第20話「救出」 シルヴ

 聖都にある大通りの一つ、カラドス通りを進む。

 カラドスは千五百年以上昔の蛮族の王で、治めていた当時の中部地方一帯とともに改宗した功績に加え、当時の神聖教会を他の蛮族から救ったことにより聖王の称号を与えられた。ここはその聖王カラドスが凱旋するために作られた道路だ。他の道路と石の種類が違って色が違う。周辺じゃもう取り尽くされた石らしく、磨り減って下の土が露出し草が生えているのに補修はされていない。景観を維持する法律が絡んで面倒なことになっているのだろう。

 こんな昔話なのだが、蛮族が聖都に凱旋用の道路を敷かせている時点で色々と内情お察しくださいな内容だ。教訓はただ一つ、力こそ正義。蛮族なんて馬鹿にされて終わりなのが当たり前なのに、名実を兼ね備えたカラドスは伝説の英雄と化している。我こそはカラドスの直系だ傍系だと”血”に自信の無い貴族はこの名前を出すことが多々ある。死んだ本人や親も知らない内に妾やら行きずりの相手が増えていることだろう。

 そんな有名な観光地であるが、カラドスの逞しい騎馬像なんかより人の顔にしか目がいかない。こちらの格好が目立つせいか、かなり目が合う。合うと大体目を伏せられる。

 この目立つエデルト軍の軍服で魔術士官用のつば広帽を被って歩いていれば、生きていればイルバシウスの方から見つけてくれるだろう。余計な連中も寄ってきそうだが、ヴィルキレク王子の方が本命だから囮になる……というのは強引な解釈か。

 信頼できる昔からの砲兵士官三人を中継地点としたエンブリオ広場へ配置した。マルリカ、イルバシウス、それから四名の魔族の種を預けたり、その事実を必要なところへ報告させたり、そのまま船へ護送させる状況などが想定されるので信頼できる中継ぎが必要なのだ。

 エルシオはマルリカを商品として、友人の孫として丁重に扱っているだろうが、預けられた先がそうしているかは分からない。虐められていないか不安だ。そうされていたらマルリカに代わって頭を粉砕してやる。女子供でも関係無い。

 発見するより発見してもらおうと人通りがあるカラドス通りを堂々と進んでいく。難しい顔をしていれば客引きは思ったより寄ってこない。武装しているので何か企んでいるようないかがわしい連中も寄ってこない。その辺は野生動物と同じだ。わざわざ危険な獲物は狙わない。

 様々な視線を受ける中、ふと妙な気配を感じた。気配なんてのはよく分からない感覚だが、そんなものを察するのは、これもシェンヴィクから継いだ力の一つか? そう思って気配の方を見ると、髭面で格好も薄汚くなったイルバシウスが、遠目にも大きく目を開いて泣きながら歩いて来た……全く、鼻水が出てるぞ情けない。

 近くの、道端の長椅子を指差す。しつこいくらい頷きながらイルバシウスがそこへ座る。顔にハンカチを押し付けてやってから隣に座る。顔を拭き終わるのを待つ。

「鼻かめ」

 少し遠慮してから、イルバシウスはハンカチからはみ出そうなぐらい鼻水を出す。その酷い有様になったハンカチを見て困った顔をしたので、取り上げて後ろの生垣に突っ込む。手についた鼻水をズボンに拭う。

「報告しろ」

「は。元総長エルシオは定期的に聖オトマク寺院に通っております。例の化物騎士が常時四名以上警護に張り付いております。寺院内への潜入は自分の技量では困難極まると判断して行っておりません。正門から堂々と出入りしている以上は不明です。宿泊先は沿岸通りの灯台寄りにある方の高級住宅地にあるメリタリ=ソルチェロ家の屋敷です。メリタリ氏の中でパスコンティとソルチェロは双子の関係にあって仲は強固です。エルシオは寺院に通う際にはソルチェロ家の一番良い馬車を何時も使っていますので多方面で配慮をされていると考えます。また定期的に小麦粉と水が多く運び込まれており、化物騎士の食糧だと思われ、大量の排泄物を積んだ樽が定期的に運び出されております。確認しましたがモノは家畜ではなく人間のモノで間違いありません。エルシオの護衛に出かける以外は屋敷内に常時待機している様子です。また常時待機している空馬車が多いので何かあれば直ぐに行動できる体制です。日中は半交代制で馬が繋がれ、夜間は馬は繋がれていませんが、馬屋の方は常に松明が焚かれていますので人は常時待機していると思われます。それから……」

 それからイルバシウスが言い辛そうな顔になる。公私混同が悪い等と勘違いしているようだ。

「マルリカが一番の優先事項だ、話せ」

 公としても私としても重要だ。

「はい。聖都内にある、イグラッレ枢機卿が経営しているフェンナマリク修道院があります。イグラッレ枢機卿の長子の妻がメリタリ氏から出ておりますのでその繋がりと思われます。そこの修道院は孤児を聖職者として英才教育する施設で、生え抜きの子供が集められているという噂です。マルリカの姿は見ておりませんが、塀越しに声を聞きました。間違いはありません」

「声か」

 思わず言ってしまうとイルバシウスが険しい顔をした。これは失礼だった。

「疑ってはいない。今日この件でお前ほど真剣な奴はいないことぐらい分かっている」

 馬鹿正直と前時代な信仰と筋肉と根性が求められた宗教的な騎士の教育しか受けていないにもかかわらず、およそ期待し得る情報を全て獲得するとは見上げたものだ。

「ご苦労、良く調べた。まずはマルリカを救出だ。それと遅れたが」

 こちらからも報告しなければ。

「魔神代理領との外交交渉の結果、アソリウス島がエデルト=セレード連合王国領となった。アソリウス島騎士団は事実上解散され、今後はアソリウス島嶼伯領となる。そして私、シルヴ・ベラスコイがアソリウス島嶼伯に封じられた」

 イルバシウスは険しさが半分ほどになった表情を間抜けに変えた。

「まだまだ私の下で働いてもらうぞ」

「はい!」

 間抜けが引き締まった。良い適応力だ。


■■■


 休む間もなくイルバシウスの案内でフェンナマリク修道院へ走って――途中からイルバシウスを担いで――到着する。飾り気は少ないが建物に敷地も大きく、孤児院として活動するには十分と見えるところだ。

 今は鐘も鳴り終え、聖職者達による礼拝への呼びかけが終わった直後と良い頃合。こういう施設の人間は礼拝の時間に外出はしないだろう。

「エデルト=セレード連合王国アソリウス島嶼伯にして陸軍大佐のシルヴ・ベラスコイだ。誘拐された領民を救出に来た」

 そのように門衛へ名乗りを上げたが、全く理解していないようだ。だがそんなことは関係無いので門を潜ろうとすると、斧槍で行く手を遮ろうという動作が確認できたので蹴っ飛ばして排除。内臓が潰れた手応えがあって、声も上げずに倒れた。別に正当防衛もどきを気取らなくてもいいのだが。

 花壇と質素な彫刻が小奇麗な庭を通り、良く音が響きそうな屋根の高い礼拝堂に入る。お祈りをしていた修道士、修道女達が――熱心な者は除き――何事かと目を向けてくる。

 同じように目を向けてくる子供達の中で一人だけ、機敏に反応して立ち上がった。その顔は間違い無く、

「マルリカ!」

「お父さん!」

 マルリカは騒ぎで祈りを止めた子供達を掻き分け、イルバシウスは普段の様子から想像できない勢いで走り出し――道を塞ごうとした修道士をぶん殴り――二人は駆け寄って抱き合う……ついででいいからこっちの名も呼んで欲しかった。親に勝てんのは当然だが。

「ねぇマルリカ、この中に誰かあなたを虐めた奴はいる?」

 泣き顔で首を振って返事をした。まだ呼んでくれない。

「それは良かったわ」

 騒然とし始める中、抗議するような感じで年老いた修道女がやってきた。武装しているこちらを見ても毅然としているので責任感の強い人物と見える。意志の強そうな良い顔をした婆様で、貫禄がある。ここの偉いさんだろう。

「何の騒ぎですか? ここは神の……」

 皆まで言わせず胸倉掴んで片手で持ち上げ、壁にご大層に刻まれた”聖なる種”を指差す。

「はいかいいえで答えろ。それ以外の答えが出たらあの壁に投げて潰す。ではいいか?」

「ここをどこだと……」

 高い天井すれすれに放り投げて、悲鳴を上げて落ちてきたところで掴まえ、また胸倉に持ち替えて上げる。

「ではいいか?」

 悲鳴を上げたわりには気丈そうな目付きで駄目そうなので、

「そう言えばお前を投げるとは言ってなかった」

 手近な子供を掴んで振りかぶって壁に叩きつけようとすると、

「答えます! 答えますから」

 と素直になった。掴んだ子供がビービー泣き始めたので近くの修道女に放り投げて渡す。

「では、マルリカを誘拐された子供と知って預かっていたか?」

「はい」

 ちゃんと素直じゃないか。

「連れて来たのはイグラッレ枢機卿か?」

「はい」

「エルシオ・メリタリ=パスコンティというアソリウス島騎士団総長は知っているか?」

「はい」

「誘拐事件に関係していると知っているか?」

「いいえ」

 ここまでスラスラと「はい」と答えておいて「いいえ」。こんな質問で嘘は吐かないか?

「魔族の種、ミイラや骨が入っている棺桶の受け取りについて何か知っているか?」

「いいえ」

 これは嘘を吐く価値がある情報だ。さて?

 思案していると戦闘用の杖を持った修道士が三名やってきた。中でも腕の立ちそうな中年の男が杖で突いてきたので、そのままわき腹で問題なく受け止め、お返しに膝を蹴って圧し折ったら、良く音が響く礼拝堂を完璧に活用して絶叫を上げた。他二人は怖気づいて杖を放り出して逃げた。

「普通に答えていい。イグラッレはどこにいる? 嘘をついたらこの中、覚えた顔は全員殺す。女子供は助けるなんて甘い話はここには無い」

 と喋るが、どうにも中年男の絶叫がうるさい。気絶すればいいのに半端に気丈な奴だ。老修道女を床に降ろし、膝が出血するほど折れて苦しんでいる中年男を持ち上げ、壁に刻まれた聖なる種に投げつける。分厚い石壁には勝てず、男の頭が脳みそをぶちまけて砕けた。

 女達の甲高い悲鳴が耳障りだが、一回で終わった。複数回続けようとした一人はそのまま失神した。

 しゃがんで倒れた老修道女と目線を近くをする。

「さて、戦争は命がけだということが分かったところで答えを聞こう」

「戦争ですって?」

「私の領民マルリカ・ユーグストルを誘拐したのだから、お前の雇い主は我がエデルト=セレード連合王国に宣戦を布告したも同じだ。お前らは敵なんだから、裏切ってくれないと殺す。女子供もだ。さて、イグラッレの居所は?」

 老修道女は唾を飲み込んでから口を開く。

「枢機卿は公務中なのでおそらく聖オトマク寺院です。最近はお忙しいようでこちらにも顔を出しません」

「マルリカを預かって以来の話か?」

「その通りです」

 エルシオの協力者であり、落とす首の一つの情報がこれで大体揃った。もうちょっと裏事情を探ってもいいかもしれないが、もう殺すのに十分だからこれでいい。

 次に、事は緊急なのでまだ泣きべそかいてるマルリカに、攫われてこっちに来てからの情報を聞き出そう。イグラッレとエルシオは聖オトマク寺院にいるので後回しでいい。そこは聖女ヴァルキリカの領分なのでヴィルキレク王子に任せておけば間違いないだろう。エルシオの宿泊先も、そこの主も分かっているので後は魔族の種だけだ。これがあるか無しかで魔神代理領との今後に大きく影響する。エデルトへ怨恨まで向けはしないだろうが、八つ当たり気味に時間経過で温まる程度の冷え込みはあり得る。そんな小面倒、考えるのも嫌だ。笑顔ですんなり終われば良いのだ。

 マルリカの頬を指先でちょんちょん突いて、声音を出来るだけ優しくしてみる。

「ね、船に棺桶が四つあったはずだけど分かる?」

 マルリカはズビビっと鼻水をすすってから、思ったよりハッキリ答えた。

「うん、総長さんの親戚のお屋敷に行った時一緒に運んでた。魔族? の何とかだって、死んだ人の」

 要領を得た必要な情報をくれた。あらゆる意味で可愛いので頭を撫でておでこに唇を当てる。

 親戚の家とはメリタリのソルチェロ家だ。そこを、

「攻撃だ。イルバシウス、案内しろ」

 対策がとられる前に速攻で襲撃をかける。拙速過ぎると思ったかイルバシウスが、本気か? という顔になる。

「今、ですか? 二人で?」

「”敵とこの身一つあらば準備は万端、攻撃開始”これがエデルト=セレード軍の精神だ。アソリウス島は私が島嶼伯、領主となって今後統治するんだから軍もそのようにする。まずはお前が理解しろ」

 イルバシウスは踵を揃えて敬礼。理解はしていないだろうが、マルリカも真似して敬礼。こんにゃろめ。

 用が済んだ修道院を後にし、早速行動計画を簡単に作る。

「マルリカを避難させてくる。合流地点はどこがいい?」

「私は沿岸通りを灯台に向かって走ります。沿岸にある高級住宅地と港湾区画を隔てる門がありますので、その手前以前で合流しましょう」

「分かった。分かりやすく走ってろよ」

「は!」

 一時の別れとイルバシウスはマルリカの額に額を合わせ、走り出す。こちらもマルリカを抱えて走り、建物は跳躍して移動。緊急時だから手荒な移動で泣いてもらおうと思っていたが、意外にもマルリカは歓声を上げる。今まで泣いていたのは再会の涙なだけで、こっちがか弱いと思い込んでいるだけか?

 エンブリオ広場につき、砲兵士官三人にマルリカを任せる。マルリカは三人の凶悪な人相に顔が引きつるが泣かず、お辞儀して「お願いします」と言った。偉い。

「不手際があったらその面、お揃いにしてやる。行け」

 三人揃って敬礼、マルリカを抱えて走り出す。


■■■


 それから沿岸通りに向かう。人目はどうでもいいので建物の上を走って跳んで進み、走っているイルバシウスを発見、合流、直ぐに担ぎ、指差す先の高級住宅地と隔てる門を飛び越え、走り、三度通りの角を曲がってソルチェロ家に到着、と同時に門衛の頭を拳骨でへこませて殴り殺し、警戒するような動作すらしていないもう一人の喉を掴んで握り潰して殺した。全く事態を把握していない間抜けた顔だった。

 イルバシウスに刀を抜いて渡す。丸腰じゃ心もとないだろう。

 異常を察知して屋敷に詰めてた私兵が十人近く出てくるが、一人を戦棍で派手に、頭から胸にかけて一振りでグチャグチャにしてやると逃げ散った。ただの金持ちの家に死こそ名誉の兵隊は揃っていないか。

 化物騎士が詰めているという話だが気配はない。それと空馬車も見当たらない。出張っているのか? 好都合だが、こうなると別の誰かが相手をする可能性が出てくるのだからマルリカが心配だ。ヴィルキレク王子とベルリクにセリン提督は、まあ大丈夫だろう。これで死ぬようならとっくの昔に三百回は死んでるような連中だ。

 屋敷の正面扉を蹴破って、早速目に留まった者に尋ねる。忠実そうな老執事だ。そいつに拳銃で胸を撃たれるが無視。

「当主、エルシオ、魔族の種四名、どこだ?」

「死んでも言うものか! このエデルトの蛮族め」

「エデルト?」

 老執事の下あごを掴んで引き千切る。喉から胸にかけて皮膚が大きく裂けたので結構デカい。

「エデルト人なんかと一緒にするな……顔見れば分かるでしょ」

 悲鳴か何か分からない音を喉から直接吐き出している老執事を突き飛ばして壁にぶつける。エデルト人は金髪が多くて目が青くて肌が白くて薄いし、鼻が太くて大きくて体臭がキツくて性格が雑。セレード人の髪は多くが黒で、肌は厚いし、鼻もそこまで大きくない、あんな馬鹿じゃない。絶対違う。

 次に腰が抜けてる若い女の召使い。引き千切った下顎を放って渡してやると悲鳴をあげた。手に持ってるものを確認してまたあげ、放り投げてからまたあげた。やかましいので壁を蹴って穴を開け、その音で黙らせる。

「さっきの質問、代わりに答えろ」

 ちゃんと人差し指で、間違いがないように若い女の召使いの頭を、お前だ、と小突く。

「は、はははは、はい!」

 若い女の召使いが臭い出す。糞を漏らしたか。

「ご当主はロシエ王国へ出張中です! お客様のパスコンティ総長は外出中です! 魔族の棺桶は地下にあります! 本当です!」

 耳障りな甲高い絶叫みたいな声であっさり次々と吐く。

 イルバシウスが刀を振るって逃げようとしていた召使いを五名集めて来た。そして今逃げようとした男を切り倒し、刺してトドメを入れたので四名。これで人手が五名、腰抜かして糞漏らしたのを抜けばやっぱり四名か。

「棺桶を外に運び出せ。逆らえばそこの老人のようになる。従えば手は出さない」

 怯える召使いに続いて地下に行き、丁寧に布を掛けられている棺桶を開け、四名の魔族の種の状態を確認する。死んでいるように生きているのだから、安否確認は必要だ。

 一つ目は人間に近い姿の骨。尻尾の骨があり、頭蓋骨が人間と犬の中間のような形状になっている。それから一緒に入っていた布に包まれているのは元が何か分からないゴミ、風化した肉か? これが実験でボロボロにしたという物か。酷いと一目で思ったのは、力を継承したからだろうか?

 二つ目はシェンヴィク。以前に力を継承した時と何ら変わりは無い、たぶんではなく断言ができる。何か、何も問題はないと語られた気がした。

「魔神代理領に立っては働きませんが、何か出来そうなことはしてみます。困った時はルサレヤ総督に私信でも出してみます」

 笑った気がした。確実に顔は動いていないが、そういう感覚だ。それと、親より親に見えてきた。初め見た時とは明らかに何もかも違う。別れに手を握ってから蓋を閉める。

 三つ目は普通の人間にしか見えない姿。体格の良い、優しそうな女性だ。この人からガランドが力を継承したかと思うと素直に納得できる。

 四つ目は完全に人間の姿をした骨だ。目立つところは骨の長さのわりに妙に太いところだ。特に手が魔族化の影響で変形したように太いが、これは武術の鍛錬の成果のように思える。これとエルシオの姿が重なった。このような――経歴は分からないにしろ――見ただけで分かる偉人にこの仕打ち、絶対に殺さねばならない。

 召使い達を使って外に運び出させる。手や膝が震えて何度か落としそうになるのを支えて防ぐ。魔族の仲間意識が芽生えた影響か、普段からは考えられない怒りが一瞬沸いた。

「丁重に扱え、殺すぞ」

 そう言ったら更に彼らは震えだしてしまった。これは失敗だ。怒りも直ぐに引いてきて、ちょっと調子に乗ってしまったと反省する。

 信号弾を空へ向かって発射する。これがセリン提督最大の関心事だ。喜ぶ顔が見たいものだ。

 逃げた召使いが呼んだのか、聖都守備隊が号笛を鳴らしながら包囲してきた。元気一杯の今ならこのくらいは一方的に殺せる。イスタメル軍に比べれば何てことはない。イルバシウスはもう既に腹をくくった男なので動揺せずにいる。

 聖都守備隊は包囲はしつつも突入してこない。事態の異常さを察知したか、聞かされているかで慎重らしい。だから遠慮なく腕を組んでセリン提督を待つ。棺桶四つの守備を二人でやるのは難しい。提督がいれば大体何とかなるだろう。

 慌しく馬車の走る音が近づいてきた。人を跳ね飛ばすのも辞さない勢いでやってきて、馬に怪我させるような勢いで停車したら、馬車の幌の中から化物騎士が降りてきた。聖都守備隊がざわつきだすが、相互にやり方でも弁えているのか妨害や混乱も無く屋敷の敷地内に踏み込んできた。馬車は二台、降りてきたのは十人ずつで数は二十人か。

「フレミオ、アイウス。あぁクライセ、お前の息子は元気だぞ……エルシオめ、何が必要とされる地への栄転だ」

 イルバシウスが恨めしく呟く。マトモな騎士達の仇でもあるか。

「トドメを刺すぞ」

「お願いします。送ってやって下さい」

 遠慮なく、初めに突っ込んできた斧を持つ化物騎士を迎え撃つ。胸を叩いて潰しても動きは止まらなかったが、頭を潰せば止った。まず一人目だ。

 次に長槍を持った四人の化物騎士が同時に突撃してきた。馬鹿に見えて連携はしてくるのか。

 ギリギリで突き出された長槍の下を潜る。膝を砕いたところで怯みそうにないので、足りない勢いを風の魔術で補い、股座まで潜って背後に回り、後頭部を殴って潰す、二人目。

 その返しで――距離不足――一歩踏み込んで側頭部を殴って潰す。三人目。

 長槍四人の後ろに控えていた短剣と大盾の二人が左右から挟むように突進してくる、のは大体予想していたので長槍の化物騎士の肩に跳び乗り、殴り潰しながら跳んで距離を取る。四人目。

 残る長槍の化物騎士、長槍を短く持ち替えて刺して来た。避けるより効率的に、腹で穂先を受けて体を捻って流して、そのまま側頭部を殴り潰す。五人目。軍服の上衣に穂先が引っかかって破れた。失敗だクソッタレめ。

 正面から先ほどの大盾の二人が引き続き体当たりを仕掛けてきた。加えてその左右から斧槍が一人ずつ。大きく迂回するように戦棍を持ったのが一人だ。迂回しようとしている戦棍の化物騎士の頭を、弾着修正魔術をかけた拳銃で吹き飛ばす。六人目。

 左の斧槍の化物騎士に突っ込み、振り下ろす前の斧槍を左手で押さえて、頭を殴り潰してから死体を大盾の二人の足元に投げる。七人目。

 転ばないが躓いて、殴りやすい頭が見えたので殴り潰す、八人目。

 もう片方の化物騎士が大盾を上げれないように手をかけて押さえ、頭を殴り潰す。九人目。

 戦棍に弾着修正魔術を加えて投擲、残る斧槍の化物騎士の頭を潰す。十人目。

 両手剣を持ったのが三人、片手剣と丸盾を持ったのが三人、弓なり陣形で突っ込んでくる。囲んで潰す原則は分かっているか。その六人の隙間から投げ槍が飛んでくる。風の魔術で巻き上げ、掴んで投擲、弾着修正魔術を加えて片手剣と丸盾の化物騎士の一人の頭を打ち抜く。十一人目。全金属製の化物騎士用のやたら重い投げ槍で、分厚そうな兜にも負けないようだ。

 さて、短刀しか残っていない。手を開いて、寄越せ、と腕を伸ばすと手に戦棍が収められる。イルバシウスは気が利く。

 正面から両手剣の化物騎士が切りかかって来たので叩き返して頭を叩き割る。これが上手くいくとは思わなかった。十二人目。

 両手剣の振り降ろし、片手剣の刺突が同時に来る。今頭を割った化物騎士の甲冑を掴んで振って刺突を弾き、両手剣を戦棍で弾き、返す打撃で頭を潰す。十三人目。

 そうしている間に残る三人に囲まれ、一斉に刺してきて、風の魔術で上に跳んで回避。それを狙った投げ槍が飛んできたがまた風の魔術で巻き上げて取り、片手剣の化物騎士の頭を刺して貫く。十四人目。

 両手剣の化物騎士の頭を蹴って宙に留まりつつ、片手剣の化物騎士の頭を殴って潰す。十五人目。

 残る両手剣の化物騎士の横なぎ一閃を肘と膝で挟んで防ぎ、投槍で頭を刺し、貫けなかったが潰した。十六人目。穂先が前の一撃で鈍ったせいか。

 次々と化物騎士が突入してくるが、セリン提督のように何をしてくるか分からないような行動は取らないし、イシュタムのように達人技で圧倒してくるわけでもなく、ベルリクのように普通の人間のくせにやたらめったらしぶとくもなく、多少演技が入っていたとはいえルサレヤ総督のように絶望的な力量差も無い。何より、体を守る白い肌の魔術を多用するほどの攻撃が無い。銃を使われていたらもう少し鬱陶しかった。

 後は投げ槍の化物騎士、投げ槍を運んでいる騎士というよりは従士、一人だけ意匠が無駄なく細身な甲冑の騎士、そして化物騎士としてはありえない動揺を見せている騎士もどき。化物騎士にはまともな思考能力が無い……もどきが指揮官か?

 投げ槍を投擲してもどきを狙う。弾着修正魔術を使ったが、細身の騎士の上段蹴りに弾かれる。甲冑を着ているくせに、上段蹴りとは妙だが良い動きだ。

 次に戦棍を投擲して再度もどきを狙う。弾着修正魔術に工夫を入れて弧を描くようにしたら細身の騎士の上段蹴りが外れ、頭を潰した。十七人目。

 手を開いて、寄越せ、と腕を伸ばすと手に化物騎士が使っていた戦棍が収められる。イルバシウスは気が利く。

「妙な甲冑の者はアシュキュール。妖精が鍛えたという甲冑を身につけています。また剣も尋常ではないとの噂です」

「お前が貰っておけ」

 歩いて残りの三人に近づくが全く反応も示さない。指揮官がやられると命令待機状態にでもなるのか?

 投げ槍の化物騎士の頭を殴って潰す。十八人目。無抵抗。

 その従士の頭を殴って潰す。十九人目。無抵抗。

 アシュキュールという化物騎士の兜を脱がそうと手を伸ばすと腕を素早い抜刀で切られ、反撃に拳骨で殴ろうとしたら後ろに跳んで避けられた。切れたのはまた軍服の上衣だけ。クソッタレ、予備一着しかないんだぞ。

「アシュキュール! お前、無事なのか!?」

 イルバシウスが叫ぶ。アシュキュールは面を上げ、顔を晒す。何だか絵物語に出てきそうな美男子。そして顔が異様に白くてまるで磁器のようだ。

「ある意味無事じゃない」

 それに喋って開く口には牙も見えた。こいつもシェンヴィクの力を継いだようだが有り得ない話ではない。むしろエルシオとガランドしかいないというのが不自然だった。

 さて、自分と同じくやたらにしぶといのであれば倒すのに苦労するが……それは一対一での話だ。

「騎士アシュキュールと言ったか、忠義を尽くすとはご苦労。再就職先なら面倒見れるぞ」

 アシュキュールは面を下ろし、剣を下段に構える。問答無用か?

「しかしお前の間抜けな格好は何時の時代のものだ? あんな敵前逃亡の腰抜けに仕えて楽しいか? それともあの爺さんが読んでた絵本からでも飛び出てきたのか?」

 ベルリクの真似をしてみたが、さてこれで良かったものか自信は無かったが、戦意もあらわにジリジリと距離を詰めてきたので成功した。

 思ったより早かった。

 アシュキュールが背中から煙を上げ、何があった? と周りを伺おうと隙だらけになるが、隙だらけでも今のアレには近づきたくない。魔族のくせに、シェンヴィクの力を継いだくせに苦痛の叫びを上げてのたうち回り始めた。妖精が鍛えたとかいう甲冑がグズグズに融けて、背中も侵食し始めた。

「ベラスコイ卿! まさかその棺桶は魔族の種の方々ですか?」

「はい。島を出る時とご容態に変化はないようです」

「はぁ……良かったぁ」

 セリン提督が胸に手を当てて安堵の溜息を吐く。服が濡れているので途中まで海路で来たようだ。

 アシュキュールとやらは背中どころか胴体もかなり侵食されたようで足は動きを止め、手と頭が何とかジタバタしていて、遂には胴体の大部分が黒いドロドロになって分断される。セリン提督が以前に帆柱を折った黒い酸の威力に改めて寒気がくる。あの時に避けなかったら自分がああなっていた。

 イルバシウスが何とも言えない顔をしていたので、大分弱ってきたがまだジタバタしているアシュキュールの頭を殴り潰す。二十人目。白い肌の魔術もあの黒い酸の前ではあっという間に品切れか。

 これで全員の頭を叩き潰して動きを止めた。この化物騎士の皆殺しを見て送迎馬車の御者が逃げようとしたので、化物騎士の投げ槍を投擲して一人を殺した。もう一人はセリン提督が拳銃で射殺。とっとと逃げればいいのに最後まで見ていくとは間抜けな。

 動けはしないが頭が潰れても半端に生きている化物騎士には、イルバシウスが化物騎士から取った斧で、一人ずつ声をかけてから兜を取り、完全に叩き潰してトドメを刺していった。

 聖都守備隊は一体何しに来たのかと思って眺めていれば、隊長と思しき人物が困惑しながらも撤退命令を出して去った。こんなに死体が転がっているのに退散とは聖女様のご威光だろうか?

 高級住宅地なので集まっても大した人数ではなかった野次馬も、死体を気味悪がりつつも巻き添えくっては大変だと今更になって散り散りになった。

 セリン提督は四つとも棺の蓋を開ける前に敬礼をしてから開けた。そして骨を見ては涙を流しながら、無事な者を見ては溜息を吐きながら確認を終えた。

「では船っ」

 に運びましょう、と言おうとしたらセリン提督に言葉が切れるぐらいに強烈に抱きつかれ、何だと思う間に顔にも口にも口付けされまくって、ビックリしている内にイルバシウスも同じようにやられた。

 前聖皇とエルシオはドエラいものに手を出していたのだと思い知らされる。魔族の種に手を出せば理屈ではなく感情で反撃される。理屈ではないのだから、自らの損耗など気にしない。損得抜きに、殺意だけでの仕返しが待っている。それが一部過激派なら何処の国でも一緒だが、魔神代理領ではおそらく主流派。魔なる法という感情を重んじる行動規範がそれを後押しするだろう。”働く馬鹿者は殺せ”と先人は重い言葉を残してくれたものだ。殺してやらねばならない。

「では船に運びましょう。馬車は敵が置いていきましたので使えます」

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