神さまのしめかた

@bikki_bouco

締めの神様

 不思議に勘のいい子、というのは周りに1人はいるものだ

 その中でも特別「因習いんしゅう」にまつわるような話をここに書いておこうと思う


 僕には大人になってから友人になった女の子がいた。彼女はいつも賭け事で損をしたことが無い、小さく勝って程よいところで退散するのだ

 パチンコでもメダルゲームでももっと続けたらもっと当たるかもしれないのに、という周りの声も気にせず絶対に負けない彼女になぜいつもタイミングよく切り上げられるのか聞いた時不思議なことを言い出したのだ

「うちの家は『ちょきんぱちり』って神さまが着いてるんだよ」

「子供の頃は山に遊びに行って釣りをしたり木の実を集めたりするとあまり熱中すると耳元で『ちょきんぱちり』って音がしてたの」

 その音が聞こえたら帰る合図だと母親や祖母に強く言われていた彼女は帰ったが

 夢中になって遊んでいた男の子たちは迷子になったり、鉄砲水で溺れそうになったりして大変な目にあったりしていたのだと言う

 だから、その不思議な音が聞こえたらその後どんなに楽しそうなものを見つけようが大きな魚がかかろうが彼女は踵を翻かかとをひるがえし、家族の元に帰るようにしていたのだという


「実際今もね、パチンコで小さく勝ったあと大きく勝つ人もいるけれどそういう人は次に大きく負けるのよ」だから『ちょきんぱちり

 』が聞こえたら私は退散するの


 実際彼女の家は女系家族であったが大きな土地を持ち、彼女のお母さんも父親が早くに亡くなった時、ズルズルと事業を続けずに建物と土地を売り払い随分と早く「リタイア」をしていた

「気運をよむのが上手な一族なのだな 」と僕には見えていた


『ちょきんぱちり』と音を立てる神様のことはあまり信じていなかったが『何かがささやかにまもっている』ように彼女の家は堅実に栄えていた


「私ね、『ちょきんぱちり』の正体しっちゃったの」酔った彼女と出掛けたのは紫陽花の綺麗なけぶるような雨の夜だった


 うちね、福島から北海道に開拓でやってきたんだけど昔戦争で負けて島流しになったご先祖さまが居たらしいのよ

 そのご先祖さまがまぁ仲間の一番偉い人が処刑されたあとの最後の尻拭い?っていうのか率いてた軍団を解体するまでの3日間を任されてたんだって


 そのひとがどうなったかって?

 まあ、島流しにあったあとはお嫁さん貰って平和に暮らしてたんだけどさ最後には自分も切腹して死んじゃったらしいんだよ


 ここからは私の推測になるんだけどね。

なおも彼女の気だるい声は続き、大きな歩道橋にさしかかりおどるようにゆらゆらと階段を登る後ろ姿を僕はほろ酔い気分で見つめていたものだった


 きっとそのご先祖さまも悔しかったんだと思うの

 本当は勝ちたかった、天下を取らせてあげたかったでも出来なかった

 だから子孫の私らの耳元で『いまだぞ 』って教えてくれてるんじゃないかって


 だからね、私も今だとおもうの


 彼女の声がいやに明るく聞こえるなと思った時にはもう遅かった

 歩道橋の手すりにまたがり、身を乗り出し、下の国道に身をおどらせる


 それを僕は身動ぎもできずにみていた

 息を半分だけ吸ったまま、指ひとつ動かせずに


 そんな視界の端に映るものがあった

 歩道橋のうす黄色い手すりの端に10センチほどの白装束のお侍さんだ


 腰から刀を抜き、空中に ひとふり ふたふり

 そして腰元のさやに収める

 ひゅんひゅん しょきん ぱちり

 

そして何も無かったかのように雨の中をにじんできえていったのだ


 その後、僕がするよりも早く誰かが呼んでくれた救急車に載せられて彼女は病院へ行ったが手遅れだった

 

僕は参考人として警察から事情聴取を受ける中、彼女が勤め先から横領をしては恋人に相当な額のお金を渡していたこと

 会社はそれの捜査に乗り出し始めていたところだったことをはじめて知った


 友人だと思っていたのに全く何も知らなかったんだな

 聴取で僕が何も知らない役立たずとしって解放されて見上げた空はあんなことがあったのが嘘のように晴れ渡っていた


 あの夜見たお侍さんがなんだったのか、彼女の言っていた言葉から頼りに調べたところどうもこの人らしいという人物に行きあたった


 相馬主計(そうま かずえ)

 真選組のたった最後の3日を任された隊長だった

 優秀な人物だったにもかかわらず表舞台には立たず、聞いた話のように島流しにあったあとは江戸に戻って切腹したとあるが、ほかの真選組の面々に比べてあまりにも文献ぶんけんが少なく追えるのはここまでだった


『ちょきんぱちり 』に守られていたにも関わらず、なぜ彼女はあんな最期を選んだのだろう

 僕は不思議でならない

「さながらに そみし我が身は わかるとも しじみの海の深き心ぞ」

(私の心を誰が知ろう 深い海の貝のように)


 相馬主計ののこした詩のように、僕は彼女の心など全くわかっていなかったのだろう


 紫陽花がせていく 夏は過ぎていく


 おわり

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

神さまのしめかた @bikki_bouco

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ