第3話「バシィール城」 ベルリク

 雪解けで泥沼化した街道。戦中はエデルト軍にくっついて歩いてたと言う行商と街道を進む。

 泥にはまったら押したり木の板を車輪に噛ませたりして救出、そして進む、またはまる、の繰り返し。労賃は食い物と酒。

 地面の具合が良くなってきた頃に行商と別れた。仲良くなったし、正直名残惜しかったが、文字通りに行く道が違った。あっちは西、こっちは南。

 南へ行くと早速橋が落ちていた。軍が橋を橋脚ごと爆破して以来修理していないらしい。渡し舟のおっさんとそれの古い知り合いらしい婆さんが料金のことでじゃれてた。その脇で素っ裸になり、脱いだ服と荷物を頭に乗っけて、濡らさないように歩いて泳いで歩いて渡る。すっげぇ冷てぇ。

 魔神代理領軍に破壊され、復興途上の街に入る。城壁ボロボロ、焼けた家、砲弾に穿り返された石畳。

 ここで土木の手伝いでもして小銭を稼ぐかと思って様子を伺ったが、街ぐるみで人攫いをしているにおいがした。

 初めはただの違和感。警戒心に変わったのは、戦後混乱期なら尚更隠さなきゃならないような綺麗な娘が荷運びを手伝えば給料を出すと言ってきたのだ。それも妙に賃金が高い。断ってもしつこかったが、他の男を見つけるやそっちに移った。その男は分かりやすい奴で、すぐにデレデレしてあっさり連れて行かれた。

 決定的なのは裏通りを覗いたら、手首に傷が目立つ妙に辛そうな労働者と、見張るように棍棒を持って緊張している自警団がいたことだ。たくましいと言うべきか、何と言うべきか。

 エデルト南の国境を示す川がある。そこには要塞化した大きな橋があり、戦火の影響も無く無傷だ。橋を抜けた時に後ろは振り返らなかったと思う。これから先は馴染みのある北部地方ではなく、見知らぬ中部地方。

 国境を越え、次に宿泊しようと思っていた街は迂回せざるを得なかった。小遣い稼ぎに兵隊を繰り出している軍がその街を包囲し、難癖つけて賠償金を要求している。その包囲軍相手に商売している行商から食い物を買った時に聞いた。

 通り過ぎる畑では包囲している側の兵士に指導され、農民が収穫前の若い作物を刈っている。道端の木には兵士に逆らったのか、農民達の首吊り死体が羽虫に囲まれて並んでいた。この辺り、中部地方は中小諸侯乱立状態で、いつもこんな感じだと噂で聞いている。とっとと抜けたい。

 次の街に入ろうとしたら通行税を要求された。

 また迂回、野宿して、次の日は農家の納屋に勝手に寝させてもらい、仕事に来た農夫の足音で起きて抜け出す……と思ったが思い直し、事情説明した後に乳の出る雌山羊を一頭買った。値段は安かった。それでも吹っ掛けた感じだったが、こっちは貧乏で物価が安いことを思い出した。

 山羊に荷物を持たせ、その乳を飲みながら進む。この辺りは本当に居心地が悪いので歩く時間を長くする工夫の心算だ。

 傭兵や盗賊、同じ連中だが、そいつらが荒らして歩いているので食い物が買えるところが少なく、それは住民も同じで、彼等は山菜どころか柔らかい雑草も刈り入れているぐらいだ。そんな土地じゃ狩猟も採集もマトモにやれるものではない。やるにしても手間が掛かりすぎる。

 統制が効いている大きな傭兵団がいて、そいつらにくっついて歩いている行商から塩を買い、薪を集めてから雌山羊は解体して保存食に加工。最近は足取りが遅く、乳も出なくなってきたのだ。泥棒をぶん殴ったり、傭兵やら娼婦からの誘いを断りながら加工を終る。

 山羊肉が尽きる頃、やっと大きな街に入る。街の真ん中を大きな川が流れている種類の街で活気がある。

 仕事が無いかと街をブラついていたら、仕事をくれそうな怖いお兄さん達に見つかる。

 強制徴募隊だ。健康そうな浮浪者や無職を取っ捕まえている最中のようで、逃げる。追い縋って来た奴を振り向き様に、怪我させないように手の平で殴り倒す。殺してやろうかと思ったが、恨みを覚えた狼みたいに追って来そうだから止めた。

 やや急いで南に向かう。途中で修道院に泊めてもらおうと思ったが、巡礼者や聖職者じゃないとダメだと断られた。教義は勉強しているので信者のフリは出来る。しかし自分は向こうが言う異教徒であることに誇りがあるのでフリはしない。

 母方の祖父が言った「大地は母、山は父、風は祖先、天は見ている」という言葉だけで終る教えを汚す気がする。ちなみに海は何だと聞いたら「知らん」だと。

 万年雪を被らない程度の山を登る。山道を進むと、まあまあ標高が高い所に関門があった。

 流民の流入に目を光らせている様子が伺える。北からの餓えた連中なんか受け入れたらエラいことになるからだ。追い返された流民がその辺で寝転がり、もう少ししたら難民居留地みたいになりそうだ。

 関所の役人には堂々と、元エデルト軍士官で新しい仕官先を探していると言ったら通してくれた。おまけに簡単だが、どこの国のどの貴族がお勧めだとまで教えてくれた。良いおっさんだった。ハゲだし。

 山を降り、川沿いに進むと見てきた。南部地方一の大都市、と言われそうな街。

 貧民街はともかく、中産階級以上の所は綺麗な街並みで汚い格好じゃ入り辛い。頑丈一点張りの臭い革の上衣姿じゃ追い返されるだろう。

 身体を洗い、油紙で大切に守ってきた綺麗な服を着る。帽子も軍時代からのくたびれた三角帽ではなく、簡単な飾りが付いた絹製の帽子。親父の帽子を勝手にもってきた。これで貧乏貴族程度には見える、実際そうだ。

 金はというと結構ある。博打で勝ったからだ。でもシルヴに怒られて以来はやってない。

 おしゃれなお茶屋で情報収集。聞き耳立てる程度で結構聞こえてくる。

 西大洋方面。世俗の大国では新大陸開拓とか何とかで活気付いているそうだ。これは面白そうだが、大陸に渡る航海がかなり長いらしい。浮かぶ臭ぇ棺桶に長期間とはちょっと気が滅入る。避けられない病気が何より怖い。

 中大洋方面。魔神代理領とは仲が悪いのか良いのか良く分からない沿岸諸国がある。こちらの国々では正規軍よりも傭兵軍が主体で、小競り合いや睨み合いが続いているので稼ぎには困らない様子。ただ不気味な謀略話が多く、妙なことに巻き込まれそうなので安易に関わらないほうが良さそうだ。

 魔神代理領北西方面。先の大戦では激戦地で、中部地方よりも土地が荒れている。商売に行っても盗賊が多いから、必要最低限の護衛を雇っても金にならない。魔神代理領に併合された地域がまだ抵抗しているから、治安が安定するまでに時間が掛かるらしい。

 後は目的地の情報に絞って聞き耳を立てる。

 次にその目的地の情報が知れそうな本を本屋で立ち読み。注意しにきた店の親父に、値段の十分の一くらいの金を渡す。それからじっくり読んで、本棚に戻す。

 夜になったら交易商が多そうな酒場へ行き、具体的に聞いて回る。あとは宿で気持ち良く寝る。


■■■


 出発、目指すは東部。旧イスタメル公国領、そして魔神代理領。入ると話の通りに荒廃していて、目を開けてるだけでも具合が悪くなってくる。

 骨と錆びた鉄に砕けた木材がよく散らばっているおかげで何があったかよくわかる。

 街道に面した村を通る。黒く焦げた、半ば腐った、そんな廃材で建てた掘っ立て小屋からは大きい目がちらつく。痩せて目の回りの肉が無い顔だ。あれなら人を襲って食いかねない。警戒しつつ足早に去る。

 こちらに向かって来るような足音が後ろから聞こえ、一瞬振り返る。村の中では一番綺麗そうな娘――かなり痩せてる――が近寄って来ている。

 自分でも良くやった戦法だ。エデルトでもやられそうになった。これに食いついてしまったら地獄だ。

 その娘が泣き声混じりに言う。

「そこの人待って……」

 走って逃げる。男達の怒鳴り声に女達の金切り声が混じって聞こえ始める。ほら、やっぱりな。

 待ち伏せの男が二人行く手を遮ろうとする。痩せてて、目付きが普通の人間じゃない。

 地面の土を掬って顔に投げて目潰し。二人揃って顔を庇ったところで飛び蹴りで一人倒し、もう一人は髪の毛掴んで後ろに倒し、目を殴る、そいつは目を抑えてのた打ち回る。それから蹴り倒した奴の顔を思いきり踏みつけ、骨が脆かったようで派手に折れた音が出る。気迫は凄かったが、栄養失調の痩せた奴だから簡単に倒せた。

 走って逃げ、距離を取ったのを確認して持久走に移り、しばらく走る。あの村の連中は完全に振り切ったと思う。餓えた連中が徒歩で長距離を追って来れると思わない。馬なんかいたらとっくに食ってるだろうし。

 日も下がってきた。野宿する場所を確保しようと考えていると、大きな野営陣地を確認。大小のテントと篝火が立ち並ぶ。

 あれが魔神代理領の軍か? 旗は立てられているが、生憎その持ち主はよく分からない。

 警備中の兵士が近づいてくる。仕事はちゃんとする連中らしい。

「そこのお前、何者だ?」

 錆びた兜と胸甲を身に付けた胸甲騎兵もどきで、その髭面は何とも言えないくたびれた風貌だ。

「旅人です。西の方から来ました」

 来た道を指差し、

「村人に食われかけました」

 作り笑いをしながら様子を伺う、どうも魔神代理領の軍じゃなさそうだ。あり合わせの武器を持ち寄った民兵に毛が生えた程度で、銃よりも急造の槍のような武器が多く、軍服を着ている者が少ない。

「ここに来た目的は?」

「若くて身体が動く内に遥か遠い北大陸の東側に行こうかと思ってます」

「ここがどこか分かっているのか?」

「魔神代理領に併合され……」

 た地域。と言ったらブチキレそうな面に見える。

「そうになっているイスタメル公国でしたかね」

 言い方を変える。喧嘩を売りそうになった。

「よく分かっているな。その通り、我等イスタメル公国軍はあのような屈辱的な和約など受け入れない。ここを魔族どもには決して渡さない!」

 握りこぶしを作る兵士。下手に関わると面倒そうな奴だな。

「そうだ君……」

 察した、徴兵する気だ。始めは下手に出るだろうが次には強引にくるだろう。

「それでは兵隊さん、祖国のために義務を果たしてくださいね。私も東にある母の祖国を目指していますので、先に失礼します」

「お、おおそうか。気をつけなさい。道中、魔族に襲われないようにな」

「はい」

 野営陣地を去る。隅っこの方でも借りようかと思っていたが、やはり面倒ごとになりそうだ。

 それにしても道中魔族に襲われないようにって、そんな大物が道端にいてたまるか。大抵の魔族は高級な役職持ちで、大貴族みたいな連中だというのに。かつては国境を接していたくせに敵を知る勉強もしていないのか?

 完全に日が暮れる前に野宿の場所を決める。


■■■


 翌日。起きた時には太陽の位置が少し高かった。ちょっと疲れていたか。特に急ぐわけでもないのでのんびり出発する。

 昔、母の親戚が狩りへ連れて行ってくれたことがある。その時虎を初めて見た。優雅で力強く美しかった。大人達が恐怖している中、自分は見惚れていた。

 あの髭面兵士、あながち嘘は言っていなかった。道端に大物がいた。

 見るからに魔族。髪は赤く長い羽毛、頭に巻いた布から角が二本突き出て、背の側へ伸びている。そして鱗に覆われた翼が一対。上が黒、下が白の魔神代理領の軍服姿。

 一人ポツンと道端に立っていた魔族は、美しいとか凛々しいとか通り越し、一目で何もかもが凄いと思った。

 抜けた気が戻って思った。これが一目惚れか。

 どうにも悩み深げにしているので声を掛ける。

「そこの魔族さん。お困りかな?」

「あの城が欲しくてな」

「じゃあ取ってきてやるよ」

「そうか、男だな」

 そう言われてからその城とやらを見る。街道から川沿いの脇道に入り、坂を上った丘にあった。

 自分の言葉も相手の言葉も口に出されたのが信じられない。しかし久しぶりにやる気が溢れ出てる。

「じゃあ突っ込むかー」

 綺麗な服を取り出して着替え、準備完了。そして本当に惚れてしまったのか、その魔族の前で着替えたことに気付いてちょっと恥ずかしくなった。これはこれでいい。

 坂を上り、水の流れる掘を渡す跳ね橋を通り、鉄柵門の前で斧槍を持って警備している門番に堂々と話し掛ける。

「私は魔神代理領イスタメル総督より使わされた使者です。旧イスタメル公国軍の拠点シェレヴィンツァは陥落し、指導者並びに幹部級の者は抵抗した罪で全員処刑されました。降伏勧告です、従って頂きたい」

 門番達は呆けてる。これじゃちょっとマズかったかな? いきなり耳元で吠えられたほうがまだ理解しやすそうだ。

「降伏勧告。そういことなんで、取り次いでくれないか?」

「んー、ちょっと待ってください。取り次いできます」

 門番の一人が首を傾げながら取り次ぎに行く。

 何の気なしに周りを見ると、奴隷らしきボロボロな服を着た妖精達がいた。城壁の外で仲間の葬式をしているようだ。

「彼等は奴隷かな?」

「そうですね。下水掃除とかそういう汚いことやらせるのに買ったらしいです。使者さん、俺達下っ端ってどうなるの?」

 可愛いくらいに若い門番がそう言う。その台詞は用意していないな。

「逆らわなきゃ首は斬られないと思うよ。妖精ども! もうすぐ解放だから待ってろよ」

 声をかけられて妖精達は顔をこっちに向けるが、理解しているんだか分からない顔をしてる。

 ボゴンっと変な音が鳴る。そして遺体を担いでから穴に下ろし、何時の間にか地上に現れた土を被せて埋め始めた。掘ってから埋めるまであっという間。妖精の一人が魔術を使って一発で穴を掘った様子。あれは凄い。使えるかもしれない。

「お待たせしました、私がこのバシィール城の守備を任されている隊長です」

 守備隊長が出てくる、上下真っ白な軍服姿は立派に見える。そして表の荒廃ぶりと違い、当たり前の丁寧な対応だ。そして、この城はバシィールって名前か。

「どうも、本日は降伏勧告に参りました。私は魔神代理領イスタメル総督より使わされた使者です。旧イスタメル公国軍の拠点シェレヴィンツァは陥落、指導者並びに幹部級の者は抵抗した罪で全員処刑されました。武装解除し、降伏して頂きたい」

「なるほど。そのイスタメル総督からの書状をお見せください」

「それがですね、将軍がシェレヴィンツァにブチキレててそういう肝心な物を作ってないんですよ。下っ端の私じゃどうにもならないぐらいでして。それでもガキの使いじゃない、追い返すなら追い返すで城主から直接その理由を聞かないと引けません」

 そして若干声を潜めて続ける。

「これで引いたらたぶん俺とあんたら全員の首が落ちる。その将軍、頭怪我してから半分イカれてやがる。俺の前任がその紙切れ作れと言った瞬間、変な魔術で頭が吹っ飛んだ。で、次に俺が指差されて、代わりに行け、ってことになってるんだ。俺は死んでも引かないからな」

 守備隊長は顎に手を当てながら思案顔。

「まあ、政治的なことは守備隊長の領分じゃない。ついて来てください」

 守備隊長と、途中で兵士が一人ついて案内される。中は花壇が整備されていて結構綺麗。堅牢な戦城というよりはデカい壁付きのお屋敷といった雰囲気だ。

 何をしたかは知らないが、背骨が見えるほど鞭打たれた跡の妖精が、首と手に枷がつけられて転がっているのが目立つ。血は乾いているようだが、さほど虫が集っていないから先ほどのことだろうか?

 城内に入る。人気の無い廊下で兵士の股間を蹴り上げる、潰れた感触だ。異常に気付く前に隊長の首を、喉を手首で潰しながら締める。

 両者の気絶の確認をし、空き部屋に隠し、それから下女をつかまえて、便所に行ってたら迷った、と城主の部屋まで案内させる。

 下女がドアを二回叩く。

「城主さま、お客さまです。えーと……」

「魔神代理領イスタメル総督からの使いの者です。入ってよろしいですか」

 しばらく返事が無かった。咳払いは聞こえた。そしてゆっくり、内側からドアが開く。

「どうぞ」

 文官らしき爺さんに促されて入室、机の上の書類に墨をこぼした城主が待っていた。その文官爺さんの親父と言われても納得できるくらいの爺様だ。

「書状は頂けるか? 言葉だけでは信じられん」

「イスタメル総督は大変お怒りです。その理由はシェレヴィンツァが降伏を拒否したことでして、指導者幹部級は全て斬首の上に吊るしたことでお分かりになられるかと。それに彼等の家族も処刑され、今はその下で薪のように並べられています」

 何ということだと、城主は目を閉じて首を振る。文官は溜息をついて椅子に座りこむ。

「そして使者として私が降伏を告げに来ました。総督に書状を要求した私の前任者は魔術で瞬く間に殺され、次に私が指名されたのです。ですので口頭で告げる以上は出来ません」

「ふむ……そう言えば守備隊長はどうしたのかな?」

 城主の目つきが変わった気がする。バレたか?

「門を通してもらった後、真っ直ぐ出て行ていきましたね。我々と内通していたのかもしれません。おかげで道案内を探さないといけなかった」

 城主が目線を下げる。混乱してきたかな。

「武装解除命令を出してください。その状態で門の外で整列させるようにと言われています」

 城主が手にこぼれた墨がついているのにも気付かず、顔に手を当てて黒く塗り始める。

「閣下、シェレヴィンツァ陥落の報告が来ていませんので判断は慎重にお願いします」

 文官爺さんが余計なことを言う。これで騙されてるくせに変に勘を働かせやがる。

「それはそうでしょう。我が軍の騎兵が全力を挙げて斥候や伝令を狩っていますから。それとあなた、賢いせいで損をしますよ。現地人の再任用があります。それに私にはいいですが、少しでも逆らう気配を見せたら一家丸ごと殺されますよ」

 脅してみる。文官爺さんは黙らない。

「あなた、本当に魔神代理領の者ですか? 北の人間に見えます」

「元エデルト=セレード連合王国、陸軍大尉ベルリク。先の大戦で捕虜になり、そのまま仕官しました。身分を疑うのは結構ですが、今の総督の頭の中は不可思議な状態です。急に軍を差し向けてきて、武装解除されていないから皆殺し、とそんなことをやりかねませんよ」

 城主が震えた手で水を飲み、文官爺さんへ全員を広場に集めるよう言う。

 前から思っていたが、よくもこんなに嘘がスラスラ出てくるものだ。自分にビックリする。

 城内の広場で城主と待っていると、あの二人を除いて全員が集まる。妖精達も来た。

「皆の者、今までご苦労だった。長かったと思うが、これで終りだ。兵士諸君、武器を捨てよ」

 城主が武装解除命令を出すと兵士たちが持っていた武器を地面に置き始める。中には泣いている奴もいて、つられて泣きそうになる。だって、こんな嘘っぱちでこんなに悲しそうにしている。

「全員、門の外で整列せよ。我々の負けだ、せめて生き残ろう」

 兵士や召使達は落ち込むやら晴れ晴れしいやら様々な表情を見せる。

 魔神代理領、そして魔族への恐怖のせいだ。こんなマトモであれば信じない嘘でも信じてしまう。嘘は吐いたが、全て有り得る嘘だから信じられた。

 城主が門の外で整列をさせ始める。

「妖精達こっち集まれ」

 ボロボロな格好の妖精達が素早く集まってくる。本当に奴隷だったのかと疑うほど動きに迷いも何もない。

「今日、墓穴を魔術で掘った奴がいるだろう。誰だ?」

 他の妖精よりも顔つきが鋭い感じの奴が一歩前に出る。

「門の代わりを作成して即座に封鎖が可能か?」

 ちょっと軍隊っぽく言ってしまったが、聡いようで自信有り気にうなづく。

 そしてその妖精はこちらの斜め前に立ち、妖精達の方へ身体を向ける。

「皆、この人間の指示に従うように」

 と言うと、

『はい親分!』

 と合唱。なんだこれ、すげぇ可愛い。

 そういえばエデルト軍にも土を盛ったり掘ったりできる奴がいて、工兵部隊じゃ神様扱いだった。

「門、封鎖」

 その妖精が地面に手をつき、門を睨みつける。地面が敷石を弾き飛ばして盛り上がり、門を土壁が塞ぐ。これは本当に掘り出し物だ。こんな奴が奴隷だなんて何の冗談だ?

「名前は?」

「ラシージ」

「この中で銃を使える奴はいるか?」

「皆、武器を拾え。銃を持った者は城壁の上へ、何時でも射撃できるようにしろ。他は城内に残った者がいないか捜索」

『はーい!』

 妖精達が武器を拾い、銃を持った者は城壁内側の階段から上る。

 ラシージというこの妖精、訓練されたどころか実戦を知っているような迷いの無さだ。他の妖精の純朴そうな目と違い、色気すら感じる切れ長の目をしている。そして気付いたら見詰め合ってた。ラシージの表情は読めない、照れるも笑うも怒るも何もしない。

 何とか目線を離しながら、門代わりの土を触ると石みたいにガチガチ。外からギャーギャー騒ぎながら土壁を叩いている音がするが、少しも崩れる気配はない。

 城壁内側の階段を上る。ラシージが後をついてくる。

「このバシィール城は貰った! 城主さんよ、喋ったことはデタラメだ。ただ、本当のことも混ざってるから気をつけろよ」

 城主には聞こえていない。倒れ、道案内してくれた下女が介抱している。

 妖精の一人が逃げ出そうとした兵士の足元を狙って撃ち、地面に着弾。ビビってこける。

「お前達、人に当てないように撃て」

 一斉射撃の指示を出した覚えはないが、その指示を出したと同時に妖精達は一斉に射撃姿勢を取り、一斉射撃を行った。

 音に驚いた女の悲鳴が響く。長年訓練を重ねた部隊でもなければ出来ないほど銃声が揃ってた。

 妖精は妙なほど素直に言われた通りに行動するという。本で読んだかぎりの知識だが、あれだけの魔術が使えるラシージが奴隷なんかをしていたのもそのせいか?

 さぐるように妖精達がゆっくり銃に弾薬を装填していく。まるで初めて銃に触るように慎重だ。装填を終えるのを待って声を出す。喋り方は軍隊風に改める。

「全隊構え」

 妖精が一斉に銃口を門の外の者達に向ける。

「バシィール城の元住人達は一箇所に固まれ」

 彼等は大人しく従う。

「ラシージ、檻だ、死なないように」

 ラシージは頷く。地面が盛り上がり、彼等を覆う。そしてちゃんと空気穴がある土の檻が現れる。

 銃を持った妖精達には警戒を続けるよう指示。その頃には城内でぶっ倒れてた二人が引っ張り出されて来て、それからラシージが地面を魔術で掘り、首から上だけ出して埋める。

「ラシージ、これだけできるのに何で今まで奴隷なんかしてた?」

「中と外の期を見てた」

「なるほど。あー、銃は? かなり動きが統制されてるが全員元軍人か?」

「座学で教えた」

 座学とは、教師が凄いのか生徒が凄いのか。共和革命があった国で支配者層の人間が奴隷の妖精に皆殺しにされたという話も信じられそう。

 厩から馬を一頭頂戴して乗る。門の土壁の前に来ると壁が崩壊。

「今から城落としたって報告して来るから、留守任せた」

 ラシージは頷く。妖精達は手を振り、

『いってらっしゃーい!』

 門をくぐる。直ぐに土壁が復活する。ほんとすげぇぞこれ。

 通りながら土の檻をガチガチ殴る。崩すのは大砲でもなけりゃ無理そうだ。中から恨み言やら泣き声が聞こえる。

 坂を下り、あの魔族のいた場所に良い気分で戻る。

 あの魔族はいた。それの隣に体毛と同じ真っ黒で地味な服を着た犬頭の獣人がいて、地面に描かれた、さっき落とした城の見取り図を眺めて思案顔。それと周囲には精強そうな騎兵がざっと三百騎。歩兵も続々と到着して整列を始めている。それに大砲に馬車も動いていて、間もなく攻撃配置ってところか。

 魔族に近づく。獣人が横面を向けて睨んでくる。それは目が側面についてるからか?

「我々は見ての通りだが、何用かな?」

 魔族はこちらに顔も向けず、すまし顔。代わりに獣人が喋る。この化け物どもが人間様をなめやがって。まあ妖精様の功績も大だが。

「取ってきた」

 魔族がようやくこちらに顔を向けて喋る。

「ご苦労」

 獣人はそれで分かったのか、足で見取り図を一撫でで消す。

 魔族は正面、胸と胸がくっつく手前まで近寄る。緑で瞳孔が縦に走る目が熱を感じるほど近づく。というかもう鼻先がくっついて鼻息がかかってる。

「名前を聞こう」

「ベルリク=カラバザル・グルツァラザツク・レスリャジン。以前まではエデルト=セレード連合王国で陸軍中尉でした」

「ベルリク=カラバザル・グルツァラザツク・レスリャジン。バシィール城の城主に任ずる。別命あるまで準備しておけ」

 魔族は馬に乗って去る。仕官させてくれないかと期待はしていたが、いきなり城主?

「あのお方はこの地、イスタメル州を治めるルサレヤ総督閣下である」

 獣人は犬頭のせいで感情が読めない。これが噂の獣人奴隷か? 黒人奴隷より遥かに珍重されているとか何とか。士官学校で、魔族の隣にいる獣人奴隷は副官相当だから扱いには注意しろと教えられた。

「類稀なる貴君の武功に対し、バシィール城城主の地位を与えて下さった。まずは城を守り、偵察や監視が出来るようにしろ。それから補給部隊の護衛が出来る戦力を確保すること。徴兵、治安の維持は別命あるまで任意で行え。戦地特例が適応されているから多少は雑でも問題ない。今後この地を治めるという事を念頭に入れて常識的に行動すれば法典を暗記せずとも違法はしないだろう」

 獣人は立ち去ろうとして一旦背を向け、向き直る。肩を掴まれ、ずいと顔を寄せてくる。黄色い目が、横から真っ直ぐ見つめてくる。

「お前、イカれてるな」

「そうかい?」

「銃殺に処されたと思ったものだ」

 あの一斉射撃か。あー、そう聞こえるかもなぁ。

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