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「は――」


 女子生徒は跡形もなく、木々が相変わらず揺れている。大きく変わったのは、こと。


「ちょ、ま、は……?」


「あちゃあ、火力間違えたかな」


 ぽりぽりと頭を掻く少女を清正はぽかんと見つめる。


「ま、いっか。君も無事だね、よしおーるおっけー」


 両手を腰に当てて満足げに言う少女を清正は暫し呆然と眺めていたが、やがて「いやいやいやいや!」と立ち上がった。


「イナズカは!?」


 空っぽになった池には何もいない。もともと生物はいなかったようで、ただ池の跡が残っているだけだ。そこには、池に落ちたはずのイナズカの姿もないのだ。


「イナズカ? あー、あの子ね。だいじょーぶだいじょーぶ、向こう側に落ちただけだから」


 ははは、と笑う少女に、清正は信じていいのか微妙な気持ちになりながら、しかし跡形もないということはそういうことなのだろうと、イナズカは向こう側に行ったのだということにした。物事は良い方向に考えた方が楽だ。


「……ちなみに」


「あの怨霊はもういないよ」


 周囲を警戒しながら見渡す清正に、少女は加える。


「根本から燃やしたからもういない」


「マジか?」


「マジだ」


 少女を睨む勢いで確認する清正に、少女は深く頷いた。それに清正は「はあ~」と息をついて座り込んだ。


「おいおい、この程度で腰抜かすなんて情けないなあ」


「こちとらあの女に散々追いかけ回されたんだ、少しくらいいいだろ」


 からからと笑う少女に清正が口を尖らせれば、それもそうだと少女は頷いた。


「あれだけ人に近い女の怨霊に付きまとわれるのは災難だったな」


「まったくだ」


「でも逃げなければ問題なかったんたぜ? 出会い頭にキスのひとつでもくれてやれば化けの皮も剥がれてめでたく解決してたかも」


「そんな童話みたいな話があってたまるか、むしろ魂吸われるだろ」


 悪戯じみた少女の物言いに、清正はうげえと言い返す。あの怨霊はそういうやつじゃない、と少女は言うが、怨霊など自然災害としか認識していない清正からしてみれば、そもそも怨霊が人の形をしているだけで大問題なのだ。


 怨霊といえば、と清正は思い出す。イナズカの世界とこちらの世界では「怨霊」の定義が違うらしい。


「そういえば、あの怨霊についてイナズカが『神様の加護を得られなかった人間の未練』とか言ってたけど。あれはあっちの怨霊なのか?」


「あー……」


 清正の言葉に少女は何か後ろめたいことでもあるのか、視線を逸らした。


「まあ、うん。そういうことになるのかねえ」


「なんか雑だな」


 はっきりとしない少女の物言いに、清正が不審そうに目を細めれば「おおい」という声が聞こえた。振り返れば、生徒会長が走ってきている。


「清正くん、君ひどいな。散々な目に遭った」


「ご愁傷様でーす」


 おそらくは灯里あたりに詰め寄られたのだろう、少し毛先が焦げている。


「ていうかよくここがわかったな」


「イナズカが『お参りに行く』と言ってただろう。毎日午後三時に校内神社にお参りするのが彼女の日課で――って、ひどいなこれは」


 清正と少女の後ろにある社を見て、生徒会長は眉を顰めた。


「話には聞いていたが、本当にまったく手入れされていない」


「そーなんだよー。人が少し遊びに行っていただけでさあ、まったく」


「? 君は?」


「ここを秘密基地にしてるらしいガキ」


「ちょっと、ここが私の家だってさっきも言ったでしょ!!」


 生徒会長にとっては新顔である少女は、清正の紹介に再び地団駄を踏む。その訴えに清正は明後日の方向を向いていたが、生徒会長は逆に顔色を変えた。


「ま、まさか、貴方が」


「?」


 イナズカにしろ、生徒会長にしろ、何をこの少女に見出しているのか、目を開いて一歩後ずさる生徒会長に清正は白けた目を向けた。


 だが、生徒会長の目は少女から動かず、清正の視線など気付いてすらいなかった。


 わなわなと体が震える。その口から必死に絞り出された言葉は、清正には到底理解できるものではなかった。




?」




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鏡界旅行 淳一 @zyun1

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