第50話「戦渦拡大中」 ベルリク

 魔神代理領において、先の大戦と今回のアッジャールの大侵攻で軍事費負担が凄まじいことになっているそうだ。資金問題が解決されなければ様々な官僚機構が資金難で麻痺しだし、給料未払いなどで公務員が働かなくなると社会は混乱する。反乱の芽の一つだ。お上が頼りにならないのなら自力でやっていくと言いたくもなる。

 非魔族の権力者から、戦ったのだから――金を出したのだから――魔族になる権利を寄越せと魔族化要求が声高になっているという。強大な力と、ルサレヤ総督を見る限り復活する若さ、それに長寿。恩賞とするならばこれ程――姿の変異は好みだが――のものは無いだろう。だが魔導評議会の見解では魔族化は恩賞ではないとされる。そうくればアソリウス島騎士団のような、連中に手を貸した何者かのような魔族の種泥棒が出てくるだろう。そうなればブチキレた魔族達が制裁を加えにいき、抵抗されて戦う流れになる可能性がある。盗人が魔神代理領という共同体内の国家の長で軍令権を有していた、何て場合は有り得ないことではない。

 またそんな魔族という存在を巡り、新たな魔神代理領の在り方を問う政治閥がいるとかなんとか。内輪揉め、国益を無視したような政治取引、政府機能の麻痺、そんなものが重なると亡国の道へまっしぐらなのは古今東西良くある話。

 二つの大戦を受けて――未だ大巨人ながら――魔神代理領は満身創痍で、血だらけの芳しいニオイを振りまいている。餓えた隣国が鮫のように引き寄せられてくる可能性は俄然高くなっている。

 魔神代理領東方のジャーヴァル帝国には、未だ撤退せずに現地に残留しているアッジャール軍の一部がいる。その混乱に乗じて分離独立を狙う反乱勢力もいて、帝国平定を目指すジャーヴァル帝国中央政府に従う友好勢力もいるが、その中には火事場泥棒を企んでいる不貞な輩もいて、肝心の中央政府は現皇帝を魔族であるから故に”臨時皇帝”であるとして誰を戴冠させるか抗争中だと言う。他所から見れば何をやっているんだと言いたくなるところだが、当人達は大真面目なものだ。

 そんなジャーヴァル帝国には手っ取り早く親衛軍でも投入すればいいと思うところだが、一つ所に兵力を注力し過ぎると他の地域の抑えが疎かになるという懸念が表明されている。損害が大きかった親衛軍の再編が急がれるが、混乱が収まるまでに間に合うのか?

 戦渦の延焼は止まることを知らないようだ。

 そんな中、定期御前会議の時期が迫っている。大宰相の五年任期満了を境に、任期継続審議をすることを主題として、魔神代理の名で各州総督、各国代表、公認主要組織代表が召集されて行われる会議なのだが、勿論我等がルサレヤ総督も出席される。何が起こるか分からない今時期にそんな、ある種の火種が撒かれるとはご不幸なことだ。ルサレヤ総督指揮下で、中央へ地方から殴りこみなんてことになったら嬉しいなぁ。


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 イスタメルには新たにスラーギィ県が設置された。県知事はレスリャジン氏族から出る。県庁所在地は防衛上の観点から、中洲要塞ではなくマトラ北部の旧関門に設置された。

 新たにレスリャジン騎兵旅団を増強。人員は勿論、新たに魔神代理領に帰属した他のレスリャジン氏族の者から大量に募集。

 オルフ王領から内輪揉めで追い出されてきたアッジャール人やオルフ人に、その他少数民族から兵隊、家族連れで亡命しに来る者達が現れている。追い出したり殺したりするには規模が大きくなり、政治的にも難しくなってきている。なので解決策、スラーギィ東部を中心に支援付きで開拓民として送り出すこととなった。また兵役も科し、スラーギィ連隊も新たに創設。

 解放された元奴隷妖精達は、何時の間にやら厳しい訓練がほどこされた兵隊に仕立て上げられていた。市民権を得るには兵役をこなせ、という精神だそうだ。それに対して不満の声は、まあ当然に聞こえてこない。見た目の違う妖精達はあっという間にマトラの妖精の中に溶け込んでいった。

 マトラ旅団を中核に、レスリャジン騎兵旅団、スラーギィ連隊、外人妖精連隊を増強。北方守備を担当する第五師団に昇格となった。あの十万超の兵力を有するマトラ人民防衛軍はあくまでも臨時編成であるので解散済みだ。有事と平時の切り替えの素早さが特長なのだ。

 ラシージはマトラの復興計画で忙しく、最近は顔も見ていない。植林なんてのも意外と守備範囲らしく、オルフ軍に焼かれた森を再生している。何でも出来るな。

 ラシージの代わり、ではないが最近はルドゥが傍にずっといる。身辺警護ということだろう。ルドゥの帽子に歯ではなく指の骨飾りが二本追加されており、そしてボソっと「大将、俺にはもうあんただけだ」の一言が不気味に耳に残っている。戦争は怖くないが、こういうのは割りと怖い。マジで。


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 エデルト=セレード連合王国領アソリウス島では、魔神代理領内の通行許可が下りた貿易船団が続々と入港、出港して中継港として賑やからしい。行き先は主にジャーヴァルらしいが、どうなることやら。

 ベラスコイ家所有の商船も来たとか。お家再興の道筋も立ったかな? シルヴから聞いた話を分析すれば、親父も浅くて霜の張った懐から無理矢理に株式購入代金を出した様子だが、はてさて。大人のお付き合いは糞面倒なもんだ。

 それとまたシルヴに肩書きが増えたらしい。少将閣下とお呼びしなくては。


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 お隣、かつての敵であるオルフ王国からは、イスハシル暗殺の報が出された。同時期に共和革命派による暴動が頻発しているとのこと。何とも呆気ない。

 犯人までは声高にされていないが、可能性としては女将軍ジェルダナだ。捕虜にしてから返還するまで、一年とまでいかないが、半年に近い。何やら怪しい動きをしていたランマルカの妖精が洗脳するとしたら十分な時間だ。アッジャールは分裂状態だし、ランマルカからの強力な支援も期待できるし、何よりオルフにはオルフ人がいる。だからそんな反乱も無謀と言い切れない……祖国セレードの隣に共和革命政権が誕生してしまいそうだ。

 ただイスハシルには息子がいるから――存命かは知らない――オルフ王国の旗印は降りていないはず。この内戦は長引きそうだ。


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 アクファルと共に、改めて戦死報告を兼ねて、トクバザルの奥さんとユーギトの嫁さんに遺族年金を直接手渡しに向かった。

「二人は良い死にっぷりだった。幸福の最中に死ねた古きセレード、レスリャジンの魂は蒼天へ間違いなく昇ったはずだ」

 と言ったらユーギトの嫁さんは「当然よ」と満足気で、トクバザルの奥さんはというと「お役御免ですね」と、手早く荷物をまとめ始めた。

「お母様、どちらへ?」

 アクファルが尋ねれば「先祖が眠る墓へ参ります。お金はあなたが受け取りなさい」と言い、「はい、分かりました」とアクファルはあっさりと答える。

 そして名残惜しげも無くトクバザルの奥さんは、ユーギトの嫁さんに残った家財道具は全て譲ると言い、馬に乗って何処かへ去った。らしい、と言えば、らしい、のか。


■■■


 セリンは”死の風”の騎兵突撃以来めっちゃ怒ってて――海軍将校から報告書が上げ辛いと泣き言が来る程度――手紙の返事もくれなかったが、無視して送り続けていたら返事が来た。

”宴会、マリオル、来い”

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