第18話「戦後処理」 シルヴ

 貴賓室とまではいかないが、小奇麗で高価そうな家具が不便無く一揃いある部屋。その外には見張りが常時待機しているが、嫌なものではなく、何時でも用事を告げられる使い走りなので便利である。

 ただ妖精なので要領を得ないことが多い。

 手紙を書こうと思って紙とペンに墨を頼んだら、古新聞と刷毛とコールタールを持ってきた。迷いの無い顔で「はいどうぞ」と言い切った。

 靴を磨こうと思って靴墨を頼んだら、牛を引っ張ってきた。解体から始めろということか。

 飲み水が欲しいと頼んだら、酒樽一杯の酒。何種類も混ぜた物で、意外に美味かったが水代わりにならない。

 ロウソクが無くなりそうになったので補充を頼んだら、大きなズタ袋に成人男性の体重分くらい入れて持ってきた。それも大小様々でもれなく使いかけ。

 勘違いと理解不能な好意がごちゃ混ぜになっているのが感じ取れた。嫌がらせをしている面ではないし、対応はかなり早い。あえて言うなら人間じゃなくて妖精を配置しているのが嫌がらせか?

 食事は温かい物――つけ加えて言うならかなり美味い――が三食ついている。便所は部屋の中にある個室で一々見張りに案内される必要も無い。

 散歩は見張りつきで日中なら何時でも行ける。それどころか、ベルリクの誘いなどがあれば外食も酒場で飲んだくれるのも可能。

 寝る前にはお湯を張った桶に綺麗な手拭がついて出てきて体は常に清潔。

 洗濯籠に洗濯物を入れておけば定期的に回収にきて、きちんと洗って皺も無い状態で戻ってくる。服装はシェレヴィンツァに残留しているエデルト軍から貰った物なので常に軍装。それと帯刀許可すら貰っている。拘束される前より良い生活だ。

 そして今、ベルリクと一緒にエデルトで発行された宮廷機関紙、大手右派左派の新聞、眉唾物の週刊誌、あとは選り分けされた周辺諸国の新聞を半年分まとめて読んでいる。アソリウス島封鎖直前に海軍が持ってきたものなので一応は最新情報だ。

「おいシルヴ、王妃がご懐妊だってよ! もう死んだリシェル坊やの代わりが出てきたぞ、あの歳でよ」

「あの歳で? アルギヴェンのとこは頑丈よね」

 最近は雑談しながら紙面を読む毎日だったが、ようやくイスタメルから出発した使者がエデルトに到着し、全権委任大使のヴィルキレク王子を連れて戻ってきた。これで事態がようやく前に進む。

 アソリウス戦争の戦後処理についての話し合いは既に行われた後だ。内容については未だ知らされていない。その内容を知っているはずのベルリクは、何事も無かったようにベッドに寝転がって新聞を読んでいる。正確な――もしくは都合の良い――会議の内容はヴィルキレク王子の口から聞くのが正当なのであえて尋ねたりはしないが。

 戦後処理と言えば敵前逃亡罪のエルシオ・メリタリ=パスコンティだ。奴を捜しに行ったイルバシウスとの連絡は途絶えている。途中経過を報せる手紙も無い。彼の妻からは降伏後に聖都へ向かったとは聞いたが、何とも不安しか覚えない。そもそもあれに密偵働きが出来るのか? という不安に、返り討ちに遭うだろうという心配もある。正直可愛い部下だし、何かあったらマルリカが可哀想だ。

「なあシルヴよ」

「何?」

「わずかな兵力での艦船二隻撃沈とセリンの戦線離脱は大金星と言える」

 何だ、反省会か。

「ただ海上補給線には何ら影響を与えていないので攻撃は失敗だ。それにエルシオ取り逃がしの遠因とも言える。二隻増しでセリンが現場で監視していたらまた違っていたかもしれないな。戦術的勝利であるが戦略的敗北である。バーカ」

「言い訳できないわね。セリン提督を殺してればまだハッタリ効いたけど、あれで生きてるんだもの」

「あれねー……ガランド爺さまのアホ特攻。ラシージがいなかったら大きな成果を上げていただろうが、いるものだからしょうがないな。シルヴとガランドが共闘すれば俺にラシージ、他の高級将校連中の殺害は不可能じゃなかった。何で頃合を合わせなかった?」

「細かい時間合わせが出来る状況じゃなかった。それから魔術の渇きの抑制、ルサレヤ総督相手を想定した長丁場だからね。それからそこで頑張ったらイシュタムの追撃で死んでた可能性があったから結果としても良好。ただガランドはベルリクじゃない高級将校を狙って軍の統率力を着実に削ぐ方法を取れば良かった。有力な高級将校をこの時仕留めていれば、イルバシウスの門突撃の際の迎撃でもっと成果が上げられたはず。イスタメル人将校がかなり根性出して突撃を先導してたでしょ?」

「そうだな、競馬で挑発してなかったらそうなってたかもしれんな。俺って実は凄かったんだな」

「それなり。ガランドには不利になったら逃げるように言っておけばよかったわね。兵はともかく、一人なら逃げられた。猪武者みたいだから指示してもダメだったかもしれないけど」

「イルバシウスの門、大砲何門か崖の上に上げてシルヴが部隊展開準備を邪魔してやればもっとキツかった」

「そっちの行動が遅くて、獣人奴隷騎兵が作業員を殺して回ってなかったらそうしてた。作業の優先順位に間違いがあったのは認める。それを調整する時間が無かったのは、やっぱりそっちの行動が早かったからね。首脳部が小さくまとまってて良いわね」

「あと防御陣地の爆破はかなり良かった。ラシージがいなかったら俺も吹っ飛んでた」

「あの妖精、何であんなに優秀なのかしらね。横隊突撃の準備もあの妖精がいなかったら足場悪すぎてマトモに出来なかったでしょ」

「あれは本当な、一生分の運使い果たしたかと思うぐらいに凄い拾いもんなんだよな。俺の方が理解出来てない」

「でも、何言ったってルサレヤ総督の力だけで小細工は全て無意味になったのよね。あの人に対策を練れと言われても、死ぬ前に降伏するぐらいしかなかったわ」

「あーあれか!」

 ベルリクが馬鹿笑いしながらベッドから跳ね起きる。

「騙されたな」

「は?」

「ルサレヤ総督な、魔術の渇きだったか? あれと不眠と過労でぶっ倒れる寸前だったんだ。魔神代理領の中央から魔術使ってぶっ飛んできたからな。お前に殺されるところだったって言ってたぞ。腕折れて痛ぇってよ」

「え……」

 思わず声が出て、それから頭に巡った言葉が出なかった。あの圧倒的な化物が殺されるところだった? 手も足も出なかったのに勝てる寸前だった? あの戦棍の一撃、骨を折っていた?

「おお! シルヴが動揺してやがる。こりゃ今夜は融けた鉛が降るな」

「うるさい……じゃあエルシオの裏切りが無かったら相当な被害を出せたわけね。あー嘘、あれってハッタリかぁ」

「年寄りは面の皮が厚いからな。そうだ、山に篭らないで降伏したな?」

「山なら長時間耐えられたと思うけど、その分出血させられたかは微妙ね。私も相当消耗してたし、ルサレヤ総督に戦闘員はほぼ皆殺しにされたから戦うのも難しかった。増援の見込みは無いし、そっちの財布を痛めつけるのが目的じゃないからね」

「まああの頭数じゃあれが限界か……」

 懐から出した懐中時計を見てベルリクは「そろそろ時間だ。じゃあな」と退室する。新聞から目を離さずに「うん」と返事。


■■■


 間もなく、ヴィルキレクが給仕たちが運んできた食事とともに到着する。新聞を素早く畳んで置く。部屋の外にチラっとあの黒人奴隷が見えたが中に入ってくる様子は無い。

「随分良い待遇みたいだな。外交努力の賜物だな」

 素早く立って踵を揃えて気をつけの姿勢を取る。

「お久しぶりです殿下。おかげさまで首がまだ繋がっております」

 ヴィルキレク王子を中心にした魔神代理領との貿易交渉など、今後の友好関係を考慮しなくてはいけない案件が無ければ首が離れていたのは間違いない。

「それは結構。仲間が減るのは寂しいからな」

 宮廷機関紙情報だが、ヴィルキレク王子の肩書きに海外植民地総監が追加されている。アソリウス島を足場にする件はどうなっただろう?

「どうぞ」

 一番上等な毛皮が敷いてある場所をヴィルキレク王子に勧めると、慣れたように座る。給仕達が、料理皿を並べ始める。肉、魚、野菜、米、麺、果物の種類豊富な料理だ。新鮮な驚きは無くなったものの、この北大陸北部じゃ嗅げない香辛料の香りは知ったら忘れられそうに無い。一体何十種類が使われているのか?

「本国でこれを食べられるようにするのが一先ずの目的だな」

 ヴィルキレク王子が注がれたお茶で口を濡らし、手をつけ始める。

 こちらも、人目があるので礼儀作法に則ってお上品に食べる。好きに食べたい。

「こんな美味い物に礼儀作法を振るうなど無礼だぞ」

 と王子はガツガツ食べてた。下品なようでいて意外と上品な手つきなのは教育が良いせいだろう。あれに合わせようとしたらみっともないことになるので礼儀作法を振るう。

「母上が妊娠したのは知ってるか?」

「機関紙の公式発表を読みました。おめでとうございます」

「まあお互い良くあの歳で役に立ったもんだ。この歳で弟なんて息子と変わらんな」

「ご出産されたのですか。王妃様と弟君はご無事で?」

「母子ともに健康だ。頑丈だって噂で王妃に迎えた陛下は慧眼だったな」

 歴代揃って頑健なアルギヴェン家は、王妃の選定にも美しさよりは頑丈さを選らんでいる。そのおかげなのか一族揃って寿命は長いし武芸に優れてる。しかも男女問わず。

「本国は王、地続きの諸外国は姉、海の向こう側は私が担当するという体制が整った。これからが本番だ」

「本番ですか」

「ここに来たのは島流しじゃないと言い訳をしておこう。計画遂行上私が適任であるからだ。負け惜しみか何かに聞こえたかな?」

「わざわざ言わなきゃいいのに、と思いました」

「結構そういうこと気にする性質なんでな」

「そうですか」

「さて、素晴らしい働きぶりには感銘を受けたぞ。運は良くも悪くも転がり込んでくるが、それを掴んで離さないのが才能だ。アソリウス島を手に入れ、魔族化の秘密まで手に入れた。魔族化したことについて喜んでいるかどうかは、今聞きたいかな」

「今のところ後悔はありませんが、先は分かりません」

 そんなことより聞き捨てならないのは、

「アソリウス島を手に入れたとはどういうことで?」

「イスタメル州との交渉結果だ。州総督には当該地域周辺での魔神代理領を代表した外交権限があるし、私は全権を委任されているから責任の所在は根拠あるもの。つまりは仮決定ではない」

「話が早くて良かったですね」

「全くだ。さてシルヴ・ベラスコイ、そんな君にアソリウス島嶼伯位を授ける。名実ともにあの島は君の領地だ。その祝いに船をくれてやろう。船員はしばらく貸すから正規の船員を選んで訓練させておけ。離島の主が船無しじゃ格好つかんからな」

「急な上に妙な話ですね」

「民衆から人気があるというのは重要だ。適任だ」

「そういうことでは……えー、その人気ですが、ここの戦いで私が考えていたことは、ここの人間を玩具にベルリクとの戦争遊びで楽しもうとか、ルサレヤ総督をただ殺すか、無理なら重傷、軽傷かすり傷でもいいから血を見たい、とかですね。正直、皆殺しになっても後悔しない自信がありました。あ、友人が一人いますので、あの子とその親、それだけは別でしたが……」

 何か話がズレてきた気がする。

「失礼、意味不明ですね。つまり私の人気は嘘の上にあり、砂上の楼閣であります。それに多くの死者を出したのでそこを差し引いても恨まれているはずです。油に火種でしょう」

「悲観し過ぎだな、人間はそこまで賢くない。島民は未だに君を聖女マルリカの再来と思い、今でも毎日教会で無事を祈っているそうだよ」

「勘違いをしているだけです。その内正気に戻るでしょう」

「勘違いを貫けばただの事実となる。私の言葉だ、心に染みたか?」

「名言は解釈次第でどうにもなる。たぶん、結構な数の人の言葉です」

「そうかね、まあいい。本国から連れて来た政務官を置くが、問題はあるか?」

 拒否するという選択肢は元からない。暴動でも起きたら二度とその気が起きないぐらいに虐殺してやればいい。水と食糧の補給、船員の休養施設、船舶修理用の伐採所などの機能は維持できる程度にだが、入植者という手もあるので一人残さずでも構わないか?

「住環境に文句を言わないなら大丈夫でしょう」

「その点は気にするな、アホなことで文句を言ってきたら殴ってやれ。あと身の回りの世話だが、召使いは要るか?」

「世話をしてくれそうなアテはありますので結構です」

「そうか。まあ、聖女様だったら誰でも喜んで尻でも何でも拭いてくれるだろう。そうそう、島嶼伯の説明はいるか?」

「はい。聞き覚えが無い爵位ですので」

「昔、我が国でも遠方に大きめの島を持っていた。今持っていないのは八代前のエルマレク二世が馬鹿だったせいだ。娘の結婚祝いにその旦那にくれてやったのだ、婿入りでもないのに。その島の領主に与えられたのがメルゲント島嶼伯という爵位だ。島だから陸続きと違って連絡も取りづらいし援軍も送り辛いし、経済活動の内輪からも遠くなる。だから大幅な独立性が認められた。本国の指示を仰ぐ必要も無く行動が出来て、要請に応える時に遅延してもよく、場合によっては拒否してもいいなどと至れり尽くせりだ。このような遠隔地に相応しい爵位だな。忘れ去られてはいたが、違法とされてこなかったので問題ない。古い制度を掘り出して使うのは後代の特権だ」

「具体的に何を期待しているかお聞かせください」

「うむ。本国がアソリウス島嶼伯に課すこととして、貿易中継港としての機能を維持すること。本国との連携は敵対行動と取られない範囲で行える。イスタメル州との条約では、友好的な通商関係を維持すること。防衛協力要請に応えること。防衛協力の免責事項として我等の同盟国に対する派兵要請に応える義務は無いものとする。相互に航路と港の安全確保努力をすることだ。条約外だが他にも相互利益の確保などという名目で侵略戦争その他諸々の争いごとでも公式、非公式で軍事的な”相談”がされることだろうから、良識に則って応じてくれ。何よりそれに乗れば君の望む前線は一歩前に見えてくる。暇は本国にいるよりしないはずだ」

「本国との連携に関してですが、連絡員には真っ当な人物が当たりますか? 立場が例外的だと付け入る隙が多くて、改竄情報流されたりとか、考えただけで頭が痛くなりそうです」

 酷く無礼な物言いとは分かっているが、ここが保障されないと気分が悪い。謀略で首が落ちるのはお断りだ。

「問題ない。ここはエデルト初の、真の意味での海外領土だ。私がここに海外植民地総監の本部を置いて連絡を入れる。私が入れるわけだ。何れ拡大するから長居はしないと思うが、当面は気にしないでくれ」

 ヴィルキレク王子は一休みするように食事に手をつけ、給仕におかわりを要求する。

「しかし美味いよな……さて、君は今まで何通も怪しい手紙を読んできて気味の悪い思いをしてきただろう?」

「旧セレード王党派らしき人物からの接触ということですか? 我が家も含めて」

「その通りだ。あれはひとまず無力化したも同然だ。それも君のおかげだ。君に出世と、ああそう、二階級特進で陸軍大佐になったぞ、おめでとう。書類上では昇進した日付は別になってる。本当の二階級特進は死人のための栄誉だからな。こんな処置をしたのはご機嫌取りというよりは実務面での話だ。領地に軍隊持ちだと最低でもこれくらいの階級が無いと不都合だからな。この昇進に加え、爵位授与でベラスコイ家の方々は大喜びだ。それにほとんど無利子で私が金を貸してやってな、その金で商船を買ったそうだ。誰とまでは聞いていないが、近いうちにここの島へ家族が寄って来るだろう。ということで、私がベラスコイ家再興への大きな足がかりを与えてやったということになっている。君が死にそうになって働き、それを利用して書類を書いただけで旧セレード王党派の通信網の内容を君の父上から覗かせてもらって、情報分析官に血の小便……ああ食事中に失礼、頑張ってもらっている。本国を離れたのも、そこで一つケリがついたからだな。利用させてもらっているよ」

「知らない内に終わらせてくれてその後始末にも関わる必要が無いなら構いません。政争はお断りです。戦争ならいくらでもやりますが」

「そうだな。だから安心して頼れる」

 おかわりが到着。ヴィルキレク王子はかなり体格が良い方なので、満足するまで食べるとなれば相当な量になる。

「それに加えて君と結婚すればセレード諸問題の更なる解決に繋がると考えてな、それなりの文句を色々考えていたんだが、魔族になったとは想定外に過ぎた。ルサレヤ総督殿は元に戻す方法など無いと断言していた。男も女も子供を作れない体になるそうだな。そう、一応聞きたいが、もし人間のままだった場合の返事を一応聞いてみたい」

 この人に色気を期待するのは間違っている。こちらも色気など良く理解していないので同じだが。

「戦場から離れることは決してないという条件さえ満たされればお断りする理由はありませんでした」

「それは嬉しいね」

 嫁ぎ先、相手を考えるならこれ以上は考えにくい。政治的には満点。個人的にはこれ以上良い男というのも中々想像がつかないからである。ベルリク? あれは全然、種類が違う。

 ヴィルキレク王子がこちらを軍事顧問団に選んだ時からどの程度先まで考えたのか恐ろしくなる話ばかりだ。

「一連の騒動は私にとっては幸運だった。君を利用しようと考えてはいたが、しかし君は金や地位に名誉に、家にも興味がほとんどないから困っていた。何の餌を食うのか分からないと思ったら人を食うんだから更に困っていた。そんな折に今回の戦争だ。戦後処理が上手くいって良かったよ」

「人食い? 私はそんな人物でしたか?」

「ああそうだ。君が喜ぶ最高の報酬は血が流れる最前線だ」

 そんな人物でした。

「良い話ばかりで不安があるのですが。特に敗北したのに領土を譲渡されるなんて不気味過ぎます」

「アソリウス島を魔神代理領が併合すると、折角の大戦で成った講和がご破算になりかねない。こちらも相手も長い息継ぎも無しに大戦なぞやりたくはないのだが、あからさまにアソリウス島を併合なんてことをやってしまうと宣戦布告をせざるを得なくなることがある。脳が足りない好戦派閥が肩揺すって歩いている国なんて少なくない。そこが発端になって小競り合い、切りたくない同盟関係にある国が引きずられ、他も時代に乗り遅れるなと引きずられ、と間抜けな連鎖が待っている。それから併合してもうま味が無い。いくら魔神代理領が高尚な目標を掲げていようとも経済は考えている。為政者の義務だな。しかしもってアソリウス島騎士団の存続は認められない、魔族の種を盗んだ連中だ。そこでエデルトへ島を資産価値に見合った金額で売却するという話し合いで解決した。ビックリするくらい安くな。これで神聖教会側へはエデルトが今後統治するということで言い訳をし、魔神代理側へは対価を受け取ってあるということで言い訳が出来た。ただし」

「何か条件が?」

「引き換えの条件とは明言されてはいないが、断れない共同作戦が提案された。魔族の種四つ、向こうさんは四名と言うかな? それの奪還。そしてアソリウス島騎士団総長、元総長かな、エルシオ・メリタリ=パスコンティの首だ。言われずとも獲りに行くという顔はしているな」

「はい。軍規に則り、敵前逃亡の罪で処刑したいと考えております。居場所を調べなければいけませんが」

「聖都に行くなら姉を頼れ。最近の手紙ではそこにいる不在領主どもを締め上げては色々と権利をむしり取って歩いているそうだ。そんな調子で支配領域を広げてるから、この前の送金と収支報告なんて凄かった。艦隊増設の承認が簡単に議会で降りたくらいの額だ。何をどんなに酷いことをしたらそうなるか想像しただけで笑える。ジっとしているのが苦手だからもういないかもしれないがな」

 ヴィルキレク王子の姉とは、世俗と縁を切って――干渉しまくってるが――僧籍に入ったヴァルキリカ王女だ。大暴れが過ぎて修道院にブチ込まれるような奴が大人しく修道女として暮らすなんてことはせず、私兵を連れ立ってセレード王国へ侵攻するエデルト軍を先導した。そしてセレード王と成人した王子は戦死、外国に嫁いでいなかった王女達は焼死に自殺に病死で全滅。王妃は連れ出した幼い王子とともに南部の修道院に身を隠したが、ヴァルキリカ王女が捜し出して誘拐。新生エデルト=セレード連合王国に連れ戻して欠席裁判の結果を通達して王妃を吊るした。王子は処分保留中の軟禁先で落馬して首を折って死んだ。今となるとどうでもいい。

「アソリウス島安堵のためと言えば協力は惜しまないだろう。政治に頭が回る人だ。今代第十六聖女の権限と権威は前例無きほど凄いから役に立つ。何せ聖都にあと一歩と迫った魔神代理領の軍を――大分消耗していたとはいえ――自前の軍で撃退したぐらいだからな。聖皇でも頭が上がらない」

「聖都ですか?」

「その姉からだ。アソリウス島騎士団総長が聖都で聖皇に謁見をしたいと申請しているという情報だ。どうも聖皇が面倒臭がってのらりくらりと謁見予約を跳ね付けているらしいが、どうも何かの手段で渡りがついて長続きしない見通しらしい。そして各枢機卿が並ぶ謁見の場に奴が出てしまったならばその身は最低でも一時的に保護されるから、そうなると首を切るのは難しい。他に行くところもないとは思うが見失うこともある。急いだ方がいい。今晩中にも準備は済ませてしまおうと思っている」

 目的地は聖都ということはイルバシウスは一応当たりを引いたのか。ただ、生きているのだろうか? 少し焦る気が出てくる。

「今晩中に出港ではなく?」

 エデルト軍ならばそうする。夕暮れ前でもいい。

「途中嵐を潜ってきたんだ、船の点検整備がある。まさか魔神代理領の船で乗りつけるわけにいかんだろう。明日だ」

「シェレヴィンツァには我が海軍が残っていますが」

「私が乗ってきた船の方が足が速い。荒天にも強い。それに彼等は本国に帰らないとな。艦隊編制で色々忙しいんだ」

「分かりました。乗り込む人員に私は入っていますか?」

「入っている。聖都では大人数で行動するのは難しい。先ほどの会議で面子は決定している。まず君、そして私、もしかしたら姉。あちらさんからはベルリク君にセリン提督だ。魔族の種の件があるから共同だ、監視役という意味もある。違和感無く聖都で活動できる少数精鋭と言えばこれぐらいだな。セリン提督は服装で髪にエラを隠せば一見ただの可愛らしい女性だ。君は化粧をすれば肌の色も普通に見える……か?」

「それならば」

 防御の魔術を意識して解く。元の肌の色に戻る。戦争が終わってからも自分がいかなる力を継承したのか細かいところまで研究を続けていた。その一つの成果がこれだ。

「どうでしょう」

「見事と言っていいのかな? 問題ないな」

 食事が終わり、ヴィルキレクは「船を見てくる」と退室する。

 しばらくしてから見張りが来て「この部屋はしばらく自由に使っていいです」と言って部屋から離れた。どういうことかと言えば、軟禁解除、自由に行動していいということ。

 まずは武器を見繕うことにした。刀一本じゃあの化物騎士達相手に頼りない。ベルリクに喋ってシェレヴィンツァ市の武器庫を漁らせてもらった。

 戦棍。前に使ったのは単純に穂先が梨型の物。これは穂先が金槌型の物だ。片側が円柱状で、反対側が円錐状。平底で殴るか、円錐の方で穴を開けるか。

 携帯砲。あの化物騎士に普通の銃弾は効かないだろう。携帯砲を入れる鞄と、弾火薬を入れるための大きい背嚢を、海軍の帆の修繕係に作らせる。

 部屋に戻って武器の手入れをして、新聞の残りを読んでいると夜になる。


■■■


 マルリカの行方は、傷を治す奇跡を使えることからどこかへ紹介されているのは間違いないと思う。エルシオが渡りをつけた、というのはおそらくそれだ。大事な取引材料なのだから大事にされているはずだ。誘拐された領民を救うのは領主の務め。それが有能な魔術使い候補ならば軍属として見捨てて置けない。そして友達ならば命を賭けて救う価値がある。そして大量に支払わせる必要がある。

 明日に備えて魔術を諸々解いて寝ようとする。解かないと元気が溢れて寝られないのだ。

 布団をめくったところでルサレヤ総督が部屋を尋ねてきた。軍装ではなく、無地のゆったりとした私服だ。腕が折れているそうだが、無傷にしか見えない。腫れが無いのか?

「お邪魔していいかな?」

 そう言う前に部屋に入ってきている。年寄りらしい遠慮の無さだ。

「これはルサレヤ総督、どうぞ」

 入室を促して――もう入っているが――一番上等な毛皮を勧める。ルサレヤは翼を横へだらっと下げて座り、あぐらを組んで膝に手を乗せる。こちらはその向かい側に座る。

「ベルリクから腕が折れたと聞いたのですが」

「まあな、平気な面をするのは少々辛かった。もう治ったがね」

 ルサレヤは戦棍を受け止めた手を上げ、握ったり開いたりする。

「左様でございますか。それで、どのようなご用件で?」

「シェンヴィク坊主の話をしようと思ってな。本来、力を継承する者には必ず魔導師がその魔族の種の物語を語ることになっているんだが、アソリウスの連中相手じゃマトモな話は耳にしていないだろう」

「確かにそうですが……」

 これは、私が非公認に力を継承したことを追認しにきたということか?

「私を認めるのですか? 思想上受け入れがたくありませんか? 魔神代理領は魔族となる者を厳格に審査すると聞いています。外交上仕方ないとはいえ、生かしておきたくないのでは?」

 ルサレヤ総督は苦笑いして頭をコツコツ叩く。

「固い固い、頭が固い。魔なる法はそんなに冷徹なものではない、むしろ融通だらけだ。我々が魔族になるべき人間を厳格に審査するのは単純に、馬鹿が力を持ってもらっては困るという実利的な話だ。別に審査を通っていない魔族は一切認めずに排除するというわけではない。それに魔なる法はだ、いわゆる普通の厳格で理性が統べる法律とは違う。物事をはっきり区別したり、これが正しくこれが間違いである、こうきたらこう返す、前例に従ってこれこうと、というような理性的なものじゃないんだ。むしろ理性より感情で考える、感じることを重んじている。いいものはいい、ダメなものはダメ、だな。東の人間も西の人間もやれ法だ礼だ位階だ正義だということに囚われるから理解しづらいか? まあ、社会秩序のために必要だとは思うし、魔神代理領でもそういう考えを導入しているが、やはり根底は理性ある法律よりも感情が大事だ。社会の和を尊ぶ感情だ。法として正しいからといって、嫌なことをするのは嫌だろう。そして、法として間違っているからといって、やりたいことはやりたいものだ。かといって好き勝手やられるのは困るから、それを制御するために魔なる法での道徳が必要になる。家族の間には法律なんてものはないが、明文化なんてされない決まり事のようなものがあるだろう、あれに近い。歯切れが悪いと思うだろうが、それはそういうものなのだ。右か左かではなく、ちょっと右寄り、真ん中のような左、良く分からないから保留とか、そういうことが大事だ。今回の場合、俗なる法での違法合法は考えるのも面倒だから考えなくていいし、一体誰がババアの雑談を罪に問うかと言えば、誰もいないだろう。聖なる神は正しさを求める鉄の鎖で、魔なる神は丁度良さを求める血の通った腕だ。それだけに肩に回していた腕が首に回ることもあるが、今はその心配は無い。そしてこの場は魔なる神のお膝元だ。さて、聞く準備は丁度良い具合に出来たかな?」

 考えるのも面倒という言葉には同意したい。

「は……ではお願いします」

「シェンヴィクはヒルヴァフカ――イスタメル州から東に二つ隣だ――州総督を務めたことがある優秀だった者だ。州総督になるにはまず魔導評議会から正式に魔族になることを許された者でなくてはならず、それから幾つもの役職で功績をあげ、尚且つ失敗をして挽回をしたことがある者でなくてはならない。ここに疑問を持つかもしれないが、失敗も挫折も知らないような者の実力を真に信用することは出来ないという考えに基づいている。私も思い出すに恥ずかしい失敗は結構あるものだ」

 ルサレヤ総督はフフフと笑い、思い出したのか頬を手で擦る。

「さて、シェンヴィクがまだ人間の頃、当時のヒルヴァフカ州の北には半遊牧系のマフダニー朝という中々に強勢を誇ってた国があり、争いが絶えなかった。当時の魔神代理領はこちら側、北西部にはあまり注力していなくてな、国境を維持するのが精一杯な程度の兵と金しか出していなかった。税収が低すぎるというのが単純な理由だ。そんなだから生殺し状態が続いた。当州のプルーギェン城城主だった時代のシェンヴィクは粘り強い戦い方で何度も侵攻してきたマフダニーの軍を損耗させて挫折させ、追い返している。そして最初の妻が誘拐され、野原の一本木に裸にされて逆さ吊りにされていたのが転機になる。報復に捕虜三千名を殺さず完全な不具にして送り返した。まるで亡者の行進だったそうだ。そしてマフダニー朝討伐遠征を計画して実行し、首都を焼き払った。遠征中に出会ったマフダニーの者は軍民問わず殺さず完全な不具にした。遠征帰りに結婚した次の妻は臨月間近で黒死病に罹り、出産時に体力尽きて死亡。子供も生まれて直ぐに黒死病で死亡。まだまだ戦禍が収まらず、色んな流行病があったんだ。後に国力が低下したマフダニー朝は北のヤシュート族の侵攻を受け、シェンヴィクが中心になってヤシュート族を支援して滅ぼした。後にヤシュート族の国が出来て、遊牧帝国の中の一つ、アッジャール朝に飲み込まれるまでは友好関係にあった。最後の妻は私の子孫の一人だ。そして子供が二人生まれたところで魔導評議会がシェンヴィクを魔族とすることを決定した――別に私が縁故でやったわけじゃないぞ――それでシェンヴィクが力を継承した魔族の種は、普通の人間と外見は同じだった。だがシェンヴィクには獣のような牙と爪が現れた。飾りではなく、金属にも”歯が立つ”有用なものだった。そして非常な怪力を得た。新たに体が傷つかない魔術と、疲れを知らない魔術も習得。元から持っていた身体能力を上げる魔術も相まって、徒手格闘の強さでは当時の魔神代理領で五本の指に入ると謳われた。ヒルヴァフカ州総督に就任して――私が教育係に最初について――健全な施政で百年務めた後、老衰の傾向が現れて魔族の種となった。州総督就任後は周辺との外交は上手くやって、兵力も順調に増強していたから、本国から召集された戦争以外は一度もしていない。人間時代の話と、恐ろしく頑丈で粘り強いこと、死人のように殺せないという噂も含め、ついた異名が”亡者”で亡者シェンヴィクなる呼び名となったわけだ。掻い摘んで話すとこんなところだ」

「はい……老衰、するんですね」

「魔族でも老衰はする。それは異形であればあるほど寿命は長い傾向にある。見ろ私を、八百歳を越しているがコレだ。ピチピチだぞピチピチ」

 笑うところだろうか?

「なるほど、ありがとうございました」

 話が終わるかと思ったら、まだルサレヤ総督の口は動き続けた。

「そして魔とは、魔術魔族とはなんと奇妙で気味が悪いか考えたことはあるか? 魔術が使える者が何故限定される? 魔の気配に流れは何故感じる、どこが感じる器官だ? 耳や目に相当するのは? 何も無いところからあんな理不尽な現象が何故起こる? 何故手も触れずに我々は術として操れる? 普通の人間は不思議に思うものだ」

「確かに当然のように魔術を扱っていると不思議に思わないですね」

「脆弱な人間の中でもその不思議な人間だけが魔族の種の力を継承できる。実験でそれは実証されている。しかし人間は本当に脆弱か? 地上で最も繁栄しているのに。それより勢力が劣る獣人に竜や魚人に諸々、個では強いが群で弱い。彼らこそ脆弱ではないか? それに個で強いと言っても比較論、所詮はただの生き物。竜だって大砲の一撃で殺される。それに人間しか継承できないなら、何故私のような竜との混ぜ物のような姿が現れる? 竜王ゴルゴドは元は人間、しかしその姿は男の五倍は背丈のある人間に近い骨格の赤い鱗の竜だ。普通の竜のように前傾姿勢ではなく、翼は四本もあった。それに鉄も溶かす灼熱の二本角が生えていて、目は昆虫のような複眼。ここまできたらもはや竜とは呼べない、似た何かだ。賢者アスリルリシェリは下半身が魚と蛇の合いの子、上半身が魚人、翼に近い三枚背ビレ、頭にタコのような触手が生えた姿だ。オオカミウオ知らないか? ウニや貝を丸々噛み砕けるよう、口の中に色んな種類の歯がある奴だ、そういう歯が生えている。彼女は尊敬しているし、友人でもあったが、はっきり言って何の生き物か首を捻るおぞましい化物の姿だ。そんな彼女も元は人間。どこからそんな異形が継承の流れに紛れ込んだ? そもそも我々が継承したと感じているのは本当に継承か? 魔のように理不尽にどこからともなく沸いて出た気味の悪い何かじゃないのか? 正直考えて分かることではない。魔神か初代魔神代理を名乗った何者かがいたとするならばその者に問えば分かるかもしれないが、存在の確認が出来ない何者かに問うことはほぼ不可能。今は思っていなくても、魔族となればそんなことに悩む日が来るだろう。私の経験から言わせれば、そんな悩みは無駄だ。どういう原理か知らなくても、無学な農夫だって銃を扱って射撃して相手を打ち倒せる。この継承した力はそんなものだ。だから今の内にもうその苦悩の霧を薄れさせておこう。悩むだけ無駄だ。八百年近く悩んで考えて研究した私が答えを出せなかった。一人ではなく、仲間の魔導師達とともに、時に魔神代理からも協力を得た、が分からない。その力は良く分からないが便利な道具と考えろ。もし真相を明かしたいと考えるならば、現状考えうるのは古の魔神代理の魔族の種から力を継承する過程でぼんやりと知るという手立てしかないが、それを継承した魔神代理がはっきり分からないと言っている。嘘かもしれないが証明は不可能に近い。そして部外者には信じてもらえないかもしれないが、魔神代理はそんな嘘を吐く方ではないんだ。そういうことだ」

「……何故そんな話を私に?」

「ババアが無駄にお節介だということくらいはその若さでも分かるだろう。あとはそう、知識をひけらかすのが好きなんだ。こうやってベラベラ長く喋ってな」

 確かに話が長い。

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