朋友遠道而來,不好玩 ⑨
「〇一、〇三。発見した。グリッド三四五八六-三三二二五、方位二二五、距離二二〇〇、高度三二八、山肌の台地状の極緩やかな斜面。今度こそ当たりだ」
『〇三、〇一了解。可能な限り接近し、証拠を集めろ。発見される恐れがあれば、痕跡を消して撤退だ』
「〇一、〇三了解。アウト」
麻薬捜査や拠点捜索には忍耐が必要だ。
もちろん海兵隊偵察特技を保持し、実際に半年間のメキシコ麻薬戦争派遣経験があるジョニー・ジャクスン二等軍曹は、そんなことは百も承知だ。
隣で泥と落ち葉に塗れながら寝そべって双眼鏡を構える、エリザベート・ファースタンバーグ三等軍曹に至っては何をかいわんや。偵察の際は本当に一言も口を利かず、虫に刺されようがナメクジが瞼の上を這いまわろうが、一切お構いなしにその場に佇み続けることができた。
もちろん二人とも、ジャクスンの分泌する完全無臭の虫よけ剤はしっかり使用していたから、危険な寄生虫やウイルスを媒介する虫だのなんだのは寄ってはこないが。
劉の連隊が押収した共産ゲリラの迷彩服に身を包む、彼らの前方二二〇〇メートルの密林が目的の麻薬組織の拠点──麻薬とグールを生産する拠点の前縁だ。ジャクスンたちの視界には、AKMのコピー品を持って周辺を警戒する歩哨と、その奥の樹木に覆い隠された一部二階建てのコンクリート建築物が映っている。コンクリート建築物の仕上がりは一見して粗雑だが、分厚く、空調も完備されているようだ。
彼らはもう一週間以上も国境周辺の密林地帯を這いずり回って、ようやくこの拠点を発見したのだ。ジャクスンの目が多少ぎらつくのも、無理はない。
実を言えば、この拠点を発見できたのは、半ば運による要素が大きかった。
◆
赤龍侯はジャクスンたちに全面的な協力を約束したが、だからと言ってすぐにくだんの組織への支援を止めるわけにはいかなかった。
そんなことをすれば組織はすべてを察し、すぐさま逃げ散ってしまう。再び補足することは困難だ。
とは言え組織も、赤龍侯にあてがわれた根拠地に素直に引きこもっているはずもなかった。グールの研究施設はほかにあると考えるのが妥当だ。いくら新興で規模の小さい組織とはいえ、そうしない理由が無い。
実際のところ、劉大佐こと龍子超が率いる第二十四警察師団遊撃四十八連隊が把握していた国境の内側の拠点には、確かに単純労働者兼警報装置としてグールが使役されていたのは確認できていた。
だがそのグールがどこからきているかは、さっぱり見当がついていなかったのだ。
ジャクスンのツキが役に立ったのは、この点についてだった。
女装したままビジネスジェットに乗った彼は、移動中にメキシコからの麻薬仲買人を逮捕したと聞き、その仲買人の氏素性を確認すると予定の変更を強硬に主張した。
それは認められた。
現地に着いた瞬間に彼は無事「逮捕」され、そのメキシコ人仲買人と同じ警察の同じ古くさい留置所の、なんなら隣の房に収監されたのだ。
実を言えば南北新大陸に於いて、違法薬物にかかわるスライムは少なくない。
何しろ彼らは非常に優れた薬物分解能力を持つため、二本足たちの摂取する量ではどんな薬物でも中毒になどなれないからだ。このため、都会の裕福な子弟は医療関係に就職するものが目立つが、そうでなければ、自然と麻薬捜査官や麻薬密売組織の検品担当になるものも出てくる。
そしてさらには、ジャクスンには新兵訓練のころから「他人をちょっとしたペテンにかける」ことに妙な才能が有った。任務と割り切ってしまえば、肌の色を女性らしい水色に変化させることすら造作もなかった。
結果、女装したジャクスンに鼻の下を伸ばしたメキシコ人仲買人は、その知識を洗いざらいぶちまけてしまった。
一応「実家が秋津洲の不景気に巻き込まれて没落してしまったので、起死回生の手段として薬物の仲買をしようと考えている元南部貴族」というカバーストーリーは用意していたが、どうもあまり役に立った様子はない。
というのも、「ありがとさん」と声を掛け別れかけた時に、その仲買人は、上ずった声と上気した顔でこうささやいたのだ。
「姉ちゃん、お前は俺の知ってるくそ野郎によく似てる。本当によく似てる。お前のせいだ。お前のせいだぞ。お前が来るまでは俺はまともだったのに、お前のせいで俺は大変なことになっちまった。畜生、この淫売め。今度会ったら覚悟しろ」
顔と声に覚えのあるその仲買人の所属していた組織は、確かにジャクスンが麻薬戦争に従事していた時期に壊滅させた組織だった。
だがその声に恨みの音はなく、表情は鼻の下を伸ばしたままだったから、なんというか、女装したジャクスンに劣情を催していることは明らかだった。
警備室でその様子をモニターしていたスミスと劉たちはゲラゲラと笑い転げたが、ホウプネフとファースタンバーグは、「腐ったような」眼と表情で出迎えたそうだ。
が、まぁこれは蛇足ではある。
◆
変なこじれ方をしたメキシコ人仲買人の証言は、実際大いに役に立った。
彼は組織の再興のために資金と麻薬を必要としていたため、中南米で借金を持つ者たちを集め、このゴールデントライアングル地域で売り払った。元の借金を持つ組織への支払いや密航にかかわる費用を払っても、十分な利益は確保できたらしい。
買取相手はいくつかあった──どんなものでも作って売るには人手が必要だ──が、中でも大口な取引は二件あり、どちらも麻薬製造業者だった。
その片方は共産主義より現金を奉じながら赤い旗を掲げる古参の業者で、赤龍侯は関係がない。販売先も中南新大陸や合衆国が中心だ。
もう片方が本命の組織で、売り払った場所はミャンマー国内。だがメキシコ人仲買人によれば、清龍国内に移動しているはずだった。
なぜそれが言えるかというと、売り払った人間──薬中のゴブリン──にGPSトラッカーを埋め込んでいたのだが、ミャンマー国内で一泊した後、河川を北上し、数日かけて清龍南部国境地帯の密林生い茂る険しい山中に消えたからだ。
そしてそのあたりをCIAの偵察衛星で丹念に調べ、いくつかのそれらしい施設を発見し、確認して、その日ようやく見つかったというわけだ。
ようやく、というが実際のところは僥倖だ。
ほかの組織の施設との違いというものは、ほぼほぼ見当たらない。
ではなぜここが当たりといえば──
「ほらまた出てきたぞ。あの揺れ方は間違いない」
「カメラより俺たちの目のほうがずっといいってのは、皮肉なもんだな」
熱帯雨林に隠されたその施設から出てゆくトラックが積載している木箱、その揺れ方は内部に何か生きているか、死んでいても蠢く何かを詰め込んでいることを示している。それを彼らは二〇〇〇メートル以上遠方から見てとることができたのだ。
ジャクスンは一五倍ズーム視界を作る能力を手に入れていたし、ファースタンバーグは黒エルフだ──遠距離視力は群を抜いている。
彼らの双眼鏡やスポッティングスコープを通した視力のほうが、偵察用に購入したデジタルカメラよりズーム・目標識別能力に優れているなら、カメラの能力について愚痴の一つも出ようというものだ。
「コロンビアのカルテルみたいに、周りの森を切り払ってなくて助かるぜ。日のある間に一〇〇〇までは近づけるだろう。そこで交代で休憩しながら、敵の歩哨のパトロールパターンを観察。敵の見張りも全部見つけよう。日が沈んで二時間後、できるだけ近づいて証拠を漁ろう。写真、動画、録音に排水サンプル。敵兵力とグールの数、それからこないだ俺らを襲った連中が居るかどうかも確認しよう」
「了解。どこまで近づく?」
平板な発音のファースタンバーグに、ジャクスンは小さく、短く答えた。
「限りなく、さ」
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