第11話「アソリウス島海上封鎖」 ベルリク

 不審な船を発見。アソリウス島騎士団船籍の船だが、帰りにしては喫水線が浅い。あの島には輸出品は無く、船を出したなら輸入品を積んで帰ってくるはずである。それだけならまだ商取引にでも失敗したかと一応記録に発見日時を記載する程度で済ませるのだが、船上を警備する人数が多い。時折、妙な人間が目についた。そして船底に張り付いて聞き耳を立てること半日。魔族の種を運び出したという声を聞いた。それから行おうとした立ち入り検査を拒否され、警告を出し、また拒否。単独で船を制圧してから検査を行うと魔族の種、魔剣ネヴィザが発見された。

 というのがセリンの報告を要約したもの。魔族の種は、例え他国だろうと攻め込んででも取り返す意義のある物で、十万の命と引き換えにでも取り戻す。今後十年が失われようとも奪い返す。そういう代物であるらしい。

 魔剣ネヴィザは取り返したが、まだ他にも盗んだ――拉致した?――魔族の種が存在する可能性があるので迷うことなく行動に移った。捕らえた者への取調べは、可哀想なことにまだ続いているが、魔剣ネヴィザの件以外は知らないと一点張り。あるかどうか分からないものを取り返せなくても懲罰戦争の実行は確定している。

 ルサレヤ総督が中央に行って不在の中、そんな折にこの厄介事だ。魔族になりたててで張り切っちゃってるセリンなんか事件発生から今まで寝ないで走り回っていた様子。人間の頃と違って案外平気らしいけども、静脈を浮き上がらせた状態が続いているので急に心臓がポックリ逝かないか心配になってくる。

 伝令は飛ばしてあるので返事かルサレヤ総督本人が早い内に返って来ると思うのだが、なんせこの広い魔神代理領、イスタメルから中央までの距離は大体、往復で休み無く歩けば半年、駅を全部使っても二ヶ月かかるそうだ。その帰ってくる何かしらをただボケっと待っているわけにはいかないので、総督代理イシュタムとセリン提督と土着貴族筆頭ラハーリ、そして自分にラシージが集まって対策会議を開いた。

 開幕にセリンが、例えイスタメルを砂漠にしようとも他所へ渡してはならない。もし取り返せないのならば諸共破壊する。例え玉砕しても続く者がいる。後顧の憂いなし、前進し仇敵討つべし、といきなり血腥い発言をした。イシュタムが別段妙な言葉を聞いたような顔もしていないのでこれが魔神代理領の常識なのだろうと納得した。

 手続きとして総督代理としてイシュタム、現地魔族筆頭としてセリンの連名で中央政府と魔導評議会へ大義ある戦争を開始する旨の書状を送ることに決定。危急の事態に分類されるので返事を待つ必要は法的にもないそうだ。

 確認事項として魔族の種の散逸を防ぐことが第一義であることを確認。実行すべき事としてはアソリウス島完全封鎖並びに制圧、平行してイスタメル領内のアソリウス島騎士団との関与が疑わしき場所の強制捜査が挙げられた。盗まれた魔族の種を――他にもあるという前提で――完全に取り返さないといけないためである。

 盗人は当然信用できないので交渉だけで終わらせるのは論外。島中ひっくり返してでも捜索する必要がある。降伏勧告を行い、武装解除させてから島中捜索するというのが一番理想的な運び。戦争の準備は万全にし、主力軍を島に上陸させて喉元に刃を突きつけた上で行うのだ。降伏すればその軍を使って捜索するし、しなければその軍を使って制圧する。

 民間人への対処については無抵抗、協力的ならば駐在部隊に監視させるだけ。抵抗するなら勿論即殺害。焼き討ちは魔族の種焼損の恐れがあるので厳禁。略奪、命令外の暴行は禁止。行った兵士は公開処刑にすること。被害者もしくは同部隊員に棍棒で撲殺させるという魔神代理領の伝統に則した罰が適当。恨みを注ぎ込む先を間違えないのが魔神代理領流。

 戦闘員は降伏しなければ皆殺し。幹部級には魔族の種の居所を吐かせる必要があるので可能なら生け捕りの後に尋問。尋問後の健康状態はお察しの通り。だから自殺や死に物狂いの抵抗が予想されるので、魔族の種盗難者は処刑する旨は秘匿する……と言っても相手も了解しているだろうが。

 派遣兵力と国境警備兵力と治安維持兵力の均衡を保つため、派遣兵力に治安騒乱予備軍――旧イスタメル公国兵に一部公国民――を加えることで解決できると提案。当然ラハーリがあからさまに渋い顔をした。反抗的な勢力を戦闘で使い潰すという古今東西共通の常套手段を行うのだから、反抗的な勢力の親玉に相当するラハーリの表情は当然のものだ。

 大っぴらにそんな風に動員をかければ面倒ごとが起きるのは必然なので工夫が必要である。敗残兵の上に臆病者なんて称号がついたらお前等とその子供達はマトモに生きられないから、今戦争で名誉回復せよ、という脅し文句を使うことに決定。実際にイスタメルの敗残兵諸君は肩身が狭いというのが現状なので、ラハーリもその点を了解して予備役以外の退役軍人も召集するよう触れて回ることになった。

 こちらのマトラ県一帯は住人がほぼ妖精なので治安はすこぶる良く、監督役を少数残せば自警団のみで治安対策可能とラシージに言われたので全軍派遣することにした。

 イスタメル海軍の方では、言われるまでもなくとっくの昔に動員できる者は全て召集し、艦船も予備役として民間で使っていたものにも召集をかけた後だそうだ。流石に予備役船以外の徴集はしていない。意外とその点には理性が働いている。一応はマリオル県知事だからか。

 そして戦争準備を進めていると朗報。会議中では可能なら積極的に捕虜にすると、しかしあくまで暫定的に処分が決定されていた懸案事項のエデルト軍事顧問団が大人しく島を出てシェレヴィンツァで魔族の種や盗難関係者がいないか検査されている。それとシルヴの個人的検査をやってみたかった。


■■■


 行動は実行された。現在地はアソリウス島南部の貿易港ナシュレオン。エデルト主導で増改築が行われたおかげで大型船舶の入出港に問題はない。以前は漁港に毛が生えた程度だったらしい。

 見渡す限りの海上に軍艦が並ぶ。停泊している船と帆走している船、双方見受けられる。アソリウス島の海岸沿いは制圧済みで監視続行中。時刻を合わせた同時奇襲で島全体の港と停泊船を破壊、もしくは拿捕。上陸予定地点のナシュレオン港は勿論無傷。陸に置いてあるような手軽で貧弱な船では悪天候の隙を突いて逃げ出すというのも至難であり、これで海上封鎖は成された。

 総督代理イシュタムが現在のイスタメル州軍総司令官である。彼の権限により参謀長の役職、実質的な州軍指揮権を拝命した。序列的にはかなりセリンが上だが、この少ない人数の間から文句は出なかった。万単位の軍の実質指揮権を預かったことをシルヴに自慢してやりたい。

 イシュタムは総司令官ながら、ほとんど一将校としての振る舞いしかしていない。彼は奴隷騎兵達と島内を走り回って情報収集や斥候狩りに軽攻撃に勤しんでいるのだ。数は少ないとはいえ、広く分散した部隊を指揮しているのだから怠慢とはとても言えない。

 なので州直轄軍の指揮はこちらに任せられた。元々数が少ない上に、大半は州内の治安維持に回っていて、軍事上というよりも政治上必要な彼らは遠慮なく虎口にブチ込んでやれる類の軍じゃないので督戦部隊や補給線警備をやらせる。別に錬度が低くて使い物にならないわけではなく、征服地に君臨する軍隊という重石が粉砕されたら困るのだ。

 海軍の指揮は当然セリン。そして海兵隊の一部をこちらに預けてくれた。遠慮なく自分の兵隊のように殺すけど構わないかと聞けば、そんなことでビビる腰抜けはいないそうだ。

 土着貴族系の軍の指揮は、怨恨も感謝もたっぷり浴びてるラハーリに任せた。彼に死んでもいい治安騒乱予備軍を任せる。基本的な大きな指針には当然従ってもらい、細かいところはそちらが指揮すると確認。命令違反や無気力が発覚した場合、君達には帰りの乗船券が当たらない、ということになっている。最悪、島に棄民しまくって海上封鎖を続け、飢えや抗争で死体の山が出来るのを待つという戦略もある。

 そして連隊という名前ながら、他の連隊より何倍も規模が大きくなったバシィール城連隊は参謀長直轄。海兵隊と州直轄軍を合わせれば全軍の六割を超える。

 基本方針は、バシィール城連隊の優秀な、特にラシージが指揮する工兵が行く道を整備しながら前進。イシュタムの奴隷騎兵が細かい敵を掃除しながら偵察を行う。敵軍と接触したら土着貴族系の軍を最前線に立て、州直轄軍に督戦させつつ交戦。双方損耗したところでバシィール城連隊が決定打を与えに行く。可能ならばその時に奴隷騎兵を集結させて側面、背面攻撃なりをさせる。海兵隊は別に扱うほど大人数じゃないので、バシィール城連隊に組み込んで扱う。

 続々と入港しては兵員物資を降ろし、病人や伝令に手紙を乗せたら船員を休ませることなく船が出港して行く。一泊ぐらい休憩させたいところだが、そんなことをしたら折角陸揚げした物資が消耗してしまうので直ぐに帰ってもらってる。ここじゃロクな休養施設もないし、母港で休んだほうがいい。

 魔神代理領軍っていうのは鈴をジャラジャラ鳴らして進軍してくるものと昔は思っていたが、あれは中央直轄の親衛軍だけだ。我がその魔神代理領イスタメル州軍は、軍服こそ揃えているがエデルトに攻めてきた敵よりは寄せ集めの感が否めない。何しろ平定したばかりの現地で集めた兵ばかり。人材不足とはこんなに息苦しい、そう空気で伝わってくる。エデルト軍ならもっと粒揃いだろうなと思える。

 セリンの従僕が掲げる日傘の下で、その主人から貰った乾燥海草をバリバリと齧る。

「なんで海草なんか食おうと思ったんだ?」

 そのセリンもゴリゴリ齧る。

「こっちの連中は食わず嫌い多いわよね。それで飢えて食べる物が無いとか、頭イカれてると思った」

 経済規模に見合うように手狭なナシュレオン港から兵員物資を降ろし、隊列を組みなおし、整理して前進するというのはとても時間がかかる。他の港を使えばもっと早いと疑問に思いそうになったが、萎びた漁港が精々だと思い直す。おまけにこの島は上陸できるような砂浜が少なく、多くの崖に囲まれた地形である。その砂浜というのがまた極端に狭かったり、内陸部に進入できるような位置になかったりする。それに分散して上陸させたら補給線の維持が大変だし、地の利がある敵軍に各個撃破されるおそれがある。前に上陸した北部の地点はセルタポリ市を攻め上げるに、大軍を通すには道中が険しくて向いていない。この島には自然の要害が多い。

「腹下さないよな? 昔、補給切れて雑草食って下痢したんだけど」

「西の人間の腹まで知らないわよ」

 セリンとは前より、女という感じがしなくなったので気楽に話ができるようになった。あの裸同然の格好は止めて軍服姿だし。

 バシィール城連隊が船から降りてきて、すぐさま行進隊形に移って歩き出す。こちらへ皆が元気に手を振ってくるので振り返す。殺伐として船酔いで具合悪そうに鈍々動いているイスタメル人とは大違い。

「なあ、何で髪まとめるための布、頭に巻いておいてよ、そこから髪出して垂らすんだ?」

 セリンの頭に巻かれた布から垂れ下がる髪の毛が手に巻きついてきてブンブン振られる。

「物掴むのに便利。あと全部巻くと両手縛られてるみたいで気持ち悪いの」

「魔族になる前の三つ編みは?」

「あれは……正装するの初めてだったの。変だった?」

 冗談めかすというよりは真面目に聞いてきている様子。

「冗談の割りには緊張しまくってた。あれじゃ笑えない」

 肩を小突かれ、軽く押される。疲れるから女心は察しない。

「じゃあ総督は?」

「うーん、折れる?」

 普通の毛じゃなくて羽毛だったな。

「ならゆるく巻けばいいだろ」

「角が出るように巻くとはみ出る?」

 立派なのが二本あったな。

「あれって、出てないと具合悪いのか?」

「生えてないから知らないわよ」

 独自行動を取っている奴隷騎兵が時折姿を見せ、情報、捕虜、手紙など戦利品を届けに来る。彼らがついでに行っている尋問で――短刀で鉛筆みたいに一本ずつ指先をチョリチョリ削る――捕虜達が良い情報を出してくれるといいが、どうだろうか? 仮設司令部にいるラシージとラハーリが上手くさばいてくれるだろう。

 ちなみにセリンは海上専門、自分の仕事はラシージがやっている。怠慢ではないと言い切れる。皆張り切ってますよー、と嬉しそうに下船して走り寄ってくる妖精の大隊長の頭を撫でる仕事がある。

「アソリウスの大将、総長のエルシオ・メリタリ=パスコンティじゃなくて聖女って聞いた?」

「聖女? 今代の第十六聖女ならアルギヴェンの長女だぞ。曰く、エデルト創始以来最強の男」

 一度もお目にかかったことはないが、海の勇者の再来とも呼ばれるヴィルキレクよりもタマがデカいらしい。

「聖皇の手下がこんなところに出張ってくると思う?」

「まあたぶん自称聖女ってところだろ。景気づけに適当な女を旗に吊るし上げて、可哀想にな」

 お飾りってのは許容範囲内に斜め上にぶっ飛んでると良い具合に馬鹿になれる。上手いこといってくれればいいんだが。

「脱出したエデルトの船にあの女、シルヴ・ベラスコイがいなかったみたい。島に残ってるかも」

「有り得るな。いや、そりゃそうだろうな。シルヴが折角の血みどろ負け戦を頑張る楽しみを逃すわけがない。ましてや敵に俺がいるだなんて確証がある日にゃ、逃げるはずがない」

 ということは自慢する機会がある。是非是非突撃をブチかましたいものだ。

「それが自称聖女の正体?」

「それは流石に恥ずかしいだろ。何か、聖典あたりを引用すれば丁度良さげな可愛い女の子でもいたんじゃないか? ここの、常識学問は全部それで学びました、みたいな連中には十分通用するだろ。シルヴは聖女というよりは女神様だからな」

「ふーん、そーお?」

 今ワザと声色を変えたようだ。セリンよ、シルヴ相手に対抗する必要は無いんだぞ。ありゃ戦場の女王をころがす殺戮の女神だ。

「しかしセレードの肉挽き器が相手か。あんな頼もしい味方はいないってことは、あんな敵いたら困るってことだよな」

「噂だけだったら凄いわよね」

「セレードの肉挽き器の噂は過大評価にあらず、と言っておこう。ほぼ確実に狙った場所へ砲弾を命中させる。榴散弾の雨なんて受けたら一日で死者が千人を超える、いや超した。負傷者、負傷後の死者なんて馬鹿みたいな数になるな。戦列組んでの野戦では絶対会いたくないし、会わないように仕向けなければいけない。シルヴを誘い出す戦術が必要だな。あいつの弱点らしい弱点と言えば、働き者であること。シルヴがいなければ打開できないような状況を作れば出てくる。それか放っておけば働きにくるからそれを迎え撃つ、というか全戦線で警戒しておかないとやってきやがる。先の大戦じゃ一緒にそこら中駆けずり回って、砲兵なのに騎兵みたいな動きまでした。シルヴの操る大砲が一番怖いが、専門馬鹿じゃないから歩兵に騎兵も色々やれる。それに多彩な魔術で何だってやれる奴だ。何度も単独で砲兵狩り部隊を撃退している。狙撃兵には小銃に術をかけて撃って頭を吹き飛ばした。軽騎兵隊の突撃には魔術で掘った落とし穴にはめて、足が止ったところで一斉射撃。歩兵縦隊の捨て身の波状攻撃には、弾火薬装填を魔術で部分省略した大砲の散弾連射で皆殺し。決死隊の夜襲には魔術の電撃を交えた白兵戦闘で撃退。民間人に扮した自爆攻撃は風の魔術で相殺。四日間休憩なしで動いても元気、立ったままどころか歩きながら寝る。腐った物食っても腹壊さない、馬の小便も平気な面で飲む……あいつ人間か?」

「強さだけは魔族並みって考えたほうがいいかもね」

「それに加えて盗んだもので魔族になってたら笑えるな」

「まっさか」

 あっはっは、と笑っていたら、待っていた者が到着する。降伏勧告に出向いた使者が帰って来た。よく生きて帰ってきたものだ。下馬して早速報告しようとするが、その前に保冷箱に入った雪を銀杯に入れ、レモンを絞った水を入れて手渡す。

「ありがとうございます!」

 使者は一気に飲み干して冷たさに眉間をしかめる。

「で、駄目だったか」

「はい。要求条項の一つとして受け入れられないとのことでした」

 確かに要求条項は、魔族の種の返還、島内の全捜査、関係者の引渡し、監査機関の設置、監査機関保護の為の武力組織の半永久放棄、必要と認められるまで諸政府機関の停止、停止した諸政府機関の代行を監査機関が担う、などと裸に引ん剥いてケツの中まで見せて弄らせろと言わんばかりだったし、こちらとしても政治的に妥協が出来ない以上はしょうがない。そんな結果だ。

 上陸部隊の第一陣の上陸もそろそろ終わる頃。内陸の方からは煙が上がっている。こちらに利用されたく無い物を焼いているのだろう。焦土作戦とは定番なことだ。

 ラシージを呼び出し、各隊の点呼を行わせ、各所へ進軍を開始する旨を伝えた伝令を走らせる。そして先に出発していた先行偵察部隊に増援を送る。

 馬に乗り、整列して隊形を整えて出発準備が完了した部隊を流して見る。そして各連隊長を集め、それぞれの正しい進軍路を再確認させてようやく出発。海軍の軍楽隊が景気づけの演奏で送ってくれる。セリンの見送りには馬を竿立たせて返事。


■■■


 そして派遣兵力の三分の一に当たる先行軍は順調に進軍を続けた。これと言って困る事件も無い。進んでも抵抗が無いということは奥地に誘引する気だろう。全力で水際迎撃されても勝っちゃうから面白くていいんだが。

 進軍中でも奴隷騎兵からの情報が逐一入ってきて、地図に書き加えることが増えてくる。こんなことが出来る連中を相手に野戦なんかしたら勝てるわけがないな。エデルト=セレード連合王国軍は篭城戦では中々良い戦いぶりだったが、野戦では奇襲が成功した時以外は徹底的にぶちのめされたものだ。

 道中の農村では戦争慣れしていなさすぎてのんびりしている農民が見受けられる。何かの行事かと思っているのか暢気にこっちを眺めたり、子供達が面白がって近づいてくる。小休憩を取れば妖精を見たことがないらしく、大陸の人間と違って和気藹々としている。やっとまともな反応をしにきたかと村長がやってくれば、井戸に糞尿を投げ込まないといけないのか? とこちらに聞いてくる始末。一応、焦土作戦を実行しようとした影が見えたが何ともお粗末。

 捜索隊からは調べる村々、全く何もありはしないと報告が届く。監視部隊を行く先々に置いているが結構歓待を受けているらしい。村民への暴行、食糧を取り上げようとする、などの行為を行わなければ問題ないと報告が届く。現地住民を根こそぎ相手に戦うのは非常に面倒なことなので、そこは仲良しゴッコ作戦で進めることにした。

 この島は事前調査通りに川の本数が少ない。そして上流からせき止められていて枯れてしまっている。その点は流石に手抜かりなかった。多少川に水が残っていてもそれは泥溜りで、おまけに腐った魚に蝿が集っていて臭い。煮沸しても飲む気にはならない。川の水源が全て内陸中央部に集中しているこの島ならではの作戦か。

 そこでラシージの出番。魔術で井戸を掘った上に石で側面を固め、ろ過装置までつけて綺麗な水が汲みだせた。農村が使っている井戸からの給水で大口を賄おうとすると直ぐに干上がってしまうので海上からの真水輸送を続けている現状では大助かり。いの一番にその水を試飲し、ラシージを抱きしめる。

 工兵に道を整備させながら進んでいるので進軍速度はあまり早くはないが、鈍いと言うほどでもない。地面は固い土なので均す程度で十分で、真っ直ぐな道を曲げる邪魔な大岩も爆破解体、窪みも埋め、林も伐採したり焼き払ったりする。問題は谷、そこに架ける橋は全て落とされた後。回り道は勿論あるが、大軍が進むには向いていない悪路続き。休憩や中継基地の設営も兼ねて進軍を停止する。

 ご丁寧に近隣の林は焼かれていて木材の調達に時間がかかる。野生動物等も逃げ出して新鮮な肉の確保も難しいようだ。

 橋を架け直すまで時間がかかる。ラシージに一気に谷を埋めてもらうことは考えたが、流石にそんな規模の魔術を使ったら本番の戦闘に差し支えるとのことで、基礎工事のみ魔術に頼った。

 今のところ、怖いくらいに衝突が無い。降伏勧告を断るのならば相応の覚悟と準備はしているはず。それにあのシルヴがいるのだ。聖女なんてものを祭り上げているぐらいだからやっぱ戦争しません、なんてことはないだろう。楽しみだ。

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