第四章
22
中等部……にしても幼い風貌をした少女は、制服ではなく和装で、けれどきっちりしたものではなく動きやすそうなものを着て、素足に下駄を履いていた。髪色が、色素の薄い茶でもなく赤に近い色合いで、瞳もどことなく琥珀色のような金色のようなものであった。
「………………誰?」
そんな一見して普通には見ない姿の少女であったが、いかんせんそれでも少女である。中等部以下となれば小学生だとしか思わない清正には、この子どもはいったいどこから学園敷地内に入り込んだんだ、という疑問と、どうしてこんな偉そうなんだ、という疑問しか浮かばなかった。
清正の当然の疑問に、しかし少女は「むぅ」と頬を膨らませる。
「もー、少し遊びに行っていただけでこれなんだもんなあ……」
「いや、というかここは遊び場じゃねーから。怒られる前に出てけ」
少女の言葉に清正が「いやいや」と手を振って言う。だがそれに少女はさらにむすっと頬を膨らませた。
「失礼だなあ、ここが私の居場所なの!」
「いや、ここ学園の敷地だから。子どもは家帰れ」
「子どもじゃないし、ここが私の家!」
んー? と清正は少女の言葉に首を傾げる。
「秘密基地ってことか?」
「ちーがーう!」
確かに人も滅多に通らないから秘密基地としては最適だろうと清正は思ったが、どうやら少女的には違うらしい。かわいらしく地団駄を踏む少女の所作は子どものそれそのものだ。
「……まさか」
その横でイナズカは口元を押さえて一歩引いた。
「ん?」
そのイナズカの様子に少女が目を細めた。
「あれ、君――」
清正とのやり取りを打ち切り、ぴょんと屋根から着地した少女はイナズカに寄る。下から見上げるように近寄る少女、それにイナズカはじりじりと後ずさる。その背後には池がある。
「あ、おい危ないぞ」
池にまったく気付いていない様子のイナズカに清正が声を掛けるのと、池の縁にイナズカが足を引っ掛けるのは同時であった。
「あ――」
ぐらりと傾ぐイナズカの体。その背後で水面に波紋が広がる。
慌ててイナズカの体を支えようと手を伸ばした清正は、しかし間に入ってきた少女によって阻まれた。
「お前、なにす――」
「別にあの子は問題ないでしょ、それよりも」
邪魔をしてきた少女を清正は睨んだが、少女は清正の方など見ず、じっと池の方を向いていた。
その視線の先にはイナズカがおり、彼女はばしゃんと音を立てて池に落ち――
その背後の水上に女子生徒が立っていた。
「う――」
三度目の対面にして、清正は漸くその少女の顔を見ることができた。いや、顔と言っていいのかすら、清正にはわからなかった。それはまるで透過させた女性の顔写真を何枚を重ねたかのように、ぐちゃぐちゃであった。目はある。鼻もある。口もある。だが、形が何重にも重なり、輪郭は歪だ。むしろ、今まで通り見えないままの方が良かったとさえ、清正は思った。
数歩下がりそうになる清正の手を、少女ががしりと掴んだ。
「逃げるな」
少女はじっと女子生徒を見ている。
「まあ、あんな気持ち悪いもん、見たくないなら目を閉じててもいいけど」
でも逃げるな。
そう強く言って手を離さない少女に、清正は「なんでだよ」と絞り出した。それに少女は清正の方を向いた。
「簡単な話だよ。逃げれば追ってくる」
「……っ!!」
その指摘に、清正ははっとなった。
そもそも最初に追いかけてきたときも、清正と水月は逃げていた。次に出会ったときも、最初は鏡の中にいるだけで何もしてこなかったが、清正が逃げた瞬間に襲ってきた。さっき会ったときもそうだ。灯里が一段上ったのが「逃げ」と取られたのだ。
「だ、だけど、これ逃げないとダメなやつじゃ……?」
「これは逃げなくても問題ないよ、逃げた方がダメなやつ」
そう言って少女は「動くなよ」と言って清正の手を離した。
そのまま女子生徒に近寄る少女。その間、確かに女子生徒は何もしてこない。
池の縁まで進んだ少女は、じっと女子生徒を見上げた。
「ふぅん」
異様な外見を気にする風でもなく、少女はじろじろと女子生徒を見、それから「はっ」と肩を竦めて笑った。
「なるほどねえ、美人への妬みか」
「は?」
その声に清正は疑問符を投げる。
「まあ、いちばん集まりやすいし、形にもしやすかったんだろうけど」
だが、少女は背後の清正の存在など忘れたかのように嘲笑を続けるだけであった。それから少女は再び女子生徒を見上げる。
「もともとはどんな顔してたのか知らないけど、いいことを教えてあげるよ」
鏡の中で着飾ったところでお前の美貌に価値はないんだぜ?
「――――――――――っ!!!!!」
突如として上がった咆哮に、清正は思わず耳を塞ぐ。それが、かの女子生徒から発せられたものと気付くのには時間がかかった。
「おま、お前!! 怒らせてどーする!!」
「はは、めっちゃキレてる」
あたふたする清正に反して、少女は楽しそうだ。そんな少女に、水面を滑るように移動した女子生徒が手を伸ばす。
「――」
それを眺めながら少女は何事かを呟き、そして――
直後には何もなくなっていた。
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