第17話「糞野朗ベルリク」 ベルリク
「この糞野郎ッ!」
這いつくばって避ける。ボロボロになった騎士団旗包みのガランドの頭が粉砕されて破片を散らす。ついでに手に持ってた土産の酒瓶を叩きつけて割ってしまった。消毒液のようなにおいがパッと広がる。軍事顧問団の置き土産であるセレード名物のドギツい蒸留酒だ、勿体無ぇ。
ここはシェレヴィンツァにある海軍司令部敷地内の提督邸の、その提督の自室。調度品よりも装飾された武具の飾りが目立ち、海獣の毛皮が豊富で、大きな地図が壁一面にあったり、中身の詰まった本棚がズラりと並んで何とも海軍の偉いさんっぽい感じがする。
糞野郎、と猛っているのは、傷を隠すためか、魔神代理領の未婚女性のように目元以外を隠す外套をすっぽり被っているセリンだ。アソリウス島の制圧と調査を終えてようやく大陸に戻って顔を見せに来たら、第一声がこれだ。
「おい何だよ?」
次は拳銃を向けてきた。横っ飛び、発砲、壁に穴。おお、撃ちやがった!
「テメェそれが怪我した女の見舞いたぁ何の心算だ!」
「うっせーバーカ!」
とは言いつつも、内心首を捻る。アレがダメだった? 略奪厳禁である以上はその二つが最上級の品なのに。
こちらも拳銃を抜いてセリン目掛けて発砲。女っぽい甘いにおいがする布団が投げつけられる。布団を避けようとしたら足に髪が巻きついてきて逆さ吊りにされる。
髪を使ったせいでセリンの外套が取れ、あの前みたいな下着っぽい姿が現れた。上半身から顔にかけて、火傷跡みたいに皮膚の質感が違っている。元は一体どれだけの怪我だったやら。
「見ないでよ!」
顔まで髪でグルグル巻きにされ、どこかに叩きつけられる。スゲェ痛いし衝撃も半端じゃなかったが、死んでないということは手加減されてる。しかし二回目でそれは違うんじゃないかと思った。三回目で何だか良く分からなくなってきて……。
■■■
感じたのはビックリ! 冷たい!
「おら城主、怪我したらこれだろ」
水が垂れてる桶を持っているのは召使い頭の妖精。親指で指す先、自分が寝てる水でべっちょりのベッドの近くにある机には、食べきれば胃から腸まで弾けそうな量の焼いた肉の山。あとは小皿に山盛りの塩、それから出自は南方物産であろう良く分からない調味料各種。
天井の装飾模様は覚えがある。シェレヴィンツァ市内でバシィール城城主に割り当てられている部屋だ。
ラシージが何時ものように無言で手鏡を渡してくる。覗けば、湿布が張ってある顔。少し湿布をめくれば、打撲による内出血跡。戦争じゃあ先頭に立っても無傷だったのに、帰ってきたら怪我とは何とも言えない。それに失神している内になった寝巻き姿がビショビショで間抜け。
召使い頭の妖精が扉を蹴っ飛ばして出て行き、ラシージが濡れた服に湿布、布団の取替えをし始める。痛む体をゆっくり動かして肉を食い始める。さらっとズボンに下着も脱がされて、湿布を張られ、新しい下着に軍服ズボンを穿かされる。こちらの挙動を完全に読みきったラシージの見事な手際であっという間に正装が完了した。
肉の半分を食い終える。無茶な量かと思いきや、腹がやたら減っていてまだまだいける。
「どのくらい寝てた?」
「丸一日です」
「加減したもんだな」
「提督は隣室に居りますが、いかが致しましょうか?」
「は、隣?」
「この部屋に閣下を運び込んだのは提督です。動揺なさっていました。それと昨晩はお泊りになられました。どうやら睡眠は取っておられないようです。今朝は落ち着いて朝食も普通に取られておりました。今は昼過ぎです。提督は昼食を済ませておられます」
「食ったら会いに行くか。行く前に帰るようだったら呼んでくれ」
「分かりました」
ラシージが退室。肉を平らげ、脂を手拭いで綺麗にして会いに行く。
部屋の外で待っていた給仕の妖精に手を引かれてセリンが泊まった部屋に入る。中では椅子に座り、酒ではなくて、お茶をセリンが音を立てて飲んでいた。お茶を入れてる水差しも、大型の物が二つある。そんなに飲んだら小便近くなるぞ?
こちらに気付いて振り向いても騒がず、目を伏せちゃったりして、しおらしくなってるセリン。要らなく反省しているようだ。一体誰を相手にしていると思ってるんだ。
「おう、暇してないか?」
怪我なんか気にしていないという感じで喋りかける。セリンは何か喋ろうとして止める。
給仕の妖精の両手を掴み、セリンの目の前でブランブランさせる。妖精の方はキャッキャ言うが、セリンは黙ったまま。シルヴのように全く気にするなとまで無茶は言わないが、殺しかけた程度でここまで深刻になられると困る。
ブラブラ攻撃は無駄なようなので給仕の妖精は外に出すが、まだ続きがやりたいとまた入ってこようとし、ラシージに襟首掴まれ引きずられ、抵抗し、掃除中の召使い頭の妖精に箒で六発殴られてから窓の外へ放り投げられて消える。
改めて机を挟んだセリンの向かいの椅子に座ると、東方の焼き物らしい茶器にお茶を入れて勧めてきた。音を立ててお茶をすする。礼儀作法は学んだがあえて無視してきた。昔はそうして家庭教師に仕置きの鞭で叩かれ、仕返しに乗馬鞭でケツの皮を剥いでやった。
しばしお茶を飲みながらセリンの態度が変わるのを待つ。何で昨日はあんなにブチキレていたかと言えば、見舞いの品の件などただのきっかけで、セリンはアソリウス島騎士団総長を逃がし、魔族の種四名を救えなかったことに苛立っていたのだ。これは勘違いじゃない。
アソリウス島で総長の屋敷を調査したところ、長大な隠し通路が発見された。追っ手を足止めするためか天井が何箇所も崩されており、掘ったり補強したりするので抜けるのに時間がかかった。最終部分でやや下り坂になって薄く海水が張った道になり、行き着いた先は、破壊されてそう日が経っていない――フジツボや苔が全く無い――岩石が周囲に散らばった大穴。
大穴は西に向かって空いており、打ち寄せる波が海水を中に運んでいた。脱出するまで壁を貫通しないでおき、その時になって壁を抜いて隠していた船で脱出した様子。随行していた獣人奴隷曰く「木と防水タールのにおいが濃く残っている」らしいから間違いない。
そしてシルヴの証言によると魔族化した総長と、魔族化に失敗しながらも無尽蔵の体力を得た騎士達がいるので、櫂船で真夜中に全速力で漕いだら包囲ぐらい逃げ切れるだろうとのことで、夜陰に乗じて海路逃亡することは不可能じゃない事が判明。
そして未だに手がかりも無く、月日も経ったということは沈没してなければどこかへ入港しているはず。そういうことで連中は船で出たのだから海軍が追跡の責任を持つことになる。そして魔族の種の行方はもう分からないとなれば責任問題。思い切ってその件で処断でもされれば気が晴れるかもしれないが、捜索続行中なのでルサレヤ総督からの沙汰は何も無い。そんな状態で八つ当たりのネタがあれば手を出したくなる。
会話もせず何となく座っているだけの状態も終わらせようかと思い始めた頃、見るなと言ってぶん回してボコボコにしたクセにセリンは外套を脱ぎ始めた。特に脱ぐ必要性がある状況ではたぶんない。お茶飲んだから暑い? まさか。
それから妙な雰囲気で、自信無さ気に火傷跡を手で触りながらすり寄ってきた。魔族化したクセに何考えてる? ナニか?
逃げる方法を探ろうと思ったが、妙手がさっと浮かばない。そんなの俺は気にしないから席に戻れ、とでも言えばいいかと思ったが、妙な迫力に口が動かない。もっと男らしく――女だが――強引に来てくれた方がまだ抵抗できる。
「ね、どう?」
生涯、これほどまでに返答に窮した問いを知らない。どう? って何だよ。髪切った? ちょっと痩せた? 新しい服買った? じゃあ無いことぐらい分かる。
セリンが答えを待ってもじもじし始める。とてもじゃないが海軍の連中にこんな”お頭”は見せられない。出会った頃の豪気な彼女はどこへ行った? 魔族らしい何かこう、良く分からないが威厳たっぷりな余裕ブチかますとか無いのか? 無いのね。
困った……ここは得意技を披露するしかない! 自分の胸を両手で掴み、
「おっぱいおっきくなっちゃったの?」
どうだ?
「この糞野郎ッ!」
セリンが拳を振りかぶる。しかし優秀な仲間がいることを忘れてはいけない。
ラシージが素早く扉を叩いて入室。手には拳銃が握られている。嫌そうな顔をしてセリンは拳を下ろし、ラシージが入り切る前に火傷跡を変色、質感すら変えてから外套を被る。
何事も無かったようにラシージは拳銃を懐に収めて報告。
「閣下、我が方の特使を乗せた連絡船がエデルト=セレード連合王国海軍の巡洋艦聖エレンゼリカ号とともに到着しました。ヴィルキレク王子が全権委任大使として乗艦しています。アソリウス島に関する協議が総督府会議場で行われますのでご出席願います」
シェレヴィンツァに拘束中の軍事顧問団の件、エデルトの軍事顧問が非常に活躍した件、アソリウス島を中継港にした魔神代理領との貿易の件、などなどについて重要な話し合いが行われる会議だ。セリンが海にも出ないでシェレヴィンツァで燻っていた――こちらを見たら発火するぐらい――のはこの会議が近々行われるとルサレヤ総督から知らされていたからだ。
セリンが触れようとした手を上げてラシージの肩を掴み、立ち上がる。
「会議室に行くか。その前に小便済ませとけよ、気軽に中座出来るほど下っ端じゃないしな」
怖くて見られないセリンへ顔を向けずに声をかける。返事は無いが、足早にこちらを追い越して部屋を去る。
よし、小便したら行くか。
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