朋友遠道而來,不好玩 ④

 成都のそのホテルは、地下駐車場も広大だった。

 奥行で五〇メートルを超え、長さは一〇〇メートルにもなろうかというものだ。

 天井の高さは四メートルほど。

 駐車されている車両はさまざまだが、高級ホテルだけあって専属のドライバーがきちんときれいに並べているあたりは、清々しささえあった。


 流石に直通エレベーターは動きが早い。

 ほんの三分ほどで地下に到着した。

 軽やかな音色の電子音が響き、ピンクの肌をしたTシャツの男が降りてくる。

 彼は五、六歩歩いたところで、右後ろから銃撃を浴び、その場に倒れ伏した。

 発砲音はいくらかくぐもっていた。

 数呼吸ほど間を空け、銃撃犯が右から、もうひとり、ふたりが左側から姿を現した。スーツを着てはいるが目出し帽を被り、人相はわからない。


「やったか?」

「注意しろ、スライムはこの程度じゃ死なない」


 銃撃した男──サイレンサーをつけたAKS74Uを持っていた──がピンクの男を上から覗き込み、別の男がピンク色の液体──おそらくガソリン──の入ったガラス瓶を取り出した。

 二人の広東語には福建訛りがあった。


「おい! 気を付けろ! こいつ何か引きずってるぞ!」


 最後の一人が仕上げの荒いコルト・ガバメントの密造コピー銃で指し示した先には、ピンクの肌の男の尻からエレベーターへ向かって細く伸ばされたピンクの紐。

 だがエレベーターの中には誰もいないように見えた。


痛ぇだろうがボケナスIt's fuckin' heart, bitchs


 ブロークンなブリテン語が響き、三人ははっとピンクの男の死体に目を下ろした。

 それは死体ではなく、男の形すらしておらず、二丁の拳銃を携えたピンクのぶよぶよとした肉塊となっていた。

 高音成分の多い、甲高い発砲音が六発鳴り響き、覆面の男たちは頭を吹き飛ばされて仰向けにのぞって倒れる。

 ばしゃりという豆腐を床にたたきつけたような音。


 と同時に、誰もいないように見えたエレベーターの奥側の壁が解け崩れ、ピンク色の薄い肉の幕となり、うぞうぞと合わさってピンク色の肌のTシャツの男になった。

 覆面の男たちを打ち倒した肉塊も、跡形もなくその男に吸い込まれて消えた。

 ピンクの肌の男、ジャクスン二等軍曹の後ろには劉大佐を始めとした十二名の男女が拳銃を携えて立っている。

 劉大佐の護衛の六人、そのうちの年若い何人かは唖然としている。

 それはそうだろう。スライムが体色を変更して迷彩することは良く知られていたが、ここまで迷彩、いや擬態ができるものはごく稀だからだ。


「お前、器用なことができるようになったなぁ」

「そういうのあとで良いッス! 行きましょう!」


 スミス大尉が感に堪えないという風に感想を述べるが、ジャクスンは移動を促す。

 全員が即座に反応し、劉とジャクスンを守るような陣形を作りながら走り出す。

 NP42を携えたファースタンバーグ三等軍曹と、護衛の一人の大柄な竜人がショットガンを持って真っ先に飛び出していったが、意外なことに彼女達に続いたのはヒールを脱ぎ捨てたホウプネフ中尉だった。走りざま、AKS74Uを拾っていくことを忘れない。


「聞こえまして? 先ほどの男たち、福建訛りでしたわ。出口のほうから足音多数! そちらからも福建訛りの広東語と……タイ訛りにヴェトナム訛り……とにかく沢山」


 遮蔽物となる柱と秋津洲製高級ワゴンの陰へ飛び込みながら、ホウプネフは低く抑えた声を上げた。AKSのマガジンを一度抜き、ざっと確認してから再装填。

 ジャクスンとファースタンバーグが感心した顔をすると、むっとした表情をする。


「なんですの? 私だってMARSOC選抜訓練受けてますのよ。語学MOSだってとってますし、大学なんてサンフランシスコ語学大学ですからね?」

「その辺さぁ、幼馴染だけど何回聞いても嘘じゃねって俺思うんだよな」

「このバリキャリお姉さんがバリバリなキャリアでバリキャリ士官してるのに、あの趣味ってのはよくわかんねーよなマジで」


 二人がホウプネフをからかっていると、横合いから低く鋭い声が飛んでくる。


「ジャレてんじゃない。ジャクスン、リンさんに銃を返してやれ」

「いいえ、ことが終わった後で結構ですよ」


 林と呼ばれた竜人はニヤリと人好きのする笑みを見せると、逆に拳銃用の予備弾倉を二本、ジャクスンに渡した。


「NP44/30。ちとデカイがいい銃ですね」

「30トカレフ徹甲弾AP。これぐらいでないと竜人や野良トロル相手はしんどいんでね」


 林は見事なクイーンズ・ブリティッシュでジャクスンに答えた。

 スミスは劉に確認する。


「劉大佐、確認ですが、この辺の共通語は漢語ですよね」

「ええ。それなりに訛りはありますが」


 劉の答えを聞いてジャクスンが毒づいた。


「地回りの連中は何してんだ。縄張り荒らされても知らん顔ってか」


 スミスは構わず話を続ける。


「まだ相手にはこちらの位置がつかめてないみたいです。バンと残りの人員はどっちですか」

「あっちの奥です。四人。停める位置が悪かったのが幸いして、まだ敵に見つかってはいないようです。報告では敵は五〇人を超え、まだまだ増えている」

「ああ、くそ! 彼らはそのまま動かさないようにしたほうがいいでしょう。危ない目にあってもらうとしても今じゃない……このへんの警察消防の初動時間は」

「……もうそろそろサイレンが聞こえるはずですが」

「こりゃあダメだ。買収されてるか阻止線が張られてるか、とにかくサボタージュされてるぞ……今から一階に戻るのは」


 スミスは地上階からの脱出を提案しかけたが、ホウプネフとファースタンバーグが上階からの追手が迫っていることを告げる。


「非常階段のほうから広東語が。一〇人前後」

「金属音がかなり混じってます。拳銃に小銃かサブマシンガン、それに山刀」

「前門の虎、後門の狼か」


 スミスは臍を噛むと、一瞬考えこむ。

 何か思いついたが、本当に嫌そうな表情でそれを口にした。


「連中の目標はジャクスンみたいだ。俺たち全員が目的なら、エレベーターのドア越しにAKでもなんでも乱射すれば事が足りた。ゴッドスピード、貴様ばかりに苦労を掛けるが、お前、また囮はできるか」


 問われたジャクスンは、今さら何を、と笑った。


「カルテルの連中に比べりゃあ、あんなの雑魚ですよ。蚊に刺されたようなもんだ。ただ、人数はちょっと必要かな。一人じゃ無理だ」

「こいつめ、でかい口を叩きやがる。時間を稼げ。方法は任せる。その間に俺たちがバンから火力を充当して、奴らの背後に回りこむ」

「待ってくれ大尉。君たちはゲストだ。君たちこそ警護対象だ」


 当然のように脱出構想を練るスミスに対し、劉が気色ばんだ声で注意する。

 もちろん、指揮権の問題についても言外に匂わせている。


「俺たちは要人警護訓練も都市ゲリラ排除訓練も十分に受けている。大佐、こう言っちゃなんだが、あんたの警護の人はまさに要人警護の訓練しか受けてないように見えるし、失礼だがあんたからは実戦経験者ヴェテランの匂いがしない。どうだろうか。相手の人数を考えると、ただの要人襲撃より素人ゲリラ相手と考えたほうが、うまく事が運びそうなんだよな」


 スミスは上級階級者に対する態度をあらかた捨てて、反駁した。

 その態度は全く落ち着いている。

 劉は一呼吸考え、警護スタッフのひとり、目立たない初老の男性に目配せした。

 初老の男性は軽くうなずいて口を開いた。


「あなたの言うとおりだ、大尉。あなたの指揮に従おう」

「ありがとう、警護隊長……ええと」

「李だ。軍の階級はない。我々は若の個人警護隊だ。衛士と呼ばれている」

「よろしく、李衛士隊長」

「呼び捨てで構わない」

「じゃあ、李さん」


 スミスと李はがっちりとした握手を交わす。

 スミスは李の力強さに驚いたようだった。

 傍らで指の先を高感度光学/赤外線視界を持つ眼球にし、物陰からあれこれ見ていたジャクスンが振り返って割り込む。


「李さん、この場で俺をぶち殺せるのは、たぶん、あなただけだ。食事の時、あなただけが殺気も気配も出さずに、俺の真後ろを陣取っていた。あんときゃ軽口を叩いたが、実際ちびりかけてたんですよ。あなたも一緒に来てくれるとすごい助かる」


 ジャクスンは、期待と敬意が滲ませながら、李隊長を見た。

 李は逡巡することなく同意する。


「承知した。林、衛士隊は任せる」

「了解しました、隊長」


 それからジャクスンはファースタンバーグを振り返る。

 わがままな弟にこれから注意するぞ、という顔をしている。


「レイザー。本隊の斥候、任せたぞ」

「えぇー。俺もそっち行きてぇよ」

「俺が考えてるのは、ごちゃごちゃの乱戦に持ち込んで攪乱することだからな。お前の距離じゃないんだよ」


 そこにケイティ・スチュワートが、なおもブーイングしようとするファースタンバーグの両肩を持って、横にどけて割り込んだ。

 まるでテレビの前に陣取る猫を、その場からどけるときのよう。


「ねね、それあたしも行ったらだめかな、ゴッさん」

「ああん? そりゃ手が増える分にはいいけど……ヘルシング?」

「ケイティなら心配ありませんよ。そんなヤワじゃないのは知ってるでしょう?」

 

 露出過多のタイトなドレスを身に着けたケイティも、囮に加わるというのだ。

 夫であるヘルシングことアラン・ステュワートを見ると、心配はみじんもしていない様子。


「まぁ~確かにケイティは目立つからなぁ……。んじゃそっちはレイザーが先導ポイントマンでヘルシングが二番手セカンドな。林さん、二人ともちょっと癖強いけど、合わせてやってくれ。これで行こう、スパイディ」


 ジャクスンはスミスを促した。まるで草野球のノリだ。

 スミスが監督なら、ジャクスンはヘッドコーチかキャプテンというところ。


「やれやれ、あのピンクの坊やが立派になったもんだ」


 スミスは軽く頭を振り物陰伝いに駆け出し、ジャクスンはどっこらせと腰を上げて、できるだけ目立つ経路を三人並んで歩き始めた。



「んで、このケイティとレイザーは隣の小隊だったんですけどね。俺が最初に見たのはカンダハールのデポだったんすよね」

「ゴッさんめっちゃ見てくるからさぁ~、アタシやっぱモテんじゃんねっていい気になってたら、隣のレイザー見てんの! まぁーマジ腹立ったよね」

「まじかよ。気づいてたの?」

「だって元モデル志望だし? 学生時代死ぬほどモテたし? それが違うとこ見てたらねぇ」

「それはジャクスンくんが悪いな。じろじろ見るのも失礼だが、目に停めないのも失礼だ」

「いやいや勘弁してくださいよ。あいつすんげぇ耳良いんですから。あとでどんな目に合うか」

「耳が良いと言えばヘルシング──アランくんか。彼も随分やるようだね。食事の時も、ずいぶん落ち着いていたが」

「あいつとんだ猫っ被りなんすよね。大人しく見えるし物腰も穏やかですけど」

「あー知ってるー。アフガニスタン東北部でパトロール中のとこ襲撃されて、一人でゲリラの側面に回り込んで追っ払ったり、あとジャララバード周辺で家宅捜索するときはずっと先導ポイントマンしてたとか」

「マジか。両手の銃ダコがすごいから何やってんだと思ったら」


 ジャクスンと李、ケイティは並んでくっちゃべりながら、悠々と通路のど真ん中を歩いている。

 まるで近所のおじいちゃんに、あんなことがあったこんなことがあったと話す子供たちのようだ。


 そこへ銃器を持った男たちがばらばらと駆け寄ってくる。


「お」

「テンプレっぽいなぁ」

「いやゴッさんが誘ったんじゃん」


 銃器を持った男たちがばらばらと駆け寄ってくる。


「うんうん。せめてこんぐらいこっちに来てくれんとね」

「やーモテすぎちゃって困るなぁ!」

「……お前まさか浮気とかしてないよね?」

「えーどうだろー☆」


 ばらばらと駆け寄ってくる。


「うん?」

「流れ変わってない?」


 ばらばら。

 ばらばらばらばら。

 ばらばらばらばらばらばらばらばら。


「ちょっとゴッさん、相手多すぎじゃない?」

「香港を思い出すのう」

「うーんこの」


 わずかな間に三人を取り囲む銃口は五〇を超えていた。

 確かにジャクスンは囮としての役割を果たしていたが、なんというか、度を過ぎているように見える。

 ジャクスンは二〇~三〇人引き付けられれば、そのうち半分も無力化できれば、まぁそれでいいかなーとか思っていたのだ。

 この時点で少し侮りが出ていたのは否めない

 だが三人の誰もが、呆れはすれど怯えはしていなかった。


「さて始めるか。儂は右の二〇人を平らげる」

「んじゃ私は左ね。一五人は行けるかな」

「マジか。んじゃ、俺も頑張っちゃおっかなぁー!」


 ジャクスンが言うとギャングたちが狙いをつけ直し、ジャキジャキと音が鳴る。

 ギャングたちが引き金を引き絞ろうとしたその時、ジャクスンは大きく飛びのき──。


「ぬぅん!」

「ハッ!!」


 李とケイティは同時に強く踏み出した足で床を踏み鳴らす。

 分厚いコンクリートの床に大きく罅が入り──李の足元は明確に亀裂が走り、凹みさえしている──、衝撃波さえ巻き起こり、高級車ばかりの地下駐車場は、一斉にがなりだした防犯装備の喧騒に満たされた。

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