朋友遠道而來,不好玩 ②
陳こと劉と名乗る大佐は、実のところその階級さえもいかがわしい。
それでも彼が沖縄のキャンプ・コートニーに現れた九月九日、CIAから事前連絡を受けていた海兵隊は厳重な防諜体制の下で劉大佐を迎え入れた。
彼が言うことには、かつてゴールデントライアングルと呼ばれた麻薬密造地帯からほど近い清龍帝国南部領域において、アノニマニシスらしきグールを使役する麻薬密売組織がいるらしく、ついては対処方法について非公式ながら海兵隊の、とりわけジャクスン二等軍曹たちの協力を願いたいとのことだった。
合衆国と清龍はまだ正式には国交を結んでいないから、正式な軍事連絡ラインというものは無い。
おまけに、清龍陸軍──正確にはその一部である警察軍──の一将校が清龍内に浸透したCIA要員を頼って連絡を持ち、秋津洲で会合を行ったとなれば、珍しいどころの騒ぎではなかった。
◆
現在の清龍は、元帝国以降政治的・宗教的中立を保つことによって生きながらえてきた五龍公が、中華民国の崩壊を見かねて清の皇統を担ぎ上げてでっち上げた立憲君主・多頭制合議主義国だ。
地方自治ならびに内政においては民の意見が大いに反映されるが、外交・国防・経済政策などの戦略的政策は五龍公の輔弼を得た清瀧皇帝の統制下にある。
かつての冷戦時代は合衆国から見ればソ連寄り中立ではあったが、秋津洲と朝鮮から言わせるならば完全な局外中立であった。
そしてその清龍帝国と合衆国は、別に強力な敵対関係にあるわけではない。
では国交がないのはなぜか。
それは太平洋戦争停戦時に端を発する。
太平洋戦争の一〇年前から進行していた秋中戦争において、合衆国は中華民国を支援していたが、太平洋戦争停戦と同時に秋津洲が中華民国と停戦を取り付けると、合衆国は国民党援助を停止してしまったのだ。
その少し前からソ連の満州侵攻とソ連に援助を受けた中国共産党の反攻が始まっていたから、これは合衆国が国民党を見捨てたと受け取られても仕方がない。
秋津洲はというと、インド方面が怪しくなってから大陸については手仕舞いしたかったらしく、五龍公決起前よりかなり頻繁に連絡を取っていたようだ。
実際、秋ソ戦の開幕と太平洋戦争停戦成立とほぼ同時に、国民党および五龍公に対しても停戦を成立、満州国での一部国民党軍の涵養すら始めていた。
四五年初秋には、満州国領域の中華国家への返還日程と、秋朝中反共同盟の締結準備がすでに整っていたというから、当時の危機感が伺える。
そういったことで、秋津洲・朝鮮半島・中華領域は過去の歴史問題や経済的な多少のいざこざはあれど、おおむね平和裏に共存していくことになる。
もちろん万事めでたくいったわけではない。
秋朝中反共同盟はのちに中国共産党の消失とともに解散するし、合衆国と秋津洲・朝鮮が共産主義体制打破と南ヴェトナムの権益を求めてなだれ込んだヴェトナム戦争では、清龍帝国は北ヴェトナムの支援を行った。
一方でキューバ危機においては合衆国よりも強くソ連を指弾し、第三次世界大戦を起こすのは合衆国ではなく清龍ではないかとささやかれもした。
かと思えばそのソ連とは共同で大規模な月探査を実施している。
そういった清龍の合衆国にもソ連にも寄らない独自外交は、合衆国の見るところ、清瀧単独で世界を三度滅ぼせる量の神代兵装備蓄量にものを言わせた全方位外交だったが、清龍に言わせるならばソ連の宇宙開発計画に相乗りしたのは合衆国が誘ってくれなかったから、というだけのことだ。
ちなみに秋津洲と合衆国の停戦状態は、一九五六年に正式に終戦したものとされた──であるならば、合衆国と清龍帝国も国交を復活していてもおかしくはない。
それでもそうなっていないのは、清瀧帝国臣民の合衆国に対する不信感と、合衆国の清龍帝国に対する恐怖感の表れかもしれなかった。
◆
ともあれそういったような背景のため、清龍帝国軍が合衆国軍に何かを頼むということ自体が天変地異のようなものと言えた。
これが秋津洲軍や朝鮮王国軍を中継したなら何の不思議もない。
「全く異例のことではありますが、ええ、まぁ、そのようにせざるを得ませんで」
劉大佐は屈託なくそのように詫びた。
卓にはすでに数多の料理が供されている。
高級ホテルであれば通常はコース立てで食事は供されるものだが、あまりかしこまっても、ということで気を使われたらしい。
「実際のところは?」
とスミス大尉が尋ねると、劉は
「沖縄旅行したかったんですよね」
などと宣い、はぐらかす。
納得のいく話ではないから、スミスは当然食い下がろうとし、いやそれキャンプ・コートニーのミーティングルームで聞いても無駄だったな、と思い返す。
スミスは問いを改めることにした。
「まぁそれはいいでしょう。俺が気になるのはなぜジャクスンなのか、ですね。ほかにも腕の立つやつはたくさんいる。
それを聞くと劉大佐は紹興酒を蛇のようにちろりと舐め、ジャクスンのほうへ顔を向けた。
「あなたはどう思います?」
ジャクスン三等軍曹、ピンクの肌をしたスライム男は丸焼きの豚の皮に、ほぐした肉と薬味、醬油とスパイスで炊いたコメを乗せて頬張ろうとしていたところだった。
一瞬止まった彼は、それでも劉に目礼してからそれを食べ、しっかり味わってから嚥下した。通常、下士官が佐官に取る態度ではない。
ホウプネフが目を丸くし、スミスは頭痛を覚えたのか頭に手をやった。
劉は唇を愉快そうに捻じ曲げただけだった。
ジャクスンはウーロン茶を少し飲み、口の中をさっぱりさせてから口を開いた。
つまらない冗談を口にするかのような、軽い口調だった。
「スミス大尉のいう通りですね。別に俺らじゃなくてもいいでしょう」
劉は面白い冗談を聞くような態度だ。
今にも吹き出しそうな顔をしている。
「不服かね?」
「ぜんぜん。選んでいただいて光栄だと思いますよ。面白そうだし。こんなうまい食事も頂いて。あとでレシピを教えてほしいな。ただ」
「ただ?」
「壁が薄いのかな。両隣の部屋の連中の殺気で鼻がねじ曲がりそうなのは、勘弁願いたいですね。もしそいつらと一緒に仕事しろってんなら、俺はお断りですよ。素人じゃあるまいし、メヒコのギャングの
劉は盛大に吹き出し、爆笑した。
「噂通りの男だな、君は!」
「どんな噂かは聞かないでおきますよ。あまり調子に乗ると、心音は聞こえるのに気配がない俺の真後ろのヤツに薬品ぶっかけられて死んじまいそうだ」
「ゴッドスピード」
たいして面白くもなさそうに減らず口を叩くジャクスンを、頭を抱えたままのスミスがたしなめた。
ちなみにジャクスンの隣のファースタンバーグは、本当につまらないのか、豚の丸焼きの取り分けた肉を延々とほぐしている。
おろおろするのはホウプネフだけで、ステュワート夫妻となると涼しい顔で食事を楽しんでいる始末だ。
「申し訳ありません、劉大佐。部下の非礼を詫びます」
「いえいえ、お気遣いなく。頭をお上げください、スミス大尉。こちらこそ非礼をお詫びします」
席を立ちお辞儀したスミスに、劉も軽く頭を下げながら右手を差し出した。
握手し、目礼を交わして二人は席に着く。
「いやしかし、想像以上だ。これではあなたも苦労されているでしょう」
「ええ、まぁ。お気遣いありがとうございます。ゴッディ、劉大佐に感謝しろよ」
「はっ! 失礼いたしました大佐殿!」
言われてようやく、ジャクスンは背筋をびしりと伸ばして立ち上がり、きっちり三十度腰を曲げた。
その所作に全くよどみはない。
劉はニヤリとすると「はい、こちらこそ」と言い、ジャクスンを座らせた。
それを確認してから、スミスは改めて劉に向き直った。
「重ねてありがたくあります、大佐殿。しかし自分はわからんのです。あれほどの腕っこきを抱えてらっしゃるのに、なぜ我々と? 繰り返しになりますが、秋津洲のゼロや宮内庁部隊となら物事がスムーズではないですか」
劉は肩をすくめ、こともなげに言い放つ。
「簡単ですよ。一連の騒動には秋津洲のある企業の関与が疑わしく、我々には秋津洲の勢力が浸透している。むろん朝鮮にも。ところが合衆国軍部にはそれほどでもない。結論は……いう必要ありますかね?」
スミスは全く不十分だと態度で示した。
「もう一点。確かに合衆国にもそれ以外にも、腕っこきは沢山います。ですが、それでは足りないのです。お気づきかどうか、ジャクスン二等軍曹は『引き』が強い。アノニマニシスが何かやらかし、物事が進展するときは、だいたいその場にいらっしゃる。我々もそれにあやかりたいのです」
ファースタンバーグが不機嫌そうに口を挟む。
「大佐殿、そりゃあ二等軍曹が疫病神ってことですか」
劉はにっこりとし、ゆったりと首を横に振る。
「いいえ、いいえ。やつらが何かしたがっているのは明白です。それにスポットライトを当て、白日の下に引きずり出し、叩き潰す。それができるのはジャクスン二等軍曹であり、相棒のあなたであり、あなた方が守るのは、我が十五億の臣民なのです」
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