第6話 魔王のダンジョン

「まったく! ウォルター! もう少し食材は吟味しろ! 私だから助かったが、普通の人間なら一口食べただけで即死するぞ!

 それと君もだ。あんな致死量の猛毒スープを飲んで何故平気なのだ?? 元勇者だからって出鱈目にも程があるぞ!」



 彼女が目を覚ました後、俺とウォルターは冷たい床の上で姿勢を正して座っていた。

 東方の国ではこれを正座と言うらしい。


 彼女の怒りは収まる気配が無い。

 気絶していた所為で安らかな眠りにつく事が出来ず、毎朝楽しみにしていた目玉焼きも食べ損ねたのだ。

 無理もない。

 そして、今は夕方だ。

 昼食も食べ損ねた彼女の怒りは益々激しくなっていった。




 彼女が気絶していて、一つ分かった事がある。


 彼女の様子を見に部屋に入った筈のウォルターの気配が消えたのだ。不振に思い俺が駆け付けた時には既に、別空間への入り口が開いていた。

 いつも寝ている間に空間を捻じ曲げてしまう困った癖は、彼女が意識を失っていれば勝手に発動する様だ。


 別にウォルターがどうなろうと知った事ではない。

 しかし、空間の中にある出口を見つけなければ彼女の元へ辿り着けないのだ。

 俺は仕方なく聖剣と最強の盾を装備して空間の中へ入って行った。


 今日はダンジョンに繋がっていた。

 ただ、今回は少し様子が違う。


 毒を使った攻撃をする魔物に、毒を使った罠、沼。

 ダンジョンの中にあるあらゆる物に毒があった。

 俺はある事に気付いた。

 これはもしかしたら、彼女の深層心理にある物が関係しているのかもしれない。

 寝る前の彼女がその日もっとも関心を持った物に影響されるのではないか?

 今は憶測に過ぎないが、その内検証してみようと思う。


 俺は毒耐性を持っている。

 だからウォルターの作ったスープも問題無く食べる事が出来た。

 まぁ、彼女に言われるまで猛毒スープだとは気付かなかった訳だが…


 ダンジョン攻略も中盤に差し掛かった頃、ウォルターと遭遇した。



「貴方も来ましたか」


「ああ。このダンジョンを攻略しないと彼女の元へ行けないからな」



 ウォルターは武器を使わない。

 攻撃魔法主体の戦闘スタイルを得意としている。



「一つ、お聞きしても?」


「何だ?」


「魔王様は毎日この様なダンジョンを作り出されるのですか?」



 今更俺に聞く様な事なのか?

 そう思ったが、敢えて聞かなかった。



「毎日だ。空間の繋がる先がダンジョンとは限らないがな」


「そうですか……」



 ウォルターは何か考える素振りを見せると、そのままダンジョンの奥へと歩いて行った。


 道中の魔物の強さは大した事は無い。

 厄介なのは毒だけだ。もし、普通の冒険者がこのダンジョンに挑むなら、大量の解毒薬に、状態異常を治癒出来る神官がパーティーには必須だ。



 ボスがいるエリアに入った時、ウォルターが通路を戻って来た。


「遅いですよ」


「先に行けば良いだろう」


「そうしたいのは山々ですが、私ではあのボスを倒すのに時間がかかり過ぎます。何しろ魔法が一切効きませんからね。困ったていたのですよ。後は頼みましたよ」



 ウォルターは俺の後ろに下がると先に行けと促した。


 自分勝手な奴だ。

 俺は聖剣を構えボス部屋に入って行った。


 現れたのは巨大なキノコだった。

 動けない代わりに胞子を撒き散らして小さなキノコの魔物を生み出している。

 この手の魔物は厄介だ。本体を攻撃しても、別れた魔物を使って直ぐに再生してしまう。



「これは焼き払うしか無いな。おい、ウォルター下がっていろ。炎の魔法で焼き尽くす」


「貴方は私の話を聞いていなかったのですか? その魔物に魔法は一切通じませんよ」


「関係無い」



 毎日ダンジョンを攻略しているお陰もあって、俺も少しは強くなっているのだ。

 ある程度の耐性は貫通出来る。



「燃え尽きろ! 地獄の業火インフェルノバースト!!!」



 地面に手をついて魔法を発動させる。

 この魔法は地面を融解させ、地獄の業火の渦に相手を落とす。

 飛んでいる魔物には効果が薄いが、根を張ったキノコが相手なら話は別だ。


 溶岩の海と化した部屋に魔物の絶叫がこだまする。

 浮遊している胞子もその内、炎が焼き尽くすだろう。



「魔法耐性無視……出鱈目ですね。ですが、流石勇者と言ったところでしょうか」



 珍しく賞賛を送るウォルターが気持ち悪い。

 だが、一つ間違いがある。



「"元"勇者だ。間違えるな」


「…そうでしたね」



 こうしてダンジョンを攻略した俺達は無事に彼女の元へ繋がる出口を見つけた訳だ。



 そしてーーー現在。



「聞いているのか二人共! 私は怒っているのだ! ああ、もう!!! お腹空いてイライラするのだ! 夕食! 夕飯にするのだ!!!」


「あ、それでしたら魔王様。先程のダンジョンで面白いキノコを見つけたので採取しておきました。夕食はキノコ尽くしとしましょう」


「奇遇だな。俺もキノコを採取して来た。彼女がキノコを食べたそうにしていたからな」


「ほう。ダンジョン攻略中でも主人の事を第一に考えていたとは殊勝な心がけです。しかし、この程度の事は魔王様の配下であれば考え付いて当然です」


「分かっている。どちらが彼女好みの夕食を作れるか勝負だ」


「良いでしょう。返り討ちにして差し上げます」


「俺を甘く見るなよウォルター」


「うがああああああ!!! もうキノコはいらーーーーーーーーーーん!!!」



 結局、彼女の猛反対にあった俺達は、キノコ尽くしの夕食勝負を中止した。

 今日の夕食はウォルターが魔王城から取り寄せた食材で作ることになった。

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