第31話「内戦」 イスハシル
いつもの詰襟の服、いつもの毛皮の帽子。その上に兜、荒絹の防弾衣、胸甲、革の小手。最後に刀を佩いて戦装束。
指揮官が敵を打ち倒す武器を携える時代は去りつつあり、振るう時代は去った。弓とは貴人の教養であり、文化としての狩りに使うものであって人に使う物ではない。ましてや銃など雑兵の武器であり、貴人が持つ物ではない。
しかし我々にはそれでもまだ、指揮官が敵を切り裂きに行く文化がある。何とも伝統深い。それが出来る勇猛な指揮官というのは分かりやすくて人気があり、名手となればこれに魅力を感じない男はいない。ただ、まだまだ必要とされるのにあっさりと死んでしまい、これからを潰すという危険がある。将来を有望されたのにあっさり敗死してしまった事例は山ほどある。
かつての誉れ高き統一皇帝とて我々ほどの人口は抱えたことはあるまい。この伝統で今、父に死なれてはアッジャールは千に砕け散るだろう。統一皇帝が出現する最後の機会であるかもしれない。もし自分が父を継いだ時でも同様であろう。
麗しき指揮官先駆けの伝統をどうするか? 継ぐかもしれないこの今もどうするべきか考えなくてはいけない。死をも恐れないでいいのは兵士までだ。伝統をどこで自然に切り替える? 今か? いや、まだ名を上げる必要があるから早い。それに王子の突撃は、味方を遮二無二に突っ込ませる方法として戦術的にも使える。封印すべきではない。この立場に生まれた以上は当然死ぬまで薄氷なのだが、策は無いか?
配下の軍の前面へ、馬に乗って出る。
遠くには行軍隊形を解きつつある敵軍。数はおよそ二万だが、右往左往していて見っともない。家畜の方が統率が取れてる。半数以上が徴集したオルフ人と見える。数合わせもいいところだ。使者を送らず、騎兵だけで突撃していればもう崩壊させていただろう。
使者を送った。その先は、かのみっともない軍を率いるメデルロマ領の兄弟、カラム王子。殴られた跡が見える顔の使者が持って帰った返事は、拒否。
昔から負けん気の強い奴だった。相手の顎を掴んで歯を圧し折れるぐらいに握力自慢だが、有効活用したという話は聞いていない。それから短気で喧嘩っ早い。性格と顔の割りには髭が薄い。もう少しくらい良い所があったと思うが、もう意味も無い。
塩詰めになった馬鹿が起こしたベランゲリの騒動を継起にした内戦が勃発している。オルフより本土に近いところの領地を長兄達が貰うのを眺めていた少年期の鬱屈が爆発したかのような暴れぶりには呆れる。
身内が戦い合うからこそ守ることがある。略奪、無用な建造物破壊の禁止は勿論、殺生は最低限にして内応者、降伏した者は寛大に扱うことだ。ただし、責任者たる王子には特別柔軟な措置を取る。時に権力者の首は奴隷より軽くなる。
我が方、ペトリュクから出してきた軍は八千。それから父の軍四万は大半が敵から見えない位置にいて、戦闘行動より道路と兵站基地の整備に当たっている……この四万、もし見えていたらもう降伏していたか?
砲兵展開。持ってきた大砲の内、百門を射程距離に並べる。残りは並べるのに時間が掛かるので予備待機。
敵が自殺するような突撃――士気が低くて無理だろうが――に備えて歩兵に防御体勢を取らせ、もしもに備えて騎兵を後方配置。指導者が馬鹿でも参謀が優れている時がある。
敵、カラム軍が陣形展開。中央に主力の――崩れた形の――突撃縦隊、側面防御に騎兵を配置し、後方に王子の親衛隊となっている。何故か砲兵が見当たらないが、馬鹿なんだろう。
カラムは突撃縦隊による中央突破で大将首、自分イスハシルの首を狙ってくる様子だが、牽制射撃をしなくてもここまで歩いて来れるのか怪しい無秩序な雰囲気だ。放っておいても将棋倒しになって全滅しても意外ではない。
蜂起をするのなら準備を整えてからにしないのが不思議だ。機を逃さない迅速な行動と軍備を整えておくことは並立するというのに。
狼煙で合図を送る。
カラム軍突撃縦隊が前進を始める。砲兵隊に全力射撃させて牽制する。届かなくても、目の前で轟音を立てて砲弾が飛び跳ねていたら人間というものは恐怖する。そうではないイカれた人間は稀にいるが、大多数ではない。
相手はおっかなびっくり射程に入り、先頭の兵士……槍持っただけの農民が粉砕される。これだけで足並みが乱れて動きが止まり、押し合い圧し合いになって勝手に転び始め、仲間を踏み殺す。恐怖しても訓練と統率で仲間の死体を踏んで進むことは可能なのだが、そうではない逃げ出す者が道を塞ぐ味方に襲い掛かって同士討ちを始めた。これで動きが止まったので砲兵の弾着修正が容易になり、その押し合い圧し合い同士討ちで更に農民どもが密集しているところへ砲弾が降り注ぐ。調理前の肉を叩いて柔らかくしているような気分だ。このように正気まで吹っ飛び、足が止って余計に死ぬ。
送った狼煙の合図で、左右から父の軍の騎兵が一万ずつ援軍にかけつけ、カラム軍を半包囲状態にする。状況次第だが、出来るだけ突撃は仕掛けないで威圧させるよう指導してある。数を多く見せる為に旗は多めに持たせてある。
カラム軍突撃縦隊の側面防御をしていた騎兵が増援部隊を見て反転して逃亡を始めた。
カラム軍の混乱が素人でも良く分かるほどになった。突撃縦隊からの逃亡兵をカラムの親衛隊が撤退阻止しているが、後ろに逃げるのが横に逃げるのに変わるだけで意味が無い。
砲撃停止命令を出し、改めて周囲の状況を確認するための斥候を放ってしばらく待機してやっていると、降伏を告げるカラムからの使者がやって来た。馬鹿の部下とはいえ、部下に咎は無いので丁重に迎える。降伏を受け入れた。
統治体制の整備、主だった枠組みの完成が馬鹿どものおかげで遅れている。
頂点に我々アッジャールが君臨する。
その下に婚姻と圧力で服属させた少数民族達がいて、征服された者達を直接統治する。
征服された者達の中でも利害に聡い富裕層、商人達を優遇する。金の流れが止まらない限り、簡単には逆らわないのが彼らだ。
都市部の人間からは荒くれ者、はみ出し者を集めて非正規治安維持部隊として国内を回らせる。物理的な憎悪を彼らに集中させる。行き過ぎた取り締まるをするそいつらを我々が軍を使って取り締まると、なんと現地人から感謝されることすらある。
農村部の人間はひたすら労働に励ませる。何も考えなくていい。
都市と農村の人間の意識の差は同民族とは思えないほどの差がある時はある。土地によっては単純に民族が違う。この非正規治安維持部隊に農村の人間を殺させ、決定的な決別をさせる儀式が済んでいない。儀式はおろか日が浅過ぎて部隊結成も済んでいない。
残りの馬鹿どもも必ず、この自分が打ち倒して回る。勿論、被害は最小限。
カラムが白旗を持つ旗手に護衛の騎兵までつけて、堂々と降伏しに来た。負けるという意味が分かっているのだろうか?
シビリから預かった手紙を開く。即時降伏の場合と、それ以外の場合について書かれている。それ以外の場合を開いて読み上げる。
「黄金の羊シビリの代行者たるイスハシルが宣告する。”黒鉄の狼イディルの盟友、黄金の羊シビリが付託された権限を持って王子カラムをレーナカンドの墓地に埋葬する”以上」
それから「処罰はカラムだけだ」と言うと、旗手と護衛は引き下がる。
見る見る内に顔を真っ赤にしたカラムが刀を抜いてデタラメに叫ぶ。全く何を言っているか聞き取れなかったが、その必要性は感じない。
イリヤスの指示で、石突の方を先に槍を構えた兵士達がカラムを取り囲んで突いて牽制しては、刀を持つ手を打ち、一人の兵士が柄を脇の下に潜り込ませて振るい、連携したほかの兵士が手に手綱を打って手放させ、落馬させる。それでも無駄に頑丈でしぶといカラムは、槍の柄を刀で切り落として反撃に転じようとしていたりと頑張っている。さっさと射殺出来れば楽なんだが。
イリヤスが「怪我するなよ」と指示し、兵士達はカラムからは距離を取って、槍の柄が切られたら引く、柄が掴まれたら離して引くなどして刃からは逃れるように動くことしばらく……飽きてきた頃に毛皮巻きの棍棒を持ったイリヤスが出て、疲れて動きが鈍ったカラムの膝を二回殴って跪かせる。そして叩き伏せるように背中を殴り続け、低く呻いてうずくまるだけになる。
その隙に刑吏が、カラムを棺桶に生きたまま塩漬けにする作業を済ませた。そして塩漬けカラム入りの棺桶をレーナカンドへ送り出す。
メデルロマ領に父の軍の一部を駐留させる。治安維持だけでなく、防衛用だから数は多めにする。父の軍予備十六万から二万を割いて当てる。攻撃する気が起きなくなるぐらいの数を配置するのだ。状況を見て部隊を抽出するが、まずは確実に二万。
各王子達を潰して回るのなら今の戦力、六万八千で十分。しかし、睨みを利かせつつ防備を固め、最小限の被害でオルフ全土を鎮圧するのならば予備十六万は必要。
カラムが徴集したオルフ人は戦力にもならず邪魔なので、食糧を持たせて家に帰らせる。
旧カラム軍を整列させて閲兵する。死んだのはオルフ人だけで、彼らはほぼ無傷の一万。その顔を見て回り、一通り目を合わせる。全員でなくともいい。集団の一部を引き込み、その一部に残りを引き込んでもらう。
「王子カラムはアッジャールに弓を引いた反逆者である。王子と王子の戦いなどに正統性は無い。領地は黒鉄の狼イディル、そしてアッジャールの所有物であって王子の物ではない。一時的にその地の管理を任されているだけである。それを奪い合う権利はアッジャールに属している以上は無い。もしその権利があるとすれば、それは敵のみである。よってカラム王子は敵だ。敵だから征伐され、処罰された。カラム王子に従った将兵諸君は敵であったが、今はもう違う。君達は戻った、黒鉄の狼イディルの軍に、アッジャールの子に戻った、心配することはない。もう誰が敵か味方かを疑う必要は無くなった。王の旗の下に戻れ!」
兵どもの目付き顔色がガラりと変わるのが分かる。それらしい言葉を吐けば、魔性の声が恐ろしい力を発揮してくれる。もうこいつらは自分の兵だ。
カラムの処刑と、完敗したカラム軍の様子をオルフ中に流布させるよう情報員に指示を出す。カラムは生きたまま塩漬けにされてレーナカンドへ送られたこと、旧カラム軍を加えた二十五万を数える”王の軍”が内乱を鎮圧しに動いていること。嘘を吐く必要がないほど圧倒的だ。これで矛を収める王子が出てくればいいが……いや、出ない方が?
砲兵と補給隊とは足並みを揃えず、旧カラム軍を加えた七万八千でツィエンナジ領へ高速で進軍。後から続く予備十四万が砲兵と補給隊を道すがら守ってくれる。
シビリが物資調達を差配してくれているので、これだけの大軍とはいえ食糧事情は良い。いくら各領を王子達が統治しているとはいえ、そこの官僚は全てシビリの部下だ。物資は敵対領地からも運び出され、そこを通過する。補給隊がいなくても敵領からの補給がある。
■■■
斥候から敵ファバット軍の斥候に接触したと報告が上がる。ついこの前まで友軍だったせいで、つい仲間だと思って話し込み、敵同士と互いに思い出して別れたそうだ。ありそうなことだ。
七万八千の我が軍は、ブリャグニロド領進攻中のそのファバット軍に食らいつくために進む。同盟のカラム軍との合流が無くなり、さぞ心細いだろうからこちらが合流してやる。
ファバットは昔からカラムの舎弟みたいな奴だった。あまり接点は無かったが、自分より強い者には従う性分だったと記憶している。
ファバット軍が出て行ったことで留守になった彼のツィエンナジ領には予備十四万から二万を割いて向かわせる。戦闘は極力せず、脅しを掛けるように指導。未来の部下を殺してはいけない。
所詮は反乱勢力、領土は浅く、軍に余裕は無い。少数兵力は悲しく、何をしてもダメで、何も出来ない。降伏を告げる使者を出すから、自覚してくれよ。
戦闘になるという前提で行軍。斥候からはファバット軍の位置情報が次々と届いてくる。そしてある時、続けてファバット軍行動停止の報に変わる。迎撃か? 観念したか?
そしてファバットが白旗を持ち、一人で命乞いにやって来た。道案内を買って出たのか、こちらの斥候が案内についている。観念したようだ。
シビリから預かった手紙を開く。即時降伏の場合の方。
「黄金の羊シビリの代行者たるイスハシルが宣告する。”黒鉄の狼イディルの盟友、黄金の羊シビリが付託された権限を持って王子ファバットより領地及び軍指揮権を剥奪する。また王子ファバットはレーナカンドにて謹慎するように”以上」
ファバットにはツィエンナジ領に予備から割かせた二万の兵に警備を交代させる伝令を出し、それから旧ファバット軍に、この”王の軍”に参加するようにも伝令を出すよう指示すると大人しく従った。単騎で降伏しにきたぐらいだからもう腹は括っていただろう。
カラムとファバットが狙っていたのはブリャグニロド領だ。そこの王子タフィールは純粋な防衛行動で軍を出したという情報が既に上がっていたので、話し合いで済むと思う。
使者を派遣する。降伏勧告を行って正気を保っているタフィールを挑発する必要はない。他の馬鹿王子とは違うのだ。だから自領防衛のみが目的であるかという問いと、防衛力として一万を派遣できるがどうするか? という問いの二つだ。
タフィールはアッジャールの王子にしては性格に攻撃的な部分が足りない者だ。この征西に参加することに乗り気ではなかった。反対ではないが、従軍は義務以上の何物でもないという顔をしていたのを覚えている。
自分の評価が間違っていた場合を想定してブリャグニロド領へ進軍して圧力をかける。その代わり領境へ到着する前に使者が折り返して来れる早さで、砲兵と補給隊と旧ファバット軍と合流をしながらゆっくり進軍。
道中に旧ファバット軍八千が加わり、将軍等と顔を合わせる。少なくとも顔と声に反抗する色を出さずに忠誠を言ってみせた。これで八万六千。
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タフィールに送った使者が戻ってきて、自領の守備に専念するという返事を貰ってきた。また、防衛力一万の受け入れを要請してきた。予備十二万から一万を割いて派遣する。もしこの一万を拒否した場合の、あらぬ疑いがかけられる可能性を考えればタフィールなら受け入れると思った。やましいところが無ければ、ということである。
斥候からはカラム、ファバット同盟軍を迎撃するために行動していた軍を引かせ、そして徴集したオルフ人の解散をしたことも確認したと報告が上がる。事実確認も出来た。
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使者の行き来で話が済むこともあれば、どうしても血が出るほどぶん殴らなければいけないようなこともある。それでも何とかはしたいが。
ペトリュクの留守を預かるオダルから救援の伝令が来た。ヴァリーキゴーエ領のベクラム、ノスカ領のレフシャーの同盟軍がペトリュクに攻めてきているそうだ。両軍合わせて五万以上になるというが、しかしあの馬鹿二人組、散々こちらの二十五万の軍が動いているという情報を流した後だというのに何をやる気になっているんだ? 留守を狙うのは常套手段だとはいえ、ペトリュクにシストフシェが焼かれたところで特に悲しくも何ともないというのに何を考えているのか。
二十五万の”王の軍”を維持しているのは、黒鉄の狼イディルの将兵、黄金の羊シビリの官僚、アッジャール全体である。ペトリュクが欠けたところで如何ほどのこともない。このイスハシルとその軍など極々一部で取るに足らず、そっくりそのままこの世から抉り取ったって何も変わらない。この一手が内乱を制圧して回るうるさい連中を止める方法か何かと勘違いしたのだろうか?
牽制になるかは不明だが、ペトリュク救援要請に他の王子が応じたという噂を流させる。とにかく大勢の名前を出してやる。
焼かれてもいいペトリュクではあるが、馬鹿に踏み荒らされるのは気分の良いものではない。何より、防衛任務についている直接の部下達の命が大切だ。砲兵と補給隊とは足並み揃えずに強行軍で向かう。
一芝居を打つ。自分が行軍隊列の最後尾から短く激励の言葉をかけていき、最後に先頭へ立ち、先導する。こうすると皆まるで綱に引かれる盲にでもなったように早足でついて来る。
こちらから出した斥候と、オダルが放った斥候双方が集めた敵軍の情報が入る。ペトリュクへ向かう敵同盟軍はシストフシェ手前のイドレブ駅で合流するように進んでいる。また都市攻略用の攻城重砲を曳いているので、街道はその砲兵に占領されて足は遅い。そしてベクラム軍は徴集したオルフ人が大半を占める四万。レフシャー軍は正規兵のみで一万二千。
旧カラム軍、旧ファバット軍一万八千をベクラム軍とレフシャー軍の合流予測地点に向ける。合流は阻止しなくてはならない。流石に五万が一塊になったら厄介だ。
ベクラム軍の後背へ父の軍二万を向ける。ベクラム軍を挟み撃ちにするよう、同時に補給線を妨害させるように指導。更に合流地点と、ベクラム軍後背へ向かった軍の中間地点に軍一万を予備につける。
イリヤスに残る歩兵と補助に少しの騎兵をつけてレフシャー軍正面に向かわせる。状況が動くまで牽制をするよう指導。
そして自分が残る騎兵を率いてレフシャー軍の後方に回る。
ペトリュクに残るオダルの軍に、レフシャー軍を攻撃するよう伝令を、狩られても良いように複数飛ばす。
この辺りは平原が多いので素早くレフシャー軍の後方に移動。彼らの補給隊は警備が薄く、包囲して脅せば直ぐに降伏していった。馬車の積荷に攻城重砲用の大型砲弾に大量の火薬が目立った。
イリヤスから伝令。レフシャー軍の牽制を開始したそうだ。
道なりに前進し、イリヤスの軍の牽制を受けて方陣形へ展開中のレフシャー軍が見える位置についた。相手は大砲の発射用意も進めている。方陣とは防御的だが、ベクラム軍の勝利と救援に賭けるのか?
散発的に牽制射撃の銃声が聞こえるが、本格的戦闘は開始されていない。補給線を切ったおかげで弾薬不足なのか、大砲が一発の砲弾も吐き出していない。
待っていたオダルの軍が到着。オルフ人を徴集したようで予想以上に大勢になっている。さて、圧倒的多数で両軍とも包囲してやった。
レフシャー軍に使者を送る。今この時点で、無抵抗で降伏するのならば処刑はしないと一言添え、返事を待つ。
……使者がなかなか帰って来ない。殺したのならそれらしい反応もありそうだが、完全に無反応だ。
護衛を連れ、狙撃されない程度の距離に、レフシャー軍の方陣に近寄る。
「レフシャー王子の将兵諸君! 君達は今、四万の”王の軍”に包囲されている。ベクラム軍も同じく”王の軍”に包囲されている! 勝ち目は無い。また君達を包囲している以外には十万以上の”王の軍”が控えている! 戦っても負けるだけで全く意味が無い。もし今死んでもまったく無価値、不名誉だ。父と祖父に不名誉な息子の姿を見せるな! 降伏せよ!」
兵士達に動揺が見える。今なら撃たれまい。
護衛達を手で制し、単騎で兵士達の目の前へ行く。刀を振るわぬ王子の突撃だ。
「武器を捨てて降伏せよ! 抵抗せずに降伏したならば何の咎も無く、また諸君等はアッジャールの栄光ある軍に戻れる。将兵諸君戻って来い! 黒鉄の狼、アッジャールの王イディルの旗の下に戻って来い!」
兵士達の顔から戦意が失せたのを確認した。命令も無く武器を収めたり、地面に置き始め、中には座り出す者もいる。徴集されたオルフ人ならこうはいかない。正規兵の素直なところだ。
そうこうしているとこちらが送った使者と、レフシャーがともにやって来た。そして諦めたように溜息を吐いて、刀を抜き、自分の足元に放って投げた。約束は守る。
「黄金の羊シビリの代行者たるイスハシルが宣告する。”黒鉄の狼イディルの盟友、黄金の羊シビリが付託された権限を持って王子レフシャーより領地及び軍指揮権を剥奪する。また王子レフシャーはレーナカンドにて謹慎するように”以上」
これからがまだ忙しい。包囲陣、そしてベクラム軍にレフシャー軍降伏の報をいち早く伝えるための伝令を直ぐに出す。
レフシャー軍に武装解除をさせ、監視の軍を置くよう指示を出す。それからベクラム軍を下すために残る全軍を全速力で向かわせる。勿論先頭には自分が立ち、走る。
そうしてベクラム軍包囲陣に到着したら、戦いは既に終わって武装解除がされていた。
そして王子が既に捕縛されているということを聞き、ベクラムに会いに行く。配下の将軍に徹底抗戦に玉砕まで叫び、捕まったらしい。馬鹿の末路はいつもこれか?
会いに行ったら、縄をかけられて捕縛されても諦め悪く暴れるベクラムがいた。これくらいの理解力の無さを持っていないとこういう馬鹿な反乱は出来ないのだろう。
「黄金の羊シビリの代行者たるイスハシルが宣告する。”黒鉄の狼イディルの盟友、黄金の羊シビリが付託された権限を持って王子ベクラムをレーナカンドの墓地に埋葬する”以上」
刑吏の馬車を待つ。ベクラムは男らしく言い訳などせず「イスハシルてめぇぶっ殺す!」「決闘で勝負をつけるぞ、掛かって来い臆病者!」と騒ぐ程度で気にならない。しかし決闘とは、自分はあくまでもシビリの代理で軍の指揮をしているだけだというのに、これが個人意志の行動に見えるのか? 個人意志ならすぐにでも殺してやっているというのに。
刑吏が到着し、準備させてあった相撲の得意な巨漢の兵士にベクラムの首を優しく絞めさせて失神させる。カラムのように殴り倒すのはあまり良くないのだ。
刑吏がベクラムを棺桶に入れて塩漬けにし、レーナカンドへ送る。
降伏したベクラム軍、レフシャー軍を指揮下に入れる。もちろん徴集されたオルフ人には食糧を与えて故郷に帰らせる。
ベクラム軍、レフシャー軍の敗残兵達に顔を見せ、また前と同じように声をかけていく。それで負けた色が消え失せたのが見てすぐに分かった。父の魅力は常人の限界にあるが、自分はそれを越えた……いや、それは思い上がりすぎか。
降伏軍を確保したので、父の軍の十一万から二万を割いてペトリュク領に置く。こんなことがある度に強行軍などしてられない。またヴァリーキゴーエ領、ノスカ領へも二万ずつ派遣する。
そして次の情報――全くキリが無い――チェリョール領のガズレル、アストラノヴォ領のニザミトが疑心暗鬼になって軍を出し、領境の村で睨み合っているそうだ。
戦闘を始めた者は必ず処刑すると警告する情報を流布させ、また直接使者を向かわせる。
仲裁しに進軍、まだ続く……自分のためにならないのなら仮病で寝込むところだ。
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