第十二話 邂逅(四)
――何とか間に合った。
馬に揺られたあとの激しい動悸に息が上がりそうになる。それをぐっとこらえ、王女は市場中央を見据えて声を張り上げた。
「急の決定ゆえ、隣国歴訪中の第一王子に代わり、市場閉場を伝達します!」
嘘はついていない。この表現ならば兄王子からの勅令に聞こえることは明白だが、兄の伝達とは言っていない。兄不在の状態で妹である自分が兄の代わりに現状判断をしているのだ。
「事前告示が全くないことにご不満になられるとは重々承知の上ですが、国母たる母后の
――お母様、ごめんなさい。
後ろめたさを感じつつ、顔が歪まないよう群衆をきっと見つめる。
「亡き王妃の一周忌の儀礼が
豊穣祭と一周忌がぶつかったのは本当なので、半分は嘘ではない。
「本来ならば事前通達が義務ですが、
全く例のない急な勅令である。もっともらしい理由をつけたとしても、困惑や苦情は不可避だ。その証拠に広場に集まってきた商人の面々にも明らかな動揺の色が見える。だが王女は、国家の面目のためにもすでに策を考えていた。
「国事決定の遅延という不手際を償いますためにも、
豊穣祭の出店を国内業者に限定するのは、祭りで売り時なこの日に国外商人の爆進的な利上げを押さえる目的で随分と昔に取り決められ、慣習化したものだ。豪族が信じられないほど富をばらまいて輸入品を高値で買っていった過去ならともかく、今はそこまでの利上げは考えられない。だがそれでも売上高は跳ね上がり、少なく見積もっても通常の三割増を期待できるのがこの祭りなのだ。
「詳細はわたくしの兄及び議会の正式な書状をもって、追って御連絡致します。本日の市場閉場までわずかとなりました。速やかな退場と、無事の御帰郷をお祈り致します。次回の開場まで間が空きますが、佳き新月の日を!」
王室正式の礼をとり、この知らせが正当であることを証明する。聴衆には驚きの顔こそあれど、疑問や反論の声はない。とりあえずは納得させるだけの理由として受け取られたようだ。自分は急ぎ城に戻り、再び大臣らと時計修復の手立てを探さねば。
王女は礼から直り顔を上げる。
その時、瞳が馴染みすぎた双眸に捕まり、体が凍りついた。
相手のそれも自分と同様の驚愕に大きく開かれ、お互い磁石のごとく、意図しない見えない力で相手を掴む。
時が止まったと錯覚するほど長い一瞬。
目の前にいるのは、わたし、だ。
頬の丸みと小さめの顎、はっきりした目鼻立ち、柔らかな濃茶の髪、鏡に写したとしか思えない姿。いや、それらを抜いても瞳だけでわかる。
秋の紅葉を映したのと同じ、鮮やかな橙色。
わたし、がいる。
沈黙の中でしか聞こえない、鋭く耳を裂く神経の高い緊張音――
動いたのは少女が先だった。踏み出した足を軸に後ろへ向き直り、人混みへ埋もれる。踵を返すその動きに王女を縛っていた力も解けた。
「それではこれをもって閉場とし、どうか帰路のご無事を!」
体裁を繕って高々と叫び、共に来た騎手に「あとよろしく」と一言、人垣がばらけたところへ紛れると駆け足になった。
残された騎手は、あとよろしくと言われても、どうすればよろしいのか解らない。
「まったく姫様はいつも通りなんだから……市場に知らせがあるから行くとしか聞いてませんよ僕は」
ただ、いつも通りのことである。あの頭の回る王女の普段の行動から推測するに、善後策が取られているに違いない。恐らく城を出る前、誰かしらに諸々の手続きを命じているだろう。
そんなことを思った矢先、自分たちが来た城方面の道から軽快な蹄の音が聞こえてきた。市場について残りはいま駆けてくる彼に任せればいい。自分は帰って遅ればせながらの休憩の続きをもらうとしよう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます