いもうと
容原静
アニサマ
始まれよと奇跡のように鈍い連弾がマシンガンのように何度もこの空間を響かせて僕たちの脳を狂わせていく。
全く動けないことをいいことに僕の脳は何処かへ落ちた。僕は何にも考えられずただ立ちんぼ。
いもうと。響きは特殊な糸の名前、に思える。どっくんどっくん。僕の心臓はどうにかなりそうだ。
少しずつ歪んで行く住宅街が充血した僕のまなこに映る。いもうとは住宅街を走り続けている。いもうとは何者かに追われている。いもうとは後ろを振り返らずひたすら街角を左に曲がり続けている。
木や車やアリやサファイヤが落下する。それぞれに違う重力を感じている。歪んだ目が立ち止まる僕を見ているのか僕の頬に汗が垂れる。
「アニサマ。この夏はたった一度きり。私の友達はみんな海外に行くわ。海外で全く現地でモテない頭がタバコの煙に惑わされた男たちと交流を重ねて国際人を気取るらしいわ。そんな馬鹿な前例に憧れた友達だから。私ってお馬鹿にもほどがある。なすび畑を私に残してくれた祖父母の天使の羽をもぎ取ってね。私、宗教が違うから。鳥に食われて無の極致。アニサマは天使の輪っか創造するのに必死だから可能よね」
いもうとは地面から飛翔し、緑色の空気をかき回し始めた。いもうとは生命を粗末に扱おうとしている。いもうとはカツ丼が好きだ。ショーケースのカツ丼によだれを垂らして母に殴られるほどだった。ふとそんなくだらないことを思い出した。
「アニサマ」
いもうとは私の前に落ちた。私に抱きつく。
「私を救い給うことなかれ」
抱擁は肌の温度を自然に高揚する。瞬きの数が多くなり、近づいてくる芋虫のように分厚い唇。むにゅっと接触した。
いもうとは卑怯だ。私と交わりを果たそうというのか。脳を落とした私など此処に意識を持たないと同然だというのに。
いもうとは淫乱であった。アホという人種ではない。私の知らないところでも数多くの交わりを果たしたのであろう。目を覆いたくなる。いもうとの裸体は子供の匂いを残している。さぞさ両親は嘆くであろう。
「アニサマ」
壊れた人形のようにいもうとは感情の伴わない言葉を連続する。そうして自らの脳を洗脳している。目の前の私を思い人であるかのように錯覚しようと励んでいる。
ああ言葉を話せたならば。私は脳を落とした。目の前の凶行を止められず、なすがまま。生まれた時の姿になる私。いもうとは手慣れている。直ぐに私はすっぽんぽんだ。
「アニサマ。酷い肉体」
僕の身体は孕んだようなお腹。細過ぎる手足。栄養失調にもほどがある。
「アニサマ。天使と契約したの」
そうだ。僕のお腹の中には天使がいる。この世の中に天使は必要だ。私を媒体にして、産まれるのだ。
「アニサマなんて嫌いだわ。この昂りどうしてくれるのよ。あがあぱらくら」
いもうとは自らを解いて行く。死を迎えようとしているが、私の感情に変化はない。
脳を落っことしたせいだ。誰か私の脳を拾って。でも、帰ってこない方がいいかも。今更脳が帰ってきたところでなにもかも遅いだろうし。
目に映る狂った世界。歪みすぎてもう球になってしまった住宅街に引き寄せられているいもうとの糸。あれほどに生きていたいもうともただ糸に過ぎなかった。合掌。
いもうと 容原静 @katachi0
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます