第28話「一挙両得」 ベルリク
第一発見の部落での商売は終わった。そこでの情報収集の結果だが、そこの偉そうなおっさんに聞いた以上の話は出てこなかった。詳しいことを聞きたいのならいつも動き回って新鮮な情報を持っている遊牧民に聞いた方がいいらしい。川沿いに北へ行けば、遊牧民が家や工房を持ってる村があるそうだ。
今後の付き合いを考えて案内人を雇う。道案内よりも顔通し役としての活躍を期待する。これで次の村の初めの対応が違う。誰が相手だろうが友好が第一だ。第二と言えばぶち殺すぐらい。第三は勉強していない。
川沿いに、流れに従って北上。日が暮れる前には村に到着した。案内人がこちらの紹介を代わりにしてくれたので騒動も無く村に入れた。
部落の資金力じゃ売れ残りが当然あったのでここで残りを売りさばく。次の村か部落か何かに渡る口実は羊毛の仕入れにするか?
塩はやはり大当たりであっという間に売り切れ。予約で買うとか言い出したが、それは流石に断る。
リーデルくんは部落でさえ売れなかった物が村で売れることは無かった。代わりにイスタメルで売れそうな羊毛の買い付けをしている。利益は十分出る計算らしく喜んでいる。マトラで売れればとボヤいているがそいつは無理だ。取り次いでもやらない。
売ってばかりなのも何なのでお土産を買うことにした。セリンには頭巾かと思ったが、普通の頭巾ではあの髪の量相手じゃちと物足りない。幸いこの村には工房があるので特注の頭巾を頼んだ。四枚の頭巾を一枚に繋ぎ合わせ、繋ぎ目が目立たないようにしたい。似たような色合いと刺繍の物を工房のおばちゃん達に選んで貰った。髪が太くてかなり長い女で、並みの頭巾じゃ格好がつかない状態だと説明――セリンの場合は意味合いがかなり違うが――すると料金も合わさり、それ以上にそんな素敵な女ならと張り切ってくれた。きちんと繋ぐなら明日の昼まで待って欲しいと言われたので、今日はここに泊まる。
他にお土産を渡すとしたらルサレヤ総督だが、目上過ぎる上に化物で超絶三桁ババアなので渡す物が想像つかない。出せるお土産は情報以外に思いつかない。ボクの無事な体ですと言っても適当にあしらわれるだろうし。酒飲んだっけ?
シルヴはどうしようか? 女らしい物は身につけないわけじゃないはず。しかし想像がつかない。アレしか無いか? むしろアレが一番喜ぶ。覗き見する奴がいることを前提にちょちょいと手紙を執筆。短文明快でよろしい。
問題はラシージだ。お仕事ご苦労様、と渡す物が……ルドゥを手招きで呼ぶ。
「何だ大将」
「ラシージって男? 女?」
「さあ、親分はどっちにも見えますね」
妖精に聞いても分からない。身近なのに謎だらけ。そして、自分からの贈り物ならば嫌でも受け取り、服飾系ならば身につけることだろう。あいつは感情が読めん。セリンは分かりやすいのに。
土産に悩むのは疲れるので止める。本業に移る。
血縁の力は強力なもので、他人相手なら教えないことまで教えてくれる。これで手っ取り早いのが、レスリャジン氏族の中でも自分の親戚連中を当たることだ。自分の用事を済ませると同時に仕事も済ませてしまう。一挙両得である。色々。
それに母が生きているか確認したい。別れて以来手紙のやり取りは一切無く、セレードを出て行った遊牧民の噂が入ってくることはあったが、個人的な噂は無い。それに母は身分が高くはなかったので尚更噂にならない。こちらから行動を起こさないと見つからないだろう。
セレード人貴族、イューフェ・シェルコツェークヴァル男爵、ソルノク・グルツァラザツクと結婚した、レスリャジンのマリスラを知っている者はいるかと尋ねて回る。
まずイューフェ・シェルコツェークヴァル男爵なんてものを知っている者は村にいなかった。一発で聞き取って発音出来た者もいない。まああんな田舎の、地元の農夫しか通らない関所もどきを管理している貴族なんて国内でも知ってる奴は少ない。
初老の爺さまが、のそのそ熊みたいな体を揺らしてやってきた。見覚えがあると思ったらそいつの服は遊牧民の詰襟上衣に似た意匠の旧セレード王国騎兵の軍服だった。旧王国軍が解体されるまで父も着てた。同君連合から二十年に迫るのにわざわざ新しく仕立てて着ているということは筋金入りだ。国内にもそういう年寄りはいる。意地の置きどころは意外と色々あるものだ。
「お前さん、ソルノクのクソ長い田舎の名前知ってるたぁ、どこのもんだ?」
「地元だ。あんた良い”べべ”着てるが……あ?」
そういえば覚えがあると思ったら、白髪になって顔に傷が増えて分かり辛かったが、
「トクバザルの伯父さんか? 俺、カラバザルだ。ベルリク・グルツァラザツクで、レスリャジンのカラバザル」
「お!? うおー! あの生意気チビ助のカラバザルかぁ! この野郎、最後に俺の鞍にクソ垂れ盛りやがってテメェ! ガキの嫌がらせにしたって何だありゃ!?」
頭に抱きつかれて、ボンボン叩かれる。
「何時の話だてめぇクソジジイこら! 老けすぎだ、すぐ分かんねぇんだよ、早く死ね! もう死んでんのか?」
「誰がくたばるか! まだ朝にゃ股座が活き活きしとるわ! 結婚したのかお前!?」
「まだしてねぇよ! 俺にゃやることが山ほどあんだよ。おめぇの余生百回あっても足りねぇよ!」
「かぁクソガキめ、甲斐性なしのオカマ野郎! あんなもん女の股開いて突っ込めばいいだけじゃねぇか! ついてんのかおめぇ、何面倒臭がってんだ!? 右手鍛えんのもいい加減にしろ! 面倒臭ぇのは全部親父とか親戚とか女の方にぶん投げるんだよ! 何のためにぶら下げて生まれてきたんだよ! やりたくねぇことは全部女にやらせろ!」
「知るかボケ! そんな相手なんぞいらねぇよ!」
「あぁ!? おめぇじゃじゃ馬がいいのか? あ、まだおめぇベラスコイんとこの娘っ子あれ、名前知らねぇけどアレなのか? もう良い歳で結婚してるだろ!」
「シルヴはしてねぇよ! あー、てめぇクソバザルに関係ねぇだろが!」
「何だてめぇ、クソバザルはてめえだろが!」
絞められている頭を抜き、背後に回って帯を掴んで裏投げ、踏ん張られて失敗、このまま投げようとしても疲れるだけ。手を離して距離を取る、失敗、半回転したトクバザルに脇を差され、下手投げで転がされる。勢いは殺さないで起き上がる。
「はぁクソガキめ! ジジイに相撲で負けてんじゃねぇよ!」
「アホかボケジジイ! 戦いってのはくたばった方が負けなんだよ。あんなもん怪我もしねぇじゃねぇか」
「ああじゃあやってみるか!?」
「おおいいぜ、ルドゥ!」
「構え!」
偵察隊の内三名がトクバザルに銃口を向け、四名が周辺警戒、もう二名が小屋の屋根に上って脅威目標探索、ルドゥが抜刀して自分の側に寄る。二つ数える前にこのようになった。
村の人間もリーデルも異常事態に硬直する。ラシージの工兵は、慌てず騒がず武装して馬車の周辺で警戒。
「ジジイ、これが俺の実力だ」
「ゲェッハハハハハハ! なんだカラバザルおめぇ、なんつー軍隊持ってんだよ! 妖精連れてんのおかしいってのは分かってたが、あー、お前があれか! お前がイスタメルの”三角頭”の親玉か! ってぇことはだ、出世か! 何だ、城主って言や連隊長か、大佐かぁ? 農民とどっこいの男爵の馬鹿息子が大佐ぁ?」
「もういいぞ」
頷いたルドゥが出した行動終了の手の合図で妖精達は戦闘体勢を解いた。
「今は兵隊六千の旅団長だ。将軍閣下と呼べ」
「ああ? 何だお前、更に親衛軍か!」
「違う、情報古いんだよ。州軍の編成が変わったんだよ」
「はぁ、てっきりソルノクの後継いでセレード王国軍……は解体で全部統合されたんだったな。そっちどうしたんだよ」
「前の大戦でよ。知らねぇ内に第四王子巻き込んで死なせちまったので降格、それから辞職だ」
「おう更にスゲェじゃねぇか! 糞垂れエデルトの王子ぶっ殺したなんて勲章もんだぜ! ヘボ王の墓に報告したか?」
セレード王国最後の王。根暗で軍隊嫌い、文弱でいてその文と言っても芸術娯楽分野でそれを外交に使いもせずに引き篭もり、諸侯への騎馬育成費の補正予算と大劇場建設の費用を巡って兄王を謀殺して玉座奪取。そりゃエデルトも、俺王様にしてみない? と兵隊送ってくる。
「俺奴嫌い、小便かけたい。あ、噂だけど墓掘り返して死体をまた切り刻んだとか、犬の死体抱き合わせたとか面白話がある。まあいいや、それで辞職してイスタメルにフラフラって行ってな……」
「あーカラバザル、話長くなるから場所替えようぜ。俺の家で飯食えや、んで泊まってけ」
「ん? おお、そうだな」
家に来いと言ったが、その幕舎は二十一人入れるにはやはり狭いので場所は外に変更。広場に椅子を出して適当に座り、女達が食べ物や酒を用意し始める。それから他の親戚にも再会するが顔も名前もほとんど覚えていない。逆に向こうは覚えていたりするがそんなものだろう。
「あー続きはそんな長くもないか。ルサレヤ総督に声かけて、城が欲しいって言うからよ、俺がささっとバシィール城取ったんだ」
「それだよ、噂の単独城取り話。魔族が単騎で切り込み掛けて大将首取ったってありそうなよ、そんな普通の話が広がんのが変だったんだ」
「あれはな、俺が本当っぽい嘘並べて口説いて降伏させたんだ。で、念のためにそこにいた奴隷の妖精達使って拘束。城を引き渡していきなりそこの城主に抜擢だ」
「口先で城取りか! そりゃ噂になるし、嘘くせぇからありそうな話にすり替わるわな」
「それからはアソリウス島の戦争で普通に大活躍。で、それから妖精の軍隊訓練して、そして今イスタメル以北の調査中。情報くれ」
「情報くれ、か。もう少し色っぽい言い方あるだろ」
「うっせぇジジイ。若者に無駄にうだうだ喋るの得意だろ」
「はっ! 順を追って話すか。セレード抜けて、西は蛮族が混雑してて行くわけにはいかない。北は人が住める場所じゃない。南はバルリーの山岳要塞。で、東に行った。そこにいたオルフ人の争いに傭兵になって食い込んだ。抜けたはいいが最初は道すがら略奪しないと食っていけない状況だったしな。奴等の子飼いになったら馬鹿見るからな、傭兵片手間に新天地探して、見つけたのはオルフの南の森に沼地を抜けた先の草原、ここだ。蒼天の神の恵みかと思ったもんだ。更にその南にゃ深い森と高い山で隔てられて安心感抜群、そこには妖精がチラチラいたがランマルカの血の気だらけの妖精とは違うしな。在地の連中は頭数は少ないし土地は余ってるから何もしなくても併合だ。そんな風に良い生活が始まって十年以上、それから今になってアッジャールの軍が来てオルフを滅ぼした。そして、俺達がやったようにここ、デカい体を見せ付けることで支配した。逆らえる戦力など当たり前に無いし、案外良い話かもしれんと浮かれてる奴等もいる。勝ち馬に乗ってる内は良い目見れるのは間違いないが、落ち目になったらエラいことになる。三つが一つになったのが十二くらいに分裂って調子だろうな」
「そりゃそうなるな。あーそれでよ」
「気になるのはマリスラだな、分かってる。妹はソルノクと離婚してから新しい男と結婚した。異民族と結婚して子供も産んだ年増ってんだから中々相手が見つからないんじゃないかと思ってたが、細かいことを考える男じゃなかった。こんにちわ結婚してくれ、だったっけか」
「どんな奴だ?」
「そう、正に理想の騎兵だった。馬鹿みたいに着飾って、真っ先に敵に突っ込んでぶっ殺す。略奪すりゃ誰よりも多く金銀財宝ぶら下げて、敵将首だって誰よりも多くぶら下げてた。昔に本家の奴と決闘して殺したからまあ人気っていうか、評判が悪かったがな。それに決闘じゃ相手が弱くて槍に血もつかなかったって本当のこと馬鹿笑いして喋るんだから考えるまでもねぇ。更にもう一人決闘、でぶっ殺してそれ以降は誰も挑まねぇ。そんな奴が奪ってきた娘じゃなくて妹のマリスラと結婚だ。俺はすぐわかったぜ、こいつの寿命はもう直ぐだってな。すぐに子供が生まれた」
「子供?」
「お前の種違いの妹になる、名前はアクファルだ。で、あいつは金なんて貯めとく奴じゃないからな。アクファルのためにまた稼ごうってそりゃ更によく騎兵働きをした。そんな時だ、妹が戦死だ。俺は現場にいなかったが相手は歩兵だ、バッチリ肩並べた戦列歩兵だ。それと馬殺して盾にしながら撃ち合って、頭吹っ飛ばされたそうだ。墓も遺髪もねぇ、許せ」
「そりゃしょうがねぇ。死因がハッキリしてるだけマシだ」
「ああ。で、仇を取らないのは男じゃねぇ、なぁ? だからあいつは更にぶっ殺して回った。相手が誰かも、オルフ人ってだけだ。敵も雇い主もオルフ人だったし、区別してなかったみてぇだな。まあ、親戚同士で戦争やってる奴等だから違いなんて無ぇけどよ。ある日だ。あいつはメタクソのボロボロになって、内臓垂らしてカラスに食われながら帰って来た。勿論死んでるぜ。乗せてた馬も怪我から病気して、トドメくれてやった。それ以来、俺がアクファルを引き取って親代わりになって育ててる。あいつ息子と突撃してぇとか言ってたから、男みてぇに育てちまった。ウチのが女のあれこれは仕込んだから大丈夫だけどよ」
「そのビックリ新事実の妹はここにいるのか? 面は無いみてぇだけど」
「独立した息子がな、ド間抜けにも足折って人手が足りなくなったから、そっちで放牧の手伝いをしてる。男なら独立してもいい腕してるぜ。その息子はあれだ、おめぇとも昔、相撲やってた奴だ。あのアホ、若ぇのが出てる曲乗り大会で足折りやがった。馬ならバラして食ってるところだ」
「あー! 覚えてるぞ。あいつ、負けそうだからって噛んできた!」
「おーそれ覚えてるか! 奴等もっと北の方の、娘が嫁いだところの互助組だから少し遠い。そろそろ治りそうだって連絡が来てたから来月中には戻ってくるんじゃないか?」
「来月か……おウチに一旦戻らないとダメだから難しいな」
今まで喧嘩ジジイみたいな面だったくせに、急にしおらしい面になった。頼みごとかな?
「なぁ、アクファルはまだ結婚してないんだが、アッジャールにかなりの数の女を差し出すことになる。俺みたいな老いぼれジジイは首でも何でもいいんだが、若い娘は違う」
「目をつけられたら終りか?」
「無理だな。まあ、俺のところにはそんな話は来てないが、本家とかに近い娘っ子には大体お呼びがきてるって話だ。時間の問題かもしれんが、まあ正直こんなところよりは良い生活ができそうなんだから何とも微妙な話だが……うん、そうだ、お前が結婚したらどうだ? 俺が許可するぜ」
「種違いだからって従兄妹じゃねぇんだからよ。腹同じだぞ、ホントにボケたか?」
トクバザルは自分でも変なこと言ったと自覚したか、痒くもなさそうな耳を掻き始めた。
「最悪、そうしてくれ」
「するとしたら連れ去る口実とか、そんな時だけだ。それから伯父さんよ、そうなったら俺が旦那を探す」
「それで頼む、それがいい。辺境の十人長よりゃ、世界帝国の将軍様の方がいい。次来た時、話決めるぞ」
「分かった。次はアッジャールだ」
「おう。昔から有名な”黒鉄の狼”イディルだが、噂通りに常勝無敗でおっかねぇようだ。こいつに意見できるのは官僚の親玉、通称”黄金の羊”だ。二人とも噂通りに戦争と内政の天才って感じらしい。オルフを攻めたのは征西軍って言ったかな? そいつら、持て余してる王子とか若い兵士とか、結婚してねぇような連中で征服、そこで現地の女と結婚してアッジャール人を増やすって腹だ。よくあるやり方だが、ちょっと趣向が違うのは征服地の人間じゃなくて、その周辺やら中にいる少数民族、俺らみたいなのもな、それと結婚するんだ。アッジャールが頂点、その下に結婚した少数民族、一番下に征服した民族って階層構造だ。頭良くて反吐が出るぜ。で、他に東征軍かな? まあイディル率いる本軍だ。東隣のラグトに攻め込んでいる最中だ。東西二正面作戦なんてスゲェ自信だぜ。オルフだってそりゃバラバラだけどよ、別に小せぇ国ばっかりじゃねぇし、ラグトなんて結構な帝国様だぜ。信じられねぇよ。相手の軍ぶっ潰して条約押し付けるなんて柔なので終わらねぇで、居座ってそこそこぶっ殺して統治だもんな。どんだけ使える人間抱え込んでんだよ。本土空っケツにしてんじゃねぇか? まあ、草原が空になったって何だって話だがよ」
「オルフの統治は順調か?」
「まだ始めたばっかりだな。そのための人間集めるのにその結婚だ。とりあえず貴族連中は皆殺しだ。生き残った奴等もいるが、そりゃアッジャールに寝返った奴等だけ。何とかこのスラーギィに逃げてきた貴族もいたらしいが、直ぐに引き渡した。渡さないでぶっ殺してぶん盗って娘は攫った奴もいたな。でもいらねぇ疑いかかったら面倒だからって通達があってやっぱ殺したな。そんなところだ。オルフの農民はいいようにぶっ殺されたり、売られたり、連れて行かれたり、逃げたりだ。反抗するような噂は無いな。どこぞに一個軍が逃れて反撃の機会を狙ってるなんて話も無ぇ。エデルトにバルリーも支援しないでオルフ見捨ててるしな。全てアッジャールに都合の良いようになってるよ。まあ、口出しするなんてお門違いだが、オルフって盾が無くなった連中はどうする気なんだろうな?」
「東に拡大」
「あん?」
何も考えないで返事したような気がする。勘がそう言っているのか?
「そりゃ無茶過ぎか」
「だな」
話し込んでいるうちに夜更けになり、宴会も終わった。リーデルくんも妖精達もそれぞれ村の家や幕舎に分散して泊まることになった。自分は当然トクバザルの幕舎に宿泊。食事の用意で話す暇も無かったが、トクバザルの奥さんともお茶を飲みながら昔話をした。
奥さんが寝息を立てた頃、トクバザルが自分のベッドに寄りかかってきた。「夜這いか?」と冗談を言おうと思ったが、奥さんが起きそうなので止めた。
「もしイスタメルに亡命するとしたら手は貸してくれるのか?」
奥さんを気遣う以上の小声だ。
「独断じゃ決められない。ルサレヤ総督は話の分かる人だが、それだけにどう判断するか分からない。仮に亡命してもイスタメルは人が死にまくって土地が余ってるから住むところは問題ない。豊かだとか水場がどうのと注文つけられると怪しいけどな」
「砂漠に放り出されなきゃ文句ねぇよ」
「戸数はどのくらいだ? レスリャジンだけでだ。全部来るわけじゃないだろうが、目安だ」
「三千戸。ここの連中と混ざって増えてるからいい加減だが」
「そんなもんか。あーそれと、俺の見立てじゃアッジャールは遠くない先にこっちに攻めてくる。機会を見失うとエラいことになるぞ」
「ああ? 俺でもてめぇが馬鹿だってハッキリ言えるぞ。デカい戦争やってる最中だぜ」
「俺は兵隊じゃなくて将軍様だぞ。地図見てな、俺がこの国の指導者だったら何したいかなぁって考えるんだ。アッジャールだったら今の拡大成功後、オルフとラグトの敗残兵みたいな不穏分子を捨てる場所が欲しくなる。内部協力者にしたって、支配引っ繰り返すのに協力したんだから俺は奴隷じゃないと威張る奴がいる。そういうのはお掃除しないとお国はお腹を壊す。かと言って虐殺って薬飲んだって副作用がちと怖い。エデルトとバルリーはラグトから遠過ぎる。ラグトより東はオルフから心底遠い。しかし丁度南に魔神代理領だ。勝てば”遊牧帝国”最強を名乗ることができて、再統一に大きく近づく。ラグトのゴミはヒルヴァフカ州にポイっと捨て、オルフのゴミはイスタメル州にポイっと捨てる。負けてもいらない人間が死ぬだけで目的達成。勝てば勿論再統一に近づくから目的達成。略奪での小遣い稼ぎも出来るし、焼き討ちすればこっちの国力が削れて平和な時間を多めに確保。逆襲されても何処までも逃げられるし、街が焼かれても征服された民族が苦しむだけ。領地が広大だから生産拠点を全て潰すのは困難で、戦争の継続は長期に渡り可能。征服された民族の一斉蜂起に賭けるのが現実的だが、土地や集団との縁を切る強制移住をしてれば怪しい。オマケにアッジャール、少数民族、征服された民族の三層構造はかなり頑丈だろう。ここまでくるとやらない理由が無い。イスタメルとこのスラーギィは、俺が来たんだからもちろん繋がっている。道はまだ細いが、広げられる余地は十分ある。だから来れる、行ける」
「カラバザルお前、もう道作っちまったか?」
「気にするところが小せぇんだよ。俺が作れたんだからどうせ誰かが作った。頭が良くて、気が利いて、勘が良い働き者はどこにだっているから蒼天にだって隠せない。それで人ごときがどうして土地を隠せる? そんなのにビビって消極的になるのは性に合わないから先に拓いた」
「ここに来たって話、流れるぞ。何かあるぜ」
「知ってる。それにどうせどんなことだって”遅かれ早かれ”だ。その心算で情報を集めに来た。親戚も探しに来た。それに楽しみだ」
「あ?」
結構な偶然が積み重なっているが、自分が望むことは一つ。シルヴへのお土産。
「アッジャール、今俺がいるイスタメルで対峙出来る最強最大の軍隊だ。そりゃあ、男ならぶっ倒したいだろ。これでウン十万規模の戦争になる。俺の任期中に攻めてくるかどうか分からないなんて心配しながら何年も待つ気はない。大氾濫とはいかないが、溝を掘って鉄砲水ぐらいは誘える。人間何時死ぬか分からない。最強と謳われる”黒鉄の狼”が存命中の、アッジャールがおそらく最強の時代にやり合わないと後悔する。奴はもう五十絡みのジジイだ。今までの大活躍の分、若い時にした苦労の分寿命は削れている。猶予は少ない。死んでからの継承争い中に木っ端相手に戦ったって敗残兵処理みたいでつまらん。そもそも魔神代理領がそれに干渉するかも分からない。”大当たり”を祈り、”極小当たり”を待つような賭けはしない」
「正気か?」
「セレードの男だぞ」
「そりゃイカれてる!」
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