第56話「メルカプール到着」 ベルリク

 レスリャジン氏族から預かってきた少年騎兵達と羊袋の取り合い競争。制限時間まで所持した者の勝ち。

 この競技は遊牧民の間では広く遊ばれている競技で、地域差は勿論あるが、南大陸の砂漠系遊牧民の間でも似たものがあるくらいありふれている。羊が山羊になったり、絨毯になったり、参加人数に違いがあったり、描いた円に放り込むと得点が入ったり、などだ。

 楽しそうなので参加してみたが、元気な子供にゃ勝てないと分かった――まだ二十代半ばなので別に年寄りじゃあないが――あいつらの馬は乗せてるものが軽い分、そして無駄に手綱を振るわない分持久力があって競争が長引くと動きが鈍って……ああ悔しいなぁ。馬のせいにしたいけど、イシュタムの持ち馬から分けて貰った凄ぇ良い奴なんだよなぁ。筋肉の付き方なんてエロいぐらいだ。くそ、あんまりこういうことしていると馬にコケにされそうだ。悪いのは自分の腕。

 焦って無駄に馬を動かしまくり、やっと羊袋を取ったら嬉しくて油断してあっという間に奪われる。相手に拾わせてから奪った方が地面の方へ身を投げ出して拾わないで済む分楽なのだ。クソ、頭でも負けた!

 ちなみにその羊毛がついたままの皮袋の中身はガキ共がぶっ殺した野盗の頭目の頭だ。人間の頭は結構良い錘になるもので、手応えはなかなか。

 それから地面には生け捕りにした野盗が縛られて転がされている。馬は賢いので普段は人は踏まないようにするものだが、賢いのでこういう時はガツガツと踏む。我が愛馬は非常に賢いらしく、端から刻むように野盗を踏み潰して遊んでいた。敗因でもある。

 またその野盗を無邪気に殺した手柄話をしながらやっていたものだから騎手も体力負けだ。いくら可愛いからって一人ずつ褒めてやるのは口が疲れる。

 休憩に低い椅子に座る。枕代わりになるぐらい低くて、足を伸ばして座ると丁度良い。座布団がずれないように固定出来てケツに優しい。

 この椅子はなんと嬉しやアクファルからの贈り物である。魔都観光中に、とある人物がそういう低い椅子に座っている絵画を見たとのことだ。

 しかしセリンがやたらに自慢しまくっていた通りに凄い魔都を見てからの気分で道中、野盗に遭遇するなんて事態には驚いたものだ。

 魔都から船に乗って運河を南下、南大洋に出てルサレヤ総督の知り合いが個人所有しているという島で少し休み、物資を積んで出港して東へ沿岸沿いに進んで遂にジャーヴァル帝国に上陸! という喜びも吹き飛ぶような廃墟のナガド藩王国の港町に到着。その手前には軍隊くさい感じに活気がある大きな港があったが、あちらからだとちょっとだけ遠回りになるので寄港しなかった。島で休んだから別にいいと言えばいいが。

 港には偶然生き残ったとかいう病気で死にそうな年寄りがいて、情報収集目的にナシュカを通訳にして会話をしていたら血を吐いて倒れてしまった。とりあえず止めは刺して墓は作ってやったが、大した情報は無かった。後は野良犬を偵察隊が捌いたので食ったぐらいか。痩せてて身が少なかった。

 その港町からの陸路が目的地への一番の近道。大所帯が通るような整備された道ではないので、あのしけた港町の廃墟は十年単位で復興はされないだろう。港湾職員くらい置いとけとも思うが、海軍の領分なのでどうも、文句しか言えない。

 そんなことを考えながら進み、天幕を張って野営。食料採集に薪拾いを行った。その時はある程度皆散らばっていたとはいえ、旅人にしては大所帯で武装したこちらにあの野盗が襲撃を仕掛けてきた。そして勿論撃破したし、今こうして転がって、見ての通りに潰されてグチャグチャ。

 奴等は偵察隊がお遊びで体を切り取りしていたら尋問と勘違いして勝手に、ナシュカが通訳するには「農民だったが食うに困ってやった」と吐いた。それから色々と喋って、ナシュカが通訳に飽きたので後は何を言っているか分からなかったが、とにかく必死だった。

 しかし野良犬に続いて人間も痩せ過ぎだ。骨も脆く、偵察隊が骨を試しに加工してみたら使い物にならんと放り投げたぐらい。少年騎兵達が鏃に使えるかと弄ってみたが使い物にならんと放り投げた。

 アッジャールが虐殺して焦土にした土地の治安が悪化している。その辺の農民が野盗をしなければ生きていけないぐらい。情けなや魔神代理領と憂うのは自分の仕事じゃないが……ジャーヴァル帝国本土の荒廃は如何ほどか?

「親父さまぁ、もっかいやろうよぉ」

 馬の側面にはりついて、半分逆さまになりながら最年少のレスリャジン騎兵、祖父の妹の曾孫にあたる親戚のカイウルクが猫撫で声を、作為無しに出してきた。

 レスリャジンの少年のみならず、年寄りからも呼称が”親父”になった。族長ではなし、王でもなし、頭領だと魔神代理領では独立軍事組織の長の役職名になるので”親父”に落ち着いた。

「ねぇってばぁ」

 その頬をプニプニ突っつく。柔らけぇなぁ。

「考えることがあるからダーメ」

「えー?」

 馬の尻を刀の鞘で叩いて走らせる。

 あのくらいの年頃は何をやっていたか? 自領で義勇騎兵隊やって街道警備に、賞金首獲りに盗賊狩り。仲間と馬に乗って軽砲引いて、相手の住処にぶっ放して、十代の頃は何も考えないでやってたから楽しかった。あいつらまだ生きてるのか? それから貴族の男にしては遅めに士官学校に入って、クソド貧乏で持参金が揃えられない上に淑女としちゃ人格素行に問題ありで行き遅れになったシルヴと偶然同期になって、セレード侵攻があって……ルサレヤ総督、就職か。それから想像もしてなかった大きい戦いに参加して、あっという間だった。

 羊袋遊びもそこそこにナガド藩王国の街道を進んだ。遊牧式の天幕ってのは仮設住居ではなく日常生活を送るための本格的な住居なので道中の夜は快適。

 お遊びに食料確保の狩りばかりではなく、レスリャジン少年騎兵達は、獣人奴隷達から選別に貰った刀で新しい弓術の稽古をしている。その刀は柄頭が大きめに曲がっており、親指と人差し指の間に引っ掛けておくのに丁度良い形をしている。つまり、抜刀状態で右手に刀を保持して刃を前腕に寝かせつつ、弓を構えて矢を番えて射ることが出来るのだ。

 魔都に居た期間中はアクファルがその形の戦い方に何かピンと来たらしく、食う暇寝る暇も惜しんで敵に見立てた丸太に矢を放ち、見えない敵に刀を振るっていた。時折、刀ではなく拳銃を持ったりもして、相当な工夫が見えたようだ。もう既に少年騎兵達に指導を入れるまでになっている。イシュタムも「これで種族が違ったら養子に引き取りたいところだ」とベタ褒めだった。

 後は偵察や伝令の訓練を基本から何度もやる。しつこいくらいにやる。偵察では敵が何物かを見て、判断して、口に出せるくらいに理解する。士官の基本だ。伝令も同様、言葉が理解出来なくてはいけない。

 それから戦いの原則のおさらい。とは言っても、言われればそんなことか、と思うようなことばかりではある。奇襲攻撃に持ち込め、防御は攻撃のため、陽動からの側背攻撃、補給は切らすな、失敗するくらいならしない、失敗するくらいなら遅れろ、伝令と斥候は常に複数飛ばせ、頭数は火薬と土で補える、退路は常に確保、逃げれば負けない、などなど。実際にやると全て難しいものだ。自分だって、ラシージがいなかったらこんな偉そうに喋っていることのほとんどを実践することは出来そうにない……出来ないわけじゃないが、優秀な敵と戦って頭と軍の余裕が奪われた時には不可能になるだろう。ということで、いつでも頼れる仲間、副官は自分で必ず確保しておくこと、と最後に付け加える。一人で出来ないのなら二人で三人で、いやいや必要なら一万人だって集めて使えと更に付け加える。そうしてから戦例を挙げ、ラシージが地面に図を描いて、その経過の感想を言ってもらう。

 こいつら、将来どう育ってくれるかな?


■■■


 アッジャール軍がほぼ完全に滅ぼしたナガド藩王国を更に進む。道自体は案外荒れてない感じがするが、周囲には骨とゴミと廃墟と荒れた畑、簡素で出来てから日が浅い墓地また墓地。

 こちらを見て逃げ出す民間人は見かける。時々物乞いが寄ってくるが、少年騎兵が何か用か? と近づいていけば悲鳴を上げて「アッジャール!」と大声を出して逃げ出す。偵察隊が誰何すれば腰を抜かしてやっぱり逃げ出す。野盗に遭遇は――出来る限り一団で固まるようにしたら――しなくなった。わずかに生き残るナガドの警察には野盗に間違われたことならある。それからは魔神代理領旗を掲げることにした。

 しかし呑気に掲げるのも少々憚られる事態が起こった。

 メルカプール藩王国旗、白地に赤い天秤。秤には刀と本。ジャーヴァル帝国旗、緑地に皇帝の花押が白字で描かれる。

 その二種を掲げるメルカプール軍は焼けて廃墟になった町を背にしており、亀の頭みたいに出たり引っ込んだり出来そうに見える。正面に歩兵の横長の一群がいて、右翼に騎兵、左翼のやや高台に砲兵、後方に予備の民族衣装が軍服になっているような精鋭歩兵? と近衛騎兵と指揮官たる王。

 ザシンダル藩王国旗。毒毒しい赤地に下中側に緑線、それから黄色で炎の模様が描かれる。

 その旗を掲げる敵は、噂のロシエ式軍が中核の模様。整然と戦列を組んで、小銃と軍服を一揃えにした歩兵が中心にいる。その両翼にはそういった訓練を受けていないような農民に毛が生えたような連中が集まっている。騎兵は右翼に固まり、少数。ジャーヴァル南部の気候は馬には良くないそうで、成獣は体力が有るからいいが、子馬には堪えるので数が揃わないらしい。砲兵は中央正面にいて、戦列歩兵とは協調できるように配置されている。

 それから指導でもしているのか、資料にあったロシエ王国の国旗の種月旗と、国策会社のジャーヴァル=パシャンダ会社の社旗――左上四分の一が種月旗で残りが緑地――を掲げるロシエ兵部隊が数十名規模で見える。パシャンダってのは南ジャーヴァルのことだ。北部は南部を南ジャーヴァル等と言い、南部は自らをパシャンダと言う。

 現状で加勢はありえない。多勢に無勢どころか、味方側から攻撃されてもおかしくない。何時でも逃げられるように必要最低限の荷は捨てるように準備し、散り散りにならないように一塊になり、そのヘッポコそうな戦いぶりを見学することにした。どう見ても奴等の騎兵はヘッポコそのものなので足で負けることは無さそうだ。後は油断しないだけか。

 メルカプール軍だが、正面歩兵の一群では平民と士族出らしき兵士がいがみ合っているように見える。パっと見で分かるぐらい武装と服装が違う。どうしていがみあっているかは不明だが、とりあえず隣り合っているのが悪いのは間違いない……あれか、敵の大砲に少しずつ撃ち殺されているのが怖いからか? アホか。投射量なんて牽制にもならん程度にしか敵さんは撃ってないぞ。百人も死んでないくせに。

 そんな適当なザシンダル軍の砲撃に対し、メルカプール軍の左翼の砲兵は照準のつけかたが勘頼りなように見受けられ、各砲が統制も砲撃目的の一致もさせないで好き勝手に撃っている。相手の動きを止めるための乱れ撃ち様式の阻止射撃にも見えない。それと左右で騎兵と砲兵を分けているのは、馬を大砲の発射音に慣らせていないからだと思われる。えーマジー? 爆音に慣れてない軍馬が許されたのは五百年前までよねー。

 気になるそのメルカプール軍の騎兵は貴族師弟か高級士族なようで、命令や戦況を無視した風なノリで突然奇声を上げて数騎が突撃して、残りがそれに釣られて突撃した。全く信じられない、砲兵の援護も歩兵の牽制も無い突撃だ。しかもその突撃は隊列が揃っていない。時代を千年以上間違えている。いや、千年前でもダメだろう。農民一揆の撃破ならまだしも。

 可哀想な馬に乗った頭が可哀想な馬鹿どもは敵砲兵からほぼ一斉に砲撃され――敵砲兵が全力射撃を控えていたのはこの為か?――間引きされ、大混乱で半数が麻痺。まだ突っ込む馬鹿は統制の取れたロシエ式歩兵が小気味良い号令にあわせて行う一斉射撃を受けて半壊、列を交代して素早く行った第二斉射を受けてズタボロ、壊走。また列交代しての第三斉射で逃亡兵も軒並み撃ち倒される。お見事、美しい射撃だった。

 それでも根性で突っ込んだ凄い馬鹿は銃剣に始末されて馬は奪われた。これは見せしめに騎兵隊の責任者を処刑すべきだな。もう死んでるかもしれないが。

 メルカプール軍の敗北は目に見えているが、理性は残っているようだった。アホな騎兵が死骸になっている内にメルカプール軍は廃墟に後退した。ここだけは訓練でもしてあるのかようで、大砲を置き去りにしないように砲兵用に馬が多く用意されていて行動が素早かった。城壁は一部崩れているが、機能は多少するだろう。

 敵側も攻勢限界なのか追撃せずに撤退。砲弾と火薬が十分に見えない気がする。それと遠目だが、疲れてる風に見える。

 さて、メルカプールの連中の頭が冷えるのを待って出向くとするか。


■■■


 不測の事態に備えて改めて装具の点検と馬の状態を確認して時間を潰す。

 それから日が暮れる前に周辺警戒に当たっていたメルカプール軍の将校に声を掛け、先導して貰い、指揮官である王に会わせてもらう。

 魔神代理領旗を掲げて廃墟に向かう。

 自分にラシージは上が黒、下が白の魔神代理領の将校服を着ているとはいえ、少年騎兵達は遊牧衣装でアッジャールを彷彿とさせて警戒感が著しく刺激され、偵察隊に至っては魔神代理領の軍服のようで毛皮に人間革に骨装飾やら、ちょっとお洒落に羽飾りだったりでもうわけが分からない状態。

 廃墟に向かう時、頭が冷えたかと思ったが、未だに残る戦闘後の興奮と緊張で銃を向けられたのは不思議ではない。メルカプール軍の将校が銃を下げろと手振りする。

 この白地に緑の簡素な螺旋模様の魔神代理領旗が無ければ発砲ぐらいはあっただろう。事前に皆には挑発されても大人しくしていろと言っていなければ撃ち合いも有り得た。そんな雰囲気が廃墟にはある。やだねぇ敗残兵って、しみったれてて。

 魔都出発前には王が前線で指揮を執っていると聞いたが、息子のナレザギー王子がメルカプール全軍の指揮を執っていると士官が言っていた。王は負傷で療養中だそうだ。

 廃墟の高台にある領主館跡に張ってある大きな天幕に到着。連れの者達にはもう日暮れに近いので野営準備をさせる。

 天幕の中には薄い赤毛の狐頭の獣人。雰囲気が明らかに王族で、大体において全て小奇麗。

 敬礼する。

「イスタメル州より軍事顧問として派遣されましたベルリク=カラバザル・グルツァラザツク・レスリャジンです」

 ナレザギー王子が胸に手を当てて丁寧に礼で返してきた。

「お待ちしておりました。メルカプール藩王国の第十五継承者ナレザギーです。簡単に言うと、死んでも大丈夫な王族です」

「なるほど」

 周囲をチラっと一瞬確認。一対一の状態だ。

「名誉無き無茶な戦いもさせられるわけですね」

「全くその通りです。未来のある長兄にはこのナガドでの消耗戦なんて任せられませんよ」

「兵達は新兵で?」

「まあ、そのほぼ仰る通りです。あ、どうぞ座ってください」

「どうもありがとうございます」

 遠慮無く椅子に座るとナレザギー王子も椅子に座る。

「アッジャールとも戦った本軍は藩都で再編成中、同時に現在では予備兵力として待機中です。王と長兄が指導に当たっています」

「そうでしたか。正直、あ、いえ口が過ぎました」

「私には遠慮無くどうぞ。今から遠慮されては勝ちが逃げます」

「失礼しました。よくもうまああんな酷い雑兵で生き残れたものだと思いまして」

「流石にあれじゃ無理ですよ。貴族子弟の中から選りすぐった穀潰し、士族からは食わせられない子供と年寄り、後は飲んだくれと犯罪者、やる気の無い怯えた難民、魔神代理領からの援助金で動く傭兵がほんのわずか。あとは士気だけはそこそこ高いけど支離滅裂な宗教関係者ですね。それでも案山子と違って足が動きますので使えることは使えるんです」

 聞くに堪えない笑い話みたいな兵隊で敵を”撃退”してしまうとは、この王子は有能だ。軍事顧問団として自分とラシージ、工兵と偵察隊のほんのわずかな指導要員しか送れていない人的余裕の無さを補って余りある気がする。ちなみに工兵とは言うがラシージが連れて来た妖精の工兵は本来の土建作業以外にも、砲火薬の取り扱いから、通常の戦列を組んだ歩兵戦術の指導まで出来てしまうような凄い連中だ。偵察隊は何だか独自の世界観に浸った異常者みたいな奴等ではあるしその通りだが、散兵戦術から通常の戦列歩兵戦術に、偵察に伝令、偵察と伝令狩り、破壊工作に射撃指導に白兵戦指導まで出来る経験豊富な連中が選ばれている。ただの職人気質な変態ではないのだ。

「聞きたいですね、殿下の詐術を」

「ご高名なグルツァラザツク将軍にお褒めいただけるとは光栄です。まずは場所の選定、土地が荒廃して略奪もできないナガドを拠点にします。メルカプールからの補給線はこちらに向けては短いですが、当然攻撃するザシンダル側は長くなっております」

「基本を抑えるだけでもう息苦しいですよね。嫌な敵だ」

「ははは、どうも。このように、まともに戦っても勝てない相手と泥仕合をして時間を稼いでいます。最近は今日の戦いのように補給が続かなくて撤退してしまいます」

「メルカプールに直接侵攻はしてきますか?」

「歴史建造物みたいな要塞線と、再編中のハリボテ本軍、そしてまともに戦えないこちらの軍で挟み撃ち状態が常に作り出せます。金床と鉄槌と言いたいですが、振りかざすだけで下ろしてしまえば粉砕されるのはこちらですけど」

「見事な虚仮脅しですね。危なっかしくて寿命が縮みそうです」

「ええまあ。それも、ザシンダルが東方非傘下の藩王国を屈服させて背後を安定させるまでです。時間が経てば今以上の戦力がこちら側に投入されるのは必須です。そうなればもう持たない。だから定期御前会議での親衛軍派遣に期待していたのですが、軍事顧問団とはまた、申し訳ない失礼」

「いえいえ、私もそう思います。ウチの州総督もそう申しております」

「中央は中央で大変なようですね」

「全くで」

「あーそう、どうぞお茶もお出ししませんで」

 ナレザギー王子が東方風の茶器のお茶を注いで渡してくれた。

「お気遣いどうも」

 口に含むと、温かった。ナレザギー王子も自分の分を飲むと、

「これはまた失礼しました。気が利きませんで」

「殿下手ずからというだけで恐縮ですのに、そう言われては弱ってしまいます」

「確かに。では話題を逸らしましょう」

 ナレザギー王子が装飾が綺麗な大きめの箱を出す。蓋が開けられると、乾燥果実がぎっしりと詰まっている。

「どうぞ」

「頂きます」

 一つ食べる。しばらくこういった物は口にしていないので素直に美味い。

「将軍、どういうご予定で?」

 少し返答に困る問いかけだ。藩都にいるというハリボテ本軍がいかような状態で、どのような扱いなのかまだ分からない。まずそこからか。

「本軍の再編は長男殿の名誉と責任によって、ですかね?」

「そうなります。手をつけて頂くのは私の直接指揮下の軍になります。王も長兄も状況は多分に理解しておりますので、下手な衝突は無いとお考え下さい。ただ”上”が理解していても強力な”中”に”上の下”がおりますので」

「意識改革は時間がかかりますからね。で、まずは訓練のための小規模な模範部隊を作ると同時に将校、下士官教育を行います。それからその模範部隊を解散し、本格的に徴兵した新兵を組み込んで訓練します。新軍を一から編成する心算でいてください。頭数がいなければ防衛できず、防衛ならずは攻撃できず、攻撃のための防御の段取りが必要になります。それまでの時間稼ぎをこの旧軍で行います。軍事行動を取りながらの訓練で新軍への適応が出来れば旧軍からいくつか精鋭部隊をひねり出す予定です」

「精鋭ですか?」

「精鋭と言う名をつけ、名誉で縛って死ぬまで戦わせるという意味での精鋭です。質はどうあれ古参ですから、意地らしい何かは芽生えるものです」

「装備の援助はどうなっておりますか? 私が以前に受け取った報告では具体的な物ではなかったのですが」

「具体的に何丁の銃が送られるかまでは私も分かっておりません。どうやら手当たり次第に掻き集めているようでして、帳簿の作成もままならないようです。まず第一陣の武器輸送隊は我々の後から間もなく来ますが、訓練用と割り切れる程度でしょう。アッジャール戦争で大量の持ち主を失った中古品ばかりで、手荒く実戦を経験した物ばかりだから質は悪くて実戦使用するのはどうかと思える物でしょう。新品の第二陣はそのおよそ一ヶ月遅れの予定。親衛軍の編成が優先されていて地方はその後ということになっているので数量も詳細不明。一応これでも素早い日程だと言っていました。第三陣は第一陣が到着したあたりでこっちから注文票を送りつけて中身が決まります。何割実現してくれるのかは不明です。ところでメルカプールの銃砲生産能力は?」

「個人営業の町鍛冶屋任せでして、統一規格の小銃を作れる所は限られています。本軍への支給分で手一杯です。大砲は砲弾ぐらいなら作れますが、本体は精度が低くて暴発の危険が高いと思われます」

「何れは武器庫襲撃作戦も念頭に入れましょう」

 銃が無いから木の棒持たせて訓練とか、銃は二人に一丁だとか、そういうアホなことにならないで欲しいが……槍兵部隊の編成も考えておかないといけないが、如何に規律厳正で根性の固まりみたいな連中を揃えられたとしても、ロシエ式の列交代式の一斉射撃を受けたら槍先が届く前に皆殺しになっているな。ただそれは真正面から行進して戦った時の話だから乱戦になれば使い道はあるが、むう、予備案だな。

「徴兵ですが、どの程度を想定していますか?」

「宗教戒律が緩くて下手な誇りを持っていない農民が望ましいですね。色々と無駄なことが頭に詰まっていないのが理想です」

「人数は?」

「最低でも十万以上とは考えていましたが、こちらの最新情報をまず聞きたいですね」

「北東部のアッジャール残党は北部のジャーヴァル帝国軍とラーマーウィジャ教団が対応しています。現状ではこう着状態ですが、徴兵するための人的資源が尽きかけているようです。アッジャールが通過した時の虐殺が悪い影響を与えています」

「いきなり絶望的ですね」

 ジャーヴァル帝国軍は魔神代理領基準に達しているので軍事顧問団は派遣されていない。魔導評議会からは”援助”は約束されているらしいが。

 ラーマーウィジャ教団はハザーサイール帝国軍事顧問団の指導を受ける。両者ともに魔なる教えでは法典派なので仲が良いらしい。法典派というのはあえて文章化しない魔なる教えを文章化して扱うという一派。それから異端も容認するのが魔なる教えらしい。

「全くです。こちら北西部の我等メルカプール藩王国、ナガド藩王国が今相手をしているのはザシンダル藩王国に服属している西部三国のタタラル藩王国、二スパルシャー藩王国、ケジャータラ藩王国。三国の兵力は大したことはありませんが、先ほどのロシエ式軍がやはりとても強い。現状では勝つことが想像できません」

 メルカプールにはイスタメル州から我等グルツァラザツク軍事顧問団が着任。どうこうするかは我々次第。

 国土が燃え尽き、持てる財産は人民のみとなったナガド藩王国にはシャクリッド州総督の獣人奴隷ガジート、あのイディル殺しだ。

 ガジートってのは、あの御前会議にもいた黒くておっかない面の獅子頭獣人だった。

 出発前に軍事顧問団として派遣される連中で集まって少し会話したのだが、ガジートはまあ大層素敵な青年であった。獣人ってのは見た目で年齢が分かり辛い感じがするが、あの面でまだ二十歳になったばかりと聞いた。

 彼の”嗅いだ空気”によれば、あの時、イディルは大分焦っているようだったらしい。大将自ら先頭に立って攻撃をしなければならないほどに追い詰められていたわけだ。

 そういうヒルヴァフカ方面軍もあと少しで崩壊するかどうかという状況で、シャクリッド州軍が捨て駒の殿になって友軍を撤退させる計画だったらしい……というわけで、スラーギィとマトラでの持久戦を褒めに褒められた。「貴方がいなければ我々は皆殺しにされていた!」とは何度大声で言われたことか。本当に、ガジートには顔を舐められるんじゃないかと思ったぐらいだ。

 ガジートが出発前に言うに「畑も村も焼かれて何も無い彼等には武器と給金を与え、後の無い決死の兵隊に仕上げて勝利に貢献する」だそうだ。つまり、それが仕上がるまで期待できない。仕上がっても戦況次第ではジャーヴァル帝国本領側に向かうこともあるし、そちらが優先される可能性が高い。

「あとアウル藩王国なのですが、あちらと言葉を交わせる者が既に故人になってしまい会話にも不自由しています。妖精ですので最初から戦力としては全くアテにはしていないのですが」

 アウル藩王国は妖精の国。メルカプール領内で孤島のような領土を持っている勢力で、グルツァラザツク軍事顧問団が同時に受け持つ。しかし、現地人でも言葉が通じないとか、どれだけ交流が出来ていないか分かるというもの。

「丁度良くこちらにアウル出身で通訳が出来る妖精がおります。少々クセが強いですが、後でご紹介します」

「本当ですか!? いや、これは流石”妖精使い”ですね」

「まあ、ただの運ですよ。続きを」

「はい。西部沖にある諸島を治めるビサイリ藩王国の大陸領土は敵の勢力圏内で孤立しています。大陸領土と言っても遠浅の海上の岩礁地帯を埋め立てた海上都市が中心部で、大陸との橋は落とされているので今しばらくは陥落しそうにはありません。中大洋艦隊と傭兵海賊が目下制海権を握っている限りは安泰でしょう。ただロシエの主力艦隊の派遣が決まれば大分荒れると思われます。ロシエとハザーサイール間での旧アレオン王領問題で決着がつかない間は大丈夫でしょうが、ハザーサイールも色々領内と周辺に問題がある大国なのでこちらの事情に構わず問題妥結に動く可能性は否定できません」

 ビサイリ藩王国にはナサルカヒラ州軍事顧問団が派遣されており、海上交通路の確保に尽力中。ナサルカヒラ州には両棲種族の魚頭に蛸頭がいるので、水の作戦はお手の物だ。陸に上がったら役立たずだと自虐していたが。

「アッジャール残党の兵力は五万程度と見込まれていますが、現地人の徴用や懐柔が本格的になってきたようで、防衛兵力の攻撃兵力への転換がされていると情報が入っています。ザシンダルがロシエから軍事顧問を招き入れて以来の総兵力は二十万と聞いています。属国やこれから服属する国もいれれば三十万以上になるでしょう。対する我々は、アッジャール残党方面に七万、西部三国方面に三万、国内と国境警備に五万以上割かれています。治安の悪化で生まれた盗賊に好き勝手に動いているアッジャールの”小残党”は勿論、東西南北にジャーヴァルを分断するガダンラシュ高原の賊軍アギンダ軍に対する警戒をしないといけないのです」

 不安要素を挙げればキリが無いのが戦争だが、これは戦略目標の転換が正しくはないか? ジャーヴァル防衛から魔神代理領派の亡命に。これだけで恐ろしく難易度が下がるな。

「まずはこのぐらいですかね。もっと詳しい情報ですとシッカに戻らないとダメですね。十万人以上の徴兵は……頭の痛い課題です。やはりシッカに戻らねば返事が出来ません」

「シッカは藩都ですよね。相手は撤退こそしましたが、すぐに戻るんですか?」

「手紙で事が済むほど我が国の政府は……お察し下さい。直接説得して回らないといけない者が多数います。明朝出発します。ここに長く留まっては皆が逃げてしまいますよ」

「なるほど、敵が外だけなら気楽なのはどこも一緒ですか」

「そうです。戦争をして内戦をして内輪揉めをしなくてはいけません」

「想像するだけで具合が悪くなりますね。さて殿下、そろそろお暇します。また話は明日から」

「分かりました」

 席を立って敬礼。ナレザギー王子も立ち、握手。


■■■


 明くる朝、ナレザギー王子の軍とともにメルカプール藩都シッカへ出発する。

 追撃の可能性は捨てることはできないので偵察隊と少年騎兵を使って周辺警戒をさせることにした。ナレザギー王子の軍ではその任を全う出来るか怪しいので。

 出発前にナシュカをナレザギー王子に紹介するのだが、どう見ても不機嫌な巨乳女にしか見えなかった。

「てめぇ愛想良くしやがれ」

「うるせぇよクソ城主。させてみたきゃやってみろよ、出来るのか? 出来ねぇこと言ってんじゃねえよ。身の程を知れよ、何回あの女にフラれりゃ気が済むんだ」

「口も乳も達者だな。有効利用したことあんのかよ? ああ? 臭そうな脇と足しやがって」

 ナシュカが舌打ち。

「ちゃんと義務は果たす者ですので」

「仲が良いということでしょう。”妖精使い”は伊達ではありませんね」

 ナシュカがまた舌打ち。

「おいこら、乳殴るぞクソ女てめえ」

「毛玉に使い走り呼ばわりされる覚えは無いね」

「おい!?」

 ナレザギー王子は気にしたような顔はしていないが、流石にこれは我慢ならんぞ。

「自分の意志でてめえクソ城主のケツについてきたんだ。何だ、手下扱いか?」

「誰がいつそう言ったよ」

「へっ、どうせ……」

 ラシージがナシュカの袖をちょっと引っ張る。

「こっちに来なさい」

「クソ野郎」

 ラシージが、唾を吐き捨てたナシュカを連れて離れる。

「失礼しました。あれはウチのラシージ以外には誰であろうと、理解している上であの態度でして」

「いえ、気にしないで下さい。広まっている異名とは言え、人によっては不愉快でしょう。配慮が足りませんでした」

「申し訳ないです」

「これでこの話はお終いにしましょう」

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