第35話「結婚式」 イスハシル

 結婚の衣装とはいつの時代も過剰だ。見せるわけでもないのに刺繍入りの下着、オシメみたいに頑丈な褌は何に由来するやら? 刺繍だらけの服上下は絹製で、薄いが綿入りで十分暖かい。刺繍に宝飾品だらけの上着と帽子は羅紗地、内張りには貂の毛皮でこの季節じゃ暑苦しい。その他、装飾用途に限定される飾り衣装がパラパラと着けられる。儀礼への知識が無いと無駄で雑多にしか思えない。これで弱い矢ぐらいなら受け止められそうなほど分厚い格好になった。釜戸に突っ込まれた気分だ。

「良くお似合いですよ殿下」

 シビリは着付けの仕上げの為にあちこち弄って、飾りを付け替えたりしている。純金の装飾など見た目より重い。統一皇帝の時代の重甲冑並みの重量になっているはずだ。

「これでは中身がおまけだろう」

「そんなことはありません。殿下のお顔の方が勝っています」

「これでは馬に乗れるかも怪しいぞ」

 立ち上がってみて、四股を踏んでみる。股が服に引っ張られて足元が掬われそうになる。

「動かないで下さい」

 装飾刀を抜いてみる、すんなり抜けない、いや何だこれ? 鞘の中で引っかかる。

「ちょっと殿下、ダメです!」

 あ、抜けた。

「おわ危なっ!?」

 刃は無い。金属ですらなく木刀……収める。まともな武器も持てないのか?

「お座りですっ!」

 肩を押さえつけられて座らされる。

「新郎新婦とも、式中は介添人の手助け無しでは喋るのも手と足を動かすのも禁止です。お人形に徹してください。馬には乗りますが、私が手綱を引きますからね」

「それは嫌だ。不具になったみたいで情けないじゃないか」

「今日一日は不具者です。諦めてください」

「用足しも出来んぞこの服じゃ」

「そのためのオムツです」

「何、あれはオムツか!?」

「はい。ですから前々から米の煮汁と馬乳だけで身を清めるようにとしていたのです。うんち出辛くなりますし、万一式中に漏らしても臭いがあまりしませんから。式が終わったら何でも食べていいですよ」

 クソ、誰か武装蜂起してくれないか? 式省略して鎮圧しに行ってやるのに。今なら身の安全も保障してやる。

 今日はシビリが選んだ四人と、約束通りにレスリャジンのフルンと、五人との結婚式だ。

 その式が終わった後の披露宴で、子たるオルフ王即位とベランゲリへの遷都を宣言する。即位式や遷都式――シストフシェが都だった時期はほんのわずかだが――を別に開いてもいいが、急用がある。めでたく父がラグトを征服したと一報が入ったのだ。そして次なるアッジャールの目標をレーナカンドにて、全国から要人特使を集めて発表するとのことだ。こんな茶番はとっとと終わらせ、レーナカンドに戻りたい。

 子たる、弟たる王とは采配で自由に指名、解任が出来る役職である。貴族的な世襲地位ではなく、知事のような官僚的役職だ。現に、最高官僚とはいえ王族でもないシビリの判断で子たるオルフ王になれた時点で、他民族の王のような立場より重たいものではない。失態ではなく政策上の都合であっさりと解任をされることは珍しい話ではない。決して封建的に王国を分与されたなどと驕ってはいけない。そんな取って付けた役職よりも大事なことがたくさんある。

 動き辛い衣装を何とか操って馬に乗り、介添人を務めるシビリに手綱を引かれ、ベランゲリ市外に設置した大天幕から出発。イリヤスが率いる近衛隊に護送されて市門を潜り、オルフで一番権威ある聖レーベ寺院へ向けて行進する。近衛隊も目一杯着飾って武装している。

 新婦三人は馬、馬に乗れない二人は幌無し馬車に乗り、介添人である保護者や後見人に連れられ、その私兵に守られつつこちらの後に続いて行進する。こちらも目一杯着飾っている。列の順番は、一番年上が先頭という順番。順番で揉めるのはどこの土地、時代でもある話なので、シビリが有無を言わさずこれはこうすると断言して一切取り合わないようにしたおかげで問題は起こっていない。

 新郎新婦のどっちが先に式場で相手を待つのかというのも五人とも風習で違うのだが、王の下に五人が嫁に入るという意味で新郎が先に寺院で待つことになった。これがこちらが先頭の理由。

 この行進を見る市民は少ないが、招待状を送った人間が多いのでわびしい感じは無い。加えてベランゲリに移住してきた友好的な非オルフ人は歓迎してくれている。

 聖レーベ寺院の正門前で近衛隊、私兵と別れ、馬、馬車から降りる。上手に乗るより、みっともなくないように降りるのが難しい。女だったら至れりつくせりの介護で降りてもまだ格好悪くないが、男はそうはいかない。ましてや介添人はシビリでそんなに体力がある人じゃない……というか可愛いぐらいに運動神経が悪く、アテにしたら押し潰すだろう。脚の動きを邪魔する服を意識しながら下馬する。

 新婦達は外で待たせて正門を潜り、寺院内へ一歩入ったところで結婚用の曲が演奏される。アッジャールと新婦の四民族の各伝統楽器を混ぜて合奏されているので、聞いたこともない音楽になっている。

 参列者の間を通る。

 作り笑いが出来る、出来ない兄弟。兄弟仲が良い悪い以前に、母も違えば年齢も生まれの地も育ち方も違うので身内という感覚が少ない。

 配下の将軍は歓声を上げている。それ以外の新しい配下、他王子の配下の将軍の演技には幅がある。

 新婦の親類、側近等の一同。不安そうな面持ちも散見されるが、概ね歓迎している様子だ。

 その昔はオルフ人によるオルフ王の戴冠式が行われた程に広い聖レーベ寺院だが、招待客全ては入りきらないので代表は選出させてもらった。いずれも酒類、薬物、武器の持ち込みは禁止して入場させた。

 もしもに備えた、儀仗兵のような格好をした警備兵と、参列者に扮した警備兵。目付きは明らかに鋭く威圧的だが、威圧のためにいるのでそれでよろしい。

 シビリに誘導され、新郎の席に着く。新婦五人が後から、介添人に誘導されて入場し、それぞれの席に着くと曲の演奏が止る。

 新郎新婦、介添人の十二人の前に聖職者が二人並ぶ。これから結婚契約宣誓前の説教だ。

 一人目は、蒼天の神を祭る祈祷師の中でも、アッジャール本土から西に連れて来た中での最長老の爺さん。オダルが子供の頃から爺さんだったというぐらいの爺さんだが、それでも背筋は真っ直ぐだし、声はハッキリ出る。羊だって自力で捕まえるし、解体して骨を焼いて割るのも全て一人でやる。この人の作るお粥はとにかく不味い。

 祈祷師の長老は、まずは焼いた羊の肩甲骨を掲げて見せる。割れ具合から占いの結果を出すのだ。

「この結婚は最良では決してないが、最善であると出た。最善とは最良より磐石であるということ。幸不幸を越えて望ましいものである。今日の蒼天の神のお顔も、雲はあるとて黒ずむことはさせず、光も眩い。これも最良ではなく最善の兆しである」

 占いは占いである。気の持ち様を整える。

「六人は結婚の契約の尊厳を意識し、高潔に生きるようにしなければならない。男は自分の妻子の生活に必要なものを与える責任を負っている。女は自分の夫子の生活を支えて営む責任を負っている。欠けてはならぬ互いの必要性を意識し、傲慢に改善を求めるのではなく愛による変革を求めよ。奴隷ではなく主従ではなく夫婦である」

 次に救世神教の代表ベランゲリ総主教、この聖レーベ寺院の主でもある。何でこんな奴がこの結婚式にいるかというと、新婦の内三名が救世神教徒で、その一人がベランゲリ総主教の娘だからである。

 聖なる神、魔なる神、二つの性質を継いだ後継の神の教えこそ世を救うという教義の救世神教。聖なる神と魔なる神を崇める宗派の対立は有名だが、その双方からも激しく異端視されている。それはオルフに君臨する上では使える権威だ。こいつにイディル、イスハシルこそ救世の遣いとでも吹聴させれば良い。シビリもその心算だろう。

「世を救う神よ、我等は神の加護を求める。汝等神の道に沿うようにせよ、道を外せば元に戻れない、注意せよ。世を救う神の力を我等は信じる。男は日に焼かれる勤めにて生きる糧を稼ぎ、家族を守れ。女は日の陰にて家の仕事に勤め、家族を増やせ。皆、勤めに誠実たれ。さすれば世を救う神は守護を与える。あらゆる成功を約束する。世を救う神を恐れ敬え。常に見ておられる」

 異教の神の話を面と向かってされると何だか変な気分になる。

 ベンラゲリ総主教は引っ込み、祈祷師の長老が前に出てくる。

「これらの話を聞いてもまだ結婚契約の宣誓を行えるか? アッジャールの王、黒鉄の狼イディルの息子、子たるオルフ王イスハシルに問う。宣誓できるか?」

 シビリが耳元で小声で「いいですね?」と言うので、声も出ないような鼻息で「うん」と答える。

「誓う!」

 シビリが大声で寺院内に声を響かせた。

「スタグロ伯にしてイーゲリ=ノルザルキー市長、ジェルダナ・ウランザミル・コジロマノに問う。宣誓できるか?」

 子供が生めるギリギリぐらいの年増のオルフ人女貴族で、二人の子連れ。他の四人と違って体つきも目つきも戦いを知っているようだ。こちらを見る目は正に品定めの様相、こいつには魔性の目が効いていないのが良く分かる。

 介添人である成人したばかりのジェルダナの長男が、互いに覚悟を決めたようにわずかに目配せをしてから「誓う!」と大声を出す。

 先の征西の混乱に乗じ、兵を自ら率いて亡夫の敵討ちにイーゲリ=ノルザルキー市の僭主を殺して制圧後、こちらに恭順したのがこのスタグロ伯ジェルダナ。そんな女傑、腹に何モツ抱えているか知れない。シビリは他の女達の姑役にでもしようというのか?

「オザノフ社社長の娘、ポグリア・ベランミレチェン・オザノフに問う。宣誓できるか?」

 子の親権は前夫に渡し、この結婚をするために離婚した女だ。父娘ともに頭の良さそうな顔はしていて、野心高そうな顔でもある。父の方はオルフ一の商社社長で、各市、組合に名誉席を持って代表を送り込んでいるようなやり手。

 介添人であるオザノフ家の執事が、目を輝かせて微笑みを見せるポグリアに小声で問うて、頷きを確認してから「誓う!」と大声を出す。

 いくらシビリが万能でも、”同じ穴”にいなければ分からない数字というものがある。黄金の羊は自分の毛も育てる。

「ベランゲリ総主教の娘、ユノナ=レーベ・ムルハルキーに問う。宣誓できるか?」

 先の征西でも、その前からでもこんな政治的に重要な娘に手がついていないのが不思議である。結婚歴でも揉み消しているかもしれないが、彼女の見た目は若々しく慎ましやかそうで麗しい。ただ、青っ白くて細いのが気になる。

 聖職者の一族だからか化粧はしておらず、彼女は白い顔を真っ赤にしてうつむいている。介添人の母親が顔を上げさせ、小声でやり取りしてから「誓う!」と大声を出す。

 信者ではなくても宗教的権威を手に入れる方法がこれだ。改宗はしないがベランゲリ総主教の勉強会には出席している、という程度の評判を作った方がいいだろう。

「レスリャジン氏族筆頭長老の孫娘、フルンに問う。宣誓できるか?」

 また再会したこの女。相変わらず表情が崩れていてだらしない、これが無ければまだ見れたものを。馬に乗れて自分の世話は自分で出来そうなのが長所で、同じ遊牧民なので共感できる部分も多いことだろう。一番無難と言えばそう悪くない。蒼天を奉じるのも一緒だ。

 介添え人であるフルンの父が、娘の嬉しそうな顔に吊られて笑いつつ頷き合ってから「誓う!」と大声を出す。

 約束は約束通りに。アクファルのことは惜しいとは思うが、諦めはついている。

「タラン部族長の孫娘、シトゲネに問う。宣誓できるか?」

 オルフ圏内の少数民族の中でも、珍しく聖なる神を信仰しているのがタラン部族。昔からこの地では宗教的に少数派だったので辛酸を舐めてきている。この者達を取り込めば裏切る可能性が極めて低い集団が手に入るということだ。

 介添人であるシトゲネの父が、緊張で泣きそうになっている娘に問うフリをしてから「誓う!」と大声を出す。

 しかし、生理もまだ来ていないような小さな子供とは流石に困る。部族長の家系で、この娘だけが未婚の直系というから文句が無いと言えば無いが。

 宣誓が確認され、結婚の契約書が新婦五人に配られ、それぞれ目を通し、介添人が署名する。それから更に証人がもう一人ずつ署名する。ベランゲリ総主教が信者三人の証人となる。他二人は各々の長老が証人となった。

 そしてこちらに署名がされたその契約書が五人分渡される。目を通し、シビリが五枚に署名。こちらの証人として祈祷師の長老が署名する。

 祈祷師の長老が五枚の契約書を掲げ、

「六人の結婚契約は成立した!」

 宣言がされると、警備兵以外全員でのガラス杯での乾杯が行われ、参列者は酒を飲み干してから地面に叩きつけて割る。外では結婚契約成立を報せる祝砲、小銃による空砲一斉射撃が十回行われ、大砲による空砲が連続して始まる。

 聖レーベ寺院の鐘が打ち鳴らされる中、行きと同じように近衛隊と私兵の護送され、介添人に連れられて宮殿へ向かう。この列には参列者も加わるので大行列になる。

 式の最中に市民達へは菓子や酒が配られたので、前よりは若干上機嫌に見える。大砲による空砲を聞きつつ、宮殿に入る。馬の乗り降りはやはり難しい。


■■■


 宮殿での披露宴はもちろん豪勢で、ラクダ、牛、羊、山羊、鹿、猪の丸焼きを筆頭に、酒樽が無数。多過ぎて食べ物に見えないくらいのパンの山、果物で作った極彩色の絨毯。そこら中で芸人が芸を見せ始めている。宮殿内、広場に中庭まで客でごった返す。

 既に結納品が警備兵つきで披露されている。新郎から贈る物は、旧オルフの略奪で現金、金銀、装飾品は揃っているので金庫への負担は少ない。結婚は日取りも相手も急な決定だったので、製作に時間が掛かる服は揃っていない。反物で済ました。他にも参列者の面々からの贈り物が別に積まれている。五箇所とも、物や金額で差があまり出ないように公平に、大分神経を使って積まれているのが見て分かる。ちなみに女達の嫁入り道具一式は式の前に宮殿の後宮へ送られている。

 主役席では新郎に並んで、五人の新婦が座る。またも並ばせる順番で文句が無いよう、また単純にシビリが右から年齢順に並べた。

 風習で、祝宴が終わるまで新郎新婦同士は喋ったり接触してはいけない。席を動いてもいけないので見せ物に徹する。古い風習なので由来は不明だ。

 周りが結婚とかそっちのけで騒いでいるのを見ながら、ひたすら人形になろうとするのは辛いものがある。

 タラン部族のシトゲネがぐずつき始め、両親が何とか宥めすかしている。

 レスリャジン氏族のフルンは足腰が痛くなってか、耐え切れずに露骨に顔をしかめ、座り直した。

 ベランゲリ総主教の娘ユノナ=レーベは脂汗が出て肩が上下するような息遣い。休ませてやればいいのに、倒れるぞ。

 オザノフ社令嬢のポグリアとスタグロ伯ジェルダナは人形みたいに動かない。子供のいる年増は流石に腰が据わっているものだ。

 式中は流石に来なかったが、披露宴になった途端にシビリへ伝令がやってくる。大権が必要な判断を要するものばかりで、中にはランマルカ革命政府との友好条約草案なるものも含まれていた。北海の、共和革命派の牙城ランマルカとの交渉の窓口が驚くべきことに設置されたのだ。姿は見当たらないが、一応参列者名簿に名がある。

 披露宴も盛り上げって来たところでシビリが子たるオルフ王即位、ベランゲリへの遷都、黒鉄の狼イディルによるラグト征服の報も交えて宣言をした。これらを持ってオルフ全土の征服を完了させたものとし、アッジャールの王へ完全勝利を献上しに行くのだ。

 こんな式はまだまだ前段階、準備の一部に過ぎない。本番は次からだ。アッジャールの雄飛はまだこれから、未だに足場が固められたかどうかという段階だ。統一皇帝、その息子にして第二の祖アッジャールからの悲願が迫る。

 しかし足が痛い、拷問のようだ。シビリが砂糖菓子を口に入れてくれているが、全く誤魔化しにもならない。

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