朋友遠道而來,不好玩 ⑩
戦闘というものは結果にすぎない。
つまり、何事にも段取りがある。
要するに、身分を隠した合衆国海兵隊特殊作戦コマンドの
◇
外壁塗装すらされていない、鉄筋コンクリート一部二階建ての建物に銃声が鳴り響く。重く鋭い発砲音は、H&k G3小銃によるもの。劉の四八連隊が押収したものだ。この辺りはミャンマーの内戦やヴェトナム戦争の影響で、雑多な銃で麻薬組織が武装している。あちこちで現地生産されたG3はその中でも特にメジャーなものだ。
ジャクスンたちは作戦が失敗した場合に備え、敵対組織の攻撃によるものと見せかけようとしているのだ。
一階はヘルシング夫妻とゼロ中隊の二人が別々の入り口から、二階はジャクスンがファースタンバーグを抱えて近くの木立から振り子のように腕を伸ばして飛び込み、手早く各室を制圧していく。
施設の大きさは縦四〇メートル、横二〇メートル、天井高さは三メートルほどで、二階部分は縦三〇メートル横二〇メートルの大きさだった。
一回は麻薬工場で、階段には頑丈な鉄の扉があり、二階は二段ベッドが二つある貧相な宿直室が三つと、それよりはずっとましな一人部屋が四つに、給湯室に、トイレとシャワー室に、事務室。
すべての部屋にも鉄の扉と、空調が備わっていた。
五分ほどで銃声が鳴りやむと、四八連隊の兵員が外周に防御陣を築いた。
密林の中からスミスとホウプネフが現れ、建屋の中でジャクスン達と合流する。劉と李、林も一緒だ。
ほかにも四八連隊での副官──実質的な指揮官と思しき、中佐と先任下士官、護衛の兵が二人。
何も劉まで来なくても、とジャクスンが驚くと、みんな揃って止めたんだが、と劉以外の全員が苦笑いを示した。
一同が会した部屋は事務室のようで、手前に応接セットがあり、パーティションを挟んでスチール机と書棚がいくつか並んでいるが、書棚のなかの分厚いバインダーは何冊か抜き取られ、事務机の上の埃はノートパソコンか何かが持ち去られていることを示している。
冷房もかかっているし、茶碗の中の茶はまだ冷たかった。
スミスは屋内の様子から状況を察知した。
「空振りか?」
「いや、監視ビデオの記録は消されてなかった。ケイティが見つけた。それがあるだけでもめっけもんだ」
ジャクスンがまず返答し、ヘルシングも目出し帽を引き下げ、顔をあらわにしながら報告した。
「下はグール多数に、少数のネクロマンサーでした。射殺はネクロが四名に、グールが十五、なりかけが五。ただ、これまでのグールとは全然違いますね。数も思ったよりかなり少ないですし」
「グールども、なりかけを収監してた牢屋の警備と、麻薬精製の練習してたんです」
ケイティが不思議でならないものを見た表情で付け加えた。
「まぁそれは、フユコとアサヒが突入前に三〇秒ほど録画してくれてる。さすがコマツの仕切りだ、ちゃっかりしてるぜ。録画のコピーももらえる。押収書類のコピーも。だが、突入開始からここまで七……八分か。こいつはレイザーの見立てだが、持ち去られた資料の量を見るに、最低でも突入三十分前には作戦が漏洩したか何かで撤収を始めてる。そこのお茶のカップを見てくれ。まだ結露してるってことは、奴らそこまで遠くには行ってないはずだ」
あんた何か知らないか、という視線でジャクスンは劉を見た。
中佐がそれを見とがめ、鋭い声を出す。
「軍曹、君は大佐殿を疑うのか?」
「情報が洩れてる。俺たちの動向をすべて知ってるのは劉さんだけだ。当然だろう」
中佐の意外と丁寧な発音の漢語に、ジャクスンはわざとぶっきらぼうな漢語で答え、その一方で中佐には好意を抱き始めていた。
「まぁまぁ、柳中佐。黙っていて済まない、ジャクスン三等軍曹。それに皆さん。ジャクスン三等軍曹の察した通り、私は敵組織内に一人、情報資産を抱えている。おそらく彼から漏れたのだ」
ジャクスンとスミスは黙ってうなずいた。
敵組織内に浸透した情報資産の存在を、極限まで秘密にしておくことは鉄則中の鉄則だったからだ。
「珪王虎。ほら、あの虎男だよ。李とも因縁がある。まぁ、父親の敵としてだが。私に協力する条件は、李との一騎打ちの機会と、組織の壊滅──特に組織のリーダーの暗殺だ。彼の母親はこの麻薬組織の麻薬で死んでいる」
「なるほど。合点がいきました。あの夜、あいつは俺たちを殺そうと思えば殺せたはずなのに、わざと時間をかけていた」
スミスが感心してみせると、劉はいつもの胡散臭い態度でうそぶいてみせた。
「あの夜のチンピラたちからは何も情報が得られなかっただろう? 王虎は人集めが担当でね。いい仕事ぶりだ。舌を巻いたよ」
ジャクスンは聞くともなしにそれを聞き、窓の外や、劉の護衛を行う四八連隊隊員の動きを見ながらこう言った。
「劉さん、あんたホントに人を見る目はあるんだな。連隊の指揮は実質、中佐殿の指揮だろう? 兵隊の動きがいい。俺は下っ端で戦争全体を見るなんてできないが、兵隊の動きを見りゃその部隊の指揮官が有能かどうかはわかるつもりだ。それに劉さんのことを、殿下じゃなくて、大佐殿と呼んだ。ガチの軍人だ。ぜひとも仲良くしたいもんだね」
ジャクスンがなおもぶっきらぼうな漢語でいうと、中佐は表情を消した。怒っていいのか悪いのか、戸惑っているらしい。
劉は笑みを深くした。
「さて、おしゃべりはここまでにしましょう。ゴッドスピード! 連中の脱出経路に当たりはついてるだろうな」
関係各部署の意思疎通はとれたと判断したスミスがぱんと手を打ち、話題と意識を変えた。
意識を変えたのはジャクスンも同じだ。目つきが異様に鋭くなっている。
「もちろんだ、スパイディ。隣の給湯室のシンク下、パイプスペースから地下に降りたらしい。この辺はカルスト台地だから、洞窟があってもおかしくない。が、そこは使えない。グールの毒が出入り口の金具に塗りこめられてる。
ジャクスンの返答を聞いたスミスの判断は早かった。
「中佐殿、ブリーチングツール、特にウォールカッターかなんかありますか。
それを聞いてファースタンバーグがぼやき、ホウプネフが混ぜっ返す。
「やれやれ、また地下かよ。俺もううんざりしちゃうな」
「ボヤいても仕方ありませんわよ。仕事です、お仕事」
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