朋友遠道而來,不好玩 ⑥

 キャンプ・シュワブ。

 かつての沖縄戦で活躍した海兵隊員の名を持つそこは、隣接する中部演習場区域を使用する際の集結地点であり、第三海兵大隊を始めとした沖縄駐留海兵隊の揚陸訓練拠点であり、すべての合衆国特殊部隊のジャングル戦訓練の拠点だった。

 大浦湾を挟んだ北岸には秋津洲海軍陸戦隊の駐屯地および訓練施設が広がり、大浦湾周辺は必然、島嶼上陸戦研究の最先端地域となっていた。


 そのキャンプ・シュワブは、実は意外なほど面積がある。

 太平洋戦争に於いて一番最初に神代兵装の呪いに焼かれたのが辺野古から久志にいたる地域で、除染作業後も住民はだれ一人帰ってこなかったからだ。余談となるが、沖縄本島北部地域に至っては戦災被害がなかったからこそ、呪いと放射能被害を恐れて住民が一人残らず逃げ出している。

 MARSOC第三襲撃支援大隊と、一個小隊しか編成が完結していない特設救難大隊第三中隊が常駐しているキャンプ・シュワブは、満天の星に包まれていた。

 現地時間で二十四時を回ろうかというその時、駐屯地管理棟の窓のいくつかからは明かりが漏れている。

 

 そのうちのいくつかは、マルティン・ロレンツォ大尉とポール・シュミット中尉が詰めている事務室から漏れ出たものだ。

 彼らは来週行われる第三襲撃大隊・SEALsチーム3、秋津洲海軍特務陸戦隊の合同演習、その支援の準備に勤しんでいた。

 軍隊というものは巨大な官僚組織でもあるから、何かする前は必然、それなりの量の書類をさばく必要があるのだ。

 とは言え二十一時には書類の山はある程度さばき切り、課員の下士官兵卒はもう終業させている。残っているのは、士官でないと処理できないものばかりで、それももうすぐ彼らの手を離れようとしている。


 そこへ一本の内線電話がかかる。


「もしもし、ロレンツォです。はい、はい……わかりました。ありがとうございます。またなんかあったらご連絡ください。はい、はい、では」


 ロレンツォが電話を取り、何ともないような会話をして、すぐに切った。

 向かいの机のシュミットはちらりとロレンツォの表情をうかがうと、何も聞かずにすぐに仕事に戻った。口角が上がっている。

 ロレンツォが苦虫を噛み潰したような顔をしていたからだ。

 彼がそんな顔をするときは、たいていスミスか、ジャクスンか、ファースタンバーグか、あるいはそのうち二名以上が何かやらかしたときの表情だからだ。

 そして誰も何も言わないが、スミスたちがどこかで何かの任務にあたっていることはわかっている。

 となれば、決まっている。


 彼らは敵に痛打を与えたが、味方にも面倒くさい事態を招いたのだ。



 装甲バスはバンから回収した武器弾薬とケガをした衛士、それに捕虜を乗せ、もう一台の防弾セダンを引き連れて、ホテルの地下駐車場を脱出した。

 バンは見た目は何ともなかったが、銃弾の破片でブレーキ配管が破損していたため、被弾したセダンともどもその場に破棄したのだ。


 装甲バスは一昔前の路線バスを改造したもので、座席はすべてベンチシートに、窓はすべて小さな窓のある装甲板に置き換えられていた。

 捕虜の拘束と目隠し、気絶状態からの覚醒は衛士たちに任せ、ジャクスンは前側の将校たちのところに赴く。衛士たちのケガはかすり傷だったし、彼は合衆国側の最先任下士官だったからだ。


「ひとまずここは赤龍侯殿下の元へ。多少の揉め事があるかも、とは言っておきましたが、度を過ぎています」


 相変わらず胡散臭い態度のまま、それでも頭を抱えるふりをして、劉がスミスたちに次の行動案を提示する。

 スミスがうなずきかけたその時、ファースタンバーグが割り込んだ。


「よろしくありますか。その前に指揮者の顔を見たいです」

「目が合った奴か。とっくに逃げたろう」


 スミスが反対したが、ファースタンバーグは食い下がった。


「まだ居ます。必ず」

「根拠は」

「猟師としての勘です」


 ファースタンバーグは入隊前の数十年を、森で猟師として過ごした。

 それは地元の黒エルフ社会との不協和──性同一障害に悩むものとしてそうしていたのだが、その経験は彼女に偵察と狙撃に対する深い理解をもたらした。

 そして彼女の目は至って冷静だった。

 冷静に、執拗に獲物を追う眼。

 狼のような眼。


「わかった。そうしよう。いいですね?」


 劉は鷹揚に、李は朗らかにうなずいた。

 ファースタンバーグの言い回しが気に入った様子だった。


「ヘルシング、運転替われ。レイザー、道案内と索敵。ケイティ、武装の確認と弾薬の再分配。ゴッドスピード、お前はしばらく休め。ホウプネフ、ゴッドスピードに水と、あれば食い物を。そのあとは俺の補佐だ」

「ありゃ、俺には仕事なしですか」

「じゃあ、休みながら俺たちの話を聞いてろ。意見は特に求めんが、どうしても気になったらしろ」


 スミスがめんどくさそうに指示を出し──その態度すらも彼の思いやりだ──、ぼんやり寝とけ、ということだと理解したジャクスンは今度こそ指示に従った。

 どっこらせと席に座り、なんとはなしに小さく分厚い防弾ガラスから外を見る。

 その時だ。

 彼がぞわりとした感触を、背中に氷柱を突っ込まれたような感覚を覚えたのは。

 ほんの一瞬だ。

 そのみすぼらしい男、ぼろぼろのコートと衣服を身に着け、ぼさぼさの髪を伸ばした浮浪者のような男と目が合ったのは。

 だがジャクスンにはその感覚に覚えがあった。

 二〇〇八年六月、アフガニスタン東北部。


 その感覚の名こそは、絶望的な死の予感、といった。



 警察の装甲バスが傍らを通り過ぎる。

 中から何人かがこちらを見ていた。

 高級セダンの後部座席に座る秋津洲人は、彼らを悠々と見送った。

 口元には笑みが浮かんでいる。


 そのまま少し待つうちに、装甲バスを追うようにみすぼらしい男が現れた。

 

「いかがでしたか」


 秋津洲男がウィンドウを下げ、みすぼらしい男に声をかける。


「……見覚えはない。だが、殺さねばならない。そう思った」


 みすぼらしい男は装甲バスの去った方を見つめている。

 髭と蓬髪にさえぎられて、表情は見えない。

 秋津洲男は微笑んだ。


「左様で」


 やがて高級セダンはみすぼらしい男を助手席に乗せ、いずこかへと走り出した。

 入れ替わるように、警察と消防のサイレンが鳴り響き始めている。

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