第33話「子たる王の妃」 イスハシル

 周辺部族の独立を保障し、戦力として確保しようとしたニズロムのアサルクム王子は、挙兵して支援勢力も得たはいいが直前になって怖気づいて降伏した。まるで潜伏していた反抗勢力を炙り出したかのようなやり方で逆に感心してしまった。そのようにして無抵抗で降伏したので領土、指揮権を剥奪してからその身をレーナカンドへ送還した。

 お騒がせな蜂起で、支援勢力の中で早々に諦めた者達は貴族に当たる者だけを選んで処刑するに止め、商人のような富裕層を貴族に格上げした。これでより一層征服した者達の間で確執が拡大する。

 中で唯一降伏しなかったサウラグ族はオルフの旧王との血縁関係がある者を族長として推戴し、オルフ全土の反乱機運を高めようとした。そこまでしたからこそ引っ込みがつかず降伏できなかったのだと思うが、容赦する理由になるはずも無い。彼らが足跡を広げる前に素早く包囲し、最終的に三拠点へ追い込んだ。砲撃で粉砕した後に、火矢で燃やし、降伏は許さずに生きた者も死んだ者も全員、街道沿いに吊るした。

 その後、サウラグ族の生き残りは貴賎を問わずに女子供もその街道に追加して吊るした。奴隷にもせず、彼らの村や街も全て焼いて”平ら”にした。それから各所に散らばっているサウラグ族の者を、またその子供も差し出すように触れを出した。容赦の無い者達がやる気になるよう、手間賃を払うことも合わせて知らせ、虐殺は一先ず完了。完全に根こそぎ殺すのは不可能で、完全に近づけるのも労力がいるのでしないが、反抗したらこうなるとオルフ全土に教えた。

 これを最後に内戦は終結。全王子の騒乱を起こさない意志確認、レーナカンドへの送還、塩漬けが全て終わった。

 父の軍はオルフ全土の治安維持のために分散させ、ペトリュクへの帰路についた。


■■■


 シストフシェ城門前。ペトリュクから出撃させた部隊も解散して各駐屯地へ帰らせた。

 この街へ帰ってきた気分は多少あるものの、所詮は異民族で同族がほとんどいない街だ。懐かしい気分も無い。

 シストフシェの住民はオルフ人。練り歩いて軍を見せびらかせ、花束を投げて貰おうなどと考えてはいない。何も期待せずに門を潜る。門衛はアッジャールの者なので素直に喜んでくれる。

 親衛部隊だけで宮殿へ直行する中央通りを進む。住民は逃げさり、在宅でも窓まで閉め、露店も片付けずに逃げ去って人通りが無くなる。孤児らしき子供がそれを機会にと食糧を盗み始めるが、部下に命じて排除させる。馬で蹴っ飛ばして、鞭で背中を裂いて地面に転がす。無法を許した心算はない。

 警備の兵士がポツリポツリとやって来て、武器を振り上げて歓声を上げる。それからその子供達を捕らえて、盗人へ法の通りに腕を圧し折る。物陰に隠れていた露店の店主の――ごく一部だが――平伏して礼を言ってきた。それからは犬が歩いているだけ。

 宮殿前の広場ではシビリ、オダルを筆頭に配下が諸手を上げて歓迎してくれた。派手に祝砲も鳴り、鳩が驚き、群れて飛び去る。

 馬を下りるとシビリがシストフシェ陥落時のような喜びようで駆け出して来た。目前で一旦、駆け出す勢いを消すように踏ん張って停止し、慌しく礼をしてから、うーんと力を溜めて、体当たりするみたいに抱きついてきた。何と言うか、年甲斐も無い。

「痛っ、カッチカチ!」

 胸甲をコツコツ叩かれる。他の王子ならばふざけた光景だが、もう毎度のことになっているので周囲も慣れたもの。

「素晴らしい戦果です殿下! もっと被害が出ると思ってたのに、ほとんど無血で勝利するなんて驚異的です! それとコレ! 超丁度良い具合に来ました。凄いでしょ!?」

 コレとは一体何のことか分からないが。

「何が凄いんだ?」

「あー? あーあーあ、そうごめんなさい。先走り過ぎました、どうぞ。私宛てなんですけど、殿下もご覧下さい」

 シビリから手紙を受け取る。簡素な物で、公式ではなく完全に私信の類。差出人の名が無く――何だ、ネズミの落書き?――ということは、無記名でも分かる相手、父からということだろう。

”シビリは内乱を鎮圧する努力をしろ。そのためのあらゆる行為は正当と認める。反逆者への処罰をそちらの裁量によって行うことを許可する。また最も大なる功労者へは、適任ならばアッジャールに準ずる”子たる”王位へ即け、事態を収拾せよ。即位させるのは内乱終結後か、終結に必要と判断した場合。とにかく全てはお前の裁量に委ねる”

 これを見せるということは”子たる”オルフ王に自分がなるということか。同様に子たる某王となった兄弟、弟たる某王となった近縁が何人かいるが、これで父の後継者に近づいたということか。

「おめでとう、子たるオルフ王イスハシル! 王領昇格おめでとう! 昇格したから人事異動、部署新設、指揮系統の変更確認とかあるけどやっぱおめでとう! 魔神代理領との交渉にもハッタリ利くから、まあ大したことないけどありがとう! 次は結婚式ついでに即位式でベランゲリに遷都だ! うわまた仕事量が凄いじゃん、私おめでとう!」

 シビリと違って思ったより興奮はしない。内戦で駆け回りながら、そうなるだろうとは思っていたからだ。

 内戦勃発前これに近い、関連するような内容の手紙が各王子に送られたのではないかと直感が告げてくる。

「シビリ」

「はい」

 名を呼ぶと、何か察したように澄ましたような顔になった。これはもう聞く必要はないと悟ってしまった。

「何でもない」

「はい」

 若干口を緩ませたので確信した。たぶん、暗に教えられた。あの内戦は粛清だ。父は統一皇帝を範とし、妻を蒼天の神とする。何十人もの女にそれぞれ子を産ませ、見込みの無い者は間引いてきた。そして実際に間引くのは父ではない見込みのある者で、内戦のような場合では経験を積ませると同時に名声も与えてきた。人間性を超越しなければ出来ないことだ。自分の子供を使って食い合わせるなんて、ただの父親なら出来るわけがない。

 そんな男の後継者になるのか?

 そして今抱きついている女は、そんなことをやって喜んでいるのか?

 その期待に添っている自分は、どうだ?


■■■


 小さな凱旋式も終り、忙しく次の体制に移行する用意が始まった。シビリは即位式と結婚式と遷都を同時にやろうとしており、その準備で忙しい。式の開催だけならまだしも、遷都と王領昇格による無数の手続きがある。

 シストフシェの宮殿にある執務室。まだ数回しか座ったことのない椅子に座り、執務机に向かっている。式はまだだが、立場が変わっただけに届く書類と手紙の量が凄まじい。他の兄弟から領土、指揮権を剥奪した分の負担がここに来ている。これらを仕分け、返事を書き、案件に対処するための命令文書作成など、とてつもない量になる。内戦終結直後だからこその内容も多く、安定期に入ったら入ったでまた何がしか増えるだろう。

 整理、助言、手書き作業等を補助する官僚がいなかったら本気で鼻血を噴出す自信がある。わがままをとにかく喚いたり、詩的なのかどうか知らないが読み辛かったり、雑談と変わらなかったり、完全に権限の範疇外のことを訴えてきたりと、読む必要性を感じさせないのに読む必要がある中身である場合がある。少しでも負担を減らす者がいなかったら鼻血で済まない……ある時思ったのは、天井から紐がぶら下がっていて、それを引っ張ればそういう馬鹿を処刑出来る機械があったら嬉しい。

 官僚機構が整ってないのに勤勉過ぎて、卒中で倒れる独裁君主の話は逸話にもなっている。そうなる気は無い。部屋の中には作業を分担する官僚が席についている。そういった官僚に全てを任せきりにするとまた官僚独裁、国益を無視して省益に走る、汚職し放題とか面倒な問題が出てくるが、今考えても仕方がないか。

 頭と手先を悩ます数多い手紙の中に、待ち望んでいたようで、見たくなかった物が紛れていた。後回しにしてくれればいいのに、仕事中に見たくない物だ。差出人の名が、ベルリク=カラバザル・グルツァラザツク・レスリャジン。アクファルの兄に当たる人物だ。読む前から何となく分かる。その前から予感はあった。

”親権は我が伯父トクバザルより私ベルリク=カラバザル・グルツァラザツク・レスリャジンに移りました。当方の都合により長らく返答をお待たせてしてしまい、申し訳なく思います。さて、イスハシル王子との縁談のお話、長く健やかに生きるという点を除けば素晴らしいものと存じ上げます。人心と政治の乖離、また不幸な同居は痛ましく、妹アクファルの身を考えればお断り申し上げるしかありません”

 長く健やか……人心と政治の乖離……不幸な同居……笑える。返事によっては強奪でもしてやろうかと考える夜もあったが、説得されてしまった。人によって聞こえ方は違うが、良い言葉じゃないか。胸にきた。

「フワッハハハハハ!」

 家族想いの兄じゃないかアクファル! 机をバンバン叩く。

「クウッフフフフフ!」

 良かったな、そりゃあ良い! それで良い! こっちも決まった。床をバタバタ蹴っ飛ばす。

 同室の官僚たちが呆けた面をしているので止めようかと思ったが、やっぱり続けて馬鹿笑いしているとシビリが人を連れてやってくる。笑ってる自分を見て変な顔しているが、どうでもいいか。

「何のようだ?」

「我等レスリャジ……」

 使者が礼をして、言いながら懐から出そうとした手紙を立ち上がって引ったくり、広げて使者に手渡す。

「お前が読め」

 レスリャジンからの使者の到着日時の都合が良過ぎる。アクファルがスラーギィから出て行くのを監視してたか? それとも暗殺の機会でも伺ってたか?

「は、わ、私が?」

「二度言った方がいいか?」

 脂汗をかいた使者が震えた手で手紙を持ち直す。下っ端でもマズいと分かる内容か? 更に笑えそうだ。

「偉大なるアッジャールの王、黒鉄の狼イディルの息子……勇壮美麗なるペトリュクの主イスハシルへ。オルフの騒乱を収めていくその手腕に感服するとともに、その指導力の恩恵に預かれることに幸福を覚えます……」

 気持ち悪い、実に気持ち悪い! 試しに読ませてみたが、信じられないほど気持ち悪い。

「聞くに堪えん、やっぱりいい」

 手紙を受け取って流し読みする。しっかり読んだら神経を患いそうだ。内容は要するに、いつまで待たせる、約束を守れ、アクファルが魔神代理領へ亡命したから結婚しろ、だった。言い訳はもとより、要求するという非礼をどうしたら誤魔化せるか無駄に頭を捻った美辞麗句のような何かのせいでかなり文章が長かった。雑魚のくせにこの程度のことでゴタゴタ抜かすとは暇な連中だ。だからこその雑魚か。

「シビリ」

「はい」

「必要な数を用意しろ。赤子だろうが年寄りだろうが、人間なら何だっていい。全て任せた」

「はい?」

「私はペトリュク領の主か?」

「いえ、子たるオルフ王イスハシル殿下。相応しい数と血を用意致します」

 シビリが父にしか見せないような顔を見せた。

 使者がわけ分からないという顔をしているので肩に手を乗せ、耳元で言ってやる。

「結婚してやると伝えろ。他所よりも精々着飾ることだ、ともな」

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