第21話「軍法百五条」 ベルリク

 聖女の”私の額の目”という中年女の案内で騒動も無く聖オトマク寺院に到着した。装飾過剰ながらよく訓練されてそうな衛兵が見回っており、実用性についてはちょっと首を捻りそうな見た目重視の小銃を担いだ銃兵もいる。ちょっと弱そうだし、行けそうだからと言って強行突破なんかするとエルシオに味方が増えそうだからダメだ。

「どうやってこの古寺に入るんだ? やっぱりぶっ殺して強行突破か」

 ヴィルキレクが寺院の正門を指差す。そんな無礼な言動行動への衛兵達の険しい視線もどこ吹く風だ。

「中を案内してくれる方がいらっしゃいます。少々……来られました」

 聖女の手下にあたるらしい青年が寺院から出てきて、中年女のお辞儀に手を上げて応える。青年は赤い法衣姿なので枢機卿だ。枢機卿は聖皇より階位が一つだけ下で、役職単品だけなら聖女と同格だ。若いのに偉いもんだ。

「お待ちしておりました。ヴィルキレク殿下にグルツァラザツク殿」

 青年枢機卿は人当たりの良い笑みを浮かべて衛兵に、そのまま、と仕草で報せてから手招きしてくるので応じる。

 そして寺院の中に入る。入った瞬間から目に飛び込む、宗教的な装飾に彫像、絵画、壁画、天井画が猥雑、下品にこれでもかと言うぐらい飾られている。有名作品をとにかく掻き集めたような節操無さで、丁度良い配置にも気を払っていない。気持ち悪い。

「ここは美術品倉庫ですかな?」

「これは手厳しい。あ、遅れました、私はルサンシェルと申します。この有様はですね、正にその通り。二代前の聖皇が芸術の守護者を自称していたのでこうなりました。財政健全化の一環に近々売りに出しますが、お気に召したものはありますか? ご予約を取るぐらいなら出来ますが」

「宗教モノはちょっと趣味じゃないですね」

「何がお好みですか? 主題が宗教じゃない物もありますよ」

「絵だったら自分が活躍した物ですね。エーレングレツァのエデルト近衛擲弾兵の突撃は気に入ってます。あれ、私が先頭なんですよ」

「なるほど、思い出にはどんな名画も敵いませんね」

「思い出? ははは。そうそう、毛皮に剥製、あと模型も良いですね、特に船が良いです」

「それも自分で獲った獣に、乗った船と?」

「その通りです。やはり思い出ですね」

「素晴らしいです、それと羨ましい。私のような者じゃそういった手と足が覚えている思い出に乏しいですから」

「そのお歳で赤いお召し物の方がご謙遜を」

 とヴィルキレク。聖女との文通で二人は間接的に知り合いなのか? 会った時から仲良しだが。

「生れ落ちた時から機会に恵まれ続けましたので、それだけです。自分から掴んだものなどいくらあるのか」

「姉に目をつけられたということはそれだけではないでしょう」

「いえいえ、私などまだまだ若輩。自分の事だけで精一杯で、聖女猊下には何時も助けられています。今も万分の一でもご恩が返せたらと思っているだけです」

「またまたご謙遜を」

「家族も含めて命の恩人ですから、本当に万分の一にも……」

 ふとルサンシェルが暗い口調になり、自然と会話が途切れた。

 聖皇の謁見場兼会議場前の無駄に豪華で舞踏会場にも転用出来そうな、大きい柱が並んでいる廊下に入る。

「ここは広いですね」

「お客さんを大勢呼ぶ儀式があれば、道の脇に千人単位で人が並ぶこともあります。ここ、広くて暖房の効きが鈍いんですよ。寒波で雪が降るぐらいになるともう屋外ですよ。まあ、エデルトの冬に比べればいくら寒波つきでも温いくらいでしょうけど」

「エデルトは海に面してますから、海流の関係で言う程極端に寒くはありませんよ。本当に寒いのは内陸のセレードです。あっちは準備不足だと家の中でも凍死しますからね」

 ヴィルキレクとルサンシェルの仲の良い会話を聞いていると廊下の突き当たり、扉の前に着く。

 中からは言い争うような声が聞こえる。様子見に扉をやや開けて中を覗けば、次は廊下と似たような構造の待合室。椅子と長椅子が合計で百近く並んでいる。そこには化物騎士らしき、ぼやけた表情の男達が四名立ち並び、赤い法衣の太った枢機卿とエルシオらしき老人がいる。枢機卿ではない五名は流石に甲冑姿ではないが、修道騎士風の白い礼装で、その範囲内で帯剣している。

 彼ら六名の前に立ちふさがるのは、謁見場の前の扉で腰に手を当てて仁王立ちしている、遠近感がちょっと狂いそうになるほど背が高い女。修道女風の格好をしているが、色々手が入っていて普通の男装のようにも見える。顔はヴィルキレクに似ていて良い女のようだが、雰囲気が暴力組織の大姉御なのでそんな感じは吹っ飛ばしている。

「聖女ヴァルキリカ、通して頂けませんかな? 正規の手続きも踏み、遮られる理由は無いのですが」

「女は感情で動いて理屈が通じないってお前の親父が死ぬ前にぼやいて無かったか?」

「屁理屈ではありませんか」

「我等アソリウス島騎士団は聖皇聖下の命で動いているのです。聖女猊下、どのようなご裁定を受けるにしろ拝謁せねば事が進みません」

「おい逃亡兵、誰の許しで口を利いている? 何のためにそこの赤いおむつを履いて来ているんだ? お漏らしは外でしろ」

 エルシオが悔しそうな顔をして、唇を噛んでうつむく。どっちが悪役だよ?

「とにかくです聖女ヴァルキリカ、聖皇聖下への拝謁を許されているのですから、もし我々の事が気に入らないのであれば謁見の場で否定して下さいませんか」

「イグラぁレ、あー言い辛い名前だ。歯車が合ったから回るんじゃないんだよ、回すから回るんだ。クソ面倒なママラ哲学専攻で大学主席卒業の脳みそが入った頭ならこのくらいわかるだろうが? ワザと逆らってんのか?」

「滅相もございません!」

 太った枢機卿が大袈裟な仕草でビビる。神聖教会の序列には並みの貴族程度の知識しかないが、聖女猊下と枢機卿猊下ってそんな上下に差があるもんなのか?

「おいおい、どうやったらあんな偉そうな態度取れるようになるんだよ?」

 頭を上に並べたヴィルキレクが、扉の隙間を覗きながら忍び笑いをする。

「赤いおむつとは恐れいりました」

 これには頭を下に並べたルサンシェルも苦笑い。

「あなたは聖皇聖下の御意志をないがしろにされるというのですね?」

 エルシオが恫喝じみた声色で喋る。

「これは大きなお漏らしだぞ」

 ヴィルキレクの呟きに噴出しそうになる

「緩いお歳ですから」

 ルサンシェルも中々言う。

「小便臭いくたばり損ないの混ぜ物が、何も気付いていないのか?」

「何ですと?」

「靴の裏のゴミみたいな下っ端ってのはそういうもんだ」

 あっち行けしっしっ、と聖女は指先で払う。太った枢機卿はオロオロとしだした。そしてエルシオが耐えかねたか、聖女を腕で振り払うように退けようとした。

「あ、馬鹿だ!」

 ヴィルキレクが大声を出す。意味は直ぐに分かった。

 エルシオは顔をぶん殴られ、物凄い勢いで後頭部を石の床に打ち、表面を割り、頭だけでの倒立状態になり、つま先がまだ生きている勢いに振られて床に叩きつけられる。生き物が出せるような打撃の音じゃなかった。一瞬だったが、エルシオの首が変な方向に伸びていた気がする。一瞬だったが、間違いなく顔はデカい拳の形にへこんでいた。

 そしてエルシオ、毒でも盛られたように痙攣しながらも立ち上がろうとする。流石は魔族化した者、頑丈じゃないか。常人なら頭が破砕していただろう。

 太った枢機卿はビビって部屋の隅で縮こまっている。

 これに反応して化物騎士は聖女に抜刀して襲い掛かり、素早い腕だけの殴打であっという間に四つの顔を潰されて攻撃失敗。それでも死なずに体を揺らしていたが、残りの頭を順に、膨らました紙袋みたいにパンパンパンパンッ! と手の平で潰されて死んだ。

「聖女は魔族か何かですか?」

「姉のは身体能力向上の魔術だ。大砲から放たれた砲弾を素手で掴む、至近距離だ。それが姉が子供だった頃の遊びだ」

「何か魔術って認めたくないですね」

「それは言わない約束だ」

 何とか立ち上がったエルシオが全身に光を帯びて、尚且つ手からは光の剣が伸び、おまけに光の盾のようなものが周囲を浮遊して回り始める。ジジイのくせに何だかインチキくさい神の力を得た絵本の英雄みたいになった、

 聖女が鼻で笑ってから徒手格闘でエルシオを攻める。光の盾が聖女の激しい拳に蹴りを防ぎ、何とかちょろちょろ繰り出されるエルシオの光の剣は余裕を持って紙一重で避けられる。身体能力向上の魔術だけではないと見て分かる聖女の体操は凄まじく、人の体がこんな風に動くことが不思議に見える。エルシオの光の盾もそれに必死に食らいつく。

「覗いてないで来い! こいつ頑丈で面白いぞ」

 聖女様が手招きを一度。

「お呼びだ」

 ヴィルキレクが黒人奴隷から片刃の斧を受け取って加わる。

「姉上、ご無沙汰しております」

「ヴィル坊、よく来たな。シケたとこだがゆっくりしていけ」

 喋りながら手足は休まない。

「お友達もな」

 聖女がこっちに向かって片目を閉じて流し目を送る。意外と可愛い。

 ヴィルキレクが、化物騎士を凍らせた氷を利用した魔術で攻撃するが、光の盾で防がれて無効化される。そして聖女の邪魔にならないよう、隙を見つけては斧で切りかかる。

 対処する攻撃が増え、避けようとエルシオは体をクネクネさせていて面白い。形相は必死、あの姉弟は楽しそうだ。

「仲良いですねー。兄弟姉妹が欲しくなります」

 当てられるところでエルシオを拳銃で撃つ。光の盾は大変堅固みたいだが、体はそうではなかった。動きは鈍っていないが、撃たれた箇所、背中の布地に血染みが広がっていく。シルヴみたいな馬鹿みたいに頑丈な魔族の恐ろしさがこれで逆に分かる。初めの拳はギリギリ光の盾で防いだか?

「銃弾の速度には対応出来ないようですね」

「お見事です」

 ルサンシェルが褒めてくれる。

「拳銃の性能が良いんですよ。腕はちょこっと良いぐらい」

 騒ぎに、役に立つか分からない装飾過剰な装備の衛兵達がゾロゾロガチャガチャやってくる。外にいた衛兵とはまた違って弱そう。金銀に輝く奴等の斧槍の刃は研いであるのか? それ以前に美少年美青年、美少女まで混ざっているのだから笑えて来た。こいつら完全に儀仗隊だろ。

「ルサンシェル枢機卿、銃声が!」

「曲者ですか!?」

「皆の者、我等が聖女ヴァルキリカが戦っておられるぞ! 総員……」

 衛兵の中で一番年嵩の男が手を上げ、突撃を呼び掛けようとする。

「あー君達は下がってなさい」

 ルサンシェルは、隣部屋で行われてる大暴れなど無いように朗らかに微笑みながら手の平で扇ぎ、下がれ下がれとやって突撃阻止。

「あ、銃声ってこれだ」

 衛兵達に拳銃を見せてやってから、エルシオに隙が出来たので射撃――銃声に衛兵達がビクつく――耳が弾け飛んだ。頭を撃ち抜けると思ったが角度が悪かった。

「おー凄い。拳銃って当たるもんじゃないって人から聞きましたけど、あれ嘘なんですかね」

「いえ本当ですよ。これは量産物じゃなくて名工が魂入れた一品物なんですよ。あと私、子供の頃から玩具代わりに撃ってましたんで」

「はーなるほど、どんなことでもやれる人はやれるんですね」

「えー全く。あそこの三人の凄いこと凄いこと、近寄れませんよ」

「ですねー」

 またエルシオに隙が出来たので射撃、光の剣を握る右の、手首に命中。手が開いて力なくダラっと下がるが、光の剣はくっついたまま。太刀筋は大分怪しくなったが、まだまだ姉弟二人組を相手に戦い続ける……が、エルシオは遂に窮したか、謁見場の扉を体当たりで開けて転がり込む。姉弟は追う。

 手持ちの拳銃三丁に弾薬を装填し直しながら待機室に移る。手元を見ないで綺麗にやれるぐらいには慣れてる。

 太った枢機卿はどうしてやればいいか?

「そこのデブは帰すな!」

 聖女が怒鳴る。太った枢機卿は震えて頭を抱え込み「あわわわ」と言う。その側にそっと黒人奴隷が立つ。これならこっちから逃げろと言っても聞かないだろう。今まで何をされてきたのやら?

 謁見場を覗くと、両脇に並んだ重厚な机と椅子があり、枢機卿の赤い帽子が一つだけ落ちている。正面には特別背もたれが馬鹿長い椅子があり、髪を完全に隠す頭袋付きの二重冠を被った紫の法衣姿の男が座っている、あれが聖皇レミナス八世か。随分と冷めた面をしている。前聖皇は頭に融けた鉛が流れてるイカれ野郎との噂だったが、対称的なようだ。

「聖皇聖下! 私の話をお聞き頂きたく……」

 死中に活を見出すがように、エルシオは聖皇の前に跪いた。これなら聖女もヴィルキレクも手は出せないと踏んだのだろう。聖女は鼻で笑って足を止め、ヴィルキレクは「おっとっと」と言って、氷を利用した魔術を消した。ご利益あったか?

「パスコンティ君、魔族の種の話だったらあれは別にしなくて構いません。イジらしい努力でしたね」

 聖皇が騒ぎへの動揺も無く静かに言葉を口にする。

「イジらしいと仰られましたか?」

 聖女が机をバンバン叩いて笑い出す。

「あれは今後の異教徒との戦いを有利にする物ですよ! 我等が神聖教会が、あの悪魔どもから下に見られる時代も、あの力さえこちらの物に出来れば終わります! このような!」

 このような、で片腕を広げて聖女とヴィルキレクを示す。

「このような偶然に現れる怪物に命運を託す必要は無くなります!」

 今度はヴィルキレクが笑い始めた。体を揺すったせいで、斧で床に大きめの傷をつけてしまって「あらら」と呟く。

「奇跡を扱える者なら、そして御しやすい者ならば多数ではないが少なくありません! そして真に信仰ある者を選び……」

「そんな説明をする必要はありません」

 聖皇が静かに言葉を遮り、

「だって喧嘩嫌いだもん」

 聖皇が、椅子の隣の棚から取り出した書類を差し出す。挙動不審ながらうやうやしくエルシオが受け取り、目を通す。内容が簡潔だったようで、直ぐに読み終わった。

「アソリウス島騎士団を解散!? 全団員を除名……」

「前代は活力に溢れている方でしたが、如何せんやる事が雑でした。書類整備だけで多大な労力を必要としています。これはその一環ですね。書類上のみ存在する組織は不要です。さしたる勇名もありませんので流用する価値もありませんし」

「書類上のみ?」

「ヴィルキレク王子、これを差し上げます。原本の写しです」

 ヴィルキレクが一礼して聖皇から差し出された書類を受け取る。こちらも内容が簡潔だったようで、直ぐに読み終わった。

「なるほど、アソリウス島における聖領権限を放棄ですか。これで世俗の事実のみが真実になりますね。まあ、ウチじゃあまり意味がありませんけど」

「全くその通りですね」

 ヴィルキレクも聖皇も笑い出す。それにエルシオが反応していきり立つ。

「アソリウス島を! 捨てるのですか! この五百年、あの島でどれほど血が流れたかご存知でしょう!?」

「知っていますが、それが何か?」

 エルシオが聖皇に光の剣で切りかかるが見えない何か――恐ろしく重たい水のような空気――に捕まって? 動きが緩慢になり、途中で停止してそっと床に倒れ、光の剣や盾が消失。死んだ? 何をした?

「後程、そちらには以前我々がアソリウス島騎士団から受け取った魔族の種一名と、魔神代理宛ての書状を送りますのでよろしくお願いします」

 魔神代理? あ、こっちに向かって言っているのか。

「分かりました。ご協力感謝します」

 ようやく話の輪に加わったので少し反応が遅れた。敬礼で応える。

「では転がってるのを拾って出て行って下さい。聖女ヴァルキリカ、お願いします」

 聖女が鼻で笑い、エルシオの首ねっこを掴んで引きずって退室。我々もそれについていく。太った枢機卿もついてきて、

「聖女ヴァルキリカ、あのですね、私はそんな心算はなくてですね」

「仕事をくれてやる。街に転がってる死体の掃除でもしてろ」

「ははっ!」

 ひれ伏した。

「ルサンシェル、お前は文句垂れるのに忙しいジジイどもの相手をしてやってこい」

「お任せを」

 ルサンシェルは踵を返して謁見場に戻り、落ちていた赤い帽子を拾い上げる。

「よしじゃあお前等、私の家に行くぞ。飯くらい食わしてやる、ついて来い」


■■■


 聖女は無力化したエルシオを引きずる。外に出て、擦れたズボンが裂け、道に削れた膝から流れる血が線を引く。そうして聖女邸まで到着。

 エルシオは何をされたのか、生きているようだが意識は無い。庭に転がされ、番犬が尻のにおいを嗅いでいたが反応は無い。

 聖女が使いの者を出し、食事をご馳走になり、食後のお茶も済んで……頭を叩かれて起きるとシルヴが目の前にいた。居眠りしてしまったようだ。三バカ砲兵も居やがった。誘拐された魔族の種四名は船へ護送し終えたそうだ。

 面子も道具も揃い、庭に打ち込まれた杭へ、ぐったりしたエルシオが縛り付けられる。

 聖女が――アソリウス島騎士団時代に犯した行為なので――聖なる立場の者として、聖典を手にして宣告を行う。聖戦軍司令官という役職も頂く聖女猊下なので、役に不足は無いだろう。

「元アソリウス島騎士団総長エルシオ・メリタリ=パスコンティ。聖戦法第二条、邪悪なる者との闘争義務に違反するとして絞首刑を宣告する」

 次にシルヴが判決文を持って広げ、宣告する。

「エデルト=セレード連合王国軍法第百五条により、諸外勢力からの将兵に対する処罰の引継ぎを行う。それにより聖戦法第二条、邪悪なる者との闘争義務に対する違反行為を、軍法第二十七条敵前逃亡罪に対応させるものとする。よって脱走兵エルシオ・メリタリ=パスコンティを銃殺刑に処す」

 軍法第百五条の性質上、裁判は省略される。この状態でやってしまったら茶番過ぎて笑ってしまうだろう。

 シルヴは三バカ砲兵が整備、弾薬装填を行った携帯砲を構え、生きているようだが意識は完全に死んでいるエルシオの胸部へ砲撃。胸が砕け潰れ、肩が広がり、腹が膨れ、口と鼻から血と胃液が吹き出た。


■■■


 シェレヴィンツァへ戻る前に聖皇から魔族の種一名の返還があり、その前にシルヴ達が救出した魔族の種も合わせて五名が救出された。内二名は骨となっており、今後どう扱うのかは魔導師任せだ。

 聖皇から魔神代理宛の手紙が預けられた。話が通りやすいということなのかルサンシェル枢機卿が自ら携えてきて、それを受け取るところでセリンが変に恐縮したりと面白かった。

 銃殺刑、というか砲殺刑に処されたエルシオの死亡は確認された。魔族化しているので変にしぶとい可能性があったので、聖女お抱えの医師団が研究がてらに弄繰り回した。中はくり抜かれたが、無駄に綺麗に縫合された首はアソリウス島に持ち帰ることになった。死んだことを報せるために広場にでも晒されるだろう。それと余った部分は焼いて聖都近郊の、犯罪者や浮浪者が入れられるような無縁墓地に埋葬された。

 誘拐された子供、何とあのジジイ騎士ガランドの孫娘というマルリカと初めて顔を合わせた。歳相応に可愛い子で、シルヴのお気に入りだということで、どれ頭でも撫でてやろうと思ったら逃げられた。逃げた先の物陰から、あっかんべー、とやられた。さてじゃあ遊んでやろうかと思えば、庇うようにその子の親父イルバシウスが立ち塞がった。半々泣きぐらいの目で、下手にふざけるだけでも命捨ててくる気配があったので両手を上げ、降参した。そのくせ魔族の、化物のセリン相手には自分から髪の触手を触りに行ったりしてやがったのが何だか悔しい。子供相手は女に敵わないのが相場か。

 これでアソリウス島の一件、おおよそ決着か? いやまだだ。

「おいシルヴ」

 甲板から帆柱の天辺を伺っているシルヴの肩を指で突く。水夫が忙しく作業を終えたらまた上る気か。

「何?」

 ヴィルキレクとシルヴの船、二隻への荷物の積み込みも終わり、乗員の点呼も問題なく完了している。血涙が出るほどの恨みの視線は遠くから注がれても、見送りが無いのは軍艦としては寂しい。エデルトの大使館員くらい面を出せば良いのものを、面どころか土産も声も無い。聖女と愉快な仲間達からも無く、こちらは単純に忙しい様子だ。

 号笛が鳴り、港湾作業員が係留索を外し、海軍士官の号令で水夫が帆を開き始めた。

「結婚してくれ」

「嫌」

 シルヴに鼻をつままれた。

「にゃんでよ?」

「出港前に手紙出した?」

「あ、わしゅりぇてた」

 鼻を捻られた。

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