朋友遠道而來,不好玩 ③

 三〇人乗りの豪奢なエレベーターを、ジャクスンたちと劉と彼の護衛たちが占有している。ついてきている護衛は六人だ。

 窓の外には発展著しい成都の夜景。

 エレベーターは最上階のレストランから、一行の部屋がある二十二階まで直通で降下中だ。


「いやいや喰った食った。仕事じゃなかったらいいんだけどなぁ」

「お前それを言うなよ、切なくなるだろ」


 ジャクスンがそう言うと、スミスがそれに乗る。

 しかして女性陣はと言えば、


「割り切りなさいなジャクスンさん。それはそれ、これはこれ。良い眺めですわ」

「そうそう、公費使わないとこんなとこ来れないからねー」


 ホウプネフもケイティ・ステュワートも実にちゃっかりした物言いで、劉もクスリと笑う。

 ちなみにファースタンバーグは目をいっぱいに見開いて、窓にかじりついている。彼女はそういう子供のようなところがあった。


「ははーん、さてはヘルシング、お前海外旅行目当てでCIAに転職するんじゃなかろうな?」

「否定はできませんね。海兵だとどうしても行ける範囲が狭いもので。それに」

「それに?」


 ジャクスンがヘルシングことアラン・ステュワートをからかうと、彼はまんざらでもなさそうに言葉を返す。


「情報部にいた時から思ってたんですよ。ここじゃダメだ、もっと敵の懐に飛び込まないと、って」


 あくまでにこやかな態度であったが、口にした言葉には凄味があった。

 

「なるほど。アフガン・ツアーが三回だっけ。お前も色々見てきたんだな」

「イラクは二回。ええ、まぁ、そうですね。この夜景の肴にするには、ちょっとばかりうまくない話は山ほど」

「そうだな。すまない。落ち着いたら積もる話をしよう。せっかく久しぶりに会えたってのに、沖縄じゃ訓練ばかりでろくに話もできなかったし」


 ジャクスンとアラン・ステュワートは同時にニヤリとし、肩を叩きあった。


「それアタシも混ぜてよ。ゴッさんとレイザーのコイバナ聞きたいし」

「それな。俺もヘルシングとケイティがどういう風に付き合いだしたのか興味ある」


 などとジャクスンたちは盛り上がるが、ファースタンバーグはその輪に入ろうとしなかった。

 ジャクスンが振り向いて声を掛けようとし、ファースタンバーグが窓の外から見えないほうの手でハンドサインを送ってくることに気が付いた。

 ジャクスンは表情を変えずに、ファースタンバーグの耳元に顔を寄せた。


「どうしたんだ? 相棒」

「いや、本当にきれいな夜景だなと思って。開発されきってないから、空の星もまだ見えるし」


 ファースタンバーグはうっとりした表情で答えるが、外から見えないように後ろに回した右手は、ジャクスンのシャツの袖を規則的に引っ張っている。


「そうだな。本当にそうだ」


 ジャクスンは同意の言葉を漏らす。


「きっと俺たちを歓迎する、でかい花火だってぶちあがるんだろうな」



 エレベーターは二十二階で止まり、乗客たちはその階で降りた。

 やがてそのホテルの何部屋かが、内側から吹き飛んだ。

 同時に爆発音がとどろく。

 飛び散った窓ガラスが夜光に瞬いて、まるで舞い散るダイヤモンドダストだ。

 ホテルから少し離れた路上に停めた秋津洲製の高級セダンから、それを眺めるヒトの男が三人。一人は運転手だ。顔に大きな刀傷が走っている。


「ありゃ。ちょっと派手すぎたかな」


 後部座席に左側に座った、イタリアブランドのスーツを着た四十路男が嘯いた。

 身なりは上等。口調や所作は伊達男を気取っているが、下種な微笑みが実によく似合う。その広東語には上海訛りと福建訛りが強く現れ、彼が流れ者であることを示していた。


「どうやったんです?」


 声を掛けられた後部座席左の男は、頭髪を七三分けにした三〇代半ばの、眼鏡をかけた秋津洲人だった。彼はまったくの無表情だ。教科書のような広東語を使っている。


「相手が腕っこきの海兵隊となれば、殺手を幾ら差し向けたって返り討ちでしょう。なので、部屋の電気のスイッチを入れれば、三部屋もろともドカンと行くように。いやぁ、あのホテルは組合が厳しくてね。情報を盗むのも人を入り込ませるのも苦労しましたよ」


 眼鏡は少し四十路を振り返り、平板な発音で言った。


「ちょっと目立ちすぎですね」

「最近はお上の締め付けが厳しくてね。ウチの連中もちょっと気合が入りすぎたみたいで、申し訳ない。何ならおつりをお返ししましょうか」


 運転席の男がこれ見よがしに、懐から拳銃を取り出す。

 構わずに眼鏡はゆっくりと言葉をつづけた。


「彼らの遺体を確認してください。成功報酬の支払いはそれからです」


 運転手はこの言葉に色めき立ったが、四十路男はわざとらしくもったいぶった調子で度量を見せた。


「大丈夫ですよ。そろそろ上の階に控えてた連中が事後報告を」


 と、そこで四十路の携帯電話が鳴る。


「……なるほど。お前たちは下に向かえ。地下駐車場で挟み撃ちにしろ」


 四十路男は携帯電話をしまった。ため息を一つこぼす。


「失敬。向こうのほうが上手でした。ちっと舐めてかかっちまったようです。上の階から階段を下りて確認しに行ったそうですが、宿泊予定の部屋はもぬけの殻で、ほかの部屋にもいなかったと」


 眼鏡も同じように一つため息をこぼした。


「やはり、ね」

「とは?」

「いや実は、さっきエレベーターの乗客の一人と目が合ったんですよ。気のせいかと思ったんですが」


 四十路は唇をわずかにへの字に曲げると、誰にともなくつぶやく。


「さて、鬼が出るか蛇が出るか。美髯公の御加護あれかし」


 眼鏡は何も言わなかった。



 非常階段を飛ぶようにして降りていくと、十五階で乗り換えるようになっている別のエレベーターは作動していた。

 幸いにしてそのうちの一つ、一階と地下駐車場まで直通のエレベーターに、ジャクスンたちは乗り込むことができた。


「だぁーくっそ! めっちゃいてぇ!!」


 大げさに騒ぐジャクスンの左腕は、肘から先がない。

 とはいえ彼はスライムだ。二本足ヒトの姿をしているのは社会で生きていくのに都合がいいからであって、絶対に必要なことではない。

 事実、彼の左肘からは何の体液も出ておらず、どころか言った端からそれこそポンという音とともに新しい腕が生える。


「馬鹿食いしといてよかったぜ、ったく」


 ぷぅと頬を膨らませて息を吐くジャクスンだが、その実彼には脳も内臓もない。

 ヒトに似せているのは外見だけだ。

 

「おかげで命拾いしました……ところでその手管はいったいどこで」


 劉が手の甲で額の汗をぬぐいながら尋ねると、ジャクスンは右手の先から夕食の時にくすねた鉄串を取り出し、数を改めながらつまらなさそうに答えた。


「MARSOC選抜訓練の前に、入校予定だった海軍衛生大学歯科コースをキャンセルされて、メヒコの麻薬戦争に派遣されたんですよ。そこで」


 メキシコでの半年間は、異常な緊張とストレスに満ちたものだったそうだ。

 今回のような爆破テロは日常茶飯事だったから、ホテルに宿泊するときは開錠前に体の一部を薄く細く伸ばしてドアの隙間から入れ、トラップの類を探すことは習慣になってしまったとジャクスンは言う。


「それにレイザーが三〇〇mほど先の路上に停まってるセダンの男と目が合ったっていうもんですから」


 言いながらジャクスンは、ファースタンバーグと拳を軽く突き合せた。


「ところでどこへ?」


 スミスがシャツの腕をまくりながら劉に尋ねる。


「地下駐車場へ。ほかの護衛たちもそこで待っています。バンには武器も積んでありますよ」


 劉は護衛から拳銃を渡され、それを改めた。P226だった。

 ファースタンバーグは護衛たちの中でも自分と似た体格のものに予備の銃器はないか確認し、護衛はしぶしぶとノリンコ・NP42拳銃を渡した。

 スミスが軽くうなずく横で、ホウプネフは小首をかしげながらぼやいた。


「着替えもあると嬉しいですわね。電話とパスポートと現金は手元にありますけど、さっきの爆弾でほかのものは一切合切吹き飛んでしまいましたから」

「そういやお前、妙に大荷物だったもんな。なに入れてたんだよ」


 拳銃をベルトに挟んだファースタンバーグが、ストレートパーマをかけた頭髪をくるくると手早くお団子にしながら問うた。口調が幼馴染に対するそれに戻っている。

 ホウプネフはこともなげに答えた。


「なにって、中華ロリメイドのコス衣装も入れてただけですわよ?」

「任務に関係ないもん持ってくんなよ」

「もちろんエリザベートさんに着せるために」

「任務に関係ないもん持ってくんなよ!!」

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