朋友遠道而來,不好玩 ⑤

 分厚いコンクリートの床面を破壊するほどの震脚は、高級車の防犯装置を一斉に起動し、巻き起こった衝撃波と閉鎖空間で戦車砲を打ったかのような強烈な破裂音は、ジャクスンたちを取り囲む黒スーツたちの耳朶を激しく打った。

 さらに百台以上の車両が同時に防犯装置を作動させ、警告音を最大音量で鳴り響かせる。ものによってはライトも明滅させていた。

 当然、多少の物音は搔き消される。

 それを利用してスミス大尉たちは劉大佐をかばいながら、出口近くの友軍車両を目指して駆け始めた。


 ジャクスン達を取り囲んだ黒づくめのギャングたちは、ひどい災難に見舞われた。

 李とケイティの放った震脚の音、衝撃波、振動、防犯装置の音と閃光。

 そういったものが、彼らから聴覚ととっさの判断力を奪い、狙いを外して耳を押さえる者が続出した。

 結果現出したものは、鉄拳の暴風雨である。


「どぉっせい!」


 気合とともにケイティが通路左側の敵陣に飛び込み、纏めて数人が吹き飛んだ。

 その情景をもう少し丁寧に描写すると、おおよそ以下のようになる。


 薄桃色のタイトで露出の多すぎる煽情的なドレスを着た緑の肌のオーク女が、ものすごい震脚をして半呼吸もしないうちに二〇メートルを一足飛びに飛んできて、豪奢な銀髪とバカでかい胸と男の足より太い腕を振り回し、三~四人まとめてラリアットで吹き飛ばした。

 返す刀の次の一振りではあまりに近い距離にいたために、振り回された乳房で頭部を強打し吹き飛ばされた者もいる。アジア人女性ですら大きなものでは片側四キログラムにもなるそれは、身長一九七センチ体重一二一キログラムにもなるケイティの場合、片側一〇キログラム近い。

 そんなものがライト級ボクサーのジャブのようなスピードで頭部を直撃したのだ。

 顔が映り込むほど磨き上げられた高級ワゴン車の側面にめり込んで動きを止めたその者は、首があらぬ方向を向いていた。


 その情景を見せつけられて立ちすくんだ敵右翼のギャングたちは、よりひどい目に遭うことになった。


「どちらを見ている?」


 音もなく最初の一人の内懐に歩み寄った李は、相手が何かする前に、何気なく拳を相手の顎に振り上げた。アッパーカットというほどのものでもない。盃を口にするような、何気ない動作だ。

 それだけで相手は打ち上げられたロケットのように飛び上がり、天井に頭から激突すると、頭がい骨の中身をぶちまけてしまった。

 そこまで事態が進行してから、周囲の者たちは何か反応を示そうとした。

 すべてが遅かった。

 散歩のような軽やかさで歩を進める李は、まるで握手を求めるかのように中段を突き、孫の頬を撫でるかのように平手を振り、酔っぱらってふらついたかのように背中から相手に倒れ込んだ。

 そのたびに人体が、体をくの字に曲げて血反吐を吐きながら、頭を真後ろに向けながら、数名を巻き込み駐車車両を破壊しながら、吹き飛ばされた。


 左右で連続して発生する惨劇にパニックを起こしかけた中央の集団。

 統制は全く取れていない。

 そのような集団が混乱から回復することは難しい。

 下手をすればひとり残らず死に絶えるまで、みっともなくうろたえ叫びまわり、逃げ惑うだけになりかねない。

 そして訓練を受けたものには、敵が数秒も混乱してくれていれば十分だった。


 混乱する敵集団のど真ん中にぬるりと入り込んだジャクスンは、敵──訓練も出来ていないチンピラ──に銃を向ける暇さえ与えず、まず真正面の肥満体を体当たりで吹き飛ばした。体重八十八キログラムの肉の塊が時速二十キロメートルで突っ込んできた場合、それを受け止められる人間は、まずはいない。

 間髪入れず体を文字通り思い切り縮め、ほんの数分の一秒、その姿勢を保つ。

 周りのチンピラたちがジャクスンに向かい合うには十分な間。

 彼らはジャクスンに向き合うべきではなかった。その場に伏せるべきだった。

 ほぼ球体となったジャクスンの体から、恐るべき勢いで手足が発射され、周囲の四~五人の腹や顔面に打ち込まれ、その者たちは当然のごとく吹き飛ばされる羽目になった。運の悪いものになると、吹き飛んで転がってきた男の踵が、貧相なズボンの股間にめり込んだという始末。

 

 さすがにここまでくると──五十人ほどもいたのに、あっという間に三十五人ほどまでに減らされた──チンピラたちもさすがに距離を取ろうとする。

 一斉に後ずさりし、雑多な銃を構えなおそうとして、あることに気づく。

 標的が一人足りないのだ。


「何処へ行こうというのかね」

 

 振り返ると、李がいた。



 ジャクスンたちの陽動が大きな成功を収める一方、スミスたちの迂回行動は順調な進捗を見せた。

 なにしろ黒エルフと吸血鬼が前衛である。聴覚に優れる黒エルフ、嗅覚に優れる吸血鬼が前衛となれば、危険を避けられない方が難しい。おまけにファースタンバーグもヘルシングも、現役の偵察特技資格保持者だ。

 迂回し、やり過ごし、あるいは協同して音もなく絞め落とす。

 普段は狙撃の腕と奇矯なふるまいばかりが人の口に上るファースタンバーグだが、偵察狙撃特技よりも偵察特技を先に取得するだけのことはあった。彼女の動きはギャングたちに一切気取られることはなかったのだ。

 ヘルシングことアラン・ステュワートも、吸血鬼たる能力を十全に発揮していた。なにしろ夜目も耳も鼻もいい。ファースタンバーグの死角を補い、時には指示を出し、即興としてはこれ以上望みようがないほどのコンビネーションを見せる。

 おまけにジャクスンたちが派手に暴れているし、高級車の警報音は鳴りやまない。足音を立てて走ることさえできたのだ。

 かくしてスミスたちは目的の車両──車列を組むはずだった防弾セダン数台と、武器を積載したバンまで十メートルというとこまで、ほんの数分でたどり着いた。


「ここまでくれば」

 

 と劉はほっと溜息をついた。

 

「……」


 一方でスミスは浮かない顔。

 彼はほとんど四つん這いのような姿で、三メートル前方のフェラーリの陰へ素早く移動した。そこから周囲を伺う、ファースタンバーグとヘルシングに確認する。


「……気に入りません。ここまでくれば出口が近い。なのに姿が見えるのはあの出口の立哨二人だけ。臭いです」

「同意です。一度周辺を捜索したいのが本音です。ですが」

「ああ。俺の耳でもわかるが、ゴッドスピードの野郎、張り切りすぎだ。あっちはもうすぐ終わっちまう。お前たちを先に偵察に出せばよかったよ。そしたらもっと安全に、もう終わってる」


 スミスの愚痴にファースタンバーグがニヤリとしながら、ほとんど聞こえない声で言った。


「あの人たちを放って? そんなことしてたら、もっとひどい目に遭ってますよ」

「お前ねぇ……いやそりゃそうなんだが。そろそろ追手も来るだろうし」


 スミスはため息を堪えた。


「俺と劉さんたちはバンに走る。援護頼むぞ。気づかれたら撃て」

「了解」



 スミスが合図し、硬い鱗で覆われた巨躯を持つ林を先頭に、劉たちが走り出す。

 わずか十メートル。

 出口までは二十メートルもない。

 流石に見張りに気づかれ、彼らは警告を発しようとした。

 だがそれは二発の銃弾によって阻止された。ファースタンバーグとヘルシングがギャングたちから奪ったAKMで狙撃したのだ。 

 狙撃された見張りたちが崩れ落ちるより早く、ヘルシングが走る。

 思いがけない近さで起きた銃声に気づくギャングに備え、出口を確保するためだ。

 ファースタンバーグも位置を変え、ヘルシングを援護する。

 しかしその時、出口の外から太く低いエンジン音が突如鳴り響いた。明らかに斜路を下って駐車場内へ侵入してくる。


「戻って!」


 ファースタンバーグはヘルシングに叫び、彼が踵を返した瞬間、重苦しいエンジン音の主が閃光とともに姿を現した。

 ルーフの四囲にまぶしく光るライトをいくつも並べた、巨大なタイヤを履いた黒塗りのオフロード車だった。

 

「動くな!!」


 ガボボボボボン!!

 広東語の大声とともに、Dshkの重たい発砲音。

 12.7×107ミリ弾12.7ミリロシアンはバンの周囲にいくつも大穴を開け、ついでとばかりに防弾セダンのグリルを吹き飛ばした。

 一発は防弾鋼板のグリルとラジエーター、重く分厚いエンジンブロックを貫通し、コンクリートの床に深くめり込んで停止した。もう一発は分厚い防弾鋼板の貼られたエンジンバルクヘッド機関室仕切りを貫通し、カーボン・ケブラー製の内張を突き抜け、無線機を砕き、シフトレバーの根元からミッション内部に侵入し、そこに有った一切合切を破壊してからようやく止まった。

 乗っていた衛士には飛び散った破片で軽傷を負い、茫然としてしまっている。

 無理もない。

 民生用の防弾仕様車は、せいぜいアサルトライフルの徹甲弾防御までしか対応できない。軍用重機関銃弾に対抗できるわけがなかった。


「銃を捨てて投降しなせぇ! でないとお仲間を皆殺しにしますぜ!!」

 

 スミスが慌てて物陰に隠れ声をする方を覗き見ると、車両出口を塞ぐように停められたオフロード車のサンルーフから、Dshkの銃口が白煙をたなびかせている。

 声の主はそのサンルーフから上半身を覗かせていた。ルーフから放たれる閃光のせいで、虎のような体格の男としかわからない。風格はある。

 ただし悪人としての、だが。


「魔族のお国の! 海兵のあんたがたもだ。帝国警察軍の劉大佐こと黒龍公太子、龍子超殿下にもしものことがあっちゃあ、生きて国には帰れませんぜ」


 と、これは訛りの強いブリテン語。

 スミスが劉のほうを見ると、彼は両手を挙げて防弾セダンの陰から出てきたところだった。

 ふぅとため息をつき、銃を捨てるように命じる。フェラーリの陰に隠れていたレイザーも、バンで装備を整えていたホウプネフもそれに従う。

 ヘルシングはどこに行ったか、影も形も見当たらない。


 と、そこへ足音が三人分と、何か重たいものを引きずる音がする。


「あれ? もう終わりかよ」


 ジャクスンが両手に一人ずつ、黒スーツを着たギャングを引きずって現れた。



「あんたが噂のジェリービーンズ! 噂はメキシコの同業から聞いておりますぜ」

「あっそう」


 虎のような男──何とか明かりを透かして見れば、本当に虎の獣人ライカンだった──の喜びを含んだ呼びかけに、ジャクスンは全く気のない返事をした。


「なんでぇ、誰から聞いたとか気にならねぇんですかい?」

「俺はメキシコじゃ賞金首だからなぁ。いちいち気にしてらんねぇよ。どっちかってーと、そのクルマに興味があるね。ベースはダッジラムで防弾バンボディを架装して二〇インチリフトアップで、足回りは……めっちゃ手ェ入ってんね。やるなぁ」


 ジャクスンは巨大なタイヤを履いたオフロード車の下回りを覗き込むように、位置をずらしてしゃがみ込む。

 うしろで捕虜気を失ったギャングを担いでいるケイティや李はあきれ顔だ。


「投降してくれりゃあ、いくらでもお見せしますぜ。アンタはこの場で死ぬか、そうでなけりゃんだ。それくらいはサービスしまさぁ」


 虎男はDshkの引き金を部下に任せると、サンルーフから身を乗り出し、切り詰めた散弾銃ソウド・オフ・ショットガンをジャクスンに向けた。

 ようやくその顔が露わになった──右目は醜く潰れ、左目の上にもひどい刀傷がある──が、口元は笑ってはいても、その目は油断なくジャクスンたちを見ていた。とりわけ李には格段の注意を払っているようだ。


「車好きとしては心惹かれる提案だなぁ」


 よっこらせと立ち上がったジャクスンは、至極のんびりと、危機感などかけらも出さずにそう言った。

 虎男は眉を顰める。ジェリー・ビーンズめ、何を考えていなさる──そう考えかけて、はっと後ろを振り向いた。駐車場出口の外が騒がしいのだ。


「まぁでもその誘いには乗れないね。申し訳ない」


 と、ジャクスンは謝りながら、いまだに気を失っている捕虜二人の首根っこを掴んで数歩後退した。


「前進し」


 虎男が命じるより早く、騒音の主が現れた──オフロード車よりもなお大きい、警察の装甲バスがまともに突っ込んできたのだ。



 強烈な金属音が鳴り響き、思わずファースタンバーグは耳を押さえた。

 先ほどまで強烈な閃光とDshkで睨みを利かせていたオフロード車は、濃紺色の警察の装甲バスに三十メートル以上も弾き飛ばされ、横転している。虎男は車両から投げ出され、Dshkや部下とこんがらがってシボレー・アストロの運転席窓に頭から突っ込んでいた。

 装甲バスは衝突の衝撃をものともせず、後部を滑らせながらぐるりと半回転した。完全に停車する前に車体右の乗降口が開け放たれ、中から小柄な女性──というより女の子──が警察の九五式小銃を片手に顔を出す。


「乗ってくださいッス!!」


 亜麻色の髪の毛を左右にピッグテールに垂らした、秋津洲人の女の子だった。軍人や警察のような服装は一切していない。

 いち早く反応したのは、捕虜を引きずりながら回り込んできたジャクスンである。


「よう、遅かったな」


 などと言いつつ、捕虜をバスに投げ込むとファースタンバーグたちに手を振った。

 昇降口の左側に位置し、拳銃を持って周囲を警戒する。


「ヘルシング! もういいぞ、降りてこい」


 とジャクスンが声を掛けると、ヘルシングは薄暗い天井の配管の隙間から、バスの天井へとふわりと降り立った。浮かない顔をしている。


「どうしたよ」

「うーん。私としたことが、あの虎男に気圧されましてね。こっちの位置は完全に気取られてました。せっかく真上をとれたのに」

「まぁそんなこともあるさ。当のご本人は、あっちで伸びてるみたいだが」


 ヘルシングは納得いかない表情でバスから飛び降り、ケイティが担いでいた捕虜の移動を手伝った。


「ジョニー、この子達は」


 駆け寄ったファースタンバーグが乗降口の右にポジションを取り、出口へAKMを向けて警戒する。装甲バスの前面には分厚い鋼材でできたカンガルーバー対障害物バンパーがあったため、ピックアップトラックとの衝突はバス本体に何の悪影響ももたらしていなかった。


「那覇空港で見てないか? 声も聞いたことあるはずだぜ。なぁ、ズールー22。アフガニスタン以来だな」

「ありゃあ、バレてたんすか。お久しぶりっす、ゴッドスピードニキに、レイザーネキ。コマツパイセンの言いつけで、お手伝いしに来ました!」


 少女のような見かけのズールー22こと瀬里沢あさひは、花のように笑った。

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