第36話「観閲と軍事演習」 ベルリク
平時には定期及び非定期に観閲が州総督によって行われる。戦時には州総督が必要と認めた場合のみ観閲を行う……そういった話を聞いたのが随分昔に思える。
州全体での師団体制が整ったので、ルサレヤ総督による観閲が行われる運びとなった。加えて、観閲後に軍事演習が行われる。仮想敵は、歴史的には聖なる神を奉じる神聖教会が招集する聖戦軍であり、時勢的には勢いを増してきたアッジャール朝である。何れもイスタメル州軍という枠組みだけで考えると防衛戦一辺倒。州内を如何に効率良く動き回れるかが求められる。攻め込んで血の海を作るのは今でも中央の親衛軍の仕事。
そのアッジャール朝の将軍オダルが観閲と軍事演習を見学することになっている。勿論ルサレヤ総督からの許可を得て、である。他にも近隣の数カ国が参加。東にお隣のメノアグロ州、そのまた隣のヒルヴァフカ州からも観戦武官が来ている。
軍事力の誤認は悲劇を生む。好戦的な勢力の場合は正しい認識でも悲劇を生むのだが、イナゴの大群だと思って耐えるしかない。
オダルがまだイスタメルにいるのは外交交渉の結果だ。アッジャール使節団からの四つの要求に対し、バシィール城で取り次ぎしてから総督府に伝令を送ったところ、総督代理ウラグマが直接若い竜に乗って素早く返答しにきた。
大使館の相互での設置と連絡将校の相互派遣については、イスタメルからは総督府が人材を出し、オルフ王領の都ベランゲリへ派遣することになった。ウチから出すことにならなくて良かった。アッジャールからは使節団のマフダールが大使、オダルが連絡将校となってシェレヴィンツァへ着任した。バシィール城じゃなくて良かった。
アッジャールからのランマルカ政府との外交交渉中継の依頼だが、ミザレジにランマルカとの交渉窓口を開くよう支援してくれ、と手紙を出すことになった。そしてランマルカからは不気味なほどにすんなりと外交官がマトラ県県庁所在地とベランゲリに派遣され、交わされることになった通商条約には魔神代理領に対する関税を優待国待遇にまで引き下げるという条項が追加された。
レスリャジン氏族からの脱走兵の返還問題については「我が州においてはそのような事案は認識されていない」とウラグマ代理が面白く返答。問題だと騒いでいるのはアッジャールであって、こちらではないという意味。この件に関してはこれ以上何も言って来なかった。ランマルカとの交渉仲介をした時点でもうどうでもよくなったのだろう。
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師団、旅団、が完全武装して整列。十万近い大所帯なので、集結に適当な平地を探すのに一苦労あったらしい。
歩兵は右手で銃身の、銃口近くを掴んで、小銃を若干前に倒して立て、足をやや開き、腰に左手を当てる。休めの姿勢。
騎兵は騎馬状態で手綱を掴み、手は太股の付け根に乗せた状態。槍を持っている場合は右手で持って石突は地面に立てる。
砲兵は担当する大砲とともに並び、込め棒、導火竿、海綿棒などを持つ者は柄の先を地面に立てて休めの姿勢。
工兵は前掛けをつけて、円匙の持ち手を右手で掴んで肩に担ぐ。そして足をやや開き、腰に左手を当てる。休めの姿勢。無手の者もいる。
軍楽隊はそれぞれ楽器の持ち方と休めの姿勢はあるが、概ね即座に演奏には入れるように。
他多様な職分の者もいるが、概ね歩兵に準拠して小銃を持っての休めの姿勢でいる。後方要員もいざとなれば銃を持って戦うのだ。
変り種で、竜跨兵の場合は騎手が騎乗しないで整列している。竜は竜で一人の兵士だからである。竜が休めの姿勢を取るのは、鉄兜、荒絹の防弾腹巻、革サンダルを着用しているのが加わって少々滑稽。それから人間で言えば大砲に分類されるような大口径の携帯砲を小銃みたいに持っている竜も数名いる。
先頭にはイスタメル第一師団師団長イシュタム=ギーレイ。二歩後ろに旗手一名、イスタメル第一師団旗を掲げる。
ルサレヤ総督とウラグマ代理が騎乗したまま右手側から進む。そして、イシュタムに対峙する直前に「気をつけ!」と副師団長が号令を掛け、第一師団総員が、休めの姿勢から、気をつけの姿勢になる。一斉に軍靴の踵が打ち鳴らされ、ザッと鳴る。
対峙して足を止めてからイシュタムのみが敬礼し、声を張り上げる。
「イスタメル第一師団、総員二万五千四百五名!」
ルサレヤ総督が敬礼を返し、イシュタムの前を通り過ぎる。イシュタムは敬礼した手を下ろして気をつけの姿勢を取る。休めの姿勢には戻さない。
次、先頭には内務省軍属イスタメル州憲兵旅団軍監カラッカ・レブンダタール。二歩後ろに旗手二名、内務省軍旗とイスタメル州憲兵旅団旗を掲げる。内務省軍では将軍格の者の肩書きは軍監となるそうだ。また細々したところで普通の軍とは名前の様式が違う。
ルサレヤ総督とウラグマ代理が第一師団側から進む。そして、カラッカに対峙する直前に「気をつけ!」と法務部長が号令を掛け、憲兵旅団総員が、休めの姿勢から、気をつけの姿勢になる。一斉に軍靴の踵が打ち鳴らされ、ザッと鳴る。
対峙して足を止めてからカラッカのみが敬礼し、声を張り上げる。
「イスタメル州憲兵旅団、総員四千七十一名!」
ルサレヤ総督が敬礼を返し、カラッカの前を通り過ぎる。カラッカは敬礼した手を下ろして気をつけの姿勢を取る。
次、先頭にはイスタメル第二師団師団長”泣き虫”ルリーシュ・ヤギェンラド。二歩後ろに旗手一名、イスタメル第二師団旗を掲げる。
ルサレヤ総督とウラグマ代理がイスタメル州憲兵旅団から進む。そして、ルリーシュに対峙する直前に「気をつけ!」と副師団長が号令を掛け、第二師団総員が、休めの姿勢から、気をつけの姿勢になる。一斉に軍靴の踵が打ち鳴らされ、ザッと鳴る。
対峙して足を止めてからルリーシュのみが敬礼し、声を張り上げる。ビビって声が震えるんじゃないかと心配していたが大丈夫だった。
「イスタメル第二師団、総員九千六百三十名!」
ルサレヤ総督が敬礼を返し、ルリーシュの前を通り過ぎる。ルリーシュは敬礼した手を――ちょっと変に間を空けてしまってから―ー下ろして気をつけの姿勢を取る。
次、先頭には自分、マトラ旅団旅団長ベルリク=カラバザル・グルツァラザツク・レスリャジン。二歩後ろに旗手一名、マトラ旅団旗を掲げる。
ルサレヤ総督とウラグマ代理が第二師団から進む。そして、こちらに対峙する直前に「気をつけ!」と副旅団長ラシージが号令を掛け、マトラ旅団総員が、休めの姿勢から、気をつけの姿勢になる。一斉に軍靴の踵が打ち鳴らされ、ザッと鳴る。
対峙して足を止めてからルサレヤ総督へ敬礼し、声を張り上げる。
「マトラ旅団、総員七千三百二名!」
ルサレヤ総督が敬礼を返してきて、目の前を通り過ぎる。敬礼した手を下ろして気をつけの姿勢を取る。
次、先頭にはイスタメル第三師団師団”ハゲ親父”ラハーリ・ワスラブ。二歩後ろに旗手一名、イスタメル第三師団旗を掲げる。
ルサレヤ総督とウラグマ代理がマトラ旅団から進む。そして、ラハーリに対峙する直前に「気をつけ!」と副師団長が号令を掛け、第三師団総員が、休めの姿勢から、気をつけの姿勢になる。一斉に軍靴の踵が打ち鳴らされ、ザッと鳴る。
対峙して足を止めてからラハーリのみが敬礼し、声を張り上げる。
「イスタメル第三師団、総員一万八千百四十四名!」
ルサレヤ総督が敬礼を返し、ラハーリの前を通り過ぎる。羽飾り付きの毛皮帽を被っているが、その下はハゲだ。
次、先頭にはイスタメル海域提督ギーリスの娘セリン。二歩後ろに旗手二名、中大洋連合艦隊旗とイスタメル海域艦隊旗を掲げる。
ルサレヤ総督とウラグマ代理が第三師団から進む。そして、セリンに対峙する直前に「気をつけ!」と艦隊旗艦艦長が号令を掛け、旗艦の全船員が、休めの姿勢から、気をつけの姿勢になる。一斉に軍靴の踵が打ち鳴らされ、ザッと鳴る。
対峙して足を止めてからセリンのみが敬礼し、声を張り上げる。
「イスタメル海域艦隊旗艦イザスケス総員を持って代表とします! 戦列艦二隻、巡洋艦七隻、海防艦三十五隻、輸送艦三十隻、河川艦十二隻。総員二万三千百九十五名!」
ルサレヤ総督が敬礼を返し、セリンの前を通り過ぎる。艦隊さんの方は日常業務もあり、また州総督による観閲は本番ではないのでおまけ程度の参加である。それに基地隊の方は軍服姿じゃない半官半民のような人物が多いから参加するのも色々と中途半端である。ちなみに本番とは中大洋連合艦隊で行っている観艦だ。大宰相が来るというような大層なもので、ここでの田舎行事とはワケが違う。
次、先頭にはイスタメル第四海軍歩兵師団師団長メフィド。二歩後ろに旗手一名、イスタメル第四海軍歩兵師団旗を掲げる。
ルサレヤ総督とウラグマ代理がイスタメル海域艦隊から進む。そして、メフィドに対峙する直前に「気をつけ!」と副師団長が号令を掛け、第四海軍歩兵師団総員が、休めの姿勢から、気をつけの姿勢になる。一斉に軍靴の踵が打ち鳴らされ、ザッと鳴る。
対峙して足を止めてからメフィドのみが敬礼し、声を張り上げる。
「イスタメル第四海軍歩兵師団、総員一万九十二名!」
ルサレヤ総督が敬礼を返し、メフィドの前を通り過ぎる。
魔神代理領における海兵隊と海軍歩兵の違いを、観閲前にセリンに聞いた。海兵隊は水夫とともに船に乗って任に当たる歩兵。下船させて各船の部隊を集中運用すると普通の歩兵隊のように扱える。海軍歩兵は名の通りに海軍指揮下にある歩兵。普段は陸上で警備任務に当たり、有事には陸軍に応援を頼む手間なく本格的に陸上行動が取れる。
今までは区別せずに海兵隊だったが、規模拡大につき海軍歩兵を分離した。指揮権の大元はセリンにあるが、独自裁量権限を大きく師団長のメフィドに移譲してあるそうだ。
最後。先頭にはアソリウス島嶼伯軍司令官シルヴ・ベラスコイ。二歩後ろに旗手二名、エデルト=セレード連合王国旗とアソリウス島嶼伯旗を掲げる。アソリウス島嶼伯軍も条約に従い参加した。島の若年男性人口はぶっ殺したから激減してしまったので、移住してきたエデルト人やセレード人が軍の大半を占める。故郷じゃ展望が望めないし、何よりベラスコイの復活ということでセレード人の平民から旧貴族、貴族の食い詰め次男坊、三男坊やらその家族の移住が結構あったそうな。昔馴染みの面もある。
ルサレヤ総督とウラグマ代理が第四海軍歩兵師団から進む。そして、シルヴに対峙する直前に「気をつけ!」と副官のイルバシウスが号令を掛け、アソリウス島嶼伯軍総員が、休めの姿勢から、気をつけの姿勢になる。一斉に軍靴の踵が打ち鳴らされ、ザッと鳴る。
対峙して足を止めてからルサレヤ総督は下馬、シルヴのみが敬礼し、声を張り上げる。
「エデルト=セレード連合王国アソリウス島嶼伯領より、両国友好通商条約第十四条項に基づき、将兵総員三千九百十一名にて参陣!」
第十四条項とは、魔神代理領イスタメル州政府からの防衛協力要請に、アソリウス島嶼伯軍は可能な限り応える義務のことである。免責事項としてエデルト=セレード連合王国とその同盟国に対する要請に応える義務は無いものとする、というもの。アソリウス島は魔神代理領との貿易のために存在するので無茶な内容ではなく、結構合理的。シルヴは戦争に参加する機会が増えて大喜びと感情的。素晴らしい条項なのだ。
ルサレヤ総督は敬礼を返してから握手を交わし、シルヴの前から整列した全軍の前方、中央へ騎乗してから移動する。
「将兵諸君集結ご苦労! 九万七千八百三十九名の兵、艦艇八十六隻の編成大義である。またアソリウス島嶼伯シルヴ・ベラスコイ殿には第十四条項に基づいての出動、感謝申し上げる。引き続いて軍事演習を執り行う。各長は事前に配布した、演習要項が記載された文書を参考に状況を開始せよ。以上、解散!」
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演習要項の書類を読みながら、観閲用に設営した旅団陣地に戻った。
初めに全軍で分散集合を繰り返して目的地を目指す行軍が行われる。そして行軍終了直後からの模擬戦がある。武器弾薬の輸送もしないといけないので気軽な遠足とはいかない。足と馬と車輪の心配を良くしないといけない。道路状況は大分改善されたイスタメルだが、車輪に車軸は重荷を支えて転がる物。当然壊れるようになっている。物を直しながら移動することも考えないといけない。
各部隊長を集め、書類に則った指示を出す。
「完全武装で物資弾薬を抱えて行軍する。物資の輸送、補充には常に気を配れ。真水は最優先だ」
軍とは人と馬の群れ。黙ってるだけでも馬鹿みたいな量の飯を食い、井戸が干上がる程水を飲んだと思ったら病気が発生するぐらい糞を垂れる。南大陸のそのまた南では畑の作物を食い荒らしては土壌汚染するぐらいに糞を垂らして次の畑へ渡る芋虫に蛾がいるとか聞いたが、そんな感じだ。
「敵兵との接触が想定される状況下なので周辺警戒を厳とせよ」
実際に敵兵役がウロチョロしているわけではないが、監督官がそういうところはきちんと見張っているので手を抜いてはいけない。監督官っていうのは、軍務省から派遣されているお役人だ。退役将校の丁度良い再就職先になってるらしい。
「進行状況をイスタメル州軍司令部、近隣友軍に適時報告するから騎馬伝令は絶対に切らすな」
互いの位置関係を密に連絡を入れるというのは重要だ。司令部は判断材料が増えて嬉しいし、友軍はどっちが先にあの道路、橋を使い、どの補給基地を使用するか、どこに野営するかなど相談が出来るし、出来ない状況でも予測ぐらいできる。やって困ることはない。
「民間人より物資を仕入れる場合は適正価格で買い取ること。軍票の発行は禁止。また演習という状況を考慮し、物価上昇を招くような大量購入は禁止する」
戦時下ならばこの限りではないが、演習はあくまで演習であるということは忘れてはいけない。
「略奪、脱走等の軍規違反は戦時下同様に銃殺刑に処す」
平時なら鞭打ちで済むことも、戦時なら銃殺刑に変わる軍規違反がある。戦時なら絞首刑であっても、演習中なら銃殺刑に変わることもある。絞首刑は吊るして見せしめにする意味でもやるのだが、平時にはやらないことになっている。妖精には関係ないか。
「演習中の事故死傷者については戦時下と違い丁重に扱うこと。ただし、演習を遅滞させることはあってはならない」
事故死傷者は名誉ある扱いをすることになっている。遺族、傷痍年金がちゃんと出るし、勲章も出る。
この演習は事故死傷者が出る前提で行われているので、例え指揮官が実際に死んでも指揮を副官が引き継ぐことになっている。そういうことも含めて演習である。
「後はラシージ」
「はい。では……」
あとの細かい調整、行軍隊形の時はどの部隊がどこに配置について、どの騎兵が警戒に出て、その時どこが休んで働いて、補給部隊の護衛はどこが、当直士官の順番は、などなどはラシージ任せにする。これが一番効率が良い。
アクファルは旅団司令部に、個人的な秘書官として配置した。なので武装はするが軍服姿ではない。公式に秘書官にすると給料は軍務省から出るが、軍令に従う義務が出てくるので止めた。機密情報を表向きは扱わせることは出来ないが、好き勝手に戦線を離脱させることは出来る。兄妹揃って死守命令に従ってくたばる気は無い。
各部隊との連絡を早速伝令、騎兵大隊として訓練したレスリャジンの連中にして貰った。まだ行軍は開始していないし、部隊としてまとまっているから騎兵じゃなくても十分だが、本番に慣らす意味も兼ねる。そしてアクファルがその連絡を聞いて取りまとめる。その抜群な記憶力で仕事に間違いはなく、レスリャジンの伝令達も身内が相手なので喋りやすそうで結構なことだ。特に、少年少女の伝令達相手では無視できない要素だ。アクファルは子供を相手にする時は意外と優しい雰囲気を出している。近所のお姉さんと何考えてるか分からない妖精相手では要らぬ緊張の度合いが違う。
レスリャジン騎兵の連中の軍服はマトラの工場で作らせた。魔神代理領正式採用の騎兵服を見せたら案の定不評だったので、旧セレード王国騎兵の軍服と同じ作りの物を支給した。色は魔神代理領風に上が黒、下が白。色の統一には不満顔だったが、流石にそれ以上の文句は言わなかった。
さてそんな卸し立てだと新兵っぽくて格好悪いので、支給してから今までずっとこの観閲の日まで着用させ、ワザと汚しては洗濯して、寝る時まで着させて”体の型”を入れさせた。同じ大きさの物でも、他人が着たら違和感を覚えるくらいに着て加工すれば動きやすくなるし、格好がつく。
観閲のための野営地の撤収が終り、旅団を行軍隊形にした。
道路の本数が限られている為、どこの部隊がどの道路を先に使えば効率的に分散行動を取って目的地に行けるかという難問が早速降りかかる。これを急に今になって調整なんてことをしていたらとんでもないことになるので、昨日の夜に各長、面を突き合わせて道路使用予定表を作った。これも実戦想定の内で、ルサレヤ総督から一晩で作れと言われた。ここで活躍したのがあの”泣き虫”ルリーシュで、修正箇所は結構あったものの、叩き台になった草案をさらさらと紙に書いてみせたものだ。おかげで夜の内に寝れた。
第四海軍歩兵師団の西行きの通過を見送り、北西行きの道路が開いたところでマトラ旅団を前進させる。
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行軍して、野営して、また行軍。橋の無い川を渡河したり、橋を作って渡ったり、時に河川艦隊に協力要請をする。指定された地点で陣地構築、したと思ったらすぐに移動して野営地設営。その間に物資の調達、近場の補給基地は空に近い。民間人に金を出して備蓄食糧を買い取る。兎、鹿、猪に野犬まで狩ってきて食事に追加。
そんな中監督官が状況を想定するので、それに応じて防御体勢を取って、隙を見て反撃に転じて、追撃。マズくなったら撤退して、殿を残したり、余裕があったら殿を救出。この時に実弾射撃訓練も合わせて行う。ただ立って的に向かって撃たせる訓練は軍事演習じゃなくても出来るので、実際に陣形を展開して見えない仮想敵に向かって撃ちまくる。他師団、旅団との共同となると誤射しないようにとかなり気を遣う。誤射事故は勿論発生した。そして死傷者が出た程度でこの軍事演習は一つも止らない。そういう演習要項だ。
州内を結構動き回るので食糧問題が出てくる。実弾射撃をするので弾火薬も失われていく。そして監督官からはそういった物資の保有量については厳しく指摘を受ける。妖精には死んだ敵兵食わせるから大目に見てくれと冗談を言ったら大真面目にプンスカ怒ってやがった。ルドゥを呼びつけて、「人間食えるか?」って聞いたら「男のガキが美味いですよ」と答えた。監督官の顔を見たら笑ってしまった。
そう言えばイスタメルに来たばっかりの時、人食いの村を通りがかった。懐かしい、奴等まだ生きてるのかね?
そのような感じなので補給基地との手続きも忙しい。他の師団、旅団から物資を都合してもらうことも頻繁にある。その点を疎かにした間抜け、憲兵旅団だが、ウラグマ代理が直接説教しに行っていた。内務省軍だから軍とはやり方が違うとか勘違いしたか、物資を補給基地からしか補充しなかったのだ。マトラ旅団なんかすれ違う度にあれ譲ってくれこれ譲ってくれ、これ余ってるけどどうかしら? と言いまくっていたのに。
海軍歩兵師団からは故障した大砲の修理が終わるまで、代わりの大砲を借りたぐらいだ。向こうは向こうでその大砲の代わりを河川艦隊から借り受ける算段があった。そういうことは話してみないと分からない。お礼に海軍歩兵師団には足の速い騎兵が不足していたから、一時レスリャジン騎兵を貸してやった。日を跨ぐようになると伝令速度が倍は違ってくると評判だった。こういうことが遠慮なく出来るようにならないとダメなのだ。
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軍事演習の行軍――戦闘訓練が結構あったがそれでも行軍――も終了し、予定通りにマトラ旅団はアソリウス島嶼伯軍と合流、協同で最終集結地点に野営地を築いた。
次からは軍事演習の模擬戦に移る。行軍でイスタメル州軍を二分割し、そして会戦形式で模擬戦を行うのだ。指揮官同士が互いに気心知れているから、マトラ旅団とアソリウス軍は別種の軍だが連携が取りやすく、実戦的な組み合わせだ。
旧アソリウス島騎士団の生き残りの心中は仇がお隣で穏やかではないだろうが、そういう輩ならば尚更”オラが島の聖女様”に迷惑はかけないだろう。理屈はともかく、感情と信仰がそうさせる。実際の有事の時もこの組み合わせが理想で、何かあったらそうすることになるだろう。というか、ルサレヤ総督に進言してそうさせる。
アソリウス島嶼伯軍の司令部天幕にアクファルとトクバザル、ユーギトを連れて行く。親戚一同だ。旅団司令部の天幕だと監督官の目があるが、こっちだとあっても一線があるので酒飲んで楽しくお話が出来るのだ。
観閲前の打ち合わせで顔も合わせたし、その時にあの手紙の礼も言われたが、シルヴにアクファルを紹介する暇が無かった。皆、軍事演習の準備で忙しかった。
道中、懐かしのセレード同胞に挨拶をしながらシルヴの天幕にお邪魔する。
そしていきなりユーギトがシルヴの顔を指差して「嘘だー! あのお人形みてぇなお嬢がこんなんなっちまった!」と叫んだので、トクバザルがユーギトをぶん殴った。顎に良いのが入って崩れ落ちた。
「あれがユーギトの馬鹿垂れだ。馬でシルヴのこと追いかけようとして、落馬して死ぬか死なないかってなったあの馬鹿だ。誕生日に野犬を十頭ぐらい連れて来て、庭職人にボコボコにぶん殴られたあの馬鹿だ」
「名前は知らなかったけど覚えてるわ」
息子を殴り倒したと思えないほど再会の感動に声を震わしたトクバザルが、シルヴの前で膝を突いて手を握る。
「シルヴお嬢様、ご成長なされましたな。若い頃の祖父殿に生き写しですぞ」
「祖父ですか」
祖母じゃないだろうさ。
「そうですとも。あの近衛驃騎兵最後の突撃! おー……思い出します。騎兵とは祖父殿のことを言いました。あの時俺も一緒に死にたかった! あのエデルトの巨人女め、俺の騎兵突撃を素手で受け止めよった! あの時の落馬で死ねてればこんな生き恥も晒さずに済んだものをッ! もしよろしければ、機会があれば、私に死ねと命じて下さい!」
「私は砲兵だ、騎兵の矜持は知らん。指揮系統も違う。勝手に死ね」
「むははは、二本取られましたな」
笑いながらトクバザルが立ち上がる。次はシルヴにアクファルを紹介だ。後ろに引っ込んでいるので、背中を手で軽く押してアクファルを前に出す。
「アクファルだ。俺の種違いの妹で、トクバザルが伯父。育ての父でもある。さっき倒れたユーギトがトクバザルの息子、従兄妹で義理の兄ってとこだ」
「シルヴ・ベラスコイよ、よろしく」
「はい、よろしくお願いします」
シルヴはアクファルの顔を手で包んでスリスリ擦る。
「何かあったら頼って頂戴。例えば、あの馬鹿が間抜けにくたばって身寄り先が無かった時とか、私のところに来なさい。アレの妹なら私の妹と同じよ」
「確認ですが、兄と親戚、婚姻関係もしくはそれに準ずる間柄なのでしょうか?」
「そ……」
そうだ、と言う前にシルヴに喉を掴まれて発声出来なかった。
「遠い親戚だけど、関係を表すとしたら一番の戦友が正しいわね」
「一番の戦友とはどの程度の関係でしょうか?」
「何も考えないで命を預けられるし、使ってやれる。親兄弟、結婚相手にだってこんなことは無理よ」
「承知致しました。お姉様とお呼びして差し支えないでしょうか?」
「いいわよ。それと、そんな堅苦しい言葉はいらないわよ」
「性分です、お姉様」
「そうなの? 分かった。ま、立ってるのはあれだから皆座って」
それぞれ近くの椅子に座る。ユーギトはまだ倒れているので隅の方にアクファルが転がした。
シルヴは天幕の奥に控えていた副官のイルバシウスを手招きで呼び、彼が酒を配ってくれた。
「彼の名前はイルバシウス。アソリウス島騎士団総長代理ガランド=ユーグストルの娘婿よ。娘は今、島にいるけどね、孫もいるのよ。そのガランド、家に仕えてたって聞いてるけど、名前に覚えはある?」
トクバザルは大きく手を打つ。
「あの根暗木偶の棒のお経従士ガランドか! どこぞで聖戦だなんだのと張り切って出てった馬鹿垂れの。貧乏傭兵団の不細工な娼婦に騙されて川底にでも頭突っ込んだもんだと思ってたら、騎士団の総長代理とおっしゃいましたな、やれば出来るもんだな。まだ生きとりますか?」
「戦死した。私が命令して出撃させて、ベルリクが迎え撃って殺した。去年の話になる」
焼いてこしらえたその頭蓋骨をセリンに贈ったらキレられて粉砕された、とまでは言わないほうがいいだろう。
「おまけにお嬢様の指揮で動いてカラバザルが仕留めた!? 因果なもんだぜ。おまけに娘っ子こさえただなんざ死んだ連中が聞いたら引っ繰り返ってたぜ。本じゃなくて女の股に擦り付ける真似もできるようになってたたぁ、もう傑作だぜ。冥土土産の冗談が一個出来た。しかし野郎、竿に干してる女の下着見ただけで赤面してんだぜ? 奴が惚れてた石工の娘の血ついた下着頭に被せてやったら酔っ払ったみてぇに暴れて肥溜めに突っ込みやがってよ! ギャハハハハ!」
酒が入ると年寄りの話は長かった。トクバザルのお下劣なガランドとの昔話が展開される。基本的にトクバザルが信じられないぐらいの下品な悪戯をして、ガランドがブチキレて棍棒ブン回してくるというような話の連続。遂には馬殴り殺されただとか、代わりの馬を盗むの手伝ってもらったとか。それでも結構な友情物語が、たぶん美化されて展開された。二人の初陣の話は中々感動的だったが、終始口汚いので田舎者のわりには上品なイルバシウスの顔が何ともいえない微妙な感じだった。締めくくりは「単騎駆けで大将首狙ってド派手にくたばるなんてやるじゃねぇか。俺の負けだぜ」と言っていた。
次には母マリスラの武勇伝が始まる。エデルト騎兵を挑発しておびき出して罠に嵌めたとか、新婚旅行では親父と親父の馬が倒れるまで国中走り回ったとか。遠乗り中の、後の王となる王子を追い越して「遅ぇぞノロマ、セレードの王子は農民か!?」って暴言吐いて、護衛の騎兵と追いかけっこして勝ったとか。貴族も集まる狩猟の会で、銃も弓も使わないで刀で白い牡鹿の首ぶった切って持ってきてご婦人方が目回して、武闘派貴族もドン引きしてたとか。とある包囲中の街の前で、捕虜を一人ずつ嬲り殺しにして開城させたとか。母側の血がちょっと自分は濃いかなぁって思う。ちょっとだけ。
それからシルヴの祖父の昔話に移る。大分酔ってろれつが怪しく聞き取り辛かったが、常に先頭に立って、絶好の機会を逃さず騎兵突撃をブチ当てて敵陣を崩壊させた事は数え切れず。突撃の最高回数は一会戦で十五往復。蒼天の神と目と耳を共有していて、戦況が空から見えて人間ではない神の言葉で理解していたらしい。そんな英雄でもエデルトの巨人女に殴り殺された。老いのせいじゃない、奴は神も殺す化物だとか言い始めた頃には半分寝てた。
アクファルだが、あの歳でかなり酒を飲んでたが平気な面だった。介抱するかのように見せて、のっそり起き上がったユーギトに次々と酒を飲ませてまた倒した。
トクバザルも大分昔話が出来て機嫌が良かったのか、飲んで飲んで酔い潰れてしまった。トクバザルを担ぎ、アクファルがユーギトを担ぐ。
「じゃあな」
「また来なさい」
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最後に模擬会戦を行う。
西軍司令官イシュタム。第一師団、憲兵旅団、第三師団。兵力は約四万八千。
東軍司令官ルリーシュ。第二師団、マトラ旅団、海軍歩兵、アソリウス軍。兵力は約三万。
名前だけ見ると西軍勝利は固い。ついでに頭数でも負けてる。兵力の不均衡は当たり前の話なので文句をつけるところではない。こっちには魔族化したシルヴがいる。監督官もあの弾着修正魔術による砲撃の威力はご承知だろうから、砲撃をさせた時は良い具合になるだろう。我等マトラの妖精達の勇猛果敢振りも分かってくれているのなら白兵戦に持ち込むべきか? 演習だと人目を気にしてやる感じでちょっと気持ちが悪いな。
セリンは演習に参加しないで見学しているだけなので直接頼りには出来ないが、海軍歩兵達にハッパがけをしに行ったのを会戦前に見た。
第一師団の竜跨兵が気になる。竜跨兵については思うよりずっと運用に制限があるとはイシュタムに以前聞いたが、話と実像が違うのはよくあること。どう働くやら。
両軍、距離を大きく視界外まで開けて行動開始。そして、自軍に有利な位置を見つけて何処で接触するか駆け引きを行う。実戦にはこれに補給線の切断、拠点確保、民間人への工作のような小手先の作業が加わるのだが、そういったお楽しみがここにはない。
イシュタムは散弾みたいに騎兵を繰り出し、その支援に歩兵もいくつか出して威力偵察をしてきた。西軍の騎兵のこういった行動によって我が東軍の散兵や斥候、伝令は次々と戦死判定で脱落。獣人奴隷の錬度は相変わらず凄い。遊牧に費やす労力は全て戦闘訓練に注ぎ込んだ遊牧民という感じだ。
各地には被害判定をする監督官が散らばり、部隊や兵士に全滅、死亡判定を出す。模擬戦闘では銃、大砲の使用は空砲で行う。槍や刀、銃剣の代わりに棒と木刀、木の銃剣を使用する。木の上に布を巻いたりして更に威力は下げる。矢は、鏃の代わりに丸めた布だ。しかし判定だけではこの演習はすまない。これだけ大規模に動くと事故は起こるし、模擬とは言え実際にぶつかって戦うので頭に血が昇る奴もいる。死傷者が出ている。魔神代理領では死人が出ないような演習は意味が無いとしている。
騎兵には歩兵が突き出す銃剣と槍の槍襖に、銃の連射によるとても長い槍襖が有効。騎乗射撃が得意な騎兵でも、やはり的が大きいので歩兵が優勢。騎兵で劣るので歩兵の方陣で対応させた。大砲も若干混ぜる。迂闊に近寄った騎兵には撃破判定が出る。騎兵に固執するイシュタムでもなく、歩兵も多めに出してきているので小競り合いになる。偵察、場所取りを小突き合いながら行う。
弾は込めないが大砲を連射し、戦列を組んで歩兵同士が向かい合って小銃を撃ちまくる。たくさんの銃が大量の火薬を消費して撃つのだから確率的に当然起こる。空砲だが質の悪い銃身、砲身の破裂事故が起きる。扱いが悪かったり、火薬に問題があったかもしれない。弾薬庫爆発みたいな大事故は無いものの、携帯火薬入れに火が点いて周囲を巻き込む爆発事故はあった。火薬の取り扱い事故、銃、大砲の暴発は当然起こる。
歩兵同士、空砲の撃ち合いに戦死判定は出るものの、屁のこき合いじゃあ決定打にならない。実弾込めたって花火で遊んでるみたいにしかならなかったことも戦史にある。なので歩兵による突撃が行われ、当然のように事故が起きる。刃の無い棒と木刀、木の銃剣だって骨は折れる。実戦と変わらぬ威力を発揮する銃床の打撃。目に当たれば潰れる、歯はボロボロ折れて落ちる。肋骨が折れれば肺に刺さって出血。実際に互いに殴り合うので白兵戦時の撲殺、圧死も当然発生した。殺害者への咎めは勿論無い。監督官がズルズルと長く殴りあいをしないよう判定を出すし、事前に相手を殺したりしないようにと注意はされているし、頼まれても普通の人間は敵でもない人間は殺したがらない。それでも死ぬ。
擬似だが騎兵突撃も行うので驚いた兵士同士がもみ合い、転んだ者を踏み殺すこともある。馬の制動に失敗して隊列に突っ込んで相手を跳ね飛ばし、踏みつけることもある。馬は賢くて臆病であるが、集団行動を取れば機械になる。
西軍は威力偵察を頻繁にしてくる以外では各部隊を大きく動かし、積極策である以上は何を意図しているか悟らせない様子。そして主力本陣はいつでも大損害必至の突撃をしそうな雰囲気を出している。下手に動いてこちらの陣形を崩せば危険で、かといって黙っていると包囲される。そんな感じ。
東軍は慎重策の防御陣形で、優位な高台に布陣してから動かない。それも手だが、防御のための防御しかしていないのだ。相手がちょろちょろと出してきた手をぺしっと叩いている、ただそれだけ。相手の意図を挫くことにはなっていない。これでは高台が棺桶に化ける。
突っ込んで敵戦力を具体的に撃破してくるから出させろと言っても、東軍大将ルリーシュは「まだ待て」と返事してくる。
どうせ戦わないなら撤退しろと更に返事したら無視しやがった。寡兵で消耗戦したって勝てるわけがない。いくら優位な高台に位置しているからと言ったって篭っていては負け難いだけで勝てないし、勝てないなら撤退だ。敗北を避けるのは勝利に等しい戦果だということを理解しているだろうか? そもそも演習だから撤退しないという頭が気に入らない。そのことを伝えてみても無視。盤の上で駒を転がしているのとはわけが違う。
いっそ背中でも撃って指揮権移譲でもさせるかと考えていると、探りに出した偵察隊が草やら地衣類を纏った隠蔽装備姿で戻ってくる。隊長ルドゥの報告では、海軍歩兵を目指して大きく前進をしている第三師団の歩兵は走り通しで息が上がっていて疲れているとのこと。それから、敵士官を空砲で狙撃しても監督官が無視しやがるから、そいつの帽子をふっ飛ばしてきた、だと。実戦的な小手先は演習で使えないことになっている。極限まで実際的な演習というものは不可能なものだ。仕方がない。
イシュタムは一番数の多い海軍歩兵に第三師団を対峙させて動きを拘束させる気だろう。海軍歩兵は数的に劣勢になり、そのまま対決させていると負けるので東軍は救援を出すことになる。救援を出さなくたって海軍歩兵が敗走すれば陣形が崩れる。そうして付け入る隙を発掘したところへ主力第一師団が突っ込むって物語に見える、先の騎兵での小突き回しでこちらの陣容に対応能力まで把握していると考えて良い。少数のアソリウス軍か、数は揃っているが一番弱い第二師団か、はたまた大損害覚悟で最強を崩して勝利を得るために我がマトラ旅団を撃破しにくるか? どちらにせよ、兵力で劣っているのだからどこか一軍でも戦線崩壊させられたらまず負ける。か細い上に腕の本数で負けたらもうどうしようもなくなる。
地図を見て、偵察隊とレスリャジン騎兵の斥候を複数の迎撃予定地点に出す。獣人奴隷騎兵の力は侮り難いので、足はレスリャジン騎兵に劣るが、生存能力は勝る偵察隊も混ぜる。彼等への命令は単純、第三師団本隊を確認したら最速で戻ってきて報告しろ、だ。見つけたら確実に第三師団の能力を喪失させるのだ。
そのように機会を伺っていると、ハゲ師団長ラハーリの、根性出して走ってる第三師団の隊列を発見したとレスリャジン騎兵の小僧が馬を全速で走らせて戻ってきた。汗まみれの小さい顔をベロベロ撫でてやる。突撃するのに良い相対位置になりつつあると確認できた。
海軍歩兵へこちらの側面突撃に同調するよう伝令を出し、アソリウス軍にはシルヴによる砲撃支援を要請する伝令を出し、本陣第二師団へは予備兵力としていつでも動けるよう待機と伝令を出す。泣き虫野郎は一歩が怖くて踏み出せないのだから、踏んでやる。あいつに任せてると雑草の肥やしになってしまう。
ラシージは残し、工兵と砲兵で即席要塞の増強を引き続き行わせる。人が抜けて陣形に出来た穴は土で埋めるのだ。そうして頭数は砲弾数で補って勝利する可能性を拓く。
小僧が担当していた場所までマトラ旅団を走らせて移動する。歩兵と騎兵の混合だが、妖精達は相変わらず粘り強い走りなので足並みは安定している。
演習とはいえ、戦列の先頭に立つのは興奮する。木刀なのが気に入らないが、ハゲ頭があったら血が出るまで殴ってやる。その前に”間違って”馬で轢くか。
「アクファルどうだ!? お遊戯だけど、派手だろ」
「はい」
アクファルは弓を持ってついてきている。木刀持って突っ込んでも良いと言ったが「必要があればそうします」だと。混戦で木刀ブンブン振り回すよりは、馬上から安定して矢を放ちまくる方が殺せる。今日は殺せないけど。
走り疲れた歩兵どもがヒィヒィ言っているのが心に聞こえてくる第三師団が視界に入ってきた。一応、いつでも戦闘になっていいように時間稼ぎ用の側面支援部隊も張り付いている。こちらに気づいて陣形を展開している様子はまだ無い。
視界外から高速で気づかれずに接近が出来た。つまりは奇襲成功。指揮官が新しい情報を得ていても、部下への命令が遅れればいい。兵達に命令が届いていても、動く前ならいい。とにかく実態が伴う前にぶん殴れれば奇襲は成功。
第三師団の直上には竜跨兵が飛んでいたようだが、既にイシュタムの下へ伝令に向かった様子で、尻というか尻尾が遥か遠くからこっちに向いている。これはマトラ旅団が抜けた穴を直ぐにほじりにやってくるだろう。速攻で第三師団を壊滅させないとダメだ。いくらラシージの即席要塞でも建設時間も短いし、二万超の猛攻には少ない守備兵では耐え難い。各部隊に第三師団攻撃による第一師団の行動開始の可能性を警告する伝令を出す。ハッキリしない情報だが、馬鹿以外には無いよりマシだ。他はともかく、ルリーシュが臆病ながらも頭が働くことを祈る。アテにしたくないが、する相手が他にいない。
海軍歩兵も側面突撃に間に合うようにやってきたので同時攻撃を仕掛けるという連携が成功した。
シルヴと少数の手勢が、撃ち下ろしがしやすい絶好の小高い丘から枯れ木や草で作った隠蔽を取っ払って現れた。大砲は二門、砲門数より場所取りを優先したようだが、大砲は魔族の馬鹿力で担いで持ってきたか?
丘からのシルヴの砲撃支援が始まる。普通の大砲だと命中精度に難がある距離だが、監督官が早速砲撃の効果を判定し始める。シルヴの大砲狙撃は彼等も知っているし、実際にブチ込まれた我々もラハーリのハゲも知っている。
「横隊整列!」
木刀を振りかざし、横に振って合図。マトラ旅団を横列隊形に組み替える。
「突撃ラッパを合図に発砲せずに接近、絶対に外さない至近距離で発砲しつつ白兵戦に移行。殴ってもいいが殺すな!」
第三師団は落ち着いて足を止め、正面と側面からの突撃に備えるように陣形を展開し始める。ただやはり行軍隊形から戦闘隊形へ急に移行するのは難しい。その上疲労のせいか動きが鈍い。おまけに急なことに指図が足りなかったようで、側面支援部隊がその隊形変化の煽りを受けて隊列を乱してしまう。
「突撃ラッパを吹けぇ!」
突撃ラッパを吹かせ、妖精達とともに射撃はしないで、側面突撃。あーヤバい、何人か頭叩き割りそうだ。
目標一直線。線上には慌てふためき抵抗する体勢も出来ていない雑魚の群れ。突っ込んで殴って踏み潰して、事故死傷者数の演習記録を塗り替えるんだ!
そして信じられないことが起きた。まだ陣形は整っていないが、第三師団の散兵がこちらへ誤魔化し程度の牽制射撃を行った。それはまだいいが、監督官のクソ野郎が、こともあろうかこのベルリクに負傷、戦闘続行不能の判定を出しやがったのだ。口は動くそうなので、指揮を先任連隊長に引き継がせた。
この思いをどうしようかと考え、その監督官の前で木刀を両手で持ってから膝蹴りで圧し折る。折らなかったら殺すまで殴ってたかもしれない。
「おいお前、俺があんな程度のヘボ射撃で倒れると思ったのか?」
「指揮官の突撃は常に危機と……」
「何回俺が先頭に立って、お綺麗に並んだ戦列歩兵の一斉射撃に突っ込んで士官の頭を刀で叩き割ってきたか知らないだろ? ああ、てめぇよ。その腰に下げてる鉄砲でほら、当たるか撃ってみろよ」
震えた監督官が――おそらく無意識――腰に下げた拳銃にちょっと触る。早抜きに拳銃でそいつを撃つ。
「ひっ」
空砲だ。
「あーくそ、酒飲んで糞して寝るかな」
その後、第三師団は壊滅的打撃を受けた判定は下ったものの、殿部隊を逐次出して後退しつつも海軍歩兵拘束という目的を達成。第一師団は第二師団目掛けて突進。アソリウス軍が時間稼ぎをするも、憲兵旅団が第三師団を支援して体勢を立て直させた。これ以上は無意味と敗北判定が下されて演習終了。
反省会ではルリーシュが命令無視とかほざきやがったが、予備兵力のお勉強してから言い返しやがれと言っておいた。あのスカタンボケ、第一師団が来ても第二師団を動かさなかった理由は優位な地形の保持だと言いやがった。第三師団に攻撃すれば撃破までいかなくても無力化できて海軍歩兵が解放されて動かせた。それから足の速いマトラ旅団でも第一師団にぶつけて時間稼ぎをして全軍が本拠地に下がる時間を稼げばよかった。それで攻撃されてもラシージが強化した即席要塞で守りつつ、シルヴも加えた砲撃で対処すれば第一師団の兵力ぐらいじゃ負けなかった。あの速度で駆けつけた第一師団に攻城重砲なんてデカブツが無いなんてのは常識で分かる話だ。兵力で負けても火力で勝てた状況だった。違う方法での勝利方法も言い続けていたらまた泣きやがった。
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演習後は、軍事演習で戦死した者達を遺族の下へ送る仕事が始まった。
マトラ旅団の死者は妖精なので、代表ということで県知事のミザレジに弔文を送り、墓地への埋葬手続きをするだけ。
他の各長は、訓練で兵士を死なせたことについてどんな言葉を遺族へ送るのだろうか? 考えただけで頭が痛くなる。そういう面倒なのマジ嫌い。兵士は死ぬのが仕事だから気にすんなって本音を送ったら問題になるし。
普通に戦争で死なせたのであれば、勇敢に義務を全う、などなど調子の良い言葉は出てくるが、訓練での死亡は中々そうはいかない。似た文言で弔文を作ってもいいとは個人的に思うが、民間人が訓練で死ぬ話を戦死と同列で理解できるかは別だ。
まあ、祝典行進中に落馬して首折って死んだ馬鹿の遺族に送る弔文に比べりゃ気楽なもんだ。昔、親父がそのことで色々悩んでたのを思い出す。
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