朋友遠道而來,不好玩 ⑪

 後方、数百メートルから爆発音がいくつか響いた。

 天然洞窟内部の、気圧がわずかに変動する。

 天井に吊るされた配線と白熱電球がかすかに揺れる。

 火に炙られたグールたちがぎゃあぎゃあわめく声は、すぐに鈍く響く銃声に掻き消された。


「おい入江さん。追いつかれっちまいますよ、これじゃ」


 洞窟を進む十数名の隊列。半数は雑多な人種からなるグールだった。

 その中ほどで、いかにも、なスジ者が秋津洲男に食ってかかる。

 彼は数週間前、成都でのホテル襲撃を観戦していた男だ。

 そのころにあった余裕は、すっかり見る影もない。

 王虎は風邪でもひいたかのように、両腕を抱えてぶるぶる震えながら隊列の最後尾についてきていた。口角からは泡を吹いている。

 

「騒がないでください。本来なら我々は、もう逮捕されてるか射殺されているか、ですから」


 入江と呼ばれた秋津洲男は、落ち着き払ってスジ者をなだめた。

 面倒くさそう、にも見える。

 そばに控える浮浪者風の、ジャクスンを見て『殺さねばならない』と語った男は、ぼんやり突っ立ってなにもしようとしない。


「畜生、引き際を誤ったな。あの夜で足抜けしてりゃ」

「赤龍侯はまったく役者でした。襲撃三〇分前に足切りを通告してくるとは、とんだサディストです。このままでは追い付かれてしまいますね」

「いいからさっさとずらかりやしょう。マカオには台湾に残してきたウチの組員が集まってる。仕切り直しといきましょうや」


 先を急ごうとするスジ者に、入江はにっこりとした。


「ああ。その件ですが、もう結構です。あなた方は足手まといなので」

「あぁ?」


 振り返ったスジ者の目と鼻の先には銃口があり、その向こうにつまらなさそうな顔をした入江がおり、それがスジ者が見た最後の風景であった。


「へっ。まるでいいとこなしじゃねぇか」


 銃声とグールの唸り声、人間たちの叫び声がこだました。



 予想通りというか定石通り、パイプスペースを使った脱出立て坑シャフトの下端にはグールたちが待ち構えていた。

 先んじて投下したテルミット手榴弾で(文字通り)炙り出し、すとんと飛び降りたジャクスンが五体いたそれらを片付けた。

 劉と中佐を含めた全員が降り立ったところで、洞窟の奥のほうから銃声とグールや人間の叫びが聞こえた。

 洞窟は湿っぽく、ところどころに水たまりがあり、鍾乳洞らしく天井からは鍾乳石が、地面からは石筍が生えている。照明がぽつり、ぽつりと天井からぶら下がっており、内部は薄暗い。

 幅は狭いところでも五メートル以上、天井高さは低いところでも三メートル以上。

 広いところではそれぞれ十五メートル、五メートルほどもあり、かなり立派だ。

 立て坑の高さといえば、麻薬工場の床からは二十メートルほどもあった。


「だから、なんでついてくるんです!」

「私の仕事だ、スミス大尉」

「指揮官の仕事は前線に出張ってくることじゃない。中佐殿、あんたもだ。早く劉さんを連れ帰ってくれ。今この瞬間に上の建物を爆破されたら、あんたがたの連隊が作った包囲網が崩れてしまう」

「そうです、大佐殿。大尉の言う通りです」


 ジャクスン達が周囲の暗がりをうかがう後ろで、スミスが劉たちと何か言い合っている。正直、そんなことは降下するまでに片付けて欲しかったと思いつつ、ジャクスンは口を挟もうとした。

 無論、劉たちを追い返すつもりでだ。


「しかし、大尉。君のチームに呪術師はいるか? もし敵の正体不明の男が、ジャクスン二等軍曹の感じたままの男なら、かなりの呪術師ということになる。ここにいる人間で対抗可能なのは、唯一、私だけだろう。それにだ、君たちを呼びつけておいて見届けないなど、恥だ。卑怯未練のそしりは受けたくない。私は、私からのそれには耐えることができない」


 悲痛なものが混じる劉の言葉に、ジャクスンは考えを改めた。

 

「スパイディ。大佐殿の言うとおりだ。俺たちには呪術師がいない。ありがたくご助力賜ろうじゃないか」


 厭味ったらしく言ったが、『スパイディが”ヴェテランの匂いがしない”なんて言うから』と言うよりは、ましだった。

 劉が振り返る前に、スミスにウインクする。

 それでスミスはジャクスンの言わんとするところを察し、ドでかい溜息を吐きながら、うつむいて頭を左右に振った。


「林さん、夜目は効くな? 李さんは……疑うほうが失礼か。殿を頼みます。中佐殿、上を頼みます。それからここを確保できるだけの装備・人員を。最悪の場合、殿だけは脱出させます。大佐殿、それでよろしいですね?」

「あ、ああ! ああ、もちろんだ!!」


 劉大佐が劉大佐としての演技を忘れ、黒龍子超として喜びを露にする。

 それを背にジャクスンは配置の変更を伝える。

 尖兵ポイントマンヘルシング、次鋒セカンダリケイティ、右翼をマユズミ、左翼をセリザワ、スミス、ホウプネフ、劉ら将校団を真ん中に、ジャクスンはその前、ファースタンバーグは後衛バックアップ

 鍾乳洞は結晶がその辺にあらわになってる、きっちりグローブハメてケガするな。グールがこけて毒がその辺に塗りこめられてたらおしまいだぞ、なんとかかんとか。


「案外優しいんすね、ゴッドスピードニキガッスピブロ

「コマツだったら自分にヘイト集めるだろうけどな。俺はまだまだだよ」


 からかってくるセリザワにジャクスンは気のない返事をし、セリザワとマユズミは一様にニヤリとした。



 十分に足元に気を使いながら、それでも急ぎ足で敵を追う。

 洞窟がどれほど続くかわからないが、ヘルシングとレイザー、それに李によれば敵の本隊の四倍の速度は出せているようで、この辺りは訓練の差ということだろうか。

 ともあれほどなく敵の本隊を捉えられるだろう、というところでスジ者たちの死体に行き当たる。


「これは?」

「しょーもねぇ、トカゲの尻尾きりだよ。マユズミ、二〇度左、セリザワ五度右、レイザー、右左右」


 劉の疑問に答えつつジャクスンが注意を促すと、果たしてそのとおりに待ち伏せしていたグールが飛び掛かってくる。

 が、ジャクスンの注意はまさにどんぴしゃりで、それぞれほんの一~二発で片付いてしまう。レイザーに割り当てられた三体に至っては、遮蔽物から頭をほんの五センチはみ出させただけで、脳みそを吹き飛ばされてしまっていた。その時レイザーが改造モシンナガンから放った銃声は、ほとんどひとつながりになっていた。


「私の手柄も取っといてくださいよ」

「馬鹿言うな、ヘルシング。お前が前方をきっちり熱線サーマル音響捜索エコーロケーションで見張ってくれてっから、こっちが楽出来てんだよ。あんまり欲張るな」


 実を言えば、熱線視界と音響捜索はジャクスンも体得していたし、とっさの防御戦闘についてはジャクスンに一任されていた。だからこのような指揮ができる。

 この時のジャクスンとヘルシングの関係は、太平洋戦争中の艦隊行動における防空レーダー艦運用に酷似していた。前哨ピケットに当たるレーダー搭載巡洋艦がヘルシング、防空指揮官座乗のレーダー搭載重巡洋艦がジャクスンだ。

 艦隊司令官にあたるスミスは、艦隊=部隊のおおまかな行動について指揮統制するだけでいい。

 何も特殊部隊だからできること、というわけではなく、かつてプロイセン軍によって創始された訓令戦術を徹底しているだけである。似たようなことは歩兵小隊による偵察・パトロールR&P訓練でも徹底的に叩き込まれ、自然にできるように仕込まれている。


 だから指揮官であるスミスには当然余裕が生まれ、必然、天井の暗がりに張り付いていた巨大な影からの奇襲にも、迅速に対応することができたわけである。

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