラクタめ。

 殺意の一つ、敵騎兵が刀を振りかぶって向かってきた。引かず、前に出て振り下ろされる刀に速度が乗る前に刃を素手で掴む。引き寄せ、慌てるその騎手の口に指を突っ込んで掴んで更に引き寄せる。顎が外れた手応え、刃を離して口にもう片方の手を入れて顎を引き千切るとおかしな悲鳴を出す。その刀を奪う。

 そうしている間にもう一騎近づいていて、刀を振り下ろしてきた。もう一度、速度が乗る前に前腕で受け止め、奪った刀で刺す、浅い。曲がった刀身は扱い辛い。もう一度切り込んでこられないよう相手の刃を掴む。引き寄せ、頭に刀を打ち込む。相手は兜を被っていて、当たり所が悪かったか刃が横に反れる。もう一度振って肩に打ち込む。今度は上手くいった、胸まで食い込む。しかし、また筋肉や骨に引っかかって抜き辛い。東の武器は慣れぬ、使い辛い。

 マズい状態だが、一人で戦っているわけではない。こちらに遅れて仲間の騎兵達が剣を振るって敵を殺して進んでいる。また騎兵突撃で意気が萎えていたザシンダルの歩兵も盛り返し、銃撃を加えつつ銃剣を突き出して反撃を加える。

「崩れたぞ! 連隊、追撃! ケツにブチ込め!」

 敵の騎兵は逃げ出した。ダルヴィーユ連隊長が追撃を命じる。

 これなら素手でもいい、追って敵の後頭部を殴る。重い手応え、その敵は倒れて落馬する。そいつから刀を奪って抜く。逃げる敵騎兵がラザム軍本隊の支援範囲に入るまで追撃する。

 また奪った刀では二人までしか切りつけられず、最後の一人は負傷しながら逃げた。それでもナギダハラ騎兵連隊はギリギリまで追撃。

「連隊停止! 攻撃止めぇ」

 半数近くを打ち倒し、ダルヴィーユ連隊長の命で追撃を終了する。既に敵の歩兵が迫っており、このままでは危険だ。引き際だ。

「連隊、ジジイに合流するぞ。任務終了、陽動に参加する」

 戦闘の間にも休まずに会社軍は大きく右翼から迂回しており、ラザム軍左翼側面に展開し始めている。ナギダハラ騎兵連隊も――わずかだが生じた死傷者の後送要員を残し――会社軍に合流するために移動する。それに合わせてラザム軍予備兵力がこちら側に移動している。陽動成功だ。

 他方、左翼から王子の支隊、騎馬火箭隊五千が急速展開して側面攻撃を仕掛けている。

 ザシンダルは火箭実用化の元祖で火力戦は大の得意。我々の先祖が投石機を使っていた時に、既に彼等は火薬で戦っていた。

 騎馬火箭隊の馬が引く発射台を兼ねる荷車には火箭が装填されていて、大砲と違ってとてつもなく重たい砲そのものを運ぶ必要が無く、その分火箭を多く運べる。飛翔体そのものに着火すれば飛ぶので砲門の数に縛られることなく、あっという間に物凄い量を投射できる。バラバラに射撃される百発の銃弾より、一度に射撃される百発の銃声の方が敵を瓦解させられるという。

 王子の支隊は火箭の一斉発射を行い、装填し直してまた一斉発射を行う。地上に雲が降りてきたかのように白煙に包まれる。

 発射は低弾道で直接射撃、ほぼ水平に発射された。発射角度を大きくつければ射程距離は伸びて安全圏から攻撃できるが、弾着修正に時間がかかる。それでは有効な火力を相手に叩き込む前に対策をされるかもしれない。この至近距離から射撃をするためには前方に味方がいないことと、直ぐに攻撃を仕掛けてくる敵がいないことだ。本隊と会社軍の攻撃、陽動はこの状況を作り出すためのお膳立てだ。

 火箭は割りと、結構、真っ直ぐ飛ばない。早くも墜落して無様にのた打ったり、早発して弾頭が炸裂したりもする。しかし滅茶苦茶な弾道を描きつつも、無数に発射された火箭は巨大過ぎる的、敵軍に突っ込んで兵士や地面に激突、爆発。ラザム軍の右翼は遠目でも分かるほど完全に、グチャグチャに崩壊した。

 それから崩壊箇所に鎧を纏った象騎兵が突入していく。騎手の他に、背の輿に槍や銃を使う兵士が二名同乗している。

 象騎兵が巨体で地面を揺らしながら化け物のような鳴き声を上げ――輿の銃手が騎乗射撃を加えつつ――統制を失って烏合の衆と化した敵兵を武装した牙や鼻でなぎ払い、巨大な足で踏み潰していく。あんなのに立ち向かえる奴はきっと馬鹿しかいないな。

 王本隊の攻撃もラザム軍を圧迫している。壊走を始める。

 降伏すればよし、さもなくば切り伏せるのはパシャンダの戦作法でも同じ。

 ザシンダル王からの降伏勧告の受託意志の確認がされるか、ラザム藩王からの降伏宣言が無ければこのまま追撃に移る。今のところはそのような応対は見られないから追撃だ。

 ラザム藩王はこの敗戦で戦争を終わらせる気は無いようだ。ナックデク藩王国がそんなにアテになるのか? それとも他に何か?

「ナギダハラ騎兵連隊整列!」

 ダルヴィーユ連隊長が号令を掛け、騎兵隊は隊列を整える。追撃にかかるようだ。

 槍も剣も拳銃も補充する暇は無い。火箭と象による攻撃が余りに衝撃的過ぎて展開が早い。傷口には包帯を巻くだけで済ませる。

「前進!」

 まずは常歩でゆっくり馬を進める。ダルヴィーユ連隊長は、よく見ても返り血だけで無傷だ。何故かムカつく。

「少し脚を早めろ。隊列は乱すな、追撃で死んだら間抜けだぞ。遺族には間抜けと手紙を送るからな」

 馬の脚を早め、速歩に移る。槍の補充だけでもしたかったが、会社軍の陽動機動の最中だったので出来なかった。本国軍と違って予備の槍持ちを連れる余裕が無いせいだ。そんな人員がいたら歩兵に組み込むという思想である。

「駆け足! 目標前方、敵の殿だ、藩王の退路を守ってるぞ。大将首を獲りに行けるぞ!」

 跳ねるよう馬の脚を早め、駈歩に移る。大将首とは安易な発想、アラック人らしい軽薄さと血の熱さだ。それがあるからこそアラックには勇者の血が流れていると云われる所以であるが。

 待ち構えている殿部隊が迫る。金に輝く――金箔か真鍮か――鎧兜を装備した近衛隊らしき歩兵だ。武器は刃渡りの長い刀と盾、時代遅れが故に美しい。

「連隊突撃ぃ! ラッパ吹けぇ!」

 ラッパ手が突撃ラッパを吹く。その号令に合わせてナギダハラ騎兵連隊は襲歩に馬を加速させ、ダルヴィーユ連隊長が剣を前に突き出すのに合わせ、皆剣先を前に突き出す。

「ギーダッロッシェー!」

『ギーダッロッシェー!』

 突っ込む。馬が敵に体当たりをして吹き飛ばす。続々と仲間が突撃して敵を弾き飛ばす。

 次の敵に刀を振り下ろそうと思ったが、乗っていた馬が悲鳴すら上げずに崩れ落ちた。無様な落馬にならないように飛び降りて、次いでに敵の首に刀を振って切り裂く。鎧の隙間を狙わねば一撃で殺せない。古典も侮れぬ。

 次の敵に刀を切り込みつつ横目で確認すれば、死んだ馬の胸には深々と折れた敵の刀の刃が刺さっていた。体当たり直前にも相手は刀の切っ先を向けていたらしい。度胸のある、精鋭だ。

 精鋭らしく、最初の騎馬突撃での勢いも失せ、ナギダハラ騎兵連隊は剣と刀で打ち合う乱戦の様相を呈している。

 打開せねば被害が増える。敵将は? 奥の方で分かりやすく派手な格好の老兵がいる。それだ。

 こうなれば刀は邪魔だ。刀を捨て、敵を張り倒すように押しのけて進む、前に突出する。進む途中で何度か体に切りつけられたが何のことか、体は動いている。今は痛みも感じない。

 もう少し前に行けば手が届く。太股を刀が貫いて歩き辛くなったが、刃を両手で掴んで圧し折り、刺した敵の喉を掴んで握りつぶす。

 脇を絞め、立ちふさがる敵の脇腹を素早く殴る。良い手応え、骨は粉砕、相手は崩れ落ちる。

 敵将? 老兵が刀で突きを繰り出してくる。腕で払う、払った腕が深く切れた気がするが、もう片方でその老兵の首を掴んで握り潰して引き千切って投げ捨てる。

 背中を切られた感触。振り向き様に切った敵の刀を掴んで、そのまま兜の上から側頭部を殴る。兜は無事なようだが、首が大きく曲がったので死んだだろう。

 後ろを向いて分かったが、ダルヴィーユ連隊長を筆頭に仲間達はどんどん切り込んでいて、もう敵は残り少ない状況で、精鋭だと思っていた敵は逃げ始めていた。

 油断することなくまた周辺に気を配り、敵を殴り倒す。殿部隊の根性はどこへやら、逃げ出してしまった。勝利である。

「おいファルケン! お前、生きてるか?」

「少々お待ちを」

 怪我の具合を診て、手で触って感触を確かめる。自覚の無い傷もあるようだが、それはいつも通りだな。

「お待ち!? 自分、どうなってるか分か」

 馬を下りてこちらにガラに無く駆け寄ろうとするダルヴィーユ連隊長へ手を軽く振って制す。

「一人で歩ける程度です。いつも通りですよ。それに、ファルケフェンです」

「は? あぁ!?」

 他の仲間も信じられない顔つきをしている。敵を殺す仕事はどうした?

 少し冷静になる。死んだ敵の刀を拾い、走って追って逃げる敵の背、鎧の隙がある首を狙って切り込む。

 その次は……「もういい! 引くぞファルケン」とダルヴィーユ連隊長に止められた。

「了解しました。ファルケフェンですが」

 確かに大勢は決した。大将首はもういいのか?


■■■


 ガルンウン村での戦いは終わり、それから逃げるラザム軍の背を追い、敗残兵を狩り、生き残りが藩都に逃げ込んだ。

 藩都に降伏の使者は出したが拒否され、今は包囲戦に移行している。まだ勝つ気でいるということか。

 弾火薬の補給が到着次第、藩都への攻撃を実行することになっている。藩都攻撃分だけなら十分にあるが、ラザム藩王国の軍事同盟相手であるナックデク藩王国に対する攻撃分を確保するために待機を余儀なくされている。藩都攻略直後や真っ只中の時に弾火薬が足りないなんてことになれば悲惨だ。

 ラザム軍が置き去りにした物資の接収は行ったが、道中での略奪が行われてはいないので補給がやや遅々としている。悪戯な物価高騰を招くとして現地での買い付けも微々たる程度。これも美しき戦作法の一つだが、対ジャーヴァル、魔神代理領戦となればそのような余裕は無くなるだろう。

 自分はラザム軍を追撃する際に負傷した。治療をしてくれた軍医からはナギダハラに戻る輸送隊に同行するように言われたが当然拒否。折角縫った傷が開いて死ぬと言われたが、敵と戦えば血は流れるものなので、それが接触前か後かという違いだけだと言ったら呆れていた。

 それにナックダク軍の包囲解除軍が間もなく到着するらしく、会社軍もその迎撃に参加するという話だ。寝てなどいられない。

 間もなくナックデク軍迎撃のために出発待機しているナギダハラ騎兵連隊の列に並ぶ。ダルヴィーユ連隊長が飲んでいた皮袋の水を噴出す。

「お前頭イカれてるぜ! 医者から当分寝たきりだって聞いてたぞ!」

「名誉に殉じます」

 良い馬が足りない。軍馬の管理担当に話を聞いたが、残っているのは自分が乗って長く動けなさそうな弱った馬か、先の戦いで疲れたり負傷した馬ばかり。ガルンウン村の戦いで獲得した敵の馬はザシンダル側が回収してしまっているし、負傷した自分の分はもう無く、予備を保持しておく余裕も無いという。パシャンダは馬に辛い地だ、文句を言っても仕方が無い。ならばいっそ徒歩で突っ込むしかないわけだ。

「おい馬はどうした? ここは騎兵隊だぜ。休んでろよ」

「死んだ誰かから貰います」

「その怪我で馬と並んで走れるのか?」

「問題ありません」

「おほう?」

 ザシンダル軍は包囲状態から余剰兵力を抽出して隊列を組み直すには時間がかかる。王が包囲部隊を編制し直している間、王子が即応できるように待機してある近衛隊と騎馬火箭隊の護衛隊、計九千を率いてナックデク軍を牽制しに向かっている。それから砲兵の準備に少し時間のかかる会社軍を向かわせ、王子軍を補強。それから王が包囲部隊から抽出した部隊を増派して撃破する。勿論、その前に倒してしまって構わないという状況だ。

 会社軍司令の出発に合わせ、先発した王子軍に追いつくよう進む。


■■■


 現場に到着すれば王子軍は出来るだけ優位に立てるやや高台で小川を防衛線に出来る地形を選んで場所を先取りして待機中。

 ダルヴィーユ連隊長が馬上からつま先で背中を突っついてくる。不躾な。

「なあファルケンくん」

「はい。ファルケフェンです」

「お前さん人間かい?」

「質問の意図が分かりませんが、見ての通りに人間ですが?」

「そうだったのか」

 不思議なことを言う。悪魔どもの化物やらとおかしな関わり合いがあるとでも噂が立っているのか? まさか。

 現場では既に斥候や散兵などが周囲に放たれているようで、小競り合いを告げる銃声が散発的に聞こえている。

 会社軍が王子軍に合流して布陣を再設定。左翼高台側に会社軍、右翼に王子軍が小川を基準に展開する。一万二千の兵力は少々不安だ。王が再編した部隊が到着するまで倍以上を相手取るだろう。

 近衛隊と騎馬火箭隊の護衛隊は十分に訓練がされている。王子の指揮振りはどうか分からないが、片翼を任せられるだけの錬度はある。

 王子軍の散兵の後退に合わせ、ナックデク軍が直ぐに戦闘に移れる隊形で前進してきて対峙状態になる。パっと見て三万程度の兵力だ。見えない部分を入れればもう少し多い。

 我が会社軍の、施条銃を持った猟兵が前面に出て敵右翼を射撃しにいく。施条銃は弾丸と口径の大きさの不釣り合いから、無理に捻じ込むように装填するために時間がかかるが、その分射程と命中率に優れるという。敵が撃ち返して来る戦争よりも狩猟に適した銃だ。軍で使っても有用かどうかは議論されているらしい。

 王子軍側は早くも騎兵突撃を仕掛けてきたナックデク軍の騎兵と交戦に入った。こちらの砲兵は高台から王子軍側を支援するための砲撃を開始。やはりパシャンダ各国の騎兵は脆弱で、数も少ない。王子軍の近衛隊の一斉射撃を前面に、後方に砲撃を受けてあっという間に壊走した。

 ナギダハラ騎兵連隊はまだ最左翼で出番まで待機。

 道中でもやはり馬は確保出来なかった。騎兵隊で今徒歩でいるのは自分だけ。他の、馬を失っても体が無事な者は馬を都合出来たようだ。これは体が無事ではなかったと思われていたせいだ。

 大袈裟な軍医め、腱や骨が断裂して動けなくなるような傷は一つも無いというのに無能扱いをしてくれた。この程度の負傷が何だというのだ? 軍人を何だと思っている。

 しばらくして戦況に変化が出る。敵右翼前衛が、猟兵からの施条銃による遠距離射撃を受けて隊列が乱れた。その隙を狙ってこちらの歩兵が交代するように戦列を組んで前進して坂を下り、撃破にかかる。

 王子軍側は幾分か慎重に前進している。援軍待ちをしたいが、こちら会社軍が攻勢に出たので動かざるを得なくなったか? まさか連携が取れていない?

 地面が揺れ、少し前に聞いた化物のような鳴き声。

「奇襲!?」

 誰かが叫び、鳴き声の方向を見ると、左手側のやや離れた密林から敵象騎兵が突撃してくる。斥候は何を見ていた!

 象騎兵と前進中の戦列歩兵までの距離はそこそこあるが、そう遠くもない。馬ほど脚は早くないものの、象の走る速さは人間以上である。

 一部の砲兵が素早く反応して敵象騎兵に砲撃を加える。砲弾はほとんど外れ、一発だけが一頭の象の脚を潰して転倒させて痛々しい鳴き声を上げさせ、やや動揺を誘うが流れに影響無し。

 これでは、大砲に頼っていたら戦列歩兵の側面に象騎兵が突っ込んでしまう。猟兵が続々と象騎兵対処に方向転換して行くが、その突撃を止めるには行動が遅い。

 騎兵で対応するしかない。ダルヴィーユ連隊長が剣を抜いて振り上げる。

「待機は終りだ、歩兵を助けるぞ! ナギダハラ騎兵連隊突撃用意!」

 手品使いのジジイこと、白髭の長い老会社軍司令と護衛兵士が早足で隊の進路を遮るように出てきた。

「突撃待てぇい! 象慣れしとらん馬じゃマトモに戦えんぞ」

 象慣れか。駱駝相手に慣れぬ馬が嫌がるのは実際に体験したが、象もか。駱駝の比では無さそうだ。

 しかし、何故慣れさせていない? 訓練が間に合わないほど馬を消耗しているのか? わざわざロシエから馬を持ち込んでいるのが原因か? 以前までパシャンダが馬を輸入していたのはジャーヴァルだが、馬の長距離海輸が堪えているのか? 輸送中の損耗も酷いようだが。

「騎兵隊、全員下馬して死ぬ覚悟を決めろ!」

「騎兵に降りろと言うのですか?」

 ダルヴィーユ連隊長が口と眉を曲げているのは無視して、敵象騎兵へ徒歩で突っ込む用意をする。拳銃の弾薬が装填されているかの最終確認をして、両手に持つ。

「軽騎兵は馬に乗らないと戦えない貴公子ばかりでしたか?」

 ダルヴィーユ連隊長が眉間に皺を寄せ、会社軍司令が「ブワッハハァ!」と笑う。

「何を言っている、無茶、無謀、無敗がアラック人だ。あれこれ考えてる寿命なんか無い」

 別に全員がアラック人じゃないだろうとは思ったが。

「総員下馬、徒歩で突撃だ! 騎手や象の足元を拳銃で狙え。人間はともかく、鎧を着た象に致命傷を一発でくれてやれるなんて考えるなよ。とにかく動きを止めろ、鎧の無いところを狙え。弱点! 象は方向転換が苦手だ」

 ナギダハラ騎兵連隊は皆下馬し、両手に拳銃を持つ。会社軍司令が葉巻を咥えて火をつけ、前進しろと手を振り、それに合わせてダルヴィーユ連隊長が号令をする。

「肚を決めろ、前進!」

 数はそう多くはない、せいぜい五十頭。臆したら負け、しなかったら勝てる数だ。

 象は鎧をまとっている。鉄板と革を組み合わせた物で、人間と違って分厚く大重量でも動き回れるので銃弾でさえ致命傷は難しい。皮膚が厚い巨体の獣なのだから、裸でも急所に当てねば殺せない。鎧が守っていない隙があるのは、傷つけても意味が無さそうな大きな耳、丸めて狙い辛い鼻、忙しなく動く足首周り。耳の付け根を狙えば即死させれそうだが、あの大きさの生物の分厚い頭骨を果たして拳銃で撃ち抜けるのか? 試している時間も無く、またかなり当て辛い。やはり足か? 接近してみねば分からないか。

 前進する度に間近に迫る巨体と地響きと恐ろしい鳴き声、そして象の上に固定されている輿の上にいる銃手からの銃撃はとてつもなく恐ろしい。これに突っ込めるのは騎兵の度胸ぐらいなものだ。

 会社軍老司令が前に出て、お付きの兵が火薬樽の蓋を開けて宙に振り巻く。突如不自然な風が吹いて火薬が飛散して敵に覆いかぶさり、それに火のついた葉巻を投げつけ、巨大な爆発の幕が出現する。敵象騎兵の先頭が混乱して足が止まる。象の混乱ぶりは凄まじく、同士討ちを始め、騎手が象の急所に釘を刺して金槌で打って殺し始めるぐらいだ。混乱して暴れている象と死んで倒れた象とそれに阻まれて混乱しそうになっている象に、体当たりで転ばされる象、刃を装備した牙を味方の象に突き立てて殺す象。そしてそのまま冷静に、それと暴走して突っ込んでくる象。それでもこの突撃は凄まじい、壁が、岩石が転げて迫るようだ。

 方向転換が苦手か。

 一丁目の拳銃射撃。象の騎手を狙うが、当たらない。

 二丁目の拳銃射撃、初めて当たる。象の騎手が左側に倒れて落ちて、その象に踏み潰される。その制御を失った象が、騎手が倒れた方向に斜めに走り、他の象にぶつかって互いに転倒して騎手や輿の上の銃手が投げ出されて地面に落ちて、後続の象に踏み潰される。胴なら即死、足なら悲鳴を上げて痛々しげにもがく。

 象の突進を横に跳んで避けるが、鼻に殴られて吹っ飛ぶ、凄まじい膂力だ。

 象の足が自分を踏み潰さんと迫る、これはいくら体が頑丈でも死ねる。股を潜る、たかが四本の足がここまで恐ろしいものか、あとかなり臭い、頭を象の腹に性器がかすった気持ち悪い、抜ける。振り返って肛門に剣を突き刺して抉って直ぐに退避。その象は前のめりに飛び跳ねるようなおかしな挙動を取って苦しそうに頭を振って騎手も振り落として他の象へ苦しそうに鳴きながら突っ込んで、横腹を押し倒す。

 動きが少し見えてきた。次の象の突進、横に避けつつ待ち構え、来た、剣で迎撃、振るった鼻を切り落とす。その象が頭を振る、牙を避ける。輿の上から銃手がこちら狙って銃口を向ける、剣で銃身を打って反らす。そうした隙を突かれたか、背後を通り過ぎていく象の上から銃手に、通り抜け様に槍で背中を刺された。体を動かす、異常は無い。

 象の鎧は尻にもあり、そしいて隙がある。先ほど槍を振るった銃手がいる象の尻に向けて三丁目の拳銃射撃。死にはしないが、その象も暴れ出して他の象に体当たりをしてまた互いに転倒、騎手に銃手が振り落とされる。浅い槍捌きなどしおってからに。

 象騎兵の総数はそう多くは無い。仲間も鼻に殴り倒され、牙に刺されて、牙の武器に切り伏せられ、巨大な足に蹴り殺されて踏み潰されて、輿の上から銃撃されて槍で刺し殺されながらも騎兵根性で突進の中に紛れ込み、浸透して打ち倒していっている。猟兵の狙撃も効果が出ているように見える。

 しかし気づけば前に出すぎた。象騎兵は全て背中の方。前方には敵の歩兵部隊が続いてきている。

 今突出しているのは自分一人。これは、魅せ時か。

 敵の歩兵部隊へ景気づけに四丁目の拳銃射撃。当たったようで、一人が前のめりに転んで後続に踏みつけられる。

 連中は帯刀した銃兵である。そして、両手に小銃を持って小走りの状態で武器は何も構えていない。今突っ込めば反撃を受けずに何人かは殺せる。

 突っ込む。敵の歩兵指揮官はどのような命令を出そうか迷っているようだ。たった一人を相手に全隊を停止させるべきか否か、迷っている間に剣を投げつけて指揮官の胸に突き立てる。

 八名、敵が小銃を捨てて抜刀する。銃を持たぬ士官、下士官も抜刀して二十名を容易に越す。判断は良いが、停止しなければマトモに戦えまい。撤回されぬ命令通りに前進する者に背を押されて迎撃しようとした抜刀した者が転ぶ、後続に踏み潰される。流石にこの状況はマズいかと足を止めようとしたり、そのまま訓練された通りに前進したりで隊列が滅茶苦茶になる。

 抜刀してまだ前進している者目掛け、横薙ぎの刀を腕で跳ね除け、顔を殴りつける。

 その滅茶苦茶になった隊列の中に潜り込む。こうなれば刀など長過ぎて邪魔になる。怯えた者が逃げ出せぬ様に取る密集陣形を逆手に取る。

 自ら周囲に囲まれた。手当たり次第に顔らしきものがあったら殴る。喉があったら握り潰す。目があったら指を入れる。開いた口があれば掴んで顎を外す。押し合い圧し合いの状態で、敵が距離を取ろうとしたら敵の密集しているところに体を捻じ込んで攻撃させない。こちらの服を掴んで抑え込もうとする奴もいるが、無視して殴る、握り潰す、目潰し、顎外しを続ける。短刀で刺されもするが、常に動き回っているので全て傷は浅い。敵は敵でこちらを狙ってのことだが同士討ちもする。

 そうしてしばらく素手で殺しまわっていると、どこからか会社軍の歩兵将校が突っ込んできて、両手に短刀を持って敵をあっという間に三名切って刺して倒す。お手並み鮮やか。

 続いて複数回行われる小隊単位の一斉銃撃で敵が倒れ脅され、続く銃剣突撃で敵歩兵が戦うか逃げるか迷い始め、動揺し始めた。

「今度は車輪ではないようですね」

「手持ちが無くて」

 その歩兵将校はペラン・レギャノン大尉。ナギダハラでの暴動でこちらに駆けつけた歩兵隊の指揮官だ。ジャーヴァル=パシャンダ会社のパシャンダ上陸時からいる古参と聞いている。その割りに若いのは当時少年だったから。

「余裕が出来たのでウチの中隊と遊びに来ましたよ。象さんが一杯ですね、死んでますが」

「はい、動物園ですねここは」

 レギャノン大尉の歩兵中隊が銃剣で敵を追い散らし始めた。我が方が完全に優勢だ。

 急にレギャノン大尉に抱き止められる。

「おっと!? おお、やはり重いですね」

「あれ?」

 力が入らない。立てない? まさか? 踏ん張って立つ。膝が笑っている。立ち眩みもする。血を流し過ぎたか。

 バチスト伍長が肩を貸してくれる。

「これはどうも」

 疲労で霞む目で他所の戦闘を見れば、光景こそぼんやりしているが明確に分かるほどナックデク軍は壊走し始めている。王の援軍の姿も見えているせいだろう。

「バチスト伍長、ガンドラコ殿を後送して差し上げろ」

「了解しました」

「我々は追撃に移りますので、お休みください。娘があのおっきいお兄ちゃんまた来るの? って言ってましたので死んだらダメですよ。また来るって言ってあります」

 レギャノン大尉の自宅でこの前ご馳走になった。奥さんは現地のパシャンダ人で娘さんが一人いる。これでは流石に追撃への参加は憚られるな。

「その約束は断れませんね。お言葉に甘えます」

「今休んでも誰も文句は言いませんよ。ガンドラコ殿、あなた傷だらけの血塗れもいいところです」

 今は休むか。


■■■


 野戦病院で手当てを軍医に呆れられながら受け、無用な説教受けた。

 寝床は他の負傷兵に譲って天幕の隅で座っていると会社軍司令が見舞いに来た。

「怪我はどうだね? 流石はガンドラコと言うべき勇戦ぶりだったが」

 名はロセア、家名は無し。ロシエ陸軍元帥でもあり、奇跡を扱う神官でもあり、エラニャックとベンシャルダン公爵でジャーヴァル=パシャンダ会社軍事部門代表。齢は百を優に越えて、五代前の王から仕えているという伝説があり、様々な逸話があるが、さて? それが事実ならば人間ではないということになるが。

「わざわざ見舞って頂いてすみません。これが義務ですから怪我ぐらい何でもありませんよ。少し休んだら直ぐに戦えます」

「言いよる。誇って良いぞ、知ってる限りのガンドラコじゃお前さんは歴代何本指に数えてやれる。働きには期待しとるよ」

「はい、ありがとうございます。それと」

「それと?」

「司令の奇跡、凄いですね。あれが無ければああも簡単に象は倒せませんでした」

 賞賛した心算だったが、何か別の理由か? 朗らかな顔をしていたロセア司令の顔が怖くなる。触れてはいけない話題はあるものだ。

「いいかねファルケフェン君。ワシは魔神代理領で魔術を学んだ過去があるのでもう奇跡とは呼ばんのだよ。そもそも連中の……神官どもの奇跡とは技術もへったくれもないものだ。まさに神に授かったままのまま! 才能そのままで、最も稚拙、生の生まれたまま。魔神代理領では、例えば焚き火に水をぶっ掛けても火がそのまま燃え続けるための知識などを学ぶ。次元が違うのだよ。奇跡などという常識をやっと捨てた魔術の学校が北部地域にあるが、近年になってようやくなのだ。科学の知識なくして魔術の発展なし! 魔領とは趣きが異なるが、膨大な経験則と幽地思想に基く自然科学による方術がある。あれはそう、自分の常識をまず捨てないといけないような学問だな。引退したら東に行きたいものだ。探求というものは……」

 老人の話というものは長いと良く聞く。古参の近衛騎兵の手柄話などはとてもとても長いものだが、それ以上だった。それと何を言っているか分からない言葉が多くて、興奮してくると知らない外国語も混ぜて喋り出すので何が何やら分からなかった。それを延々聞かせられるとなると非常に苦しい。傷に触ると何度か言いそうになったものだ。

 伝令が救助にくる。複数ヶ所の城門や城壁が崩れたのでまもなく突入するという話だった。

「突入準備に市内への臼砲射撃を念入りにやるから砲兵に準備して、砲撃はワシが行くまで待てと言っておけ」

「はっ了解しました。失礼します」

「うむ」

 伝令が去る。そしてまた始まる気配。

「全く、光の屈折を操作して着弾観測するなんてのは昨今常識になってきているのに、こういう技術的な魔術が使える砲兵がおらんわ。奇跡だ奇跡だ神の奇跡だと、奇跡が使える者に神官号なんぞ与えるから魔術の発展がフン詰まる。魔術は悪魔の術だから神官が使ってはいかんと催眠をかけておる。それこそが悪魔の術じゃあないか……むう、長話になってしまうわ。ではな」

「お気をつけて……いえ、ダメです」

 名誉に殉じねばならぬ。

「突入部隊に参加します」

「本気かね?」

 起き上がろうとすると頑丈そうな看護婦が血相変えて抑えこみに来たが、押し退けて跳ね起きる。

「傷が開きます!」

「戦ったら血が流れます。それが前か後」

「寝てなさい! 皆この人を抑えるよ」

 看護婦が増援を得て突撃してきた。

 ロセア司令の脇をすり抜け、野戦病院の外へ出てナギダハラ騎兵連隊野営地に行って剣と拳銃を確保。

 砲兵による臼砲射撃が始まる。攻城用の臼砲なので非常に大きく、発射音も耳だけではなく腹に地面に、干してある洗濯物も揺れる。

 待機しているナギダハラ騎兵連隊の列に並ぶ。ダルヴィーユ連隊長が飲んでいた皮袋の水を噴出す。

「お前、出れるのか!? 医者から生きて帰れるか怪しいって聞いたぞ!」

「名誉に殉じます」

 南側の正門、海門、関税門は王が、西側の表敬門、通用門は王子が、そして北の川門、ゴミ門は会社軍が担当する。

 臼砲による市内砲撃を待つ。そうしながらも引き続き降伏勧告が定期的に行われるが返答は無い。ここまで危機的状況になると勧告を固辞している者が暗殺されかねないだろうに。

 ロセア司令の先導で、古くて脆くなっているゴミ門と付近の崩れた城壁から歩兵連隊が突入する。

 次に砲兵連隊が大きく崩壊した川門側から南北に貫く中央通りを掃射して道を拓く。

 ダルヴィーユ連隊長が剣を振り上げる。

「川門、突入する! 我が騎兵、随伴歩兵、前進、攻撃、宮殿まで突っ込めぇい! ギーダッロッシェー! 手柄を上げろ!」

『ギーダッロッシェー!』

 歩兵部隊を若干随伴させつつ、中央通りを真っ直ぐに突っ走る。

 街中に臼砲弾が着弾して抉れている箇所がいくつも見られる。立て篭もるのに適しているような大きくて頑丈な石造建築物は軒並み崩壊している。

 中央通りには砲兵連隊が掃射した後、砲弾に体を引き千切られた兵士に民間人がバラバラに転がっている。そして、抵抗する者はほぼいない。こちらを見たらすぐに逃げ出すか、怯えて縮こまっている。

 逃げ遅れたのか踏みとどまっているのかも判別し難い敵もいる。抵抗する者だけを排除しようと思ったが、剣をチラつかせるだけで逃げてしまった。

 さしたる抵抗も無く宮殿を囲む内城壁に到達。臼砲で瓦礫になってはいるが、通行するには邪魔な城門跡を工兵が爆破するのを待つ。まだ足場の残っている城壁の上から小銃や弓に石弓まで持ち出して妨害を試みる敵兵に向けて牽制のために、皆で小銃や拳銃で射撃する。自分の銃弾は当たっているかどうかすら不明。

 工兵が瓦礫を、宮殿側に吹き飛ぶように爆破。道が拓けた。

 先頭に立って突入する。吹き飛んだ瓦礫に待ち構えていた敵兵はズタズタに挽き潰されている。残る者はほぼ完全に戦意喪失状態。後続が捕虜にするだろう。

 裏側の階段を使って城壁に昇る。そこの敵を蹴散らそうとは思ったが、武器を捨てて両手を上げてくる。散々矢玉を降らせてきたくせに情けない。

 情けない奴等をここで殺すのは気が引ける。身振り手振りでラザムの旗をその降伏した敵兵に降ろさせる。これで味方にどこまで攻略したかを示せる。

 城壁の上で武装解除した捕虜を見張っていると、程なくして敵側から何やら大声で何か宣言らしき言葉が発せられる。パシャンダの言葉はまだ分からないが、こちらの将校の騒ぎようと、それからの「攻撃中止!」のロシエ語も混ざり、戦闘が終息していく。

 そうして戦の喧騒が薄れ、静かになってからまた宮殿正門側から騒ぎ。

 敵味方も忘れてそちらを全員で見に行くと、ラザム藩王が城の正面玄関から徒歩で出て来て、それから騎乗したザシンダル王が現れて、ラザム藩王から抜いた宝刀を受け取り、互いの従士同士で国旗を交換した。

 城の大広場に翻っているラザムの旗をザシンダルの旗に取り替えられ、その旗の下でザシンダル王がその宝刀を振り上げ、雄叫びを上げる。皆、それに連鎖するように勝鬨を上げる。

 自分も一しきり雄叫びを上げてから戦闘の終りを実感すると、急に全身に氷が刺したような感覚を覚えた……傷口が開いてきた気がする。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る