第7話 メイドと書いて◯◯◯と読む

 ウォルターが家事をこなしている間、俺は彼女に連れられて、町に唯一の雑貨屋に来ていた。


 一見、古びた骨董品店にしか見えないこの店は、わざわざ遠方から来る客もいるほど繁盛している。

 その理由は、小さな町にある店の割に品揃えが豊富で、大きな街では既に手に入らない様な貴重な物があったりとで、何かと重宝されているからだ。

 店主のお爺さんが各地から集めた品の中には使い方の分からないヘンテコな物から魔導具まで様々な物がある。それも魅力なのかもしれない。



「うむ。こんなものかな。後は……」


「ま、まだ買うのか? もう持ち切れないぞ」



 彼女は買い物が好き。という訳でも無いのだが、大事な来客がある。

 あの家には二人分の食器しか置いていないので買い出しに来たのだ。



「だらしがないなぁ。まだ食料品の買い出しが残っているのだぞ?」


「それなら予め俺に言っておいてくれれば揃えて来たのに」


「んー。それはそうなのだが。彼女に会うのは久しぶりだから、私が選んだ物で持てなしてやりたいんだよ」



 彼女というのは、ウォルターと同じく身の回りの世話をしているメイド長の事だ。

 事情を知らない者は、魔王がメイドをもてなすなんておかしな話だと言うだろう。

 俺も最初はそう思っていた。

 だが、彼女はメイド長という肩書きの他に魔王軍筆頭家臣としての地位を持っている。

 筆頭家臣がメイド長とはつくづく彼女らしい。


 メイド長の名前はマリア。

 数多くいるメイドの中で唯一、彼女の部屋への入室を許可された人物だ。

 彼女とは幼馴染で幼い頃に一緒に暮らしていた事もあるそうで、非常に高貴な家柄の出身なのだそうだ。

 人間の世界でも身分の高い人物の執事やメイドは身分を保証する意味合いもあって家柄の良い人物が選ばれる。そういう所は人間も魔族も同じらしい。



「いつ頃こっちに来る予定なんだ?」


「明日の朝になると手紙に書いてあった。でも、彼女は忙しいからどうだろうな。まぁ、遅くとも夕食までには来ると思う」


「分かった。俺も彼女に会うのは久しぶりだ。確か、俺が初めて魔王城へ行った時だったな」


「ああ、懐かしいな。君が人間だとバレない様に変装までしたのに、彼女は一目で君が人間だと見破った」


「あれには俺も驚いた。変装も魔力の偽装も完璧だった筈なのにな」



 俺が魔王城へ行ったのは、彼女の下僕になって暫くの事だ。

 生活に必要な物を取りに行くついでに、魔王城を案内してやると彼女が言い出したのがきっかけだった。


 世界中を探し回っても見つけられなかった魔界への入り口が、何の変哲も無い洞窟の中にあったと知った時はショックだった。

 しかも、彼女が言うには、魔界への入り口は世界中にいくつもあるそうだ。

 そして驚くべき事に、そのほとんどを隠していないらしい。

 何故隠さないのかと聞いたら『人件費の無駄だ』と、身も蓋も無い答えが返って来た。

『仮に人間が見つけても魔物を恐れて近付かないし、洞窟そのものを人間達が塞いでしまうので、いちいち魔族側が管理をする必要は無い』とも言っていた。

 確かにその通りだが、必死に探していた俺としては複雑な心境だ。

 俺の元にそんな情報は入って来なかった。多分、見つけた人間は洞窟を見なかった事にしたんだろう。


 城門の警備を通り抜け、彼女の部屋に着くまで誰も俺が人間だと気付かなかった。

 随分念入りに準備をした甲斐があったと思ったが、部屋の中にいたメイドは俺を見るなり警戒心を露わにして叫んだ。



「止まりなさい! 貴方……人間ね?」


「な、何を言っているのだマリア。彼はーーー」


「シャルちゃんは黙っていて。人間…何の目的か知らないけれど、シャルちゃんは騙せても私の目は騙せませんよ!!!」



 変装を見破った?!

 ただのメイドでは無いのか?



「いや、俺は彼女の手伝いで……!」


「言い訳無用! 問答無用! 覚悟!!!」


「なっ!? ちょっ…!」



 マリアと呼ばれたメイドは、隠し持っていたスプーンとナイフを使って攻撃して来た。

 咄嗟に腰に下げていたナイフで応戦したのだが、マリアの攻撃はとてもメイドのものとは思えないくらい重かった。



(ぐぅ! な、なんだこの重さは?! 気を抜くと押し込まれる!)


「シャルちゃんを狙う輩は許しません!!!」


「待て待て待て! マリア。彼は良いんだ! とにかく落ち着くのだ!」



 彼女がマリアの腕を掴んで攻撃を止めた。



「どいてシャルちゃん! どうして人間を庇うの?! 」


「良いから! ちょっとこっちへ来るのだ!」



 彼女はマリアを部屋の隅へ引っ張って行くとヒソヒソと話し始めた。



(上手く事情を説明してくれていると良いのだが……)



 チラチラとこちらを見るマリアの顔が次第に赤くなっていく。


 どうやら説明が終わったらしい。マリアは先程と一転して穏やかな笑顔をしたまま俺に向かって歩いて来た。



「まあ!!! まあまあまあまあまあ! 」


(近い近い近い近い近い!!!)


「貴方が噂の彼だったのね。シャルちゃんおっちょこちょいだから、てっきり悪い人間に騙されているんだと思ってしまって。早とちりしてしまってごめんなさいね」


「あ、いや…誤解が解けたのなら良いんだ」


「むう! くっつき過ぎなのだ! は・な・れ・ろ・マリア!」



 ほとんど密着状態だった俺達の間に強引に入って来た。

 彼女の搔き分ける手がマリアの豊かな胸の形状を変えて行く。これには流石の俺も目のやり場に困ってしまった。



「シャルちゃんはやきもち焼きさんね〜。取ったりしないのに」


「ち、違っ! そういうのでは無い! 私の目の前で不順な行為は許さないのだ!」


「ふふふ。でも、残念ね。出来れば素顔が見たかったのだけど……」


「すまない。人間だとバレるとマズいからな。この変装を外す訳にはいかないんだ」



 この変装には特殊な素材と魔法をかけてある。

 人間の匂いを消し、勇者の放つ光の属性を抑えているのだ。



「それじゃあ仕方ないわね…」



 マリアは残念そうな顔をして一歩下がった。



「言っておくがマリアに手を出したら、いくら君でも許さないからな!」


「え? あ、ああ…。大丈夫だ」


「本当かぁ? …ちなみに、マリアは男だ」


「は?」



 男?

 俺はこの時、かなり間抜けな顔をしていたと思う。


 マリアはどこからどう見ても女性だ。

 身長は彼女よりも少し低く、栗色のウェーブかかった長い髪はよく手入れされて艶があるし、長いまつ毛に柔らかそうなピンク色の唇。顔付き、身体付き、どれも女性のそれだ。



「あらあら。そんなに見つめられたら困ってしまうわ。シャルちゃんに悪いもの…」


「むう! マリアをジロジロ見過ぎだ!」


「そ、そんなつもりは無い。ただ、やはり男には見えないんだが」


「マリアは雌雄同体なのだ。男でもあるし女でもある。しかし、どちらでも無いとも言える。まあ、基本的には男だな。そう言えば、人間の本に興味深い事が書いてあったな」


「なあに?」


「マリアの様に基本男なのに女の格好をしている者の事を『男の娘』と言うそうだ。

 人間はなかなか面白い発想をするものだ。マリアを表現するのにピッタリの言葉だ」


(一体何の本を読んだんだ……)


「人間って不思議ね〜。シャルちゃんが人間に興味を持つのも分かる気がするわ」


「そうであろう? マリアも人間界に遊びに来ると良い。直ぐには無理だろうが、暇が出来たら連絡してくれ。歓迎するのだ!」


「まあ! 素敵ね。じゃあ、楽しみにしているわね」



 その後、彼女の用事を済ませた俺達はまた会う約束をして人間界に帰って来た。

 マリアと別れるまでの間、終始彼女の見張っている様な視線を感じたが気にしないでおこう。





「あれからもう一年くらい経っているな。マリアもようやく時間が出来た様だし、こちらでゆっくり疲れを癒してくれると良いな」


「そうだな。ところで、マリアの好物は分かるか? 俺に作れる物だったら、その食材も買っておこう」


「うむ。なかなか良い事を言うではないか。マリアの好物は私と同じでオムライスだ。ん? 待てよ……」



 彼女は急に立ち止まり腕を組んで何やら真剣に考え出した。



「どうした? 他にも好物があるのか?」


「ハッ! もしや……」



 何かを思い付いたらしい彼女は、難しい顔をしたまま俺に詰め寄って来てこう言った。



「君がマリアの好みを気にするなんておかしいのだ! まさかマリアを狙っておるのではあるまいな?! どうなのだ!?」


「は? な、何の話だ?」


「と、惚けるだと?! これが本に書いてあった例のアレか! むうー! 止めだ! マリアには普通の夕食を用意するのだ!!! 分かったな!」


「お、おう……」



 突然怒り出した理由が分からないまま、普通の夕食の食材を買って帰る事になった。


 帰ったらウォルターに持てなしの極意でも聞いてみようと思う。

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拾われ勇者は魔王の下僕で◯◯で 早瀬 @kazetubaki

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